No.117054

~薫る空~51話(洛陽編)

51話です。
琥珀が主役すぎた。

2010-01-07 04:12:35 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:3494   閲覧ユーザー数:3009

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――今思えば、この戦は最初からおかしかったのかもしれない。たかだか噂なんかで挙兵するような愚行を誰がするだろうか。

 けれど、実際にこの戦が起きたのはそんな不確かなものが起点となったからだった。

 それが、当たり前のように各地の群雄達は集まりだし、こんな連合を作り上げた。

 華琳にしたって同じ事で、普段袁紹を疎ましく思っているのに、あのときは素直に檄文に応じた。

 不自然な事が重なって、今があるのに、俺はそんな事に気付かないまま、ここまで来た。

 だから、こんな事になったんだろうか。

 

 

 【賈駆】「…………あ、あんた……」

 

 賈駆の瞳が見開く。

 

 【一刀】「……はは……噂なんて、あてに……ならな……いな……」

 

 本当に、董卓を殺しに来たのに、董卓は私欲のために政を行っていた暴君のはずなのに。

 

 【呂布】「…………」

 

 これじゃ、まるで俺のほうが悪者だ。

 最初から、俺に彼女を殺せるはずなんて、無かったんだ。

 部屋に入った時から、なんとなく、感じていた事じゃないか。

 誰かのために、自分すら差し出すような人間が、暴政なんてしくだろうか。

 いや、結局は俺の甘さなのかもしれない。

 だから、俺は、こんなにも……

 

 【一刀】「…………っ……」

 

 背中に感じた熱は鼓動と共にどんどん引いていく。

 それと同時に、徐々に感じ始めた痛み。

 振り返れば、おそらくは呂布の刃には俺の血がついているんだろう。

 俺は、剣を振り切れなかった。

 殺さなければ殺される。

 どこかで聞いたような言葉をまさか体感するとは思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――side琥珀

 

 

 【琥珀】「はぁ……はぁ……」

 

 少し走っただけなのに、随分体力を持っていかれる。

 傷口が開いているのか、それともこの景色が体力までも犯そうとしているのか。

 肺が悲鳴を上げている。

 けれど、止まれない。

 嫌な感じがどんどん強まっていく。

 それは過去を思いださせるような、先ほどのものとは違っていて、今、この瞬間にも膨らんでいく。

 一刀が目指すのは董卓。

 なら、董卓のいる場所が一刀の向かう場所。

 そして、董卓がいる場所は……

 

 

 ある建物に入る。

 入り口は元の見栄えを完全に見失うほどに荒れていて、柱は苦だけ、床はえぐれていた。

 明らかに人為的なそれらは、激しい戦闘の跡を物語っている。

 その中心を通って、階段を駆け上がる。

 痛む右肩。

 だけど、本当に苦しいのは肩なんかじゃなかった。

 

 【琥珀】「一刀……」

 

 思えば、いつからだったか。

 自分でも分かるほど一刀に最近は一刀に依存していた。

 はじめは情けない奴だと思っていたのに。

 嫌だった一刀との稽古は、いつのまにか、楽しみになっていた。

 一刀もどんどん強くなって、弱かったあいつは、今では戦でも十分に戦えるほどになっていた。

 武の才能は、自分よりあるのかもしれない。

 そう思わせるほどに、一刀の成長はすごかった。

 

 【琥珀】「…………っ」

 

 階段に思わず躓いてしまう。

 左手で床を押さえながら、体勢を立て直して、また階段を上る。

 一番上までたどり着いて、開いている扉があった。

 

 

 ――”一刀!!”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――誰かの声が聞こえた。

 膝を着いて、ただ赤を垂れ流す俺の耳に入る、聞き覚えのある声。

 視界が虚ろになってよく見えない。

 シルエットのみの視界で、その長い白髪が見えた。

 あぁ、お前か。

 そう、呟いていたと、思う。

 

 

 

 

 【琥珀】「…………っ!!」

 

 血の気が引いたように、琥珀の表情が凍りつく。

 その光景が、その匂いが、一瞬で気を狂わせるには十分すぎた。

 

 【賈駆】「――っ!?」

 

 その気配に、賈駆が驚き、そして――

 

 

 【琥珀】「うああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 

 その場にあった空気全てが、琥珀の感情に合わせるように、爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【雪蓮】「――っ!?」

 

 【馬騰】「なんだ!?」

 

 【桂花】「これって……」

 

 【冥琳】「何が…………」

 

 【秋蘭】「…………」

 

 

 突然起きた爆発。

 それは、この街でもっとも栄えていた建物の最上階でおきた。

 飛び散った木々の破片が、救助していた者達のところまで飛び散り、その異変をしらせた。

 

 

 

 

 その建物から飛び出すように、影がふたつ。

 

 

 【呂布】「ぐ……!」

 【琥珀】「あ゛あ゛ああああああああ!!!!!」

 

 空中にもかかわらず、左腕のみで、琥珀は呂布を吹き飛ばす。

 それを追うように飛び掛り、追いつき、さらに追撃する。

 燃える屋根に叩きつけるように。

 その勢いで、炎が消し飛ぶほどに強く。

 

 【琥珀】「ぅあ゛あぁ!!!」

 【呂布】「くっ」

 

 斬り下ろし、薙ぎ払い。ほぼ同時に、二つの斬撃。

 早過ぎる攻撃に、間合いの広い呂布の戟が間に合うはずも無く、ただ、防御にまわる。

 一方的だった前回とはまったく逆の立ち位置。

 

 

 【秋蘭】「なっ……琥珀!」

 【桂花】「あ、あの子、何をしているのよ!」

 

 それは、戦場であれば、そして正気であれば、ほめられた動きだった。

 

 【呂布】「ぐ……この前と……違う……」

 

 だが、今の琥珀にそれが当てはまるかどうかは、火を見るより明らかだった。

 

 【琥珀】「うあぁあ゛ぁ!!」

 

 戟を蹴り上げ、左に構えた剣を叩きつけるように振るう。

 呂布は後ろにさがりかわすが、琥珀は振られた剣を戻さないまま、体当たりする。

 

 【呂布】「っ……!!」

 

 体を回し、前へとくる右足で、呂布の腹部に蹴りを入れる。

 腕で防がれるが、さらに体を逆回転させ、側頭部に裏拳。

 流されるようにして、呂布の体が、民家の中へと消えていき、琥珀はさらに追う。

 

 派手な音と共に壁を崩しながら呂布は床を転がるようにして、受身を取る。

 

 【呂布】「……はぁ……はぁ……」

 

 落としてしまった方天戟をひろいあげ――

 

 【呂布】「――っ!!!!」

 

 あの城門の前で見せた、敵を圧倒するオーラ。

 本気。

 

 【琥珀】「…………」

 

 炎を割るようにして、呂布へと琥珀は近づく。

 見せられた光景は、ひどいと言うものじゃなかった。

 背中の傷口、血のついた刃、一刀の瞳、流れる血。

 全部が頭に焼きついてはなれない。

 こいつが、やったんだ。

 だから――

 

 【琥珀】「…………コロス」

 

 呟いた瞬間、ふたつの影が衝突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【一刀】「…………」

 

 床に横たわるように、一刀は倒れていた。

 

 【賈駆】「なんだっていうの……なんで……」

 

 一刀が賈駆を殺せば終わるはずだった。

 董卓という名を持つ者が死ぬ事で、この戦は終わるのに。

 どうして、終わらないのか。

 なぜ、まだ自分は生きているのか。

 不思議で仕方が無かった。

 月を守る事も出来なかった自分が、どうして生きているのか。

 せめて、生き延びて欲しかった。それだけだった。

 誰でも良かった。連合ならば、誰だろうと。

 自分を殺そうとする者なら、誰だって。

 董卓が死んだという事実が必要なんだから、それでいいと思った。

 なのに、現実は、董卓を守ろうとした呂布が、この男を殺した。

 ――なぜ恋は、ボクを助けたの?

 これじゃあ、月が助からない。

 董卓が生きていれば、必ず月を狙って連合は捜索を始める。

 ボクが賈駆だとばれたら、もう助けられない。

 どうして、この男はボクを殺さなかったの?

 

 わからない。

 この戦で、自分の考えた策が全て裏目にでる。

 どうして、うまくいかないの?

 

 【???】「後悔するなら、立ち上がるんだな」

 【賈駆】「え……」

 

 男の声。

 顔はしらない。

 けれど、その赤い髪はずいぶんと印象的だった。

 


 
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