No.1176428

「糸」縦の糸はクモで横の糸はカイコ~♪

新人さん

輸入生糸を使用しても、日本で加工した絹製品は「国産」と名乗ることができるらしい。しかし、富岡製紙工場の富岡シルクは富岡産の繭だけを使用した「純国産」だったらしい。2014年(平成26年)第38回世界遺産委員会で「富岡製糸場と絹産業遺産群」は世界遺産登録となったのをきっかけに 改めて学習しなおすと、教科書で習った『あゝ野麦峠』と富岡製糸場の工女たちの環境には大きな違いがあるとわかった。どうしても富岡製紙工場と女工哀史のイメージは重なってしまう。『あゝ野麦峠』は明治から大正にかけて 岐阜県飛騨地方の農家の娘たちが野麦峠を越えて長野県の製糸工場へ働きに出る過酷な労働環境を描いたノンフィクション作品だ。厳しい労働条件や劣悪な職場環境が強調されており、女工哀史として広く知られている。しかし富岡製糸場は政府主導で設立されており 良好な労働環境が整えられていたという。士族の子女も多く採用され、技術習得を目的とした教育が行われていたため、野麦峠の女工たちとは異なる背景を持っていたようだ。女工哀史は 長野県岡谷市の製糸工場が舞台だから、富岡製紙工場とは別だとはいえ、この時代の製紙工場は民営だとしても それほど悲惨ではなかったようなのだ。まして富岡製糸場は明治日本の威信をかけて運営された官営工場であり、生産技術だけでなく、労働環境もフランス式に整備されていたそうだ。製糸場資料によれば、勤務時間は7時間45分が基本となり、休日は日曜日と祭日に年末年始と夏季の各10日間を含み年間76日とある。明治期の労働環境としてはかなりの厚遇で、能力別の月給制度や就業規則、産業医制度も整っており、寮費や食費は製糸場が負担していたそうだ。余暇を利用した工女余暇学校まで設けられていたらしい。この違いを知ることで、当時の製糸業の多様な側面が見えてくる。たとえば、同じ環境、同じ条件のなかで生活をしていても、楽しく前向きに過ごすのか、辛く哀しい後ろ向きに過ごすのかが違ってくるのではないかと思うのだ。現代の学校生活も同じで、毎日学校で楽しく過ごせるのか、逆に嫌で辛くて学校を拒否してしまうのかは、本人の受け止めかた次第だと思うのだ。富岡製糸場は明治5年10月4日(1872年11月4日)に操業を開始している。 さて 絹は蛾の生み出す糸だが、物語でよく使われるのは蜘蛛の糸の方だ。どちらの糸もタンパク質である。タンパク質だから、不要になった巣を食べてしまうエコな蜘蛛もいるそうだ。蛾の糸の方はすごく人の役にたっているのに、有名になったのはモスラぐらいで、物語に登場できたのは スパイダーマン、アラクネや女郎蜘蛛など蜘蛛の糸のほうが多い。 蜘蛛の糸はとても軽いが鋼よりも強いという。強靭なのでなんとか利用しようと科学者や化学者たちは研究を続けているそうだ。何十年にもわたりスパイダーシルクの製造を試みているが、ものが糸だけに未だその方法を編み出せていないという。ただ、農林水産省の発表によると、遺伝子を組み換えたクモ糸を 国立研究開発法人農業生物資源研究所が昨年8月につくりだしているそうだ。クモの糸を吐くカイコで、通常のシルクが持つ美しい光沢や柔らかい肌触りはそのまま「クモ糸シルク」を誕生させたという。通常のシルクより1・5倍以上も切れにくく、鋼鉄の20倍の強度を誇る、アメリカジョロウグモの縦糸に匹敵する強さだという。 さて糸は、蜘蛛は尻から出すし、カイコは口から吐き出す。あなたはお尻とお口とどっちが好きかな

2025-11-04 17:18:22 投稿 / 978×734ピクセル

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