No.168037

荒野にて

まめごさん

この世界を、未だ数匹の亀と象が支えていた時代。
霧は濃く、森は暗く、神秘と信仰と迷信は絶えず、ただ空だけはどこまでも高かった頃。
忘れられた、彼らの物語。

世界観を共通させた短編連作「死者物語」です。

2010-08-25 11:22:25 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1278   閲覧ユーザー数:1256

よう、戦友。

遅くなってすまないな。

お前の好物を持ってきたから許してくれ。

なかなか手に入れるのに苦労した。

よく味わって飲んでくれよ。

 

なあ、戦友。

覚えているか。

馬鹿な上官を持つことは、人間の一番の不幸だと笑った事を。

笑い事じゃなくなっちまったよ。

まったく笑えない状況だ。

 

ああ、戦友。

おれはお前が羨ましい。

何の疑問も持たないままいってしまったお前が。

あの頃が一番良かったんだ。

神も勝利も正義でさえも素直に信じていた。

 

だが、戦友。

おれたちが信じていたものは何だったんだろう。

当たり前だと思っていたものは全て崩れ去ってしまった。

この恐怖が分かるか?

この苦しみが分かるか?

 

さて、戦友。

そろそろ行くよ。

なに、悲しむことはない。

どうせまた近く会うことになるさ。

あの世でな。

 

だから、戦友。

待っていてくれ。

また一緒に酒を飲もう。

そして昔を語り合おう。

あの頃のように。

 

 

 

荒野にて。

粗末な枝十字架の前に、ウィスキーボトルがひとつ。

 


 
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