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No.1175768
新人さん
青森県は 今年はクマの出没件数が少ないらしい。2024年は全国3位だったが2025年は10位以内にも入っていなかった。青森はニンニクくさいからクマも敬遠したのだろうか? クマのことが気になって、いろいろ調べていると津軽弁の日という文字が目に留まった。僕は まさか「津軽弁の日」なんてものがあるとは 夢にも思わなかったから 驚いた。 青森県出身の詩人である高木恭造さんの命日を記念し、津軽弁で賑やかに楽しむ行事として1988年(昭和63年)から始まった記念日らしい。 「日本で一番わからない方言」で検索すると、津軽弁が現れる。『津軽弁は 発音やイントネーション 用法が特有とされ、数ある方言の中でも最も難解と称されます。』と解説してある。 青森県が津軽だと思っている方が多いようだが、Wikipediaによれば津軽地方とは青森県西部を指して言い、江戸時代に津軽氏が支配した地域をいうそうだ。そして 本当かどうかは判らないが、地元民によると 青森県は3つの方言に分かれているとか、青森県は東西で方言が違いすぎて同じ県内でも通じないとかいう。 意思疎通をする為には言葉が通じなければ困る。僕も 以前道に迷い 通りがかりの老人に八戸のフェリーターミナルの場所を尋ねたが、老人の言葉は右と左しか理解できずに 困ったことがある。結局 日本人同士なのに筆談してやっとわかったという苦い思い出がある。 言葉には共通語と標準語があるそうで、「共通語」は方言の違いをこえて互いに通じ合う言葉を指すことをいい、「標準語」とは、その中でも 規範的な正式の言い方を指すそうだ。平たく言うと僕らの話し言葉が共通語で、アナウンサーの話し方が標準語となるのだろう。 標準語は、明治時代以降に日本を近代的な国民国家として確立するために、東京山の手(武家屋敷の集まった地区)で話されていた言葉と皇室で話されていた言葉を元に、足りない所は各地の方言を取り混ぜて、明治政府が作った人工的な言葉らしい。しかし言葉は時代に合わせて変化している。基準は不変のものではないから現実の言語変化に左右されていくはずだ。共通語には英語や和製英語、それから流行り言葉の新造語がずいぶん混ざってしまったようだ。言葉は進化してゆくのだ。 津軽地方である五所川原市出身の吉幾三さんや、弘前市出身の王林さんが すこし柔らかめの津軽弁を広めたようだから、ほんのちょっとだけ 標準語に津軽弁が混ざっているかも知れない。
2025-10-23 14:30:45 投稿 / 550×734ピクセル
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青森県は 今年はクマの出没件数が少ないらしい。2024年は全国3位だったが2025年は10位以内にも入っていなかった。青森はニンニクくさいからクマも敬遠したのだろうか? クマのことが気になって、いろいろ調べていると津軽弁の日という文字が目に留まった。僕は まさか「津軽弁の日」なんてものがあるとは 夢にも思わなかったから 驚いた。 青森県出身の詩人である高木恭造さんの命日を記念し、津軽弁で賑やかに楽しむ行事として1988年(昭和63年)から始まった記念日らしい。 「日本で一番わからない方言」で検索すると、津軽弁が現れる。『津軽弁は 発音やイントネーション 用法が特有とされ、数ある方言の中でも最も難解と称されます。』と解説してある。 青森県が津軽だと思っている方が多いようだが、Wikipediaによれば津軽地方とは青森県西部を指して言い、江戸時代に津軽氏が支配した地域をいうそうだ。そして 本当かどうかは判らないが、地元民によると 青森県は3つの方言に分かれているとか、青森県は東西で方言が違いすぎて同じ県内でも通じないとかいう。 意思疎通をする為には言葉が通じなければ困る。僕も 以前道に迷い 通りがかりの老人に八戸のフェリーターミナルの場所を尋ねたが、老人の言葉は右と左しか理解できずに 困ったことがある。結局 日本人同士なのに筆談してやっとわかったという苦い思い出がある。 言葉には共通語と標準語があるそうで、「共通語」は方言の違いをこえて互いに通じ合う言葉を指すことをいい、「標準語」とは、その中でも 規範的な正式の言い方を指すそうだ。平たく言うと僕らの話し言葉が共通語で、アナウンサーの話し方が標準語となるのだろう。 標準語は、明治時代以降に日本を近代的な国民国家として確立するために、東京山の手(武家屋敷の集まった地区)で話されていた言葉と皇室で話されていた言葉を元に、足りない所は各地の方言を取り混ぜて、明治政府が作った人工的な言葉らしい。しかし言葉は時代に合わせて変化している。基準は不変のものではないから現実の言語変化に左右されていくはずだ。共通語には英語や和製英語、それから流行り言葉の新造語がずいぶん混ざってしまったようだ。言葉は進化してゆくのだ。 津軽地方である五所川原市出身の吉幾三さんや、弘前市出身の王林さんが すこし柔らかめの津軽弁を広めたようだから、ほんのちょっとだけ 標準語に津軽弁が混ざっているかも知れない。