No.127128

「無関心の災厄」 シラネアオイ (8)

早村友裕さん

 オレにはちょっと変わった同級生がいる。
 ソイツは、ちょっとぼーっとしている、一見無邪気な17歳男。
――きっとソイツはオレを非日常と災厄に導く張本人。

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2010-02-28 01:31:58 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:628   閲覧ユーザー数:620

            「無関心の災厄」 -- 第一章 シラネアオイ

 

 

 

 

第8話 無力な道化師のリゾリューション

 

 

 

 

 悪魔の証明《probatio diabolica》、なんて言葉がオレの脳裏を過ぎる。

 この時点を持って、一連の事件は完全にオレの理解の範疇を超えた。

 どう見ても有機生命体《タンソ》に見える白根と、どう見ても珪素生命体《シリカ》に見える少年。

 なぜ二人が闘っている?

 ネコ少年が先ほど言った、『異属』は白根の事なのか?

 だとすると、白根は人間ではないのか?

 いったい――

 

 キン、と甲高い金属音がして、ネコ少年の尾が傷ついた。

 白根が持つのは、珪素生命体が持つのと同じ、『水晶の爪』。

 血の滴らぬ傷口に、一年前の記憶が蘇る。

 ヤマザクラ、キツネ、髪、『異属』、笑顔。

 笑顔――

 

 また、オレには何も出来ないのか……?

 

「……めろ」

 

 ふつふつと沸き上がる何か。

 それは、沸騰石なしの実験のように、次の瞬間突沸した。

 

「やめろ! ソレは『異属』なんかじゃねえ!」

 

 オレの大声で、びくりとするネコ。

 サファイアのような蒼がオレをみた。硝子玉のように感情ない、美しい瞳。

 

「やめろ」

 

 オレの言葉で、ネコは一歩一歩と後ずさりし、そして、何も言わずに夜の闇へと身をひるがえして去っていった。

 ああ、やっちまった。

 アイツは明日、ヤマザクラの元に来てくれるだろうか?

 先輩と夙夜に会わせてやる事はできるだろうか?

 もう少しだけ、アイツとの縁を繋ぎ止める事は可能だろうか……?

 

「困りました」

 

 白根の声が背後から響いた。

 真実《ホンモノ》の人間は、なぜか水晶の爪を持ち、この場に現れ、真実《ホンモノ》の珪素生命体《シリカ》を混乱させた。

 でもコイツは、『異属』じゃない。

 なぜあのネコ少年は白根を『異属』だとみなしたんだ?

 

「あなたに協力を要請する際、私の行動を妨げない事を了承していただくのを忘れていました」

 

 ゆっくりと振り向いたオレの目に、街灯の下、制服のまま佇む白根の姿が目に入る。

 オレと同じ制服、見慣れた桜崎高校の女子ブレザーが、全く別世界の召し物に見えた。

 しかしながら、白根の指に装着されている武器はオレにも見覚えがある。

 あれは、珪素生命体《シリカ》だけが持つ筈の『水晶の爪』。

 LEDの街灯に照らされて、プリズムのようにきらきらと輝いていた。

 どくん、と心臓の鼓動一つ。

 喉を裂かれた萩原の顔が想起する。

 

「どうやら、あなたは違うようです。それが今、分かりました。あなたは私の探すモノではなく、強い極性をもつ適合者《コンフィ》」

 

 静まり返った夜の坂道に響く、透明な声の主は白根だ。

 何だ? 白根はいったい何を言っている?

 

「待て、白根。それより、オマエのその『爪』は」

 

「これは、私に与えられた武器です。珪素生命体との戦闘を考慮し、与えられたものです」

 

 珪素生命体《シリカ》と同じ武器を与えられた――オレは、その瞬間観念した。

 オレの感覚を信じると、残念ながら、白根の言葉はすべて本気だったらしい。おそらく、その後ろには何かしらの組織が控えている。

 新規生命体関係、おそらく違法ぎりぎり、戦闘も辞さない物騒な集団。

 この白根の洗脳っぷりから見ると、頭の方も相当キレるらしい。

 恐怖が膨れ上がる。

 水晶の爪を納めた白根は、オレに向かって頭を下げた。

 

「ここまで巻き込んでしまったのは私の責任です。それ相応の償いはさせていただきます」

 

 淡々と、静々と、粛々と。

 足りない。

 足りない。

 情報が足りない。

 

 

 

 

 オレは下っ腹に力を込め、震え出しそうになる全身を押さえた。

 

「じゃあ白根、その償いっての、『情報』という形でオレに渡してくれないか?」

 

 声が震える。

 

「情報ですか……いいでしょう」

 

「逃げんなよ」

 

 挑発的な言葉は、きっと白根にとって何の意味もない。

 それでも、聞きたかった。

 オレの中に芽生えた、経験則に基づく予感を確かめるため。

 

「オマエがオレを探し人と見誤った理由を教えてくれ」

 

「それは」

 

「探し人に関しては秘則だ、ってんだろ? それなら、余計な事は言わなくていい。オマエがなぜオレと間違えたのかを簡潔に説明しろ。それなら、オレに対する過失の説明であって、オマエの言う『捜索対象』の事を話すわけじゃなくなる。被害者に対して過失の弁明と説明をするのは、加害者の義務だぜ?」

 

「そうですが」

 

「オマエの秘則事項は、『捜索対象』の事だ。オレについての事じゃないし、オマエの失敗談を口止めされるわけでもない……まあ、間違えた事を恥と感じて口を噤むなら止めないが、さっきオマエは『償う』って言ったわけだからな。それなりの説明はしてもらうぜ?」

 

「……」

 

 白根は、少しの間迷ったようだった。

 もちろんそれは、沈黙から判断しただけであって、断じて白根の表情が変化したというわけではない。

 

「わかりました。ただ、誰にも話さないと約束してください」

 

 よし、オチた。

 思った通り、頭の固い機械《ロボット》は小手先の誤魔化しに弱いらしい。

 口先上等、今のオレには情報が必要だ。

 

「私は一年前、この街に迷い込んだ珪素生命体《シリカ》を追っていました」

 

 一年前。

 梨鈴。『異属』。衝動。破壊。そしてマイクロヴァース――

 思い出したくない記憶が刺激される。

 

「しかし、その珪素生命体《シリカ》は、何者かによって破壊されてしまいました」

 

 一年前にこの街へと迷い込んできたネコの珪素生命体《シリカ》の事を、オレはよく知っている。

 なにしろ、オレはその現場にいたからな。

 

「もともとこの街には、人の中で暮らす『リリン』という個体識別称を持つキツネの珪素生命体《シリカ》がいたことは分かっておりましたが、保護されず、経過を観察されていました。ですから、最初はネコとキツネという『異属』による相打ちと判断されました。しかし、その見解には疑問が多く残ります。詳しい説明は省略させていただきますが、柊護さん、それはあなたが一番よくご存知でしょう」

 

「……」

 

「聞き込みの結果、一年前までここにいた珪素生命体《シリカ》は、あなたに一番懐いていたという情報を得ました」

 

 まるで箇条書きのような報告だ。

 オレが口を挟む隙もねえ。

 そして聞き込みでオレに対象を絞るなんざ、ストーカーもいいところだぜ、全く。

 

「ですから、私はあなたがそうではないかと思ったのです。申し訳ありませんでした。知っている人間に似ていたというのは、虚言です」

 

 しかも、分かってしまった。

 オレには白根の探しているモノがわかってしまった。

 ああ、まったくもう、ふざけんなよ、マジで。

 オレの嫌な予感ってのは当たるんだ。

 

「第一命題と共に私に与えられた情報は、ただ、『珪素生命体《シリカ》を破壊できるモノ』だという事だけです」

 

 残念ながら、白根の探している相手は、オレじゃなかったらしい。そりゃあそうだ、オレなんて探して監視したって、何の得にもなりはしない。

 もしでかい組織が探して監視するとすれば、その相手はオレじゃなく、オレの同級生。

 

「人の身でありながらうちにケモノを宿す規格外のイキモノ。それが、私の第一命題の対象です」

 

 その瞬間、オレは思った。

 きっと、世界は夙夜を放っておかない。

 オレなんかにはどうする事も出来なくなる時がいつかやってくる――いや、すでにオレには手を出す隙も口を挟む隙もないのかもしれない。

 

 そうだ、だってオレには何も出来やしない。萩原が死んだ時だって、梨鈴が消えた時だって。

 ちくしょう、そんなこと、分かってる。最初からオレが凡人だってことなんて、分かってる。

 何故わざわざオレの傷を抉るような事をするんだ。

 燃え尽きにも似た脱力感、虚無感、無力感。

 諦めと切望の狭間でもがく、滑稽な道化師。

 

 

 オレは『口先道化師』――モノガタリの、蚊帳の外。

 

 

 もう一度現実を突き付けられ、オレは肩を震わせた。

 どうにもリアクションが取れなくなった時、人間ってのは笑うように出来てる。

 

「はは……そうか、そうか」

 

 それでも、いくつかの出来事の謎は解けた。

 現れたネコの珪素生命体、『異属』と認識させる爪を持つ白根、水晶の爪で裂かれた萩原。

 足りない情報は、あと一つ。

 真実に傾くシーソーに乗せる、最後の一つ。

 その一つさえ、見つければ。

 

「あばよ、白根。オレはもう二度とオマエの顔なんざ見たくねえ」

 

 オレは決意を握りしめ、転校生に背を向けた。

 

 

 

 

 


 
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