No.167706

恋姫式 土用の丑の日 ~或いは乙女だらけのうなぎ祭り~

茶々さん

恋姫夏祭り参加短編です。

暦の上では今日は処暑……つまり暑さの収まりどきなのですが、まぁ暑さは当分続くと云う事で皆さん水分補給と栄養のある食事を心がけましょう。

……や、実は間に合うかどうかギリギリだったのですが、継続が決まったので少しばかり余裕をもって仕上げられました。

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2010-08-23 21:06:34 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:3988   閲覧ユーザー数:3587

 

「主。今日が何の日か御存じですかな?」

 

 

と、何やら強かな笑みを浮かべた星が実に楽しそうな弾んだ声音で聞いてきた。

 

午前中の政務を一通り終え、昼餉でも食べようかと思って食堂に足を運んだ所での突然の登場に、しかし若干の驚きも感じず俺は思わず口から洩れそうになったため息を呑み込んで答えた。

 

 

「土用の丑の日……だよな」

「然り。流石は我が主」

 

 

こんな事で持ちあげられても大して嬉しくないんだが。

 

 

「今日は昨今の猛暑に耐えるべく、鰻を食すが習わし。という訳で主、昼餉は我らと共に鰻を食べませぬか?」

「いいけど……ん?『我ら』?」

 

 

ふと星の後ろの方を見ると、そこには桃香や愛紗、それに鈴々と朱里が席について此方を見ていた。

 

 

「あ、ご主人様~!」

 

 

俺の視線に気づいたのか、桃香が嬉々とした笑みを湛えて手をブンブン振っている。

それに応える様にして手を振り返そうとして、その隣に座っている愛紗が妙に赤らんでいる事に気づく。

 

遠目から見ても分かるくらいに顔を赤くして、何やらもじもじしている。

 

何事かと思い星と共に席に向かうと、既に卓上には膳が六つ並んでいた。

 

 

「みんなも今休憩か?」

「うん!ご主人様も一緒に鰻を食べよう?」

 

 

さりげなく隣の席に座った桃香が俺の腕に絡みながら、上目遣いに此方を窺う。

たわわな果実の豊かな柔らかさに包まれ至福を感じ、しかし先の案件である愛紗の様子をもう一度見ると、やっぱり顔を真っ赤にして俯いている。

 

 

「愛紗、調子でも悪いのか?」

「い、いえ!!そ、その様な事はけけけ決してありありません!!!」

 

 

妙にぎこちなく、多大にどもりながら答える愛紗。

 

怪しい。

この上なく怪しい。

 

 

「……まさか、この鰻に何か仕掛けがある。とかじゃないだろうな」

 

 

なんて聞いてみると、星が「心外だ」と云わんばかりに額に手を当て天を仰いだ。

 

 

「何を申されるか主。この鰻には、我らの全てが詰まっておるのですぞ?」

「そうだよ。私達、頑張ったんだから」

 

 

むぅ、と頬を膨らませて更に胸を押し当ててくる桃香の言葉に、何故か愛紗の肩がビクリと震える。

 

気にはなるが、今は別件だ。

 

 

「頑張った?何を」

「無論、この鰻を捕えるのを」

 

 

ビッと膳を指差しながら星が間髪いれず答えた。

 

            

 

星の話を纏めると、大体こんな感じだ。

 

 

 

 

 

「皆、今日は大事な話がある」

 

 

五日ばかり前、俺が執務室に籠っている間に愛紗が全員に招集を掛けた席で、開口一番そうのたまったそうだ。

 

 

「間もなく、暦の上では土用の丑の日を迎える。昨今の猛暑に民の間では救護が必要な者まで出ているこの現状に加え、国家の中枢たる我らが倒れるのは由々しき事態だ」

 

 

愛紗がそう言ったのには理由がある。

 

実はこの話の三日前に、雛里と翠が夏バテで倒れたのだ。

しかもその看護をしていた月と詠まで倒れ、セキトもへばってしまい恋が元気をなくしてしまうという事態が発生していた。

 

政務や軍事を担当、或いは家事一切を取り仕切る人間の相次ぐ戦線離脱に、成都はある種の危機的状況を迎えていた。

 

 

「そこで、これ以上の被害を出さぬ為にも厄除けとして、五日後の食膳を鰻とする事を決定した」

「……ええと、話は大体分かったけど」

「しかし!!」

 

 

白蓮の質問を無視したのか聞こえていなかったのか、どちらにしても愛紗は机に拳を叩きつけ叫んだ。

 

 

「運送を担当する部隊は翠の管轄であり、しかも仕入先では鰻が出回っていない……」

「あ、あの~……」

「よって、我らは直接産地へと赴き、これを入手せねばならない!!」

「合点なのだっ!!」

 

 

愛紗の言葉に、鈴々が拳を突き上げて賛同した。

 

 

「翠やセキトがこのまま倒れているのを見過ごすわけにはいかないのだっ!!だから、鈴々は絶対に鰻を手に入れるのだっ!!」

「おおっ!鈴々!!共に戦ってくれるか!!」

「わ、私も!!」

 

 

次いで賛同したのは桃香。

 

 

「月ちゃんや恋ちゃんが元気ないのは嫌だし、みんなが苦しんでいるのに何もしないなんて出来ないから、私も一緒に戦う!!」

「桃香様……ッ!!」

「応なのだっ!!三人が力を合わせれば、怖い者なんて何もないのだっ!!」

「三人ではなく、四人だろう?」

 

 

桃園三姉妹が意気込んでいる所で、星も手を上げたそうだ。

 

 

「おお、星も共に戦ってくれるか!」

「うむ。昨今の暑さは異常だからな……このままでは、夜酒の肴のメンマの旨さが失われかねん」

 

 

ぶっちゃけると「鰻とどう戦うのか面白そうだから見物させろ」という事なのだが、純粋というか愚直と云うか、愛紗は目を輝かせて星の手を握ったそうだ。

 

 

「有難い……頼りにしているぞ!星!!」

「うむ。心得た」

「はわわ!で、では捕獲の作戦の為に、私も同行しまっ!?」

 

 

周囲の異様なテンションに、思わず焦ってしまったのだろう。

舌を噛みながらも朱里が手を上げた。

 

 

「と、桃香様が行くのでしたら、私も同行します!!」

「儂も行くべきじゃろうが……流石に軍を統括する人間が一度にいなくなるのは不味いからのぉ。此度は遠慮しておこう」

「私も、璃々が心配ですから……」

「姉様をあのままにしとく訳にはいかないし、蒲公英も今回は止めとく」

「恋殿を放ってなどおけませぬっ!!ねねは残るですっ!!」

「…………グスン」

 

 

結果。

立案者愛紗の他、鈴々、桃香ら総勢六名の乙女が決戦へ向かう事となった。

 

…………戦う相手は鰻だけど。

 

                  

 

で、市場に鰻を出している産地に赴いてみた所―――

 

 

「……む?」

「おや、貴殿らも来ていたのか」

「これまた、とんだ偶然ですね~」

「ほんとですね……」

 

 

魏の夏候惇、夏候淵姉妹、程昱ちゃん、典韋ちゃん達とばったりはち合わせたらしい。

 

 

「『も』という事は……もしやお主たちもか?」

「うむ。昨今の暑さに諸将が参ってしまってな。五日後の土用の丑の日に合わせて鰻を食す事になったのだが、これが市場にも出回っていないというではないか」

 

 

愛紗の問いかけに夏候淵さんが答え、肩を竦めながら続けて、

 

 

「桂花や稟が倒れてしまった以上、華琳様が国を空ける訳にもいかず、我らが派遣されたという訳だ」

「魏の軍師が二人も…………ん?しかし、それなら程昱殿が此処に出向く必要は別段なかったのではないか?」

 

 

不思議に思い、愛紗が夏候淵さんの隣に立っていた程昱ちゃんに視線を向けると、あいも変わらない眠たそうな半目のままに程昱ちゃんは愛紗の方を見て、

 

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………ぐぅ」

「「寝るな」」

「おぉっ!?余りの暑さについつい意識が飛んでしまいました~」

 

 

愛紗と夏候淵さんのダブルツッコミをくらい、程昱ちゃんはビクンと肩を震わせた。

呆れた様に愛紗がため息を洩らすと、「仕方ないな」とでも言いたげに夏候淵さんは肩を竦めた。

 

 

「いつもの事だ。気にやまないで欲しい」

「あ、あぁ……」

「まぁ風がここにいる理由が『稟ちゃんが鼻血出し過ぎで倒れた』なんて事実は実に瑣末な事なので、どうぞお気になさらず~」

 

 

自分で言うな、と夏候淵さんが小さくツッコミを入れたのを星は聞き逃さなかったらしい。

 

 

 

 

 

で、問題はその後。

 

何故かその後、愛紗や夏候惇さんや焰耶が些細な事(何か主君への忠誠云々)で場の空気に罅を入れ、それを面白がった星と程昱ちゃんが「じゃあ誰が一番多く鰻を捕まえられるか勝負しよう」なんて言い出したのが切っ掛けで。

 

面白半分、『勝負』という言葉に反応したのが半分で鈴々が嬉々として参加表明。

姉が速攻で参戦を表明したからという理由で夏候淵さんも参加を決める。

巻き込まれる格好で桃香や朱里、典韋ちゃんといった(この場における)数少ない良心も参加を余儀なくされたとか。

 

 

「ではこれより『第一回!!ドキッ!?乙女だらけの鰻争奪戦!!』を開幕する!!」

 

 

もうこれ以上ないくらいに面白そうな笑顔で星が高々と声を上げた。

 

総勢十名の乙女達の目の前には、溢れんばかりに鰻が蠢く堀が用意されており、全員が「服が濡れては帰りに困る」という程昱ちゃんの意見により水着に着替えていたそうだ。

 

……その光景(正確には後者)を想像して思わず前かがみになってしまった俺は悪くないと思うんだけど、どうだろう?

 

 

「時間は半刻、その間に自分の桶にどれだけ多くの鰻を入れられるかで勝敗をつけよう!!尚、数える鰻は『生きて』いる事が条件とする!!何か問題は!?」

「「ない!!」」

「同じく!!」

「早く始めるのだーっ!!」

 

 

星の説明を聞いているのかどうなのか、愛紗達は闘争心をむき出しにして今にも眼下の鰻達に襲いかからん程に息巻いていたらしい。

半ば巻き込まれた格好の桃香、朱里は呆れ、典韋ちゃんは「なんでこうなっちゃったんだろう……?」と疑問符を浮かべ、夏候淵さんは実姉の水着姿に鼻息を荒くして恍惚とした表情を浮かべていたらしい。

 

 

「……では、『第一回!!ドキッ!?乙女だらけの鰻争奪戦』

 

――――――開始ィッ!!!」

 

           

 

…………で、まぁその後の光景は星の生々しいにも程がある程の懇切丁寧且つ妙に艶っぽく色っぽい説明に周囲の面々は赤面。

俺は前かがみになって自制を効かせるのがイッパイイッパイだった。

 

 

 

愛紗の手づかみした鰻が彼女の水着の中に入って暴れまわり「あっ、あぁっ!そ、そこに入っちゃらめぇっ!?」と腰が砕けてしまったり。

 

桃香のたゆんたゆんな胸や史実顔負けにぷにっぷにな脾肉の合間に潜り込んで「やっ、やぁっ!そんな、う、動いちゃぁっ!!」とたわわな果実をぶるんぶるんと震わせたり。

 

焰耶は口の中に鰻が入ってしまい「んっ!?んぐっ!!んんっ!!!」と声を出す事すら叶わず全身を這いまわる鰻に敏感な肌がビクビク反応して埋もれてしまったり。

 

…………まぁ要約するとそんな感じだ。

星が説明している間に、羞恥に身を焦がしながらも散々我慢し続けていた愛紗が「うわぁぁぁんっ!!」と耳まで真っ赤にして飛び出してしまうくらいだから(星にとっては)相当なネタである。

 

 

 

 

 

 

もう顔どころか全身から火が出るんじゃないかってぐらいに赤裸々な半刻の間に数多の乙女がイロイロな意味で敗れ、

 

 

「あふぅ……ふぅ……」

「はぁっ、はぁっ……」

「もう……許してぇ……」

 

 

あまりの光景に消極的だった朱里、見物に徹していた星と程昱ちゃん、食い物だけあって慣れていたのか典韋ちゃんと、姉の乱れ切る姿に鼻息を荒くしていた夏候淵さんを除く乙女は全身を鰻の体表やら水に濡れに濡れて全身をテラテラ光らせ、息も絶え絶えに倒れたそうだ。

 

 

「うぅ~~~っ!何でそんなにたくさん捕れるのだーっ!?鈴々は全然捕まえられなかったのだーっ!!」

「えっとですね、鰻を捕るのにはコツがあって……」

 

 

同じ様に全身をぐしょ濡れにしながらも鈴々は典韋ちゃんにコツを聞き、星と程昱ちゃんは愉快そうに顔を綻ばせ、夏候淵さんは姉の世話をしながら恍惚とした表情を湛えている。

 

そんな光景をぐるりと見回して、朱里は何もかも嫌になった様な声音で何処かの自称新世界の神の様に、

 

 

「………………駄目ですねこの人たち。早く何とかしないと」

 

 

そんな事をのたまったそうだ。

 

 

 

 

――――――ええと、つまり。

 

今、目の前に蒲焼にされた鰻は、向かいや隣に座る愛紗やら桃香やら焰耶やら、乙女の柔肌を這いずり回った奴らという訳で。

 

 

「…………」

 

 

……や、別に羨ましくなんかないぞ!?本当だぞ!?

 

 

「主、正直に申されよ」

「ゴメン、やっぱ羨まし……って星!?何言わせるのいきなりっ!?」

「自白したのは主であろう」

 

 

意地の悪い笑みを浮かべ、星がにんまりと笑う。

 

 

「しかし、主は随分と我儘なお方の様ですな?」

「な、何だよ急に……」

 

 

俺の問いに、星は鼻先が擦れるくらいに間近に顔を寄せて、

 

 

「―――己の情欲のまま、盛りのついた猫の様に毎晩毎晩乙女を蹂躙する主が、今更鰻如きに嫉妬するとは」

 

 

その言葉に、俺はバランスを崩して後ろに思い切り倒れ込んで後頭部を強打。

 

霞む意識の中、チラリと水色の何かが見えた気が…………

 

             

 

ちなみに。

 

実は蜀軍限定で「一番多く鰻を捕まえた人は土用の丑の日の閨の権利を獲得する」なんて賭けごとが行われていたのを知ったのは、その日の晩の事だった。

 

まぁ朱里は鰻のおぞましさに戦線離脱したが、そうでもなきゃ態々桃香が頑張る事もない訳で……

 

その夜、誰が俺の閨に来たのかは――――――

 

        

 

「……おいで」

 

俺と、彼女と。

 

 

 

夜空のお月さまだけが知っていた、という事で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………主、流石にそれは少々クサいのでは?」

 

冗談めかして言ったそれを呆れた星につっこまれたのは翌日の事である。

 


 
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