No.163270

恋姫無双SS 『単福の乱』第二部 予告編

竹屋さん

萌将がたりパート3 ではなく。
今萌将をお休みして、戦極姫2をやっとります。何の故かというと某所でもの凄くおもしろいSSを見つけた影響なのですが、何が残念といって苦労して斎藤道三と北条早雲を連れて信貴山を攻めに行ったのに、キャラの間で何もイベントが発生しなかったのです。三大梟雄せっかくそろえたのに。あと同じユニットに明智光秀を入れてたりします。策略と陰謀のユニット。計略引き抜き何でもござれ治水楽市どんとこいのAチームです。
 さあて、次は尼子が滅ぶ前にご隠居回収しないと。

 今回のお話は第二部再開前の一休み的予告編です。時系列からいえば『単福の乱』が決着して数ヶ月後、本作に未登場だったある恋姫ヒロイン視点で見る『彼女』のいない啄県……というお話です。次回から元の流れに戻りますので、ご安心ください。

2010-08-04 16:05:09 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:2944   閲覧ユーザー数:2592

恋姫無双SS『単福の乱2』 予告 『遠き雨音』

 

「あ、雨……」

 

 ぱたぱたと軒を叩く音がして、にわかに手元が暗くなったので、朱里は書き物をしていた手を止めて窓外に目をやった。

 朝から灰色の雲が低く立ちこめる重苦しい空模様だった。いつ降り出してもおかしくなかったから「よくもった」と言うべきだろう。

 

「うわあ、これは雨が降りそうな天気だな」

「降りますよ~」

「降るのか?」

「はいっ 絶対、降ります!」

「……朱里がいうと説得力あるなあ」

「は?」

「いや、こっちの話だ。うん」

「どちらかに、お出かけですか?」

「午後の巡回だよ。傘を持っていくのが面倒だな。ま、すぐに帰ってくればいっか」

 

なんて会話を今朝もしたばかりである。誰としたかというと――

「あ、ご主人様だ……」

 そういえば、市場の視察に行くといって出たきり、帰ってきた気配がない。

「うーん」

 ちょっと考える。戦略戦術に関する判断では、無駄な逡巡などいっさい無い彼女であるが、こういう日常生活では結構迷って煮詰まることがあったりする。

「ちょっとくらいお出かけしても、いいかな?」

 机の上、処理前と処理後の書巻の山の高低を見比べる。それで「よし」と覚悟を決めた。どうせ留守の主に伺いを立てねばならない懸案もある。

 部屋の隅に立てかけてあった自分の赤い傘を手に取ると、暗い部屋に背を向けて、彼女は扉を開いた。

 

 啄県政庁の門番は、啄県県令の帰庁を確認していなかった。

 門番殿曰く、県令殿は外出された時、手ぶらでした――とのこと。これで現時点、どこかで降り籠められているのは確定だ。 

 朱里は予備の大人用の傘を借りて、役所の門を出た。主の巡回ルートは、現在、大通りを主にした至極簡単なもので立ち寄る場所も決まっている。雨の降り出す前に何ヶ所寄り道をしたかを確認していけば、現在位置を特定するのは難しくない。

 朱里は詰め所や飲食店を経由して巡回ルートを辿りながら、主の足跡を追いはじめた。今日の主はほとんど寄り道をして居ないようで、彼女は思ったよりも長い距離を雨中、大きな傘を抱えて歩くことになった。だが、だとしても、所詮はゆっくり歩くことを前提とした巡回ルートである。さほどの苦労もなく雨が降り出す直前の目撃情報に行き会えた。

 主はどうやら、市場の外れにある詰め所に辛くも逃げ込んだらしい。

「……ここ、かな?」

 そこは、一見普通の民家だった。背丈の低い垣根、丸太を組んで小さな屋根を乗せただけの粗末な門。ほんの少しの広場と雑然とした植木しかない庭の奧に、苫を葺いた庵がある。

 朱里は傘を傾けて門を潜り、庭の小径を辿って庵の扉の前に立った。

「……」

 声を掛けようか掛けまいか。僅かな躊躇の後、朱里は黙ったまま、静かに扉を開けて建物の中に入った。

 人の気配は感じられない。もっとも武人でも達人でもない彼女には、戸口に立った瞬間に建物の中の気配を探査できるようなスキルはない。普通に「わからない」だけである。とはいえ、北郷軍の軍師たる彼女は啄県における政軍のすべてを掌握しているので、無論そこが市街警備担当者の詰め所――というか、巡回途中の休憩所だと知っている。さらにこの時間帯建物で休憩している警邏担当者がいないことまでわかっていた。人の気配がしないことはあたりまえといえばあたりまえである。

 というか

「……うう、なんか、ちょっと、こわいです」

 雨のせいか、それとも立ち寄り所だからこその生活感のなさ故か。ひっそり静まりかえった扉の奧は、ひどく空虚に感じられた。それでいて、古い家らしく屋内には影が多い。外が暗いからなおさら窓の下、梁の上、戸の影などには、そこに「何か」いそうな黒々とした闇が蟠ってみえる。

「は……はわわ。早くご主人様に……」

 朱里は(ほんのちょっと)びびり気味に屋内を進んだ。すると、やがて目の前に一つの扉が現れた。扉の隙間から光が漏れているので、向こうは窓がある部屋らしい。しかも雨の音が漏れてくるので、その部屋の窓は開け放たれていることがわかる。部屋に湿気が入ると家が傷むので、この詰め所の扉は全て閉められている。窓も同様だ。ならば、そこには窓が開いているための、必然性なり何者かの意志なりが存在しなくてはいけない。故に、この扉の向こうには人がいる……うん。論理的に間違いはない。

 いや、そんなことを考える前に、とりあえず扉を開ければいいじゃないかということは、天下に名高い名軍師、諸葛孔明たる彼女にはもちろんよーくわかっているのだけれど、そうやって理論武装しないと、この扉を開ける覚悟ができないんです。ほっといてくださいっ。

――など、と、『扉を開ける勇気をもった自分』が賛成多数で代表に選ばれるまで脳内会議を繰り返してから、ようやく、朱里は扉を開いた。

「…………」

 そこは天井の高い大きな部屋だった。壁に設けられた四つの窓は大きく開け放たれていて、雨音と湿った風と薄曇りの空から下りてきた光が入ってくる。

 それは、まるで風景に白い紗を掛けたかのような柔らかい光で、穏やかな静謐に沈む部屋を優しく照らしている。――そして

「……」

 そこに彼がいた。

 窓の側に据えられた古びた椅子と卓子。彼は何をするでもなく、そこに腰掛けて窓の外を見ている。

 雨天の淡い昼光を鈍く照り返す白い制服とズボン。襟あしと目元にかろうじて届くまで伸びた黒髪――穏やかな真っ黒の瞳。

 啄県の県令、北郷一刀。朱里の主たる天の御遣いである。

 何かしら心に掛かることでもあるのだろうか。彼らしくもない憂い顔で腕を組んで、目を細めている。卓子の上には急須と、茶碗が二つ。湯気は見えない。手を付けた様子のない二つ椀の茶はすっかり冷め切っているようだった。

「……」

 なんとなく、声を掛けるのが憚られた。朱里からみた北郷一刀はいつも明るく、調子が良く、それでいて真面目であり、なによりも優しい人だった。書巻の山に埋もれて苦吟している時すら、どこか楽しんでいるようなところのある人だったのだ。

 朱里は彼と出会って間もない。だから今自分が知っている『北郷一刀』が、彼という人間の全てだなんて思わない。理解出来るだなんて思わない。彼女はそれほど思い上がっていない。

 彼女は軍師――ある意味もっとも人間を客観視する立場を自分の居場所に選んだ人間だ。兵家と法家の思想に立脚する彼女という個性は、一個の人間が複雑な要素から成り立ち、限られた観測によってその全てを解析することなど不可能であると承知しているし、そんな複雑極まりない人間という存在を、大衆という群体として捉えた時のみ、その行動を法則と規律によって操作することが可能であると了解していた。

 だからこそというべきだろう。一人の青年としての北郷一刀に接する時、朱里はいつも年相応の女の子でいるしかない。精一杯背伸びをして彼にいいところを見せたくても、軍師としての経歴と知識がそれに役だったことはない。たったの一度もない。ほんとーになかった。何の役にも立たなかった。全く無益だった。

 だから、困る。朱里は、こんな切なそうな顔をしているご主人様に、どんな風に声を掛けたらいいのか、皆目見当がつかないのだ。

「……」

 朱里は、そのまま、大きな大人用の傘を両手に抱えたまま、黙ったまま北郷一刀に歩み寄った。 ことさら足を忍ばせたわけではないが、静かな部屋を騒がせたくなくて、ゆっくりと歩む。卓子を隔てて三歩のところまで近づいて、ようやく、一刀は顔を上げた。

「あ、朱里か」

 まるで、長い夢から醒めでもしたような口調だった。そのまま、少し笑って手招きする。彼のそれが作った笑顔だということは朱里にもわかった。でも、心配しているように思われたくなかったので、朱里は意識して笑顔になって、彼のそばに歩み寄った。

「傘を持ってきてくれたのか。ありがとな」

 そういって、一刀が朱里の頭を撫でた。

「……」

 朱里は何も言えなかった。言えないまま俯いた。一刀は朱里のために椅子を引き、釜から湯を注いで茶を入れ直し、三つ目の茶碗に彼女のための茶を注いだ。

 一切の動作は無言で行われた。雨音だけが流れる部屋の中で、朱里もまた黙って椀から立ち上る湯気をみていた。

「……すこし前」

 それが北郷一刀の声だと、朱里はすぐには気づかなかった。掠れていて、まるで独り言のようで。雨に溶けるように消えてしまった。

 朱里は顔を上げて、一刀の横顔を見上げた。彼は再び窓の外を見ていた。見ながら、訥々と語り始めた。

「……すこし前、ここには子供と、子供達の先生が住んでたんだ」

 語り始めた彼の顔には、幽かな笑みが浮かんでいた。先ほど朱里に見せたそれとは違う、本当に心の底から浮かんで広がった波紋のような笑顔だった。

「色んな事に詳しくて、何でも出来て、もののよくわかった、でも、ひどく頑固なところのある」

 幸せそうな笑顔だった。

「優しい、先生だった」

 朱里は、そんな一刀に、何も言えない。ただ流れるままの言葉の綴りを、流れるままに追ってゆく。

「俺は、当時この世界に着たばかりで、何をしたらいいのかわからないままに、がむしゃらなだけで……みっともなくばたばたと藻掻いているばかりで……まるで、陸に上がった魚みたいだった。突然、それまで住んでいた川か海から放り出されて、何もわからい場所に放り出されたような気がして、ただただ無様にのたうち回っていた」

 流れるままの言葉は意味があるようでもあり、ないようでもあり、さながら、窓の外の雨音のようだった。

「そんな俺に、その人は呼吸《いき》の仕方を教えてくれた。『無理に、この世界に合わせなくてもいい、自分は自分のままで、泳ぎたいところへ泳いでゆけばいい』って」

 雨音のように、誰に聞かせるわけでもない一刀の言葉は、朱里の耳をともすれば通り過ぎてしまいそうだった。

 だから、朱里は一刀の横顔を一生懸命に見つめた。言葉は忘れても、今日の彼のこの表情を忘れないために。

「あの人は――陸の上でくたばりかかっていた魚《オレ》にとっての『水』だった。魚《オレ》は、あの人に出会ってやっと自分が何者だったのかを思い出した」

 だけど、と、彼は一つ息を吐いた。

「俺は、結局あの人のことを、何一つ、わかっちゃいなかった……」

 雨音が大きくなったような気がした。しかし、それは朱里の錯覚だった。雨の強さは変わらなかった。したがって雨の音も変わらない。

 雨音が大きくなったと錯覚するほどに、一刀の言葉が弱かったのだ。

 

「俺はさ、朱里。その人の事を、何一つわかっちゃいなかったんだ……」

 

 

 

単福の乱2 ―フィッシュ&ウォーター―

 

    第一回 『白河の水の清きに住みかねて』

                       に、つづく

 

 

 

追加説明

 

 いつもみてくださる方ありがとうございます。第一部第一話以来お待ち頂いている方おひさしぶりです。ちょこちょこ再開させていただいております『単福の乱』ですが、やっとこ第二部を始められそうなので、予告編を掲載させていただきました。

 

 このお話、実は第二部のプロローグだったのですが、時間がいきなり飛んでいたり、本編との関係が難しかったりして一度お蔵入りになったのです。お話自体はそこそこ思った通りになったので何とか投稿させて頂きたかったのですが、全部の構成を考えるとここにしか入れようがなく。それで第二部開始前の予告編として、掲載させていただくことにしました。

 

『単福の乱』が決着して数ヶ月後の啄県。本編に未登場だった恋姫ヒロインの視点ではじまる、雨の風景。……てな雰囲気のお話ですが、続きはありません。

 あくまで、本編再開前の一休み、というお話です。この時点で『彼女』は啄県にはおらず、新たに増えた仲間にあえて『彼女』について語るものもいなかった。……という設定になっております。


 
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