昼下がりの散歩日和。木漏れ日で光る白いテーブルについた俺は、カップに紅茶が注がれる様子を眺めていた。
一口飲むと爽やかな香気が鼻を抜け、暖かさが全身に広がる。
「ああ、香りがいい」
俺が素直な感想を口にすると、注ぎ主は目を細めた。
「良い茶葉が手に入ったので、エルダさんにも飲んでいただきたかったのですよ」
彼の名前はエレトール。
もう十五年は経っただろうか、モンスターに襲われていた彼を助けて以来交流が続いている。こうして茶を振る舞われているのも散歩中に呼び止められたからだが、敬われて伸びるタイプの俺としては悪い気はしない。払われた敬意は誠意で返さねばとすら思う。
「貴重なものだ、飲みすぎないようにしなくてはな」
「いえいえ、私と妻では飲みきれませんから」
「ははは、“あいつ”にはまだ早いか」
“あいつ”とは彼の息子のことだ。月日は早いもので、当時はまだ卵だった“そいつ”も俺に憎まれ口を叩くまで成長した。
「いつも息子がお世話になっています」
これも何かの縁、俺はこの家族を見守っていくつもりだ。
***
穏やかな時間が流れる。
いつの間にか空になったカップに、エレトールが紅茶を注ぎ足してくれた。彼は元々もてなし好きな性格なのだ。
「エルダさんはお変わりないですか?」
――不意に、カップを持つ指に力が入った。
何ということはない近況確認。だが、俺にとっては最大限の慎重さが求められる話題だ。
俺には隠し事がある。
それは、魔王に因縁を付けられ、今なお関係を断ち切れずにいることだ。周りを危険に巻き込みたくないし、何より汚らわしい魔王にまとわりつかれているなんて知れたら「かっこいいエルダさん像」が壊れてしまう。彼の中のスマートかつクールかつクリーンなイメージを保つのも俺なりの誠意なのだ。
「ああ、変わりないな」
「そうですか……」
質問をかわしてカップを置いたが、ソーサーが鳴らす音が冷たく響いた気がした。
少し素っ気なかったかもしれない。目線を上げてエレトールを見ると、何やら表情が固いではないか。彼は伏目がちにテーブルの一点を見つめ、手前に流した髪束を指先でいじっている。
――まさか、魔王の件がバレてしまったのか?――
「……どうした?」
普段と違う様子にヒヤリとしながら促すと、彼は遠慮がちに切り出してきた。
「実は、息子のことでご相談が……」
内心ホッとしたが、意外だった。親子喧嘩でもしたのだろうか?
「レキュリードがどうしたのだ?」
エレトールの息子・レキュリードは気のいい奴だ。
俺と魔王の件を知りながら口が堅く、奴のおかげで俺の面目は保たれている。惜しむらくは、父親の敬虔さが受け継がれなかったことか……。俺を「親戚のおっさん」などと不敬な例えをしてくるし、最近はツッコミも手厳しくなってきた。
父親のエレトールに対しては、のんびりと危なっかしい行動を気に掛け、保護関係が逆転している光景をよく見る。あまりこの親子が諍い合うイメージがつかないが、ここは年長者として悩みを聞こうではないか。そう気を引き締めたとき、エレトールの口から予想外の言葉が発せられた。
「息子がエルダさんからナイフを向けられたなんて言うんです。なにか危険なことがあるのでしょうか……」
俺は椅子ごと後ろにひっくり返ってしまった。
***
「だ、大丈夫ですか!?」
エレトールの慌てた声が俺の頭上を通り過ぎている。
俺は背中にしっとりとした地面を感じながら、瑞々しい草花の香りに包まれていた。
――空が青い。
(そう来たか)
青空の下で雷を打たれたような衝撃だったが、動揺を悟られぬように起き上がった。
「なんでもない。たまにこうして受け身を取る鍛錬をしているのだ」
「そうなんですか……。よかったです!」
そんな訳ないのだが、幸いエレトールは納得した様子である。
前も似たような場面で「階段から足を踏み外しただけ」と誤魔化したことがあった。レキュリードは「そっちのほうが恰好つかないだろ」と言ってきたが、魔王のほうが恥である。高貴なエルフの物差しを理解するには百年早いと見える。
まぁ、俺もこんな言い訳が通っていいのかと思わなくもないが、彼のおおらかさには助けられている。俺に対するイメージに誤解があるのなら解いておくべきだが、今はそれどころではない。ここで対応を誤れば、愛する息子に刃を向ける危険人物としてイメージダウンしてしまう!
俺は意味深な感じで椅子に座り直した。
「そうか、ついにお前の耳にも入ってしまったか……」
「え……。で、では本当に?」
エレトールは祈るように両手を組み、身を乗り出してきた。
魔王の件を知るレキュリードには変に気を回す必要がない分、俺のナイフ使いとしての“素”が出てしまうのだ。クールな俺も、魔王が絡むとつい熱くなってしまう。そう、決して取り乱してナイフを振り回したとかではない。そういうんじゃないのだ。何もかもあの鳥頭(魔王)が悪いのだ。
さておき、エレトールは固唾を飲んでこちらの返事を待っている。この場を切り抜けるために頭をフル回転させているが、もったいぶるのも限界だ。こうして真っ向から真摯な眼差しを向けられてしまうと、下手な嘘はつけないと思わされてしまう。
「あいつは他に何か言っていたか?」
「いえ、それ以上は……」
話題を深掘りされれば俺と魔王の関係に行き着くと気付いたのだ。それでも口を滑らせてしまったのは、相手がエレトールだからだろう。
(まぁ、しょうがないか)
この危うい状況の中、なぜか俺の口元は緩んでいた。
しっかりしているように見えるレキュリードも、まだまだ親の庇護下にある子供なのだ。子が親に泣きつき、親は子を守るために尽力する。彼らの父と子らしい一面を垣間見た嬉しさがあった。
「心配を掛けまいと黙っていたが、たまに鍛錬をしているのだ」
「そうなんですね……! ああ、よかった。実は、今日エルダさんをお見掛けしてからずっとお聞きするか迷っていたんです」
エレトールが安堵した表情を見せると、場の空気がいつもの温度に急激に戻ってゆく。
(はぁ……。我ながら罪深いと思うぞ)
俺の言葉を無条件で信じる姿に良心がチクリと痛む。
とはいえ、結果的に鍛錬になっているのも事実だ。この間は結構本気で斬りかかったのに避けられたし……。
「逆に気を揉ませてしまったようだな。すまない」
「そんな、エルダさんには感謝しています。私はあまり頼りになる父親ではありませんから……。むしろ鍛錬したほうがいいのは私かもしれませんね……」
そう自嘲するエレトールだが、その俺が一番敵わないのがエレトールなのである。
「いや、お前は十分父親してるよ」
(……。あいつのことはもう少し大事に扱わんとな)
柔らかな日差しの中、エレトールがはにかんだ笑顔を浮かべた。
カップを傾けて午後の香りを飲み干すと、爽やかな風が流れた。
—終—
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<あらすじ>
エレトールの誘いで紅茶を楽しむエルダだったが、エレトールの思いがけない発言に驚愕する。
穏やかな午後になるはずだった時間、エルダは己の面目を守るために悪戦苦闘することになる。
イメージイラスト:【https://www.tinami.com/view/1175811 】