No.150722

魏√ 暁の彼は誰時 11

続き……と呼べるかどうかわかりませんが、どなたか1人でも楽しんでいただければ幸いです。
よろしくお願い致します。

2010-06-15 00:55:01 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:3412   閲覧ユーザー数:2720

この日も妙に蒸し暑い。

洛陽へと続く道。

頭の上から日光を惜しげもなく注いでくれる太陽を、ややうっとうしげに目深に被った帽子の隙間から眺める。

日に焼けちゃうな……

その透き通るような白い肌を見つめ、できるだけ露出を避けるよう服の端々を引っ張り続ける。

なんでこんなことになったのかな……

静かに整然と歩く行列の中、一刀は考える。

日光と戦ってくれている今の白い衣装に着替えさせられた後、「私についてこない」と劉協に言われた。

あの場で断ることもできたのだが、この誘いは一刀にとって決して嫌なものではなかった。

洛陽に行き、劉協の下で勤めていれば華琳に近づくことができるかもしれない。

そうすれば愛しい少女のもとへ帰ってくることができたか確かめることも可能だろう。

まさに渡りに船というべき話だった。

腑に落ちない点があるとすれば、なぜ陛下の侍女? ということである。

確かにいきなり漢の役人で、というのはいささか無理がある。

乱世の真っ只中では武や知の才覚さえあれば、重職に取り立てられるということもおかしなことではなかった。

しかし乱世は終結したはずであり、秩序を乱す行為は一刀も望んでいない。

もちろん一刀自身、武や知の才覚があるとは思っていないので、侍女という形でも連れて行ってもらえることは嬉しかった。

「ついてこない」と言われ、できる限り心を落ち着かせ、自分にも言い聞かせるように「ご随意に」と返答した。

すると、「じゃあ、私のお付きってことでいいよね」と眩しいくらいの笑顔で告げられた。

思わずドキリとした。

初めて会った時に感じた薫風が身体の中を駆け抜けていったのである。

劉協は何事を為すにしろ胸のすくような言動をとり、それが行動の基準となっている。

そのため彼女に深くふれればふれるほど、なんとも言い難い感情――愛情に近いような――に捉われていくのである。

もっともこの感情は彼女にふれた者誰しもが持つものではない。

侍女の中にも彼女のことを良く思っていない者もいれば、配下の中にも辛辣な言葉を使って彼女を批判する者も少なからず存在する。

この場合、要するにお互い気に入っているということになるのだろう。

 

一刀の頬にそっと手が添えられる。

鼻先が触れ合うほどに顔が近づき、劉協の瞳が一刀の漆黒の瞳を捉え、その奥にあるなにかを探るかのようにじっと見つめあう。

……ほんのわずか目を閉じると、やっぱりおもしろいものを見つけたとばかりに、ニッと笑い

「一、これからよろしくね」

呆気にとられている一刀を視界の端におきながら、周りに「じゃ、行きましょっか」と出発の命を告げる。

2人のじゃれ合いを見ながら、くすっと笑ったり、うっとりと眺めたりしていた侍女たちも、一斉に動き出し霧が晴れるかのように部屋の中はあっという間に3人だけとなった。

そんな中、今までの状況を頭の中で冷静に反芻し――すればするほど、頭に血が昇り真っ赤になっている一刀がいた。

道すがら、一刀は婆ちゃんの言葉を思い出している。

「協様を守ってくださいませ」

あんな真剣な婆ちゃんを見るのは初めてだった。

いつも柔和で人当たりも良く、接すると春の日差しにふれるが如く穏やかな気持ちになれたが、この時ばかりは違っていた。

後で思い返せば、すべてを見透かしているかのような言葉だったのだが、今の一刀には額面以上にも以下にも受け取ることができなかった。

3人になった後、劉協は「婆ちゃん、ありがとね」と心からのお礼を述べ、「準備できたら、すぐ来てねーっ」と手を後ろに組み、スキップしながら出て行った。

一刀には、必要な準備などほとんどなかった。

ただ「今までありがとうございました」と婆ちゃんに深々と頭を下げた。

冗舌ではない一刀には、暇乞いをするのにそれ以上の言葉は出てこなかった。

頭を上げると、婆ちゃんが手を取り、「協様を守ってくださいませ」と言った。

いつになく真剣で、破ることを許さないような凄みを感じさせる言葉だった。

しばらく無言のまま見つめ合っていると、いつもの春の日差しを感じる婆ちゃんに戻り、緊張と静寂から解き放たれる。

すると婆ちゃんがどこかから白い三角帽子を持ってきて、一刀に渡した。

「日焼けしたら大変でしょ」と言って、軽くウインクする。

一刀はこの人には敵わないなと思いつつ、受け取った帽子をやや目深にかぶって、「ありがとっ」と、できるだけとびっきりの笑顔で応えた。

婆ちゃんの顔が少し赤くなったのは、決して気のせいではなかった。

帽子の先端をゆらゆらと揺らし、あちこちの裾を引っ張りながらひょこひょこと歩いている一刀を後ろから好奇の目で眺めている少女がいる。

同じ白い衣装を身に纏い、栗色のポニーテール、口元に手をあて笑い声をこらえることに必死だ。

「つまらないと思ったけど、こんな面白いことに出会えるなんて~。お姉さまも断らなければよかったのに……」

 

話は数ヶ月前の蜀。

「詔勅の件ですが――」

朱里が居並ぶ将たちの前で話を始めると、

「桃香さまを置いて、いくわけにはまいりません」

「いきたくないのだ」

「都にてあの良さを広めるのも悪くはないかもしれませんな」

「私でよろしければ、いっても構いませんが……」

「なに言ってるの。都なんて知っている人がいるかもしれないじゃない。そんな危険なところにいかせるわけにはいかないわ」

「……おなかすいた」

「どこまでもついていきますぞー」

各々が言いたいことを言い放つ。

「じゃあじゃあ、私いってもいいよー」

桃色の髪の少女が、笑顔で手をあげてそう言った途端、黒髪の少女にギロリと一瞥をなげられ、一瞬で場が凍りつく。

「くすん……愛紗ちゃん、こわい……」

「そのようなことを仰る桃香さまがいけないのです。今からでも先ほどの続きをしないといけないようですね……朱里、後はお願いする」

そう言うと、愛紗は桃香の首根っこを掴むように引っ張って部屋の外へと出て行った。

「いやぁぁぁぁっ、しゅりちゃーーん、たすけてーーーーー……」

「…………」

いつものことなのか誰も声をださず、ただ去っていく2人を見送る。

外から声が聞こえなくなり、風とかすかな虫の音しか届かなくなった頃、朱里は部屋の中へとふり返る。

「はわっ?」

そこにはもう翠と蒲公英しかいなかった。

「もうみんなどっか行っちまったぜ」

「っ!?」

朱里は顔には驚きの表情を表したが、頭はすぐに別の内容で埋まりつつあった。

(気配を消して行動できるとは皆さん流石です。でもあの2人にはあとでお仕置きしないとだめですねぇー)

「ふふふ……」

かすかな笑みを浮かべる朱里を尻目に、翠と蒲公英も静かに脱出を図る。

「(お姉さま、早く出たほうがいいって)」

「(話しかけちゃ駄目だろ、馬鹿!)」

「(お姉さまこそ、声が大きすぎるよ~)」

「(いいから、早く行けー!)」

しかし脱走の難しさは歴史が証明しているところであり、彼女たちも自由の境界まであと1歩のところでその明かりを閉ざされたのであった。

部屋から出る寸前、ガシッと2人の手が掴まれる。

「ひゃぁっ!?」

「ぅわあぁぁぁっ!」

「お2人とも、何をしょんなにおろろいへぇいるんでしゅ?」

カミすぎて何を言っているか分からないにもかかわらず、朱里の言葉が続く。

「どちらひゃが、いっへくれるんへひょはぅ?」

すでに言葉ではなくなりつつあるが、2人にはよく意味がわかった。

ここまで職務に忠実な朱里に頭が下がる思いだが、ただひたすら恐怖が頭を支配する。

「どひらへぶ……」

この時、翠はまちがって後ろをふり返ってしまった。

「ひいっっ!?」

朱里の口の左端から一条の赤い筋が流れていた……

ここで翠の記憶が途切れる。

後から聞いても翠も朱里もこのことをよく覚えていないらしい。

結局、「いーの、いーの、お姉さま。私がいけば、まーるくおさまるんだから」

こうして、たんぽぽが都に行くこととなったのである。

 

 

……つづく


 
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