No.134879

リリカルなのはstrikers if ―ティアナ・ランスターの闇― act.2

リリカルなのは のifモノ。ティアナを主人公に、strikersのラストから5年後のストーリー。ティアナが執務官の道に進まなかったとしたら? 放映当初の、他人を寄せ付けない彼女のまま成長したら? という仮定の下に妄想される話です。

 作中、ティアナの性格が原作と あまりにかけ離れていると思われるかもしれませんが、5年の時間によって性格が変わったと ご理解ください。 むしろ、大人ティアナの性格に残る、若き日の残滓を見つけてお楽しみください。

 あと、この回はシリーズ中もっとも原作から離れた内容になっておりますため、オリジナル展開嫌いな読者様のために結論だけ先に言うと、機動六課を離れてフラフラしてたティアナが、ミッドチルダに戻る きっかけとなる回です。

2010-04-07 04:11:31 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:13858   閲覧ユーザー数:12704

 ティアナ=ランスターは5年前に すべてを捨てた。

 

 本来ならば捨てるべきものはなかった。輝かしい未来。厳しい訓練をつみ、実戦で勝利し、時空管理局執務官への たしかなルートを定めていたあの頃。あれだけ道筋が整っていれば 後は黙っていても執務官の肩書きは転がり込んできたはずであり、いわば人生の成功を約束されたも同然だった。

 

 だが、ティアナは あえてそれを捨て、故郷ミッドチルダを去った。

 

 それから5年間、どう過ごしてきたかといえば、ただひたすら根無し草だ。

 帰る場所のない強みと、次元間を移動できる魔導師としての力を最大限に活かして、あっちこっちの世界を渡り歩いた。

 中央ミッドチルダに劣らぬ先進都市にも行ったし、逆にモンスターが跋扈する人跡未踏の地を歩いたこともあった。

 平和で のんびりした土地にも行ったし、紛争地帯にも行った。

 海沿いの地もあれば、山奥もあった。

 寒い地にも、暑い地にも行った。

 そして今彼女がいるのは、管理局名称・第156管理外世界。現地名称・不死鳥の祝福の地。

 ティアナは そこで、サバンナの希少動物を守るサバンナパトロールのアルバイトをして暮らしていた。その生活が そろそろ半年になる。今まで渡り歩いてきた世界での滞在期間と比べると、次の世界へ移動する ころあいの時期だった。

 

ティアナ「(………潮時かしらね)」

 

 ティアナはバイクを転がしながら思った。

 沢山の世界を回った、それこそ数え切れないほどの世界を。それでもまだ こうして旅を続け、安住の地を見つけ出せずにいるのは、彼女の本質が根無し草であるからなのか。

 親もなく、兄もなく、従って彼らの待つ家もない。

 だからこそ たった一人のティアナは、あてどなくフラフラと彷徨うことができた。

 

 

   *

 

 

パトロール長「…おい、クィーン」

 

 ティアナのことを そう呼ぶ者がいた。

 この街の人々は、もっぱらティアナのことを“クィーン”と呼ぶ。何分ご大層な仇名だが、それほど大した由来があるわけではない。この世界へ初めて来た日、ポーカーでQのフォーカードを出した、というだけのことだった。

 

ティアナ「………なんです、パト長?」

 

 サバンナのパトロールを終え、詰め所へ戻ってきたティアナは、自分用のデスクでプカプカとタバコをふかしている最中だった。

 彼女を呼び止めたのはパトロール長。“不死鳥の祝福の地”の、南の果てにある小さな町の、私設パトロール隊の まとめ役だった。一応、今現在のティアナの上司に当たる人。

 肩書きに相応しく歳経た中年顔に、苦悶に近い困惑の表情を浮かべている。

 

パト長「……あのなクィーン。お前、パトロールの報告書、どうにかならんか?」

 

 そう言って、差し出されるパトロール報告書、周囲の見回りから帰ってきた者は、異常の有無などを確認するために必ず これを提出しなければならない。

 ティアナも ついさっきパトロールから帰ってきたばかりだ。それで世の お決まりどおりに報告書を作成したわけだが、その文面が―――。

 

 

 何もなし、日々是好日、XYZ。

 

 

 であった。

 こりゃねーよ。

 

パト長「小学生の作文だって もうちょいマシなこと書くだろうよ。なんだよ何もなしって?」

 

ティアナ「……いいじゃないですか。誰も事件が起こって欲しいなんて思ってるわけじゃないんだし、何もないのが一番ですよ」

 

 ティアナは気だるげに答える。が、

 

パト長「だからって他に書きようがあるだろう! しかも なんだ最後のXYZってッ? 何もないとか言いつつ文末に、もう後がないぞ感を臭わすなよ!」

 

ティアナ「刺激のない日常に、私からの ちょっとしたスパイス♪」

 

パト長「そんなのに凝る余裕があったら本文 練り込め! もっと見てきたことを詳細に、注意深く書けよ!」

 

ティアナ「そーですか、そしたらパトロール中に見かけた、あっちの牧場で働いてるカップルが、仕事サボってブッシュ(草むら)でしていたことを………」

 

パト長「書くなァァァーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!?」

 

 あー、イジり甲斐があるなあ、とティアナは温かい目でパト長を見詰める。

 そもそも このティアナのように、本名を名乗ろうともしない怪しさ全開の女を信用して雇ってくれるようなオッサンである。こういう人の良さがティアナを旅人として生かしてくれる、感謝すべきだ。

 

パト長「……ったく、お前はウデは一流なんだから、もう少し真面目なら言うことナシなのに……」

 

ティアナ「真面目に生きるのには飽きたんですよ」

 

 ティアナは、タバコの煙を吐き出しながら言った。

 

ティアナ「……てなわけで、不真面目な私は 定時を待たずして上がらせていただきます。ヨーソロ?」

 

パト長「……あの子の見舞いか?」

 

ティアナ「まあ、そんなとこ」

 

 行動を見透かされ、ティアナは ちょいと尻すぼむ。

 パトロール長は、少し物憂げな表情を見せたが、

 

パト長「………ま、いいだろ。今日はもう仕事もないしな」

 

ティアナ「わーい、じゃあ お疲れ様でしたー」

 

パト長「……あ、ちょっと待てクィーン」

 

ティアナ「はい?」

 

 いそいそと退勤準備を進める矢先、呼び止められてティアナは振り返る。

 

パト長「今度ヒマなときにでもウチにメシ食いに来んか? 家内がな、この町の英雄に ご馳走を振舞いたいんだそうだ」

 

ティアナ「お酒が出るなら喜んで♪」

 

 ティアナは おどけて快諾した。

 

 

   *

 

 

 この町の人々のことは、正直キライではない。

 都会から離れた僻地、そうした田舎独特の素朴な気質は、風来坊のティアナにとっては好ましいものだったし、こうして街中を歩いているだけで ほうぼうから声をかけられるのは都市部では味わえない。

 

少女「クィーン、こんにちわーッ! もう仕事終わったのーッ?」

ティアナ「こんちー、そっちこそ学校終わったの? またサボって早や引きしてないでしょうねー?」

 

 一人に呼び止められると、連鎖的に次から次へと声が来る。

 

男性「クィーン! バイクの調子どうだい? 早めにオーバーホール出してくれって隊長に言っといてよ!」

ティアナ「メンドイからパト長に直接 言ってー」

 

主婦「クィーン! オレンジの蜂蜜漬けが上手くできたんだ、今夜アンタんちに おすそ分けに行くからね!」

ティアナ「おおマジ? 待ってる待ってる!」

 

マスター「クィーン、そろそろツケ払ってくんないかなー? けっこうな額に溜まってるんだけど……」

ティアナ「あはははは…、次の給料日に払うから、マジ払うから!」

 

チンピラ1「お!じゃーその日に また一勝負しようぜクィーン!」

チンピラ2「またマグレ当たりのクィーンのフォーカード見せてくれよー!」

ティアナ「にゃにおーッ! それなら今度はロイヤルストレートフラッシュを見せたるわッ!」

 

町娘「クィーンおっぱい大きいーッ!」

ティアナ「知らーん!」

 

 と、ティアナが通るだけで路地は賑やかになるのだった。

 ティアナは機動六課にいた頃と比べると、幾分 口調もくだけ、人当たりも柔らかくなっていた。だが それは重ねた年齢によって器用さというスキルを獲得したからに過ぎない。

 人とのコミュニケーションをとるのに あからさまな壁を築いていた少女時代とは違い。大人になった彼女は線引きが上手くなった。ここまでなら踏み込める、というギリギリのラインを見極め、その外側から人と触れ合う。ティアナは そんな人間関係を5年間繰り返してきた。

 人とは深く交わらない方がいい。自分のように、踏み込まれたくない部分を多くもつ人間は特に。

 ティアナは そう思っていた。

 

 

   *

 

 

 仕事を終えたティアナが向かった先は、街の小高い丘の上にある診療所だった。

 小さな街なので、医療機関は これ一つだけ。古びた兵舎を改装しただけの ささやかな診療所であったが、街の住人にとっては唯一無二の命の砦だった。

 ティアナは受付に一言掛けてから、廊下を進み、ある病室のドアを叩く。

 

?「はい……」

 

 病室の中から か細い少女の声がした。

 ティアナはドアを開ける。

 

ティアナ「やっほー、アレクタ元気ー? お姉ちゃんが お見舞いに来たぞー?」

 

 病室でティアナを出迎えたのは、ベッドに横たわった年齢12歳ほどの少女だった。

 抱え上げられそうなほど小柄な体に、新雪のような白い肌。その肌の色は、病室という環境のせいか不健康で儚げな印象を見る者に与える。

 少女は物憂げな表情で、ティアナのことを見た。ティアナは それにかまわず明るい振る舞いで椅子に座り、早々タバコに火をつける。

 

アレクタ「……お姉ちゃん、ここ病院なんだけど。タバコは全面禁止よ?」

 

 アレクタ、そういう名前の病床の少女は、とがめる視線をティアナに送る。

 

ティアナ「いーのよ、私はタバコと結婚したんだから」

 

 悪びれもせず煙を吐き出すティアナだった。

 少女は、そんな自由人に もはや呆れるしかない。

 

アレクタ「……お姉ちゃん、パトロールのお仕事はどうしたの? まだ勤務時間終わってないよね?」

 

ティアナ「つまんないからフケてきた。…いーのよ、パトロールなんて異常のあったときだけ がんばれば」

 

アレクタ「その異常を見逃さないように目を光らせるのがパトロールのお仕事でしょ? ダメだよ お姉ちゃん、パトロール長さんたちに迷惑かけたら」

 

ティアナ「もう、アレクタったら真面目さんだなー。ダメよー、そんな小さい頃から頭ガチガチに真面目ぶってるとねー、将来………」

 

アレクタ「将来?」

 

ティアナ「私のようになる!」

 

アレクタ「…………」

 

 病床の少女は、まさに「コイツ何言ってんだろ?」的な半眼で じっとりとティアナを見詰めた。

 

ティアナ「なによ その目はッ? ……マジよ、私 アンタぐらいの歳の頃は超真面目で まとめ役キャラだったんだから! つまり幼い頃からガチガチで生きてると、いつか破綻して私のようなダメ人間になってしまうと!」

 

アレクタ「もういいよ お姉ちゃん、そんな大ボラなのか自虐なのかネタの判別に困るから やめてよ……」

 

 ほとほと呆れた年長者であった。

 この少女、アレクタ=フェミガーナ。

 ティアナのことを「お姉ちゃん」と呼んでいるが、むろん彼女の妹ではない。二人が出会ったのは ほんのつい一ヶ月ほど前、とある事件に巻き込まれた この少女をパトロールのティアナが助け出し、保護したのが この関係の始まりだった。

 以来、この身寄りのない少女の保護者となり、面倒を見ているティアナ。

 事件の後遺症を治すために、こうして入院している費用も すべてティアナもちだった。

 何故この人は こうまで自分に よくしてくれるのか? 少女は不安に思わざるをえない。

 

 ところで、この病室にはもう一つ、普通の病室にはない違和感があった。

 アレクタが寝る枕元に置かれた衣装掛けに、一羽の鳥が留まっていた。

 普通ならば、清潔を気にする病院内に、動物は ご法度だろう。しかし その鳥は まるで自分が そこにいるのが当たり前だといわんばかりに我が物顔で、衣装掛けの上で羽を繕っている。

 ニワトリ程度の大きな鳥だったが、その詳しい種類はわからない。この“不死鳥の祝福の地”の固有種だろうか、目の醒めるような全身真っ赤の羽の色は、少女の白い肌と対照的に、生命力に満ち溢れている。

 まるで人間に通う血のように赤く、地底に通うマグマのように赤い鳥だった。

 

ティアナ「おー、ひなフェリ、アンタも元気だった?」

 

 鳥は元気そうに クァッ、と鳴くと、翼を はためかせてティアナの懐中に飛び込んでくる。

 

アレクタ「………仲いいよね、二人とも」

 

ティアナ「そーだよねー、タイマンはったら もうダチだもんねー」

 

 ティアナは懐の中で、鳥の頭をワシャワシャ撫でた。

 

アレクタ「……こうしてると、ますます わかんない」

 

ティアナ「ん? 何が?」

 

アレクタ「お姉ちゃんのこと。……お姉ちゃんて、こんな僻地で暮らしているくせに、物凄く強い魔導師だし、中央の事情に詳しいし、本当に何者なんだろ? って思うよ?」

 

ティアナ「ただの一般人よ」

 

アレクタ「でも、フェリと戦ってたときの実力は間違いなくオーバーSランクだったし、そんな人が ただのサバンナパトロールなんて おかしいよ」

 

ティアナ「だったら、アレクタは何だと思う? 私の正体?」

 

アレクタ「………ミッドチルダから派遣された、潜入捜査官?」

 

ティアナ「あはははははははははははッ!」

 

 言われた瞬間、ティアナは椅子から落ちんばかりに笑い転げた。あまりの抱腹絶倒ぶりに腕の中の赤い鳥がビックリし、バサバサ飛び立って衣装掛けに戻る。

 

アレクタ「お、お姉ちゃん笑いすぎ……」

 

ティアナ「だ、だってアレクタがあんまりバカなこと言うもんだから……。ちょっと私を見てみなさい?」

 

 ティアナは、二十歳を越えて大きく成長した胸をデンと張る。

 

ティアナ「こんなニコチン中毒のダメ女を雇ってるとしたら、時空管理局の人材不足は相当深刻だわよ?」

 

アレクタ「お姉ちゃんは、そんなにダメな人じゃないと思うけど……」

 

ティアナ「え?」

 

 アレクタは、視線を泳がせながら、照れくさそうに言う。

 

アレクタ「だって、私のこと助けてくれたし、優しいし………。お姉ちゃんは いつも ふざけて言うタイミングを逃しちゃうけど、……私、すごい感謝してる」

 

ティアナ「あー…」

 

 照れくささがティアナにも伝染する。

 

アレクタ「あの…、ありがとね お姉ちゃ…、ぶふッ?」

 

 突如、アレクタの頭の上に枕が押し付けられた。顔を真っ赤にしたティアナが乱暴狼藉を働いたのだった。

 

アレクタ「ぶっ…? やめて お姉ちゃんッ、ちょ、苦しい……!」

 

ティアナ「うっさい! 大人をからかうとは とんだマセガキねアンタは! そんなアンタは枕で窒息死の刑に処す!」

 

 きゃあきゃあと病室に響く黄色い声。そうして じゃれあう姿は まるで本物の姉妹であるかのようだ。

 喧騒の外で、赤い鳥が我関せずと羽を繕う。

 しばらくしてゼェゼェと息切れの声がして、ティアナもアレクタも静かになった。

 

ティアナ「……ったく」

 

 体力切れのティアナが、少女の頭を優しく撫でる。

 

ティアナ「体の調子はどう、アレクタ?」

 

アレクタ「……うん、この前までは苦しかったけど、お姉ちゃんが呼んでくれた お医者さんが来てからは楽になったよ?」

 

ティアナ「そ、多少は役に立ってるのねモグリ医者」

 

 そしてティアナは手を離す。

 

ティアナ「じゃあ、私は そのモグリ医者と話をしているから、アナタはちゃんと寝て、病気を治すことを考えなさい」

 

アレクタ「…うん」

 

ティアナ「ありがとう、…なんて余計な気を回すんじゃないのよ? 大人は子供を助けるのが当たり前なんだから。一人前に貸し借り気にするのは、子供にゃ10年早いです」

 

 そう言って、ティアナは病室を出て行った。

 少女には わかっていた。あのティアナが、本当に不器用な女性が、お礼なんて言われただけで火が着くほどに照れるだろうことが。

 ティアナにとっては感謝なんて ありがた迷惑でしかないことは わかっていたけど、それでもアレクタは礼を述べずにいられなかった。

 

 

 何故なら、少女に残された時間はもう少なかったから。

 

 

アレクタ「悔いを残したまま、お父さん お母さんのところに行きたくないもんね?」

 

 少女は、衣装掛けに留まる赤い鳥に話しかけた。

 赤い鳥は、哀しげにクツクツと鳴いた。

 

   *

 

 

 ティアナが会った二人目の面会者は、アレクタの主治医とも言うべき男だった。

 一目見るからに怪しげな男だ。

 何もかもが真っ白い。

 医者だから白衣を着るのは当然だが、その下のシャツやジーンズも 示し合わせたかのごとき白。しかし それは本人が清潔好きというからではないらしく、白生地のジーンズは膝が破れ、白衣やシャツには油汚れが そのまま放置してある。

 肌の色、髪の色も、生まれつきなのか不自然なまでに白。

 目には機械的なバイザーが掛けてあり、入室してきたティアナに視線を向ける際に、キュィン、と微かな駆動音を鳴らした。同時に、白い歯を剥き出しにしてニヤリ、と笑う。

 

ティアナ「調子はどう、モグリ医者?」

 

 ティアナは無感動に言う。

 医者は答える。

 

モグリ医者「忙しいヨ、殺人的にネ」

 

 モグリ医者。

 ティアナは この天井無しに怪しい医者を そのように呼んでいる。本名を名乗ろうともしない この男に、ティアナが勝手につけた名だった。

 ティアナが彼と知り合ったのは、この“不死鳥の祝福の地”へ来るより ずっと前のことで、実は随分長い付き合いになる。元々は別の異世界でジャンク屋を営む傍ら、モグリで医療行為をしている男だったが、先日ティアナが急遽呼び出したのだった。

 アレクタの症状を診ることができるのは、彼以外に いないと思ったから。

 モグリ医者は、目に掛けたバイザーをキュイキュイといわせる。

 

モグリ医者「ピント調整が鈍くなってきたネ……」

 

 まあ いいや。

 

モグリ医者「それより さあキミ、ボクが診るクランケは あの女の子だけの約束じゃなかったケ? なんか次から次へと外来がやってきて大忙しなんだヨ? 目が回るヨ? まあボクには元々 眼球はナイけどサ!」

 

 義眼を兼ねたサイバネティックバイザーを掛けた男は大層憤慨していた。

 こんなの契約違反ダ! とでも言いたいのだろう。

 

ティアナ「こんな田舎じゃ ちゃんとした医者は珍しいのよ。技術は使うものと割り切りなさい」

 

 ティアナは来客用のソファに腰掛けると、さっそく尻ポケットからアルミ製のシガレットケースを取り出し、一本咥えて火をつける。

 

モグリ医者「あのサア…、一応ここ診察室なんだケド、ニコチンの匂い着けられると困るんだケド……」

 

ティアナ「私はタバコと結婚したの、それでいいでしょ?」

 

 何が いいのか?

 

ティアナ「……………それで」

 

 ティアナは、気持ちを整理するように煙を吐き出してから、言った。

 

ティアナ「アレクタの病状は どうなの?」

 

モグリ医者「超悪いヨ! もう笑っちゃうくらいサ!」

 

 モグリ医者は即答した。

 

モグリ医者「あの子、死ぬネ。ボクから言えるのは それくらいだヨ!」

 

ティアナ「医者が随分と簡単に諦めるのね」

 

モグリ医者「ケースにもよるヨ、あの女の子に関しては診た瞬間で諦めるってレベルの話、それぐらい絶望的ってことだネ。オーライ?」

 

ティアナ「オーライ、…って、簡単に言えるわけないでしょう」

 

 ティアナは自身の苛立ちを捻り潰すかのように、まだ2/3も残ったタバコを灰皿の底に押し付けた。そしてすぐに、新しいタバコに火をつける。

 

モグリ医者「よろすぃ、じゃあキミの良心から負担を取り除く意味も込めて、状況を一から整理してみようカ」

 

 そう言ってモグリ医者は、デスクからアレクタのものと思しきカルテや心電図を取り出し、机上にバラ撒く。

 

モグリ医者「まず、アレクタちゃんが侵されている症状を簡潔に述べるト、幻獣フェリックスからの魔力侵食だネ」

 

 幻獣フェリックスの魔力侵食。

 ティアナは黙って医師の説明を聞く。

 

モグリ医者「幻獣フェリックスとは、この異世界において神にも等しい存在とされている純一幻獣のコト。アレクタちゃんは、そのマグマの幻獣との同調適性をもつ、世にも珍しい素体ダ。…それに目をつけた とあるカルト教団が、アレクタちゃんを触媒というか、生贄というか、リモコンみたいにして、フェリックスを我が物にしようと考えタ、それが一ヶ月前の事件だネ?」

 

 そうね、とティアナは気だるげに答えた。

 一ヶ月前、この“不死鳥の祝福の地”を襲った未曾有の大事件。この世界の神ともいうべき幻獣を奪い去ろうと やってきた犯罪者集団によって、この のどかな世界は破滅の危機に陥った。

 その危機は、住民たちの団結によって何とか回避できたが、その際に もっとも活躍したのがティアナであり、彼女が今、街の人気者だったり町の英雄とかよばれるのは、すべてそれが原因だった。

 

ティアナ「そんなことは どーでもいーわ、続き」

 

モグリ医者「ハイハイ…、ともかくヒーローの活躍によってカルト教団の野望は見事阻止! 囚われの少女も無事救出できタ。しかし完全な救出とまではいかず、アレクタちゃんの魔力回路には、すでにフェリックスとのラインが確立されていタ…!」

 

ティアナ「アレクタと幻獣フェリックスとの間に、魔力的な繋がりができたってわけよね?」

 

モグリ医者「イグザクトリィ!」

 

 ビシッ、と指を突き立てる医者、正直ウザい。

 

モグリ医者「フェリックスはネ、幻獣の中でも別格サ。人から神と崇められるほど存在が大きく、その力も次元違い。オーバーSランクの魔導師がザコになっちゃうほどのチート野郎サ」

 

ティアナ「……そんなのの魔力が、フツーの人間の魔力回路に流れ込んだら、一体どうなるの?」

 

モグリ医者「まあ、静脈にマグマ注射されるようなものだネ?」

 

 アレクタは、そんなものに侵されているのか。

 ギリリ、とティアナの歯の奥が軋む。

 

モグリ医者「フェリックスの侵食スピードは驚異的ダ。アレクタちゃんのリンカーコアまで喰われるのは、そう遠いことじゃないネ」

 

ティアナ「直す方法はないの?」

 

モグリ医者「リンカーコアおよび魔力回路に関しては、研究が進んでいなくてネ。治療法どころかメカニズムすら解析されてないのが現状サ。だから医学的アプローチでは、この症状を根治することは不可能だネ」

 

ティアナ「症状の大本を どうにかできないの? アレクタが ああなってる原因は幻獣フェリックスでしょう、それを何とかすれば……」

 

モグリ医者「フェリックスを倒せとか言うつもりカイ? まあ たしかに、そうすれば確実にアレクタちゃんは助かるだろうネ、倒せればの話だケド………」

 

 モグリ医者の皮肉げな物言いに、ティアナは押し黙った。

 幻獣フェリックスの次元違いの強さは、先ほど医師の口から聞いたばかりだ。相手は一世界を司どる神、戦うというなら、それは天地すべてを敵に回すのと同じだった。

 

モグリ医者「参考までに聞くケド、キミ一ヶ月前の事件でフェリックスとやりあったんだロ? 感想はどうダイ?」

 

ティアナ「生き残れたのが奇跡としか思えない………」

 

モグリ医者「だろうネ、というか神クラス相手に奇跡の一つぐらいで生き残れたのも異常だヨ。その辺はキミの魔導師としての優秀さの為せる業だネ」

 

 話が脱線した。とにかく、

 

モグリ医者「フェリックスを倒すっていう解決法は、可能不可能 以前にアレクタちゃんが納得しないだろうネ。キミも見たでショ? あの子に寄り添っている赤い鳥?」

 

ティアナ「フェリックスの分身体よね、オリジナルの、何億分の一かの」

 

モグリ医者「アレクタちゃんのためにフェリックスが贈った、家族でありガーディアンだネ。あの二者は、我々には理解できない深い絆で結ばれているんだヨ。魔力とは別種の絆でネ」

 

ティアナ「フェリックスは、アレクタの症状を わかっているの?」

 

モグリ医者「そりゃ もちろんサ。神クラスの幻獣は知能だって人間以上ダ。本体が わかっていて状況改善しないってことは、フェリックスにも どうにもならないってことだネ」

 

 アレクタの傍らに留まる赤い鳥が、時折哀しげに鳴いているのをティアナは思い出した。

 だれもが少女に訪れようとする運命を知り、どうにかしようとしても どうにもできず、哀しい思いに苛まれている。

 

 かつてティアナは、古き仲間たちと袂を別って機動六課を去った。

 何も持たない自分、まっさらな自分を野に晒し、その上で自分が何をできるかを知ってみたかった。

 それから5年、がむしゃらに自分の力を振るってきて出た結論は、自分が無力ということ。

 結局何もできない、何の成果にもならない。

 今また、望まない未来を目の前にして、ティアナは自分の無力さを噛み締めることしかできなかった。

 

モグリ医者「今は、ボクの投薬治療で侵食スピードを食い止めてはいるが、それも時間稼ぎに過ぎないネ。彼女の余命は、もって一年」

ティアナ「一年…」

 

モグリ医者「その間、せいぜい楽しい人生を送らせてあげるのが、ボクらにできる最大のことだと思うけどネ。キミも気持ちを切り替えて……」

 

ティアナ「ねえ、覚えてる?」

 

 ティアナから発せられる声の調子が、明らかに違った。モグリ医者は気配を察して、ティアナの正面に向き直る。

 

モグリ医者「覚えてるって、何をダイ?」

 

ティアナ「私とアンタが最初に会った時のことよ」

 

モグリ医者「覚えているサ。……アレは5年前、イヤ4年半ぐらいカナ。あの時もキミは 女の子を助けようとしていたネ。今とは別の女の子をサ」

 

 思いは過去を巡る。

 かつて、しがないモグリの医者である彼の元に、瀕死の少女を抱えたティアナがやってきた。17歳の頃のティアナだった。

 少女の命を救ってくれと言う。

 

モグリ医者「あの時も まあヒドイ状態だったネ。なにせ その子、モンスターに腹部の1/3を食いちぎられていたんダ。死亡確定の状態ダ」

 

ティアナ「でもアナタは、あの子を救ってくれたわ」

 

モグリ医者「キミが、自分の腹から腎臓1個と小腸を1メートル、分け与えてくれたからサ」

 

 ティアナは無言で自分のシャツの裾をまくった。その美しく引き締まったウエストに、縦に長い手術痕があった。

 

モグリ医者「あの時 助かった子は、今どうしてるんだイ?」

 

ティアナ「知らない、連絡とってないから」

 

モグリ医者「キミは助けたら助けっぱなしだネ。まあ いいけどサ」

 

 医師は大袈裟に やれやれのジェスチャーをとる。

 ともかく それが、宿無しティアナと怪しい医者との出会いだった。

 

ティアナ「………あれ以来、アンタは私の もっとも信頼する医者になったわ。あの時だけじゃない、この5年間、私はアンタに何度も救われてきた」

 

モグリ医者「医者は患者を救うんじゃなイ。患者を救うのは あくまで患者自身の生命力ダ。医者は その手助けしかできないヨ」

 

ティアナ「そんなことを言うアンタだからこそ、私はアンタを、どんな大病院の院長より信じている! だからお願い!」

 

 ティアナは、彼に詰め寄った。

 

 

 

ティアナ「もう一度奇跡を起こして!」

 

 

 

 …………。

 医師は、後ずさるようにティアナから距離をとった。

 

モグリ医者「…………キミが言うと、ホントに奇跡が安っぽくなってしまうネ」

 

 負け惜しみのように そう言うと、モグリ医者は診察室の窓から外を眺め、それきり動かなくなった。

 キュィ、キュィ、と、彼のバイザーから音が漏れる。視力を失った彼にとって、装着したバイザーは人工的に造られた新しい目だ。あのキュィキュィというピント調節音は、生身の目なら瞳孔の散大、収縮に相当するらしい。

 瞳孔の拡縮は、人間の感情に密接に関わっていると聞いたことがある。

 それを考えると、あのキュィキュィという音は、モグリ医者の心の煩悶の音にも聞こえた。

 

 キュィキュィ、

 キュィキュィ、

 

 長い間、その音だけが診察室に響いた。

 モグリ医者の考えが まとまるまで、ティアナはタバコ4本を灰に変えた。

 そして…、

 

モグリ医者「これは、雲を掴むような話なんだがネ………」

 

 と、切り出した。

 

モグリ医者「キミは、JS事件というのを知っているカイ?」

 

ティアナ「JS事件ッ?」

 

 ジェイル=スカリエッティ事件。

 略してJS事件。

 

 新暦75年、天才科学者にして広域次元犯罪者であるジェイル=スカリエッティを主犯として企てられた都市型テロ事件であり、その規模、手口、犯行が完遂された際の被害予想などによって、犯罪史に残る大事件とされている。

 ティアナにとって、その事件は知らないわけがなかった。

 彼女自身、その事件に深く関わっていたからだ。

 スカリエッティの野望に正面から立ち向かった機動六課のメンバーとして、ティアナは たった一人で三体もの戦闘機人――スカリエッティの造り出した人造兵器と戦い、これを撃破した。

 この5年間、危ない橋を渡ってばかりのティアナだったが、あれは、その皮切りともいうべき戦いだった。

 そんなティアナの過去を知る由もなく、モグリ医者は話を続ける。

 

モグリ医者「言うまでもないが、ジェイル=スカリエッティは天才だっタ。彼の発想は世の2,3世代先を行っており、それがJS事件を未曾有の大惨事とした要因だっタ」

 

 ああ、コイツいかにも好きそうよね あーいう頭のネジの ぶっ飛んだ手合い。しかしティアナは黙って聞く。

 

モグリ医者「ガジェットドローン、戦闘機人、ロストロギア『聖王のゆりかご』……。それらはすべて彼の天才的頭脳がなければ動くことも生まれることもなかった傑作品ダ。しかし、彼は逮捕されタ。そして彼の研究の成果も、その時すべて時空管理局に接収されタ」

 

ティアナ「スカリエッティは、逮捕後の協力を拒否して、自身の研究成果には まったく口外してないって聞いたけど…?」

 

モグリ医者「彼の研究成果は、彼の脳内にだけ収められるものではないヨ。彼の研究室、彼の完成作品、彼の叡智は形を成して、彼の外に溢れ出してイル。それらはミッドチルダの凡俗にとって、黄金に等しいオーバーテクノロジー。…こんな話もあるんだヨ?」

 

 JS事件当時、スカリエッティ本人を逮捕した管理局執務官は、自爆プログラムの作動したスカリエッティのアジトから逃げ出さず、その崩落を全力で止めたという。自身まで生き埋めになる危険を冒して。

 

モグリ医者「それはアジトの自爆で失われる研究データを、是非とも回収したかったからダ。管理局にとってスカリエッティ氏のデータは それだけの価値のあるものだったんだヨ」

 

ティアナ「まぁアンタが そう思いたいなら それでいーけど……」

 

モグリ医者「スカリエッティ氏のデータの中でも特に秀逸なのが、戦闘機人に関するデータだヨ。人間を兵器として作り変える禁断の技術。それは人間を一から作り上げるのと同じダ、神にも等しい所業だヨ」

 

ティアナ「……結局何が言いたいのアンタは?」

 

モグリ医者「人間を一から作り出すには、その構造を解析し、理解しなければならナイ。当然 魔法的な視点からもネ」

 

ティアナ「魔法的な視点? それはつまり……」

 

 リンカーコアと魔力回路。

 アレクタが侵食されつつあるもの。

 

モグリ医者「さっきボクは、リンカーコアに関する研究はまったく進んでいないといったネ。だがスカリエッティ氏は違ウ、強力な戦闘機人や人造魔導師を完成させた以上、魔力的な素地についても人体解析は完了していたはずダ。だからこそ兵器利用できタ」

 

ティアナ「じゃあ、スカリエッティなら、アレクタを……?」

 

モグリ医者「イヤ、今 彼は次元刑務所ダ…。それよりも氏のデータを管理局が接収して5年、凡俗のヤツらでも氏の構想を解析し、有効利用に結び付けるには充分な期間だろうネ」

 

ティアナ「管理局は、スカリエッティのデータを元にして、魔力的な疾患を治療する技術を開発してるって言うのッ? ……でも、そんなの聞いたことないわよ。もし本当に存在するなら、ニュースサイトに噂ぐらい出てくるでしょうッ?」

 

モグリ医者「そうだネ、今言ったことは あくまでボクの推測ダ。スカリエッティ氏が逮捕された事実と、ボク独自のネットワークから総合して導き出した推測だヨ。そろそろ それぐらいできるだろう、とネ」

 

ティアナ「もし アンタの推測が当たってたとして、その情報を管理局が公開しないのは何故?」

 

モグリ医者「実用の目処が立ってないんじゃないカナ? どうせ人体実験とかの段階で揉めてるんだヨ?」

 

 まさに、雲を掴むような話だった。

 人間のリンカーコアと魔力回路を解析し、治療する技術。本当に そんなものが確立されていれば、アレクタの フェリックスからの侵食を止めることも不可能ではない。

 話は すべて推測の域を出ないが、それに賭けるしか手はなかった。

 

モグリ医者「でもネ、問題はまだあるヨ」

 

 モグリ医師が興奮を なだめるように言う。

 

モグリ医者「仮にミッドチルダで そういう技術が確立されているとして、どうやって その治療を受けるつもりダイ?相手はまだ公表の段階にも来ていないテクノロジー、どこの馬の骨とも わからない人間が来て『治療を受けさせてください』といって通じると思うカイ?」

 

ティアナ「………」

 

モグリ医者「研究チームにコネでもあれば話は別だケド。普通 部外者が行って受け付けてくれるわけがナイ。実現したら それこそ奇跡だヨ、だからキミも承知してクレ、この話はキミに諦めをつけてもらうために………」

 

 急遽、ティアナが立ち上がった。

 その顔に、並々ならぬ決意が漲っているのを、モグリ医者のバイザーが捉えていた。

 

ティアナ「…行く」

 

モグリ医者「行くって、何処へ?」

 

ティアナ「領事館、この街で超出力の通信機置いてるの、あそこだけでしょ」

 

モグリ医師「通信機? 通信で何処にするつもり……、ちょッ! 待って!」

 

 あとは駆け出すだけのティアナだった。

 なんとも不思議な気分だった。5年前に捨てた名が、今 無力感に打ちひしがれる彼女に救いの手を差し伸べる。

 JS事件、戦闘機人、医療、それらのキーワードによって導き出される人物が、ティアナの脳裏に浮かぶ。

 残された最後の希望。

 それに縋りつくように、ティアナは領事館に着くなり通信機のデバイスを取った。

 

ティアナ「もしもし……、時空管理局通信科ですか? 本局へ、個人へのホットラインをお願いします。通信先は、本局第四技術部主任マリエル=アテンザ。IDは457916796446。依頼人は………」

 

 ぐっ、と息を呑んでから、言う。

 

 

ティアナ「元機動六課所属、ティアナ=ランスター元二等陸士です」

 

 

   *

 

 

モグリ医者「やれやれ……」

 

 モグリ医者が、呆れたように溜息ついた。

 

モグリ医者「ホントに、彼女にかかると奇跡が安っぽくなるヨ……」

 

                   to be continued


 
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