No.162949

真・恋姫無双 刀香譚 ~双天王記~ 第二十五話

狭乃 狼さん

刀香譚、二十五話です。

荊州の騒乱、長沙以外での顛末編です。

では。

2010-08-03 12:06:00 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:16146   閲覧ユーザー数:13717

 紀霊が袁術、張勲をかばって壮絶な死を遂げていたころ、長沙の郊外にて対峙する二つの軍勢。一方は張飛率いる荊北軍五千。もう一方は、孫権率いる揚州軍八千。互いに小高い丘の上に陣を敷き、張飛は一刀からの、孫権は周泰からの報告を、それぞれに待っていた。

 

 「思春、明命はまだ戻らないの?」

 

 「はい。・・・何かあったのでしょうか」

 

 孫権軍の本陣、その天幕内にて、主の問いに答える甘寧。

 

 「見つかって捕まったのかしら」

 

 「その可能性は否定できませんが、確率は限りなく低いかと」

 

 「荊州、いえ、荊北勢がここにいるということは、あちらも長沙に人を送り込んでいる可能性が高いです」

 

 天幕内にいる三人目の人物、片側だけの眼鏡、いわゆるモノクルというやつを着けた少女が言う。

 

 「向こうに先を越されたというの、亞莎」

 

 「・・・おそらく」

 

 うなずく少女。姓は呂、名は蒙。字を子明といい、ここ最近になって頭角を現してきた、孫家に仕える参謀の一人である。

 

 「申し上げます。周泰さま、お戻りになりました」

 

 天幕の外から聞こえる兵士の声。

 

 「そう、無事だったのね。・・・一人なの?」

 

 「はい。お一人です」

 

 孫権の問いに答える兵士。

 

 「わかったわ。ここに通して」

 

 「は!」

 

 「蓮華さま」

 

 「・・・まずは、明命の報告を聞きましょう」

 

 

 

 一方張飛隊では。

 

 「にゃー。お兄ちゃんたち遅いのだー。鈴々は退屈なのだー」

 

 そうぶーたれる張飛。

 

 「一刀叔父のことだ。すぐにでも合流されよう。ほれ、菓子でも食うて落ち着け鈴々」

 

 笑顔でそう言いながら、張飛に菓子を渡す、元劉弁こと劉封。

 

 「むー。命がそういうなら、もう少し我慢するのだ。・・・はむ」

 

 菓子をほおばる張飛。

 

 元皇帝である劉封に対して、一刀と桃香以外では唯一、まったく遠慮のない彼女を、劉封はいたく気に入っていた。それ故、本来なら襄陽に居残る筈だったのを、無理を言って彼女の副将として、従軍させてもらったのである。

 

 「失礼します!!長沙城に劉の旗が挙がりました!!」

 

 天幕の外から、そう報告する兵士の声が聞こえた。

 

 「にゃは!さすがお兄ちゃんなのだ!!」

 

 飛び跳ねて喜ぶ張飛。

 

 「思った以上に早かったの。・・・さて、これであちらさんがどう動くかじゃが」

 

 笑顔のまま、そうつぶやく劉封だった。

 

 

 

 再び孫権軍の天幕。

 

 「・・・で、猫と遊んでいるうちにすべてが終わったと・・?紀霊将軍が討ち死にして、袁術達は一刀に降って、長沙を裏で操っていた張允は一刀に討たれたと」

 

 「はい。・・・申し訳、ありません・・・」

 

 正座をしてうなだれる周泰。そして、あきれ返っている孫権たち。

 

 「明命の猫好きは今に始まったことじゃないけど、さすがに今回はどうかと思う」

 

 「文台さまが聞かれたらどうなることやら」

 

 呂蒙と甘寧の言葉に、涙目になって体を震わす周泰。

 

 「・・・過ぎたことをこれ以上言ってても仕方ないわ。問題はこれからどうするか、よ」

 

 冷静に言う孫権。

 

 「文台さまからは、城を落せとまでは言われていませんから、ここは撤退するのが上策かと」

 

 呂蒙がそう献策する。

 

 「そうね。柴桑に戻って、お母様たちのお帰りを待つべきでしょう。思春、準備を」

 

 「御意」

 

 甘寧が孫権の命に答え、天幕を出ようとしたときだった。

 

 「申し上げます!!長沙より軍勢が出陣してまいりました!!その数、二万!!」

 

 「!!・・・少し遅かったみたいね。思春、亞莎。撤退の準備はそのまま進めて。機を見計らって撤退するわ」

 

 「「御意」」

 

 

 

 そのほぼ同時刻。

 

 長沙の西、武陵郡にて対峙する二人の人物がいた。一人は黒髪の武神、関雲長。その関羽と相対するのは、弓を携えし妙齢の女性。

 

 その弓は千発千中にして、十里(約五キロ)離れた場所にいる鳥の目をも打ち落とす、強弓。神の腕を持つとうたわれし、その人物の名は黄忠、字を漢升という。

 

 「・・・関将軍でしたわね。糧食をほとんど焼かれたのには参りましたわ。これで私たちは完全に足止め、もしくは撤退せざるを得なくなりました」

 

 そう。襄陽を発った関羽は、江陵に合流すべく進軍中だった荊南軍に対し、五百の兵で以って奇襲をかけ、見事に焼き討ちをやってのけた。だが。

 

 「私が撤退中のあなた方を見つけたのが運のつき。このまま引き下がっては、娘を救う機を失ってしまう。ならば、貴女の首を持って帰ることで娘の、璃々の命を救わせてもらいます」

 

 黄忠が自身の弓を関羽に向けて構える。

 

 「黄忠どの。貴女の娘御を思う気持ちはよくわかる。なればこそ、ここは退いてくださらぬか。今頃はわが主、劉北辰がそなたらの娘御らを救出すべく動いている。それを信じ、私とともに来てくださらぬか」

 

 関羽が青龍偃月刀を降ろしたまま、黄忠を説得する。

 

 「劉翔殿のお噂は聞いています。よき人物だと。ですが、会ったこともない人をそう簡単に信用できますか?」

 

 関羽にそう問い返す黄忠。

 

 「ならば、どうすれば信じていただける?」

 

 「・・・私はいま、ここに百本の矢を持っています。それをこれから、あなたに向けて全力で放ちます。一本でもあなたに当たれば私の勝ち。すべて叩き落すことが出来たら、あなたの勝ち。・・・いかがですか?」

 

 黄忠がそんな提案を関羽にする。

 

 「・・・それがしが勝てば、こちらに降って下さるのですな?」

 

 「はい。・・・但し、私が勝てば、貴女の首をいただきます。・・・よろしいですね?」

 

 「・・・・・・・・・・・」

 

 無言のまま、偃月刀を構える関羽。

 

 「・・・では、参ります!!」

 

 「・・・来られよ、漢升殿!!」

 

 

 場面は変わって、江陵城。

 

 この城を取り囲む、劉備率いる二万の軍勢。その陣中にて、

 

 「蔡瑁め、出てきませんな」

 

 自身の三つ編みをいじりながら言う陳到。

 

 「援軍を待っているんでしょうけど、当てが外れてどうするか迷ってる、というところでしょうか」

 

 龐統が自身の推測を述べる。

 

 「雛里のいうとおりだと思うよ。とはいえ、こっちからも手は出せないし、当分はこのまま包囲を続けるしかないと思う」

 

 徐庶が龐統に同意して、そう発言する。

 

 「すべてはおにいちゃんたちが合流してからってことだね。けど、油断は禁物。警戒は怠らないようにね」

 

 「「「御意」」」

 

 劉備の言葉に、拱手する三人。

 

 それを見てうなずき、椅子に背を預ける劉備。その瞬間、その豊満な胸が大きく揺れる。

 

 (う。いつ見てもすごい迫力)

 

 (くっ!なぜ天は富める者と貧しきものを分けたもうた)

 

 (あわわ。や、やっぱり大きいほうがいいんでしょうか)

 

 それを見て、徐庶は圧倒され、陳到は天を仰いで悔しがり、龐統は自身のそれと比較して落ち込む。

 

 「どしたの、みんな?」

 

 そんな様子の三人を見て、不思議がる劉備。

 

 「「「いえ!なんでもありません!!」」」

 

 引きつった顔で答える三人であった。

 

 

 

 再び武陵。

 

 「ハア、ハア、ハア」

 

 「フウ、フウ、フウ」

 

 肩で息をする関羽と黄忠。

 

 黄忠はすでに、九十八本の矢を放ち終えていた。最初のうちは一本づつを全力で。二十射を越えたあたりから、複数を同時に、もしくは、少しづつずらしたりして、次々に射た。

 

 だが、関羽はそのことごとくを叩き落していた。しかしその反面、体力も気力もつきかけていた。

 

 「・・・さすがですね、関羽将軍。その体力、気力、技術、どれをとってもすばらしいものですわ」

 

 「お褒めに預かり光栄だ。そちらも神の腕を持つと謳われるその実力、噂に違わずのもの」

 

 互いに相手を称える、関羽と黄忠。

 

 「・・・では、これが”最後の”一矢。落せるものなら、落してみて下さい」

 

 矢を引き絞る黄忠。

 

 それを見て、関羽も偃月刀を構えなおす。

 

 「・・・ハアッ!!!!」

 

 ビュンッッ!!

 

 矢が黄忠の弓から放たれる。

 

 (ただ真正面に放つだけだと?・・・!!いや、あれは!!)

 

 それはほんの一瞬の思考。一瞬の発見。そして、一瞬の判断だった。

 

 「はあああああっっっっっ!!!!!!」

 

 関羽が偃月刀を振り下ろす。まっすぐ、縦に。

 

 バキイッッッ!!

 

 音と共に地に落ちる、白と黒の、”二本”の矢。

 

 そう。黄忠は通常の矢と共に、真っ黒に塗ったもう一本の矢を同時に放っていたのだ。

 

 「・・・何故、”影矢”に気づかれました?」

 

 最後の技を破られた黄忠が、表情を変えずに関羽に問う。

 

 「地に伸びる影が、わずかに長かった。あと、風きり音も、二重に聞こえた」

 

 偃月刀を降ろし、答える関羽。

 

 「・・・ふふ。やはりとんでもない方ですね。これだけ気力を消耗して尚、それらに気づかれるのですから」

 

 そう言って、弓をその場に置く黄忠。

 

 「約束どおり、降伏いたします。私の真名は紫苑。この真名を以って、その証とさせていただきます」

 

 膝を付き、頭を垂れて言う黄忠。

 

 「感謝する、紫苑どの。娘御のことはご案じめさるな。必ずや、わが義兄が助け出しておられよう」

 

 「はい。・・・信じさせていただきます」

 

 笑顔で、差し伸べられた関羽の手を取る黄忠だった。

 

 

 再び場面は長沙。その城門の近くにて、二つの軍勢が対峙する。

 

 「・・・ひさしぶり、ね。・・・一刀」

 

 孫権が一刀に声をかける。

 

 「ああ。十年ぶりぐらいかな?元気そうで何よりだよ、蓮華」

 

 そう返事を返す一刀。

 

 「けど、悪いが君と話すのは俺じゃない。俺はあくまでも付き添いだ。君に口上を述べるのは、・・・美羽」

 

 一刀が一歩横にずれ、後ろで馬に跨る少女を促す。

 

 「うむ。・・・始めまして、じゃの。孫仲謀。妾が袁公路。長沙の主じゃ」

 

 「あなた、が?・・・・・・」

 

 袁術の姿を見た孫権は、思わず呆然とした。そこにいたのは、周泰から聞いた人物とは様子が違って見えた。

 

 袁術はいつものドレス姿ではなく、張勲と同じ意匠の戦装束を着ていた。色も派手な金色ではなく、少しおとなしめの、黄色。表情も凛々しく、自信と覚悟に満ち溢れていた。

 

 (美羽さま、なんと凛々しいお姿でしょう・・・。紀霊ははさま、見てますか?お嬢様の今のお姿を。馬になんて決して乗ろうともしなかったお嬢様を。戦装束に身を包んだ、このお姿を)

 

 袁術の背を見つめ、涙を流しながら、自分たちをかばって死んだ紀霊に、心の中で語りかける張勲。

 

 「孫権よ。まずは問う。何をしに妾の領地におる?返答いかんでは容赦はせぬ。さあ、いかに!!」

 

 孫権をまっすぐに見据え、問いかける袁術。

 

 「そ、それは、その。え、袁術殿が長沙で軟禁されていると聞き及び、およばずながら、力になりたいと・・・」

 

 「そうか。孫家の者は義に溢れたすばらしき者たちじゃな。その心遣い、感謝する。じゃが、妾たちはこのとおり、すでに自由の身じゃ。かかさまと一刀兄のおかげでな。そういうわけじゃから、もう引き取ってもらってかまわんぞ」

 

 笑顔で言う袁術。

 

 「そ、そうですね。では、私たちはこれで・・・」

 

 退却の指示を出そうとする孫権。

 

 「ああ、そうじゃ。文台殿に伝言を頼んでもよいかの?」

 

 「え?」

 

 きびすを返そうとしていた孫権に、袁術が再び声をかける。

 

 「・・・妾達はこれより、江陵の蔡瑁討伐のため、一刀兄に助力する。・・・もし、その間に何かをしようとするなら、それなりの覚悟を持って、するように。・・・とな」

 

 笑顔から一転、厳しい表情で孫権にそう告げる袁術。

 

 「わ、わかったわ。母様に伝えておきます」

 

 「うむ。文台殿によろしくな。・・・では、一刀兄、参りましょうや」

 

 一刀を促す袁術。

 

 「ああ。・・・そういうわけだから、積もる話はまた今度、ってことで。・・・今度はお茶でもしながら話そう。桃香や輝里もいっしょにね?」

 

 袁術の後を追う一刀。そして、袁・劉混成軍は江陵へと向かった。

 

 それを、ただ黙って見送るしかなかった孫権。

 

 「蓮華様・・・」

 

 「・・・仕方ないわ。さ、私たちも柴桑に戻るわよ」

 

 「「「御意」」」

 

 (・・・紀霊という人の死が、彼女を変えた、か。・・・いずれ、手ごわい敵になるかも、ね)

 

 袁術をそう評価する孫権。その予想は後に的中することになるが、それはまだ、はるか先のことである。

 

 

 

 

 ~次回~

 

 

 荊州・内乱編、ついに決着。

 

 

 一刀たちはついに、江陵への総攻撃を開始する。

 

 

 そして、終結後にもたらされる、ある一報。

 

 

 一刀たちは、襲い来る災いに打ち勝てるのか?

 

 

 長江が紅く染まる時、何が起こるのか?

 

 

 

 

 真・恋姫無双 刀香譚 ~双天王記~

 

 

 第二十六話にて、お会いしましょう。

 

 

 再見~!!

 

 

 


 
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