No.127843

真・恋姫✝無双~魏・外史伝~再編集完全版6

 こんにちわ、アンドレカンドレです。

 久しぶりの再編集完全版です。挿絵を描き直すのに時間がかかり過ぎました(描き直しと言うよりも新規描き下ろしwww)。六章ですが、内容は改訂前でいう第七章に当たります。元三部で構成されていた事もあり、内容が大きくなってしまい、見直しが大変で・・・。
 
 それでは、真・恋姫無双~魏・外史伝~再編集完全版 第六章~あなたを求めて~をどうぞ!!

2010-03-03 14:40:44 投稿 / 全15ページ    総閲覧数:3370   閲覧ユーザー数:2955

第六章~あなたを求めて~

 

 

 

  「・・・以上が調査報告です」

  「ふぅん・・・」

  呉の建業の王宮内、そこでは調査から帰還した蓮華が雪蓮に調査報告を述べていた。

  「ありがとう、蓮華。あなたも大変だったわね」

  「そんな・・・、私が不甲斐無いだけです」

  「もう、あなたは真面目すぎよ」

  「そ、そんな事は・・・!」

  「・・・でも、その正体不明の戦闘集団も気になるけど、あなたを助けたっていう男も気になるわねぇ」

  雪蓮は蓮華を助けたという男に興味を抱き、蓮華の報告からその姿を思い描く。

  「結局、正体を明かさぬまま私達のもとを去って行きました故、彼が何者なのかは・・・」

  「う~ん・・・、その男に大きな借りが出来てしまったってわけね。正体が分かんないんじゃ探しようが

  ないじゃない・・・!」

  雪蓮は愚痴るように言った。

  「は、はぁ・・・」

  そんな子供ように頬を膨らませる姉の姿に、妹は少し呆れ気味になる。

  「そ~ですね~・・・。それに調べなくてはいけない事が増えてしまったのは、少し痛いですよね~」

  穏が何気ない発言に、苦虫を噛んだ表情になる蓮華。

  「・・・済まない」

  「あ・・・!いえ、別に蓮華様の事を言ったんじゃなくてですね~・・・」

  穏は慌てて取り繕うとするも、すでに取り繕える様子ではなく、自分の発言を後悔した。

  「いや、気にするな穏。お前の言うとおり調べ無くてはいけない事が増えてしまった事は変えようの

  ない事実・・・、それを指摘されたからといって私は気に止めはしない」

  「は、はぃ~・・・」

  逆に蓮華に慰められてしまい立場が無い穏。

  「あと、姉様・・・」

  「何、蓮華?」

  「あの・・・その・・・」

  「・・・?」

  話を続けるのを何故か躊躇っている蓮華。何を言おうとしているのか眉を潜めながら待っている。

  「い、いえ・・・何でもありません。では、私はこれにて失礼ます」

  「あ、ちょっと蓮華・・・!」

  自分の言葉も聞かず、やや早歩き気味にその場を去る蓮華。

  「何を言おうとしたのかしら?ねぇ、冥琳」

  「私に聞かないでくれ。・・・それはともかく、蓮華様の調査で分かった事がある」

  「え?そうなの・・・」

  何が分かったのか皆目見当がつかない雪蓮。分かった事はただ余計にややこしい事になったという程度に

 しか理解していなかったのだ。そこで雪蓮は王の座から身を乗り出す。

  「・・・この大陸に再び動乱が起こる、と言う事だ」

  「・・・!」

  冥琳の言葉に、雪蓮は表情を一変させる。

  「天の御遣いである北郷一刀が再びこの地に降り立ってから日が浅いにも関わらず、建業での暴動・・・、

 次に五胡による魏への本格的な侵攻・・・、そして今度は謎の戦闘集団に、謎の男剣士の登場。これらの

 一連の出来事は果たして偶発に起きたものなのだろうか?」

  「・・・・・・」

  「かつてこの大陸が乱世に見舞われた時、北郷一刀はこの地に降り立ち、そして乱世が終息した時、

  彼はこの大陸を去った・・・」

  「今回もそうだっていうの?」

  その問いに、冥琳は首を縦に振る事で返答する。

  「最も、まだ憶測の域ではあるが・・・な」

  「とはいえ・・・、この大陸でまた何かが起きようとしているのは間違いないでしょうね」

  冥琳の話を聞いて、いつしか王の風格を漂わせるようになった雪蓮。

  「では、どうなさいますか~?」

  緊張感の走る王宮内で、緊張感の無い伸びやかな声で雪蓮に尋ねる穏。

  「来るべき戦いに備えて、準備をしておきましょうか♪」

  そんな穏に合わせる様に、雪蓮は軽い声で返すのであった・・・。

 

  王宮でそのような話が成されていた頃、ここから少し離れた長い一本の廊下、そこに蓮華はいた。

 蓮華は顔をやや俯かせ、一人何かを考え事をしながら歩いていた。

  (あの男・・・、結局正体は分からなかった。でも・・・)

  蓮華はあの時自分を助けた謎の男の姿を思い出していた。

  (奴が手にしていた剣、あれは・・・)

  そして、彼がその手に握っていた、血に濡れたそれを頭に思い描く。

  (いや、そんなはずはない!有りえないわ!・・・だけど、間違いないわ)

  間違いなければ、あれは・・・あの剣は・・・。

  「あれは、南海覇王・・・」

 

  ところ変わり魏領北方、冀州の常山・・・。そこでは、霞が部隊を率いて五胡の侵攻を食い止めていた。

  「張遼将軍、右翼部隊の損害は甚大!援軍を出す許可を!」

  「何やてぇ!?くそ、一体どないなっとんねん!!」

  現状は苦しいものであった。今まで五胡が魏に攻めてくる事は滅多になかった事もあるが、それ以上に

 連中の動きが従来のそれと全くの別物であった事に原因があった。まるで操られた糸人形の様に、ただ

 前進するのみ、後退する事も無く、隣の者が死のうと目をくれず、眼前の敵に戦いを仕掛けて続ける。

 もはや軍全体が死兵の集まりであった・・・。

  「張遼将軍!指示を!!、」

  「あぁもう分かっとるわ、ぼけぇ!!華琳達はまだ戻って来んへんのか!?」

  「張遼将軍!」

  「今度は何やぁっ!?」

  「南方から砂塵を確認!」

  「南方・・・?ってことは、華琳達か?!」

  「我門旗を確認したところ、夏候!」

  「春蘭達か・・・」

  兵の報告から少しして、春蘭、秋蘭、稟、風が率いる隊が援軍として魏軍本陣に到着した。

  「霞、無事か!!!」

  到着してすぐ、春蘭が馬から降りて霞の元へと駆け付ける。

  「遅いで春蘭!!来るならもっと早う来いや!!!」

  「何を言うか!私達だって、全速力で呉から戻ってきたんだぞ!!」

  「姉者・・・」

  遅れてやって来た秋蘭が春蘭の発言に不安が過ぎる。そしてその不安は的中する。

  「呉やて?お前ら呉におったんか?」

  「そうだ、ほん・・・」

  「建業で、真桜の作った開拓機がちゃんと機能してるのか、それを皆で見に行っていたのだ」

  春蘭の言葉を強引に遮り、代わりに事情を説明する秋蘭。だが、その内容は事実はまるで異なるもの

 だった。

  「しゅ、秋蘭?」

  「何や、せやったんか?道理で遅いはずやな・・・。済まんかったな、春蘭」

  「お、おう・・・気にするな」

  呆然とする春蘭を傍らに凛と風がようやく来る。

  「霞殿、申し訳ありませんが、現状を説明していただけませんか?」

  「稟、風!お前らも戻ってきてたんやな。よっしゃ、説明するさかい、皆天幕に来い!」

  そう言って、霞は天幕へと案内するべく向かって行く。

  「姉者、霞に北郷の事を言おうとしたな?」

  「へ?あ、ああ・・・でもお前に邪魔されて言えなかったがな」

  「・・・・・・」

  「な、何だ秋蘭・・・そんな顔して?」

  「春蘭殿、北郷殿の事は今しばらく他の者達には口外すべきでないかと」

  「な?どうしてだ、稟?」

  「呉に北郷がいて、奴を引き取りに行ったがいなかったから連れて来れなかった、などと言うつもりか?」

  「う・・・」

  妹に言われて、ようやく春蘭も理解する事が出来た。持ちあげといて、最後に落とすような内容を話す

 べきではないと・・・。軍の士気低下に関わる恐れがあると・・・。

  「そんな事を言われたら、霞ちゃん達の士気が底を割るでしょうね~」

  「うぐ・・・」

  風はさりげなくうっかり春蘭に止めを言わんばかりの言葉の刃で刺し貫いた。

  「その事は、華琳様からも言われておっただろう?」

  「そ、そうだった・・・」

  つくづくうっかりな姉に、ため息をつく妹であった。

  「おい、何しとんねん!?はよう来いっちゅうねん!」

  いつまでも入ってこない春蘭達に痺れを切らし、天幕から霞が顔を出して言う。

  「ああ、すまないな。すぐ行く」

  その言葉に、秋蘭が答えた。

  「良いな、姉者?」

  「う、うむ・・・」

  そして四人は天幕へと入っていくのであった・・・。

  

  一方、洛陽では・・・。

  「桂花ぁ!こっちの隊の出撃の準備が出来たで!」

  「桂花ちゃ~ん!沙和の方もなの~」

  出撃準備が完了したことを桂花に告げる真桜と沙和。

  「準備が出来た部隊は、そのまま出撃させなさい!そしたら次の隊の編成をして頂戴!」

  「了解~!」

  「了解なの~!」

  戦場となる常山へ援軍を出す為に、隊の編成に凪、真桜、沙和の魏の三羽烏は桂花の指揮下に入り

 城内を走り回っていた。

  「桂花様、隊の編成が完了しました!」

  真桜と沙和とすれ違いざまに、部屋に入って来る凪。

  「先程真桜と沙和の隊も編成が完了したから、一緒に出撃させなさい!」

  「了解しました!」

  そう言って、凪は部屋を出ていく。

 その姿を見送ると、桂花は記録帳に現在の編成状況をまとめる。その記録を見ながら、一人呟く。

  「まずいわね。現時点での全兵力を以てしても、およそ二十四万。敵の総兵数にまだ及ばない。

  まだ到着していない地方の部隊を足しても・・・、およそ二十七万」

  これほどまで大部隊を編成するのは、成都攻略時以来・・・およそ二年振りとなる。

 五胡の侵攻は蜀、涼州ほどでは無いにせよ過去に幾度かあり、その度に撃退してきたが、三十万という

 大軍勢で、魏領北方から攻めて来たのは今回が初めてであった。だが、桂花はこの侵攻を別な方面で疑問を

 抱いていた。

  「それにしても・・・、北方から攻め入って来たのは単なる偶然なのかしら?」

  無論、北方にも外敵に備え、国境付近には防衛拠点となる砦は幾つも存在する。しかし、最近とある砦の

 一部が老朽化し、その修理のため人の出入りが激しかった事もあり、他の防衛拠点に比べ、そこの防衛機能

 が低下していた。当然、五胡にその情報が流出しないように工作などは完璧にしていたはずであった。

 しかし、五胡は今回その砦を突破してきたのだ。防衛機能が低下していた砦に五胡の侵攻を食い止める事が

 出来るはずも無く、現在に至る・・・。

  「偶然では無いとしたら・・・、誰かが五胡に情報を流したとしか。でももしそうなら一体誰が、

  そして何のために・・・?」

  様々な仮説を立てていくも結論には至らない。情報が少なすぎるからである。

  「全く、ようやく戦いが終わったと思ったら、今度は五胡の脅威・・・どうやら私達は戦いと縁が

  切れない様ね・・・」

  そんな事を考えていると、桂花はふとあの男の事を思い出す。

 自分にあれだけ世話になって置きながら二年前、挨拶もなしで天の国に帰って行った無礼者・・・。

 あいつのせいで、華琳様がどれだけ悲しまれた事か・・・。そして今、奴はこの大陸のどこかで・・・。

  「あの男とも縁を切ろうにも切れないのよね・・・って、何で北郷の事を考えているのよ私は!!」

  そう言いながら桂花は何度も机を叩き頭の中にいる一刀を追い払おうとする。そんな時、扉の方から

 視線を感じ、恐る恐る扉の方を見ると・・・。

  「・・・何をしているの、あなた達?」

  そこにいたのは凪、真桜、沙和の三人組であった。

  「申し訳ありません、覗くつもりではなかったのですが・・・」

  凪はバツが悪そうな顔をして言う。しかし、他二人はむしろにやけ口を手で隠しながら桂花の後ろに

 回り込んで来る。

  「せやで~、凪の言う通りや桂花。出撃の準備が出来たから三人で報告しに来てみたら・・・」

  「扉の向こうにいた沙和達にも聞こえたの~?」

  桂花の肩に手を置き、にやにやした顔をしながら事情を説明する真桜と沙和。

  「え・・・?」

  ぽかんとする桂花。

  「そっかそっか~・・・。表向きでは何でも無いように装っていても・・・分かる、うちには

  よう分かるで~・・・」

  「わ、分かるって何を・・・」

  「何だかんだ言っても~、桂花ちゃんもいなくて寂しいんだよねぇ~・・・」

  「ちょっと、誰が北郷の事を・・・!」

  その瞬間、二人から不敵な笑みが零れる。

  「な、何よその顔は!」

  「あれ~、おっかしぃなぁ~。うちは隊長の事だなんて言うた覚えないんやけどな~♪」

  「沙和もなの~♪」

  「んな!?」

  「・・・そうでしたか、桂花様も隊長の事を」

  凪は一人うんうんとうなづく。

  「ちょっと凪!?あなた一人で何納得しているのよ?!」

  「にゃにや・・・♪」

  「にやにやなの~~♪」

  「ああーーー、もう!そんな事はどうでもいいから早く仕事をしなさーーーい!!!」

  桂花の叫びが部屋を、そして廊下の方にまで響き渡った。

  

  その頃、洛陽の城の城壁にて・・・。

  「あのぅ・・・、華琳さま?」

  季衣が恐る恐る華琳に尋ねる。

  「何かしら、季衣?」

  華琳は街の方を見たまま、季衣の呼びかけに答えた。

  「凪ちゃん達に、兄ちゃんの事・・・言わなくていいんですか?」

  「季衣・・・」

  彼女の言葉に、流琉が親友の真名をつぶやく。

  「皆、兄ちゃんに会いたがっているの・・・華琳様知ってますよね?」

  「・・・ええ」

  季衣の問いに、華琳は二事で返した。

  「なら、なんで何も言わないのですか?」

  「・・・・・・」

  季衣の問いに、華琳は答えなかった。

  「華琳様!」

  「季衣・・・」

  何も答えない華琳に、季衣はもう一度呼びかける。そして流琉はもう一度、今度は少し強めに

 親友の真名を言う。

  「なら、季衣?あなたならどう説明するのかしら?」

  「え・・・、ええ・・・と。兄ちゃんが天の国から帰って来たって・・・」

  「それで、一刀は今何処にいるのかしら?」

  「そ、それは・・・」

  「一刀が帰ってきた。でも何処に居るのかは分からない。そんな事を言われて誰かが喜ぶかしら?

  きっと、霞と凪辺りは部下を連れて、探しに行くって言い出すでしょうし、沙和と真桜も黙っていない

  でしょう」

  「うぅ・・・」

  「まぁ・・・何も無ければそうさせても構わないのだけれど・・・。私の思う通りなら、この大陸に

  再び動乱が近い内に起こるわ。そんな時に内輪もめなんてしていたら向こうに隙を見せる事となる」

  「でも・・・」

  「季衣、あなたの言いたい事は私も分かっているわ。でも、今はあの男一人の事よりもこの国を、

  何百万の民達を守る事の方が大事なはずよ」

  「でも、兄ちゃん一人だって大事ですよ!」

  「季衣、止めなって・・・」

  華琳の言葉に熱くなり始める季衣をなだめようとする流琉。

  「華琳様!華琳様だって、兄ちゃん会いたいはずなのに!?なのに、なのにどうしてそんな事が

  言えるんですか!?」

  「季衣、だから止めてって」

  どんどん熱くなっていく季衣を流琉は止めようとするが、肝心の季衣は耳を貸そうとはしなかった。

  「兄ちゃんなんかよりも、国や皆の方が大事ですか!?兄ちゃんなんかよりも、戦をする方が

  大事なんですか!?」

  「季衣っ!!」

  バチンッ!!!

  「・・・っ!?」

  話を止めない季衣に、流琉は言葉でなく平手打ちで彼女の話を止めた。

  「な、何すんだよ、流琉・・・っ?!」

  言葉を失くした。いきなり自分を引っ叩いた親友の目からとめどなく、涙が頬を伝って流れ落ちて

 いたのだから・・・。

  「季衣の馬鹿!華琳様だって・・・華琳様だって、兄様に会いたいに決まっているじゃない・・・!

  誰よりも・・・早く会いたいって!何で、それが分からないのよ!」

  「る、流琉・・・。」

  そう言いながら、季衣の胸を両手で季衣を叩く。だが、そのその拳に力は入っていなかった。

 そんな親友の姿を見て、季衣は何も言えなくなる。そんな二人をよそに、華琳は街の先、限りなく

 続く大地の地平線を見つめていた・・・。

 

  「はあああっ!!!」

  ブンッ!!!

  「グフッ・・・!」

  春蘭が放った一撃が五胡の兵を一刀両断する。魏武の大剣こと夏侯惇の、鬼神の如き強さは今だ健在で

 あった。しかし、五胡の兵達はその強さに臆す事無く彼女の周りを囲んでいく。

  「くそ!倒して倒しても、これではきりが無い!!」

  魏軍二十三万と五胡三十万がここ常山にて激戦を展開していた。

  「でやああああっ!!!」

  ブゥオンッ!!!ブゥオンッ!!!

  「グハァッ・・・!!」

  「ギャアッ・・・!!」

  五胡の兵二人が短い断末魔を叫ぶ。

  「春蘭、生きとるか!?」

  「当たり前だ、この私を誰だと思っている!!」

  やって来たのは、神速と謳われる張遼こと霞であった。そのまま二人は互いの背中を向け合わせる。

  「やっぱ、兵力差が響いとるな~、これ?」

  「ふん、ならばその分を私が戦えばよいだけの事だ!」

  「相変わらず、無茶言いよるわ・・・!」

  春蘭の相変わらずの根拠のない自信に、呆れつつも頼りに思う霞であった。

  

  ビュンッ!!

  「グギャァッ・・・!!」

  五胡の兵の一人の胸に一矢が貫く。

  「ふう・・・、まるで姉者を相手にしているようだな」

  まっすぐと敵陣に攻め込んでくる五胡の兵達を見て、さりげなく言う神弓と名高い夏侯淵こと秋蘭。

 そして再び矢を放つ構えを取る。

  ビュンッ!!

  「ぐふッ・・・!!」

  今度は眉間を射抜く。すると、彼女の側に一人の兵士が駆け寄る。

  「夏侯淵将軍、敵の第四波が来ます!!」

  「そうか・・・!皆の者、突撃してくる蛮族共に曹魏の恐ろしさを叩き込んでやるのだ!!」

  「「「「応っっっ!!!」」」」

  秋蘭の言葉に、気合いを入れる弓兵達。

 

  魏軍本陣・・・。

  「急に、向こうの動きが変わった・・・」

  広げられた地図に置かれる碁石達を睨みながら、稟は言う。

  「まるでこちらの動きに合わせているかのようですね~」

  補足するように敵の動きを分析する風。

  「報告では三十万。しかし、実際はそれ以上・・・恐らく四十万以上はいるはず。・・・こちらより多い

  兵力を持ちながら出し惜しみするかのように前線の兵力をこちらに合わせ、数が減れば増援を出す・・・」

  「一体何を考えているのでしょうかね~・・・?」

  「数で圧倒しているだから、それに適った戦法をとるべき。これではただ兵力を無駄に消耗していくだけ

  だというのに・・・」

  「敵の皆さんは時間稼ぎがしたいようですね~・・・」

  「それはどういう意味、風?」

  「ぐ~・・・Zzz」

  「寝るな!」

  突然眠り出す風に突っ込みを入れる稟。

  「・・・おおっ!?すいません、心地よい日差しについ・・・」

  「・・・・・・それで風、先程言った事は?」

  風の言い訳に構う事なく、稟はそのまま話を進める。

  「敵、五胡の兵の皆さんは霞ちゃんの時の猛攻を今は控え、こちらの戦力に合わせ攻めて来ています。

  つまり、現状は事実上・・・均衡状態を保っている事になります」

  「そうですね。ですが、五胡がわざわざそのような行動に侵略的意義はない」

  「その通りなのですよ。と言う事は・・・」

  「彼等の目的は、魏の侵略ではない・・・、目的は別にあると・・・?」

  「だと思いますよ~、稟ちゃん」

  二人は五胡の侵攻に、もう一つの可能性を導き出す。

  「では風、五胡の目的とは一体・・・?」

  「ぐ~・・・Zzz」

  「だから寝るなっ!」

  また突然眠り出す風に突っ込みを入れる稟。

  「・・・おおっ!?都合が悪いので、心地よい日差しに・・・」

  「もう、いいです」

  もはや怒る気も起きなかった稟。そんな二人がいる天幕の中に一人の兵が入って来る。

  「会議中失礼します!」

  「何事ですか?」

  「南方より砂塵を確認。旗は楽、李、于との事です!」

  「凪ちゃん達もやっと来てくれたみたいですね~」

  「分かりました。本陣に到着したら、三人にそのまま前線に向かうよう進言しておいて下さい」

  「はっ!では失礼します!!」

  兵は天幕を去っていく。そして二人は再び地図を見る。稟はそこに新たに碁石を三つ置く。

  「・・・これで、こちらの兵力はおよそ二七万・・・。今度はどのような動きを示すのでしょうか?」

  「時間稼ぎをするのか・・・、それとも・・・むむむ~」

  

  「はぁあああっ!!!」

  ブォウンッ!!!

  「でやぁああっ!!!」

  ブゥオンッ!!!

  「グベッ・・・!!」

  「ブギャァ・・・!!」

  敵を片端から薙ぎ倒し続ける春蘭と霞。再び互いの背を向け合う。

  「はあ・・・、はあ・・・、はあ・・・」

  「な~んや春蘭?そんな肩で息をしおってからに・・・!もうへばってんのか?」

  「な、何を言うか!?貴様こそ、先程から太刀筋が単調になって来ているではないか!!」

  「何や言ってくれるやないか!そんだけ言えるんならまだやれそうな!?」

  「無論だぁー!うぉおおおっ!!!」

  ブゥオンッ!!!

  一気に三人を斬り払う春蘭。

  「てぃりゃあああああ!!!」

  ブゥオンッ!!!ブゥオンッ!!!

  一撃で二人、計四人を薙ぎ払う霞。

  「春蘭様、霞様!!」

  そこに遅れて、凪の部隊が援軍として駆け付けた。

  「おぉ、凪!!待っとたでーー!!」

  「凪、お前が来たと言う事は、使える兵は全部出撃させたと言う事だな!」

  「はい、今秋蘭様の方に真桜と沙和の隊が向かっています」

  「そうかぁ・・・。なら華琳は今本陣におるんやな?」

  「え・・・?」

  霞が何気なく言った質問にぽかんとする凪。

  「え・・・って、何や?華琳来てないっちゅうか!?」

  「は、はい・・・」

  霞の勢いに押され、はきはきと喋る凪は歯切れの悪い応えが返ってきた。

  「何やて!?華琳の奴どないしたんや!体の具合が悪いんか!?」

  「待て、霞!今はその事を詮索している場合では無い!!」

  「しゅ、春蘭・・・?」

  確かに春蘭の言う通り、しかしこの時霞は春蘭の言動に違和感を感じる。

  「お前、どっか怪我したか?」

  「何を言い出すのだ、突然?」

  「い、いや何でもあらへん・・・。何でも・・・」

  「うん・・・?」

  (おかしいなぁ・・・、いつもの春蘭ならあそこは『何だと、華琳様が体調を崩したというのか!』

  みたいな、感じに入って来るはずなんやが・・・)

  「ど、どうした霞?そんな・・・私の顔をじろじろと?」

  「何でもあらへん・・・。そない事より、今はお前の言う通りにしといたる!いくで凪!」

  「はっ!!」

  霞の呼びかけに凪はいつも通りはきはきと答えた。

 

  同時刻、とある一室にて・・・。

  「ふむ・・・、楽進、李典、于禁も来ましたか・・・」

  その机の上に広げられる地図、その上には人の形をした駒がいくつか乗っていた。

  「張遼・・・」

  そう言って、地図の上に乗っていた駒の一つを手で取り上げ、そのまま受皿に置く。

  「夏侯惇・・・」

  同じく、地図の上に乗っていた駒の一つを手で取り上げ、そのまま受皿にまた置く。

  「そして夏侯淵・・・」

  またしても、地図の上に乗っていた駒の一つを手で取り上げ、そのまま受皿にまた置く。

  「後は・・・、そうですね。楽進の『情報』を一通り取れれば、十分でしょうかね?できれば許緒と

  典韋も欲しかったのですが・・・。まぁ致し方ないでしょう」

  そう言い終えると、両肘を机に置き、両手の甲を重ね合わせる。

  「後は女渦の研究結果をうまく活用すれば、計画は上手く行くでしょう・・・」

  そして顎を両手の甲に乗せる。

  「では、五胡の皆さん・・・もうしばらく頑張って頂きましょう」

 

  それから半刻・・・、戦況は平行線を保ったままであった。五胡の侵攻は先程と依然変わりなく、

 こちらの兵力に合わせ攻め続けていた。

  「はああああっ!!!」

  拳に込めた気を敵に叩きこむ凪。

  ズドォォオンッ!!

  爆発音にも似た音とともに複数の敵が一度に空に向かって吹き飛ばされる。

  「おおーー!!いつ見ても派手やなあっ!」 

  その光景を見て、感心する霞。その隙を突くように、霞の後ろから五胡兵が斬りかかろうとする。

 が、霞は後ろを見る間もなくその兵を偃月刀で切り払う。

  「ん?」

  この時、霞はある事に気がついた。

  

  「てぇりゃあああーーーっ!!」

  キュイイイィィィィィンッ!!

  真桜の螺旋槍が回転とともに機械音を上げながら、前方の敵達を問答無用に蹴散らしていく。

 そんな見た事も無い戦法に五胡の兵達はどう対処すれば良いのか、判断をあぐねいていた。

  「今だ、放てぇえええっ!!」

  秋蘭の号令に合わせ、弓兵隊は一斉に矢を五胡の兵達に放つ。それはまさに矢の雨。

 その雨から逃れられなかった者は抵抗も虚しくその矢に体を刺し貫かれる。

  「真桜ちゃん、すごいの~!」

  友の活躍を飛び跳ねて喜ぶ沙和。

  「ま、うちもその気になれば・・・こんなもんよぉ!あーはっはっは!!」

  友の言葉に浮かれ気味な真桜。

  「・・・とはいえ、まだ敵の方が優位である事には変わらない。だからお前達も気を抜くなよ」 

  浮かれる真桜達に釘を刺し冷静にこの状況を判断する秋蘭。

  「ん?・・・これは」

  この時、秋蘭はある事に気がついた。

 

  それからほどなくして魏軍本陣に一つの報告が入る。

  「五胡が撤退していく・・・?」

  「はっ!何の前触れもなく、五胡全軍が撤退を開始しました!」

  「・・・・・・・・・」

  その報告に頭を抱え、その理由を詮索する稟。

  「追撃の命令を出しましょうか?」

  「いえ、この状況での撤退は罠の可能性があります。各隊には本陣に戻る様、伝令しなさい!」

  「はっ!では、失礼します!」

  兵士は稟に一礼をすると、急ぎ天幕を出て行った。

  「ふぅ・・・結局、目的は分かりませんでしたね・・・」

  溜息をつき、眼鏡を位置を直そうと手を眼前まで伸ばす。しかし、稟は眼鏡をかけていないため中指は

 目と目の間で行き先を失っていた。

  「何をしているのですかぁ、稟ちゃん~?」

  「え・・・!いえ、別に・・・!」

  横から風が声を掛けてきたため、稟は面喰らって驚き、慌てて腰の後ろに隠す。そんな動揺ぶりに風は

 口を押さえてふふふ・・・と笑っていた。

  「それはともかく良かったじゃないですかぁ、稟ちゃん。当初の目的である五胡を退ける事自体は

  出来たのですから、ねぇ~」

  「確かにそうではあるが・・・」

  風の言葉に何処か納得のいかない表情をする稟。

  「五胡も気になるのですが、風としては今は華琳様の方が一番・・・ですねぇ」

  「・・・風!あなたはっ!?」

  風の口から華琳という単語を聞くと否や驚きと怒りが混じった声を発する。

  「華琳様の方が、今は魏の一大事だと思うのですがね~・・・」

  まったりとしたいつも通りの風の口調で言う。

  「・・・・・・」

  返す言葉を失くす稟。彼女自身分かっていた事ではあったのだ。今、我が親愛なる主の身に起こっている

 異常事態を・・・。

 

  「そうか、撤退命令か・・・。分かった、下がれ」

  兵士から撤退命令を聞いた秋蘭は兵を下げる。

  「真桜、沙和・・・、聞いた通りだ、お前達も自分の隊をまとめて本陣に戻れ」

  「「はぁいっ!」」

  秋蘭の言葉に、二人は元気よく返事する。

  「夏侯淵将軍・・・」

  秋蘭の元に別の兵が駆け寄る。

  「どうした・・・?」

  「実は、歩兵の者が敵本陣と思わる所で気になるものを・・・」

  「ほう・・・?で、その気になるものとは」

  「これです」

  兵士は懐から巻物と思われる物を取り出し、秋蘭に手渡した。

  「これか・・・」

  巻物を自分の前で広げ、その中身を確かめる。しかし、中身を確かめれば確かめるほど、秋蘭の表情は

 歪んでいく一方・・・。

  「・・・・・・何だ、これは?」

  「いえ・・・、自分に聞かれましても」

  どうやらこの兵士もすでに中身を確認していたようで、秋蘭と同じ表情になって答える。

  「そうか・・・」

  秋蘭は仕方無いとその問題の巻物を再び丸め懐に仕舞った・・・。

 

  「ふむ・・・大人しく撤退してくれましたか。これは上々・・・あのまま追撃されても面倒なだけです

  しね。さてと・・・」

  口から笑みが零れる。

  「彼女達の戦闘に関する『情報』は取れましたし、上手く軍の中に颯等を紛れ込ませる事も出来ました。

  後は来るべき時期に、上手く動いてくれれば問題はありません。この事に関しては女渦には感謝せねば

  なりませんね。しかし・・・」

  途端笑みが消える。

  「しかし・・・困りました。まさか鍵が向こうの手に渡ってしまったのはさすがに予想外。念のために

  颯に持たせておいたはずが・・・、裏目に出てしまったようです。まぁ・・・大丈夫ではあると思います

  が・・・、不安の芽は取り払うに越した事はありません」

  机の端に置いてあったベルの様な形をした呼び鈴を手に取り、そして鳴らす。その音はその部屋に

 響き渡り、外にまで響く。

  「お呼びでしょうか?」

  鳴らして、少しした後、その部屋に一人の女性が入って来る。

  「あなたに頼みたい事があります。あなたには洛陽に向かってもらいたいのです」

  「それは・・・、また如何な用でしょう?」

  彼女の問いに丁寧に答えると、彼女は成程と頷いた。

  「・・・分かりました。では、準備が出来次第・・・洛陽へと向かいます」

  「お願いします」

  「では、失礼します。」

  女性は、一礼してその部屋を去って行った・・・。

 

  五胡の不可解な撤退をして四刻後、一応の勝利を収めた魏軍は洛陽へと凱旋する。そしてその夜・・・、

 城の王宮にて五胡侵攻の報告がなされていた。

  「・・・以上で報告を終わります」

  最後の番である稟が報告を終えた。

  「そう・・・御苦労さま」

  稟に労いの言葉を贈る華琳。

  「恐らく、五胡の連中は今回の戦いで私達の戦力を計っていたのでしょうね?」

  「今後の魏への侵攻に向けてのですか?」

  「その可能性はあると思うわ。でなければ、こちらの動きに合わせて軍を動かす理由がないもの」

  「おまけに、誰かが五胡と繋がりを持っている可能性もありますしねぇ~」

  「確かに、今回の五胡の動きには少し不自然さが目立つわ。最も、ただの偶然と言えばそれまで

  なのだけれど・・・」

  「は。正直な所・・・現段階ではあまりに情報が少な過ぎます故に判断しかねております」

  「では、稟。あなたは風と共に五胡と繋がりを持っていそうな所を調べておいてくれるかしら?」

  「御意・・・」

  「分かりました~」

  「なら、今日はこれくらいにしましょう。皆、戦を終えて間もないのだから来るべき戦いに備え体を

  休めておきなさい」

  「解散!」

  春蘭の言葉で、報告会が終わる。桂花は華琳と共に王宮を出て行き、稟と風は自分達の執務室へと

 その場を後にする。そして春蘭達もその場を去ろうとした時・・・。

  「ちょい待ち、春蘭!ほんまどないなっとんねん、華琳の奴!あんなん華琳ちゃうでぇ!」

  霞が春蘭の肩を乱暴に掴んで立ち止らせた。今日の華琳の姿を見て、やはりおかしいと思ったのだ。

  「そ、それは・・・」

  春蘭は霞から目線を逸らし口ごもらせる。

  「呉で何かあったんかい!?そもそも蜀にいたお前らが何で呉にいんねん!?」

  「いやぁ、それは秋蘭が言っておっただろう?・・・真桜のからくりを・・・」

  「あほぅ!何言うとんねん!あんなモンその場凌ぎのでまかせやないかっ!?あん時は、状況が

  状況やったからそのまま流しただけや!」

  「う・・・」

  「・・・・・・」

  霞の言葉に、春蘭は動揺し、少し離れた場所にいた秋蘭もその表情が曇る。それを霞は逃すはずも無く、

 霞は自分の疑問を確信し、更に口撃を仕掛けていく。

  「明らかにおかしいと思ったんは、華琳が戦場にいなかったことや!あの華琳が、あんなデカイ戦場に

  出て来ないやなんて今までやったらありえへんでぇっ!!」

  「確かに、姐さんの言う通りやで・・・」

  霞の言葉に残っていた真桜も賛同する。

  「あんな華琳見るんは久方振りやで・・・。二年前、一刀が天の国に帰った時以来やで!!」

  「「「「っ!!」」」」

  そしてまたも霞は見逃がさなかった、春蘭達が『一刀』の言葉に反応した瞬間を。

  「そういう事か・・・、やっぱそうなんやな?」

  「霞様、一体何が・・・?」

  凪達も薄々ではあるが、霞の言葉から事態に気が付き始めていた。

  「それは、うちやなくてあちらさん方に聞いてみればええで」

  そう言われて凪達は春蘭達を見る。

  「春蘭様ぁ・・・」

  「秋蘭様・・・」

  季衣と流琉が助け船を求めるべく二人の方を見る。

  「しゅうらん~・・・」

  ついには姉の春蘭が妹に助け船を求める始末である。そんな三人の視線と、霞達四人の視線を

 一人で受け止める秋蘭。

  「ふむぅ・・・」

  何か諦めたように、秋蘭は溜息を一つついた。

  「・・・分かった、皆にも話そう。実は呉に向かったのは・・・そこに、北郷が居ると言う報告を

  蜀で聞いたからだ」

  「「「「っ!?」」」」

  霞達の顔が驚嘆の色に染まる。秋蘭はさらに詳細を語る。呉で起きた暴動事件、その際の一刀のとった

 行動、そしてその後の一刀の行方が不明になっている事も・・・。

  「・・・そうかぁ。やっぱ一刀が絡んでおったん?」

  秋蘭の話を聞き終わり、やっぱりという顔をする霞。

  「ああ、そうだ・・・」

  霞の問いに、簡潔に答える。

  「・・・っ!」

  「あ、ちょ凪ぃ!何処行くねん!!」

  「凪ちゃ~ん!」

  いきなり走り出した凪はそのまま王宮から飛び出して行ってしまい、その後を真桜と沙和が追い駆けていく。

  「真桜、沙和!!行ってもうた・・・」

  霞は二人を呼びとめようとしたが、すでに姿はなかった。

  「・・・大丈夫なのか、凪の奴?」

  「うむ・・・、まぁ真桜と沙和が追って行ったのだから大丈夫だとは思うのだが・・・」

  「凪ちゃん・・・」

  「季衣・・・」

  凪を心配する季衣の肩をもつ流琉。

  「それで・・・、まだ一刀が見つかったって話は無いんか?」

  「残念ながらな。雪蓮殿達も探してくれてはいるのだろうが・・・」

  「呉に一刀が居ると知って、急いで駆け付けたのに着いたら既にもぬけの殻。おまけに何処にいるかも

  分からん・・・。だから華琳はへこんどんのか?アホかいなぁ?」

  「そうだな。最も華琳様は否定するだろうがな・・・」

  霞の言葉を肯定する秋蘭。

  「大丈夫なのでしょうか、華琳様?」

  「流琉・・・。済まん、それは私にも分からん。あの方は人前で弱音を吐く事は決してないからな。

  ただ一人を除いて、な」

  「兄様・・・ですか?」

  「うむ」

  首を縦に振る秋蘭。だが流琉の言葉には反応したのは、秋蘭だけではなかった。

  ゴンッ!!

  「「・・・?」」

  王宮に鈍い音が響く。皆が辺りを見渡すと霞がその音の原因を見つけた。

  「しゅ、春蘭!?何やっとん!?」

  王宮の一つの柱に向かって項垂れる様に春蘭が自分の眉間を押し当てていたのだった。柱と眉間がようやく

 離れたと思った瞬間、再び先程と同じ鈍い音が王宮内に響いた。

  「あ、姉者!?」

  そう・・・、春蘭は自分の眉間をその柱に自分から叩きつけていたのだ。そしてまたぶつける。

 何度も・・・何度も・・・何度も。手加減する事も無く、力一杯に・・・。

  「春蘭さま、どうしたんですかいきなり!?」

  季衣の言葉に耳も貸さず、また柱に眉間を叩きつける。いつしか春蘭の眉間がぶつけられた箇所に血が

 付き始めていた。

  「しゅ、春蘭様!だ、だ、駄目ですよ。血が、額から血が・・・!」

  慌てて、春蘭を止めようとする流琉。そに合わせて季衣もそれに手を貸すがそれでも春蘭を止められない。

  「おい、春蘭止めなや!!それ以上やったら頭がかち割れんで!!」

  「姉者!!止めてくれ・・・姉者!!!」

  秋蘭と霞も入って、ようやく春蘭を柱から引き離すことが出来た。春蘭の眉間から血が流れ、顔中が血で

 赤く染まっていた。

  「おい、春蘭!一体何考えとんねん!?ただでさえ馬鹿のお前がこれ以上馬鹿になるつもりかぁっ!!」

  「霞・・・、それを言っては・・・!」

  手持ちの布で春蘭の眉間周囲を押さえつつ、春蘭を馬鹿と罵る霞を抑えようとする秋蘭。

  「馬鹿になれれば・・・どれほど楽な事か・・・」

  「あ、姉者?」

  春蘭は自分の眉間を押さえる秋蘭の手をどかし、自分で流血する眉間を押さえ、よろめきながらも

 立ち上がる。

  「今より更に馬鹿になれれば、華琳様の事を考えずに済むというに・・・!」

  語尾で額を押さえている反対の手がぎゅっと強く握られる。

  「歯がゆい・・・、何と歯痒いのだ!!華琳様が泣いておられるというに、それが分かっている

  というに・・・!私では・・・、華琳様の涙を拭ってやる事が出来ないのだ・・・!」

  「春蘭、お前・・・」

  霞を振り払い、春蘭は近くの柱にその怒りをぶつける。怒りをぶつけられた柱はそこに拳程の穴が出来る。

  「あいつのせいだ・・・そうだ!あいつが全て悪いのだっ!!あいつが・・・、あいつが華琳様を

  泣かせておるのだ・・・!あの馬鹿が!!私の華琳様を泣かしておるのだっ!!」

  あいつとは、一刀の事だと誰もが分かっていた。そして春蘭は柱に背を向けるとそのまま柱にもたれ掛かる。

  「・・・だが、本当に馬鹿なのは、私・・・。そして私が本当に許せないのは全てを北郷に押し付け、

  責める事しか出来ない私・・・自身なのだ・・・」

  そう言うと、力を無くしたのか・・・春蘭は足元から崩れる様にその場に座り込み、

 そのまま気を失ってしまった。

  「しゅ、春蘭さま!?」

  「春蘭様!?」

  季衣と流琉から驚きの声が出し、急ぎ春蘭の側に駆け寄る。

  「あ、あ・・・あ、あ、姉者ぁ!?」

  急気を失った姉を見て秋蘭は急に取り乱し、どうすればいいのか、あたふたし始める。

  「お、おい!秋蘭・・・!」

  霞は秋蘭に声を掛ける。

  「お、落ち着け霞・・・!まずは、早く血を止めないと!え、衛生兵、衛生兵・・・!!」

  「と、とりあえずお前が落ち着きぃや・・・秋蘭」

  逆に秋蘭をなだめる霞。

  「季衣、流琉。ここはうちらに任しとき。急いで、医者を連れて来てくれへんか?!」

  「は、はい!」

  「分かった!」

  そう言って、季衣と流琉は医者を連れて来るべく王宮を飛び出していく。霞は何とか秋蘭を落ち着かせ、

 気を失っている春蘭を介抱をする。流血する眉間を押さえていた布は赤い血の他に別の液体でも濡れていた。

 それは額から流れた汗なのか、それとも目が流れた涙なのか・・・。季衣と流琉が医者を連れて来たのは、

 それから半刻後の事であった。

  

  王宮から少し離れた石畳の廊下。

 その廊下を早歩きで進む凪、そしてその後ろから彼女を背中を追いかける真桜と沙和の姿があった。

  「ちょい待ちって、凪ぃ!!」

  「凪ちゃん、待ってなの~!」

  二人の声に、凪は耳も貸そうとせず廊下をどんどん進む。

  「おい、凪!待ちぃって、言うてるやろうがぁっ!」

  止まらない凪の前に真桜が立ちはだかる事でようやくその足を止める凪。

  「何で邪魔するんだ、真桜!」

  「そりゃ、邪魔もするでぇ!隊長を探すったって、宛があるんかい!?」

  「隊長がこの大陸のどこかに居る!それが分かっていれば探しようはある!」

  凪は目の前にいる真桜を無理やりどかし、先を行こうとするがそうはさせまいともう一度凪の前に

 出る真桜。しつこく前に立つ真桜に凪は苛立っていた。

  「いや凪、ちょっと落ち着きぃや・・・!」

  「そうだよ凪ちゃん!もう少し、落ち着いて考えてなの!」

  「私は至って冷静だっ!」

  「今のお前のどこが冷静なんやねんっ!?」

  そう言われて、凪はようやく黙る。だがそれは真桜達の話を理解したからでは無かった。

 凪は真桜達の横をすり抜けて行こうとする。そんな凪を止めようと、真桜はもう一度凪の前に立つ。

  「だから話を聞けっちゅうねん!ええか?今うちらが置かれてる状況を考えてみい・・・。

  今、この国は五胡に狙われてるんやで」

  「・・・・・・」

  黙って真桜の言う事を聞く凪。

  「それだけやない、華琳様の考え通りなら・・・この大陸にまた戦が起きるんやで!そないや時に、

  何処におるか分からへん隊長を探してる場合やない!それにあの人は何かと目立つ人や!そのうち隊長を

  見つけたって話が来るはずやで!大体、あの隊長がそう簡単にくたばるような人やな・・・」

  ドガァッ!!!

  「ぶっ・・・!?」

  突然凪が真桜を殴り倒す。凪の思わぬ行動に真桜は顔面を殴られ、後方三、四歩程まで後ずさる。

  「な、凪ちゃん・・・!」

  沙和は驚いた。何せあの凪が真桜を有無を言わさず殴ったのだ。

  「った~・・・。い、いきなり何さらすんや・・・!」

  凪に殴られて赤く腫れる右頬を手で押さえながら言う真桜。

  「真桜ちゃん、大丈夫なの?」

  心配そうに沙和が真桜に駆け寄る。

  「お前達の忠誠心がその程度だったとは思いもしなかった・・・」

  「な、凪ちゃん・・・な、何言って・・・?」

  「隊長の事より戦の方が大事ならそれでも構わない。勝手にしろ、私一人でも隊長を探すだけだ・・・」

  真桜の眉がピクンと動く。

  「・・・何やと?」

  小声で、ややドスのきいた低い声で発する真桜。

  「ま、真桜・・・ちゃん?」

  沙和が雰囲気が急におかしくなった真桜に話しかけようとした、その瞬間であった。

  「っ!?」

  「ま、真桜ちゃんっ!?」

  いきなり真桜が凪の胸倉を乱暴に掴む。それを見ていた沙和は驚愕する。

  「何やと凪・・・、もういっぺん言うてみいぃ!!ホンマしばくで、ごらぁっ!!!」

  このままではまずい、そう思った沙和は二人の間に割り込む。

  「真桜ちゃん、ケンカは駄目なの~!ほらぁ、凪ちゃんも謝ってなの~!」

  「うっさい!お前はすっ込んでろやぁ!!」

  「きゃうっ!」

  二人を仲介しようとしたが沙和は真桜にどつかれ、倒れてしまった。

  「『私一人だけでも隊長を探す』やと・・・?それで良い子ぶってる気でいるんかぁ!?

  ふざけんなやぁあああっ!!!」

  そう言って、振り上げた拳をそのまま凪の顔に振り下ろす。

  ドガァッ!!!

  「っ!?」

  頬を殴られた凪は、そのまま石畳に倒れる。

  「自分だけちゃうで凪!!隊長の事を心配しおってるんは!うちと沙和・・・それだけやない!

  春蘭様も秋蘭様も姐さんも!稟も風もぼくっ子も流琉も!あの桂花だってそうや!!皆、同じ思いなんや!」

  倒れる凪に向かって怒鳴り散らす。凪は倒れたままで真桜の位置からでは顔が見えなかった。

  「せやのに、お前は何や!?隊長の事思っとるんは、自分だけみたいな・・・そんなんいくらうちかて

  怒るわぁっ、自惚れんなくそボケェがぁっ!!」

  「・・・・・・・・・」

  「おい、聞いてんのか、凪!?」

  そんな凪の態度に、真桜は無理矢理でもこちらに向かせようと彼女の肩に触れる。

  「・・・・・・凪?」

  肩に触れて、真桜は初めて気が付いた。

  「おまっ・・・、泣いとるんか!?」

  彼女の肩が、震えている事を、そして彼女が泣いている事を。

  「まおうの・・・、いう・・・とおりだ・・・」

  彼女の口から発せられたのは、涙で声が上手く出せず、涙声となっていた。

  「みんな・・・、たいちょうの・・・こと、・・・わかっていた・・・はずなのに・・・」

  沙和は泣きながらも話す凪の傍に駆け寄り、彼女を力一杯に、されど優しく抱きしめる。

  「凪ちゃん、もういいの。もう喋らなくて・・・いいの!分かっているから、沙和は

  凪ちゃんの気持ち!」

  「さ・・・わ・・・」

  「何言うとんねん、沙和・・・!うちかて・・・、うちかて分かっとるわ!」

  「まお・・・う・・・」

  そして、さらに流れる涙の量が増える。

  「ご・・・めん、ごめん・・・なさい・・・」

  「もうええで、凪・・・。だから・・・、もう、泣くなや。うちまで・・・泣くやろが?」

  そう言うと、その場に座り込み、泣き出す真桜。

 廊下には、二人の泣き声が響き渡る。そんな二人を介抱する沙和の目にも涙が流れていた・・・。

   

  ところ変わり、華琳の部屋の前・・・。

  「華琳様、今夜は・・・私が・・・」

  「ふふ・・・、可愛い桂花。でも今日はそういう気分では無いの。だからまた今度ね」

  「はい・・・。では、お休みなさいませ」

  「ええ、お休み」

  そう言って、華琳は扉を閉め、部屋の中へと入って行く。両側に付けた髑髏の髪留めを外す。

 すると螺旋を描いていた髪は重力に従い、するっと綺麗に伸びる。

  「ふう・・・」

  自分の寝台の上に、そのままの姿で仰向けに倒れる華琳。自分の目を手の甲で隠し、その下に疲れを示す。

 そしてその手は少しずつ額の方へと動かす。彼女が見る先には、ろうそくの炎でうっすらと見える白い天井。

  「・・・駄目、まだ・・・駄目よ華琳。今はまだ駄目。私は覇王・曹孟徳。この国を、そして民達を守る

  ため、戦わなければいけないわ・・・」

  自分で自分に言い聞かす華琳。しかし、その姿は覇王というには余りにも弱々しいものであった。

  「一刀は、この大陸の何処かに居る・・・、今はそれでいい。あいつが帰って来れる場所を

  守らなくてはいけないのよ。だって、この世界で、あいつの居場所は・・・ここだけなのだから」

  覇王は自分の心に嘘を付いている。他の者を偽ることは出来ようとも、自分を偽る事は誰も出来ない。

 それは覇王である曹孟徳もまた、例外ではなかった。

  

  本当は泣きたかった、心の底から。彼に会いたくて、会いたくて・・・、会えるはずなのに、

 会えない・・・。今彼が何処にいるのかも分からない、でも・・・それでも会いたい、でも会えない。

  会いたい、でも会えない、会いたい、でも会えない、会いたい、でも会えない、会いたい、でも会えない

 会いたい、でも会えない、会いたい、でも会えない、会いたい、でも会えない、会いたい、でも会えない、

 会いたい、でも会えない、会いたい、でも会えない、会いたい、でも会えない、会いたい、でも会えない・・・。

  

  何で?

   

  何で・・・会えないの?

  

  何で・・・あなたに会えないの?

 

  こんなにあなたを求めているのに、何で?

 

  答えて・・・。

  

  答えなさいよ・・・。

 

  答えてよ!

 

  一刀!!!

 

  

「・・・っ!」

  気が付いた時には頬を伝わっていた。

 それが何かを知った時、すでに手遅れであった。

 それは涙・・・、自分の涙腺から溢れ出した・・・涙であった。

 今まで、塞き止めていたそれが流れ落ちたのだ・・・。

 今まで溜めに溜めてきた結果、一度流れ出せば、もう止める事は出来なかった。

  「・・・っ!」

  もう自分では止められなかった。華琳はうつ伏せになる、顔を枕に、力の限り押し付けて無理やり

 止めようとする。が、それでも止まらなかった。

  「かずとぉ~・・・。なんでよ~・・・、何で私のそばにいてくれないのよ~~・・・。

  かずとぉ・・・、かずとぉおおお・・・!!!」

  もはや周りの事など関係なかった。

 心の奥に押し込めてきたもの全てを吐き出すことしか、頭には無かった・・・。

  

  扉の向こうには、桂花がいた。

 当然、華琳の泣く声は聞こえていた。

 だが、部屋に入らなかった、入る事が出来なかったのだ。

 分かっていたのだから・・・、自分では華琳様の涙を止める事は出来ない事を。

 分かっているからこそ、歯痒かった・・・。何も出来ない自分が、ただ・・・歯痒かった。

 

  「ん・・・?」

  夜空に輝く星が綺麗に見える、一本の木が立つ見晴らしのいい丘の上で、寝る準備をしていた時であった。

  「今、誰かが俺を呼んだような気が・・・。・・・気のせい・・・だよな?」

  今ここにいるのは、俺と露仁・・・、って露仁が居ない!?

 確かそこの木の下で寝ていたはずなのに・・・!

  「まさか・・・」

  上に被っていた布を取り払い、辺りを探しまわす。

  そして、露仁を見つけた。

  「露仁、駄目だーーー!!そっちは駄目だってーーー!!!」

  ゴロゴロと丘を降りていく(?)露仁を捕まえようと、俺は追いかけた。全く・・・、いろんな意味で

 退屈しない爺さんだ・・・。

 

  この時、洛陽にいる華琳達が自分を想って泣いている事を、そして自分に課せられた運命を、一刀は

 知る由も無かった・・・。

  


 
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