No.115528

太平洋の覇者

陸奥長門さん

架空戦記です。
大日本帝国海軍が建造した「天照」級戦艦のお披露目です。

2009-12-31 17:36:01 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:5457   閲覧ユーザー数:4728

 蒼天の下,その場は一種独特な雰囲気に包まれていた。

 大日本帝国海軍横須賀鎮守府要港部―――太平洋に開かれた日本帝国有数の軍港に,数多の艦艇がその威容を示していた。

 小は特設布設艦から大は戦艦まで,その数は100隻にも及び,大日本帝国海軍が世界第3位の規模であることを誇示する。

 時に皇紀2600年――西暦1940年10月11日。興奮の熱気が満ちるなか,特別観艦式が開催された。

 

「噂の新型戦艦,見ることができるかな?」

 大観衆の歓声にかすれがちになりながらも,同僚の新聞記者であるマイク=レイガーに問い掛けたのは痩躯の男だった。手にカメラをもつ彼は金髪碧眼で,身長はゆうに180cmを超えている。

「大丈夫だろう。軍艦とはエンペラーに捧げるのが,この国のやり方だそうだ。だとすれば今日のビッグイベントに出さない訳がない。心配はいらないさ。俺の心配事はだ,お前がしっかり写真を撮ってくれるかどうか,それだけだよトニー」

 トニーと呼ばれたカメラマンは,

「心配するな。1面記事にだって使える写真を撮ってやるよ」

 と小さくガッツポーズを作ってみせた。それに苦笑をつくって見せたマイクは再び洋上に目をむけた。

 そこには壮観,と表現する以外には言葉にしようがない光景が広がっていた。水平線の彼方まで続くような艦艇の隊列がゆっくりと運動を始め,縦陣から横陣へと隊列を組替えている。どの艦の動きにもよどみというものがない。まるで精緻に調整された時計のようだ。大日本帝国海軍の錬度の高さを知らしめるには十分なパフォーマンスである。

 

「見事な艦隊運動ですな。これだけの艦隊を動かすのは並大抵の苦労なくしては出来ない。日本海軍の力,推して計るべし,ですかな」

「わが国でも,此れほどの規模の観艦式は例がありません。一糸乱れぬこの動き・・・驚異的とさえいえます」

「日本海軍が軍縮条約の頚木から解き放たれて自由に艦艇を建造できるようになった・・・此れほどの海軍力,恐るべきことです」

 各国の観戦武官たちが声を揃えて嘆息している。その様を見るのは,なんと爽快なことか―――海軍大臣,及川古志郎大将は,密かにほくそえんだ。だが,まだまだこれは序の口だ,と彼は知っている。大日本帝国海軍の―――いや,大日本帝国の力を見せつける真の主役の登場がそろそろである事を。

 そもそも今回の特別観艦式が開催された理由は皇紀―――日本独自の暦でいうところの建国2600年を記念したものだ。だがこれを見方を変えれば,砲艦外交の一種とも言える。その証拠に今回の観艦式には各国の駐留武官も招待されている。強力な海軍力を持つことは,その国の力も強大だという事も意味する。砲艦外交とは,すなわちその力を見せつける行為そのものであるのだ。米国との関係に暗雲が立ち込め,ともすれば戦争に発展するのではないか,と国内でも囁かれている今,この観艦式には明確な意味がこめられているのだ。

 すなわち大日本帝国との戦いが何を意味するのかを。

 

 やがて時を告げる喇叭の音が鳴り響いた。

 各艦の艦上では乗組員が配置につき,艦長の「砲戦用意!」の命令とともに砲術科員が主砲の発射準備を始める。巡洋艦以上の艦の主砲身が仰角を上げる様は,蛇が鎌首を持ち上げるような迫力と威圧を感じさせた。

「来た!」

 誰の叫びであったろうか。その声に触発されたかのように皆が右手側を見る。島影から一際大きな艦影が姿を現した。

「『ナガト』クラスですな。16インチ砲を搭載した,世界に7隻しかない戦艦」

 アメリカ駐留武官であるトマス=マッケンジー少佐は呟いた。ロンドン海軍軍縮条約の中で保有の認められた16インチ砲搭載戦艦は世界で7隻。アメリカのコロラド級3隻,イギリスのネルソン級2隻,そして日本の長門級2隻。これらは「ビッグセブン」と称され,各国の力の象徴として世界に君臨していた。

 近代化改装を済ませた「長門」は丈高い,パゴダマストと呼ばれる艦橋をもち,その複雑な形状は一種の機械的な美すら感じさせる。この大艦隊の中あってその存在感はやはり他とは違う。それがゆっくりと,およそ10ノット前後で前進を続けている。

「まさか―――あの「ナガト」がエスコート艦なのかね」

 マッケンジー少佐の隣に座している,やや小太りな男が囁いた。肩章から少将と分かるその男はアメリカ駐留武官の長を勤めるロックウェル=マクドナルドである。

「そのように見受けられますが・・・やはり,日本海軍は新型戦艦を建造していたようですね。恐らく,次に現れるのが―――」

 マッケンジー少佐の声が終わらないうちに,一際大きな歓声が轟いた。

「な・・なんだね,あれは」

 「長門」の後に現れたのは,長門すらも巡洋艦程にしか感じさせないくらいの巨大な艦だった。

 

「あれが天皇陛下が座乗される御召艦であり,連合艦隊旗艦戦艦「天照」です。次に続くのは天照級2番艦「月読」です」

 通訳の声さえ聞こえぬほどにマクドナルド少将は,その異形の艦を見つめていた。

 異形―――そう表現しても間違いではない。全長はゆうに300mを超え,艦幅は40mはある。艦橋構造物は箱型をしており,これまでの日本戦艦の形状とはまるで違う。しいて言うならば,高雄型重巡洋艦を大きくした感じである。

 艦橋の真後ろにそびえるマストには多数の空中線が張られ,その通信能力の高さをうかがわせる。また,そのマストにはお椀形をした物が多数付属しており,絶えず回転をするT字形の構造物もある。しかし,奇妙なことに煙突はその巨体に比して小さく全体的にはコンパクトにまとめられた感がある。そして戦艦を戦艦たらしめる砲撃力の要―――主砲は

「単装・・・だと?」

 マクドナルド少将は自身の目が信じられなかった。

 戦艦に限らず,およそ戦闘艦と呼ばれるものは,その積載量が許されるかぎり多数の砲を装備するのが常識的な時代である。それは,砲弾の命中率に関係している。

 命中率が1割を切るとなればどうするか―――その答えは「砲門数を多くする」だ。砲の数が多くなればそれだけ命中率も向上する。であるからして,近代戦艦というものは連装または三連装の砲塔を3基から4基搭載し,砲門数は8~10門装備するのが「当たり前」なのだ。

 だが,今目前にある日本の新鋭戦艦は艦橋を挟んで前部に3門,後部に2門の合計5門の砲しか搭載していない。なるほど砲の大きさは長門級よりも大きいかもしれない。しかし,砲撃力は半減しているのではないか?

 マクドナルド少将の顔色を伺っていた通訳官は,彼が何を言いたいのかが分かっているようだ。

「ご心配にはおよびません。今から「それ」をお見せしましょう」

 通訳官は自信に満ちた声でそう言った。

 

 

 戦艦「天照」戦闘艦橋―――そこは統合戦闘指揮所と呼ばれる,この艦の頭脳とも云うべき場所である。

 そこも異様な場所であった。2層からなる指揮所は上部中央に艦長が座し,その両脇を挟むようにして右側に航海長,左側に砲術長の席がある。その下の階には半円形に席があり,通信長等が陣取っている。それぞれの席の前には多数のパネルがあり,次々と画面がスクロールしている。この時代,まだ欧州ではようやく初歩的なブラウン管が発明されているが,この艦橋のそれは平面状の板面に画像を直接表示させている。しかも色付きである。液状結晶化電子画像標示装置―――後に液晶ディスプレイと呼ばれる物が装備されているのだ。

 この統合戦闘指揮所には10名程度の人員が常時駐留することとなっているが,驚くべきことに女性の姿をみることができた。そう,大日本帝国海軍は世界でも珍しい女性軍人が在籍している軍隊であった。

「艦長,現在速力8ノット,「長門」との距離300mを維持。機関出力は15%です」

 よく通る,透き通るような声が航海長から届いた。

「よし,現状を維持。砲術長,砲撃準備の方はどうだ?」

 艦長,有賀幸作大佐は自身の表示板の数値と照らし合わせながら,砲術長黛治夫中佐に問い掛けた。

「万端です。いつでもいけます」

「よろしい。では間もなく始まるぞ。皆,陛下の御前である。日ごろの訓練の成果を十二分に発揮し,帝国海軍の恥とならぬよう努力せよ」

 有賀の声は艦内を駆け巡り,乗組員は威儀を正した。

 

「無理だ。あたるはずがない」

 マクドナルド少将は頭を振った。

 日本の新鋭戦艦「アマテラス」が3万m離れた標的に砲撃を行うというのだ。それも1門の砲でだ。

 その標的は5m四方の鋼板で,厚さ600ミリの物を2枚重ねているという。つまり1200ミリの鋼板である。

「仮に命中したとしよう,だがそれを撃ち抜くことなど無理だろう。そのような砲など日本に作れるはずがない」

「ですが,彼らはそれを用意しました・・・それなりの自信があるということでしょう。世界の目の前で恥をかくなどしないはずです」

 マッケンジー少佐の言葉に,尚もマクドナルド少将は反論する。

「1200ミリを貫通する・・・そのような砲など,存在しない。仮に存在したとすれば,それは世界の軍事バランスを崩してしまうだろう」

 

 その頃の「天照」艦橋―――

 砲術長、黛治夫中佐の戦いはクライマックスをむかえようとしていた。

「索敵電探を射撃モードに変更・・・・索敵照射開始。・・・・標的との距離、30000。」

 黛の声に応えるかのように下部補助席の操作員が声をだす。

「電探を索敵から射撃モードに変更・・・地球自転誤差修正・・・・完了。風速、大気温入力完了。大気流動の計算始めます」

 また別の操作員が報告を挙げる。

「主砲弾装填完了。砲身の消磁完了。砲身温度、射撃に支障なし」

 黛は頷いた。

「よし、主砲、射撃準備」

「主砲射撃準備開始。主電源接続」

「主電源、接続完了。予備電源接続待機よし。主砲射撃機構に通電」

「通電開始。容量は100%、10メガワット・・・・通電、異常なし」

「主砲射撃準備完了」

 主砲操作員の言葉を待って、黛は艦長へと報告を送る。

「艦長、主砲射撃準備完了しました」

 艦長有賀耕作大佐は声を張り上げる。

「1番砲、撃ち方はじめ!」

「1番砲、撃ち方はじめ」

 黛は主砲射撃用電鍵に手を伸ばした。

「それで、命中したのかね?」

 アメリカ合衆国の象徴である白亜の建物の大統領執務室で、第32代大統領フランクリン=D=ルーズベルトは、不機嫌を隠すことなく眼前に立つ男達へと声を放った。

「命中、です大統領閣下」

 威儀を正してそう報告したのは、合衆国海軍艦隊司令長官兼海軍作戦部長であるアーネスト=キング提督であった。

「98400フィート先の標的にかね?」

「はい。しかも続く4標的にも見事命中させました」

「見事・・・・そう、見事だ!命中率100%。君はそんな事をジャップがやりとげたと、そう言うのだね」

「はい。間違いありません。これが・・・・」

「先ほど見たよ。中心点をずれているものもあるが・・・命中だ。しかも貫通しておる。この鋼鈑の厚さは何インチだったかね」

 大統領は手元にある写真を人差し指で叩きながら質問を続ける。

「47.24インチです、大統領閣下」

「47.24インチ・・・素晴らしい!実に素晴らしい! 98400フィート先の47インチの装甲板をただの一撃で撃ち抜く。まったく素晴らしい・・・・狂気のさただがね」

 キングは口中に溜まった唾液を飲み干した。その音がやけに大きく感じられた。

 大統領はもう1枚の写真に手を伸ばした。

「実に美しい艦じゃないか。名前は何といったかな」

「『アマテラス』です。続く2番艦が『ツクヨミ』と」

「大きさは?」

「公式の発表はありません。ですが情報班の分析によれば全長約350メートル、艦幅は40メートル。排水量は7万トンを超えるものと推測されます。場合によっては8万トンに達するとの報告もあります」

「8万トン・・・か。まさに戦艦の中の戦艦だな。問題は日本がこの化け物を何隻所有しておるか、だが・・・」

「日本の発表によりますと、3番艦の艦名は『スサノオ』。これは間もなく就役すると。そして4番艦の『ヤマトタケル』は進水が終わり、艤装中とのことです」

「4隻か。で、キング提督。これに対抗する手段を我が合衆国がもつ事が可能だと君は考えておるのか」

「大統領閣下・・・」

 キングは言いよどんだ。

 3万メートルというのは、戦艦の射撃の効果が最もあらわれる距離だ。その距離で1200ミリの装甲板を貫通する砲に対処するならば、こちらはそれ以上の装甲厚を持った戦艦を建造する他ない。でなければ戦いは一方的な結果となるだろう。

 装甲はまだよい。厚くすればなんとか対処は可能だ。しかし、砲はどうか?

 これにはNOと言わざるを得ない。現在就役している合衆国海軍新鋭戦艦の装備する砲はマーク7と呼ばれ、50口径16インチ砲だ。16インチ砲としては世界でも有数の威力をもつ、優秀な砲だった。

 それが一夜にして旧式砲となってしまった。日本のアマテラスクラスの持つ砲は1200ミリの装甲板を貫徹する。有効射程距離なぞ、考えたくもなかった。

 だが彼はそれを考えなければならない立場にあった。

「現在建造中の『モンタナ』の建造を中止します。その上で・・・・」

 そう。その上で。その上を目指さなければならない。

「新たな戦艦を設計、建造します」

 ルーズベルトはぎょろりとキング提督を睨みつけた。その眼光は鋭く、心の芯まで貫くかと思われた。

 数秒、大統領は沈黙した。キング提督にはそれが数時間にも感じられた。嫌な汗がじっとりと手のひらを濡らす。

「・・・・それで、我が国は、このアメリカ合衆国は勝てるのかね?」

 大統領の言葉は重く、キング提督にのしかかってきた。

 ここで無理だ、とは不可能だとは言えなかった。日本が建造した以上、それは人間が造ったということだ。ならば同じ事を―――否、それ以上の物を造り出せるはずだ。劣等の黄色人種が造り出せた物を優秀なアングロサクソンが造れないはずがない。

「出来ます。我々には、アメリカ合衆国には可能であります、大統領閣下」

「出来るのか?出来るのならば、それはいつになるのだ。ジャップ共を屈服させるのは何時になるのだね」

 大統領は身を乗り出した。もしも彼が車椅子から立ち上がることが出来たなら、彼はキング提督の胸座を掴んでいたかもしれない。

 そこには怨念を超えた何か―――殺意すら感じられた。

 キング提督は震えた。この怯えにも似た感情は何だ。大統領の殺気にか?それとも日本に対してか?或いはその両方か――――

「4年です、大統領閣下」

「4年か」

 大統領は乗りだした身を元に戻すと、ゆっくりと瞑目した。

「駄目だな」

 大統領は、閉じていた目を見開いた。

「3年だ。3年でものにしたまえ。―――できるな、提督」

 キング提督は威儀を正した。

「了解であります、大統領閣下」

 後にキング提督はこう述懐した。「あの時はそう返事をしなければならなかった。そうしなければ私は大統領に殺されていただろう」と。

 

 アメリカ合衆国の戦いは、今まさに開始されたのだった。

後記

 

「太平洋の覇者」をお読み頂き、ありがとうございます。

ここからは後書きになりますので、時間のある方、興味のある方は読んで下さい。

 

 まずはお疲れさまでした。ざっと書き上げた為、読みにくい箇所もあったと思います。文法の間違いや用語の不適切な用い方があれば、指摘いただければ今後の作品に活かせると思います。よろしくお願いします。

 

 読み終えた方は「で、これからどうするの?」と考えられているかもしれません。

 筆者も実は何も考えていません。いや、何も考えていないかと言うと嘘になりますが、ただ漠然としたものがあるだけで形になっていません。

 大日本帝国が何故「天照」級戦艦を建造できたのか、その理由は一応は考えています。明らかにオーバーテクノロジーです。SFと言っても間違いはありません。主砲はレールガン、実はVLSも装備していたりします。

 そして、この手の架空戦記で一番の見所は艦隊戦だと思うのですが、その描写はありません。ただ「天照」級戦艦がどれだけの性能を秘めているか、その実力の一端でも表現出来ていればよいなぁと思います。

 「太平洋の覇者」はここで終わりの予定です。艦隊戦に関しては、是非とも書きたいので、それは別の作品で披露するつもりであり、執筆も始めています。

 もしも―――もしも続きが読みたいというご要望がありましたらお知らせ下さい。その時は頑張って書き上げるよう善処します(苦笑)。

 

 それでは、また次の機会に。

 

―――――2009年の大晦日に「ヘタリア」を観ながら。


 
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