No.148387

しきおりおり その4

ゆっきーさん

<しきおりおり 作品あらすじ>
ある日、青葉大樹は夢を見る。
彼は夢の中で女性の声を聞いた。
どこかで聞いたことのある声、だけど大樹は思い出せない。
その声は言った

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2010-06-06 10:04:38 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:476   閲覧ユーザー数:465

 

 朝の目覚めは最悪だった。

 

 耳を劈く大音量の何かが俺の鼓膜を激しく揺らした。

 それで眠りの淵から意識を取り戻し始めた俺を次に襲ったのは、激痛だった。

 まるで下腹部を何度も殴打されているような痛みに眠気どころではなくなった俺は布団から転がり出た。

 

「痛っ!」

 

 腹を押さえてうずくまっていると背後で何やら声がした。

 恐る恐る振り返ってみると、銀髪頭が顔を上気させながら怒っていた。

 

「このたわけっ! いきなり動くやつがおるかっ!」

 頭を押さえながら叫んでいる深遥の様子を見ていると、だんだん状況が読み取れてきた。

 

「みはるぅー。今のはみはるが悪いよぉ」

 キッチンから黒の長髪をひょこひょこさせながらこちらを窺っているのは静香だ。

 

「この小僧が、なかなか起きないのが、いけないんじゃんろうっ! うぅ、叫ぶとまた痛む・・・」

 

 先ほどから俺に苦痛を浴びせていた張本人はまるで悪びれてないようだった。

 頭を打っているあたり、俺のお腹に跨って跳ねていたら、俺がいきなり転がったもんだがらバランスを崩してテーブルに頭をぶつけた。おおかたこんなところだろう。

 

「まったくなんてことすんだよ・・・」

 まだ痛む腹をさすりながらヨロヨロと体を起こす。

 壁掛けの時計に目をやると、まだ6時だった。

 

「・・・腹が減ったんじゃ。それで居間に行ったら小僧が寝ておるから起こそうとしたのじゃ。飯を持ていとな。だが一向に起きる気配を見せぬからやむを得ず・・・」

 

「・・・今の話の流れからどうやったら『やむを得ず』なんて言葉が出るんだ?」

 

 目を細くして睨むと深遥はぷいっと顔を逸らしてしまった。これ以上の言及は無駄だろうな。

 とはいえもう一度寝れる雰囲気じゃないしなぁ。ひかるが来るまで時間も結構ある。困った。

 

「何か作ってやりたいのは山々だが、残念なことに俺には料理を作る才能というのが、おおよそ、ない」

 それでもクラスメイトのまどかよりはあるわけであるが。

 

「腹が満たされればそれでよい。何も作れぬというわけでもなかろう?」

 

「それはそうだが・・・。昨日ひかるの料理を食べた後に俺の料理なんか食べても、うーん、なんというか、美味しくないだろう?」

 

 俺の意図が読めたようで、深遥は呆れ顔で言った。

「なんじゃ、見劣りするのがいやなのか。安心せい。元から期待などしておらん」

 なんか、無性に苛立たしくなってきたな。

 

 

「わしらは自分で料理を作ったことがない」

 

 

 そんな俺の様子を余所に、深遥は寂しげな表情を浮かべていた。

 俺は拍子抜けして、深遥の声に耳を傾けた。

 

「誰かに飯を作ってもらうということだけで十分なんじゃ。それでも、ダメかのう?」

 

 俯いたままの深遥を見下ろした俺の表情はどんな感じだったろうか。

 頭を掻いてキッチンへ向かいながら、俺は深遥に尋ねた。

 

「何が食べたいか言ってみろ」

 

 背後で顔が上がる気配がした。

 

「俺でも人並みには作ることはできる。才能はないけどな」

 後ろを振り向くと、深遥は立ち上がって、腰に手をやり俺を指差しながら鼻を鳴らした。

 

「では、べーコンエッグを作れっ!」

 

 いつもの元気を取り戻したようでなによりだ。

 

「かしこまりました、お嬢様」

 

 そう言って手を腹前に回しながら腰を折る。

 一部始終を静かに見ていた静香は笑顔で言った。

「今日は、わたしも手伝うねっ!」

 ああ。そう返事して、俺と静香は深遥ご要望の品を作りにキッチンへ入っていった。

 

 

 

 この二人がどういう生活をしているか、大方は静香から聞いている。

 

 神社に泊まっていること。

 毎日ぶらぶら散歩していること。

 勝手に人の家でくつろいだりしていること。

 

 それでも今回のように知らないことはある。

 こいつらがいつも何を食べているのかは知らない。

 でも、俺の料理で満足してくれるというのであれば、とびっきりとまではいかなくても、お世辞でも美味しいと言えるものは出してやりたい、そう思った。

 

 

 その後ほどなくしてテーブルに並んだ朝食をぺろりと腹へ納めた深遥は

 

「うむ。なかなかじゃな。もうちょい自信を持ってもよいと思うぞ」

 そう言ってそのまま大の字に寝転んでしまった。

 満足していただけて、まあよかった。

 

 静香と食器を洗っていると、不意にインターホンが鳴った。

 時計に目をやれば針は7時をさしていた

 

「おじゃまします」

 

 柔らかにそう言って上がりこんだ人影は居間へと入る。

 おや。という様子のそれに、俺はキッチンから声をかけた。

 

「すまないなぁ、ひかる。朝飯、終わっちまった」

 そう言われた人影が、そのままキッチンへと入ってきた。

 

「へぇ、珍しいね。ぼくも食べたかったな。大樹の手料理」

 微笑を絶やさずにひかるはそう言うと

 僕も手伝うよ、とひかるは腕まくりをして俺の隣に並んだ。

 静香は自分の場所を盗られてちょっと膨れていたが。

 

「かなりしばらくぶりだな。作るのも。それでも食べれる程度になったのは幸いだった」

 

「元々大樹は何をやらしてもそつなくこなすじゃない。料理だって例外じゃないよ」

 ひかるは慣れた手つきでどんどん皿を並べ、あっという間に済ませてしまった。

 

「この時間でのんびりするなんてことあまりないよね。いつも大樹は遅刻ギリギリに起きるから」

 

「なんじゃ、小僧はいつもあんな感じなのか」

 

「おにいちゃん、何をしても起きそうになかったもんね」

 

「起きてきたと思えば、作っておいた食事を口いっぱいに詰め込んで慌てて玄関から飛び出してくるもんね」

 

「小僧、お前はなんというか、馬鹿じゃのう」

 

「おにいちゃん、ちょっとかっこ悪い」

 

 

 

 好き勝手言ってくれるじゃねぇか。テーブルを囲んでお茶を飲みながら俺はふてくされていた。

 

「まあ今度からは二人が起こしてくれるから安心かな。僕ももうちょっと早く来て人数分作るようにするよ」

 

「悪いな」

 

「ううん。朝のこういう時間も楽しいからね」

 心からそう思っているように笑顔を浮かべながら、ひかるは湯のみに口をつけた。

 

「それじゃそろそろ時間だね。学校へ行こうか」

 

「お、もうそんな時間か」

 俺とひかるとまどかは、八時に俺の家の前に集まってから登校することにしている。

 

「おぬしらは学校か。わしらはどうするかのう? 静香?」

 

「うーん・・・」

 

「わしはまた、東の爺さんのところへ行くつもりじゃが」

 そう言われた静香はチラチラと俺のほうを見ながら困っている。

 これは絶対に期待してるな・・・。

 

 俺は静香が期待している言葉をかけてやることにした。

 

「・・・一緒に行くか?」

 

 途端、静香の顔にぱぁっと顔に光がさし「うんっ」と元気に言った。

 

「えっ? もしかして大樹、二人を学校に連れていくつもり?」

 言われて見れば大変なことだが、まあどうにかなるだろ。

 

「連れてくのは静香だけな。姿は周りに見えないし、大事にはならないだろ」

 

「そりゃそうだけど・・・」

 

 そうこう言っている間に集合時間が迫っていた。

 もし遅れでもしようものなら、まどかのキツイ制裁が待っている。

 それだけは何とか回避しなきゃいけない。

 

「じゃ、行こうぜ」

 

 まだ少し不安な様子のひかるだったが、俺の言葉に頷くと立ち上がった。

 

「まあ、静香ちゃんが大樹と離れず一緒にいれば大丈夫かな」

 そう言って、静香の方へ笑顔を向ける。なんとなくで静香の位置が分かるのかな。

 

 言われた静香の方は、

「うんっ! たいじゅおにいちゃんからはなれないよっ」

 と元気に言って俺の袖をつまんできた。

 なんだかちょっと照れくさかったが、ひかるには見えないからいいか。

 

 

 なんやかんやあったが、俺達一向はとりあえず家を出ることにした。

 

 玄関で靴を履いて引き戸を開ける。

 一番乗りで外へ飛び出したのは深遥で、後に俺とひかるが続いてく形だった。

 門の方へ目をやると、すでにまどかがいた。

 門に寄りかかっていたまどかは俺達に気づくと体をこちらに向けた。

 これはちょっと怒られるか。そう思ったときだった。

 

 

「・・・え?」

 

 

 俺は上ずった声を上げていた。

 

 なぜかって?

 

 

 まどかは見ていたんだ。

 

 門の鉄扉でもなく。

 

 玄関でもなく。

 

 ひかるでも、俺でもなく。

 

 

 

 

 深遥を。

 

 

 

 

 俺以外の人間には見えるはずのない、精霊であるである深遥を、

 

 まどかは見つめていたんだ。

 

 

 
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