No.169217

しあわせ坂の大石姉妹(2)

小市民さん

地球の低軌道に放り上げられた歩と栄利香は、地上へ帰る術もなく、呆然としてしまいます。
歩は、CNWと呼ばれている超常能力をもった子供達の存在を思い出し、ネットで検索を始めますが、栄利香は思わず目を逸らせてしまいます……
小市民の学園サイエンスアクション、第2回をどうぞ。

2010-08-30 11:03:46 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:419   閲覧ユーザー数:400

 歩と栄利香の足元には、高精細な日本地図でも拡げたかのように、日本列島がくっきりと見えた。

 昨夜の天気予報で知らされたとおり、太平洋高気圧が列島上空に拡がっているためか、見事な眺めだった。

 正確には、列島全てを一望できるわけではなく、視野におさめられるのは、本州の三分の一ほどで、自分たちは高度四百キロ前後の低軌道にいて、地球の周回を始めているらしい。正確な高度と位置、周回の速度などを計測する計器など何一つなく、念願の宇宙へ上がったというのに「宇宙オタク」の歩には歯がゆかった。

 それにしても、大石複製娘は、誰で、どうやって宇宙ロケットかスペースシャトルの打ち上げじみたことを生身の人間が、突然にできたのか……歩には、解らないことばかりだった。このとき、

「……ごめんなさい……天馬君……あの……こんなことになっちゃって……」

 蚊の鳴くような声で栄利香が言った。歩はそれには応えず、

「どういうわけだ?」

 自分と栄利香を中心に、直径二メートルほどに拡がった空気のカプセルに手を触れながら聞いた。

 空気のカプセル、と言えば聞こえはいいが、航空機などのような生命維持に必要な機材など一つもなく、言ってしまえばただの気泡であったが、せめてもの救いは、栄利香の脳波で自律飛行が可能らしいことだった。

 歩の問いかけに、 栄利香は口を噤み、目線を外した。よほど、触れられたくない質問だったらしい。歩は、ふっと溜息をつくと、

「俺は大石を責めているわけでもなければ、突然に宇宙へ放り出されたことを怒っているわけでもないんだ。ただ、こんなわけの解らない状況にぶち込まれたいきさつをを知りたいだけなんだ。どう考えたって、大石、お前はCNWだ」

 CNWという言葉を歩が口にすると、栄利香は目を見開き、暫時、黙したが、観念したように、

「そうよ、あたしと栄留那(えるな)がCNWだったら、どうだっていうの? 笑うの? 怖がる? それとももっと怒るの? あたしは、ただ、天馬君といろいろなお話しをしたかっただけなのに。もう、新学期が始まって二か月もたつのに、あたしはクラスの中でお友達の一人もできなくて……だから、誰とも親しくしている天馬君となら仲よくなれるかなって、思っただけのに!」

「あの、大石そっくりお嬢さまは、栄留那っていうんだ」

 察するところ、自宅の冷蔵庫で冷やしておいたパイナップルジュースを栄利香が飲んだ、飲まない、新しいものを誰が買ってくる、買ってこないで、異常に高額なケンカを売ってきた栄朋(えいほう)学園高等部の制服を着た女生徒の名を歩が呟くと、 栄利香は、

「あの子、ただの妹だよ。一卵性双生児だけど。別に、あたしのクローンとか、ヒューマノイドとかじゃないから」

 釘を刺すように言った。歩は、いくら自分が宇宙オタクでも、人間のクローンや人型の自律思考回路を搭載した超高性能ロボットが、一般社会に溶け込んでいる、とは思ってはおらず、苦笑した。

 その笑顔に、栄利香は、歩が自分と口もききたくないほど激怒しているかと思っていたことが、誤解だと知り、ほっとした。しかし、栄留那によって宇宙空間へ放り上げられた現状をどうできるものではなかった。

「ねぇ、このまま地上へ降りていけないの? 天気もいいから、日本がよく見えているし」

 栄利香が言うと、歩は肩をすくめ、

「大気圏に再突入するとき、降下目標地点に降りるために、最適な位置や角度があるんだ。素人が適当なことをやったら、大気の層に弾かれて宇宙へ飛び出すか、加速がつきすぎて大気との摩擦熱で焼け死ぬことになる。偶然、地表に降りられたとしても、太平洋のど真ん中だったら、やはり意味はない。だから、地上に降りるにしても、正確な情報が欲しいんだ」

「天馬君、そのやり方、知らないの?」

 栄利香が意外そうに言うと、歩は、

「どんな図鑑やサイトを見たって、大気圏再突入のやり方なんて書いてなかった。それほど、素人は知る必要のない専門知識なんだろう」

 以前に趣味がこうじ、調べようとして行き詰まったことを思い出して言った。

「困ったね」

 栄利香も途方に暮れた。

 栄利香と歩の足元から日本列島が見る見る遠ざかり、替わってユーラシア大陸が現れてきた。実際には、地球が自転していることに加え、栄留那に吹き飛ばされたその一瞬、栄利香が反射的に創り出した気泡カプセルが、地球の引力を利用して、人工衛星よろしく周回しているのだった。

 以前、衛星軌道上から巨大な水玉のような地球が、くるくると回っている光景を目にした宇宙飛行士が、神の存在を感じた、と語ったことがあったが、歩も同感だった。

 歩は、ふと気泡のようなカプセルの中に座り込むと、ノート型パソコンの電源スイッチを押し、起動するのを待った。 栄利香は歩のパソコンをのぞき込み、

「どうするの?」

 万策尽きているにも関わらず、まだ、何かできることがあるのかと、訝む思いで歩に尋ねた。歩は、

「俺は、まだ、諦めていない」

 パソコンが起動すると同時に バッテリー残量を調べた。残量は五十パーセント。もって四時間であった。これも、パソコンで何の作業もしなければの話で、何かしらの操作をすれば、湯水のごとく電力消費をしていく。このパソコンが動くうちに、解決を得るのは無理だとしても、確実なヒントを手にしなければならなかった。

 歩は、まず、ブラウザソフトを開くと、インターネットに接続した。栄利香は目を丸くし、

「こんなところでインターネットできるんだね」

 思わず声を上げると、歩は、

「普段、使っている携帯電話は、地上の基地局から地上波を発信して、それを端末機である携帯電話がひろって通話をしているんだ。したがって、山岳地や地下街では通話はできない。しかし、米国製のOCAと呼ばれるルーターを使えば、高軌道を回る放送衛星を介して、IP接続ができて、一般電話との通話も可能になるんだ」

 父に米国社製のノート型パソコンを借りていた偶然に感謝しながら、検索単語の入力フィールドに『CNW』と入力し、検索をかけた。栄利香は思わず歩から目を逸らせた。

 歩は、ディスプレイに有象無象の検索結果が表示されると、最も信頼のおける大手出版社が運営しているネット大百科事典から『CNW』の項目を開いた。

 CNWとは、『Children on a New World(新世紀の子供達)』の頭文字をとった略語で、二〇一〇年代にドイツの製薬会社により、妊婦のつわりの軽減や沈静、導眠を効果・効能として発売された新薬があった。

 この新薬は当初、一九五七年に実用が始まったサリドマイドの再来として警戒された。しかし、当初の予想以上に効果を上げると同時に、副作用もなく、世界各国に注目され、日本でも処方が開始された。

 こうして期待を担った新薬であったが、実用化十年以上もたってから、『副作用』ではなく、『副産物』とみられる症例が現れ始めたのだった。

 それは、新薬を服用した母親から生まれた子供達の七割以上が、超常能力を発現させることであった。

 一口に超常能力と言っても、その内容は様々で、視覚、聴覚が通常をやや超えている程度から、筋力が何のトレーニングもなくオリンピック選手並みであったり、絵画や彫刻などが美大の講師と肩を並べる、書き物が高齢の能書家や小説家をうならせる、などの子供の存在も報告され始めた。

 更に、繁華街のパソコン教室では、小学校で授業を終えた児童が、講師としてやってきて、スキルアップを目的とするサラリーマンやOLを指導する光景も珍しくなくなっている。

 こうした、いわゆる超人や天才と呼ばれる子供達以外に、自然を自由に操ることができる存在も都市伝説のごとく、ネットでささやかれている。

 例えば、超大型ハリケーンの進路にあたっていた田舎町の子供が、当局の避難命令に従うのは面倒だから、という理由で、勢力を急速に衰えさせたり、遊び慣れた父親の別荘を山火事から守るために、土砂降りの雨を突然に降らせた、という少年少女の話は、枚挙に暇がなかった。

 しかし、調査をすればするほど、どれもこれも眉唾物で、学者によっては『世界の怪奇伝説を焼き直しただけ』と、一笑に付す例も多かった。

 それでも、米国の高名な大脳生理学者は、こうした特殊な能力をもつ幼子たちを『新世紀の子供達』と絶賛し、能力の更なる向上と最適な教育を目的とした社会構造の構築を連日、声高に唱えている。

 こうした識者の期待にも関わらず、当の子供達は、通常ではない能力を日常生活で用いることを、保護者から厳しく禁じられていた。社会の好奇の目にさらされることを恐れたのである。

 したがって、『新世紀の子供達』の実態を研究し、後進国の支援や自国の発展に活用しようとした先進国の学者達の努力は、徒労に近いこととなっている。

 そして、禁忌の目を向けられる子供達こそいい面の皮で、自分の何が、どう悪いのか、まるで解らず、解決の術も与えられずに成長することにより、自信が全くもてず、その結果、栄利香のようにいつもうつむき、猫背で歩くようになるのはまだましで、引きこもりどころか凶悪犯罪さえ起こす例もあった。

 歩は、CNWについての発生、現状と問題点を知ると、栄利香の生い立ちに胸が痛んだ。

 歩が思うに、栄利香と栄留那の超常能力とは、大気を自在に操ることができることのようだった。


 
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