No.1177145

堅城攻略戦 第三章 坑道の闇に潜む者 15

野良さん

「堅城攻略戦」でタグを付けていきますので、今後シリーズの過去作に関してはタグにて辿って下さい

流石に字書きとしてこの間隔はやばい……
とはいえモンハンが面白すぎる、困ったもんです

2025-11-16 20:26:11 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:116   閲覧ユーザー数:108

 無数の矢が、隊列を立て直し始めた妖の上に再び降り注ぐ。

 距離を取り、多少の警戒はしていたとしても、遮蔽物のない街道で一度にこれだけの物量の矢を浴びせられては、さしも妖の頑強な肉体でもたまったものではない。

 ましてここに集められたのは、大半がさまでの妖力も持たず、その辺りで気楽に生きてきたモノたち。

「これはいかぬな、ここは死地ぞ」

 恐怖と動揺が抑えきれなくなって来ていた小妖達の集団に向かい、大百足たちが迎撃に向かった事などおくびにも出さず、赤入道は恐慌を収めようとする処か、更に恐怖を煽りt立てるような事を口にした。

 更なる動揺がさざ波のように小妖の間に拡がっていく様を見ていた目を細めて背後を睨む。

「おう、何と……式姫共がまた弓を構えよった、今ここで右往左往しておれば格好の矢の的ぞ」

「何だと? ええいこんな所でもたもたしてられるか!」

 赤入道の声に、彼らを引っ張り出し、統率者のように振舞っていた大妖達が、そんな言葉と共に脱兎の如く逃げ出す。

 彼らを力づくでかき集めてきた大妖自らが逃げ出す様を見て、小妖たちもその背に続くように、我勝ちに走り出した。

 式姫討伐のおこぼれに与るどころか、こちらが討伐されそうな状況では、こんな所に命を賭して踏みとどまる理由は何もない。

 雪崩を打って小妖が動き出す、その様を見て取った赤入道はぬたりとした笑みを浮かべながら、彼らの背後に声を放った。

「進め進め、背後が死地なれば、前進して生を掴め」

「眼前の式姫共は、主を失い力を減じておる!速度を緩めずこのまま突破するぞ!」

 そう、集団を鼓舞しながら、先頭を走るのは熊と見まごう程に逞しい山犬。

 そんな妖の群れの奔流の中、さりげなく脇の小道を塞ぎ小妖共が逃げ出さぬようにしている鬼の眷属の姿も見える。

 そこここに力ある妖怪が位置を取り、逃げる勢いをそのまま攻勢に変えようと流れを整えている様を後をゆっくり追いながら、赤入道は息をついた。

(咄嗟の事ではあったが、何とかうまく行きそうじゃな)

 事前に、この辺りを縄張りにしていた、力ある妖怪たちだけを集めて決めた小妖共を扱う役割の分担は、現在の所は良い方に働いている。

 小妖など、これだけの数を束ねた所で、式姫に対して、然程の戦力とはなるまい。

 だが、彼らを無秩序に突っ込ませれば、間違いなく混乱は引き起こせる。

 式姫は確かに個々の強さも抜きんでているが、何よりその強みは、それぞれの短を補い長を増す連携の力にあるというのは、かつて痛い目を見た赤入道には骨身に染みている。

 逆に言えば、乱戦状態を作り出し、連携させず孤立させてしまえば、我らは式姫を相手にしたとて負けはせぬ。

 まして、個人の恨みを抜きにすれば、そもそも式姫を直接相手取るなどという危険を冒す必要もない、髑髏蜘蛛の不意打ちで重傷を負ったであろう、あの男のとどめを刺す、もしくはその治療を妨害し死に至らしめれば、式姫共はその力の源泉も戦う意味も失う。

 言ってしまえば、この小妖の群れは、その舞台を作るためだけにかき集めた。

(群れはそれだけで一つの力よ、役に立たぬ集団など存在せぬ、考えるべきはそれをどこでどう使うか、それだけだ)

 小妖の群れなどが何の役に立つ、そう小馬鹿にする大妖達を蔑むように一瞥しながら、この作戦を我らに提案してきた、あの堅城の天守に居座る男の、凄愴の気を帯びた痩せた鋭い顔を思い出し、赤入道は小さく首を振った。

(そこにある使える物を、何も考えずに気安く役に立たぬなどと言い放てる頭こそが、この世で最も役に立たんのだ)

 彼を片手で捻り殺せる妖の群れを前にしてなお、傲然とそう言い放ったあの男の気力。

 顔も表情もまるで異なるが、あの覚悟に裏付けられた気迫には覚えがある。

 赤入道と対峙した時にも、式姫の後ろに隠れるどころか、堂々とその前に立ってこの単眼をにらみ返したあの男。

「人ごとき……とは、とても言えぬ」

 他の妖には判らぬだろうが、奴らのような人間を侮る事がどれほど危険か、彼は良く知っている。

 なればこそ、この好機を逃すわけにはいかない……奴はここで仕留める。

 その時、周囲に目を配りながら殿を走っていた赤入道の耳に、先頭集団から異様などよめきが上がるのが聞こえた。

「何事じゃ!」

「奴ら、突っ込んで……!」

 先頭集団にいた山犬の声が、次いで上がった悲鳴と絶鳴にかき消される。

「攻めかかってきただと!?」

 体一つ図抜けて巨大な赤入道の目が、かなり先行していた先頭集団に向く。

 妖の群れに躍り込んで来た式姫が縦横にその得物を振るい、小妖達を文字通り薙ぎ倒しながら、真っ直ぐに妖の群れを切り裂いていく様が見える。

 先頭にいる二人、鬼と霊獣の式姫の小柄な体躯からは想像もつかぬ剛力と突撃の圧力は、文字通りに粉砕された彼の手下達の姿と共に記憶に焼き付いている。

「馬鹿な……あ奴ら主の命はどうでも良いとでもいうのか!」

「中々に壮観じゃな」

 狗賓の巻き起こす風に乗って敵陣に降り注ぐ無数の矢を眺めていた仙狸が、その視線を傍らの鞍馬に動かす。

 それに頷き返しながら、鞍馬は羽団扇で敵妖怪の群れを差し示した。

「ああ、かやのひめ君が間に合ってくれたようだ。敵の規模や主君の事は想定していたより悪い事態ではあるが、我々は当初予定通り彼女たちと連携して敵部隊を挟撃する、主君の治療に一人残す必要はあるが……そうだな、おゆき君に残ってもらうか」

「そうね、容体は何とか落ち着いてるし、私一人居れば大丈夫だと思うわ」

「護衛は残さなくて良いの?」

 治療で相当な力を使ったのか、額の汗を綺麗な巾で拭いながら顔を上げた吉祥天に、おゆきが頷き返す。

「その辺の小妖程度なら、多少束になって来ても私一人でどうとでもあしらえるわ、ただ、今の私一人じゃ大物を相手にこの人を守り切るのは難しい、そういうのだけ食い止めて頂戴」

 おゆきの言葉に鞍馬が頷き返す。

「少数の我らが半端に戦力を分けてしまっては、敵主力には対処しきれない。多少の戦力を残すより戦力の大半を敵本体に振り向け、早期に敵の主力を排除する事で安全を確保する」

 逆に、ここで主君を守ろうと全員が足を止めていては、敵の大群の勢いに飲まれて乱戦となり、主君の身を守るのも覚束なくなる、それよりは敵が勢いに乗る前に、こちらから仕掛けて勢を殺ぐ。

 鞍馬の言葉に苦々しげに頷く顔が幾つか見えるのは、そういう制御の利かぬ無秩序な戦場で痛い目を見た経験がある事の現れであろう。

「また敵に関してだが、弱妖を我らのような危険な存在に立ち向かわせるからには、力ある妖怪が何らかの方法で統率している筈だ。その統率者を討てば大半を逃散させられるだろう」

 その統率者が何らかの術を使っているか、周囲の要所を抑え、逃散(ちょうさん)を防いでいるか、恐怖を煽っているか、それらの手段を複合させているかは知らぬが……何れにせよこちらの取るべき手段は一つ。

「紅葉御前、君は狛犬君と悪鬼君を率いて、敵の一番大きな集団に正面から突撃してくれ」

 今回に関しては一切の遠慮はいらない、派手に暴れて敵集団を引っ搔き回してくれ。

「へぇ、好きに暴れて良いってかい?」

「その通り、雑魚を蹴散らすも、強そうなのを探して挑むも、君らの好きにやってくれ」

 ご自慢の破壊力の見せ所だ。

「そいつぁ良い」

 にやりと笑った紅葉御前が大戦斧を肩に担ぎ、傍らの二人に顔を向け……ようとして苦笑した。

「……早ぇよ」

「大将をあんな目に遭わせやがって、全員ぶちのめしてやる!」

「狛犬全力ッス!突撃ッスーーーーーー!」

 鞍馬の言葉が終わるか終わらないかの所で、すでに土煙を上げて走り出していた二人の後を追い、紅葉御前も駆けだす。

「そうだ、大将にはあの連中を一匹も近づけんじゃないよ!」

 鬼神の力、見せてやる。

 

 駆けだした三人の背をちらりと見てから、鞍馬は残った面々に顔を向けた。

「こちらは二隊に分かれる、一隊は私、烏天狗君、吉祥天君の三名、もう一方の指揮は仙狸君、君に頼みたい」

 仙狸が白兎、天狗、天女に視線を巡らせ、鞍馬に頷いた。

「あの三人の突撃で混乱した集団を立て直そうと動く連中、それがわっちらの獲物じゃな」

「察しが良い仲間は実に得難いね……その通り、そこまで飲み込んでくれているなら言う事は無い、後は任せる」

「任された」

 わっちらはこっちじゃと、仙狸が槍を構えて駆けだす後ろについて、天女たちも走り出す。

 これで良しと小さく呟いた鞍馬が、羽扇を構えて戦場を一瞥した。

「さて、我ら三人で部隊を組んだ意図は分かるかな?」

「はーい鞍馬先生、私たちが全員空を飛べるからでーす」

 講義のように喋る鞍馬を揶揄するように、にやにや笑いながら吉祥天が返事を返す。

「ここは全くもって居心地が良いな……そう、上空からの主要な妖を発見、地上部隊を誘導しつつ、全域を支援するのが我らの役目だ、撃ち落されるような事は無いように頼むよ」

「山でたぬきもふもふしながら隠居してたおじーちゃんに言われるまでもないわ、現役真っ盛りのこっちの心配する前に、鞍馬こそ落鳶坡の悲劇なんてお芝居にならないように気張ってよね」

 行くよ、吉祥天ちゃん、そう言いながら洒落た瑠璃色の数珠が光る手に羽団扇を構えた烏天狗が勢いよく上空に舞い上がる。

 それを何とも言えない顔で見てから、鞍馬は珍しく渋い顔で頭を掻いた。

「……やれやれ、私の過去のやんちゃを知ってる連中の相手はやりづらいな」

 小さくそうぼやいた鞍馬が、顔をおゆきに向けた。

「主君の事は任せた」

「こっちは心配しなくていいわ、存分にやってきなさいな」

 怪我をして動けぬ主を守るために、式姫たちはその周囲を固める……その想定で動いた事で完全に裏を掛かれた。

 まさか、奴らの主は怪我をしたふりをしていただけだというのか……。

 いや、それはあり得ぬ、髑髏蜘蛛めの得意げな様子を思えば、子蜘蛛共が襲撃に成功したことは疑いない。

 そして、堅城に攻めかかった奴らが城郭丸ごと凍結させる程の力を示した事は知れている、それだけの力は、奴らの主の力無くしては成しえない、影武者の類を使ったという事も無かろう。

 そして、先ほどの天狗共の放った風の術の様子は、明らかに奴らの主の力が失われている事を示している。

 奴は大怪我を負い、あの場から動けない……それは間違いない筈だというのに、その主を放り出し、式姫はほぼ全員がこちらの攻撃に向かってきている。

 何故だ。

 惑乱する赤入道の周囲で、小妖の群れが完全に足を止めた。

 その中から、数体が集団を外れ、あるモノは赤入道達が静止する暇もなく川に飛び込み、あるモノは山の方に向かって走り出す、だがそこまでの思い切った行動が取れるのは寧ろ稀、大半は前から迫る式姫の脅威と、周囲で彼らに睨みを利かす大妖達の恐怖の中で逃げ道を見いだせず、右往左往するだけ。

 足が止まった小妖の集団など、何の力にもならぬどころか、こちらの動きを邪魔する存在にしかならぬ。

 このままでは更なるひと押しが来たら、完全に集団が崩壊する。

 こうなると、小妖達を統率するために、あちこちに主力を分散させた事が寧ろ仇になる。

 小妖の大群が引き起こす混乱の中で連携を断ち、個別に潰して行くというこちらの作戦を逆に敵に実行される形になりかねない。

 むぅ、と低く唸り、赤入道は手にした弓を振り回し、彼の脇をすり抜けようとした妖数体を叩き潰しながら、大声を張り上げた。

「背後に逃げ道は無い!前じゃ! 前に進め!」


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
2
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択