No.147189

Cat and me11.庭の池

まめごさん

ティエンランシリーズ第六巻。
ジンの無責任王子ヤン・チャオと愛姫スズの物語。

「全くお前といると飽きないよ」

2010-06-02 07:54:17 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:876   閲覧ユーザー数:852

その日は、めずらしく涼しかったので久しぶりに庭園へ遊びに行った。

外では大人しく言いつけを守るスズも、手をつないで横をトホトホと歩く。

そして池に行きたがった。

大小の魚たちがのんびりと泳いでおり、中央には小さな島もある。

「あの橋を渡ろうか」

行こう、行こうと手をひっぱる。

「こらこら、あんまりはしゃぐんじゃないよ」

苦笑してスズに手を引かれてゆく。

そんなに大きくもない橋でも、なにか心惹かれるものがあるらしい。

真ん中で手すりにもたれて、下を泳ぐ魚たちを飽きずに見ている。

スズが手を伸ばしたその瞬間。

「あ」

ぽちゃんと音がして、いつも離さないリンドウの玉が落ちた。

「こら、スズ!」

手すりによじ登って飛び込もうとするスズを慌てて抱える。

「やめなさい、危ないではないか!」

でも玉が、と痛々しく鳴く。

「わたしが取るから」

幸い池は浅く、澄んでいる。

その辺りにいる警備兵の手を煩わせることもない。

橋脇からザブザブと池に入ると、魚たちが慌てふためいて逃げた。

波が邪魔して中々見つからない。

足で擦るように探す。

ふと陰った。

顔を上げると、覗きこんでいたスズが均等を崩したのだろう。

落ちてきた。

「スズッ!」

小さな体を抱きとめると、今度はわたしが均等を崩した。

「あ」

そのまま後ろにひっくり返ってしまった。

大きく水柱と音をたてて水面に沈みこむ。

「スズ!」

池底に尻持ちをついた状態でスズを覗き込むときょとんとしている。

なにが起こったのか理解できていないようだ。

「怪我はないか、ああ、本当にお前ときたら…」

それより玉を探そうと手をひっぱる。

わたしの心配はしてくれないのか。

この薄情者。

自力で見つけた玉を掲げて嬉しそうに跳ねた。

そしてわたしに飛びついてくる。

再びバッシャンと水音がした。

ごめんね、大丈夫?と甘えた声で聞いてくる。

「今更、そんなことを聞かれても嬉しくない」

横を向くと、そんなことを言わないで、とこれまた甘い声で鳴く。

大好き、と柔らかく耳を噛まれた。

「いつの間にそんな技を身に付けた」

そこまで言われたら笑うしかない。

池の中で抱き合って、わたしの可愛いネコと熱い口づけを交わす。

びしょぬれで、頭から水滴を滴り落としながら。

顔を上げると、声をかけ損なった警備兵たちや、目を白黒させている貴族たちが団子になって見物していた。

「いいお年をして水遊びですか。殿下もまだまだ子供ですね」

「不可抗力だ」

ビショビショに濡れて帰った二人を待っていたのはキムザの小言だった。

「それよりもスズを風呂に」

横でくしゃみを連発しているスズを見ていう。

「一緒に入ろうか」

鼻をすすりながら、スズもこっくりと頷く。

宿のタライと違って、城は湯船がある。

身を浸すと冷えた体に快感が走った。

思わず声を漏らす。

スズも隅にちょこなんと入る。

「おいで」

笑って身を引き寄せると、背中を隠すようにおずおずとよる。

散々体を重ねているのに。

「こうしていれば見えないだろう」

背後から抱き締めると、安堵したように息をついた。

それにしても。

この傷を付けた前の飼い主とはどういう人物だったのだろう。

この娘には不思議な点が多い。

話せないのはともかくとして、過去を一切語らない。

曲芸師だったのだろうか。

ならば素早いのも、修練場で見せた器用な技も納得できるが。

いや、そのわりに鈍くさい。

平民にしては見事な跪礼ができる。

そして初めてわたしと体を交わした時はおぼこだった。

どうでもよいか。

腕の中にいるスズを抱きしめると甘えた声で鳴いた。

 

「そこまでして、あたしが差し上げた玉を…」

リンドウがうるんだ目でスズを見ている。

「こらこら、わたしが探しに池に入ったのだ」

でも、見つけたのはあたしだとスズが怒った。

今日の出来事にまた二人のお付きが文句をいってきたので説明をしてやった。

「なくされても、また城下で買いますのに…」

そっと涙をぬぐう。

「スズさまは本当に心優しいのですね」

「優しいのはわたしだ。池に…」

「それはもういいですから」

お前たちは、スズがここに来た時は猛烈に反対していたではないか。

パッパラパーな小娘とまで言ったくせに。

当のスズは、キムザにワシワシと頭を拭かれている。

ブシュッとくしゃみをした。

「お風邪を召されたのではないですか」

キムザが心配そうに言う。

「殿下は大丈夫そうですけれども」

「なんとやらは風邪をひかないといいますものね」

「はっきりいったらどうだ。リンドウ」

「馬鹿」

はっきり言い過ぎだ。

そこへ女官たちが失礼しますと入ってきた。

「夕餉のお支度をいたします」

ご飯!とスズが嬉しそうな声を上げた。

その体を抱き上げて、椅子に座る。

スズは膝の上で並べられてゆく飯を真剣に見ていた。

大方、どれから食べようかと悩んでいるに違いない。

幸せな悩みだな。

「スズ、お前近頃太ったのではないか」

拾った当初、ガリガリだった体は、今やふっくらと艶やかだ。

「そんなことはございません。いつもどおり可愛らしゅうございます」

「あたしたちのスズさまになんてことを」

女たちの猛反発に思わず耳を塞いだ。

当のスズは、首をかしげて二の腕をつまんだりしている。

「今夜は精一杯、運動をしないとな」

クスクス笑いながら白い頬に口を付ける。

「結局、そこにいきつくのですね」

「やはり色ぼけ王子ですね」

再び女共がかしましく騒いだ。

 

スズの好みには周期がある。

カイドウのネコじゃらしに飽きたあとは、リンドウの硝子玉だった。

今は、庭の池へ行くことがスズの中では流行っているらしい。

というより、池の魚と対峙することが。

今日も池へ行きたがった。

また玉を落とされては敵わない。

「それは置いて行きなさい」

すると部屋の中をうろうろした揚句(隠し場所を探しているのだろう)枕の下へ、そっとしまった。

「えらいぞ」

褒めてやると馬鹿にしたようにフンと鼻を鳴らした。

少し生意気になってきたな。お仕置きをしてやろう。

スズはまたあの可愛らしい切ない声で鳴くことだろう。

クスクス笑うわたしの顔を、スズが不思議そうに見上げた。

二人で手をつないで池にゆく。

数多くいる魚たちの中に、この池の主の如く黒い巨大な鯉がいた。

奴とスズは一種の敵対関係であるらしい。

魚たちが餌を求めてやってくる。主もやってきた。

スズが待ち構えていたかのように、水面をバシャバシャと鳴らす。

魚たちは慌てて散ったが主は動揺もせずゆったりと離れた。

再びやってくる。

まるでスズをからかっているかのようだ。

可愛くない、お前。と鳴いて手を伸ばす小さな体を抱きとめる。

「あまり乗り出すんじゃない。また落ちるよ」

今度は邪魔するなと怒った。

身を乗り出したまま水面を叩く手は、主を直撃したらしい。

さすがに主は驚いて一目散に逃げて行った。

どうだ、参ったか、と勝ち誇ったようにスズが微笑む。

「よしよし、スズの勝ちだ」

すごいぞ、えらいぞ、と掲げ上げると、得意げに顎を上げた。

満足したスズと手をつないで、部屋に帰る。

カイドウがネコじゃらしを二つ持って待っていた。

スズは歓声の声を上げてそれに飛びつく。

カイドウは笑いながら右へ左へと振る。

明日からはネコじゃらしだな。

主との一方的な戦いはスズの勝利によって終結し、興味を失ったに違いない。

しかし、余りにも遊びすぎると夜は熟睡してしまうのではないか。

「ほどほどにしておきなさい」

二人はわたしを無視して遊んでいる。

その内、スズは疲れ果ててわたしの膝の上で寝てしまった。

気持ちよさそうによだれをたらして。

小さな体が上下している。

「全くお前といると飽きないよ」

顎のあたりを撫でてやると、膝の衣をキュッと握られた。

撫でているうちにわたしもウトウトしだした。

大きなあくびをして寝台に凭れかかる。

カイドウが下がる音がした。

夏の終わり、夕方のウラウラとした陽だまりの中。

わたしとスズは夢を見た。

二人で巨大化した主の背に乗って、空を泳いでいる夢だった。

 

 


 
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