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真・恋姫無双 ~美麗縦横、新説演義~ 蒼華繚乱の章 第三話

茶々さん

茶々です。
最近オリキャラが目立ち始めている茶々です。

どうにも作品の展開上メインを一刀に据えても司馬懿が悪目立ちするシーンが多い気がします。あくまで主役は一刀ですが、現状では司馬懿が主人公格と見られても仕方ないかもしれません。本当にすいません。

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2010-02-08 20:53:21 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:3649   閲覧ユーザー数:3157

新・恋姫無双 ~美麗縦横、新説演義~ 蒼華綾乱の章

 

*この物語は、黄巾の乱終決後から始まります。それまでの話は原作通りです。

*口調や言い回しなどが若干変です(茶々がヘボなのが原因です)。

 

 

第三話 連合 ―片鱗、決戦前日の戦い―

 

 

 

漢王朝皇帝、霊帝の崩御。

そしてその後に起きた大将軍・何進と十常侍の争いは、脱出した帝の遺児、劉協を保護した西方の雄・董卓が擁し上洛。劉協は名を献帝と改め帝位に昇り、董卓はその後ろ盾として朝廷の中枢を握る。

結果、洛陽は董卓の軍勢による略奪、凌辱の惨劇に晒されている。

 

心ある諸侯よ!今こそ力を合わせて決起し、暴政と暴虐の徒である董卓を討て!!

 

 

 

「……というのが、袁紹の発した檄文の『表向きの』概要だ」

「んでその実態は、自分が権力競争に出遅れた嫉妬。と……」

 

各地の錚々たる勢力が軒を連ねた反董卓連合。その大天幕――発起人である袁紹が陣を構える場所――からやや遠い場所に陣を置いた華琳は、桂花を伴って顔合わせ兼軍議に出席する為に出ており陣にはいない。

凪達北郷警備隊と徐晃の遊撃隊、そして流琉は本拠である陳留を中心に留守を預かっており、この連合に来たのは他に春蘭、秋蘭、季衣、そして司馬懿と俺だ。

 

今は司馬懿を連れて外を歩くと同時に、他にどんな勢力が来ているのか等の説明をしてもらっている。

 

「北は発起人たる袁紹、白馬将軍公孫瓉、劉氏の一人で劉虞。西涼の馬騰や荊州の劉表、南陽の袁術とその配下の孫策……後は有象無象の者ばかりだ」

「へぇ……あ、そうだ。『劉備』って人はいない?」

「劉備?……いや、聞いた事もないが」

 

俺の言葉に首を傾げる司馬懿。

あれ?劉備って確かこの連合にも参加してた筈だけど……ああ、もしかしてまだ無名に近いからそんなに重要視されてないのかな?

 

 

 

「ここが公孫瓉の陣営……ん?北郷。もしや君の言う『劉備』とやらは、あれの旗の主の事か?」

 

司馬懿が足を止め指差した先には、深緑を地にした『劉』一文字を刻んだ旗が風に揺れていた。

 

「多分そうかな……確か劉備って最初は同門の公孫瓉の所にいたらしいから」

「ほう……?それも君のいた国の知識か…ッ!?」

 

言葉の尻で、急に司馬懿が姿勢を崩した。

 

「どうしたの!?」

「騒ぐな。頭に響く…………」

 

慌てて話しかけると語彙を強めて怒られた。

ややあって二、三回深呼吸をし、司馬懿は一度頭を振ってから声音を戻した。

 

「……ふぅ」

「マジで大丈夫か?持病とかあるんじゃないの?」

「要らぬ心配だ。端的な痛みなど、大した障害にもならない」

 

さっきのしかめっ面は幾分か和らいで、けれどその言葉はどこか刺々しく司馬懿は続けた。

 

「むしろ心配なのは、君の方だ」

「は?俺?」

 

      

 

俺が首を傾げると、さも呆れたと言わんばかりに司馬懿は嘆息を洩らした。

 

「あのなぁ……分かっているのか?今回の戦いは、理由こそどうあれ間違いなく『殺し合い』になる。君のいた国ではそもそも戦など殆どなかったのだろう?」

「まあ……うん」

「これまでの戦いはその殆どがろくな将もいない賊の群れ。しかし今回の戦は違う、敵は猛将華雄、神速の張遼、そして飛将軍呂布と錚々たる将士。軍師にしても李儒、賈駆…いずれも侮りがたい者が揃っているんだ」

「えっと……つまり?」

「…つまり、今回の戦いにおいて『安全』な場所など存在しないと言っている」

 

そこで一旦言葉を区切り、司馬懿は歩を進める。慌てて俺もその背を追った。

 

「でもそれなら、これまでの戦だって……」

「だから規模と将が違うと言っているんだ僕は」

 

ピシャリと俺の言葉を遮って、司馬懿は振り向いた。

その瞳は今まで見た事もないくらい凍てついて、底冷えする様な寒さを背筋に感じた。

 

「全軍の指揮を華琳様が取るのなら問題はない……が、恐らく盟主の座には袁紹が座るだろう。となれば必然的に連合全体が危機に晒され…自分の身は自分で守る必要性が出てくる、という事だ」

「えっと……袁紹って、そんなにバカ?」

「…あれ程馬鹿という言葉の相応しい人間はまずいない。同族の袁術の方がまだ可愛げがあるくらいだ」

 

口調はどこか小馬鹿にした柔らかいものなのに、相変わらずその瞳に光は宿らない。

 

「敵は数こそ連合に及ばぬが精強。特に天水を基盤とする董卓の陣営は騎馬が主力だ。機動力が高くなお且つ平地においては強い。……他方、連合で騎馬を率いて満足に戦えるのは西涼の馬氏か幽州の公孫瓉くらいだが、どちらも力不足だ」

「……マジで?」

「勝てぬ訳ではない……が、袁紹が大将では勝てる訳がない」

 

言って、司馬懿は諦観仕切った様な吐息を洩らした。

 

「敵は堅牢な砦を守り、時折出ては適当に荒らして済ませばいい。後はこちらの兵糧切れを待つのが最も上策だ。しかし我らは、その砦に籠る敵を焙り出して討たねばならない……加えて、関は二つもある」

「もう一つって……虎牢関?」

「ああ。正直あちらの方が手間取る筈だ。だからここはさっさと切り抜けたいのだが……」

 

言いかけて、司馬懿はふと遠くを見る。

俺もその視線の先を追うと、そこには物凄い剣幕で――無言なんだけど。凄い遠目に見ているんだけど――怒りを露わにする華琳の姿が。

 

「……どうやら、盟主は袁紹で決まりの様だな」

 

肩を竦めて言う司馬懿。その表情に最早諦めが入っているのは仕方ない事だろう。

 

      

 

「ほんっと。やになっちゃうわ」

 

自陣に戻って早々、紅の戦乙女はそんな事を洩らした。

 

「雪蓮。そんな事言わないの」

「ぶーっ。だってやなもんはやなんだもーんっ!」

 

雪蓮と呼ばれた女性は――その十二分に発育した体躯と大人びた容貌とは真逆に――まるで童子が駄々を捏ねる様に言った。

 

女性の名は孫策、字を伯符。江東にその勇名を轟かせた女傑・孫堅の遺児であり、現在は表向きは盟友とされる袁術にその勢力を丸ごと、半ば飼い殺しにされていた。

そして彼女を諌めた理知的な雰囲気の女性は周瑜、字を公瑾。その真名を冥琳。

 

「おや、大将も姐さんも今御帰りで?」

 

愚痴を洩らす雪蓮とそんな彼女を諌める冥琳の前にひょっこり顔を出した青年。

赤みかかった茶髪とそれなりに整った容貌、スッと伸びた体躯は細く、しかし決して華奢という訳ではない。

 

初見の相手に与える第一印象は「ひょうきん」と言ったところだろうか。役回りで言えば三枚目が一番似合いそうな雰囲気の人物である。

 

「凌統……」

「あっ、公績。出迎え御苦労さま♪」

 

凌統、字を公績。親子二代に渡り孫呉に仕えており、父親の代から主家の信頼が厚い豪族の一人である。

江東に根を張る孫呉はその地域の豪族と結びつきを強めて勢力を保つ。それが先代孫堅の為した方策であり、彼の一族はその典型的な例だった。

 

「軍議は終わりましたかい?」

「それがね公績。明日私達が先陣切れっていうのよ?」

「愚痴なら冥琳の姐さんか太史慈の兄(あに)さんに言ってくれって……」

 

主君である筈の雪蓮にも無遠慮な口調。しかしそういった事に厳格な筈である冥琳はただ嘆息を洩らしてその光景を眺めるだけであった。

 

ちなみに凌統の言った太史慈という人物。字を子義といい、雪蓮、冥琳と共に『断金の誓い』を交わしており、両名はおろか孫呉においても群を抜く信頼を置かれている武人である。

 

「あれ?そう言えば子義は?」

「前にお袋さんの世話してくれたっていう孔融……だったか?そいつの所に挨拶にいってますよ」

「ぶーっ……」

 

むくれる雪蓮を見て、クックッと凌統は喉の奥を鳴らす様な笑みを零す。

それを見てそろそろ止めに入るか…と冥琳が考えた正にその時。

 

「ほう?随分と御暇の様ですなぁ…孫策様、公績」

 

地の底に響くかの様な、重く低い声。半ばドスの効いたそれを耳にした瞬間、雪蓮と凌統の表情が凍りついた。

 

「軍議が終わったのでしたら報告をなさる様にと…申し上げた筈ですが?それに公績、貴様も何故この様な所で油を売っている?」

「と、徳謀……」

「小父貴……いや、これには深い訳があって…」

 

二人がいい訳がましい事をいいながら振り向くのを見て、はぁ…と冥琳はため息を洩らした。

 

「……程公。明日は我らが先陣の為、『ほどほどに』お願いします」

「承知した。『ほどほどに』済ませますので、来てもらいましょうか?孫策様、公績」

 

程普。字を徳謀。

宿老として黄蓋と共に孫呉の屋台骨を支える彼は目下の者からは『程公』と呼び慕われ、凌統を始め何人かは『小父貴』と呼ぶ。

普段は冷静かつ豪胆、その知勇は優れた物で評判も高い。雪蓮、そしてその妹である孫権や孫尚香の教育係も務める人物で信頼は厚い。

 

……が、雪蓮に言わせると「母様の次に怒らせたらマズイ人。母様以上に逆らっちゃマズイ人」で、有無を言わせぬその威圧感は現在に至っても雪蓮の頭が上がらない数少ない人物である事を雄弁に語っている。

 

(冥琳!ちょ、助けてぇーーっ!)

(姐さん!マズイってこりゃ!!)

 

襟首を鷲掴みにされ引きずられる二人は、一縷の望みを託して冥琳に身振り手振りで助けを求める。

しかし……

 

(……済まん二人とも。骨は拾う)

((人でなしーーーっ!!))

 

襟首を掴まれて連れていかれる二人を見て、一人合掌する冥琳。

流石は江東一の策士、身の引き際を実に心得て無理な冒険心(両名を救い出すという行為)を出さない智者である。

 

……という呟きを頭の何処かで聞いた気がした冥琳であった。

 

      

 

汜水関。

洛陽を守る二つの砦、その前衛ながら堅牢さは他の砦の追随をまるで許さないというこの砦の城壁に翩翻と翻る『華』の旗。

 

旗の主は華雄。この砦の守備を託された武将である。

 

「敵は多勢なれど関を抜く術を持ち合わせていません。……ならば我らは這い上がる者を蹴散らし、敵が自壊するのを待つばかりかと」

 

城壁で眼下の大軍を見下ろす華雄の隣で戦術を語るのは、此処汜水関の参謀を任された李儒。

狐の様な容貌と小賢しい知恵の持ち主で、痩躯をゆったりとした衣で覆っていた。

 

「将軍の武威を以てすれば袁紹程度恐るるに足りませんが、流石に十万二十万集まると話が変わってきます故、何とぞ御自愛を…」

 

頭を垂れる李儒に鷹揚に手を振り、そのまま華雄は言外に「分かった」とでも言いたげにうんざりした表情で下に降りていった。

 

「……ふん。猪め」

 

一瞥し、李儒は眼前の大軍を見下ろして嘲笑を浮かべた。

 

「我が身の栄達は未だ留まらん。この程度の雑魚に興味などない。やがてはこの中原も呑みほして、我が名を後世にまで語り継がせようぞ。クックックッ……」

 

その瞳に映るは敵ではなく、我欲のみだった。

 

 

 

明日の汜水関攻めは、前曲に劉備軍と孫策軍をおいて行われる事になった。華琳は遥か後方に構える袁紹と前線との中間点よりやや砦寄りに軍を動かす事を決めた。

 

ここなら後退も比較的容易だし、前が開けばその隙に関を落とそうという考えらしい。

 

劉備さんは袁紹さんを総大将に推してしまった為に貧乏くじを引かされ、孫策さんは袁術って人に前衛を押し付けられたらしい。

「『隗より始めよ』って言葉を……知ってるわけないわね。あんな連中」とは桂花の弁だ。それに神妙な面持ちで(言葉の意味を理解できていなかった春蘭を除く)全員が頷いたのは記憶に新しい。

 

そして今―――

 

「兄ちゃん兄ちゃん!あれ何!?」

 

こういった風に、異なる地域の人間がこれほど集まって一同に会すのが珍しいのか、はたまた様々な軍勢が居並ぶ雰囲気に高揚したのか、いずれにしても元気一杯、興味津々な季衣は外に出たいと駄々をこねた為に、丁度暇だった俺とその監視役(というよりは保護者)として司馬懿が付いていく形になった。

 

ただ、司馬懿はさっきの頭痛がまだ治っていないらしく、季衣の声が影響してか時折顔を顰めている。

 

「ああこら季衣!そんなに走ったら危ないって……司馬懿、大丈夫?」

「……意識はある。問題ない…」

 

底を撫でる様に静かでしかし幾分か落ちた声音で呟く司馬懿。結構辛そうだし早い所陣に戻るか、最悪俺一人で季衣の面倒を見るかしようかと思い口を開き―――

 

『貴様ァ…華琳様の有難い御誘いを無視するつもりか!?』

 

随分と聞きなれた怒声が耳に届いた。

 

「……今のって……」

「…………あの女」

 

      

 

「私は、関雲長が青龍偃月刀は大徳が一の刃!貴様の様な者の為に、揮う謂れはない!!」

「そうなのだっ!愛紗は鈴々達とずーっと、ずーっと一緒なのだっ!!お前みたいなチンチクリンのトンガリ頭についていく事なんて、ぜーったいにないのだっ!!」

「貴様らァ!その無礼な口を今すぐ閉じろ!!」

「先に無礼を働いたは貴様らであろう!!」

 

声のした方――確か劉備さんの陣営か?――に来てみると案の定、言い争っていたのは春蘭と……見慣れない二人の女の子。

一人は赤髪を短く切り揃えた少女。手には身の丈以上はあるだろうと思われる蛇棒を携えており……あれ?蛇棒で劉備軍ってもしかして張飛?

 

若干驚きを感じる現実に少々逃避を図るも―――しかし怒声が一向に鳴りやまない為仕方なく目線を移し、然る後絶句した。

 

艶やかな黒髪をサイドで纏めた気の強そうな女の子。美人である。しかもかなりグラマーである。けしからんばかりに発育した胸とミニスカ×ニーソという黄金式に包まれた美脚が眩い美少女である。

手にはそんな美少女に似つかわしくない大きな偃月刀が……偃月刀が?

 

「……なあ司馬懿。あそこで言い争ってるのって……」

「春蘭だな。対しているのは……あぁ、また華琳様の悪い癖が出たか」

 

視線を春蘭、張飛(多分)と関羽(多分)と移し、最後に額を押さえて嘆息。多分あの美少女に目をつけた華琳が、事前に唾つけておこうとか考えて、けれど誘われた方が断ったのを聞いた春蘭がキレて……って、何があったのか容易に想像がつく。

 

最も、今の俺にその呆れに同調する程の余裕はなかったのだけれど。

 

「……止めに入る?」

「止めておけ。無理に入ると(逆ギレした春蘭に)斬られるぞ」

 

あれー?何か今司馬懿は不穏な部分を伏せた筈なのに聞こえたのは気のせいかなー?アハハ……ハァ。

 

しっかし関羽がミニスカ美少女って……華琳の時もそうだったけど、この世界って本当に変わってるよなあ……。

 

「ともかく、華琳様に見つかる前に―――」

「仲達、くん……?」

 

司馬懿が身を翻した刹那、微かに響いた声。

それが届いた瞬間、司馬懿の表情が凍りついた。

 

 

 

 

 

記憶の淵に蘇るのは、過去。

深淵に眠り続けた思い出は、永劫開かぬ扉と錠の遥か奥に眠った。眠っていた。

 

二度と目覚めぬ様に―――

二度と蘇らぬ様に―――

 

なのに。嗚呼なのに。

 

何で?

どうして?

 

―――君はまた、僕の前に立つ?

朱里。

 

      

 

本陣に戻って早々、司馬懿は自身の宛がわれた天幕の中に飛び入り、そのまま木製の机に拳を叩きつけた。

苦悶の表情を浮かべ、肩を、全身を震わせて必死に何かを抑え込むようにして彼は声にならぬ悲鳴を上げる。

 

「司馬懿!何だよさっきのは!?」

 

その直後、天幕に一刀が駆け入り司馬懿に詰め寄った。普段の彼からは想像もつかない程に怒りの感情を露わにしたその怒声は、しかし同じ様に普段からは想像も出来ない程に激昂する彼には逆効果だった。

 

「黙れ!!今は一人にしてくれと言った筈だ!!」

「何だよ、それ……!?」

 

怒りに拳をふるわせる一刀。

今にも殴りかからんといきり立つ彼のその腕は、しかし振り上げられたその刹那に別の力によって止められた。

 

「止せ!北郷!」

「秋蘭……!」

 

秋蘭にその腕を止められて尚、一刀はその腕を振りぬき、拳を司馬懿にぶつけようと力を込める。が、どれ程振りぬこうとしても一刀の力ではそれは叶わなかった。

 

代わりとばかりに襲うのは、今までにないくらいに冷徹な司馬懿の射殺す様な視線。

 

「今は一人にしてくれ……誰も、私に寄るな!!」

 

いっそ悲痛なまでのその叫びは、陣の外に至るまで響いただろう。

それに僅かに気押された一刀は、そのほんの僅かの隙に秋蘭に半ば連行される様な形で天幕の外に引っ張り出された。

 

「頼む……今は、今だけでいいから……」

 

微かに漏れたその声は、陣に吹き荒れる風に消えた。

 

 

 

「秋蘭!何で止めたんだよ!?」

「私が命じたからに決まってるでしょう?」

 

天幕の外に連れ出されて尚怒る一刀に、底冷えする様な声音と冷たい視線で華琳が答えた。

普段であればここで押し黙るなり言葉に詰まるなりするであろう一刀は、しかしその怒気も露わに今度はその矛先を華琳に向けた。

 

「華琳!お前は何とも思わないのかよ!?」

「貴様!いつから華琳様を『お前』呼ばわりする程偉くなった!!」

 

激昂する一刀の口調に更に怒る春蘭。

最早一生続きそうな負の連鎖反応は、しかし手を翳して春蘭を制した華琳によって止まった。

 

「春蘭。今は一刀の言い分を聞きましょう」

「華琳様!しかし……」

「いいから……それで一刀?なら貴方は何を思ったの?」

 

普段と変わらぬ落ち着いた声音に頭が多少は冷えたのか、一刀の力が弱まる。それを見てとった華琳は目配せし、秋蘭に抑えを外させた。

 

隅の方で春蘭がいじけているのを視界の端で確認した華琳は、後で慰めてあげようと思ったがまずは眼前で尚も不満気な一刀に視線を戻した。

 

「原因は……聞くまでもないわね。司馬懿があの女の子を平手で叩いた事、でしょう?」

 

時間を遡る事数分前。

目の前で繰り広げられる一触即発の喧嘩腰の言い合いに、そろそろ止めに入ろうかと華琳が考えていた矢先突如として響いた乾いた音。

振り向けば、身の丈が一回り以上違うだろうかという少女に、司馬懿がさっき振り抜いたであろう平手を返して再びぶつけようとしていた。

 

隣に立っていた一刀はその瞬間我を取り戻してその動きを無理やり止め、遠目に何か二、三言い争った末に司馬懿が身を翻して本陣へと向かって早足に進み、倒れた少女に謝罪を述べたであろう一刀は直後にその後を駆けて追っていった。

 

何か嫌な胸騒ぎを感じた華琳は――少し後ろ髪を引かれる想いはあったが――すぐに本陣へと向かっていき、先程の騒動に戻る。

 

「確かに、直情的な行動は聊か(いささか)許せるものではないけれど、でもそれを何故貴方が怒る必要があるの?向こうが怒るならまだしも…」

 

そこで華琳は言葉を区切り、目線で言外に「理由を話せ」と促した。

 

「……俺さ。司馬懿の事、分かったつもりでいたんだ」

 

小さく、呟く様な音量で一刀は言った。

 

       

 

「華琳達の中じゃ、俺が一番アイツの事知ったつもりでいた。一番たくさん話してたし、仕事とかも手伝ってもらって、凄い奴だって思ってた。……尊敬っつうか、憧れてた。あんな風になりたいって、ああいう風になりたいって、思ってたんだ。それはアイツが、司馬懿が絶対に『暴力』で訴える様な奴じゃなかったからなんだ」

 

胸中の、それまでの想いを零すかの様な独白を、華琳はまっすぐに一刀を見据えただ静かに聞いていた。

 

「暴力で訴えずに、自分の考えをしっかり持っててそれを実行するだけの力があって……俺はアイツと違ってそんなに頭も良くないし、あんな風に自分の知識を色んな事に生かす事も出来ない。精々知識の提供と、前にいた世界のモノマネが一杯一杯でさ。……だから、多分最初に会った時から、ずっと劣等感みたいなのを感じてたんだ」

 

例え未来の知識を持っていたのだとしても、それをそのままの形で為すのは難しい。それを効率よく応用するだけの応用力は、確かに自分にもある。警備体制の件がその最たる例だろう。

 

だが、いざ自分以外の人間にその知識を提供すると、彼らは彼らの生活に則した、より建設的な方法を見出す。その中には、当然自分達のいた世界より余程機能しやすいものもある。

中には先の『常備軍』の献策の様な、未来の知識を十二分に模倣したものもあるが。

 

「……けど、憧れても尊敬しても、劣等感を感じても『悔しい』ってあんまり思わなかった。司馬懿にはそうするだけの力があって…そうなるだけの資格があるんだって、身近にいて……身近にいたから、そう思えたんだ」

 

そこで言葉を区切り、一刀は顔を上げた。

 

「だからこそ、俺には許せないし分からない。何で司馬懿があんな事をしたのか、それを問いただしたいんだ」

「……成程、ね……言いたい事は概ね分かったわ」

 

やれやれとでも言いたげに、華琳は口元を緩めた。

 

「…ならっ!」

「だけどダメ。貴方は待機してなさい。仲達の事は、私が直に問いただすわ」

 

言って、覇王は雅な笑みを浮かべた。

 

 

 

「入るわよ、仲達」

 

中からの返答を待たずに、言って華琳は天幕に入る。

やや散らかった卓上、主のいない椅子と順番に視線を移し、最後に天幕の隅に置かれた床でその姿を捉えた。

 

「一刀から話は聞いたわ」

 

端的に、華琳は告げた。

 

「貴方、随分と尊敬されていたみたいね?」

「…………嘲笑いにでも、来たんですか」

 

静かに、苛立ちを隠さぬ声音で返し、司馬懿は少女を睨んだ。普段の彼からは想像も出来ない程に冷たく、殺意の籠った視線は、しかし覇王の名を冠す少女は悠然と受け流し続けた。

 

「『暴力で訴えず、自論を絶対に揺るがせない。だから信頼出来るし尊敬できる』……いっそ誇らしく思ったら?これ程信じてくれる相手なんて、早々いないわよ?」

「……甘い、馬鹿の愚言に過ぎませんよ」

 

返したのは、怜悧な一言。

 

「無条件の信頼?絶対の信用?…それが何をしてくれる?何の足しになる?下らない……下らない!下らなくて吐き気がする!!」

 

手近な所にあった置物を投げ捨てて、苛立ちのままに司馬懿は言葉を発した。

 

「貴様も!あの男も!アイツも!甘い!!甘過ぎる!!何故そんなに人を信用する!?何故そんなに簡単に人を信じる!? 尊敬?憧れ?笑わせるな!!『友』など所詮は利害で結ばれた関係の上にしか存在しない!!他人は所詮敵か獲物!それを何故、貴様らは『信じる』などとほざく!?」

 

その言葉の向く先が、華琳なのか一刀なのか、それとも別の誰かなのかは言っている本人にしか分からないだろう。

だがそれでも、例えこの場での理解が得られないと分かっていたとしても、司馬懿は尚も言葉を止める事はなかった。

 

「いっそ警戒すればいい!!いっそ怪しめば、いぶかしめられれば…どれ程楽か!」

 

目の前で怒り狂った様に叫ぶ彼を見て、ああそうか、と華琳は胸中で得心がいった。

 

似ているのだ、彼は。少し前の自分に。

まだ一刀と出会う前の、誇り気高く、他者を殆ど信頼出来なかった、ほんの少し前の自分に。

 

傍若無人。

自分勝手。

どんな苦言も鉄面皮で受け流し、その才能を以て十二分に見返してきた、過去の独尊な自分に。

 

だからこそ彼の事を無意識下に理解したつもりでいて、無条件に近い信用をしていたのかと、彼の指摘を酷く冷静に受け止めた。

 

そして同時に、『誰かに信頼される』という温かさに慣れないがために、それに対してどう接すればいいか分からないから、彼は常に他人と一定の距離を保っていたのだ。

 

それが過去に何かしらの事があり、それにあの少女が関係しているのだとしても、そんな事を気にする程華琳は司馬懿の過去を詮索する気もないし、しようとも思わない。

 

      

 

外の喧騒は、何時の間にか消えていた。

静寂の中で華琳は、目の前で震える彼に何と声をかけたものかと思考に沈んでいた。

 

言葉で諭してやるのは容易いかもしれない。

しかしそれは一時のしのぎに他ならない事は、過去の自分を顧みれば容易に想像がつく。

 

どうすればいいのか、どう接すればいいのか。

その答えは自分自身で見つけ出さなければ意味はないし、納得も出来ないだろう。

 

ふと、多少の支障はこの際目を瞑ってでも、彼に考えを纏める時間を与えようかと華琳は考えた。

しかし脳内でその『特例』を認めるのは如何なものかと思い即座に却下した。

 

しかし今後の――この連合も含めて――戦略上、彼が存分に力を発揮出来ないというのは主君としてはあまり喜ばしい事ではない。

桂花一人に負担を強いるのは――桂花本人は恐らく気にしないだろうが――華琳個人としても曹孟徳としてもいただけない。

 

 

 

「……貴方が私達を信用しようがしまいが、それはこの際構わないわ」

 

八方ふさがりの末、華琳が取ったのは第三の道―――そして、最も取りたくなかった選択肢。

 

「けれど『今』は…この連合を完遂する事が大事。それを理解して、答えはその後にまとめなさい」

 

現状での答えの保留。

最も『逃げ』に等しいその選択肢は――しかし幾分かの余裕を得たからか――少なくとも今の司馬懿にとっては救いに等しかった。

 

「……申し訳、ありません」

 

沈黙の中に降りたその一言をきっかけにして、華琳はその身を翻し天幕から出た。

 

「…本当に、申し訳ありません」

 

繰り返す様にして、もう一度だけ司馬懿は呟く。

微かに声が震えている事に、華琳は気づかないふりをした。

 

 

後記(*今回の後記は一部ネタばれを含みます。それ自体は大して本編に影響ありませんが、一応ご注意を)

 

三話の主役殆ど司馬懿じゃん……と、書きながら思った茶々ですすいませんほんとにすいません。

最近一刀がヘタレ化してるという厳しいご指摘を頂き、ああやっぱり茶々の文章の稚拙さは尋常じゃなかったな…と結構凹みました(ご指摘は的確なもので大変ありがたいのですが)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

描写的にみるとまだ一刀はかなり下に位置して司馬懿がかなり上に見られがちですが、実際の所(ネタばれになりますが)将来的には一刀は司馬懿を凌駕します。あくまで司馬懿が持つのは応用・反映させる力であって、そういった革新的なものの元となる知識そのものは一刀なしでは大した事ありません。

現実に即した~……とありますが、要は逃げ切りに特化した野球の中継ぎみたいなものです。過去を参考にして今に生かし、一刀の知識を得て今に生かす……みたいな感じです。そういう意味で言えば、むしろ現代の知識+原作のスペック(後半になるにつれどんどん軍師的成長を遂げた事)を持つ一刀の方が余程役に立ちます。

 

言い訳苦しい事この上ありませんが。

 

後、尊敬云々は茶々の勝手な想像です。こうした方が面白いかなー……と思い一刀の独白という形で入れました。

 

 

さて、以前から募集しているアンケの件ですが(詳しくは第一話最後のページを参照)。

現時点での中間発表をさせていただきます。

 

1:『覇道』…3票

2:『贖罪』…5票

 

分岐は中盤を予定しています。本作はまだ序も序、始まったばかりですのでみなさんの一票をお待ちしております!コメントでもあしあとでも応援メッセージでもなんでもいいので、是非お願いします!!(切実)

 

それから、引き続き別設定での作品も思考の真っ最中です。詳しくは真・恋姫無双 ~美麗縦横・新説演義~ 設定集2 の最後のページをご覧ください。

 

 

 

最後に……なぜかはわかりませんが恋姫の方に出てしまった小説『長門有希の福音』を下げさせて頂きます。勝手を言ってしまい大変申し訳ありません。

あれ自体は結構お気に入りなので、他の投稿出来るサイトに載せようと思っています。本当に申し訳ありませんでした。

 

長々と失礼しました。では。

 


 
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