No.128782

真・恋姫†無双~三国統一☆ハーレム√演義~ #23-1 一刀の見る夢|初めての… ~春~

四方多撲さん

第23話(1/4)を投稿です。
なんと前回から一ヶ月以上間が空いてしまいました。ああ、忘れられていなければ良いのですが……orz
【アトガキならぬナカガキ】でも書いてますが、『ハーレム』を書く覚悟を(今更)完了しました。遅っ!
果たしてお待たせした時間に見合う内容となっていますかどうか……非常に怖くもありますが、ごゆっくりとお楽しみ下さいませ!
問われて名乗るもおこがましいが、生まれはTINAMIの恋姫ハーレム。蜀END分岐アフター、二十三が『春』!

2010-03-08 00:15:45 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:37536   閲覧ユーザー数:27157

黄平元年、新暦十二月。

張三姉妹が(市井には秘密裏に)一刀の正室として迎えられた。

また、恋が懐妊。それ故の情緒不安定っぷりには一刀も戦くばかりであった。

 

錬功を始めて以来、不思議な夢を見るようになった一刀だが、未だそのことに気付いてはいなかった。

果たして一刀の見る夢は……

 

新暦新年も明けて暫し。

とある夜、後宮の大食堂……食事の為の大広間には多くの人間が集まっていた。

食堂の上座には『和』王朝の皇帝である北郷一刀が座っている。

彼の左には紫苑とその娘・璃々が。右には美羽と七乃、二人の娘・袁燿の三人が侍っている。

 

そして今晩の主役は、一刀の両隣に座る娘の二人だった。

 

「よぉし、準備出来たな。いくぞ~、せぇのっ」

『誕生日、おめでとう!』

 

一刀の掛け声を合図に、正室全員が祝いの言葉を合唱する。

 

今晩は璃々と袁燿の誕生会なのだ。

 

璃々の本来の誕生月は十二月だったのだが、年末年始における怒涛の行事準備及び進行でタイミングを逸してしまった為、新年明けて余裕が出来た今に行うこととなったのだ。

璃々は一刀の義理の娘であるからして後宮で祝い事を行うのは当然だが、一月が誕生月である袁燿の誕生会も纏めて行うことになったのは、正室の一人である麗羽たっての願いと、それに紫苑や雪蓮を初めとした幾人かの正室が同調し、一刀が快諾した為である。

 

「璃々は七歳、袁燿は一歳だね。おめでとう」

「ありがとー、お父さん!」

「あー、あー」

「ほ、北郷。済まぬな、燿まで祝ってくれるとは……」

「袁燿だって『平和の申し子』の一人さ。かしこまるより――」

「そうですよ、お嬢様。こう言う時は……(ごにょごにょ)」

 

この場では恐縮するよりも感謝の言葉が相応しいと言おうとした一刀だったが、それよりも先に七乃が美羽へと耳打ち。

 

「にゃっ!? そっ、そのようなこと……言えぬ! 言えぬぞ、七乃~!////」

「もう~。お嬢様ったら、はにかみ屋さんなんだ・か・ら♪(くねくね)」

 

(何を言わせる気だったんだ、七乃……。この主従も変わらないなぁ)

 

二人を微笑ましく見遣り、内心でくすりと笑う一刀。

七乃は美羽に耳打ちを続ける。

 

「それでは仕方ありませんねぇ。でしたら……(ごにょごにょ)」

「う、うむ。それなら……。北郷、此度は妾たちの娘の為にまで祝宴を開いてくれたこと。か、感謝するのじゃ……////」

 

段々と俯きつつも、美羽はそう言った。

 

「ああ、どういたしまして。……元気に育てよ、袁燿」

 

一歳となった袁燿は、もう壁に寄り添って立つことも出来るようになっていた。今晩の席でも座椅子(一刀・真桜共同開発品のひとつ)にちゃんと座っている。

一刀が優しく頭を撫でてやると、袁燿も「あー、あー」と言葉を返した。あと半年もすれば言葉を覚え始めるだろう。

笑みを深める一刀に、璃々が話しかける。

 

「ねえ、お父さん。そろそろ鈴々お姉ちゃんとかが限界っぽいよ?」

「へ?」

 

そう璃々に言われ、一刀が広間の下座を見ると……

 

「あう~、まだ食べちゃ駄目なのか~!?」

「お腹と背中がくっ付いちゃうよぉ~……」

「今晩の主役は璃々と袁燿なのだ。もう少し我慢しろ、鈴々、季衣!」

「ほら、季衣、鈴々ちゃん。これで涎拭いて……もう、仕方ないなぁ」

「んなこと言ったってさぁ。ご馳走を前にお預けなんて、拷問じゃんかよ~……」

「猪々子も、もうちょっと我慢してよ? 今日は美羽様のお子様のお祝いなんだから。袁家の家臣としては……」

「半分以上、元・家臣じゃんかよぉ~」

「……それは聞き捨てなりませんわね、文醜さん#」

「げ、姫!? あは、あはははは……(汗)」

 

愛紗と流琉が愚図る鈴々と季衣を宥めており、同様に三馬鹿も騒ぎ出していた。

 

愛紗はようやく安定期に入り、悪阻地獄から開放されていた。鈴々も普段の食事量に戻っている。

とは言え、悪く言えば意地汚い鈴々の性質も、それを諌める役回りになる愛紗も相変わらずだ。

 

「あはは、璃々の言う通りだな。さあ、みんな。今日はお祝いだ! 存分に飲み食いしてくれ!」

「「「いっただっきまーす!」」」

 

一刀がそう宣言すると、鈴々・季衣・猪々子の三人は猛烈な勢いで食べ始めた。

 

「わー、鈴々お姉ちゃん達、凄いねー」

「凄いのは確かだけど……璃々は真似しないように」

「ええっ、そんなのやれって言われても無理だよ~」

「……それもそうか。あ、紫苑。誰かに頼んで、恋とねねにこっちに来てくれるよう、伝言してくれる?」

「はい、ご主人様」

 

恋は悪阻で非常に情緒不安定であった為、ここひと月ほど、休職して後宮に半軟禁状態であった。

だが、『神医』華佗と『医聖』張機が協力し、『湧泉真玉』から湧き出す霊泉と各種漢方薬を調合した悪阻症状の抑制薬が先頃完成しており、この薬の服用により恋の症状は相当に改善した。

よって半軟禁状態は念の為の処置であった。

なお、この薬を最も必要としたであろう愛紗は完成直前に快癒しており、『なんと時機の悪い……』と愚痴っていたそうな。

 

本日は妊娠初期である恋に“食事を我慢させる”という、彼女にとって最大級であろうストレスを与えないよう、催しについて内緒にした上で、誕生会が始まってから呼ぶ手筈になっていた。

 

「さ、璃々。何が食べたい? 小皿に盛ってあげる」

「わーい♪ じゃあねぇ……」

「もう、ご主人様。祝いの席だからと、またそうやって甘やかして」

「いいじゃないか、こんな日くらい。まだ董白や袁燿は離乳食が限度だしさ」

「くすくす……いい言い訳が出来てしまいましたわね?」

「バレバレか~、あははっ!」

 

と、一見楽しげな祝いの席であったが。

 

「……ねえねえ、か~ず~と~。今日はお祝いの席なんだし、ちょっとくらいいいでしょう~?(どよ~ん……)」

 

暗いというか、暗雲をイメージさせる雰囲気を纏って話しかけて来たのは雪蓮だった。

その後ろには星、桔梗、霞、祭の四人も控えている。

 

「ええい、呑兵衛勢揃いか! 駄目です。なんと言おうと今日の席は完全禁酒!」

『そんな殺生な~!』

 

一刀の断言に悲鳴のように声を上げる五人。ついでに、こっそり紫苑も残念がっていた。

 

なんと今日の誕生会では、一切アルコールの類が用意されていなかったのだ。加えて持ち込みも厳禁という徹底っぷりである。

その理由はと言うと。

 

「雪蓮。何度でも言うけど、酒はお腹の子に凄い悪影響があるんだ。そりゃ、雪蓮から酒を取り上げるなんて可哀想だとは思うけど、これもお腹の子供の為だよ。分かってくれ」

 

つい先日のこと。とうとう雪蓮も一刀の子を身籠ったことが判明したのである。

恋のように不安定になった挙句、最悪“暴走”するのではとこっそり恐れていた一刀だが、幸い雪蓮の悪阻の症状は大したことはなく、霊泉(温泉)の効力だけで十分健康を維持出来ていた。

 

しかし困ったのが、雪蓮の飲酒習慣であった。

一刀が語った通り、母体のアルコール摂取は胎児に大きな悪影響を及ぼす。特に妊娠初期においての飲酒は奇形や自然流産の原因となることがあると言われる。

出産まで禁酒するとなれば最長で約九ヶ月も酒を断たねばならない。酒を嗜むようになってよりこの方、禁酒したことなど一度とてない雪蓮にとって、血族である蓮華や小蓮、親友たる冥琳は勿論、傍目から見てさえも途方もない話であった。

 

しかし過度なストレスも同様に悪影響があると聞いたことがあった一刀は、一先ず安定期に入るまでを完全禁酒とし、以後は飲酒量の上限を厳守させる前提で解禁する心積もりだった。

当然その旨、雪蓮にも伝えてある。というか、我慢出来なくなって一刀に『酒をくれ~』とねだりに来る度に言い聞かせている。

 

しかし宴とは言え、完全禁酒中である雪蓮の目の前で他の誰かが酒を呑んでは、正にオアズケ(もしくは、エサを前に“待て”の掛かった犬)状態。雪蓮のストレスは相当溜まるだろうし、禁酒を破ってしまう可能性もある。

ということで、今回の誕生会では一切のアルコール類が撤去されているのだ。

 

「……うぅ……はぁ~い……」

 

暗雲を背負ったまま、とぼとぼと退散する雪蓮プラス呑兵衛四人。

 

「はぁ~、とんだとばっちりじゃわい……」

「まー、しゃーない。流石に禁酒中の雪蓮の目の前で呑む訳にゃいかへんやろ」

「そうじゃのぅ。わしらは私室に戻れば呑むことも出来るが……」

「全く。雪蓮はまだまだ暫くは禁酒であるからな。しかし、主の子を身籠ることにこのような難題が待ち受けていようとは……」

「……のう、桔梗よ」

「どうされた、祭殿?」

「紫苑めは璃々を身籠った際、確と禁酒しておったのか? 正直、堅殿のときはどうだったか覚えておらんでな」

「……常に傍にいた訳ではありませぬが。産婆や旦那様から言われて、相当我慢しておりましたな」

「そうか……。いや、これは星の言う通り、とんだ難題が待っておったものじゃのう……」

 

 

「うわぁ~~ん! お酒呑みたいよぅ~~!」

 

 

そんな雪蓮の叫び響く、『平和の申し子』二人の誕生会であった。

 

(ご主人様……っと繋が……)

 

また、眠りへ落ちていく一刀の意識に語りかけられる言葉。

 

(この声……ということは、また“現代の夢”に……?)

 

(……頑張って……ご主人様……)

 

以前よりもはっきりと聞こえる、野太い声。

 

(……俺を“ご主人様”と呼ぶってことは……戦乱時代の知り合いなのか……?)

 

該当する人物を思い出そうとした一刀だったが、意識が急速に白くなっていった――

 

 

……

 

…………

 

 

気が付けば、一刀は現代にいた頃の祖父宅の庭に立っていた。

今回は初めから身体は自由に動かせるようだった。

 

(あー、やっぱこの夢か。それにしても夢とは思えない、この現実感……何かの妖術でも掛けられてるのか、俺)

 

腕を組み、思案する。

色々と思い出そうとすると、現在の日付から昨晩の夜伽の相手まで、確と思い出せた。

 

(うん、記憶は問題ないな。となると、あの“声”の持ち主が俺を此処――“現代の夢”に送り込んでいる、と考えるのが妥当かな? 『頑張って』、と言われた気がするし……。知り合いにあんな声の人、いたかなぁ……すっげー印象的な声だったから、忘れたりはしないと思うんだけど。そもそもこんなことが出来そうな知り合いって、管輅さんくらいしか思い当たらないんだよな~)

 

更に思い起こしてみると、目を覚ましたとき夢の記憶が残っていないこと。夢での怪我が“現実”でもそのまま残っていたことを思い出した。

 

(確か……年末頃だったか。目を覚ましたら膝の怪我をしていたことがあったな……。確か、夢で“立ち方”の修行して、膝を相当擦り剥いてたはず。目を覚ますと記憶が残ってないから、どうにも役に立つのか不安だけど……怪我が現実に反映されるなら、身体が技術を覚えてる可能性は低くはないんじゃないか?)

 

「おう、一刀。何をぼさっとしてやがる。修行始めんぞー!」

 

思索に耽っていた一刀に、祖父にして(此処における)剣術の師匠である孫十郎が話し掛けて来た。

 

「あ、ああ。爺ちゃん。……ところで今日は何月何日で、今何時?」

「あ? オメエ、もうボケたのか」

「九十近い爺ちゃんに言われたくないっつの。単に寝ぼけてるだけ」

「自分で寝ぼけてるとか言ってりゃ世話ねえぜ、ったく。今日は一月の十五、時間は……八時過ぎくらいじゃねえか?」

「……そっか、あんがと」

 

(日付にズレはなし、と。此処……“現代の夢”の中に来れば、過去に見た夢の記憶も戻る点からも、やっぱ現実と繋がってる可能性は高そうだ。よしよし)

 

皇帝となったことで、いつ刺客を仕向けられるか分からない一刀にとって、この夢での修行は正に天の助けと言えた。

時間が夜ではなく朝なのは疑問だったが、考えても答えが出るはずもない。すぐに一刀は思考を切り替えた。

 

「うっし! 今日もお願いします!」

「おー、気合入ってんな。そんじゃまあ、始めっか。まずは身体をほぐしな」

「うっす!」

 

言われた通り、準備体操やストレッチで身体をほぐす一刀。

ところが、その様子を見ていた孫十郎の眼がぎらりと光った。

 

「――ああん? 一刀……オメエ、ガキの頃より随分身体が固くなってやがんな?」

「あー、そうかも。ここ二年くらい、碌に柔軟した記憶がないや……」

「おいおい、柔軟性は武術家の基本だぜ。こりゃ“立ち方”の修行の前に柔軟だな。……特別サービスで、オレが手伝ってやるよ」

 

にやりと笑む孫十郎。

 

(このジジイ……絶対ドSだ!?)

 

 

「いだだだだだ!! ギブ! ギバーップ! ギバーップ!!」

「年食ったせいか、最近横文字に弱くてな~」

「このクソジジイ~~!! てめえ、英語と中国語はぺらぺらだろうがぁぁぁぁ!!」

「誰がクソジジイだ、おらぁ!!」

「ぎゃあぁぁぁぁぁ!!?」

「ったく、すっかり固くなっちまいやがって。これからは修行の前にまず徹底的に柔軟だな」

「(ぷしゅ~~~~)」

「おらぁ! しゃきっとしねえか!」

「いででで……体中の関節をへし折られるかと思ったよ……」

「馬鹿言え。首、肩、腰、股、膝、肘、手首、足首。どれもこれも運動の要になる部位ばかりよ」

「……結局、全身じゃん……」

「やかましい。これで準備は完了だ。こっからが本番だぜ!」

「オス!」

 

と気合十分、“立ち方”の修行へと臨んだ一刀だった。

 

が。

 

そう簡単に技術が身に付く筈もなく。

昼食を挟み(祖母が握り飯と漬物を差し入れてくれた)日が沈んでなお続いた修行は、一刀の意識喪失で幕を閉じた。

 

……

 

…………

 

 

ぱちり。

一刀は寝台に横たわり、天井を見上げている自分を自覚した。

 

(……夢、か……。はっ! き、記憶が残ってる!?)

 

がばりと身を起こす。身体の彼方此方に痛みや疲労を感じるが、頭だけはすっきりと晴れ渡るかのよう。

 

(えっと。誰だか分からない声に導かれて。“現代の夢”で、爺ちゃんに稽古つけて貰って……。あ、あれ?)

 

ところが、夢での出来事、稽古を思い出そうとすると、途端にイメージがぼやけていく。

 

(くそっ、曖昧にしか……。いや、でも夢を自覚出来るようになったってのは大きいぞ! もし、段々と記憶を鮮明に残せるようになれば、“現代”の知識を夢の中で仕入れることが出来るようになるかも!)

 

現代――彼が元いた時代ならば、インターネットという強力な情報収集手段がある。

そうなれば、これまでも数々の発明品を再現してきた、一刀の『天の知識』と真桜の技術開発力のコンボが、より多様化する可能性が見えてくる。

 

(起きると夢の記憶が曖昧になるのは、普通の夢と同じなのか? よし、これからは枕元にメモ出来るように準備しておかなきゃな……!)

 

武術習得のみならず広がる可能性に、朝から興奮気味の一刀。

 

 

その後、一刀は自身の状況を調査しようと、麗羽の蒐集した文献を調べさせたり、唯一の心当たりである自称『大陸一の占い師』管輅を招致する為に各地へ伝令を出したりしたものの、結局芳しい結果は得られなかったのだった。

 

黄平二年、二月の『頂議』が玉座の間にて粛々と進められている。

 

「――以上の観点から、ご主人様よりご提案のあった『火葬』は、大きな反発が予想され、現実的でないと思われます」

「そうか……。技術面は真桜のお陰で何とかなったんだけど。儒教だと『火葬』は身体を破損する扱いになっちゃうのかぁ……」

「そんなことも知らないの? 汚らしい液体出すばっかりで、脳味噌空っぽなんじゃない!?」

「うーん、俺が居た国は『火葬』が基本だったからさ。拒否感とか分からないんだよ。俺自身は無宗教家だしね」

「……桂花さんの嫌味は完全無視ですね、ご主人様……」

「この鈍感男……! あ、そうよ!」

「お、妙案?」

「ふふん、『天の御使い』が『火葬』されれば、貧富関わらず国民に浸透するかもよ? くっくっくっ……」

「……俺に死ねってことじゃん……そりゃないよ、桂花……(がっくり)」

「ふん! とにかく、儒教を国教とするなら『火葬』は難しいと思いなさい」

「国教か……今のところ、特に定めてはいないんだよな?」

「はい、ご主人様。ただ、『和』王朝は漢王朝から禅譲されたという経緯もありますので……今のところ、儒教を基本とし、道教も黙認する、という漢代の形式そのままになっています」

「何にしても、『火葬』を基本とする仏教はまだ殆ど広まってないのかぁ~……」

「そうなります。官僚や官吏の殆どは儒学者ですし、いきなり『火葬』は難しいかと」

「病気とか怖いんだけどなぁ……。でも戦争と疫病を防いで墓地を限定すれば、それなりに安全性は確保出来る、かな……」

 

一刀、朱里、桂花の三人が葬儀方法について議論を交わしていた。

 

まだまだ凍えるような寒さの続く洛陽では、次々に凍死者の報告が上がってくる。ここで問題になったのが、葬儀方法だった。特に流民はようやく戸の登録が済んだばかりという者達ばかり。為政者としては死体の処理は様々な面から大きな問題となりかねない。

一刀は、この半月で“現代の夢”から仕入れた知識から、衛生面などを理由に『火葬』を取り入れたいと計画した。

しかし、中華の基本理念である儒教は、葬儀方法が『土葬』であり、肉体を毀損(きそん)することを忌避する故に『火葬』など以ての外、というスタンスなのだった。

 

 

「うーん……どう思う、華琳?」

「(ぼー……)」

 

皇帝を除く、政権最高権力者。丞相である華琳に一刀が尋ねたのだが、当の華琳は上の空。

 

「か、華琳様? 如何なさったのですか?」

「(ぼー……)」

 

桂花の言葉にも反応しない。

これは仕方ないと、一刀が玉座を立ち、わざわざ階段を下りて華琳の肩に手を置く。

 

「華琳!」

「――あ、はい。ご主人様……ハッ!?」

 

ピキッ――

 

確かに一刀はこの広間に緊張の糸が張られた音を聞いた。

 

「へぇ~、華琳さんが“ご主人様”って呼ぶのって新鮮~」 とお気楽な桃香。

「…………」 といつかの夜を思い出したか、僅かに赤面しつつも、じっとりとした視線を送ってくる蓮華。

「うふふふふ……ご主人様?」 と怪しく笑う朱里。

「ほおぉ……」 と顎を撫でつつも、黒い気配を背負う冥琳。

「じぃぃぃぃ…………」 と帽子の鍔からこっそり(と本人は思っている)睨む雛里。

「ご、ごしゅじ……(ごにょごにょ)」 とどこか羨ましげに呟くも、きりっとした目がいつも以上に怖い亞莎。

「あ、あんた……とうとう華琳にまでそう呼ばせてる訳……?」 と怒りか呆れか、眼鏡の奥の瞳を細める詠。

「ふーむ。これは意外と盲点でしたねー。“ご主人様”、ですかー」 と感心した様子の風。

「むぐぐ……(旧蜀勢以外が言うとイラッとくるのです……!)」 と内心が唸り声となって洩れる音々音。

 

そして。

 

「どっ、どっ、どういうこと!? 返事如何によっては本気で『火葬』するわよ、この出涸らし男!!」

 

叫びつつ、桂花が一刀の襟首を両手で掴み、前後に揺さぶる。

なお、雪連・愛紗・稟・穏は(妊娠による)休職中の為、この場にはいない。但し、桃香は悪阻症状がほぼ無いこともあり、本人の希望通り、限定的ではあるが休職せず、暫くは出仕を続けることになっていた。

ともあれ、愛紗と稟がいなかったのは一刀にとって僥倖と言うより他ないだろう。

 

「あ~、その~、なんと申しましょうか~……」

 

非力な桂花の揺さぶりは何ということもない一刀だったが、精神的には十二分に揺らされていた。

ようやく事態を把握したか、華琳が桂花を抑えに口を開いた。

 

「こほん。落ち着きなさい、桂花」

「で、でもぉ!」

「ちょっとした余興だったのよ。……会議中だというのに、ぼうっとしてしまってごめんなさい」

「うー……うぅー…………はい……」

 

渋々一刀の襟を手放す桂花。

華琳が謝罪したことで、その他の面々も一応の落ち着きを取り戻す。

 

(ふぅ~……。助かった、か?)

 

一刀が危機が過ぎ去ったかと内心で溜息を吐いた、そのとき。

 

「ね、ね、華琳さん! “ご主人様”って呼んでみて、どうだった?」

 

一刀の懸念など露知らず、そう無邪気に尋ねたのは桃香だった。

 

(桃香やめてー! お願いだから蒸し返さないでぇ~~~!!)

 

「偶に違う呼び方すると新鮮だよねぇ。私も麗羽さんを真似て“一刀さん”って呼んだことあるんだけど、何だか凄いドキドキしちゃったもん♪」

 

一刀の内心の叫びは当然届く訳もなく、会話は再開続行。

 

「そ、そうね。確かに新鮮ではあったわね。……先刻も言ったけれど、飽く迄も余興よ? そこのところは勘違いしないで頂戴」

「……相変わらずの意地っ張りだな、華琳」

「何か言ったかしら、冥琳!?#」

 

詰め寄った華琳に対し、肩を竦めるだけの冥琳。

 

「まあまあ、華琳さん。でも“新鮮さ”って大事なことだって、ご主人様も言ってたでしょ? えっと、ま、ま、ま……。何だっけ、雛里ちゃん?」

「あわ!? ええっと……た、確かご主人様は『マンネリ』と仰っていたかと」

「まんねり、ですか?」

 

直属の上司である尚書令・雛里の口から出た耳慣れない響きに、亞莎が聞き返す。

 

「うん。同じことばかり繰り返して慣れたり飽きたりしちゃうことを指す天の言葉だよ。穏さんも、夫婦生活において“慣れ”は“倦怠”に繋がる怖いものだって言ってたし。だから、“新鮮さ”を感じるのって良い事なんだって」

『…………』

「冥琳さんは別の呼び方とかしたことないですか?」

「(……これまた直球だな……)」

「(そ、それが桃香様の長所であられますので……)」

「……そうだな。旧呉勢の者は穏の影響もあって“旦那様”と呼ぶことがあるな」

「だっ、“旦那様”でしゅか!? はわわわわわ……////」

「落ち着きなさいよ、朱里。確かに穏がこの馬鹿をそう呼んでたことあったわね……。ぶっちゃけ恥ずかしくない?」

「あぅ~……////」

「恥ずかしいなら呼ばなければ良いではないですか……ねねには分かりかねるのです」

「で、でも……別の方がそうお呼びしていて、一刀様が喜ばれているのを見ると、自分も頑張ってみようと思うんです……」

「「…………」」

 

亞莎の素直な言葉に押し黙る詠と音々音。どこか彼女の素直さを羨んでいる様な、そんな表情である。

 

「亞莎ちゃんは一途ですねー」

「はぅ~~……////」

「ふぅむ。今度は風もお兄さんを“ご主人様”と呼んでみるとしましょうか。旧魏勢の大半はお兄さんを姓名で呼ぶか、“兄”と呼んでいますからねー」

「……言われてみると、あんたと季衣と流琉、三人して“兄”扱いなのよね……。っていうか、風」

「何でしょー、詠ちゃん?」

「鈴々もそうだし、季衣や流琉はまだ分かるんだけど。なんであんたまで“お兄さん”なんて呼んでる訳?」

「ふっふっふ。古来より、男というものは自身より“弱い”存在にコロリと転んでしまうものなのですよー(にやり)」

「わっ、ワケ分かんないわよ!?」

「(成る程……流石は音に聞こえし程昱殿……! やはり風ちゃんは侮れません……!)」

「(そ、そうだね……まさか、そこまで考え抜かれた“お兄さん”の呼称だったなんて……!)」

 

妙なところで恐れ戦く『伏龍』と『鳳雛』。

だが実際のところ、風の一刀への“お兄さん”は「ようよう、そこ行くお兄さん」的意味の男性全般に対する呼称で、自身を妹分とする鈴々ら三人の“兄”の呼称とは全く別物なのだが。

今の風の一言は、要するに他の正室への牽制……ハッタリだったという訳だ。そういう意味では流石、と言っても良いのかも知れない。

 

「旧蜀勢の者は、元より“ご主人様”と呼んでいるからな。寧ろ名で呼ぶことの方が特殊な訳だな」

「はっ、はわっ、はわわっ、はわわわっ……お、お名前ででしゅか!?////」

「か、か、か、かず、かず……(ぷしゅ~~)」

「ボクはそもそも“ご主人様”なんて気色悪い呼び方してないわよ!?」

「ねねもなのです!」

「そうなの? じゃあ今度呼んであげたらいいんじゃないかな。きっとご主人様も喜んでくれるよ。ね、ご主人様?」

(そこで俺に振らないでぇ~~!)

 

「ま、まあ普段と違う呼び方をされると新鮮に感じるのは確かだよね」

 

と内心動揺しつつも、当たり障りのない意見を述べる一刀。

 

「だ、だ、だ……」

「……蓮華?」

「だっ、だったら!」

「は、はい!?」

「だったら、その……一刀は“ご主人様”と“旦那様”のどちらがいいの!?」

 

ここまで沈黙を保って(赤面し続けて)いた蓮華からの突如の質問。

 

「あ~、え~っと……」

 

一刀は周囲の視線が自身に集中しているのを感じていた。

 

(……ヘタなことは言えない状況だよな、コレ……)

 

「そ、それはホラ。“普段と違う”のが重要な訳で。その娘が普段、俺をどう呼んでるかによるんじゃないかな?  さ、さあ~、そろそろ議題に戻らないとね?」

 

とまたしても当たり障りない方向で逃げた上で軌道修正を図る一刀である。

 

「またそうやってどうとでも取れる言葉で……! で、でも、確かに……今は会議中だったのだし……」

「まあまあ、蓮華ちゃん。時間は一杯あるよ。両方試してみたらいいんじゃないかな?」

「あ……そ、それもそうね。ありがとう、桃香」

 

一刀の言葉には明らかに納得していない蓮華だったが、桃香の一言に得心がいったようだ。

 

「(桃香、ナイスフォロー!) じゃあ会議を再開しよう。いいよね、華琳、桂花」

 

一刀が二人を見遣るが、目に映ったのは。

 

「(ぶつぶつぶつ……)」

 

爪を噛みながら何やら呟く桂花の姿と。

 

(ぼー……)

 

またしても上の空の華琳だった。

 

「(……なあ、みんな。桂花は仕方ないとしても、華琳のコレはちょっとおかしくないか?)」

「(そうだね……華琳さんなら、多少疲れててもこんな姿は見せない気がする)」

「(これは、もしかすると……もしかするのではないか?)」

「(……冥琳さんも、そうお思いですか……?)」

「(わ、私も朱里ちゃんと同意見です)」

「(ええっ! も、もしかして……そうなんでしょうか?)」

「(どゆこと?)」

 

冥琳、朱里、雛里は同じ意見、亞莎も思い当たったらしい。

 

「(つまり……華琳もお前の子を身籠ったのではないか、ということだ)」

「「ええっ!?」」

 

一刀の質問に代表して冥琳が答え、一刀と桃香が驚きの声を上げる。

 

「今。聞き捨てならないことが聞こえたんだけど(ゴゴゴ……)」

 

と、いつの間にか桂花が近寄って来ていた。

 

「い、いや、まだそうと決まった訳では……(汗)」

「問答無用! ねね、やっちゃいなさい!」

「お桂の頼みとあっては仕方ないのです! 喰らえ、ちんきゅーきっく『改』!!」

 

仕方ないと言う割に満面の笑顔で音々音が駆け出す。

無論目指すは、玉座から降りて来ていた一刀。桂花と音々音を交互に見てあたふたしていた一刀は、距離が近いこともあって反応が遅れた。

音々音はその隙に走り寄り、助走から飛び上がりざま、踵を突き出すようにして一刀の水月(鳩尾)へと深々と蹴りを打ち込む。

 

「ごへっ!?」

 

急所を打ち抜かれ、一刀はその場に膝を付いた。

 

「どうです! これぞ人体急所を打ち抜く新技! ちんきゅーきっく『改』なのです!」

「よくやったわ、ねね!」

「げほっ……そ、その努力は別の方向に向けてくれ……」

『…………』

 

「ま、まあとにかくだ。華佗か張機に診察してもらうとしよう」

 

冥琳の提案に(一刀・華琳・桂花・音々音を除く)周囲の者は頷いたのだった。

 

 

果たして華琳は身籠っていた。

穏やかに微笑む華琳。喜びを隠し切れない一刀。笑顔を深める桃香。祝福を述べる皆々。

 

そんな中、桂花だけが複雑な心中をそのまま表情に表していた……。

 

一刀は今日もまた“現代の夢”を見ている。

 

“現代の夢”を見る頻度は日毎確実に増えていき、二月下旬には毎日のように見るようになっていた。

また、夢の記憶をより鮮明に現実で思い出すことが出来るようにもなった。

 

夢の記憶を現実で思い出すことが出来るようになって、一刀が夢の中でまず確認したことは、ネット環境だった。

現代においてネット環境の有無は、情報収集するに当たり非常に大きなファクターである。

結論を言えば、母屋にはパソコンが一台設置されており、しっかりとインターネットにも繋がっていた。

これ幸いと、一刀は夜まで修行した後、就寝までネットでの勉強に充てた。現実には記憶しか持って帰れない。その為、現実で使えそうな情報を暗記してから寝るようにしたのだ。

 

このひと月で分かった“夢のルール”はそれ以外にも幾つかある。

 

夢は必ず朝から始まるということ。大体午前八時前後のようだ。

夢は一刀が意識を失うと覚めること。これには眠ることも含まれる。夢の中で眠ると現実で目を覚ますのだ。

祖父と祖母、そして一刀以外の人間は存在しないらしいこと。父や母、友人にも連絡を取ることは出来なかった。ネット上でも掲示板やブログなどの最終更新はバラバラで、一切更新されず、メールの返信等もなかった。

『氣』を発することは出来ないこと。ただ、『錬功』の結果であるスタミナなどは向上した状態のままだと一刀は感じていた。

 

そして、夢へと導かれる際、自身を“ご主人様”と呼ぶ声が応援してくれることだった。声は随分とはっきり聞こえるようになったが、会話が出来る訳ではなかった為、声の主が誰なのかは今以って分からないままだったが。

 

 

 

夢の中でも日は暮れる。

“立ち方”の修行にも慣れたからか、意識を失うことなく一日を終えた一刀。

祖母の振舞う夕飯……日本食の味の懐かしさに泣きそうになりつつも平らげ、現在は祖父宅のパソコンの前で、画面を食い入るように見入っていた。

 

「うーん、科挙かぁ……準備が大変そうだけど、導入する価値はあると思うんだよな……華琳は賛成してくれるだろうけど、まーた有力者を敵に回すことになるよな~。つーか、その前に学校作らないと駄目じゃん。でも民の大半の子は学校なんて来てる余裕ないだろうな……有力者子息オンリーになっちゃうなぁ」

 

「あー、鉄砲なぁ……真桜なら作れるだろうけど、技術が流出したら逆にまずいし……。ん? 待てよ、そう言えば……三国会談で花火を見たような……それってヤバイんじゃ……?」

 

「おっ、大運河か。これはいいな。時代は……隋か。なら技術的にも何とかなるかも……。何々……ははぁ、性急過ぎた工事で、か。成る程成る程。かなり国庫が潤わないと無理だけど、いつかはやりたいな」

 

「唐代くらいの政治制度なら導入出来ないかな? うーん、ウチってなんだかんだ言って軍事大国なんだよなぁ。中央と地方を纏めて管理出来るようにしないと、万一クーデターとか起きると内紛になっちゃうよな。軍部だけでも纏められないかな……それなら最悪、無血革命で済むかも知れないし……俺はどうあっても殺されるけど」

 

「この時代って、日本は弥生時代か……あー、魏志倭人伝って習ったっけな。魏に朝貢したって話だし、華琳なら知ってるのかな? あの世界に卑弥呼とかいるのかな~」

 

 

「おやすみなさーい……」

 

こんな調子で使えそうなネタをメモ帳に書き込み、寝る前に暗記する。

 

(く~、暗記力の無さがこれ程恨めしいと思ったのは……現代にいた頃はテストの度に思ってたか……)

 

 

……

 

…………

 

 

目を覚ませば、その天井をみて、現実へと帰還したことを悟る。

 

がばっ!

 

「忘れないうちにメモメモ……!」

 

一刀は枕元に置いておいたメモ――筆、墨、硯、竹簡のセット――に、夢の中で暗記した事項を書き込む。これは既に彼の日課となっていた。

 

(色々調べてるけど、先進的過ぎてもこんな古代じゃ役に立たないし。難しいとこだよな~……さぁて、起きるか!)

 

 

こうして一刀は“古代の現実”と“現代の夢”を行き来し続けたのだった。

 

二月の初頭にて華琳の懐妊が判明した。

それ自体は喜ばしいことだったのだが、ひとつ大きな問題があった。

この時点で、帝国官僚の最上位である上公と軍部最高武官である大将軍の合わせて四人が休職となってしまったのだ。つまり、皇帝を除く最高権力者らが現場から離れたということだ。

 

『和』王朝はとにかく庶民を優先した政策を採り続けている。

逆に言えば、漢王朝時代や群雄割拠の戦乱時代に既得権を得ていた官僚や豪族からその利潤を削り、民衆へ分配したとも言える。

故に彼は、そういった権力や財力に拘る上流階級からは相当に恨みを買っている訳だ。恨みとまではいかなくとも、不満があるものはそれなりにいるということだ。

皇帝・一刀を中心に、ここまでは中央集権化して磐石たる支配力を発揮していたからこそ、表立っての異論は出ていない。

 

だが、ここで隙を見せればこれまで築き上げてきたものが一気に瓦解する可能性は十分にあった。

 

勿論、一刀の仲間達――殆どが彼の正室であるが――は彼を支え続けようと、誰もが決意していた。

丞相・華琳、大司馬・雪蓮、大将軍・愛紗が復帰すれば、他の者が産休となっても帝国の支配力は揺ぎ無いものになるだろう。故に彼女たちの出産までが正念場であると誰もが考えていた。

 

しかし。

 

ここで活躍を見せたのは、他ならぬ皇帝・北郷一刀自身だった。

 

日が昇り始める頃には執務室に入り、凄まじい集中力と速度で諸事を片付けていく。

その様子は、稀代の天才、治世の能臣と謂われた曹孟徳、或いは内政においてすら神算鬼謀を誇る『伏龍』諸葛孔明を彷彿させる程であった。

一刀は休日すら返上し、寝る間を惜しんで政務をこなした。

 

 

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司徒(民事を司る三公。『和』王朝では丞相の補助役でもある)の執務室を訪れた一刀。

その姿を見て、部屋の主である朱里が立ち上がり礼を取りつつ声を掛ける。

 

「はわわっ、ご主人様! わざわざご足労戴かなくとも、お呼び下されば……」

「お邪魔するよ。いや、どうも誰かを呼び出すってのは性に合わなくてさ。それで朱里、冬季の凍死者の予想数は出たかい?」

「は、はい。二月一杯で恐らく二千人前後かと……」

「……そうか」

 

朱里もまた一刀とは長い付き合いである。表情こそ変わらなかったが、彼が内心に大きな悲しみを封じたのを察した。

だからこそ、愛しい主が心痛めているのを黙って見てはいられなかった。

 

「あ……。ど、どうか落ち込まれないで下さい、ご主人様。慰めにならないことは承知の上で申し上げますが……。

 現在の洛陽の人口は既に二十万を優に超えています。これは元々の洛陽県の人口と同規模という膨大なものです。

 しかもその二十万のうち、この半年で居住して来た貧民層が半分以上を占めています。

 冬の寒さ、凍死の脅威から貧民層の庶民の皆さん全員を守ることは出来ませんでした。それが現実です。

 ですが、これ程までに犠牲者を抑えることが出来たのは……確かにご主人様が発案された『洛陽拡張計画』と、宮殿建築を後回しにして市街構築を優先したあなた様のお力なのです!」

 

事実、彼の方策が少しでも遅れれば、凍死者数は五倍、十倍……天候次第では最悪それ以上にも膨らんでいただろう。

朱里の必死な言葉。それは確かに一刀の心に届いた。

 

(ああ、そうだ。悲しさも悔しさも呑み込んで……俺はみんなと“先”を見なくちゃ、な)

 

「――ありがとう、朱里」

 

一刀は感謝の言葉とともに、朱里の頭を軽く撫でた。

 

「い、いえ! こ、こりぇくりゃいは……////」

「よし、気を取り直して……。この市場整理の予算報告だけど。ここ、もう少し削れると思わないか?」

「はっ、はい! ……そうですね。恐らくかなり余裕を見た結果の額だと思われますが……確かに多いですね」

「『洛陽拡張計画』との兼ね合いも見て、桂花、雛里と相談して欲しい。必要になってから請求するってことで、臨時予算を回す方向に調整してくれ」

「は、はい! わかりましゅた!」

 

 

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雪蓮、愛紗が揃って休職中の為、軍事の全てを一時的に管理している、太尉・冥琳の執務室。

また一刀は自らその一室を訪れていた。

 

「冥琳。例の夏季軍事演習の要請なんだけど」

「はい、陛下。山越を短時間で平定したとは言え、旧呉領で反乱が起きたのは事実。またあの地は古き豪族の支配力の強き地でもあります。一度演習を行い、示威すべきかと」

「それは構わない。ただ、場所をもう少し長江周辺に変更したいんだ。今回の演習は、準備期間も合わせれば一ヶ月を越えるだろう。万一その期間中に夏季の大雨で長江が氾濫した場合、すぐさま軍で対処出来るよう、手配してくれ」

「……相応の予算が追加で掛かります。その捻出が出来なければ無理です」

「成る程、そりゃそうだ。……よし、じゃあ一緒に来てくれ」

「御意」

 

 

……

 

…………

 

 

一刀が冥琳を連れ立って訪れたのは、土木を司る司空・桂花の執務室である。

 

「失礼するよ。……桂花」

「……(ギロリ)」

「河川大規模氾濫に対応する為の予算から、夏季軍事演習に災害用備品を持たせる為の予算を捻出したい。検討してくれ。物資については、洛陽へ持ち帰らず、地方へ譲渡する形が最も望ましいな」

「……(コクリ)」

 

華琳が妊娠してからというもの、桂花はずっとこの調子だった。仕事に悪影響は出ていない、というより仕事に没頭することで現実逃避している感があった。

その様子に一刀も冥琳も困った顔ではあったが、口で言ったところで解決する問題でもない。最終的には桂花自身の心の決着が必要な問題だった。

 

「冥琳。後は桂花と君に任せるよ。宜しく頼む」

「御意にございます」

 

冥琳へとそう頼み、一刀は桂花の様子に苦笑いしつつも退室する。

その背を見て、冥琳は背筋にある種の緊張が走るのを感じていた。

 

(何という覇気……まるで戦に赴く雪蓮を見るようだ。――ふふふっ、それでこそ……)

 

 

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食事となれば、それこそ鈴々や恋、季衣や猪々子のように猛然と料理を平らげた。

 

「むぐっむぐっむぐっ……ぐびぐびっ」

「やるな、お兄ちゃん! 鈴々も負けないのだー!」

「…………ご主人様、最近よく食べる。もっと大きくなるの?」

「げほっ!? な、なにが大きくなるって言うんだ!」

「…………身体」

「……汚れた大人でごめんなさい……」

「…………???」

 

深々と頭を下げた一刀を、恋が不思議そうに見ている。

と、そこへ給仕として働く月が大量の料理を盆に載せて来た。

 

「はい、おかわりですよ。……最近、ご主人様はお忙しいから、お腹も空くんだと思いますよ、恋さん」

「……あと、別に勝負してる訳じゃないぞ、鈴々? というか……いい加減、大人しくしろよ? 大切な身体なんだから」

「う~、でも華佗のおじちゃんも……」

「鈴々、“おじちゃん”は止めてあげて……!」

 

鈴々の華佗への呼称に、一刀が涙ながらに乞うた。

華佗がこっそりこの呼称にショックを受けていることを知っていた。一刀もそろそろ子供らから“おじちゃん”呼ばわりされてもおかしくない年頃。他人事に思えなかったのだ。

 

「呼び捨てでいいって本人も言ってたから。ね?」

「良く分からないけど、分かったのだ」

(ほっ……)

 

「で、前に華佗に言われたのだ。ちょっとは運動しろって」

「鈴々の運動は激しすぎるの。散歩とかでいいんだぞ?」

「えー、そんなの運動のうちに入らないのだ……」

「じゃあ、璃々を誘って森の散策とかどうだ?」

「おおー、それは楽しそうなのだ! うん、そうするのだ!」

「転ばないように気をつけて。璃々のこと、宜しくね」

「任せとけ! なのだ!」

「恋も、体調は問題ないかい?」

「…………うん。大丈夫。でも……ご主人様に、会えないのが、寂しい……」

「そうだね、ゴメンな……でも、これもみんな、俺達の家族……子供たちの為だ。暫くの間、我慢してくれな?」

「……ご主人様。頑張る」

「頑張れ、お兄ちゃん!」

「おう!」

 

 

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必要があれば、馬を駆り、自身が動くことを厭わない。

勿論、自身が危険な地位・状況にあることを理解するが故に、常に強力無比たる武将を引き連れることも忘れない。

 

「市街の増設予定、南西地区の土地を視察・確認したい。紫苑、手配を頼む。季衣、流琉。護衛を宜しくね」

「承知致しました、陛下」

「はーい!」

「御意です!」

 

 

……

 

…………

 

 

という訳で、季衣・流琉を連れ立ち、予定地を訪れた一刀。

 

「ふーむ……こっちは住民街予定。あっちが市場。んー……市街側の丘は、ちょっと梃子摺りそうだな……」

「どうしたの? 兄ちゃん」

「丘が近いから、でかい岩やらがごろごろしててなぁ……これを退かしたりするとなると、予定よりも相当人足を増やさないとならないか……?」

「そんなん、ボクと流琉で片っ端から壊して回るよ?」

「な、成る程! その手があったか! 護衛の日程をやり繰りすれば十分可能だし、かなり開拓の時間短縮にもなる……小さい石レベルまで砕ければ、除去のアルバイトで一時的な雇用を作ることも出来る! ――よぉし! 頼むぞ~、季衣、流琉!」

 

一刀が二人を抱きしめて快哉を叫ぶ。

 

「まっかせといて!」

「は、はい! 頑張ります!////」

 

新たな機関や、官位の再編も積極的に着手し始めた。

 

 

大陸中の情報を収集する為、皇帝直属の諜報機関――通称、御庭番衆『猫』――を設立。その長には、当然というべきか、三国随一の密偵である周泰こと明命を抜擢した。

これにより明命は、表向きは皇帝直属兵『親衛隊』に所属し、御庭番衆御頭という裏の顔を持つことになった。

 

彼女に徹底的に扱かれた諜報員(密偵、間者、細作など言葉はともかく)は、その群を抜く優秀さから、後々周辺各国から恐れられることになる。

 

 

 

ぱんぱんっ!

 

一刀が朝廷の政務室の廊下、中庭に面する廊下で手を打つ。すると……

 

「――お呼びでしょうか、陛下!」

 

何処からともなく、明命が現れる。

呼ばれれば飛び出す、それが周幼平こと明命である。

 

「御庭番衆『猫』に命じる。洛陽の市街拡大工事において、物資調達担当の官吏に不正を行ったものがいる可能性が示唆された。これの裏を取り、不正の有無を調査せよ!」

「御意! 行って参ります!」

「……気をつけてね、明命」

「は、はい、一刀様!////」

 

 

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一刀は『神医』華佗や『医聖』張機を招聘し、その医術を多くの弟子へと伝える学校を設立することで、医療技術の向上と医者の頒布を図っているが、これと同様に、国の発展に重要で、かつより多くの人間に伝えるべき特殊な技術を持つ者がいた。

 

元・曹魏の前線指揮官にして兵器調達官。

一刀の僅かな知識から、実用可能なレベルの発明を成しえる脅威の天才。

『大陸一の発明家』との呼び声高い、李典こと真桜である。

 

彼女のポテンシャルを最大限に引き出し、かつその技術・発想を継ぐ弟子を育成する為、一刀は彼女を長とした機関を創設した。

それこそが『開発†無双』。

以後、天の知識から数々の革新的技術を世に送り出すこととなる『大和帝国』の誇る技術開発機関である。

 

 

「……お待たせ、真桜」

「あ、隊長……うん、一応準備は出来てるんやけど……」

 

一刀と真桜がいるのは、旧市街(洛陽北東部)に新たに造られた建物、『開発†無双』の研究所、その地下室だ。

一刀はとある兵器の製造法を“現代の夢”で調べ、覚えられる限りの情報を真桜に伝え、極秘裏に試作品を作らせていた。

今日はその成果を見る為に此処へと訪れたのだ。

 

「正直に言うで。……最初はノリノリやった。でも、完成したのを試してみて……ウチ、怖なった……」

「……最初に言っただろう。もし、これが本当に完成すれば、俺や一般庶民ですら愛紗や鈴々――恋だって“殺す”ことが出来るようになるって」

 

既に三国鼎立時代において魏では『花火』が開発されていた。となると、『砲』の基盤は既に出来上がっていると言える。

今回、一刀が華琳にすら極秘に真桜に開発させたもの。それは小型化した『砲』……つまり『銃火器』であった。

 

「俺も正直に言う。これは在ってはならない技術――“禁忌”だ。だけど、既に『砲』が開発されているとなると、万一その技術を背景に武力行使で攻め入られた場合に抵抗出来ないかもしれない。その為に、抵抗力として開発だけはしておかなきゃならないと思うんだ」

 

花火から大砲を作ることは真桜でなくても十分可能と言える。花火自体を構造物に向けるだけでも十分“兵器”として運用可能なのだ(爆破ではなく、建築物等の延焼を目的としたものになるだろうが)。

そもそも爆竹ならともかく、火薬が兵器として三国志の時代で使用されたという話を一刀は聞いたことがなかったが、実際目の前にある以上、国を治めるものとしては対抗手段を講じねばならない。

しかし、その対抗する為の技術が流出してしまえば全くの裏目となる。故に一刀は真桜以外の『仲間』にすら秘密で開発を頼んだのだった。

 

「取り敢えず見せてくれるかい?」

 

一刀の言葉に真桜が神妙に頷く。

真桜が取り出したのは、所謂『火縄銃』と呼ばれるマッチロック式の銃だった。元々祖父の家にあった戦国物の小説などを好んで読んでいた一刀にとって、最も理解し易く、原理・構造を暗記し易かったタイプの銃である。

 

真桜は火縄に着火。続いて銃口へ火薬と弾丸を装填。火皿に点火薬を入れると、弩のように銃を構えた。

 

「――いくで」

 

地下室の端から端までは約三十メートル強。二人がいる側と反対側には鎧を着せた木製の人形が置かれている。

 

パァァァン!

 

真桜が引き金を引くと、炸裂音が地下室に響く。狙い違わず命中した弾丸は、鎧を貫通し、木製人形の胴部を砕いていた。

 

「……凄いな。本で読んだことはあったけど、本当に鎧なんて簡単に貫通しちゃうんだな……」

「練習すればそこそこ連射も出来るようになる。文字通りにタマは目にも止まらんし……。なあ隊長。コレ、本気で製造するん?」

 

真桜の手は微かに震えていた。もしこの銃の量産が可能となれば、戦場は一遍に様変わりするだろう。

 

「……例の“夢”から調べられればまた伝えるし、改良の為に研究も続ける。今はまだ量産まではしないけど……秘密兵器、いや――“禁断の兵器”として、ある程度は製造・備蓄する」

「そっか……こんなモンを使う日が来いへんことを祈るで……」

「――それは違うぞ、真桜」

 

俯いてそう零した真桜に一刀ははっきりと言った。

 

「で、でも……」

「祈るだけじゃ駄目だ。こんなものを使わない為に、武力じゃなく外交――“話し合い”で全てを解決する努力を続ける。それこそが俺や官僚の役目だろ?」

「あ……うん! そうや、その通りやな!」

 

ぱぁっと真桜の表情が明るくなる。

 

(そうや。もう戦乱は終わった。これからは大将や桃香や……隊長が“話し合い”で平和を創る時代なんや……! ウチがこんなモンを作るのは最悪の事態への保険。武力でウチらの平和を潰そうっちゅう馬鹿な連中のハナを明かしたる為や!)

 

「でも……『仲間』にまで秘密を持たせちゃってゴメンな、真桜」

「……うん。ええんよ、これはウチにしか出来へんことやっちゅうのは分かっとるし……それに」

「それに?」

「なははっ、なんでもあらへん。これからも一杯頼ってな?」

「――ああ。ありがとう」

 

一刀が真桜を強く抱き締める。

 

(それに……ちょお不謹慎やけど、隊長と“二人だけの秘密”っちゅうのは中々ええもんやしな♪)

 

そんなことを考えつつ、甘えるように抱き返す真桜であった。

 

 

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後漢末期から三国鼎立の時代、つまり『三国志』の時代の戦乱において、漢王朝の地方行政はほぼ有名無実化していた。

 

漢王朝によって定められた地方行政の単位は三段階に分かれており、大きい順に州、郡、県が存在した。

 

最も大きい単位『州』は十三存在し、長官職『州牧』が治めていた。世の乱れ甚だしい後漢代において、『州牧』は元々地方監察官であった『刺史』を権限強化(兵権の付与など)し、独自に州を治めることを可能としたものである。

その下に『太守』が治める『郡』、更に下に『県令』が治める『県』があった。

(県以下にも里、郷、亭などがあったが、区分として国家によって制定されたものではなく、慣習的な区分であるという説がある)

 

しかし、後漢末期の群雄割拠を経て、どの地方区分も漢王朝の支配力は及ばなくなり、最終的には魏・呉・蜀の各国の統治下となったのだ。ただ、曹操・華琳が漢皇帝・劉協を擁立していた為、三国でも名義だけはそのまま用いられた。

支配者が変わっても、『県』以下の行政・統治に大きな変化はなかった為、大きな混乱はなかったようだ。

 

そのような状況であった地方行政も、王朝建立より半年が過ぎ、いよいよ再建を開始した。

 

まず、『州牧』を元々の名称の『刺史』に戻した上で、統治権限はそのままに兵権を取り上げた。

地方軍は専任の将軍を中央から派遣するか、もしくは『刺史』に将軍位を与え統括させる形式を採った。

特に地方豪族や名士層の支配力が強い地域には中央から将軍を派遣するか、親皇帝派の有力者を『刺史』に据えた上で将軍位を与えた。

 

これは『和』王朝の中央集権化政策の一端である。これにより、地方軍は名義上“地方へ派遣された、あるいは地方で任じられた帝国軍の一組織”となったのだ。

ここまでは元々、丞相である華琳を初めとした上級官僚の計画通りである。

 

 

これに加え、一刀は御史(監察官)の再制定、教育にも力を入れ始めた。

 

前漢代の刺史に代わる地方監察官として、秦代の『監御史(かんぎょし)』を復活させたのだ。

特に地方の官吏の不正を発見するには、地方監察官の公正さ・厳粛さが必要との判断である。

 

そこで、御史の長たる『御史中丞』に夏侯淵こと秋蘭を抜擢。副官に公孫賛・白蓮と甘寧・思春を任じた。

厳正さや正義感に篤い彼女たちに、各州の支配者である刺史を厳しく監査させ、また配下である侍御史(じぎょし。中央・宮廷の弾劾を行う)及び監御史を教育・統率させようというものだった。

 

 

「厄介な仕事を任せることになっちゃったけど。よろしく頼むよ。秋蘭、白蓮、思春」

「ふむ。各州刺史の監査か。相応の人材育成が必要だな」

「ああ。北郷が信頼してくれてるんだ。期待に応えられるよう頑張るよ!」

「……ひとつ聞く」

「何だい、思春?」

「これは、私と蓮華様を引き離す謀(たばか)りではあるまいな?」

「お、おい、思春! 言っていいことと悪いことが……」

「ああ、いいんだよ、白蓮。誰にだって優先順位ってものがあるさ」

 

思春の不遜ともいえる疑問に、白蓮が食って掛かったが。

一刀はやんわりとそれを抑え、改めて三人を見据える。

 

「三人には、御史の統率を分担してやって貰う。秋蘭は、組織の長としての取り纏め、侍御史の教育、各州刺史の監査。白蓮は各種報告の査定と秋蘭の補助。思春は『監御史』の教育だ。だから、思春には教育時だけ親衛隊としての蓮華の護衛から外れて貰うことになる」

「……私を抜擢した理由は?」

「思春の“厳粛さ”が、地方へ単身回って不正を探す『監御史』には必須だからだ。なあなあで監査されれば、それだけ地方の民の苦しみを見逃すことになる。『監御史』は全員が全員、清廉かつ精鋭でなきゃ駄目なんだ」

「それを河賊上がりの私に任せると?」

「河賊上がりがどうしたっていうのさ。今現在の思春を見て、適任と思うから任せる。それだけだ」

「…………」

 

一片の淀みもなく即答する一刀を、思春は静かに見つめている。

 

「勿論、武官の思春には畑違いであることは分かってる。補佐は付けるけれど、最初は思春にも色々勉強して貰わなきゃならない。それでも……『監御史』の教育役は、思春こそが相応しいと思った。それが理由だよ」

「……いいだろう。引き受けてやる」

「――ありがとう、思春。秋蘭も、白蓮も……この御史再編の最大の目的は、中央のみならず地方も含めて、官吏による民衆の搾取を防ぐことだ。これなくして、民の幸せはない! 頼んだよ、三人とも!」

 

三人を見つめ、一刀が力説する。

 

「うむ。確かに任された。……ふふっ、上手く乗せてくれる」

「不正を見逃さず、か。正直、私は名士とか有力豪族とかを自認する奴があんまり好きじゃないんだ。厳しく見てやろうじゃないか!」

 

秋蘭は不敵に笑い。白蓮は気合十分。そして……

 

「ふん。……民の幸せ、か……」

 

信頼の笑みを浮かべる一刀を横目に見ながら、思春はざわつく自身の心情を量りかねていた。

 

 

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こうして、一刀の活躍と仲間達の補助によって、最高位の官僚が不在であったにも関わらず。

『大和帝国』は、磐石の基盤を築き続けることに成功したのだった。

 

三月中旬。春分も近づき、段々と暖かい日が増えている。

 

そんなある日の夜。

後宮の奥、庭園の池のほとりの東屋で、稟は一人座って池を眺めていた。

 

「ふぅ……とうとう、明日……」

 

稟は昨年十一月に一刀の子を身籠り、正式に正室に迎えられることが決まっていた。

そして安定期に入ったという診断の元、今月ようやく婚礼を執り行うこととなったのだ。

彼女は明日にその婚礼を控えている身なのである。

 

(……それでも。やはり私は華琳様にこの身を捧げる為に生まれてきたのだと。その思いは変わらない……)

 

知らず、溜息が洩れる。

かつて懐妊したことが明らかになった際、華琳は正室に加わることに戸惑う稟へこう言った。

『きっと、あなた自身が思う以上に。あなたは一刀を愛しているのよ』、と。

 

(あの方を……一刀殿を、本当に私は“愛して”いるのだろうか……? こんな根本的なことで悩む私に、一刀殿の。そして華琳様の隣に立つ資格があるのだろうか……?)

 

また正室に加えることを華琳が宣言した後日。

稟の自宅(正室でない彼女は上級階級の住宅区域に居を構えている)を一刀が訪れ、こう言った。

 

『稟。君を正室には迎えること自体は決定事項だけど……もし、俺を受け入れることに拒否感があるのなら、“関係”を断ってもいいんだ。思春っていう前例もある。“練習”自体を続行するかも含めて、婚礼で改めて訊くよ。ゆっくり考えてみて』

 

実に彼らしい配慮ではあった。しかし、それは却って稟の悩みを深める結果となっていた。

 

「本当に……。私は、一刀殿の正室になって、本当に良いのだろうか……?」

 

思わず零した呟きに、声を返す者があった。

 

「――おやおや、随分下らぬことでお悩みのようですな。郭嘉殿」

「だ、誰です!?」

 

苦悩する稟へと声を掛けたのは、東屋の柵に腰掛けていた女性。また、その隣にはもう一人女性が立っている。

一人は白い衣装に蝶を模(かたど)った仮面。もう一人は赤い衣装に目出し帽ならぬ目出し帯。

 

言わずと知れた“変身”中の星と雪蓮である。

 

「問われて名乗るもおこがましいが、我が名は華蝶――」

「……星。その仮面は何の冗談です?」

 

即バレ。

 

「…………」

「はぁ~。だから言ったじゃない。稟には正体バレるわよって……」

「んん? そちらは……雪蓮殿、ですか?」

「そうよー。流石に私くらいの親密さだと、多少は効果があるみたいね。確か、星と稟って昔一緒に旅をしてたんでしょ? 稟は妄想家だけど現実主義者だし、それだけ親密な関係なら『仮面』は効かないと思った方がいいのに」

「むぅ……どうやら雪蓮の言葉が正しかったようだ。無念……」

「何の話……というか、星。噂の華蝶仮面が貴殿(あなた)だったとは……」

「う、うむ。この事は皆には内密に頼む」

「それは構いませんが……それよりも聞かせて欲しい。私の悩みを“下らない”と断ずる理由を」

 

稟は真っ直ぐに星を見つめ、そう問うた。

 

「うむ。大陸一の……いや、紫苑が居るから大陸二に甘んじよう。流石の私でも奴相手では苦戦は免れんからな」

「は?」

「星、話が横に逸れてるわよ」

「おっと、済まん。つまりだな、大陸二の恋愛の達人であるこの趙子龍が思うにはだ」

「え、ええ」

「愛が在るや否やなどという己が心の内など、口付けを交わす直前には簡単に分かってしまうものなのだ。たとえ、どれ程隠そうとも、どれ程気付かずにいようともな。思い出してみよ、おぬしと主が初めて口付けを交わした瞬間を」

「くち、づけ……」

 

稟は自分の唇に指を当て、思い返す。

一刀と初めての口付け。それは一刀と初めて結ばれたときであったことに稟は思い至った。

中々効果の出ない“伽の練習”に、稟はとうとう一刀に貞操を捧げることを決心し、一刀は大いに戸惑いつつも稟の心情を汲み、覚悟を決めてくれた。

それでも尚、彼は口付けを交わす直前。

 

『稟。キス――口付けをしても、いい?』

 

そう稟に尋ねた。

緊張、羞恥、困惑。様々な感情で完全に平静を欠いていた稟は、その時なんと返したかまで覚えていなかったが。

強く抱き締められながら、彼の唇が自身のそれと重なった瞬間、それまでの感情は全て吹き飛び、頭が真っ白になった。覚えているのは、彼の力強さと、優しい言葉だけ。

 

「ましておぬしは主に抱かれたのだ。あの方は良く言えば女子(おなご)に対し遠慮深いゆえ、いざという時の強引さに欠ける。だが、その主がおぬしを抱くと決め、事実抱いた。視線を交わし、言葉を交わし、口付けを交わし――身体を重ねたのだ。ならば、おぬしの本心など自明というものだ」

「んー、補足するなら……稟って生真面目だし。一刀と華琳を天秤に掛けちゃってるんじゃないの?」

「そうだな、魏出身の者はそれもあろう。しかし、それもまた悩むだけ無駄というものだ」

「…………」

「偶には小難しく考えるのを止め、春蘭のように単純に考えるのも良いのではないか?」

「………………」

「「稟?」」

「ぶはぁーーーーーーーーーー!」

「おぉっ!?」「きゃーー!?」

 

突如の鼻血の噴射を、星と雪蓮は慌てて回避した。

 

「……人の話を聞いていたのか、稟よ……」

「ふがふが……も、申し訳ない。思い出しすぎてしまい……」

「……業の深い性質ねぇ……」

「これでも随分マシになったのですよ……。ともかく、助言をありがとう。お二人の言う通り、色々考えすぎていたようです。それに……」

「「それに?」」

「華琳様にも言われていたことを思い出しました。私が華琳様を愛することは確かでも、だからと言って、一刀殿を愛してはいけないということはない、と」

「はっはっは! 如何にも華琳の言いそうなことではないか!」

「ホントね。でも、それを思い出して……稟が納得出来るのなら。もう問題はないわね?」

「はい。ありがとうございました」

 

稟は二人へと深く頭(こうべ)を垂れた。

 

「うむ、役に立ったのならばそれで結構。それにしても――」

 

と、星が別の話を振ろうとしたその時。

 

「星ーーーー! 雪蓮ーーーー! 隠れても無駄だぞ! 大人しく縛に付けぇぇぇぇぇい!」

「星ちゃーーーーん! 雪蓮さーーーーん! 出て来なさーーーーい!」

 

二人を探す、少々剣呑な言葉が聞こえてきた。

 

「ええい、桃香。おぬしはそろそろ走るのも禁止だろう! 二人の捜索は私に任せて、部屋で待っていろ!」

「うぅ~、だって!」

「だっても何もない! 万一があったらどうするのだ!」

「ご主人様には一人で出歩くなとは言われてるけど……今は春蘭さんと一緒だからいいでしょう?」

「ぐ、ぐむぅ……意外と弁が立つな、桃香……」

「そうかなあ? 一応、これでも蜀の王様でしたから♪」

「ふぅ……分かった分かった。とにかく、夜歩きには思わぬ危険もあるのだ。足元には十分に気を配るのだぞ?」

「はーい!」

 

静かな夜に似つかわしくない大声。

春蘭はともかく、桃香までもが声を張り上げて二人を探しているようだ。

 

「……一体何をしたのですか、二人とも」

「い、いや、その……」

「あは、あははは……」

「ようやく気付きましたが……その後ろ手に隠しているのは何です?」

「「…………」」

「まさか……酒、ですか?」

「は、はっはっは……」

「え、えへへ……」

「笑い事ですか、まったく……一刀殿からあれ程厳しく言われているでしょう?」

 

星は今月、三月の初頭にて懐妊が確認され、以後雪蓮と同様に禁酒令を出されているのだ。

雪蓮は一月から既に禁酒中。もう少しで安定期に入る為、暫く我慢すれば少しずつでも呑めるようになるのだが。

 

「先程、夕餉の後でメンマを食べたら辛抱堪らず……」

「私は止めたのよ? でも、現物を目の前に出されちゃうと……ね?」

「“ね?”じゃありません。――春蘭殿! 桃香殿! 此方です!」

「「裏切り者ーー!?」」

「ご助言への謝儀はまたいずれ。それはそれ、これはこれです。しっかり搾られて反省なさい」

 

稟の呼び声に気付き、春蘭と桃香が歩いてきた。

 

「おお、やはり稟だったか。それで二人は?」

「え?」

「稟ちゃ……あれっ、華蝶仮面さん! それに呉勇士さんも! こんばんは~♪」

「むっ。貴様等、後宮の庭園に入る許可は貰ってあるのだろうな!?」

「ええっ!?」

 

(やっぱり桃香と春蘭には『仮面』の正体は見破れなかったか。予想通りねぇ)

 

そう。桃香は蜀時代からそうであったし、春蘭もまた三国同盟一周年記念祭での天下一品武道会の時と同様、『仮面』の正体隠蔽能力を見破ることが出来なかったのである。

 

「お、お二人とも何故分からないのです……こんなことって……」

 

その結果に稟は思わずがっくりと肩を落としていた。

 

「これは劉備殿。良い夜ですな (ふぅ~、桃香様の供が春蘭で助かった……)」

「勿論、孫尚香様のご許可を戴いております。ご心配なく、夏侯惇将軍 (小蓮に口裏合わせて貰わなきゃ)」

「……それならば良いのだが……」

「本当、いい夜ですね。こんな夜はのんびりゆっくりしたいんですけど、ね……」

「おや、何か問題でも?」

 

(白々しい……)

 

と稟が星を睨むが、星には正に暖簾に腕押し。かと言って、稟では力ずくで仮面を奪うことも出来ない。

 

「もう、聞いて下さい! 星ちゃんと雪蓮さん……えっと、趙雲ちゃんと孫策さんなんですけど」

「「……」」

「二人とも、身重の身なのに……お酒を持って逃げちゃったんです!」

「二人には禁酒令が出されているのだがな。それを破り、食料庫から酒を持ち出したらしい。今、手隙の者を集めて捜索中なのだ」

「「…………」」

「今回は私、本気で怒ってるんです!」

「そ、それはまた……何ゆえ?」

 

常に無い怒りを表す桃香に、おそるおそると言った感で華蝶仮面――星が問うた。

 

迫力自体は普通の女性が怒っているのと大差なかったが、いつもならば愛紗なり華琳なりの“諌め役”に対し、“弁護役”となることが殆どの彼女自身が、これ程直接的に怒りを露わにするということに、星も雪蓮も微妙に気圧されていた。

 

「二人とも、ようやくご主人様――北郷一刀さんの御子を授かったんですよ! それなのに……その赤ちゃんに悪影響があるって教えて貰ってるのに、お酒を呑もうなんて!」

 

「「う゛っ」」

クリティカルヒット!×2

 

「一時の誘惑に負けて……結果、ご主人様との愛の結晶である赤ちゃんに何かあったら……ご主人様だって悲しむのに……!」

 

「「ぐはっ」」

かいしんのいちげき!×2

 

「まだご主人様の御子を授かれずにいる娘たちだって大勢いるんです……こんなのってある意味、裏切りじゃないですか!?」

 

「「うらっ!?」」

こうかはばつぐんだ!×2

 

「そもそも……」

「り、劉備殿……どうか、どうかもう……ご勘弁、下され……」

「(こくこくこく)」

「あ……ご、ごめんなさい。お二人に愚痴るようなことを言ってしまって……」

 

(桃香殿の純粋で素直な言葉は……まるで鋭利な刃のよう。見るからに星も雪蓮殿も瀕死……というか、もう泣きそうね……完全に自業自得ですが)

 

星も雪蓮も、今にも膝から崩れ落ちそうなほどにズタボロだった。無論、心が。

 

「桃――劉備殿。これを……」

「わ、私も……」

「はえ? これって……酒瓶と杯?」

「はい。趙子龍殿と孫伯符殿から預かり申した。お二方も深く反省しておられた様子。どうかお許し下さいますように、と……」

「ええっ!? そうだったんですか。そっか……自分達で気付いてくれたんだ……。良かったぁ」

 

「「――!!」」

SMAAAAAAAASH!!×2

 

桃香が最後にぽつりと零した一言と菩薩の如き笑顔は、まさしく止めだった。

 

「(こ、これ以上桃香様の顔を見ていられん!) そ、それでは御免っ」

「(胸が、胸が痛いぃ~!) し、失礼するわ~……」

 

二人は罪悪感に駆り立てられるように逃げ出した。

これに懲りて、暫くは大人しく禁酒を守ることだろうと、稟は確信した。

 

「何だ? まるで逃げるように行ってしまったな。……そう言えば、稟よ。何故こんな所にいたのだ?」

「ええ。明日の婚礼について、少々考えるところがありまして」

「考え事……稟ちゃん、何か悩み事があるなら、相談に乗るよ?」

「ふふ、ありがとうございます。でも、華蝶仮面殿と呉勇士殿に諭して戴きましたから」

「ふん。どうせ華琳様と北郷を天秤にでも掛けて、自滅したのだろう?」

「う゛っ!?」

「我等にとって華琳様が至上の存在であることは変わらん。ならば後は北郷という男をどう思うかだけだ。大体、お前は既に北郷の子を授かった身ではないか。何を悩むことがあるというのだ」

「あははっ♪ 春蘭さんも、早くご主人様の御子が欲しいんですね♪」

「ち、ちがっ!」

「だって、今のお言葉って、華琳さんに『臣下の儀』で言われてたこと、そのままじゃないですか♪」

「う、うぅ……うるさいぞ、桃香!」

「は、ははっ!」

「くそっ、稟まで笑うか!」

「くくっ、い、いえ。私自身、今さっき華蝶仮面殿に『小難しく考えず、春蘭殿のように単純に考えるのも良いのではないか』と言われたばかりで……ははははっ!」

「なんだとぉ!? あのチョウチョめがぁ~~~!」

「あ、あはは……」

 

 

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その翌日。

一刀は、純白のウェディングドレスを身に纏った稟と閨房で向かい合っていた。

 

「稟。左手を……」

「……はい」

 

差し出された稟の左手の薬指に、彼女の真名が刻まれた金の指輪……結婚指輪を嵌める。

 

「……稟とはかなり特殊な状況で触れ合うことになってしまったし、華琳こそが君の愛する人だってことも分かってる。だから、改めて言うよ。――俺は、純粋で、一途で、そのくせ天邪鬼な君が好きだ。もし……俺と寄り添って生きてくれるなら。この手を取ってくれ」

 

一刀は真っ直ぐに稟の瞳を見つめ、右手を差し出した。

 

「……女ったらしで、女子供にはべた甘で、そのくせ女性の機微には本当に鈍い。でも……誰よりも民を愛し、華琳様を愛し、そして私を愛して下さる貴殿を。私も愛しています……!」

 

稟は差し出された一刀の手を両手で包むように握り、はっきりと口にした。

 

「ははっ、こりゃ手厳しいな。……これからも、共に生きていこう。愛しているよ、稟」

 

一刀は最後にそう言い、稟を強く抱き締め、唇を重ねた。

 

 

 

(~夏~に続く)

 

【アトガキならぬナカガキ ~春~】

皆様、随分とご無沙汰となってしまいました。四方多撲でございます。

 

何やら多忙だったり、生意気にもスランプ(のようなもの?)だったりで、遅々として進まない執筆でありましたが、なんとかここに第23話(1/4)を投稿出来ました。

 

言い訳させて頂きますと……単純な話、ハーレムの描写をどこまで書くか、で相当悩んでしまいました。

元々のプロットでは、第23話はほぼ一刀くんの修行がメインで、あまりハーレムっぽい描写が入る余地がありませんでした(分割する予定でもありませんでした)。

 

しかし、仮にも題名に『ハーレム』とあるのに、その描写がないのはどうなのか。

一旦考え出すとモヤモヤっとしてしまいました。ですが、書くとなれば文量は想定していたものより相当増えることになります。当然、プロットというか、ネタを大量に考えなくてはならない……。

 

結局、開き直りました。

 

「ハーレムと言っちゃったんだから、思いつくだけヒロインに焦点を当てて、ハーレムを書こう!」

 

ええ、開き直りですw

懐妊のドタバタは周りのリアクション込みで全員見たいとのコメントや、「ハーレム」の続きに期待という応援メッセージなどが私の背を押してくれました!

また、お待たせしている間も、お気に入り登録して下さった方々、待っているとコメントを下さった方、本当に励みになりました!

この場をお借りして御礼申し上げます。ありがとうございます! これからも書きますよ~!

 

応援メッセージボード等で返答にも書いておりますが、プロットを変更した結果(というか、思いつくだけヒロインをフォローすることにした為)、全27話構成となりそうです。

 

 

そんなノリで、文量が多くなった分、春夏秋冬の4分割と相成りました^^;

今回第23話は各編ずつの投稿で、2~3日ごとのペースで投稿出来ればと考えております。

(なお、あとがき演義は最後の「冬編」に付属させますので、他の3編には注釈のみとさせて頂きます)

 

序文にも書きましたが、お待たせした時間に見合う内容となっていましたでしょうか?

お楽しみ頂けましたならば、これに勝る幸せはございません。

 

 

ネタの抽出が大量に必要な関係上、今後各話の投稿間隔は相当空いてしまうと思われますが、どうか気長にお待ち頂けますよう、お願い申し上げます。

 

四方多撲 拝

 


 
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