No.171558

恋姫✝夢想~乱世に降り立つ漆黒の牙~ 第十話

みなさんお久しぶりです、へたれ雷電です。かなり久しぶりの更新となります。しかし、未だに多忙を極めているので、次の更新がいつ、となるのかは明言できません。

それでも頑張って執筆しようと思います。

2010-09-10 14:22:28 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:4491   閲覧ユーザー数:3962

ヨシュアが目を覚ましてからしばらくして、曹操が攻め込んできたときに不審な動きをしていた豪族たちに対する処理も一段落し、もうあとひと押しで全てが終わるころ、蜀と魏からワイスマンに対する旨を了承したとの使いが来ていた。それと同時にヨシュアの完治に対する祝いの言葉を蜀から、それと同じことと、再度の謝罪を魏から受け取っていた。雪蓮はその使者を厚くもてなし、蜀の使者へは、魏の使者に持たせたものとは一通余分に手紙を持たせていた。そして、珍しく雪蓮が真剣な顔をして皆に招集をかけていた。

 

 

 

「蓮華に家督を譲るわ」

 

皆が集まったことを確認すると、開口一番雪蓮はそう言った。その言葉に、ヨシュアと冥琳そして祭以外は呆けた顔になっていた。…まぁ、ヨシュアも驚いてはいたが、顔には出さなかっただけなのだが。

 

「あの…姉様?もう一度お願いできますか?なんだかとんでもないことを聞いた気がするのですが…」

 

「…あなたに家督を譲る、そう言ったのよ、蓮華」

 

「っ!?何を言っているのですか!?呉の王は姉様以外には勤まるはずがありません!」

 

雪蓮の言葉に蓮華は声を荒らげる。他の将もまた雪蓮が無理難題を言い始めた、と思っているようだが、祭はなにかに気付いたのか。何を考えているのかわからない視線で雪蓮と蓮華のやり取りを見ていた。そして、静かに口を開いた。

 

「…策殿。それは、この前の暗殺未遂のことがあったからかの?」

 

祭の言葉に、皆の視線が一気に祭に集まり、そして雪蓮に向けられた。

 

「ええ、そうよ。あのときは私が迂闊だった。城の近くだからと安心してヨシュアを連れだしたからこそ起こった。もし、あの場にヨシュアがいなかったら恐らく私は死んでいたわ。あのワイスマンという男はいなかったにしても、毒矢を避ける事が出来たとは思えない。そうなれば、魏を追い返すことは出来ていたとしても、そこで私の命は終わり、蓮華が王として、なんの準備もなく立たなければいけなくなる。そうなれば、蓮華に必要以上の重荷を背負わせてしまう。そう思ったの。私は戦のみでの王。元々、戦が終われば蓮華には家督を譲るつもりだった。だけど、もうそんな余裕をもったことは出来ないと分かった。だから、この区切りともいえる時点で蓮華を王として立てる。そしてその支えとしてヨシュアを隣に。これが私と冥琳で話し合って出した結論」

 

「本当なの…冥琳?」

 

蓮華が否定してほしいという顔で冥琳を見た。だが、冥琳は一度目を閉じ、そして開き頷いた。

 

「本当です、蓮華様。今回の件で私も己の認識の甘さに気がつきました。雪蓮もいくら鬼神のごとき強さを持っていてもやはり人。なにが原因で命を落とすか分からない。だからこそ、雪蓮が健在の今、蓮華様に王として立ってもらい、雪蓮と私で少しずつ王のなんたるかを教え込んでいこうと、そう思ったのです。了承してもらえますか?」

 

冥琳は静かに蓮華を見据えた。その視線に呑まれ、頷きかけるが、ヨシュアの姿が視界の端に映ったことにより、慌ててヨシュアへと声をかけた。

 

「そ、そうだわ、ヨシュアからも姉様たちに何か言ってあげて!バカなこと言わないでって!」

だが、ヨシュアは無言で首を横に振った。ヨシュアの言葉でももうこの決定は覆らない。孫呉を受け継ぎ、今まで守り通してきた雪蓮。その隣にいつもその身を置き、厳しい言葉をかけながらでも、雪蓮の身を誰よりも、実の妹である蓮華やシャオよりも案じ、支えてきた冥琳。その二人で考えた結果。そして、誰よりも長く二人を、孫呉を見守り続けてきた祭が反対をしないのだから、もう誰の言葉でも、この決定は覆らない。だからこそ、ヨシュアは何も言わない。反対しない。ただ受け入れた。

 

それに、今のタイミングなら、雪蓮がまだ生存しているということで、急激な呉の改編などはないと思って劉備たちも王の交代を容認しやすいだろう。恐らく、それも考えてのことだろう。もっともよかったのは全てが終わってからの交代だったのだろうが。

 

「蓮華。大丈夫よ。あなたが迷った時にはちゃんと私や冥琳が手助けしてあげるから。それにヨシュアも、思春も明命も亞莎も、みんながあなたを支えるから」

 

雪蓮は真剣な、だが慈しむような表情で蓮華を見つめた。皆の視線が集まる中、長い無言の果てに、蓮華はようやく頷いた。

 

「…わかりました」

 

「…ありがとう。聞いたわね。今この場より、この孫策に代わり、孫権が王となり呉を導いていく。異議のあるものは、切り捨てられる覚悟と、私を納得させられる理由を持って前に出よ!」

 

雪蓮の言葉に前に進み出るものはいない。皆、静かに首を垂れただけだった。

 

「…いないようね。では、現在残っている呉を僅かとはいえ揺らがせる火種を消す。その仕事を蓮華にやってもらうわ。今回はヨシュアを抜いた若手だけでやってもらうわ。だから冥琳と祭とヨシュアはここで御留守番。私たちの留守を守って頂戴」

 

その言葉に祭は凄まじく不満そうな顔をしていたが、渋々頷いた。そして、これも話し合っていたのか冥琳は静かに頷いた。ヨシュアも同じく、静かに頷いた。そして、それを冥琳と雪蓮は確認すると、解散の合図を出した。

「ねぇ、怒ってる?」

 

あのあと、自分の部屋で仕事をしていると雪蓮がやってきた。

 

「なんで僕が怒るのさ。まぁ、蓮華に全く相談しなかったのはどうかと思うけど、雪蓮たちが決めたのなら、僕が反対する理由はないよ」

 

 

ヨシュアは仕事を済ませた竹簡を纏めると机の端に積み上げた。そして途中だったものはまた別にする。そして雪蓮に向き直った。

 

 

「私も甘かったのよね。こんな戦乱の世で、いつどこでどうやって死ぬのかわからないっていうのは分かっていたはずだった。でも、私だけは大丈夫だってどこかで思っていた。そしてその結果が今回のこと。やっぱり、暗殺の対象として選ばれるのは蓮華よりも私の方が可能性は高いわ。もちろん、戦場で死ぬ確率も。私の気性は知っているでしょう?」

 

 

それはよく知っている。戦いの場にいるときの彼女は普段の姿とは豹変する。そしてそれは血が多く流れる戦場ほどその差は大きくなる。孫呉の血、というものなのかは知らないが、その気性が雪蓮を最前線へと常に駆り立てるのだろう。

 

 

「だから、私は蓮華にここで家督を譲ることにしたの。蓮華には苦労させると思うけど、私が死んでいきなり、なんの心の準備もないまま跡を継がせることになるよりはまし」

 

 

雪蓮はふざけた様子もなく、真面目な様子で言葉を続ける。

 

 

「それで、冥琳と相談したわけだね。それで冥琳も賛同したから実行に移した、と。蜀の使いに持たせた手紙にはそのことが書かれてあるのかな?」

 

 

魏の使いよりも一通多く書を持たせられた蜀の使いのことを思い出しながら尋ねる。このタイミングで出したのであれば、まず、間違いないだろう。そして案の定、雪蓮は頷いた。

 

 

「そうよ。劉備は意外と強かな子だから、いきなり、なんの説明もなく王が交代したり、私が暗殺されたりして、蓮華がしかたなく王を継いだ場合、蓮華のことは信用できないと言って、一方的に同盟を解消してくると思う。かなり高い確率でね。だから、今のうちに、こうこうこういう理由で王を交代するけど、私がこれからも補佐はするからよろしく、って内容の手紙を送っておいたの」

 

 

確かにあり得ない話ではない。劉備ならば、「孫策さんの妹さんだからきっと大丈夫だよ!」

とか言いそうだが、孔明や鳳統がそれを許さないだろう。それに一直線すぎる関羽も同じだ。

確かに、呉と蜀の同盟がなければ、魏には対抗できない。自分が曹操以下、武将たちを暗殺するという手も最悪あるけれど、なにがあっても雪蓮はそんな手段は使わない。かといって、呉一国ではやはり先に述べたように魏には対抗できない。ならば、蜀との同盟の続行が最善策である。

 

 

「それで蜀とのことはこれで大丈夫だとして、あとは今、愚かにも早合点して反旗を翻した豪族たちを、蓮華の踏み台として利用させてもらうわ。まぁ、これは冥琳の考えだけどね」

 

 

「祭さんや僕をここの守将としておいていく、っていうのもかな?」

 

 

「そう。ヨシュアがいたら、蓮華は無意識にも意識的にもあなたを頼りにすると思うわ。それに亞莎も、ヨシュアが居ることを前提とした策を組むことしかできなくなるかもしれない。穏や冥琳はあなたがいないときから策を練るということをしているからそんな心配はないわ。でも、亞莎はあなたがいる呉しか知らないからどうしてもあなたが居ることが前提とした策を練ってしまうと思う。だから、この機会に少しずつあなたがいないことを前提とした策も練れるようにしてもらうの。若手育成のためってやつね。冥琳は亞莎のことを後継者として育てるつもりみたいだし、蓮華には私がいなくても一人で立てる王になってもらいたい。だからこそ、ね」

 

 

雪蓮はふざけているように見えて、やはり呉のことを、そして皆のことを真面目に考えているのだろう。それを表に出すことは滅多に…そう滅多にないことではあるけれど。

 

いつもの、政務から逃げては冥琳に絞られている、いつもの雪蓮のことが頭に浮かんだが、すぐに頭のなかから追い払った。さすがに今、そのことを思うのは失礼だろう。

 

 

「分かったよ。雪蓮の思うように蓮華をしごいてきたらいいと思うよ。亞莎ともどもね。でも限度はわきまえるようにね」

 

 

「冥琳がいるから大丈夫よ」

 

 

雪蓮は苦笑いをしながら答えた。これで、真面目な話は終わりなのだろう。今度は雪蓮は妖艶な表情を浮かべながらヨシュアに迫ってきた。

 

 

「それで、ヨシュア。前から言っているけど、そろそろ胤を呉にまいてくれないかしら。手始めに私から」

 

 

柔らかなふくらみがヨシュアの腕に押し付けられる。ヨシュアはそれを軽く笑いながら、そっと押し返す。

 

 

「それはもう少しだけ待ってくれるかな?もうすこしで自分に踏ん切りがつけれそうだから。それに夢でエステルに言われちゃったからね、君たち皆を幸せにしないと許さないって。だから、僕の中で整理がつけられるまで、もう少し待ってほしい。時間はそうかけないから」

 

 

そう、あれは夢の中の出来事。しかし、あのエステルたちは本物だったと思っている。ヨシュアにとって都合のいいことだとは分かっている。だが、あれは確かに本物だったと信じていた。

 

かわって雪蓮は驚いていた。どうせいつものように軽くあしらわれるだろうと、でももしかしたら、という一縷の希望を持って誘ったが、こんな反応は初めてだった。そして、あんなに柔らかな顔で言われたら退くしかないだろう。

 

 

「そう、なら期待して待ってるわ。私も、蓮華たちもね。じゃ、私は討伐の準備でも見てくるわ」

 

 

雪蓮はそう笑って部屋を出ていった。そして一人になったヨシュアは、部屋の隅においてあった水差しから水を注いで飲み、一息つくと、竹簡を倒れないように纏めてから、真剣な顔で部屋を出ていった。

「いま、いいかな?」

 

 

目的の部屋につくと、ヨシュアは扉をノックしてから声をかけた。するとすぐに返事が返って来る。

 

 

「ヨシュアか、入ってきても構わないぞ」

 

 

「ならお言葉に甘えて」

 

ヨシュアはその声を聞くと扉を開け、部屋に入る。そこには大量の竹簡を処理している冥琳がいた。そして少しだけこちらに視線を向けて歓迎の意を示すと、すぐに視線を竹簡に戻した。

 

 

「悪いな、色々と政務がたまっていてな。それで、何の用だ?お前のことだから祭殿や雪蓮のようにくだらない用件ではまずないと思うが。お前まで酒の量を増やせとかはいわんだろう?」

 

 

その言葉にあの二人は信用ないなぁ、などと思ってしまう。というかそんないしょっちゅうそんなことを言ってるのだろうか?そんなことを考えて、ここに来た目的を思い出し、ヨシュアはすぐに表情を引き締める。

 

 

「冥琳、僕と一緒に華佗のところへいってほしいんだ。まぁ、正確にはもう呼んでいるんだけどね」

 

 

その言葉に、冥琳が動揺したかのよう筆を止めた。そしてヨシュアの顔を見つめてくる。なにを言うのかを予想するように。しかし冷静を装った顔で。

 

 

「…どうした?以前の傷が痛むのか?それなら私でなくても…「診てもらうのは冥琳だよ」…どうしてだ?」

 

 

冥琳は明らかに動揺した様子で、それでもその表情だけはなんとか崩さずに問いかけてくる。

 

 

「ちょっとしたきっかけで冥琳の様子を注目しておくようにしていたんだ。それでわかった。冥琳、君は体の調子がよくないんだろう?最初は政務の疲れかな、と思っていた。でも、ときどき冥琳の様子が明らかにおかしいことがあることが分かってから、悪いと思ったけど、何回か、隠れて冥琳の様子を観察させてもらった」

 

 

その言葉に冥琳は溜め息をついた。それだけされて誤魔化せるとは思っていなかった。そもそもヨシュアが本気でその姿を隠し、情報を集めようとしたり、なにかを隠れて観察しようとすればそれを防ぐ手立てはない。防ごうとするのならば、周りに何もない荒野のような場所で天幕も何も張らずに過ごさなければならないだろう。

 

 

「…もう誤魔化せないか。ヨシュア、私のことは他に誰か知っているのか?」

 

 

「誰にも言っていないよ。だけど、雪蓮くらいはもしかしたら薄々気づいているかもしれない。雪蓮は変なところにも鼻が利くから。じゃ、華佗をいつまでも待たせているのも悪いからいこうか」

 

 

ヨシュアは冥琳の手から筆を奪い、竹簡を纏めるとその手を取って部屋を出ていく。その後ろを、冥琳は手を引かれながら、色々と諦めたような顔でその後ろをついていった。

「げ・ん・き・に・なれぇぇぇぇぇぇえ!!」

 

 

金色の光とともにやけに鬼気迫る気迫で鍼を冥琳に打ち込んだ華佗を見て、自分もこんな風に治療されたのだろうか、となんだかぞっとした。腕がいいのは知っている。毒のほうはヨシュアに高い耐性があるのはもちろん知っていたから気にはしなかったが、アーツによる傷は相当なものだった。それを治してみせたのだから、その腕は信用できる。だが、こんな治療法だったというのはなんだか…受けている身としては恥ずかしい。それに少し不安になる。ほんとに大丈夫なのだろうか、と。ヨシュアは少し顔をひきつらせている。

 

そして治療が終わったのか、鍼をしまいながら華佗はヨシュアの方へと向き直った。

 

「よし、治療は完了した。胸の方に病魔が巣食っていて、もしもう少し発見が遅れていたら手遅れになっていたところだった。だが、流石に手ごわい病魔でまだ完治には至っていない。だからしばらく定期的に経過を見させてもらうことにする」

 

 

「助かったよ、華佗。お代は…といっても受け取ってもらえなさそうだから、こちらで薬を用意させてもらったよ。僕が調合したものだけど、良かったら使ってほしい。使用法は中に書いて入れてあるから」

 

 

「ん、そうか。ならばありがたく貰っておこう。薬だったら他の病人にも使えるからな。あんたも体の調子が悪いと思ったのなら遠慮なく言ってくれ。まだしばらくはこの国にいる理由ができたからな。それじゃ、オレは次の患者のところへ行ってくる。それと周瑜さん、あんたも無理はしばらく控えるようにな」

 

 

荷物をまとまた華佗はそう言って次の患者のもとへ向かうために部屋を出ていく。部屋に残されたヨシュアと冥琳は顔を見合わせる。

 

 

「さて、冥琳には今日の仕事は休んでもらおうか。僕の方の今日の分の仕事は終わっているから、僕のほうで処理できるものは処理しておくから。反論は認めないよ?」

 

 

ヨシュアの一方的な通告に、冥琳は異議を唱えようとしたが、ヨシュアの顔を見て、何を言っても無駄だと悟ったのか、渋々と頷いた。

 

 

 

 

 

翌日、ヨシュアたちは城門のところで出陣する雪蓮たちを見送っていた。

 

 

「それじゃ、冥琳、あとのことは頼んだわよ。それと、私が言うのもなんだけど、無理は控えてね」

 

 

雪蓮が冥琳にだけ聞こえるように言った最後の言葉に冥琳は思わず雪蓮の顔を凝視する。雪蓮は軽く笑ってウィンクをすると、手を振って馬のところへ歩いていく。それを冥琳は苦笑して見送っている。隠していたがやはり薄々気づかれていたようだ。…なら要らない仕事を増やさないでほしい、と思ったが。

 

 

「蓮華、もう君が総大将だ。気負うのも分かるけど、できるだけ気を楽にして、そして全体を見て動くようにね」

 

 

ヨシュアは緊張しているのが丸わかりの蓮華に声をかけた。その言葉に蓮華は硬い笑顔を返した。

 

 

「え、ええ、わかっているわ。まだ、姉様もいるのだし穏もいるのだから…。ヨシュアも気をつけてね」

 

 

そう言いながらも、蓮華は少々ふらふらとしながら戻っていった。それを祭や冥琳は苦笑しながらも見送る。そして蓮華たちは出陣していった。それを見送ると、ヨシュアたちは城門の中へ消えていった。

 

 

 

 

そのとき、城を狙って進軍しようとしている一軍に、いまだヨシュアたちは気づいていなかった。

 


 
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