No.1172284

キャデラック

新人さん

1977年8月16日、エルヴィス・プレスリーが42歳で亡くなっている。 死因は心臓発作だと言うが、体はぼろぼろだったそうだ。長年強い照明を浴び続けたせいで、緑内障発作の強い痛みがあり、循環器、肝臓、腎臓、腸にも問題があったという。ストレスに起因すると思われる偏食と拒食や肥満もあり、精神的な問題も抱えていたようだ。麻薬を使うことはなかったそうだが、異常な量の薬を服用しながら、過酷なスケジュールをこなしていたそうだ。その結果バスルームで倒れて亡くなっている。直接の死因は「不整脈による心不全」だそうだ。晩年の写真を見ると、太って いかにも不健康そうな体をしていた。 エルヴィス・プレスリーといえば、ハーレーとキャデラックが好きだったそうだが、お母さんへピンクキャデラックを贈ったという話は有名だ。 アメ車好きな叔母はアメ車っぽい昭和44年式の日産プリンス グロリアに乗っていた。そして当時、流行り始めたオートマチック車に乗り換えるとき、グロリアを僕に譲ってくれた。縦目の4灯でコラムシフト、6人掛けのベンチシートの車だったが、6人乗るとパワステのないハンドルはすごく重くなり運転しにくかったのを覚えている。当時の車にシートベルトがついていたのかは記憶にない。 僕が最初に覚えた”カタカナ英語”の歌はプレスリーの「Love Me Tender」だった。ゆっくりとした 簡単なコード進行の曲で、音の高低差も少なくて歌いやすかった。そしてプレスリーが亡くなった昭和52年にリリースされた「俺はぜったい!プレスリー」で、吉幾三に惑わされた僕は、演歌路線に道を踏み外したのだった。カッコいいロックンローラーになれなかったのは、吉幾三のせいだ。

2025-08-16 15:58:02 投稿 / 978×734ピクセル

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