No.156814

魏√ 暁の彼は誰時 13

毎回短いと言っている自分がいます。

……ゴメンナサイ……

2010-07-10 23:53:45 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:3438   閲覧ユーザー数:2830

「一、これを見てくれる?」

劉協の私室で、大量の書簡を渡される。

「――はい。」と、一刀は無機質な返事をする。

その言葉に違和感を覚えたのか、一刀の顔を覗き込み怪訝そうな顔をして「顔色がよくないけれど、どうかしたの?」と問いかける。

死線を彷徨っていたとも、たんぽぽといちゃいちゃしていたとも言える訳がなく

「なんでもありません……。ご心配をお掛けして申し訳ございません」

やや俯きがちにそう答えるのが、精一杯だった。

劉協はこの答えに納得したわけではないが、とりあえず隣にいるもう一人に目を向ける。

「たんぽぽ、貴女も……何か好いことでもあったの?」

「なんでもないですよー」

(……なんでもないわけがない。隣でヘラヘラと少し憎々しい。これは問い詰める必要があるようね。)

「そう、2人ともナンデモナイノ――」

ゆらーっと立ち上がり、2人を見つめる。

身体の露出部分から何かがたちのぼる。

途端に周囲の空気が重くなったように感じられる。

たんぽぽは笑顔のまま凍りつき、一刀は頬の辺りがひくひくとひきつけを起こしている。

それでも2人は動かない、いや、動けなかった。

劉協は改めて口にする。

「で、2人ともドウカシタノ?」

「……いや、その……ね」

そう言ってぎこちなく一刀はたんぽぽを見る。

「……ね?……ね、ね、ってお姉さま~」

(どうやらおしおきする必要もありそうね。)

協はふりかえりざま、背後にあるなにかを手に取った。

ヒッと2人は息を呑み、ゴメンナサイと内心呟き、その後にくるであろう何事かに対して身構えた。

しかし、再び一刀を見た劉協の表情は一変していた。

まるで別人のような笑顔になっており、怒りを持続していないかのようである。

が、後から思えばかえってそれが危険だった。

風が吹きぬけるかのような颯々とした微笑で「風呂にでも入りましょうか」と、一刀をうながした。

それを聞いて、凍りついていたたんぽぽの両眼がすこしばかり光を回復した。

逆にますます一刀の表情はこわばり、泣き出しそうにも見える。

「たんぽぽ、貴女もいっしょに――」と、協がいったとき、予想したようにたんぽぽの両眼に力がみなぎった。

ただ表情だけは、口元をぐっとあげて「フフッ……」と笑ったきりである。

その後、協とたんぽぽは――、一刀を蘇生させた。

 

……何もしていないって!!

その夜の絶叫は、少女に届いたのであろうか。

一刀の心の中で華琳が「フフン」と一笑して、あとはなにもいわなかった――

魏における新帝待望論に関する第1回朝議があった次の夜、秋蘭は華琳をたずね、その結果を報告した。

秋蘭は魏においてはめずらしく、主観や感情を加えることなく物事が把握でき、事実を事実として伝える能力をもっている。

魏のみならず蜀呉における情勢、主な賛成(容認)派、反対派の陣容、その理由等をまとめた報告書を華琳の手元に差し出した。

「措辞が整っていない箇所がありますが、ご容赦ください」

とはいえ、ざっと流し見ただけでも、この報告書の質の良さは理解できる。

華琳は、秋蘭の目の前で丹念に報告書を読みつづけた。

読み終えると、華琳は書類から目を離し、しかし秋蘭には目を向けず部屋の奥の暗がりを黙って静かに見続ける。

華琳が真剣に思考を巡らせるときには、眼前の人物や事象をすべて黙殺することができる。

無駄がない端正な容姿と同じで、精神にも無駄が存在していないかのようである。

華琳は凛とした価値観をもっている。

自ら信じる道のためにすべての人間は存在する――それだけである。

華琳自身だけではなく、他のものたちにもそれ以外の価値観を認めていない。

生きる主題が単純であり、そのため強烈でもあった。

歴史はそんな華琳を強者とし、現在の世をつくらせたのかもしれない。

 

華琳は秋蘭の方を向いた。

向いたとき、静かにフッと息を吐き、目をかすかに細めてみせた。

説明をお願いという意味の合図であった。

この特殊な合図は誰にでも通用するものではなく、付き合いの長い秋蘭だから理解できたのである。

秋蘭が報告書の行間を埋めるための説明をはじめた。

華琳は聴くことに関しては別人のようである。

口元にかすかに微笑をのぞかせ、温和な表情をつくりだす。

華琳と会い、話をした者は「まるで春風にふれたような穏やかな気持ちになる」とさえ言われている。

ただこの態度は、人が意見を言いやすくするように、自分を知りぬいたうえでの演技であることは間違いない。

とりわけ魏以外の者に接するときは、これでは生ぬるいと思うのか、目を閉じて聴くことが多い。

以前、蓮華が会議の途中、「いかに私が若輩とはいえ、眠って聴くということがありますか」と華琳に怒り、抗議をしたことがあった。

すると華琳は「私が目を開けていたら、話しづらいでしょ」と目を閉じたまま静かにいった。

秋蘭の報告によれば、呉においては、賛成が大半を占め、反対は蓮華、穏。

蜀においては、賛成は桃香、愛紗、鈴々、月。反対は星、翠、詠。

そして魏においては、賛成を表明しているのは、稟、凪、霞の3人。

一方反対を示したのが、桂花、流琉の2人である。

「桃香がそう言ったの……」

と終始だまって報告を聞いていた華琳が途中ポツンといった。

華琳の表情に名状しがたい寂しさの影がうかんだのを秋蘭は見逃さなかった。

元々華琳は表情に強靭な意志の仮面をかぶせたようで、喜怒哀楽をそとにあらわさなかった。

ただ一度だけ、3年前のあの日、一刀の悲劇に同情し、さらには一刀を失ったという絶望感も手伝って

(いっそ、死のうか)

と歴史の彼方へみずから消えてしまおうと思ったことがあった。

あのときも現実を認識する能力を発揮し、惨憺たる戦争の後始末として荒廃した政府をなんとか立て直さなければいけないと考えるだけの冷静な一面ももっていた。

さらには、よりすばらしい国家設計能力をもった実務者を野から探し、あるいは育て上げなければならないと思うだけの現実感覚も持ち合わせていた。

しかし、それらの理性をも覆い隠してしまうだけの膨大な感情量を抑えることができなかった。

また、魏の将たちの悲鳴や怒声も一身に受けとめなければならなかった。

このときの華琳には身もだえするほどのつらさがあった。

これを救ったのが、永遠の理想主義者とも言うべき桃香であった。

しかし、この時期の2人の会話の内容はいまだになぞとなっている。

「あのとき、華琳さんと話したことはぜーったいに誰にも言えないんだからっ!」と桃香は朱里に語っている。

この間の機微については、魏や蜀の将はよくわかっていた。

 

秋蘭の報告がおわった。

しかし華琳は特段の感想もなく、「秋蘭、貴女の意見は?」と問いかけ、「ご推察のとおりです」と答えが戻ってきた。

それに対しても微塵の感想もなく、「そう……、以後も頼むわね」とのみいった。

ふつうであれば、今後の策略について秋蘭にさずけたりするものであるが、最高の策士である華琳はそういうことは言わなかった。

秋蘭の方針が自分と一致している以上、秋蘭自身が策を考え、実行するということを知っているからである。

また、任せたほうがやりやすいということも理解していた。

報告がおわり、あとは雑談となった。

 

 

……つづく


 
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