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No.1193303
新人さん
9月15日は「老人の日」である。飛鳥時代が始まる593年(推古天皇が即位して 聖徳太子が摂政になり四天王寺が建立された年)の9月15日に聖徳太子が摂津の四天王寺に「悲田院」を設立したそうだ。悲田というのは慈悲の悲で、人々を苦しみから救い福徳を積むという仏教の教えから来ているという。その教えに従い 身寄りのない病人や老人を救うのが「悲田院」らしい。 「老人の日」の発端は 非田院とは縁もゆかりもない 兵庫県多可町らしい。年寄りを大切にして その知恵を生かし村作りをするということで 1947(昭和22)年に農閑期の9月15日を「としよりの日」と定めたそうだ。昭和25年以降は全国に広がりをみせ、1964(昭和39)年には「老人の日」と改称されたあと1966(昭和41)年に国民の祝日「敬老の日」となったが、2001(平成13)年のハッピーマンデイ制度で 日にちがずれたため、15日は また元の「老人の日」に戻したそうだ。「老人の日」については、老人についての関心や理解を深め 高齢者はもっとしっかり生きなさいと啓発する日だという。「敬老の日」の方は単純に長生きしたことを祝う日だから、政府が無理矢理 意味をこじつけたようにしか思えない。昭和32年に設定された 波平さんは永遠の54歳だが、それは当時の厚生年金は支給開始が55歳からだったからだという。その後の支給日は還暦を祝う60歳に引き上げ、さらに年金支給は65歳からにされてしまった。僕たちの納めた厚生年金で厚生年金会館なんかを作っているからだろう。だから今の時代に合わせると波平は64歳となるのかも知れない。フネさんもがっかりだろうね。 WHOは高齢者を65歳からとしている。日本も1982(昭和57)年に65歳から高齢者としているが、65~74歳を前期高齢者、75歳以上は後期高齢者と分けている。道交法では高齢者マークを70歳以上の運転者に表示の努力義務としているが、ニュースを見ていると高齢者マークを着けていないようだ。 9月には老人がらみの面白い逸話がある。717(霊亀3)年9月に元正天皇は、美濃国にある 病が癒えるなどの効験が大きい多度山の「美泉」を見て感心し、随行者らに物を与え その地の百姓らに減税などの恩恵を施したそうだ。そして同年11月に養老へと改元している。「美泉」がどれを指すのかについては、”養老の滝”(本居宣長に師事した田中大秀が唱える説)と、”養老神社内の湧水”(漢学者・秦鼎(ハタ カナエ))の二説があるらしいのだが、養老の瀧伝説の方が世間には浸透しているようだ。その立役者の一つに、 横浜で1956(昭和31)年に第1号店が誕生した居酒屋「養老乃瀧」がある。コスパが良くて老人の味方だという。お酒の好きな父を思う孝行息子の真心が天に通じ、滝の水がお酒に変わったというのが養老の瀧伝説だが、それは寿命が50~60代だった頃の話だ。酒は百薬の長というのも過去の話となってしまった。現代では 酒は一滴も飲まない方が良いと言われているくらいだから、ようろうのたきは「酔う老の多忌」となりかねない。ははははは。かの無類の酒好きだった山頭火も「老いて酒よりも茶が良い」と書いている。だが山頭火は老いるまで生きてはいない。羨ましいことに、山頭火は昭和15年に57歳でコロッと死去している。大酒呑みには養老の瀧の加護が働いたのかも知れない。きっと今の時代なら死なせてもらえず、無理矢理生かされて半身不随の 不便な車椅子生活を送っていることだろう。あ~ぁ 山頭火が羨ましいよ。
2026-09-15 16:35:04 投稿 / 688×918ピクセル
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9月15日は「老人の日」である。飛鳥時代が始まる593年(推古天皇が即位して 聖徳太子が摂政になり四天王寺が建立された年)の9月15日に聖徳太子が摂津の四天王寺に「悲田院」を設立したそうだ。悲田というのは慈悲の悲で、人々を苦しみから救い福徳を積むという仏教の教えから来ているという。その教えに従い 身寄りのない病人や老人を救うのが「悲田院」らしい。 「老人の日」の発端は 非田院とは縁もゆかりもない 兵庫県多可町らしい。年寄りを大切にして その知恵を生かし村作りをするということで 1947(昭和22)年に農閑期の9月15日を「としよりの日」と定めたそうだ。昭和25年以降は全国に広がりをみせ、1964(昭和39)年には「老人の日」と改称されたあと1966(昭和41)年に国民の祝日「敬老の日」となったが、2001(平成13)年のハッピーマンデイ制度で 日にちがずれたため、15日は また元の「老人の日」に戻したそうだ。「老人の日」については、老人についての関心や理解を深め 高齢者はもっとしっかり生きなさいと啓発する日だという。「敬老の日」の方は単純に長生きしたことを祝う日だから、政府が無理矢理 意味をこじつけたようにしか思えない。昭和32年に設定された 波平さんは永遠の54歳だが、それは当時の厚生年金は支給開始が55歳からだったからだという。その後の支給日は還暦を祝う60歳に引き上げ、さらに年金支給は65歳からにされてしまった。僕たちの納めた厚生年金で厚生年金会館なんかを作っているからだろう。だから今の時代に合わせると波平は64歳となるのかも知れない。フネさんもがっかりだろうね。 WHOは高齢者を65歳からとしている。日本も1982(昭和57)年に65歳から高齢者としているが、65~74歳を前期高齢者、75歳以上は後期高齢者と分けている。道交法では高齢者マークを70歳以上の運転者に表示の努力義務としているが、ニュースを見ていると高齢者マークを着けていないようだ。 9月には老人がらみの面白い逸話がある。717(霊亀3)年9月に元正天皇は、美濃国にある 病が癒えるなどの効験が大きい多度山の「美泉」を見て感心し、随行者らに物を与え その地の百姓らに減税などの恩恵を施したそうだ。そして同年11月に養老へと改元している。「美泉」がどれを指すのかについては、”養老の滝”(本居宣長に師事した田中大秀が唱える説)と、”養老神社内の湧水”(漢学者・秦鼎(ハタ カナエ))の二説があるらしいのだが、養老の瀧伝説の方が世間には浸透しているようだ。その立役者の一つに、 横浜で1956(昭和31)年に第1号店が誕生した居酒屋「養老乃瀧」がある。コスパが良くて老人の味方だという。お酒の好きな父を思う孝行息子の真心が天に通じ、滝の水がお酒に変わったというのが養老の瀧伝説だが、それは寿命が50~60代だった頃の話だ。酒は百薬の長というのも過去の話となってしまった。現代では 酒は一滴も飲まない方が良いと言われているくらいだから、ようろうのたきは「酔う老の多忌」となりかねない。ははははは。かの無類の酒好きだった山頭火も「老いて酒よりも茶が良い」と書いている。だが山頭火は老いるまで生きてはいない。羨ましいことに、山頭火は昭和15年に57歳でコロッと死去している。大酒呑みには養老の瀧の加護が働いたのかも知れない。きっと今の時代なら死なせてもらえず、無理矢理生かされて半身不随の 不便な車椅子生活を送っていることだろう。あ~ぁ 山頭火が羨ましいよ。