No.162464

恋姫異聞録76  定軍山編 -誰が為に立つ-

絶影さん

今回の投稿作品は読んでいただければ結構です
何も言いません、頑張りました

舞のイメージ曲はTHE BACK HORN
コバルトブルーです

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2010-08-01 19:19:27 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:11378   閲覧ユーザー数:8403

 

 

 

堅牢に固めた門は容赦なく真桜たち工作兵の激流とも言える攻撃で破壊されていく、分厚い木の板を何重にも重ね

鉄の鋲で固定された門は木切れを飛ばしながら次第にメキメキと悲鳴を上た。みるみる崩壊していく城門を絶望の

眼差しで見る城壁の敵兵士達の表情は益々青ざめるが、その心の奥底には英雄に刻まれた恐怖と覚悟が見て取れる

 

速い、敵が錬度の無い兵の集まりと言うこともあるが、西と東は門の破壊にまだまだ掛かるはず。これなら一日で

門を破壊できる。風車の陣、他の攻城戦でも十分に使える

 

「もう一押し、一気に行くぞ風」

 

「了解しましたー。続いて五番隊前面に、四番隊は後方へと下がってください」

 

最後の一押しをする前に一斉に城門の兵士が城の中へと走り去っていく、速いっ!分水嶺を見極めるのが絶妙すぎる!

 

「お兄さん、敵の兵士さんから何か読み取れましたか?」

 

「応、誘いどおり南門から抜けるはずだ。最後の目線が南門を確認していた」

 

俺の答えを聞くや否や、風は指示を飛ばす。鳴り響く銅鑼の音、そしてその音に合わせ部隊が陣形を再編成していく

陣形は長蛇陣、そして空に放たれる赤い煙矢。其れを合図に西と東の部隊は陣形を南門に向け蜂矢の陣を形成していく

 

「城門突破後陣を城内部で再編成、小型の蜂矢の陣へ再編成する。南門まで敵を押して押して押しまくれっ」

 

男の地響きのような叫び声が発せられると兵たちからは【応】と口々から同じ轟音を発して兵達は大地にうねる

巨大な大蛇を思わせる隊列を作り出す。そして陣が形成されると同時に城門は砂煙と木切れを吹き飛ばしながら

崩れ落ち、中央で門を破壊した真桜は雄叫びを上げ城内に突撃を開始した

 

「うあああああっ、ウチに続け臆病者は死ぬぞ、死にた無かったら遅れず着いて来いっ」

 

「旗を掲げろ真桜に続け、勢いを殺すな」

 

螺旋槍を必要以上に回転させ、音を響かせる。音で鼓舞し、先頭に立つことで兵の勢いを殺さず城内に残る敵兵士を

飲み込んでいく。此処にきて真桜は兵を鼓舞し先頭に立つことまでしてのけた。その姿に兵達は目をギラつかせ

闘気を滾らせ統制の取れた狼の如く敵に襲い掛かってく

 

「お兄さん、足止めの兵は少ないです。やはり素早く南門を抜けに掛かったのでしょう」

 

「そのようだ、兵も矢を放ち直ぐに後方へ退がっている。南は?」

 

「先ほど空に緑の煙矢が上がりました。統亜さんたちが巧く道を作り、伏兵の場所まで送ってるはずです」

 

男達の進軍を止める為、街道に残った兵達は矢を放ち足を鈍らせようとするが。男の紅蓮の殺気と真桜の螺旋槍

に鼓舞された兵達は足を止めるどころか叫び声を上げ益々進軍速度を加速させていく

 

「左前方の家屋に弓兵が潜んでいる、この先の街道に柵が設置されている」

 

「左翼は弓を家屋に放ってください、右翼は真桜ちゃんと共に柵を破壊。後方遊撃隊は破壊した柵を勢いを殺さず

駆け上がってください」

 

男はその目を使い、敵兵の考えを読み取り一人として逃さぬように兵の隠れる場所を次々と潰し

その隣で風は男を補佐するように兵を動かしていく。次第に男の身体は傷つき倒れる兵の思考を読み取った

代償としてその身体に血を滲ませていった

 

「お兄さん」

 

「心配するな、問題ない。其れよりも残って弓を引く兵はどの兵も涼州のしかも老兵だ」

 

「道理で退くのが速いわけです。此方を巧くつつきながら退いている」

 

男は周りを確認しながら敵兵を城内に残さないように視野を更に更に広め、己の限界を超える量の視覚情報を

脳へと叩き込んでいく

 

「声を上げろっ!敵兵を城内に残すな、全てを城の外へと追い払え!」

 

風の言うとおり、此方が敵を一気に喰らったのは最初だけ。その後は潜む弓兵が巧く此方をつつき素早く引いている

このような芸当が出来るのは涼州の古参兵以外に居ない。馬に乗らずともこれだけの芸当をして見せるのだ、前回

騎乗し華琳を少数で足止めしたのも頷ける。だが其れならば城内に兵は居ないと見て良いはずだ

 

「ですが此方の進軍はまだ加速できます。燕は風が強く吹けば吹くほど空高く舞い上がる」

 

「ならば加速し敵の殿に牙を突き立てるぞ」

 

頷く風は兵を指揮し俺の居る本陣を押し上げ後方に左翼を移動させる。そして突破した遊撃隊を前衛にして

右翼と合流した真桜たち前衛と共に蜂矢の陣をまた長蛇陣へと変化させる。流石だ、もう直ぐ門が近い

一列にした陣形で素早く門を突破するのと、万が一城内に伏せた敵兵が後方から攻撃をしてきても即座に対応する為

長蛇陣に変更した

 

「我等叢雲の軍はお兄さんが全体の中心に居ればこそ一番力が発揮できるのですよ」

 

「さっきの風車の陣と同じことか?」

 

風車の陣、つまり俺が中心に居ることで後ろの指揮を上げ、気迫で押し出された前面の兵が加速する

其れが俺達の軍の用兵の形、だから長蛇陣も俺を中心に置くことで加速し後方の防御は厚くなるということらしい

 

「士気が高ければ後ろからの急襲もしっかりと耐えられます」

 

「なら俺の成す事は兵を常に鼓舞することだな。続け兄弟よ、俺と共に戦場を駆けろ」

 

そういうと男は益々その身に纏う盾のような気迫を強めていく、男の強き心力の成せる技。気当りとは違う

兵たち一人一人を守るように、包むように、兵は猛り胸が高鳴り踊るように足を加速させていく

 

「西と東から砂塵を確認。予定通りこのまま合流できます」

 

敵兵達は次第に少なくなり、南門へと近づいていく。恐らく素早く下がり、そのまま殿へと着いたのだろう

流石は涼州の古参兵、引くと同時にちゃんと殿に合流できるようにしているようだ

 

「隊長、南門突破するで!」

 

「ああ、風」

 

「はいー、突破後道が出来ているはずですから統亜さんと合流、更に東と西から上がってくる両翼と合流。

鶴翼の陣を形成、詠ちゃんたち伏兵に足止めされている敵兵を包囲します」

 

目の前に迫る開かれた南門を突破すると、東門と西門を攻めていた秋蘭と凪達が示し合わせたように

合流し風に押された燕は翼を広げた。もはや鶴翼と言うより燕翼の陣と名付けても良いくらいに美しく

駆け上がる部隊同士が合流し陣を形成していく

 

「よし、行くぞ秋蘭」

 

「応、真桜、右翼を頼む」

 

「了解です」

 

合流し秋蘭は俺の隣に駆け寄り、入れ替わるように真桜が右翼へと走っていく

中央には俺を守る為に秋蘭が付き、右翼へ真桜と統亞が走り兵を指揮し。前方には土煙を上げ

詠達の伏兵に囲まれる韓、厳、黄の旗

 

「巧く行ったようだな」

 

「・・・・・・」

 

「どうしましたお兄さん?」

 

俺は違和感を感じ望遠鏡を前方の敵に向けた。

 

・・・・・・何だ?何故俺たちに囲まれ安堵、安心、そして・・恐怖が無くなっただと!?

 

「風、斥候は?敵の援軍は!?」

 

「いえ、報告からもありません」

 

「ならば何故恐怖が無くなる。どういうことだ」

 

【恐怖が無くなる】その言葉で風は直ぐに兵を指揮し蜂矢の陣の陣へと指揮をする。俺にもわかる明確な焦り

風の指揮を横目に俺は近づく敵兵に望遠鏡を向ける。そしてその前方で見たものは

 

「真紅の呂旗」

 

「やはり、飛将軍呂奉先を単騎で援軍に・・・斥候にも見つからないわけです」

 

「馬鹿な。呂布だと!奴一人で道を切開くつもりか」

 

出来るだろう、何故なら三万の兵をなぎ払った将だ。これほど心強い援軍は無い、秋蘭だって解っているはずだ

そして俺たちは殲滅戦が苦しくなった。呂布を無視しどれほど削れるのか、それに対する俺達の代償は見合うもの

なのか

 

「どうやら相手の軍師に巧く操られてしまったようです」

 

風は悔しそうに少し顔を歪ませた。風によれば始めからわざと新兵が多いところをさらけ出し、援護が来ると思わせ

た。そして俺達が城に押し込め援護が来る前に殲滅させるよう思考を向けさせたらしい。民を残したのも火計で

門を閉じ、城内部を焼き払わせない為。城から抜け出しやすくする為のようだ

 

「つまりは俺の思考を利用したわけだな」

 

「そうですねー、お兄さんならば民が残る場所に火計など絶対に出来ないと」

 

「軍師ならば敵将の思考も範疇と言うことか」

 

殲滅を素早く済ますために此方が南を薄くし城から追い出し囲もうとする所まで敵に読まれていたと言うことだ

そして敵からすれば城から抜け出し単騎の呂布が斥候をかいくぐり合流した時点で脱出は成功、此方の敵兵殲滅は

不可能になった。敵の軍師はいったい何手先まで見えていると言うんだ

 

「まだです。敵兵だけを殲滅し、呂布さんは弓兵で動きを止めます。出来ますねお兄さん」

 

「ああ、ヤツを止めるだけならば秋蘭の弓兵を二百かしてくれれば良い」

 

兵だけ殲滅か、ならば呂布を封じてやる。奴の動きは見た、前の戦と同じならば足の動きに集中し兵を蛇行させ

動きを封じ込めてやる。秋蘭の弓兵ならば手足のように動かせる。全力で喰らい付く

 

秋蘭直属の兵たちは男の元に進軍しながら集まっていく、そして弓を持ち矢筒を大量に腰へと括り付け

小型の雁行の陣を作り出す。しかし

 

「呂旗が退いているぞ」

 

「なに!」

 

秋蘭の驚きの声を聞き、望遠鏡を向ければ、此方の兵をなぎ払い道を開かせ

兵を引き連れ退いていく呂の旗。それに続くように厳と黄の旗が駆けて行く

 

「なんとしてでも此処から兵を逃がすつもりか」

 

「くっ、思ったよりも残っている兵が多い。逃せば多くの敵兵が恐ろしい成長をするぞ」

 

一馬は即座に兵を引き連れ追い立てる。そして詠はそこに僅か百程の老兵と残る血だらけの韓遂に足止めをされていた

 

「昭っ」

 

「詠、無事か」

 

「うん、でも・・・」

 

韓遂は眼光鋭く轟天砲での傷なのか返り血なのか、血まみれの姿で不敵に笑い、槍を構え此方を見据える

後方には老兵が二列に横陣を敷きその場に弓を携え、脇に槍を置き座り込んでいた。誰が見ても異様な光景

その姿に詠は惑わされ止められていた

 

 

 

 

 

 

合流した男は、対峙する韓遂を見て何かを感じたのか着ているいる美しく輝く蒼天のような外套を脱ぎ

秋蘭に渡した。秋蘭も男の行動に何かを感じたのか、渡された外套を羽織り、男を抱きしめる

 

「服、預かってくれボロボロになってしまう」

 

「解っている。これは避けられぬ戦いだ」

 

「ゴメン、また腕を傷つけてしまう。だけど泣かないでくれ俺は勝つから」」

 

「信じているさ」

 

耳元で秋蘭は呟き、男は力強く頷く。男の眼は次第に清濁混ざり合った目の色から綺麗に澄んだ色を写し

紅蓮の殺気は消えうせ、ただ盾のような強い気迫だけが力を増す

 

「風、兵を三分の一だけ残し凪達を連れて敵を追え。秋蘭を総大将として追撃だ、詠は此処で指揮を

俺は今より戦神を舞い兵を修羅へと変える」

 

「ちょ、ちょっと何言い出すのよ」

 

「韓遂殿の目を見て解った。座禅陣を使うつもりだ」

 

「座禅陣?」

 

「追撃して追いつけば殿を切り離し、その場に座らせ人柱にするんだ」

 

「!?」

 

そう、これは座禅陣、もう一つの名を捨て奸。仲間を逃がす為にその場に捨て置きとなる戦術。退却しながら

退路に目の前にしかれている陣がいくつも出来ているはずだ。だから老兵だけがこの場に残っている

 

 

 

【この場所を死に場所と決めたから】

 

 

 

「行け、秋蘭。敵は弓で始め将だけを狙ってくるはずだ」

 

「ああ、。行くぞ風」

 

「はいー」

 

秋蘭は左翼の凪達が異変に気が着く前に俺から視線を外すように兵を指揮して目の前の韓遂隊を避け

逃げる敵兵を追いかけていく。風もまた近くの伝令の背に飛び乗る。そんな兵たちを韓遂殿は無視し

ただ真直ぐに俺に視線を合わせ槍を構えていた

 

「俺だけを討ち、追いかける秋蘭たちを後方から崩すつもりだ」

 

「ちょっと待って。逃げる気は無いってそんなの人柱じゃない!」

 

「死兵を知らないのか?」

 

「知ってるわよ、でもこんなの僕が知っている死兵じゃない」

 

そうか、確かにそうだ。こんな思想はこの大陸の思想じゃない、俺の生まれた島国の思想だ。この大陸では利用され

利用するのが当たり前、主君と兵達の信頼は薄いものだ。俺たち魏の兵は華琳の独自の思想、賊さえも受け入れ

る兵や民との関係性がある、他の国でこれが出来るとは

 

座禅陣は信頼できる主君や将が居て初めて成せるもの、自分の一族郎党そして全てを任せることが出来る者が

居るからこそ成せるもの。其れが翠なのかそれとも劉備殿なのかは解らない、解るのは強烈な信頼がそこに

あると言うことだ

 

 

己の命を賭けるに価する信頼が

 

 

「なら良く見ておけ、これが本当の死兵だ。修羅兵でさえ貫くのは難しい」

 

「あ・・・」

 

「下がっていろ」

 

覚悟を決め、この地を死地と決めたのならば其れを打ち倒すのは並みの突破力では駄目だ。死を超え、生きる

為に戦い続ける修羅でなくては

 

詠が何かいいたそうにするが、言葉を噤んで後ろに下がり其れを見た韓遂殿は槍を地面に突き刺し拳包礼を

右腕だけで取ると声をあげ名乗り上げた

 

「我は誇り高き涼州の将、韓遂。俺に応えてくれたことを感謝する」

 

名乗りを上げた韓遂の言葉に男は全身に粟立ってしまう。目から読み取らなくて理解できる

韓遂は兵を殺したことで蜀に戻らないと心に決めた。だから蜀の将ではなく涼州の将と、蜀とは無関係だと

言い放った。何故ならば蜀の王、劉備は徳の王。その徳に付き従う将達に仲間殺しは不要だからだ

 

男もまた身体を正し拳包礼を取り名乗りを上げた。韓遂の心に応えるように

 

「我が名は夏候昭、字を文麒。魏の将にして覇王の影、貴方を討ち取りこの戦を終わらせる」

 

男が手を上げれば、周りの兵は腰に携えた鉄刀【桜】を大量に男の周りに投げ込む

一瞬で出来る刀の草原、男は突き刺さる剣を抜き取ろうとすると

 

「ぬ!」

 

「・・・」

 

男の腕から包帯が抜け落ち、右腕は存在感だけを残して着ている服の袖が揺れる。後方の詠と兵たちは驚き

対峙する韓遂も眉間に皺を寄せ男の腕を見詰めた

 

「昭っ!」

 

思わず詠は声を上げるが男は消えた腕を無表情に見て、顔の前に腕を上げる。存在感だけあるその腕は見えは

しないが感覚だけで男が自分の顔の前にもっていっているのが解った。そして腕を睨みつけると

 

「邪魔するんじゃねぇ、このクソッタレがああっ」

 

怒りの篭った轟音のような叫び声を上げて地面を思いっきり殴りつけた。地面はその部分だけ拳の形にべコリと

へこむと、拳があるであろう場所からポタポタと血が流れ落ち、男の拳は急にまた袖にすっぽりと治まるように

膨れ上がった

 

「待たせたな、韓遂殿」

 

「クククククッ、よく解らんがお前は本当に面白い男だ」

 

男は地面から剣を抜き取り構える。そして韓遂もまた槍を抜き取り男に槍を構え対峙する

 

韓遂殿の目から感じるのは此処は通さないと言う強い意志。だが此処で負けはしない、必ず俺は勝つ

 

「演舞壱式 戦神」

 

先に動いたのは地面を滑るように間合いを詰める男、地面に突き刺さった剣を次々に脚で舞い上げ回転を利用し

右剣で斬りつけた。韓遂は横薙ぎに振われる剣を弾くがその手応えは軽いもの、男は弾かれる瞬間に剣を手放し

空中に舞い上がる剣を掴み、回転を殺さず左剣で切りつける

 

「これが噂に名高い戦神の舞かっ!」

 

韓遂は嬉しそうに笑いながら男の剣戟を防ぐ、そしてその剣を絡め取ろうとすればその剣もあっさりと手放し

更に間合いを詰めてくる。槍の間合いから剣の間合いへと剣を手放し、舞わせ距離をつめ、韓遂は槍を短く

持ち直し、襲い掛かる剣を弾いていく

 

右から襲い掛かる剣を弾けば手応えは軽く、左から襲い掛かる剣を防げば重い剣戟。ならばと左を弾こうとすれば

今度は重い剣戟。そして気が着けば男は視界から消え地面を滑るように水面蹴りを放ってくる

 

「小癪なっ!」

 

韓遂は地面を滑り回転する男に槍を突き立てようとすれば男の水面蹴りはピタリと止まり、身を捩じらせ

襲い掛かる槍を皮一枚削らせて避け、槍を掴む。そして引く槍についていき己の身体を起き上がらせ

舞落ちる剣を空中で掴み韓遂の顔へと投げた

 

韓遂は頬を掠めながら飛んでくる剣を避け、引き寄せられる男に槍を手放し顔を拳を固め殴りつける。しかし男は

韓遂の膝に足をかけ宙へと舞い上がり、前方に回転しながら浮かぶ剣をつかみ取って頭を切りつけた

 

「ハァッ」

 

後頭部に目掛け襲い掛かる剣を韓遂は身をかがめ、槍を掴み男の落下地点へと槍を薙ぐ。男は咄嗟に剣を斜めに

構え、空中で柔らかく横の回転をして受け流してしまう。そして着地と同時に後ろを向いたまま両手に握る

剣を投げつけた

 

弾く為に一歩下がれば踏み込んだ足場には男が舞い上げ、地面に落とした剣の束。重なった剣はすべり、体勢を

崩してしまう

 

「かあああああああっ!」

 

崩れた所を男は浮かせた剣を弾き飛ばし、剣の雨が韓遂に襲い掛かる。だが韓遂はその崩れた体勢から顔を真っ赤に

絞るように息を吐き出すと凄まじい速さで突きを繰り出し叩き落す

 

「これが戦神、あの時はちゃんと見れなかったけどこんなに凄いなんて・・・」

 

戦いを見ながら詠は腕から流す血と凄まじい剣戟に絶句し、兵たちは男の舞い踊る姿と両腕から舞い上がる血を

見ながら鼓動が早くなり気は昂ぶり拳に力が篭っていく

 

詠は思う。あんなに、あんなに必死で生きる為に戦っている姿を見て何も感じないなんてあるわけは無いわ

両腕だって大事な誓いだって皆知っている。それなのに、あれ程傷つけ血を舞い上がらせアイツはこれほど覚悟を

決めているのに、この舞を見て僕達が奮い立たなくて如何するの?アンタが韓遂に勝った後は任せなさい、僕達が

全部終わらせてあげるわ。だから、だからっ

 

「負けるんじゃないわよっ!後の事は任せて思いっきりやりなさい!」

 

後ろから聞こえる力強い言葉に、男はかすかに顔を向けて微笑むと更に剣を足で舞い上げ次々に剣を弾き弾丸の様に

打ち出していく

 

 

 

 

 

 

 

 

韓遂もまた襲い掛かる剣の雨を弾ききり。韓遂は体勢を立て直し舞い上がる剣が男の強さと見た韓遂は

男が舞い上げる剣を全て突き落とし、男の攻撃を避けながら回りに突き刺さる剣を弾き草原を無くそうとする

 

其れを見た男は腰から剣を抜き取り、韓遂の槍に叩きつけようと横薙ぎに振った

襲い掛かる剣を防郷しようとする韓遂のその目には男の握る剣が映る。その剣は美しく輝きを放つ宝剣

 

韓遂は更に笑みを深めると槍を斜めに構え剣の軌道を変え、弾く。しかしその槍は斜めに切り取られ穂先は

地面に突き刺さる。そして男の攻撃はそこで止まらず左手に握る青と紅の混じる宝剣で韓遂の腹に斬り付けた

 

「があああっ!」

 

韓遂は襲い掛かる剣を膝と肘で瞬時に挟む、ビタリと止めた剣をメキメキと締め上げ血で染まった韓遂は笑みを

濃くするが。男は宝剣さえもあっさりと手放し、足で韓遂の握る切り取られた槍を弾くと左手で韓遂の胸倉を

思い切り握り締め

 

「ああああああああぁぁぁぁあああッ」

 

雄叫びのような声を上げると血を流し赤く染まる右手を硬く硬く握り拳を作ると韓遂を思い切り殴りつけた

男の拳を受けた韓遂は血だらけの顔で口の端を吊り上げ腰を落とし、声を上げて男を殴りつける

 

ガシガシと殴りあう光景に兵たちは驚き、唾を飲み込んでしまう

 

ただただ拳で御互いを殴りあう、骨を叩く鈍い音が響き渡り男と韓遂の

顔は血に染まっていく。剣や武はそこには無く力だけで殴りあうだけ

 

拳の応酬の中、一瞬の隙に韓遂は呼吸を整え拳に気を溜めようとするが。それを見切った男は即座に膝を韓遂の

鳩尾に叩き込み呼吸を乱す。そして更に拳を顔に叩き込み、左手が胸倉を引き寄せた

 

「カッ、ハハハハハッ」

 

更に笑う韓遂は引き寄せられる勢いのまま男の顔に頭突きを叩き込む。男も反応し額を韓遂に叩き込んだが

【ゴツ】と鈍い音と共に男の顔がはじける。体が崩れるのを見逃す韓遂では無い、そのまま韓遂は拳を男の

腹に叩き込むと胸倉を掴んでいた男の手からブチブチと布が切れ更に叩き込まれた韓遂の蹴りで男は

手に韓遂の服の切れ端を握ったままゴロゴロと後ろへと飛ばされた

 

「ゴハッ・・・フフフッ、お前は本当に面白い男だな。戦場で殴り合いとは」

 

うつ伏せに倒れる男を見下ろしながら、フラフラと歩を進めるが韓遂はガクリと膝を地につき呼吸も荒く

その場に落ちる鉄刀【桜】を掴み身体を起こす

 

「舞王、お前は何の為に戦う?理想を追う為か?」

 

倒れる男に韓遂は呼吸も整わないまま問いをぶつける。男は地面の土をギュっと握り締めると震える腕で上半身を

起き上がらせた

 

「ガハッ・・・ハッ、ハァッ・・・友との約束、民の平穏のために・・・理想を王を支える為に戦っている」

 

「ならば聞こう、理想を求める王ならば美しい理想を追わねばならぬ。ならばそこに現実を見る必要はないだろう

美しい理想は、戦場で己の手を汚すたびに穢れていく」

 

韓遂は身体から血を流しながらも男の眼を真直ぐに見てその場に立つ。流れる血はポタポタと地面を染めながら

 

「将兵は己に何か言い訳を作るものだ。平穏の為、己の武を誇る為など所詮は人を殺す為の言い訳でしか無い

だが将兵はそれで良い、王は人を殺した時の罪悪感など知る必要は無い、人を殺す罪悪感は戦を続けていくうちに

薄れていく現実を直視しなお理想を語れる者はそうはいない、皆お前や覇王のように心強いわけでは無いのだ」

 

手に持つ鉄刀【桜】の切っ先をまだ立ち上がれない男に向け更に闘気を滾らせ言葉を続けた

 

「美しく大きな理想を持つ為にはその手は汚れてはならない、王は現実を直視しすぎては理想など語れない違うか?」

 

韓遂の言葉に男は震える脚を両手で押さえつけ、無理矢理に身体を起こす。そして地面に赤いものを吐き出した

そこには折れた白い歯が見え、男はしばらく酒は呑めないななどと考えながらフラフラと立ち上がる

 

「誰のことを言っているのか解らないがそれは韓遂殿の言葉ではないな。俺達の王は心が強くなんか無いよ

俺を楔に使うほど弱い、しかも寂しがり屋の癖に王になんかなって」

 

韓遂の闘気に怯む事無く真直ぐに強い視線を返す。男の眼は美しく澄んだ色を写し、韓遂はそれを見てニヤリと

笑う

 

「韓遂殿の言うそいつは現実を、地べた這いずり死んで行く奴等を見ることを捨てたのだな」

 

「捨てたのではない、理想を穢さぬ為。現実を見ることを他の者に、将に任せたのだ」

 

「捨てたんだよそれは・・・華琳はなぁ、お前らが捨てた物の中にこそ理想があると、大事な物があると言ってるんだ」

 

立ち上がった男は腰に携える【桜】を二振り抜き取り刀の切っ先を韓遂へと向けた

 

「理想の土台には仲間の死体が埋まっている。お前らが捨てた物こそが理想の土台だ、死んでいった兄弟の願いが

そこにはある。だから華琳は現実を見ることを止めない、それは死んでいた者達の願いまでも捨てることだから」

 

韓遂は笑みを浮かべた。男は真直ぐに韓遂を見据えると握る刀に力を込めていく

 

「最後に一つだけ聞かせてもらおう、夏候昭の戦う理由はなんだ?」

 

韓遂の質問に男は戸惑う、先ほどと同じ質問。だが舞王でもお前でもない、名を呼び男自身に聞いている

誰の為でもなく、己が戦う真の理由は何だと韓遂は聞いていることに気が付いた男は、向けた刀を下ろし

空を見上げ笑ってしまった。

 

あまりにも当たり前すぎて、そして恥ずかしく口になどしなかった理由

 

「穏やかな午後に誰もいない家族だけの部屋で俺は戦などではなく、仕事で秋蘭に一寸だけ、

ほんの少しだけ褒められたいだけさ『良くやったな、偉いぞ』って・・・そして娘に小さく胸を張るのさ

『どうだい?凄いだろう』って、俺がここで負ければそんなことさえ出来なくなるのだから、

だから俺は負けるわけにはいかないんだ、立ってそして戦う。大事なものを、家族を守る為に

お前達のような理想を口にし笑って人を俺達の家族を殺していく奴らに負けるわけにはいかないんだっ!」

 

言葉を放った男の眼は更に強さを増し、纏う気迫は更に重圧感を増す。剣を上下に構える男を満足そうに

一瞬だけ柔らかい笑みで見詰めると、韓遂は笑いながら剣を構えなおす。その身体から発せられる紅蓮の殺気

ぶつかり合う盾のような気迫に突き刺さる紅蓮の殺気、まるでそこだけ空気が歪んでいるように揺らいで見えるほどに

 

「なるほどな。ならば俺を倒してその言葉が正しいと証明して見せろっ」

 

二人は倒れるように地面を踏みしめ走り出す。互いに限界だと悟ったのだろう、この一太刀に全てを込めると

気迫と殺気が語り、二人は同時に突きを放つ

 

男の瞳に凄まじい燃え上がる炎のような覚悟の光が宿るが

地力で勝る韓遂の刀が先に男の左の胸を真直ぐに突き刺さる

 

ガチィッ

 

刺さった刹那、男の胸から金属音が響き韓遂の突き出した刀は男の服を破り脇を切り裂くだけ、韓遂の顔が

笑みをつくり、その胸に男の二振りの刀が突き刺さる。

 

「ガボッ・・・胸に・・・何か仕込んでいるな」

 

「鏃さ、妻がくれたお守りだ」

 

韓遂は口から血を流し、男の言葉に笑うと崩れ落ちそうな身体を無理矢理に立たせ、男と身体を重ねて立つ

 

「ククククッ、お前は良い将になる。俺とも鉄心とも違う、戦う理由さえ」

 

「・・・」

 

「だがその理由が良い。民が求めて止まないものだ」

 

韓遂の眼から伝う多くのことを祖の眼が読み取り、男はボロボロと涙を流しそんな男を見て韓遂は困ったように

笑った

 

「泣くな、俺の眼から伝えたい事は伝わるのだろう?」

 

「う・・・うぅぅ・・・」

 

「さぁ、俺の頸を取れ。それがお前の役目だ」

 

男の眼を真直ぐに見詰め、韓遂は涙を流し続ける男に力強い声をかけ突き刺さる一振りの刀を己の身体から

無理矢理に抜き取る。血は舞、地面に大きな血溜まりを作ると顔を上げなおも男を強く見詰める

 

「前で戦うお前の仲間が呂布にやられて死ぬぞ、将ならばお前の言葉が嘘ではないならば俺の頸を上げて

見せろっ。貴様は皆を生き抜かせるのだろう!」

 

「う・・・うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ」

 

男は声を上げ、左手に持つ桜で韓遂の頸に目掛け刃を向け振りぬく、その瞬間

 

 

 

         【ああ・・・面白かったなぁ・・・】

 

 

 

男の耳にかすかに届いた韓遂の声、そして満面の笑み

 

地面にボトリと音を立てて落ちる頸、男の眼が大きく見開き、カタカタと腕が振るえる。残った体はその場に

崩れ落ち、男は空に向かい雄叫びを上げ眼からは涙を流し続ける

 

空はいつの間にか曇天に、まるで男の声と涙に呼応するようにポツポツと雨が降り始めた

 

男は刀を地面に突き刺すと、転がる韓遂の頸を拾い天に掲げ声を上げた

 

「曹操孟徳の将、夏候昭!韓遂を討ち取った!」

 

掲げられる韓遂の頸を見て敵兵の身体が異様な殺気と怒気に包まれる。そして次々に前列は立ち上がり弓を構え

矢を番えた。男はそれを見据え、眼光鋭く敵兵を睨みつけその眼は美しい色から清濁併せ持つ色へと変化した

 

「我等これより修羅に入る」

 

両腕から血を流す男は剣を敵に向けた。後ろの兵たちは男の舞う姿とその言葉に生き抜く本能が胎動し大地を

地鳴りのように響かせ声をあげ、その眼には鋼鉄の意志と覚悟が宿る。そして男の元へと次々に走り出し

周りに転がる剣を拾い上げ、盾を構え、槍を構え、弓を引き、獣の如き殺気を垂れ流す。敵兵全てを噛み砕く為に

 

 

 


 
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