No.142149

真・恋姫無双 EP.9 仕官編

元素猫さん

恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
『すべては、シナリオ通り』
『嘘だ!』
そんな夢をみました。楽しんでもらえれば、幸いです。

2010-05-09 22:41:04 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:6931   閲覧ユーザー数:5946

 張遼は迷っていた。自分はどうするべきなのか。正直なところ、責任を感じてもいるのだ。

 

「ウチがそばにいながら、月を守れんかった」

 

 人質を取られたようなものだ。うかつに動くことは出来ず、賈駆からも何もするなと言われていた。だが、本当にそれでいいのだろうか。とりあえず、賈駆から要求のあった情報は送っている。

 

(月を助けたい気持ちは、詠の方が強いはずや)

 

 そう思うからこそ、これまでは耐えられた。だが先の展望を考えた時、大きな不安が残るのも事実だった。

 洛陽は厳戒態勢にあり、帝の親衛隊が常に見回りを行っている。人々は息を潜めるように家に籠もり、街はがらんとしていた。わずかな店だけ開けているが、活気と呼べるものはまったくない。

 

「死んでるみたいやな……」

 

 窓から街を眺め、張遼は溜息を吐いた。どうするべきなのか。このまま、何もしないで本当にいいのか。

 脳裏に、月の顔が浮かんだ。気弱な、けれど真っ直ぐで純粋な瞳の少女。簡単に折れそうなのに、時に驚くほど強い意志を見せる。

 

「月……そうやな」

 

 月が今の洛陽を見たら、きっと悲しい顔をするだろう。他人の痛みを我が事のように感じる優しさに、張遼は惹かれたのだ。民のことを一番に想い、分け隔てなくその優しさを振りまく。

 

「決めたで!」

 

 張遼は自室を飛び出すと、わずかに残った手勢を集めた。

 

「ええか、これから街の見回りや。どないなことでもかまへん。困っとる人を見つけたら、助けてやるんや。この洛陽を、昔のように活気のある街に少しでも戻れるようにな」

 

 失われた笑顔を取り戻すには、永い時間が必要だろう。だが地道にやっていくしかない。

 

(月、安心してや。ウチがちゃんと、大切なものを守ったる)

 

 

 一刀は前線に来ていた。ご丁寧に十文字の旗まで用意され、一番目立つところに立てられている。

 

「どうしてこうなった……」

 

 思い起こせば5日前、街に到着した一刀と桂花、明命の三人は、食事をしながらこれからのことについて話し合った。その結果、募集の張り紙があった董卓軍に仕官することとなったのだ。

 

「ただし、北郷ひとりだけよ」

「へっ? じゃあ二人はどうするんだ?」

「私と明命は情報収集よ。今日はここで別れて、明日、また集まりましょう」

 

 そうして一刀はひとりで、指定にあった軍の宿舎に向かったのである。対応に出てきたのは、軍師の賈駆という眼鏡の女性だった。

 

「あなたが希望者?」

「はい。北郷一刀といいます」

「北郷……一刀……」

 

 そう呟いた賈駆の目が、わずかに細められる。

 

「最近、近隣の街や村で盗賊退治をしている男が、確かそんな名前だったけど。それって、あなたのこと?」

「ああ、たぶんそうだと……」

「ふーん」

 

 何やらジロジロと、一刀を観察する。

 

「あんまり強そうには見えないけど、今はひとりでも多くの兵士が欲しいところだから、採用するわ」

「ありがとうございます。それでですね、一つお願いがあるんですが」

「何? 給金の前借りはしないわよ」

「いえ、今度の戦いの時に呂布と一騎討ちをさせてもらいたいんです」

「……は?」

 

 あまりの事に、賈駆はぽかんとする。この世に並び立つ者などいるとは思えない、それほどの強さを持つのが賈駆の知る呂布という戦士だ。そんな相手と、この目の前の男は一騎討ちをしたいというのである。

 

「あなた、バカなの? それともあの子……呂布の強さを知らないとか?」

「それは知ってます」

「知った上で、一騎討ちをすると?」

「はい」

 

 これは、桂花が一刀に伝えた作戦だった。呂布という人物を見極めるという意味があり、同時に名も売れる。ただし実行するかどうかは、一刀自身で決めて欲しいと言われていた。そして彼なりに考えて、決断したのだ。

 あの地獄の修行で、一刀自身も強くなったと実感している。これまで盗賊相手に何度か戦闘を繰り返し、手応えは感じていたのだ。まだ本当の戦士と戦った経験はないが、貂蝉の言葉を信じるならドラゴンに正面から挑まない限りは勝算はあるだろう。

 

(本気なのかしら?)

 

 賈駆は思案する。だが、悪い話ではない。勝てればそれで問題はないし、負けたとしても失うのは一刀だけだ。

 

(どちらにせよ、正面からぶつかって勝てる相手じゃないわ。これといって名案があるわけじゃないし、こいつに賭けてみるのもいいかも知れない)

 

 こうして一刀の案は採用され、彼は前線に立つこととなったのである。

 

 

 一刀が並ぶ兵士たちよりも前に進み出ると、森から赤竜に乗った呂布が現れた。どよめく声を背中で受けながら、一刀は黙ってそれを見ている。そしてゆっくりと降り立った呂布が目の前に来ると、一刀は声を張り上げて言った。

 

「俺は北郷一刀! 呂布と一騎討ちで決着をつけたい!」

 

 少しきょとんとした顔で、呂布は頭のアホ毛をピコピコさせながらじっと一刀を見ている。

 

「あの、呂布……さん?」

「……」

 

 黙ったままじーっと見ている呂布に、どうしたものかと一刀が困っていると、ようやく彼女は小さく頷いて見せた。

 

「いいってことかな?」

 

 訊ねると、再び黙ったまま呂布は頷いた。

 

(何だか、調子が狂うなあ。でも、彼女が最強と言われた呂布なんだ)

 

 気を引き締めて、一刀は剣を構える。黒光りする刀身が伸び、奇妙な呻き声を発した。

 

 うっふぅぅぅぅぅん!

 むっふぅぅぅぅぅん!

 

 普通の者ならこれだけで怯むが、呂布の表情はまったく変わらない。

 

「いくぞ!」

 

 両手に構えた剣をクロスさせ、一刀は呂布に向かって走った。一気に詰められた間合いで、呂布も武器を構えて待ち受ける。

 休みなく両手の剣で攻撃を繰り出す一刀に対し、呂布は長い武器を見事に振り回しすべて受け止めた。まだお互いに、全力は出していない。

 

(やっぱりこの程度じゃ無理か)

 

 しかしまだ、一刀はこの戦いに決着をつけるつもりはなかった。そしてそれは呂布も同じだったのか、明らかにこちらが手加減をしているとわかっていても、あえてそれに付き合う素振りを見せていたのだ。

 

(でも、何だろう……)

 

 一刀の心に、言葉には表せない気持ちが生まれた。それはトゲのように突き刺さり、一刀の心を掻き乱す。そしてそれは、呂布も同じだった。

 

 

 なんだろう。

 初めて見た瞬間から、心がきゅっとなった。嬉しい気持ちと、寂しい気持ちが混ざりあって、呂布は混乱していた。

 

(どこかで会った気がする……)

 

 けれど思い出せない。いや、どれほど記憶を遡っても、北郷一刀という男は出て来ないのだ。どう考えても、今が初対面のはずだ。それなのに、なんだろう。

 受け止める一撃、一撃が痛かった。どこにも触れていないのに、心が痛い。彼と敵味方に分かれてしまったことが、なんだかとても悲しかった。

 

(どうして?)

 

 まるで迷子になった子供のように、呂布は不安な気持ちに襲われた。何かが、間違っている。ボタンの掛け違いのように、落ち着かない。

 

(……? 本気じゃない?)

 

 何度か剣を交えて、そんな気がした。殺気は初めからなかったが、どこか覇気が感じられない。全力で戦う時には、全身から覇気が溢れるものだ。

 何か意味があるのか。ただ、それは呂布にとっても都合が良かった。もし本気で向かってくるなら、どんな相手であっても本気で応えるのが礼儀だからだ。しかし呂布は、どうしても本気で戦う気がしなかった。

 

(ねね……)

 

 ちらっと背後を見て、呂布は眉をひそめた。実は戦闘の少し前、黒装束の男が突然現れて、ねねを人質に取ったのだ。

 

「北郷一刀という男の首を取れ」

 

 黒装束の男はそう言いながら、ねねの首もとに短刀を押し当てた。そこで呂布は仕方なく、こうして出てきたのである。だが、ねねは大切な家族だ。最後にどちらかを選ばなければならないとしたら、呂布はねねを選ぶだろう。

 今は少しでも、その決断を遅らせたかった。剣を交わしながら、呂布の心は重く沈んでいった。


 
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