No.133947

真恋姫無双~天帝の夢想~(黄巾騒乱 其の三)

minazukiさん

黄巾編第三話です。
火曜日予定でしたが諸事情により本日になったことを深くお詫び申し上げます。

今回はいよいよ三国の一角を占めるであろう人物が登場します。
会話ばかりの今回ですが、その辺はご了承ください。

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2010-04-02 23:15:10 投稿 / 全15ページ    総閲覧数:22938   閲覧ユーザー数:18460

(黄巾騒乱 其の三)

 

 月達を迎え入れたことで百花と一刀の周辺に今までと違った空気が流れ始めていた。

 それまで傀儡に過ぎなかった百花が連日のように朝議で参列者に意見を述べたり、妙案があればそれを採用したりと積極的な一面を見せ始めた。

 軍事に関しても一刀に一任しながらも軍議にも出席して静かに見守っていた。

 それに対して宦官達は今まで自分達が権力をほしいままにしていただけに、何も役割を与えられず、こちらも連日のように張譲の私室に集まっては権力奪還を計っていた。

 そして、そんな中で月達に続いて参内する者も現れた。

 

「曹操様が三千を率いて到着」

「袁紹様が一万を率いて到着」

「袁術様が一万を率いて到着」

「丁原様が五千を率いて到着」

 

 この他にも次々と到着の報告が齎されると百花と一刀は喜びを分かち合っていた。

 

「主だった諸侯がこれで揃ったってことか」

 

 集まった諸侯をこれからまとめなければならないという重責の中で一刀はひと時の休息を百花と過ごしていた。

 

「そうですね。でも一刀」

「うん?」

「これらの者を一刀はこれから指揮をするのです。大変だと思うのですが」

「まぁそうだね。実績もない俺の指示に従ってくれるかどうかはわからないけど、少なくとも君の呼びかけにはこうして応えてくれた。それだけで今は満足さ」

 

 一刀はいざとなれば陣頭指揮をとって諸侯に天の御遣いが虚名でないことを示す必要があった。

 自分でそんなことを思う一刀としては今だに天の御遣いと言われるのは背中が痒くてならなかった。

 

「それに百花が頑張っているし、俺も頑張らないとな」

 

 自分以上の重責を背負っている百花の苦労に比べたら一刀はまだまだ楽な方だと思っていた。

 政に関しては百花に月が協力をし、軍事に関しては一刀に詠が軍師として協力をしており、今のところは順調に進んでいた。

 それでも黄巾党の勢いが弱まることはなく、一刀の守備に徹して動かないようにという命令に従わなかった一部の官軍が討伐に向かった各地で敗北を重ねていた。

 

「こうして集まってきた以上、これ以上の負けは許されないな」

「そうですね」

 

 一刀は曹操や董卓、袁紹といった英雄達がこの洛陽に集まったことで体制を整えて反撃に出るつもりでいた。

 特に曹操などの力量を考えれば鎮圧もすぐできると思っていた。

 問題なのは一刀自身であり、誰よりも一番よく理解している実績のない自分の指示に多少でも従ってくれるかどうかだった。

 

「月達のように上手くいけばいいな」

「大丈夫です。一刀ならできます」

「そうかな?」

「はい。私は信じていますから」

 

 百花は一刀に絶対的な信頼を寄せており、一刀もまたそれに応えられるように努力は惜しまなかった。

 その結果が少しずつ芽生えてきていた。

 

「それにしても張譲達が最近、静かなのは気になりますね」

「そうだな。月達が来てくれたおかげで迂闊に手を出せないみたいだからな。こっちとしては気兼ねなく動けるからありがたいけど」

 

 それでも油断だけはできなかった。

 婚儀についても何も言わなくなってしまい、一刀としてはホッとしていた。

 

「何にしても気をつけることだな」

「そうですね」

 

 百花も危険が完全に去ったわけではないことは自覚していた。

 それだけに一刀と月達だけがいるとき以外は決して気を緩めることはしなかった。

 そこへ、扉を叩く音が聞こえてきた。

 

「失礼します。陛下、参内した者達が謁見を求めています」

「わかりました。すぐに参ります」

 

 百花と一刀は短い休息を終えて部屋の扉を開けると、そこには一人の女武官が礼儀正しく礼をとって立っていた。

 彼女は一刀が月達に頼んで百花の護衛官となったのは徐栄という者だった。

 詠曰く、

 

「命令に忠実で冷静沈着、武芸も華雄には及ばないものの十分に信頼できる」

 

 それを聞いた時、どこが問題なのだろうかと一刀が聞き返すと、

 

「一言で言えば可愛いものを見たら自分より身分が高かろうが関係なく抱きつく癖があるのよ」

 

 詠は過去、月に徐栄が仕官した時のことを思い出したのか深いため息をついていた。

 徐栄が月を見たとき有無も言わずに抱きついて頬擦りをし、詠が顔を真っ赤にさせながら必死になって引き離そうとしたが、逆に抱き疲れてしまい華雄達武官が引き離すまでそれが続いた経緯があった。

 

「よく、そんなことできたよな」

「ある意味で怖いもの知らずね。まぁ百花様にそんなことはしないと思うけど万が一のことを考えてあんたがきちんと見張っておきなさいよ」

 

 これでは護衛の意味がないのではと一刀は思ったが、口ではそう言いながらも詠が信頼できる武官であると薦めるため断らなかった。

 その忠告を忘れないように一刀は注意深く徐栄を見守っていたが、今のところはそのような行動に出る様子は感じられなかった。

 玉座の間へ続く廊下を歩いていると、徐栄が一刀に声をかけてきた。

 

「北郷様、一つよろしいですか?」

「どうかしたの?」

「そ、その、劉協様のことなのですが」

「彼女がどうしたの?」

 

 妙に落ち着きを失っているように見える徐栄を不思議そうに一刀は見た。

 

「そ、その、北郷様からお願いをしていただきたいのです」

「何を?」

「い、一度でいいですからその……何と言いますか……」

 

 頬を赤くする徐栄を見て一刀は気づいた。

 詠が問題児だと指摘する部分が今まさにそこにあった。

 

「あの~……徐栄さん」

「は、はい」

「我慢できない?」

「あ、い、いえそんなことは……」

 

 さすがに皇帝に抱きついたなどと知られれば、彼女だけではなく主君の月や同僚達に迷惑が及ぶため必死に我慢をしていたようだった。

 

(本人の了解があればいいとは思うけど……でもさすがに百花も困るだろうな)

 

 頬擦りなどをされたら百花としてはどうしたらいいのか判断に困ることぐらいは一刀も理解できていた。

 ただ、一刀としても徐栄の気持ちはわからなくもなかった。

 少し小柄な百花を抱きしめる時の温もりや柔らかさなど、言葉にできないほど素晴らしいものだった。

 それは何度も抱きしめているため一刀には自分だけの特権のような気分にもなった。

 

「一刀?徐栄?」

 

 振り返る百花に慌てて「何でもない(です)」と答える妙なところで同じ気持ちを抱いている二人。

 

「(まぁ俺からもそのうち頼んでみるよ)」

「(あ、ありがとうございます)」

 

 小声で話し合う一刀と徐栄に百花は不思議そうに顔を傾けた後、再び前に歩き出した。

 玉座の間に着いた百花は恭しく膝をついて彼女に礼をとっている参内者達の中を通っていき玉座に座った。

 一刀も百花の隣に立ち、集まった者達を見下ろした。

 

「遠路ご苦労様です」

 

 まずは百花が参内の労をねぎらった。

 それに対して参内者達は短く「ははっ」と答えるだけだった。

 

(それにしても本当に女の子ばかりだよな)

 

 一部『女の子』とは思えない成熟した女性もいたが、それとは関係なく改めてこの世界は自分の知っている世界とは随分と違うのだと思った。

 集まった者達から黄巾党の状況の報告を一通り聞き終わると、百花は突然立ち上がって頭を下げた。

 一体何が彼女にそうさせたのだろうかと騒然となる室内。

 やがて頭を上げた百花はゆっくりと口を開いた。

 

「此度の一件は私の不徳によって招いたことです。そのせいでみなにも迷惑をかけてしまいました。この通り、お詫び申し上げます」

 

 漢の皇帝たる者が彼女よりも遥かに身分も低い者達に頭を下げるなど前代未聞だった。

 ざわめきの中で一刀も驚いたが彼女の国を、民を思う気持ちが本物であり、皇帝だからと他人のせいにしないその態度に深く理解を示した。

 

「起こってしまった以上、これを速やかに鎮圧することは必定。そのためにもみなの力を貸していただけませんか?」

 

 低い姿勢での協力要請に参内者達は戸惑っていた。

 彼女達の知っている劉協という人物は積極性に乏しく、他人の言いなりでしかないと思われていたからった。

 そういう噂があったため、彼女達はしばらくの間、様子を伺うために参内を控えていた。

 

「陛下」

 

 そこへ一人の金髪の少女が声を上げた。

 

「曹孟徳と申します。陛下に一つだけお聞きしたいことがございますがよろしいでしょうか?」

「かまいません」

「では。此度の反乱を鎮圧したとします。その後、陛下はどのような国づくりをなされるかお聞きしたいのです」

 

 黄巾党の反乱などよりもその後について聞いてくる曹操。

 彼女からすれば今回の反乱などそれほど危機的状況のようなものを感じてはいなかった。

 それよりも鎮圧後の漢王朝はどうするのかと聞いてきた。

 それは見方を変えれば皇帝に対して遠慮なく文句を言っているようにも見えた。

 

(あれが曹操かあ。性別が違っても変わらないんだな)

 

 百花と曹操の対話を見ながら一刀はそんなことを思っていた。

 

「わかりません」

 

 短くもはっきりとした口調で答える百花。

 

「陛下、ご冗談が過ぎます」

「いえ、本当にわからないのです」

 

 さっきまでのざわめきが嘘のように静まり返る室内。

 それでいてどこか張り詰めていく空気が感じられていく。

 

「漢の皇帝なる御方がこれからの国づくりがわからないなどと言って、誰が陛下に従いますか?」

「たしかにそうですね。このような皇帝だからこそ民は反乱を起こしたのですから」

 

 百花は自分を責めるようにそう言葉を漏らしていく。

 一刀は彼女の代わりに答えるべきかどうか迷ったが、ここで自分が手助けをしても何も解決しないように思えた。

 対して曹操は百花に無礼極まるほど真っ直ぐ鋭い視線を向けて動かそうとしなかった。

「しかし百年先のことを考えれば、鎮圧した後の国づくりをどのようにするべきかなど簡単には決められません」

 

 百花は静けさの中でそう答えた。

 

「曹操、これが此度の反乱の中で私が導き出した国づくりです。それでも貴女は満足できませんか?」

「……」

 

 周りの参内者達も一斉に曹操に視線を向ける。

 だがそんなことで怯んでいる様子など曹操からはまったく感じられなかった。

 逆にどこか楽しんでいるように一刀には見えた。

 不意に曹操は笑みを浮かべた。

 

「失礼致しました。陛下がこの国の百年先のことまで考えているとは思いもしませんでした。曹孟徳、陛下の思い描く百年先のことのために喜んで協力させていただきます」

 

 改めて恭しく礼をとる曹操。

 百花は自分の意見を受け入れられたことに一安心をして一刀の方を見ると、彼も安堵の表情を浮かべて頷いた。

 

「他の者も協力をしていただけますか?」

 

 改めて曹操以外の参内者にも協力を要請すると誰も異論など唱える者などいなかった。

 

「それではこちらにいらっしゃいます天の御遣い様の指揮下に入っていただきます。軍事に関しては御遣い様に一任しておりますので、みなもその指示に従ってください」

 

 百花に紹介された一刀は一歩前に進み出た。

 

「皇帝陛下から一任された北郷一刀です。天の御遣いって言われているけど、実戦経験もないし不安や不満があると思うけど、この反乱を皆と一緒に鎮圧したいと思っています」

 

 台本もなくぶっつけ本番で一刀は自分の思うところを発言した。

 

(こんな挨拶でよかったのか?)

 

 そう思った理由は目の前の参内者が珍しい者を見るような視線を彼に向けていたからだった。

 事実、彼女達からすれば眩い光を放っているように見える不思議な衣服を着た一人の男としか見えていなかった。

 本当に天の御遣いなのかという疑問が彼女達の中にあった。

 

「陛下、失礼ですが本当にこの方が天の御遣いなのですかな?」

 

 曹操ではなく参内者の中で比較的年長の部類に入る丁原が疑問をぶつけてきた。

 

「もちろんです。今の私がこうしていられるのも単に天の御遣い様がいらっしゃってくださるからです」

 

 一歩ずつ前に進んでいこうとしている百花にとって北郷一刀という存在はなくてはならないものだった。

 難局にも立ち向かおうとしているのも彼がいてくれるからであり、何人たりとも彼を批判することを許すことは出来ないでいた。

 

「なるほど。失礼ながら今の陛下を見ておりますと噂とはまったく違っておりますな。されど、我々にも天の御遣いであるという証を立てていただかないことにはその指揮下に入ることはできませぬな」

 

 そうなるだろうなと一刀は思っていた。

 どこかで天の御遣いであることを証明しなければ百花の信頼にも影響を与えてしまい、今回の反乱を速やかに鎮圧などできなくなってしまう。

 

「御遣い様、何か証をみなに見せていただけませぬか?」

「証?」

 

 何かいいものがないか考える一刀。

 ありふれた物では納得などするわけもなく、だからといって手持ちのものを取り出して見せたところで信用してもらえるかどうかは不明だった。

 

(困ったなぁ……)

 周りを見渡す一刀がふとあることに気づいたのは曹操に視線を止めた時だった。

 曹操もそれに気づいたのか薄っすらと笑みを浮かべていた。

 

「そうだな。これが証だっていえるものは何もないよ。まぁどうしてもっていうならこの服ぐらいだよ」

 

 正直に答える一刀はこれで信じてくれるなんて思ってもいなかったが、他に証になるようなものが思いつかなかった。

 当然、そんなことで納得など到底できるものではなかったため、ざわめきが起こった。

 

「陛下、まことに申し訳ございませぬがこれでは従えませぬ」

「そうですわ。わたくしのように四代に渡って三公を輩出した名門・袁家の出身であれば何も問題はありませんわ」

 

 丁原ばかりか袁紹までもが否定的な態度をとったため多くの者が一刀の指揮下に入ることを拒み始めた。

 百花もここまで一刀に対して反発を見せる様子に戸惑い、一刀を援護する言葉が見つからなかった。

 

「天の御遣い様」

 

 そんな中で曹操ははっきりとした口調で一刀に声をかけた。

 

「そんな珍しい服だけで天の御遣いであると証明されても誰も信じないと思いますが、他にはないのですか?」

「ないよ。第一、俺ですら未だに天の御遣いなのかどうかわからないしね」

「なるほど。では自覚が持てるように協力をしてもいいと言ったらどうします?」

「そのときは出来る限りのことをして期待に応えられるようにするさ」

 

 そう答えた一刀に曹操は両手をあわせて礼をとった。

 

「曹孟徳は天の御遣い様に従いましょう。存分に我が力をおつかいください」

「いいの?」

「ええ。私がそうしたいと思ったからそうしたまでです。信用のために真名も授けてもいいですけど?」

 

 ここまでくれば彼女の言葉を信じるしかなかった。

 

「ありがとう。でも真名はまた今度の時でいいよ。今は黄巾党のことが最優先だからね」

「そう」

 

 短く答えた曹操。

 そして一刀に対しての不満がある丁原達も彼に賛同する曹操に正気なのかと問い詰めたくなったが、ここでそのようなことをしても黄巾党がどうにかなるわけでもなかったため、とりあえずは天の御遣いだということを無理やり認識することにした。

 

「話もまとまったみたいですね。御遣い様、これからすぐに軍議をなさいますか?」

「うん。こんなに集まってくれたからね。できれば早めにしておきたいけどその前に休憩かな」

 

 それほど時間は過ぎていないはずなのに一刀からすれば何時間もそこにいるような疲労感を覚えていた。

 

「では一刻後に軍議を開きます。それまで部屋を用意させますのでそちらで休息をとってください」

 

 それだけを言うと百花は立ち上がりゆっくりと退出していく。

 

「百年先……天の御遣い……随分と楽しめそうね」

 

 百花の後に続いて退出していく一刀はそんな言葉を聞いた。

 視線を動かすと曹操が礼をとっている中で薄っすらと笑み浮かべているのが見えた。

 

(乱世の奸雄か……)

 

 一刀の知っている曹操であれば、この先どこかで彼女と対決する可能性があると思った。

 その時、戦えば勝てるだろうか。

 百花に牙をむくのであれば全力で守らなければならなかったが、今はまだ対決する必要も敵になる心配をしても仕方ないことだと思い、目前の出来事に意識を向き直した。

 対する曹操も一刀に興味を覚えたのか、百花と一刀が去った後も笑みを消すことはなかった。

 執務室に戻った百花達は緊張感から解放されていた。

 何とか自分達の思っているように参内者達が従ってくれたことに喜びを感じていたが、同時にまだ不安要素はいくつもあった。

 

「これからが問題だな」

 

 一刀が言うようにこれからが彼が天の御遣いであることを実力で示さなければならなかった。

 

「一刀なら私は大丈夫だと思います」

「百花……」

「だから自信を持ってください」

 

 過剰な期待をされたところで上手くいくとは限らなかったが、一刀にとって彼女の言葉そのものが嬉しく感じられた。

 

「もしかしたら俺も最前線に出るかもしれない。その時はなるべく早く戻ってくるよ」

 

 一刀が黄巾党以上に心配しているのは百花であることは彼女もわかっていた。

 いつも自分のことを心配してくれる一刀に、百花はつい甘えてしまいそうになる。

 

「大丈夫です。張譲達のことも気になりますが、徐栄、それに月もいますから」

 

 一刀以外にも自分を守ってくれる者がいる安心感。

 月と徐栄が一緒にいてくれるのであれば一刀も安心はできるが、それでもまだ何か足りないような気がしてならなかった。

 

(あとで誰かに頼んでみるかな)

 

 そう思って一刀はお茶を一口呑んだ。

 

「それで討伐の方ですが」

「うん、それなんだけどとりあえず敵の中枢を叩くことを提案してみる。無茶かもしれないけれどそれが一番早く終わらせられるからね」

 

「無駄な犠牲を出さないためですね」

「うん」

 

 一刀の考えは百花にとっても大きな意味を持っていた。

 自分の治める国の民を無闇に殺めたりすればそれだけ憎しみが残り、無用な血を流してしまうことになる。

 黄巾党を壊滅させたとしても第二、第三の黄巾党が出てくるかもしれない。

 そうなれば国が滅亡するまで血が流れ続けることになる。

 

「一刀は民のことを大切に思っているのですね」

「どんなに偉くても民が作る食べ物がなければ生きてはいけない。だから飢えや争いごとから民を守るのが偉い人達の役目だと思う」

 

 それを張譲達が怠ったからこのような事態になったのだろうと一刀は思っていた。

 だがそこまで言って一刀はハッとした。

 机をはさんで座っている百花が少し辛そうな表情をしていたからだった。

 

「ご、ごめん。君が悪いって訳じゃないんだ」

 

 今の言い方では百花が民を守るという義務を果たしていないように聞き取られたと思い慌てて謝罪をした。

 

「いえ、民を苦しめていたのは私にも原因があります。張譲の言いなりになって何もしなかったのは事実ですから。でも……」

「でも?」

「今は違うと思います。一刀がいて月達がいてくれます。だから私の出来る限りのことをしたいと思っています」

 

 こうなった責任は最後まで果たす。

 それがせめてもの償いになればと百花は思っていた。

 

「でも、民以上に一刀が無事であるほうが私は嬉しいです」

 

 個人的な感情などこんな時に持ち出してきても不謹慎なのはわかっていたが、それでも一刀がいるからこそ百花はいくらでも強くなれるような気がしていた。

 この時だけは皇帝としてではなく一人の少女として百花はいたかった。

「そうだ」

 

 ふとそこで一刀はあることを思い出した。

 

「百花にお願いというというか頼まれごとを頼んでもいいかな?」

「頼まれごと?」

「あ~うん、まぁこれはある意味、百花が困ることなんだけどね」

「何ですか?」

 

 一刀は徐栄の望んでいることを話した。

 話を聞き終えると百花は困った笑顔をみせた。

 

「まぁ嫌だったら俺からそれとなく断っておくけど?」

「一度だけなのですか?」

「回数までは聞いてないな」

「困りましたね」

 

 徐栄の今までの護衛としての役目は完璧だっただけに何か褒美を与えるべきではあるが、さすがに抱きしめられるのは困っていた。

 

「まぁ悪い人じゃないしな」

「ええ。でも、私は一刀なら問題はないのですけど……」

「ん?何か言った?」

 

 声を小さくなっていく百花を不思議そうに見る一刀。

 

「あ、いえ、なんでもありません。徐栄の願いはとりあえず考えておきますね」

「了解。本人もはっきり断られるよりかはいいだろうからね」

 

 可能性がないわけでないのだから徐栄も将来の『褒美』として今は納得してくれるだろうと一刀はしっかりと伝えるつもりだった。

 

「一刀も何か褒美のようなものがいりますか?」

「なんで?俺は褒美をもらうようなことをしたかな?」

 

 徐栄ならばそれなりのことをしているために褒美をもらうだけのことはしているが、一刀自身はまだ何もしていないと思っているため褒美など必要なかった。

 

「俺は居候させてもらっているうえに、大将軍なんて位までもらっているんだ。これ以上の褒美なんか貰っていたら罰が当たるよ」

 

 自分にとって過分な待遇に一刀は少しばかり戸惑っていたが、百花のことを思えば仕方ないと受け入れていた。

 

「一刀は欲というものがないのですね」

「そうでもないよ。ただ、何もしていないのに褒美を貰うのが嫌なだけさ」

 

 何もしていない者が同じような待遇を受ければ、その者にとってそれが当たり前になってしまい堕落してしまう。

 そんなことでは国をよくできるはずもなかった。

 

「月達が頑張ってくれたらそれに見合った褒美をあげたらいいと思うよ」

「そうですね」

 

 褒美をただ与えることだけではなく、貰った者に対する気持ちにも配慮する一刀の言葉に百花もその通りだと思った。

 

「とにかくだ。軍議でしっかりと役割を決めたらこの反乱を一日でも早く終わらせるように頑張るよ」

「そうですね」

 

 百花もお茶を呑んで一刀に笑顔を向ける。

 

「それにしても今日のお茶は美味いよな」

「そうですね。私もこんなに美味しいと感じたことはありません」

 

 二人が賞賛するお茶は月が用意した物だとはこの時は気づかなかった。

 ただ疲れを癒すのには十分であり、軍議が控えてなければもう一杯、持ってきてもらおうと思うほど気に入っていた。

 そして休息が終わると二人は気合を入れなおし、席を立って集まった者達が待っている部屋へ向かった。

 軍議は始めから緊張感に包まれていた。

 わかっているだけの数を比べても黄巾党は少なくとも六十万以上、最大で百万近いとされているに対して官軍は諸侯の全兵力を合わせても五十万と負けていた。

 数では負けているが統一された指揮と兵士達の訓練度によってある程度は何とかなるだろう一刀は考えていた。

 

「それで天の御遣い様の意見はどうなのかしら?」

 

 一番に声を上げたのは曹操だった。

 曹操は先ほどと違ってタメ口に近い口調で一刀に話しかけていく。

 それは未だに彼が自分達を指揮するに値する人物かどうかを見定めているように思えた。

 一刀も特に気にすることもなかったため、軍議を続けていた。

 

「俺はこの反乱を素早く鎮圧するつもりでいる。そのためには黄巾党の本隊、この反乱を起こした者をいち早く抑えたいと思っている」

「何の考えもなくいきなり本隊を叩けると思っているの?」

「そこなんだよね」

 

 おそらく全軍で黄巾党の本隊に攻撃を仕掛ければできなくもないことだったが、それでは双方に多大な損害を出すことは明白だった。

 

「どうにかして本隊を手薄にして一気に突入をしたいんだけど」

「無理ね」

 

 一言で斬り捨てる曹操。

 だが彼女だけではなく他の者達も同じ意見だった。

 

「こっちは黄巾党の半分の戦力しかないのよ?しかも、統率が完全に取れているわけでもないわ。そんなので上手くいくと思っているのかしら?」

「だからこうして考えているんだろう?」

「ならもっとまともな策をここでいますぐ示しなさい。さもなくは大将軍の位を辞してその辺で遊んでいなさい」

 

 辛辣な言葉を一刀にぶつけていく曹操だが、その表情はさらに冷徹さが感じられていた。

 

「他に策がないわけじゃないんだ」

「ならさっさと言いなさい」

 

 催促を促す曹操に一刀はガリガリと頭を掻き、後ろに座っている百花に振り返った。

 そしてすぐに曹操達に視線を戻した。

 

「ただこれは皆の協力がなければできないことだし、誰かが勝手に動きでもしたらほぼ負けて漢王朝自体が滅亡するかもしれない」

 

 漢が滅びる。

 その言葉に幾人かがざわめいた。

 

「それは?」

「俺が直接交渉をして反乱をやめさせる」

「交渉?」

 

 一刀の策に対して曹操はそう問い直したあと、高々に笑い始めた。

 

「交渉ですって?それが天の知識を有する御遣い様の考えだなんてとても正気とは思えないわね」

「力攻めをしても余計な犠牲が出るだけだ」

「交渉に張角達が応じると思っているわけ?」

 

 それについては一刀もわからなかった。

 だが、可能性がまったくないわけでもなかった。

 

「これ以上、同じ人同士が殺しあっても何も意味なんてないよ」

「でも黄巾党はその無意味な殺し合いをしているわよ?」

「だからだよ。張角達を説得してこれ以上の反乱は誰にとっても意味がないことをわかってもらうんだ」

 

 曹操や丁原、袁紹達だけではなく月や詠、それに百花までもが彼一人に視線を集めた。

 どう考えても無茶な策に呆れる者や大将軍として相応しくないと思う中で、一刀の決意は揺らぐことはなかった。

 そればかりか、こうしなければ漢が滅びてしまうと繰り返して強調したため、百花は不安に押しつぶされそうになっていた。

「その考えをかえるつもりはないの?」

「ない。正直、これ以上に良策で被害を出さない方法があるのであれば教えて欲しい」

 

 単純に戦っても勝つことはできる。

 だが、その後はどうなるのか。

 一刀の言葉に含まれる意味に誰もが考えた。

 

「この後のことまでを考えれば自分の行動など大した問題ではないと、天の御遣い様はおっしゃると?」

 

 丁原がそれとなく確認をすると一刀は力強く頷く。

 

「無謀とは思われないのか?」

「無謀だろうね。でも、する価値はあると思う」

「……」

 

 どう考えても納得できることではなかった。

 仮にも漢の大将軍であり天の御遣いである一刀がもし正体がばれて見せしめに殺されるようなことがあればどうするのか。

 本当に考えて発言をしているのかと丁原は思った。

 ふと、後ろに座っている百花の方を見ると可哀想なほど不安な表情を浮かべて一刀の後姿を見ていることに気づいた。

 

(ふむ)

 

 丁原は皇帝と天の御遣いの関係がそれだけではなく、それを飛び越えた男女の関係に近いもののように感じた。

 

(まだまだ未熟であるけど、その気持ちはわからなくないの)

 

 長年生きている丁原にとって彼女よりも若い二人の様子を見ていると、いつまでも否定的な態度をとるのもどうかとも思い始めていた。

 

「天の御遣い様」

「なに?」

「もう一度聞きますが、その考えを変えるつもりは?」

「ない。これしか今の俺には思いつかない」

 

 両手を挙げて降参するような態度をとる一刀に丁原は鋭い視線を向けたが、すぐに柔らかくなっていった。

 

「その策に賛同するには条件がありまするぞ」

「条件?」

「儂の配下というより愛しい娘達を護衛に付けること」

「丁原さんの娘さん?」

 

 そこで一刀はふと思い出した。

 丁原がここにいるということは彼の知っている呂布と張遼がいるということになる。

 だが、娘ではないはずだが丁原は娘と言った。

 

「まぁ拾い子ですがなかなかの器量持ちであり護衛にも十分適しておりますぞ」

「でも、目立つわけにはいかないんだけど」

「ご安心くだされ。その辺りは十分に心得ておりますゆえ」

 

 丁原は二人を護衛に付けなければ賛同しないと重ねて強調した。

 

「そうね。私も同じ意見だわ」

 

 曹操も丁原の意見に賛成を示した。

 

「どうですかな、天の御遣い様?」

「断ったらどうなることぐらいはとりあえず理解できたよ。でも、護衛はその二人以外に受け付けない。それでいいかな?」

 

 妥協するところはしなければならないかと一刀は諦めて丁原の提案を受け入れた。

 それに一番安心したのは誰でもない、百花だった。

 

「それでは話がまとまったところで陽動部隊の編成をしますかな?」

「そうだね」

 

 一安心した一刀は部隊配置などを曹操達と十分に協議を重ねていった。

 それからしばらくして作戦の立案がだいたい決まったところで軍議は解散となったが、その場に一刀の他に曹操と丁原が最後まで残っていた。

 

「とりあえず紹介をしておくので二人を連れてくるのでしばし待っていただけるかな」

 

 そう言って丁原が一度退出をしていった。

 

「なんだかまだ納得してないって感じだね」

「あら、そう見えるかしら?」

「何となくね」

 

 一人残った曹操は用意されていたお茶を呑んだ後、一刀の方を真っ直ぐ見た。

 

「噂の天の御遣いがどのような人物か確かめただけよ」

「それでその評価は?」

「そうね。一言で言えば面白いわね」

「面白い?」

 

 何が面白いのかさっぱりわからない一刀。

 

「見たところ、武芸が優れているわけでも知略に優れているようにも見えない。だけど、その行動力と決断力は将としては及第点をあげてもいいわ」

「そりゃどうも」

「でも、見たところ、皇帝陛下は貴方が前線に行くことはあまり賛成ではないみたいね」

 

 一刀の無謀ともいえる行動に百花が不安になっている姿を丁原だけではなく曹操も見ていた。

 その表情は一人の女として一人の男を本気で心配しているように見えた曹操は、皇帝としての百花には呆れているものの、一人の女としてはそういう気持ちになってもいいだろうと思っていた。

 

「きっと貴方を心配しているわよ」

「でもこの方法が一番いい方法だと思ったんだ。そりゃ、彼女に余計は心配をかけさせているのはわかっているよ」

 

 それでも今回の一件を早期に鎮圧させるためにはそうするほか一刀には思いつかなかった。

 

「戦を甘く見ているなんてことはないわよね?」

「そんなつもりはないさ。俺はただ彼女が頑張ろうとしているからそれに力を貸したいだけだよ」

 

 黄巾党、宦官、漢王朝、抱えている問題はいくらでもある百花を一刀は力になりたかった。

 そのためにはどんな苦労も惜しむつもりもないし、多少の危険なことでもするつもりでいた。

 

「まぁ本物の戦を見て逃げ出さないことを祈っているわ」

「しないって」

「どうかしら」

 

 一度も戦を体験したことのない一刀にとって虚勢を張ることも大切だったが、それすら見透かされているように曹操は酷くおかしそうに笑みを浮かべていた。

 

「それにしても今まで都を守っていた軍も動かすなんてどういうことかしら?」

「それについては色々とこっちで問題があってね」

「問題?」

「曹操さんに聞きたいんだけど、宦官についてどう思うかな?」

「宦官?」

 

 そこで初めて曹操の表情から笑みが消えた。

 

「俺と皇帝陛下、それに董卓達とで宦官をどうにかしようと思っているんだ」

「どうにか?」

「うん。俺が知っている限り、彼らがいるとこの国はダメになる……いやもうダメになりかけている。そこでできればだけど穏便に彼らに退場してもらいたいと思っているんだ」

 

 都にいる軍を動かしその代わりに董卓軍を置くことで宦官達を牽制する。

 そして武力では勝てないとわからせてできれば朝廷から去ってもらいたいと一刀は思っていた。

「張譲達がそんなやり方で素直に身を引くと思っているの?」

「わからない。でも、向こうも無益なことだと悟れば引いてくれると思っているよ」

 

 一刀としては嫌っていても血を流すようなことまではしたくなかった。

 

「天の御遣い、いえ、北郷一刀」

「うん?」

「私のお爺様も宦官だったのよ」

「うん、知っている。だからこそ話しているんだ」

 

 もしかしたら張譲達に通じているかもしれないと思わなかったのだろうかと曹操は思ったが、一刀からすればそれは無用な心配だった。

 どちらかといえば対極の位置にいることを知っているだけに、一刀は自分達がやろうとしていることを話していく。

 全てを聞き終えた曹操は別に驚いたようにも、賛成をするような態度も見せなかった。

 

「そのためには味方が欲しいんだ。彼女がやろうとしていることに」

「それで私に味方になれと?」

「できればね」

 

 曹操が味方になればさらに張譲達に対して強力な抑止力になる。

 何度か頼んだが、曹操はうんとは言わなかった。

 

「味方になるには貴方を見定めさせてもらわないとダメね」

「俺?」

「ええ。陛下の覚悟はわかったわ。でも、貴方自身の覚悟のほどをもっと見たいのよ」

 

 そうしたら考えなくもないと曹操は付け加えた。

 

「安心しなさい。少なくとも宦官の味方ではないわ」

「それだけで十分だよ」

 

 一刀にとっても完全に味方になってくれなくとも、敵ではないと言う曹操の言葉は十分に信じられると思った。

 

「それにしても話せば話すほど面白いわね」

「何がだ?」

「天の御遣いだからもっと威張ったり皇帝陛下の威を借りて傲慢な振る舞いをしているのかと思ったけど、普通だったわ」

「俺は居候させてもらっているだけさ。その恩は返したいから」

 

 欲ではなく恩義を感じてここにいる。

 それだけでも曹操が興味を覚えるには問題なかった。

 

「もし陛下が嫌になったらいつでも私を頼ってきてもいいわよ。その時は今以上に充実したものを与えてあげるわ」

「まぁそれはないと思うけど、一応、好意は受け取っておくよ」

 

 否定しながらも相手の気持ちを配慮する一刀の態度に曹操は目を細めて笑みを浮かべていく。

 

「それよりも頼んだよ。曹操さん達が上手く動いてくれることは信じているから」

「そうね。百年先のために力を見せてあげるわ」

「期待しているよ、曹操さん」

 

 何に対しての期待なのか、曹操は笑いを抑えるのに苦労をしたが決して声を上げて笑うことはなかった。

 

「私からも一ついいかしら?」

「いいよ」

「噂では陛下と婚儀を執り行うって聞いたのだけど、本当なのかしら?」

「今は無理だけど、先ではどうかな」

 

 可能性があるようなないようなはっきりしない態度で答える一刀。

 これには対して期待した答えを得ようとは思っていなかった曹操もその話題はそこで打ち切った。

 

「それじゃあ私もそろそろ部屋に戻るわ」

「ああ。これからもよろしくな」

 

 そう言って手を差し出すと曹操は一瞬、目を丸くしやがていつもどおりの彼女に戻ってその手を握り返した。

 曹操と入れ替わりに丁原が二人の少女を連れて戻ってきた。

 一通りの挨拶を済ませると丁原は嬉しそうに二人について話していく。

 

「二人合わせれば万以上の軍勢に匹敵する力はありますぞ。仮に正体がばれても御遣い様をお守りするぐらいであれば問題はありませぬぞ」

「それは頼もしいね。よろしく頼むよ、張遼さん、呂布さん」

 

 手を差し出す一刀だが、一人物珍しそうに観察をしもう一人はじっと彼を眺めていた。

 

「えっと……」

 

 何の反応もない二人に戸惑う一刀に、丁原は笑いをかみ締めていた。

 

「これ、二人とも御遣い様が困っておるぞ。御遣い様、できれば普段どおりの二人の接し方をお許しいただきたいのですがよろしいかな?」

「それは別にかまわないよ。俺も対等で話す方が楽だし」

「ということだ。お主等も楽にすればよいぞ」

 

 一刀と丁原がそう言うと先に声を上げたのは張遼だった。

 

「やっぱ堅苦しい言葉は使うのは嫌やな」

「(コクッ)」

「改めて、ウチは張文遠。真名は霞や」

「えっ?」

 

 さすがに真名までこうもあっさりと言われると一刀としてはどうしたらいいのかわからなかった。

 

「あ、しもた。ついいつもの癖で真名まで言うてしもた。聞かんかったことにしといてくれる?」

「あ、う、うん。そうだな」

 

 かえって自分の方が恐縮してしまう一刀に張遼は笑顔で頷く。

 

「……恋」

 

 その傍らで呂布は短く真名を口にした。

 

「え?り、呂布さん、別に真名までは」

「恋」

「えっと……」

「恋」

「恋……さん?」

 

 張遼に比べて呂布は真名で呼ぶことを強要しているように見えた。

 一刀は丁原の方を見ると、どこか嬉しそうに頷いた。

 

「恋がこう言っておるのだから受け取っていただけませぬか?」

「本当に、いいの?」

「(コクッ)」

 

 呂布は嫌がることもなく頷く。

 

「それじゃあ、俺も天の御遣いとかじゃなくて北郷か一刀でいいよ」

「ほな、うちも真名授けるから一刀って呼んでもええ?」

「それは別に構わないけど」

 

 自分のことよりも真名の重要さをあっさりと放棄しているようにしか見えない張遼に思わず苦笑してしまう一刀。

 

「それにしても一刀ってホンマ、天の御遣いなんかいな?」

「と言われているらしいよ。だからこのところ、会う人に同じ事を聞かれるよ」

「まぁウチはそこまでしつこくないから安心してや」

「そうお願いするよ」

 

 どことなく友達感覚に話してしまう張遼こと霞に一刀は気が楽になっていた。

 対する呂布こと恋はただじっと一刀の方を見ていた。

 

「ああ、気にせんでええで。恋はいっつもこんな感じや。でもな、武芸はウチよりも上やで」

 

 霞の言葉に一刀は疑う理由はなかった。

 何といってもあの天下の飛将軍が目の前におり、しかも可愛い女の子。

 

(この子があの呂布なんだな)

 

 今の恋は物静かで本当に強いのかと思ってしまうが、戦場にでれば鬼神の強さを発揮すると思えば十分に護衛を務められるはずだった。

 

「御遣い様、一つ願いがあるのだがよろしいかな?」

「願い?」

「いやなに、この老体は今度の戦で隠居をしようと思っておりましてな、この愛しい娘達を御遣い様の傍に置いていただきたいのですが」

「傍に置くって?」

「護衛でもよし、夫婦としてでもよしということですぞ」

「夫婦!?」

 

 さすがの一刀も予想だにしなかった言葉に声が高くなってしまった。

 見た目では二人とも美少女であり十分に魅力的なものを感じさせていたがいきなり、夫婦になってほしいとは思いもしなかった。

 

「丁原さん、それって冗談……じゃあないよね?」

「冗談で言うほど若くはないつもりですぞ」

「う~ん」

 

 本気で悩む一刀に丁原は笑みが絶えなかった。

 

「でも、その二人の気持ちも考えないで勝手に決めるのはどうかと思うんだけど」

「それもそうですな。恋、霞、御遣い様と夫婦などどうかの?」

「冗談過ぎるで、それ」

「……」

 

 二人とも同じような意見のようだったため、丁原はやれやれと息をつく。

 

「まぁ一刀の護衛なら文句ないで」

「(コクッ)」

「仕方ないの。とりあえず護衛として任命していただけますかな?」

 

 何とか夫婦については回避できそうになったので一刀は護衛については了承した。

 ただし、そのことを百花にも知らせなければならなかったため、正式な任命はその後にならなければできないことだった。

 

「とにかくだ。今回は無茶苦茶危険だから危なくなったら逃げてくれてもいいから」

 

 自分のために彼女達が犠牲になることはしたくない一刀の願いだったが、恋と霞には不要なものだった。

 

「心配せんでええわ。ウチらがきちんと守るから安心してするべきことをしたらええねん」

「(コクッ)」

「二人とも……」

 

 真名を授けられただけではなく任務にも忠実にいようとする二人に一刀はいくら感謝をしても足りなかった。

 

「丁原さん」

「なんですかな?」

「二人と一緒に無事に戻ってきますから」

「頼みましたぞ」

 

 この時、丁原は一刀が無事に戻ってこられれば本気で二人を妻にしてもらおうと思っていた。

 そして血は繋がってなくても孫の顔を見てみたいという思いもあった。

 

「二人ともよろしくな」

「まかせとき♪」

「(コクッ)」

 

 一刀は改めて握手をしようと手を差し伸べると恋と霞はその手に自分達の手を重ねていった。

 それを丁原は満足そうに頷いて見守っていた。

 その夜。

 今日あったことを寝台に座って百花に報告をすると、妙に表情が暗かった。

 

「百花?」

「……」

「もしかして何か問題でもあったのか?」

 

 何をするにしても第一に彼女のことを考えてのことだったが、それでも何か不服な部分があったのだろうかと思い返してみた。

 

「なぁ何かあるなら言ってくれないか?」

「……」

 

 何を話しても沈黙を続ける百花。

 今も同じ寝台で夜を過ごしている一刀にとってこのまま眠りにつくのはどうも落ち着かなかった。

 

「百花」

「……一刀は」

「うん?」

「……一刀はどうしても自分で動くのですか?」

 

 百花からすれば一刀は自分の傍にいて欲しいと思っていただけに、最前線、それも敵の本隊に潜入して張角と交渉をするなどと無謀すぎる行動に未だに賛成できずにいた。

 だがそれを声に出して一刀を止めることが出来ず、今の時間になるまで一人で考え込んでいた。

 

「自惚れているかもしれないけど、こうするしか方法がないんだ。同じ血を流すのなら少ない方がいいからね」

「でも……一刀が危ない目に遭うかもしれないのですよ」

「そうだね。まぁ恋や霞がいてくれるから大丈夫だとは思うよ」

 

 絶対に大丈夫とは言わない一刀。

 それが余計に百花を不安にさせていく。

 

「一刀は私を置いていくのですね」

「仕方ないだろう。君を戦場に出すわけにはいかないんだから」

 

 皇帝が自ら戦場に出れば味方の士気は上がるがそれと同時に危険度もここにいるより遥かに高くなる。

 彼女に何かあればそれこそ漢王朝が滅びてしまう。

 

「私はやっぱりダメですね。私事ばかりで一刀を困らせています」

「百花……」

 

 一刀は肩を落とす百花をそっと抱きしめた。

 

「すぐに戻ってくるよ。大丈夫だって」

「……」

「戻ってきたら百花の傍にいるから。だからほんの少しだけ俺の自由にさせてくれないか?」

 

 少し力を入れただけで壊れてしまいそうなほど華奢な百花を安心させるように話す一刀。

 そんな彼に身を預ける百花。

 

「死なないでください」

「もちろんだよ」

「約束してください」

「うん」

 

 顔を一刀の胸に埋めていく百花はそれ以上何も言わなかった。

 そしてしばらくすると寝息が聞こえてきた。

 その表情は涙で濡れていたが一刀はそれを綺麗な布で拭って、彼女を寝台の上に寝かせた。

 

「大丈夫だから」

 

 それは誰に言った言葉なのか、一刀自身もわからなかった。

 ただ、彼女の元に帰ってきたいという思いだけは本当だった。

 一刀が部屋の灯りを消して眠りについたあと、外では風が吹き始めていた。

 まるで天の御遣いを戦場へ誘うように、ゆっくりと穏やかに流れていった。

(あとがき)

 

というわけで予定より遅くなって申し訳ございません。(泣)

年度末&新年度なのでバタバタしていました。

 

今回は自分でも悩みました。

華琳が出てくるのですが、どうしても敬語を使わせるのが難しく、何度も書き直しました。

それでもまだ不十分だとおもうところがあれば、それはきっと私の力不足だろうと思って反省中です。

 

まぁ次回、挽回できればいいかなと思ったりしています。

次回はいよいよ一刀が出陣します。

そして天和達と交渉するために危険の中に飛び込んでいくはずです。

また一刀達がいなくなったことで張譲達も動き出すかもしれません。

 

というわけで次回もよろしくお願いいたします。


 
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