No.126571

Between the light and the dark 第二章ー城の外2

まめごさん

ティエンランシリーズ第五巻。
クズハの王子アオイたちの物語。

「難儀な男だよ、全く」

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2010-02-25 10:12:02 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:471   閲覧ユーザー数:459

後ろから幼い気配が必死についてきている。振りかえると水色の髪の少年が、往生していた。どうやらフワフワの髪が枝に引っかかったようである。暴れているその姿はまるで、小動物が罠にかかったみたいだった。

「取りますから、じっとしていテ」

クスクス笑って縺れている毛に手を伸ばすと、少年は赤茶けた瞳でじっと自分を見つめた。

小柄な方なのだろうか、身長は自分よりも少し大きい。

「はい、どうゾ」

乱れた髪を整えてやると、少年はふんぞり返った。

「礼を言う」

「どういたしましテ」

そのままテクテクついてくる。川を見たいのだろうか。

「お名前を聞いてませんでシタネ」

「アオイだ」

「へえ、きれいな名前」

「苦しゅうない」

えらそうに言った少年は、また髪の毛を枝に引っ掛け顔を顰めた。

川に出た。大きくも小さくもない川だった。澄んだ水がピルピルと流れている。

「すごい…!」

ずっと王宮で過ごしていた王子は初めて見るのだろう、歓声を上げて走り寄る。が、ワカは動けなかった。そこに奴がいたからである。

「どうした」

「ア…」

背中を汗が伝う。奴はこちらを見てゲコ、と鳴くと、なんと跳ねてきた。

足がすくんで動けない。恐怖がせりあがって声も出ない。

「あ、カエルだ」

その単語を言うなー!

かたまっているワカとカエルを眺めていたアオイは、無造作にその足を掴むと、川に向かって投げた。ポッシャンと音がした。

「お前、カエルが嫌いなのか?」

「そっその単語を言わないデ!お願いだカラ!」

ほとんど泣きそうになりながら、ワカは叫んだ。死ぬことより奴と対峙する方が恐ろしい。

「へーえ」

嬉しそうに、とっても嬉しそうにアオイは笑った。

「なあ、ワカとやら」

ニヤニヤ笑いながら身を寄せる。

「言わないでやるから、ぼくの言うことを聞け」

「はイ?」

恐怖の残っている体を抱きしめられた。何をしているのだ、このお子さまは。

「別に死ねとは言わない。ただちょっと、足を…痛い!」

「何をやっとるんだ、お前は」

イランの鉄拳に悲鳴を上げたアオイは、頭を押さえて振り返った。

「さっさと水浴びでも素潜りでもしろ。アオイ、お前はおれと来い」

「嫌だ、この暴力男!…ぎゃー!ぼくは王子だぞ!」

片手にアオイを担ぎあげ、片手に少女をぶら下げたイランの後ろ姿は、まさしく子連れ狼だとワカは思った。

****

 

 

何よ、何なのよ、あの女。すごく邪魔。

キキョウが睨みつけている目線の先には、ワカと呼ばれている娘がイランと話している。

すぐに分かった。あの子はイランが好きなのだ。そしていつもは無愛想な男の表情も、笑わずとも柔らかい。他人には分からない通じるものが二人にはある気がした。

面白くない。苛立ちのまま、芋に箸を突き刺すと欠片が飛んだ。

 

相変わらず文句は言うものの、キキョウは少しずつ下界に馴染んできた。泣いても誰も構ってくれないし、お腹はすくし、腹が減ると今度は体に力が入らない。それでも、みなと宿の一階でご飯を食べるのは嫌だった。意地になっていたといっていい。

「お前、食わねえと倒れるぞ」

「倒れた方がましよ。そんなもの食べるくらいなら」

盆を持ってきたアカンにプンと顔を背けると、横にいたイランがその茶碗を取って、スタスタとキキョウの元へくる。

な、何かしら。あーんって食べさせてくれるのかしら。胸を高鳴らせながらの、ほのかな期待は一瞬で砕けた。

「いいから食え!」

「むぐーっ!」

飯を手づかみで口に突っ込まれたキキョウが悶絶の声をあげると、アオイが爆笑した。

「わ、分かったわよ、自分で食べるわよ!別に、食べたいから食べるんじゃないのよ、あんたに無理やり口に手を突っ込まれるのが嫌だからよ!」

これが言い訳となった。わたしがこんな不味いご飯を食べるのは、イランに乱暴されるのが嫌なんだからね。

 

と、目の前の三人が同時に上を見上げた。

「帰ってきたな」

「帰ってきましたネ」

「アカンはへべれけだわ」

そして何事もなかったように食事を再開する。この人たちは何なんだろう。イランは、父の知人だと言った。アカン、シラン、カナン、ワカはその部下だとも。臣下という感じではないし、兵を倒す彼らの姿は常人離れしていた。

「ぼくらを守ってくれているじゃないか。信用できる人たちだと思うけどね」

「…叔父さまも信用できる人だったじゃないの。もうわたし、何を信じていいか分からなくなったわ」

あの美しい叔父が、執拗に自分たちの命を狙っている。信じたくはない、でも何度も王宮の兵士たちはわたしたちを襲ってきた。

「姉さまはさ」

寝台の上で、弟は覗きこむように姉を見た。

「きれいなものしか信じたくはないんだよ。汚いものに目を逸らせてさ。だけど、きれいなものの下にも、汚いものもあることを知るべきだよ」

「…どういう意味よ、それ」

「分からなかったらいいよ。お休み」

わたしは頭が悪いのかしら。謎かけのような言葉を言った弟は、先程からチラチラとワカを見ている。

 

部屋に戻った五人を迎えたのは、赤い顔して酒を飲んでいるアカンと、鼻をつまんで顔をしかめているカナンだった。

「この酔っぱらいをどうにかしてください」

「酔っぱらってなんかいねえよ。ちょっと目が回っているだけだ。いやー。クズハの王は話の分かるおっさんだねー」

「オウバイが何をした」

「躁どころじゃないです。あの人、なんなんですか。大人の皮かぶった子供ですか」

キキョウとアオイは目を見合わせた。父さまの話をしているのよね、この人たち。

「後で聞こう。明日は港まで行くぞ。お前たちも風呂を済ませて、早めに寝ろ」

「じゃあ、ワカ。体を洗ってくれ」

アオイがにっこり笑った。

「あれを言ってほしくなかったらな」

「止めテー!」

ワカが絶叫してイランの後ろに隠れる。

「あ、そんな態度を取るのか?カエルカエルカエルカエル!!」

「ギャー!」

「やかましい!」

「もっと言ってやれよー。アオイ。闇者がカエル怖がるなんて前代未聞…」

その言葉は小さく霞んで消えて、部屋の中は静かになった。

イランたちは怒りの眼差しをアカンに注ぎ、キキョウとアオイはぽかんとして、五人を見つめている。

「闇者?」

アオイが呆けた声を出した。

「闇者って…金次第で何でもする、あの闇者…?」

キキョウも噂でしかしらない。実物なんて、誰も見たことすらない。恐ろしい集団で、金さえ出せば、どんな依頼もこなすと聞いている。父は闇者と契約したのか?

「ごめんよー」

肩をすくめて、アカンが言った。

「ばれちゃったらしょうがねえだろ、イラン」

「ばらしたのはお前だー!」

ゴオンと怒りの鉄拳がアカンの頭に落ちる。

「このへべれけ酒浸り男!禁酒して十日しか経ってねえだろうが!」

「いや、十日ももったんだって。最高記録だぜー」

「自慢するな!この馬鹿!」

「えー。そういうわけで、この話は聞かなかったことにしてね」

「聞いちゃったわよ!わたしたち、しっかり聞いちゃったわよ!」

「じゃあ、忘れ薬を飲みますか?ちょっと体に湿疹ができますが」

「飲まないよ!誰が飲むかよ、そんな薬!ワカもそうなの?」

「はあ、一応」

「なにが一応だ、お前はもっと自覚を持て!カエル部屋にまた叩きこむぞ!」

「ひィ!それはご勘弁ヲ!」

「イランご乱心―。あんたたち、避難しないと巻き添え食うわよ」

「巻き添えって?」

「犯されちゃうの」

「犯すかー!」

しばらく部屋は大騒ぎだったが、隣の「うるせー静かにしろ!」悼みいるご忠告でぴたりとやんだ。

「仕方ねえな」

舌打ちしてイランが髪を両手でかきあげた。そしてアオイとキキョウに向き直った。

その後ろには、ワカ、シラン、カナン、アカンも立ち上がって寄り添うように控える。

「おれたちは闇者だ」

圧倒するような迫力に、アオイとキキョウが気圧された。

「クズハの国王、オウバイとの契約によって、お前たちをティエンランに送り届ける。そして城の中が一掃されたら、またクズハに戻るまで守ってやる」

****

 

 

部屋の中は二人の寝息が聞こえている。王女は泣き疲れたのだろう、頬が濡れていた。

闇者だと告白した後、イランは一切を包み隠さず、王子たちに話した。アオイは納得していたようだが、キキョウは衝撃を受けたらしい。まさか叔父と母が関係を持っているなど。

子供には少しきつい話だったのかもしれない。

ワカは蒲団をかけ直してやると、窓辺に腰を下ろして、静かに目を閉じた。この上では仲間の四人が各々の報告を行っている。

念のため、部屋に残ったワカも、神経をとがらせてその会話に耳を澄ます。

カナンとアナンによると、解毒剤の副作用で躁を通り越して陽気になった王は、バリバリと政務をこなす反面、様々な嫌がらせを弟に行っているらしい。

「それが…頭上から盥を落としたり、寝ている顔に落書きをしたり、なんてゆうか…」

「ガキ以下だな」

「政務も、未だ寝台から起き上がれない振りをして、こっそり書類を持ってきてもらって、指示していました。気が付かない弟さんも弟さんですが」

「城内も何となく動き出したぞ。美辞麗句を並べるだけの役立たずよりも、名君の誉れ高かった王に傾きはじめた輩もいる。片や馬鹿王大歓迎の弟派と対立してな。あいつら権力には敏感だから」

「町の噂では、王女王子は王位を狙う王弟に、殺されそうになり命辛々外に逃げ出したことになっているわ。あながち嘘じゃないけど、噂を流したのはきっと国王ね」

 

「お前はそんなところで寝ているのか」

驚くほど近くから声が聞こえて、ワカは仰天した。アオイが自分を見下ろしている。

「寝ていたのではなかったのデスカ」

「ふと目を覚ましたら、お前がこんな所で寝ているからだな、不憫に思って声をかけてやっただけだ」

「そりゃドウモ…」

「来い」

手を引っ張られ、無理やり起こされた。そのまま寝台に誘おうとする。

「あの、その、結構です、お仕事もあるのデ…」

振り切ろうとしても、がっちりと離れない。本気をだせば、加減が出来ない。

「あれを言っちゃおっかなー」

途端に体が固まった。

「あの、上にイランたちがいるんです、だから本当にもうやめてくだサイ…」

「女ってさ」

寝台にワカを押し倒したアオイが微笑んだ。その赤茶色の目は静かで、侮蔑すら混じっている。

「最初は嫌がるくせに、結局喜ぶんだよな。演技なのか」

「喜んでいるように見えますか、これガ」

「喜ばせてやるよ」

「このマセガキ」

ボコンと水色の頭が跳ねる。イランが拳を振り下ろした状態で立っていた。

「ガキはさっさと寝ろ。ワカ、話がある」

「はイ」

乱れた衣を直しながら、素早く起き上がる。頭を押さえて蹲っているアオイには見向きもしなかった。

****

 

 

東の老婆の館では、結局何もしていなかったとワカは頭を掻いた。

「お掃除とか、ご飯を作ったりトカ…。あ、ジン語を叩きこまれマシタ」

「ジン?それに関係する仕事でもあるのかしら」

「さあ、何も言われないまま解散になっテ。他の子たちも、理由は知らなかったみたいデス」

「そうか、分かった。散れ。ワカは残れ」

三人が消えた後も、イランは隣に立つワカに何も言わない。冬の終りの夜風がゆるゆると吹いている。

「何カ」

「あそこで、一人の女が接触してこなかったか」

「…きまシタ。クンという人デス。…お知り合いデスカ?」

「そんなもんだ」

 

お願い、わたしを連れて逃げて。

おれはお前を許さない。一生許すものか。

この大馬鹿者が。

 

声が聞こえる。過去の闇の間から。

 

まさか親友に裏切られるとはな。

シシドは自害した。お前の行いを詫びながら。

何故だ、爺さまが教えたことだろう!親兄弟にも情けは無用と教えたのは爺さまじゃないか!

 

「どういうお知り合いだったんデスカ…」

「お前には関係ない」

「イラン」

ワカが縋るように見上げる。天に月がないことにイランは安堵した。月明かりを浴びれば、この娘の瞳は黒曜石のような黒から濃く蒼い色へと変わる。まるで男を狂わせる色だった。一度だけ狂った。小さな体を引き寄せて、柔らかい唇を吸った。が、堰を切った理性は、過去とは違いすぐさま正気に戻った。

「あたしハ」

目を逸らさずに真っ直ぐ黒い瞳はイランを見つめる。

「あなたが好きなんデス」

「そうか」

「そういう風に育てられたんデスカ」

「そうだ」

「何故」

「都合が良かったからな」

ワカは何か言おうと口を開いたが、すぐに閉じた。悲しげに俯いたまま黙っている。

女などただの道具に過ぎない。唯一人、手にしたいと願った女は、寸前で引き離され何事もなかったように、当主として君臨している。

自分だってそうだ。問題のある者ばかり押し付けられたものの、頭として未だにこの里にいる。

突然ワカが抱きついてきた。

「少しダケ」

顔も上げずに涙に濡れた声で言う。

「お願イ。少しだけ、こうさせてくだサイ」

小さな手が縋るように背を掴んだ。

お願い、わたしを連れて逃げて。

あの時も女は縋るように自分に抱きついた。秘かに想っていた親友の女。

虫の音、月明かり、頬を伝う涙。朧に光る女の黒髪、男たちの叫ぶ声、砕け散った友情。

ワカの肩が、嗚咽を堪えるように震える。

今宵の月は出ずとも、その瞳が蒼く濡れずとも。

イランには分かっていた。

だから男は突き放すように女を身から離し、振り返りもせずに去った。

****

 

 

「難儀な男だよ、全く」

その光景をカナンは林の木の上から見ていた。横にアカン、上にシランがいる。

一見の闇夜の中でも三人には、ワカが崩れるようにしゃがんだのも、小さく啜り泣くのも分かった。

「どうしてイランさんはワカちゃんだけに冷たく当たるんだろう。ぼくにはさっぱり分からないや」

「あの事件が関係しているのかしら」

「どうだろうな」

口に銜えていた草を噛みながら、アカンが答えた。その事件をカナンはよくは知らない。

「なにがあったんですか」

「本人に聞いたら?」

シランもアカンも知っているくせに、教えてくれない。

「聞いて素直に教えてくれる人だと思いますか」

「女装でもして寝技に持ち込んでみたら?案外うまくいくかもよ」

「嫌ですよ。シランさんじゃあるまいし」

まあ、失礼ね。シランが鼻を鳴らした。

「あいつが丁度、ワカと同じ年の頃な」

ぽつんとアカンが言った。

「掟を破ろうとしたことがあった」

「里抜けしようとしたんですか?」

思わず驚いた声が出た。誰よりも規律にうるさいイランが。あり得ない。大体、そんなことをすれば殺されるのが当たり前ではないか。

「またどうして」

「それは言わねえ。ガキくせえ理由だったが」

かんでいた草を吐き捨てて、アカンは幹に凭れる。

「感情を持たないように訓練されていたおれには、衝撃だったよ。馬鹿な奴だと思った。と、同時にとてつもなく羨ましかった」

「わたしも」

シランの声にはいつもの皮肉っぽさがない。

「使い捨ての命だと、虫ケラだと教えられてきたから…。でも、だからこそイランは、里抜けしようとしたのかもしれないわね」

良く分からないや。カナンは頭を掻く。その様子を見て、アカンがひっそりと笑った。

「あいつは、なんだかんだ言って、ワカが大切なんだよ」

おれたちとは比べ物にならないほどに。

目線を泣いているワカに向けた。

「それが取り返しのつかないことに、ならなきゃいいんだけどな」

 


 
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