No.158375

恋姫異聞録74  定軍山編 -追撃-

絶影さん

恋姫異聞録74  定軍山編 

追撃に移ります。そして色々と語ってます

前回の定軍山の戦も今回の戦も色々理由がありました

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2010-07-17 12:12:03 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:11167   閲覧ユーザー数:8633

 

「・・・風達の方はもう終わったようね。あの様子だと殲滅というわけではなさそうだけれど、随分と

敵を削れたと思うわ」

 

厳顔と黄忠は決して近寄らず、盾を構えじりじりと攻撃を仕掛ける此方の兵士を一睨みすると、地面を

轟天砲で爆発させ、それを煙幕のように使い兵が怯んだ隙に倒れた木を駆け上がり素早く残りの兵を引き連れ

撤退していく、黄忠は退がりながら威嚇の矢を放ち、その様子を横目で見ながら詠は指先だけで兵を動かしていく

 

しかし、手の動きだけで声をかけずに兵を動かしていくとは、どれだけ信頼を兵士達と築いているのだろうか

袁家との戦から随分と経つが、あの時も釣り野伏せをやってのけたくらいだ。今は本当に自分の手足のように

皆を指揮し、動かすことが出来ているんだろう

 

「風の方を旗の数で判断しているのか?」

 

「土煙と木々の揺らめきよ、兵が移動するなら多少なりとも揺れと土煙が立つわ、山だから木々の揺れは兵の数

をおおよそ教えてくれる」

 

「そうか、追撃の編成は良いのか?」

 

「ん~?要らないわ、追撃して此方の兵が変に減らされたら攻城戦で時間ばかり掛かる」

 

面倒くさそうに俺の言葉に答えながら、敵の撤退した先を真直ぐに見詰めている。もう既に次の戦のことを考えているのだろう。その眼の奥の蒼い炎はゆらゆらと揺らめき燃え盛る。次の戦は俺がするべき事はなんとなく解っている

どうにか其れを巧く違う方向に向けようと考えてくれているのだろう、詠は優しいからな

 

「我等は此処で待機で良いのか?」

 

「良いわ、風達が此方に来るから。合流後、兵の再編成と糧食の確認、そして少し進軍してから作戦会議よ

此方の兵は一馬と真桜が既に纏めに入っているから、秋蘭は昭の護衛でもしといて」

 

「フフッ、了解した」

 

そういうと、秋蘭は俺の腰の鞘に剣を収め、弓を腰から外して右手に握る。そして左手で矢筒の矢を確認しながら

羽を指先でなぞっている。どうやら腕の痺れや身体の怪我は大丈夫のようだ、何時もと変わりの無い動き

此処まで考えてしまう俺は心配しすぎなのか?

 

「そんな心配そうな顔をするな、怪我も無ければ腕も動く、あまり私を甘やかすな」

 

「こればかりは仕方ないよ。心配なんだから」

 

「私はお前の方が心配だ、何時も何時も無茶ばかりしおって」

 

「ゴメン」

 

「いいさ、叢演舞は私を心配させない為に作ったんだろう?私以外とも動きを合わせ、生き残る為に」

 

秋蘭の問いに俺は笑顔で返す。その通りだ、戦神も剣帝も全て己の身を傷つけ秋蘭や涼風、そして皆に要らぬ

心配ばかりかけてしまう、それに使っていれば俺の両腕は確実に動かなくなるだろうし・・・・・・くっ

 

「どうした?」

 

「うん、腕が・・・」

 

男が顔をゆがめると、秋蘭の立つ方の腕、右腕の包帯がスルリと地面に抜け落ち。男の右の袖は風に揺られて

パタパタとはためく。秋蘭の視界に入るのは消えうせた男の右腕、顔は青ざめ飛びつくように男の右腕を

抱きしめる。服を貫通し、巻いていた包帯さえ抜け落ちてしまうのに秋蘭には何故か掴むことが出来る。だが

そんな事は構いもせずにこの場に押し止めるように必死に抱きしめた

 

隣にいた詠は秋蘭の不思議な行動に男の右腕を見て声を上げそうになるが、自分で口を塞ぎ男を見上げる

男は平然と何時もの柔らかい笑顔を作って、まだ残る左腕で秋蘭の頭を優しく撫でていた

 

「もう大丈夫だよ、戻る」

 

「えっ?」

 

男の声と共に、存在感だけ残し透明になった腕が膨れ上がるように元に戻り服の袖にすっぽりと収まる

秋蘭は男の袖を巻くり上げ、傷だらけの腕を優しく指先で確認し、詠は落ちた包帯を拾い上げた

 

「其れがこの間話してくれた事?」

 

「そうだ、何故こうなるのかはまだ解らないけど」

 

「そう、本人が解らないのなら僕たちも解らないわね」

 

「他のやつらには言うなよ、知っているのは俺たち以外では詠と一馬、真桜だけだ」

 

「皆を動揺させるからってこと?」

 

「ああ、それに俺は消えるつもりなど無い、相手がたとえ神であろうと俺は負けない」

 

笑顔で返す俺に詠は何時もの通り、溜息を吐き「本当に馬鹿ね」と返してきた。馬鹿は今に始まったことじゃない

俺は言った言葉は守るさ

 

「まぁ良いわ、アンタの言うことも最もだし。実際見るまでは話半分だったけれど、これからは僕も考えてあげる」

 

「有り難う、詠が一緒に考えてくれるなら、絶対に巧くいく」

 

「あ・・・当たり前よ!僕はアンタの軍師よ」

 

「それに友だからな」

 

「そう、もちろん月の次にアンタの腕の事は考えてあげる」

 

詠は微笑み、敵兵が全て居なくなったことを確認しながら秋蘭に拾い上げた包帯を手渡す。そして秋蘭は

慣れた手つきで俺の腕を包帯で巻いていく、このタイミングで腕が消えてよかった。戦っている最中に消えられて

は危なかった。もし剣を振る俺の腕が消え、相手の攻撃をそのまま俺が喰らったら、もしくは仲間が其れを受けたら

そう考えると背筋が凍る、やはり俺が前へ出て戦うのはそれなりにリスクが大きい

 

「隊長、凪達が来たでー」

 

「ああ、統亞達が戻ってきたら兵の再編成に入る。風を俺の元へ呼んでくれ」

 

「了解や、行くで一馬」

 

「承知いたしました」

 

兵を見る限り、此方の被害は最小限に止められたようだ。戦死者もそれほど多くない、このまま軍を進めても問題

はないと思うが、俺は軍師ではないからな。風達の話を元に編成して新城へと進める、敵の損害は大きいもの

だったろう、何せ涼州兵が多くやられていることだろうからな

 

「お兄さん、お待たせしましたー」

 

「無事か、風」

 

「はいー、風はなんともありませんよー。後ろで指揮をしていただけなので」

 

そういって走ってきた伝令の背中からもそもそと降りると、遠くから走ってきたであろう伝令は地面に倒れ込む

よほど走らされたのだろう、馬車馬の如くというのはこういうことを言うのだろうな

 

「御疲れ様、しばらく後方で休んでいて良いぞ」

 

「は、はっ・・・はいっ」

 

伝令は息を切らせ、俺の言葉に笑顔を向けるとヨロヨロと立ち上がり後方へと歩いていった。恐らく風を背負って

馬代わりに走り回っていたのだろう。本来いるはずの一馬が此方と往復していたから仕方が無い

 

「所でお兄さん、敵の兵隊さんはどうでした?」

 

「詠にも聞かれたが、錬度の低い兵士だったよ」

 

「ふむふむ、やはりそうでしたか・・・」

 

風の話しによると、始めから戦経験の豊富な将三人が塊、激戦地に配置しているのが不思議だったと

そして斥候の話から、敵兵の錬度の低さは事前に伝えられていたらしい、そしてここから導き出される答えは

恐ろしいもの、先ほど涼州兵との戦いもやはり熟練した兵士だけあって多くの兵を逃がしてしまったと言っていた

其れも敵の軍師の狙いなのだろう

 

「解りますかお兄さん・・・」

 

「ああ、これは実戦で行われる錬兵、死地から兵を帰還させ、無理矢理短期間で錬度を上げる」

 

退却する韓遂殿の心を少ししか読む事は出来なかったが、やはり錬度が低い兵を引き連れていることを知っていた

ようだ、厳顔殿と黄忠殿も知っていたようだが何か軍師が策を与えていたのだろうか

 

「しかしそんなこと本当に可能なのか?」

 

「可能でしょう、引き際を知る将三人に加え錬度の高い涼州兵と共になら、錬度の低い兵を死地から帰還させることもできるでしょうから」

 

「もし其れが本当だというのなら、まるで華琳のような用兵だ」

 

以前、力の無いおれ達が急速に兵の錬度を上げる為に使った苦肉の策、しかし其れは小規模のものだ

兵も逃げ切れるようにして万全の体制を整えてやったこと、今回のように大規模で死と隣り合わせの

状況でやっていない

 

「統亜さん達が戻ってきますね、追撃は無事終了したようです」

 

「そうだな」

 

「・・・風は今からとても酷いことを言います。お兄さんは其れを了承しなければなりません」

 

風は真直ぐ此方に戻ってくる黒衣の兵たちを見ながら無表情で、読み取れない俺にもわかるような冷めた眼差しを

していた。わざわざ俺にわかるようにしているのはそれだけのことを今から話すということだろう、風は俺に

雰囲気だけで察して欲しいと言っているのだ

 

隣の秋蘭もその雰囲気に気が付いた様で、俺の手をしっかりと握ってくる。そして詠は風の話すことを知っている

からだろう、軽く眼を閉じて腕を組み、風の口が開くのを待っていた

 

風の言葉と敵兵の動きを思い返し、俺は理解した。敵の軍師は恐らくギリギリの所で援軍が駆けつけるように

調節してくるはずだ、死地から生きて戻れたという気持ちを持たせて

 

俺は静かに眼を伏せ、鋼のように心を硬く固めゆっくりと見開くと真直ぐ前を見て頷いた

 

「次の戦は完全殲滅戦になります。残らず兵を打ち滅ぼし、一人とて蜀へ逃がしてはいけません。

その覚悟はお兄さんにありますか?」

 

風の言葉に秋蘭の握る手が強くなる。俺は優しく握り返す。解っているんだ、其れをすれば俺がより苦しむことを

そして俺が傷つくことを。だが止める事は出来ない、なぜならこれは戦だからだ、殺し合いだからだ

負ければ殺される。仲間も妻も子供も、だから敵の有利になる事は完全に潰さねばならない、其れが戦に慣れない

新兵の集まりであろうと俺たちは今後の脅威となるものを逃がすわけには行かない

 

「・・・もちろんだ、次の攻城戦は完全殲滅を目標とする。兵を一人も逃がすな、死地より戻った兵士は

厄介な相手となる」

 

「承知いたしました。これより詠ちゃんと荷車で軍議に入ります。お兄さんは兵を纏め移動を開始してください

敵を休ませてはいけません」

 

「解った、これより全軍の編成を行う。伝令、各将は俺の元へ集まるよう伝え編成後移動を開始する」

 

指示を聞いた伝令は走り、風と詠は俺に拳包礼を取るとその場から去っていく。そしてその場に残されたのは

秋蘭と俺の二人だけ、秋蘭はゆっくりと俺の背中から腕を回し抱きしめると、背中にゆっくりと顔を押し付けて

埋めた。背中が柔らかな温かさを感じる、きっと俺の背中では声を押し殺して泣いているのだろう

 

俺の心がボロボロになることを知っている。だがこれは華琳が今まで背負ってきたものだ、不臣の礼を取り

舞王と呼ばれ、軍を率いることが決定してから俺はずっと覚悟をしてきた。俺の命令で多くの人を殺し

悲しみを増やすことを

 

あの華琳でさえ父、馬騰を殺した時にあれほどの苦しみを受けていた。俺はこれから華琳の苦しみの半分を背負う

其れこそが友を支える俺の役目だ、隣に立つことの出来る、不臣の礼を取った者の勤め

 

「・・・私は、お前をずっと戦になど出したくなかった。お前は、私の側で笑っていてくれればそれで良かったのだ

何故こうなった、私達を守った黒山賊との戦いから私達はお前を戦から遠ざけていたのに、全ては劉備との戦いから

だ、舞王などと呼ばれ不臣の礼を取ってから全ては変わった」

 

「何時も心配してくれていた事は解っているよ、前よりずっと俺の側にいるようになったから。それに、何時も

平気なふりをしてくれていたのも。俺は、いずれ戦場に立つ事は覚悟していた。華琳は簡単に前に出れなくなった

からな、国が大きくなりすぎたんだ」

 

秋蘭が俺に回す腕に力がこもる。服を握る手が白くなり、震えていて、その心を俺に伝えているようだった

 

「王は簡単に死ぬ事は出来ない、だから影の俺が前へ出るんだ。俺はもう一人の王、舞王だから」

 

「何が舞王だ、苦しむお前を見て私は誰を怨めば良い。一体誰にこの悲しみをぶつければ良いのだ」

 

「俺にぶつければ良い、俺は其れを全て受け止める。だから俺を戦わせてくれ、子供の時にした約束を守る為に」

 

「・・・馬鹿者、出来るわけ無いだろう。四人で約束したのだから、この地に平穏を、そのためならばこの身を

捧げることも厭わないと」

 

俺は優しくまわされる腕を解くと、秋蘭の正面を向いて優しく、優しく身体を包み込むように抱きしめた

 

「ごめんよ、そして有り難う」

 

「・・・うぅ・・・うぅぅ」

 

また泣かせてしまった。悲しませない為に俺は力を持ったのに、結局俺は妻を悲しませている

俺は何時になったらこの愛しい人を悲しませず、笑顔にすることが出来るのだろう

 

・・・・・・そんな事は解りきっているな。全てを終わらせるしかないんだ

 

華琳を王に、其れこそが妻と子をずっと笑顔にすることが出来るんだ

 

優しく頭をなで続け、泣き止んだ秋蘭は、恥ずかしそうにもそもそと俺の胸から顔を出して、上目遣いに

頬を染めて見上げてくる。そして真直ぐに俺を綺麗な瞳で見詰め

 

「・・・私との演目を教えてくれたら許す」

 

そういったのだ、だから俺は苦笑しながら、真直ぐにその蒼く美しい瞳を見返して答えた

 

【叢演舞 終幕 照らす日輪は秋雲を茜に染め、修羅姫は涼風と共に大地を舞い踊る】

 

「修羅姫は私か?雲の下、涼風と私が舞う。お前らしいな」

 

「俺が修羅を率いる舞王ならば、秋蘭は俺と共に舞う修羅の舞姫だ」

 

「そんな答えをされては許すしかないな。だから」

 

「ああ、絶対に死なないよ」

 

そして、また俺の胸に顔を埋めた。俺は皆が集まるまで秋蘭を優しく抱きしめ、頭をなで続けた

 

 

 

 

 

 

俺たちは負傷兵の程度を見て、再び戦線に復帰できそうな者だけを人選し、それ以外は長安へと帰還するように

指示をした。策が巧く行ったこともあって、兵の被害はそれほどの者ではなかったが戦死者は少なからずいる

誇り高く死んでいったものたちを野犬の餌にするわけにもいかないので、数人だけ残し戦死者の処置をさせると

負傷者を荷車に載せ、治療をしながら軍を進めることになった

 

「よし、腕を上げろ。そうだ」

 

「ちょっと、何やってるのよ」

 

「詠、何って包帯巻いてるんだよ」

 

負傷者に包帯を巻く俺を腰に手を当て見下ろしながら、詠は俺を睨みつけてくる

 

「巻いてるんだ、じゃ無いわよ!手伝うのは良いけど食事は取ったの?聞いた話しだとずっとそうやって

見て回ってるそうじゃない!」

 

「ん~?大丈夫だよ。ホラ、干し肉食べてるしお前も食うか?」

 

そういって口に咥えた干し肉を見せた。こいつは羊の肉を塩と胡椒で味付けして干したものだ、涼州を攻略した

ことで回族との交流も増え、羊を調理する方法も増えた。おかげでこういったものが食べられるようになったのは

有難い。しかし、本当にこの世界は良く解らない。時代が進んでる部分があったり、辺にそのままだったりと

今ここに居る俺の知識のほうが間違っているのかと思わされるほどだ

 

「何よこれ、干したお肉?食べられるの?」

 

「美味いぞ、ほら」

 

俺は懐にしまった袋をごそごそとあさると、取り出した干し肉を詠に手渡した

 

「・・・あむっ・・・もごもご・・・ん!」

 

「美味いだろう?」

 

「う、うん。驚いた、凄く美味しいわ。これ羊?」

 

「そうだ、鍋とかに入れて汁ものにしても美味い、美味く出来たら次からは糧食に入れようかと思ってな

日持ちもするし」

 

「ふ~ん・・・て、これじゃ足りないでしょう?アンタ何時も馬鹿ほど食べるじゃない!」

 

俺は目の前で包帯を巻かれる兵士が食べたそうな眼をしていたので、懐からもう一つ

取り出して口に突っ込んだ。兵は租借しながら笑顔になる、どうやら干し肉は成功したようだ

 

「ちょっと、聞いてるの?!」

 

「ん?ああ、俺が何時もの調子で食ってたら糧食の減りが早くなるだろ。戦の時は俺はあまり食わなくても良いんだ」

 

「駄目よ、それで倒れたら意味ないでしょ!」

 

「大丈夫、腹が減るとな、神経が研ぎ澄まされるみたいに鋭くなるんだ。だから戦の時はこの方が良い」

 

「・・・まったく、言い出したら聞かないわよねアンタは、でも倒れないくらいにはお腹に入れときなさいよ」

 

溜息を吐きながらジト眼で俺を見る。詠は保護者みたいなヤツだな、俺は大きな子供か?これでも一児の親

なんだがなぁ。月もこんな感じで詠に言われているのか?まぁ俺を心配してるんだから嬉しいことだ

 

「しかしウチの君主様は宗教、素性問わずで国に住まわせるわね」

 

「・・・多分俺のせいだ」

 

「え?何でよ」

 

「羅馬が栄えた理由として多民族・多人種・多宗教を巧く内包したからだと俺の考えを話したんだ」

 

話した内容は羅馬が栄えた理由として、多くの宗教を受け入れたことが大きいと思うということ

宗教は民族にとって歴史であり、先祖の生き様であり、心の拠り所だ。そんな大切なものを否定されて

力で押さえつけられて誰が従うのかと

 

「なるほどね、それで働く気持ちがあれば誰でも受け入れる今の魏があるのね」

 

「それともう一つは賊になった人たちを華琳は民だと思っているんだ」

 

「そこよ、それが一番違うと思う」

 

「ああ、賊に落ちた者を呉の孫策殿ならば獣に落ちたと切り捨てるだろう、蜀ならば劉備殿の眼にも入れず

関羽殿が切り捨てる」

 

「でもウチの君主様は賊を民と考え、国が正常に統治されれば賊は民に変わると考えているのよね」

 

そのとおりだ、もともと黒山賊にしろ多くの賊は漢王朝の政治システムが完全に民を虐げる方向に傾いたために

蜂起しただけだ、しっかりとした統治がされていれば誰も賊になど落ちたりしない、だからこそ華琳は全ての

賊を受け入れ、異なる宗教でさえ自分の国に収めた。宗教もまた大きくなれば五斗のように漢王朝に

絶望し家族を守る為に発起するしかなくなるのだから

 

「どうだ?俺達の王は器が大きく深いだろう。表面だけの武で制圧する姿だけを見るものが多いが其れは早く

戦を終わらせたいが為だ」

 

「まぁね。馬鹿みたいに皆を思うアンタが頂く王なだけあるわ」

 

俺は詠の答えに笑顔を返した。その通りだ、だから俺は華琳を支えようと思う。誰よりも深く大きい優しさを

もつ彼女だからこそ俺たち弱き者の王となるに相応しいのだから

 

「あ、そこ巻き方違う」

 

「ん?そうか、自分でやるのとは今ひとつ違うな」

 

「かして、僕がやるわ」

 

俺から包帯と兵士の腕を取り、慣れた手つきでクルクルと素早く巻いていく、本当に手馴れているなぁ

伊達に華佗の所で助手をやってないか、それにあの邑でもいまだにやってることだからな

俺が干し肉をかじりながら感心して見ていると、詠は不意に口を開く

 

「次の方針が決まったわよ」

 

「そうか、それで作戦は?」

 

「周りの兵も全て纏め、新城まで追い詰めるわ。敵は時間よ、篭城されて援軍が着たらもう駄目

その前に全ての兵を殲滅する」

 

確かにその通りだ、既に韓遂殿も気がついているだろう。俺達が既に考えを見破っていることを

だからこそ敵は時間だ、敵の軍師も既に錬兵をしていると言うことに俺達が気がついたと思っているだろう

俺達が予想以上に兵を打ち倒したことを驚いているかもしれない、それだからといって途中でやめたりは

しないはずだ、俺たちを舐めているからじゃない。ギリギリの境地から手に入る物の大きさを知っているからだ

 

「指揮は?」

 

「風よ、僕は連携して動くだけ」

 

ならば次の戦は俺は前線に行かない、後方で全体を見るような役割になってくるな。兵数は敵に援軍が来なければ

俺達のほうが多い、時間をかけずに敵を打ち倒す策はもう既に風の中にあるのだろう

 

「なぁ、何故こんなことをするんだ?蜀はそれほど兵の質が悪いのか?」

 

「多分、南方に兵を集中させているからでしょう。だから錬度が低い兵をこっちに集中させて

僕達を定軍山で罠に嵌める。そこから反撃を利用した錬兵をしようとしているのよ。胸糞悪い方法だわ」

 

既に俺達は最初の定軍山で良いように操られていたということか、前回の定軍山は時間を稼ぐ為、

完全な負け戦だ、俺たち三夏に怪我を負わせ行動不能にし、俺達の動きを一手も二手も遅らせた

その間に敵の軍師はどれだけのことが出来たのだろうか?

 

「よし、完成。次は?」

 

「もう終わりだ、負傷兵は多くないし衛生兵もつれてるからな。新城までは?」

 

「この進軍速度で敵を休ませず、新城に押し込む。その後の編成は・・・」

 

編成は中央に真桜と風と俺、右翼に凪と沙和、左翼に秋蘭、別働隊に詠と一馬らしい。別働隊・・・一体何をする

んだ?真桜率いる工作隊が中央にいるのは解るが

 

「この後の話しはも少し進軍してから話すわ、此処だと誰が聞いてるか解らないし」

 

「ああ、そうしてもらえると助かる。前回のように話してもらえないと信じていても怖いものだ」

 

「そりゃそうよ、僕がアンタを餌にするなんて言ったら秋蘭に何言われるか解ったもんじゃないからね」

 

「だな、確かにそうだ」

 

そういった意味では凪達に叢演舞を教えてなかったのも同じことか、本当に悪いことをした。だが本番で

あそこまでいけたのは凪達が俺を信頼してくれていたからだろう、感謝しなければ

 

「それでアンタの舞だけど、詳しく教えてちょうだい。これから其れをどう使うかでも戦が変わってくる」

 

「そうだな、叢演舞はそのままの意味だ。一人で舞う独舞とは違う、皆で舞いをつなげる群舞」

 

「ふーん、だから群を叢とした叢演舞というわけね。なら僕の解釈は間違って無かったみたい」

 

「ああ、詠達軍師は俺達の舞う舞台を仕立てる演出家といった所か」

 

「相変わらず真名に風が入る武官と合わせられないの?」

 

「そうだ、俺の力は眼と舞だけだ。それ以外俺の使える物はこの握力くらいだよ」

 

俺の答えに腕を組み、なにやら思案しているようだ。俺は構わず、手合わせをして動きを覚えることと

戦神は兵が反応をしないだろうと言うことを伝えた

 

「結局はこれも秋蘭の為に作った舞ってことね?自分自身生き残る為と、仲間を守る為のもの」

 

「ん?それ以外に力なんて要るのか?」

 

「はぁ、アンタは本当に野心とかそういったものとかけ離れているのね。そういえば真桜から聞いたんだけど

演舞 外式ってのは?」

 

「あれはただの模倣技だよ、そうだな・・・みてろよ」

 

そういって俺は荷車に寝かせてある木切れを荷車の端に紐で固定して、拳を構えた

 

【演舞 外式 鏡花水月 -凪-】

 

繰り出す衝捶、そして流れるように寸捶、頂心肘を決め、虎爪掌へと繋ぐ凪の模倣技、猛虎硬爬山だ

 

スタン、パシ、パシ、スタン、パシン、スタン、トンッ

 

頼りない震脚から軽い打撃の音、しかし流麗に凪の動きよりも美しく大きな動作

固定された木は軽く揺れるだけ。其れを見た詠は見る見る呆れ顔になっていく

 

「なにそれ、動きは全く凪と一緒、いや其れより綺麗なのに・・・」

 

「何って、模倣技だっていったろう?武術なんか俺に出来るわけ無いよ、才能無いんだし」

 

「呆れた、それって誰かとの攻撃に混ぜることで惑わせたり虚を突いたりするのね」

 

「そうだよ、だから鏡花水月。はかない幻に威力なんか無いよ」

 

凪と手合わせして覚えた連続技、本当は動作ひとつひとつに意味があるんだろうけど見て覚えただけだから

意味が全く解らない、解った事は凪の武術が一つの武術ではなく複数の武術を合わせたものだと言うことだ

改めて凪の凄さを思い知った、あの娘は武術の結晶のように見える

 

そういえばあの時は足技を使ったから真桜は勘違いしたかもな。足は腕の三倍の力があるからあの轟天砲?

をずらすのに足技を使ったんだが、変に俺が強くなったと勘違いして無いだろうか

 

「大体わかったわよ。結論から言うとアンタを前に出さないほうが良いってことね、凪達がいなきゃ相変わらず

なんでしょう?」

 

詠の溜息交じりの言葉に俺は笑顔で返すと、また一つ溜息を吐いて苦笑い。そして身を翻し荷車から飛び降りた

 

「もう行くわ、前で兵を指揮する秋蘭と話があるから」

 

「ああ、手伝ってくれてありがとう」

 

男の言葉に詠はニカっと照れ笑顔をおくり、軍の前へと走っていく。男は其れを見送りながら、酷使した身体を

休める為、荷車に腰を下ろし背中をもたれかけた

 

 

 

 

 

 

「お待たせ、アンタのいったとおりよ。食事するよう言っても聞かなかった」

 

「そうか、まぁ何時ものことだ」

 

そういって馬に跨り兵を指揮する蒼い衣装を身に纏い、弓を右手に携えるのは秋蘭

走りよってきた詠は隣を並走する空馬に飛び乗り、秋蘭の隣へと並んだ

 

「相変わらずアイツが側にいる時と居ない時じゃ全然違うわね。まるで別人だわ」

 

詠の隣で馬を早足で進ませる秋蘭の瞳は鋭く冷たさを持ち、彼女の周りは冷たい雰囲気が漂い、顔に掛かる髪が

彼女の表情を隠す。背筋もピンと立ち、美しい姿勢で兵を指揮する姿は男の隣に居る時には想像もつかない姿だ

 

「列を乱すな、進軍速度が落ちる。斥候を放ち、敵の動きを探れ」

 

指示を飛ばし、仮眠を取る男の変わりに指揮を副将の秋蘭が取る。安定した指揮と、凛とした声に

兵たちは一糸乱れぬ動きで敵を追い立てていく

 

「舞を詳しく聞いたわ、やっぱりアンタを悲しませない為みたいね。ほんとにアイツは一途というか」

 

馬を進めながら詠の言葉に、秋蘭は少し困った顔をして小さく微笑む

 

「・・・一途と言うのも私の為なのだ」

 

「どういうこと?」

 

「真面目だという本来の性格もあるんだろうが、私のことを良く知っているからなのだよ」

 

そういって頬を染めながら、柔らかく小さく微笑み。真直ぐ日が沈み茜に染まる空を見上げる

 

「私は何時でもどの様なことでも心を隠し必ず一歩退いてしまう。昔はそうではなかったんだが」

 

「昔?」

 

ああ・・・昔は姉者と同じような性格をしていて、自由奔放、天真爛漫といったところだった

だが、ある時から二人ともこのままでは敬愛する華琳様に使えるには不都合だと考えるようになって

私は姉者と共に華琳様に仕える為に、性格を変えていった。自分の心を押し隠すように

 

「気がつけば姉者の保護者のような役割になっていてな、物事を冷静に一歩退いた所で見るようになっていた」

 

「それって良いことじゃないの?」

 

「フフッ、確かに良いことだとは思うが。全てにおいて私は自分の思いのまま振舞えないようになっていたんだ」

 

例えば、華琳様が今夜私と姉者のどちらか一人が閨を共にせよといった時、私は顔にも出さず必ず身を引くだろう

もちろん華琳様はそのような事は言わないが、そのような場面があれば私は必ず引いてしまう

 

「・・・」

 

「本来はそんな性格ではないのに。変えてしまった性格は元にもどらん」

 

「良いこと、とは言えない様ね」

 

だがこうなったことを後悔した事は無い、姉者は多少馬鹿なほうがが可愛らしいと思うし。私がこうなったことで

華琳様の力になれたことも良いことだ。それに私は元々こういう性格になることが決まっていたのだろうし

 

「決まっていた?」

 

「私の真名は秋蘭、秋の蘭は寒蘭だ。花言葉はひめやかな愛、心は表に出さぬのが私の真名」

 

「あ・・・」

 

「私の真名を付けた者はよほど良い眼をしていたのだな。しっかりと真名通りの性格になっていたよ」

 

昭は慧眼を持たぬ頃から私を気にかけてくれていた。皆で話し合ったりすることがあれば

必ず最後に私に聞いてくれる。「何か言いたい事は無いか?」とな。みなの意見を尊重してしまう私に

ちゃんと考えを聞いてくれるのだ

 

私の性格を理解してくれているから結婚した後は私の為に、ずっと私だけを見てくれる存在になってくれた

もし他の者のように多くの妻を娶ったりすれば、私はその中で必ず身を引き多くの妻の中に埋もれて行くだろう

別れたりする事はしないだろうが

 

そんな私の性格を知っているから、昭は一途に私だけを見てくれる。誰かに気持ちを打ち明けられても

断ってくれる

 

だから、私はあやつの腕の中だけは素直に自分を出せるのだ。誰のものでもない私だけの人だから

私の心を秘める必要が無い、私の全てを受け止めてくれる

 

「そんな夫の前で、私が我慢する必要などなかろう?」

 

「確かにそうね、私が馬鹿なこと聞いたわ」

 

秋蘭は軽く微笑み、頬を染めてそんな事はないと頸を軽く横に振った

 

「それと御免なさい、昭を囮に使ったりして」

 

「良いさ、昭の勇ましい姿が見れたのだから」

 

そういって、男の優しく大きな背中に浮かぶ魏の文字を思い出しながら嬉しそうに微笑む

 

だがすぐさまその心には次に控える殲滅戦での夫の苦しみを考えていた。必ず男は傷つき涙を流すだろうと

そして其れは今までよりも大きいものとなるだろうと、しかし今だけは無事に側にいることに感謝しつつ

兵たちを真直ぐに決戦の場となる新城へと進めていった

 

 


 
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