No.113949

Café Clown Jewel Vol.1

ディフさん

オリジナルの小説です。
テーマは「復讐劇」と重いです。

 文体も重く、そして長いですが、読んでいただけると幸いです。

2009-12-23 23:09:16 投稿 / 全14ページ    総閲覧数:792   閲覧ユーザー数:790

 

 

Café Clown Jewel

 

 船の汽笛が聞こえる。

 冬の夜だというのに、海の向こうの街は明るく光っている。

 倉庫の並ぶ港の一角。どこからか車の走ってくる音も聞こえてきた。どうやら近くに止まったらしい。

 ガラガラと倉庫の扉が開く。

 そろそろ時間だ。

 

First Mission

 

 暗闇包むその空間に、微かな月明かりと定期的に射し込む灯台の光。それと懐中(かいちゅう)電灯(でんとう)。

 静寂の支配するその場に数人の足音が大きく響き渡る。そして足音が止み、コンクリートの地面を叩く金属音が一瞬。カチリという音。

 場所は東京湾と東京の夜景を眺める事の出来る港の倉庫。時間は夜中牛三つ刻の二時丁度。ここに居るのはスーツの男が二人と、白い服の男が一人にその周りにスーツを着た男が二人と―――。

 行われているのは、密輸取引。取引の品は開けられた金属のケースの中にビニールで包装されている。弱い明かりではそれが何かは良く判らない。

 白い男、医者か科学者かと思われる白衣を着た男が、隣に居る一人に懐中電灯でその箱を照らすように指示する。

 箱は白金に照り返し、ビニールは白く。そしてビニールの中は薄いピンク―人間の臓器の淡い―が伺える。

 白い男はビニールごと臓器を取り出して、状態を確かめる。少し白い肌色のようにも見えるそれが肝臓だと判ると、箱の中に戻した。

 箱は他に二つあり、それも同じように中身を腎臓、小腸と確かめる。

 確かめ終わると、三人の内の一人が、持っているアタッシェケースから紙の束二つ取り出し二人の男に渡す。

 手に取ったのが指定の額か吟味するのに三十秒ほど、紙幣の擦れる音が鳴り続ける。

 大金は懐に納められ、箱は閉じられて、双方の商いが終わる。

 五人は倉庫の入り口へと向かい始める。と、懐中電灯が、あらぬ方向を照らしながら地面に転がる。

 埃が巻き上がると、呻き声と共に二つの箱が地面を敲き、同時に血と二百万の紙が舞い散る。

 残ったスーツの男達が銃を取り出し安全装置(セーフティー)を外す。

と、内一人には右にあった連れの倒れた姿が正面に映り、直ぐに視界が閉ざされる。

 首が折れ、身体も折れていくスーツの背後から暗殺者が、白衣の前に姿を現す。それは・・・、

 血のように赤いコートに長い髪の女性、右手には減音器(サイレンサー)の付いた深紅のベレッタ。

 闇の黒に溶ける赤は生命を刈り取る死神のよう・・・。その禍々しさに白衣は地面に尻を着き、残った黒いスーツも後退りする。

 赤は白に言う。

「あなた、平沼幹夫ね・・・」

 血に濡れた鎌の如き拳銃を向け、更に言う。

「公私混同だけど、臓器密輸の現行犯及び私怨で死んで頂戴・・・」

 死刑宣告が白衣、平沼に言い渡される。

それを告げる彼女の目は、躊躇なく残忍な眼差しを讃えている。確かに、殺す気だ。

銃口が向けられるも、白衣は震えながらも虚勢を張る。

「おお、おお前か!おれのっっ取引、を邪魔し、ってきたのはっ・・・!」

 そう言われた彼女の顔つきが少しだけ驚く。

「・・・あれ、あなたの命令だったの」

 表情は殆ど変えず、心中で納得して言った。

 彼女は前にも何度かあった臓器密輸の場にいた。だから、答える。

「ええ、私がやった」

 その答えに白衣は歯を軋ませ、赤い死を睨む。しかし、返ってくる戦慄の眼光に白もだが黒さえも動けない。

「じゃ、死になさい」

 語尾が少しだけ韻を強く言い、彼女は引き金(トリガー)を絞っていく。

 遊びの無くなる寸前、平沼が叫んだ。

「やれぇええ!」

 土砂降りの雨のように、閃光と破裂音が倉庫内に木霊する。

 倉庫にある荷に隠れていた者達が一斉にサブマシンガンを、彼女に乱射した。

 それを機に白衣は直ぐに場を離れて、自分も荷の影に隠れた。

 反応の遅れた黒のスーツと赤いコートが銃弾の雨の下に残される。

 だが、この状況は、黒には兎も角、赤を身に纏う彼女には馴れた状況だ。血が付着しても目立たない、赤いコートであるが故に、これは何時もの事でしかない。

 銃弾を浴びて、コートを自分の血で染める事がか?

 否。

 他人の血を浴びても尚、更に浴びるが為に―――。

 右上のコンテナから一人、奥の荷から一人、その荷の左側から一人、扉の隙間から一人。

(たった四人か・・・)

 飛来する銃弾が地面を跳ね、動けなかった黒いスーツに弾が被弾している最中、憂いていた。

 彼女には銃弾は当たらない。掠りもしない。

 振り向く、標準(サイト)を合わせる、足の運び、その全てによって形成される動作の瞬間に弾を避ける。そして、撃ち出されている方向へと銃口(マズル)を向け・・・、

 放つ。

 自分の後方にある入り口に、倉庫の奥に、左に、コンテナの上に、一発ずつ、それぞれの額を目掛けて銃弾を放った。

 銃痕の転々とする倉庫の地面に、彼女だけ悠然と立つ。

「やっぱり、ツマラナイ」

 感想を述べるまでもないのだけれど、彼女はそう愚痴った。

 そう言葉を彼女が発している間に、白衣は足が縺れながらも、必死に倉庫の外へと逃げようとする。

 それに気付くまでもない。

 白衣は必死に逃げる。しかし、縺れた足が絡まり、前のめり滑るようにして扱ける。

 直ぐさま立ち上がろうとするも、右足に力が入らない。

 違和感に右太腿を見ると、赤い点があった。

「あ・・・・ああああああああああぁああぁああああ!」

 遅れてくる痛覚を認識して、絞り上げるような声を発する。

 転がる平沼に淡々と近づいくと、彼女は彼の腹を爪先で蹴り上げた。すると、平沼は蹴り飛ばされて、コンテナの側面にぶつかった。

 胃と肺を圧迫された感覚に吐き気と痛みを味わう。叫び声は嗚咽に変わった。

「これはお返し」

 彼女は平沼に近づいて、再び倒れた彼に銃口(マズル)を向ける。

「さて、殺される前に色々吐いて」

「吐くって、なに、を・・・」

 右肩が撃ち抜かれる。

「あぁああああああああああ」

「質問は私がしているの。あなたは死ぬまで一方的に答えるだけ」

 彼女は残酷さだけを提示して、質問を繰り返す。

「じゃあ、尋問を詳しく言うわ。あなた達、医研が関連する臓器密輸、誘拐、及び殺人は十年前の『プロジェクト』の再発かしら?」

 苦痛の中、平沼が答える。

「俺は、そうだ・・・。頓挫したあの計画を。完結させるのが・・・」

 言い終える前に左足を撃つ。悲鳴が上がる。

「そう・・・。なら、死ぬ前にいい事を教えてあげる」

 更に、左手を撃ち抜いて、更に悲鳴を上げさせる。

「あの計画が頓挫したの・・・・・・」

 痛みに感情も身体も支配されているはずの、平沼の頭に、彼女の声が大きく響く。

「私がぶち壊したからよ」

 彼の最後の最後の一瞬が、鮮明に刻まれる。

 そして、叫んだ。

「お、おまえがマキナあぁぁあぁ・・・・!」

 しかし、彼は最後まで叫びきれなかった。

 引き金(トリガー)が引かれ、撃鉄(ハンマー)が下り、遊底(スライド)が止まって、銃の弾が撃ち尽くされた事を示す。

 彼女はポケットから携帯を取り出して、何処かに電話を掛けると、「終了しました」と、だけ言って、直ぐに電話を切った。

 深紅の銃身をコートの内側のホルスターに収めて、入り口の方に振り向く。

「その呼ばれ方、嫌いなの」

 倉庫には黒い死体と、四肢と頭を撃ちぬかれ、赤く染まった白衣の死体が残った。

 

 

 ドアを開くと乾いた錠の外れる音が聞こえてきた。

「ただいま・・・」

 別にこの家の中に誰か居るわけではないが帰宅を知らせる。その相手は以前居たけどもう居ない。

 また錠が音を出す。同じ音でも今度は閉める音を。

 帰ってきたばかりの家はとても暗く、内装は分かっていても歩きづらいので電気のスイッチに手を伸ばす。

 光が玄関と廊下を照らし出す。

 自室の二階に向かいながら、羽織(はお)っていたコートと上着に見せた防弾スーツを脱いでいく。右足にベルトで止めてあるガンケースも歩きながら片手で器用にはずす。

 部屋に入るとドアは足で蹴り閉めて、ふらふらとベッドへと歩み寄って倒れ落ちる。

「う~~~んっ」

 ベッドの弾力に顔を埋めて呻く。手荷物はポイ捨てしてベッドの下脇に落とす。銃は投げるわけにはいかないので、ベッドにある棚のスペースにそっと置く。

 横目で愛用の目覚まし時計を盗み見る。

「もう3時」

 あと4時間しか寝れないじゃない。と不満を言いつつベッドから起きあがる。

 ポケットの中で携帯が着信を知らせて、振動していた。

 誰からのとは確認も面倒だから、そくささ耳に当てる。

「はい」

 取り敢えず、声を低く切り替えて対応する。

「任務御苦労だった。実にいい仕事をしてくれている。一人はヤリスギと思うが」

 いがつい男の声が喋る。

「それはどうも。後処理はそちらでやってくれましたよね?指令」

「心配ない。死体は今頃豚の餌(えさ)にでもなってるさ」

「進展はなにか?」

「まあ、まだ死体の持ち物やそれ自体から情報を解析中でな。明日、いや今日の夕方以降に知らせる」

「そう・・・。じゃあ寝ますね」

 もう電話も気だるいから寝ることにする。

「ではな。私も眠いから寝るとするか」

 耳元で欠伸(あくび)をする声が聞こえた。だとすると、指令たる人物はまだ起きて仕事に励(はげ)むに違いない。

欠伸は寝るための行為ではなく、脳が酸素を補給するが故に無意識に動物が行う、起きて活動するための行為だ。

寝ると言う事は、彼女の様なことを言う。緩いリズムで呼吸し、熱を逃がさないように布団に包まる。

(着替えるの面倒・・・このまま寝よう)

 明かりだけは消すために起き上がって、消したら直ぐに倒れこむ。

 まどろみに沈み行く意識の中で彼女はふと思った。

(今日は8人殺したのに、無感情ね。穂畝綾(ほうねあや))

 自分の名前を小さく呟いて、意識は直ぐに落ちていった。

 

 

 甲高い目覚ましのベルが部屋中に木霊した。

 クリスマス近くのこの時期。朝は冷え込んで、起きたくなくなるものだ。

 包まった布団から手を伸ばして、目覚ましのボタンを探すが、生憎、手の届かない台の上にある。ベッドから少し離れた台の上に。

 亀みたいに顔も布団から出して、虚ろな眼差しで目覚ましを睨み、手を伸ばす。

「ん・・・・、っぐふ」

 目覚ましを止めようとして、体が床に落ちた。それを嘲笑うかのように、ベルの音が鳴り響く。

「む」

 取り敢えず、憎たらしい目覚ましのベルを起き上がって消す事にした。

「・・・撃ち抜けばよかった」

 勿論、目覚ましが壊れるからする気はない。

「うぅーーーんっっちじかぁーーー」

 時計の針を見て起きる事にした。部屋の中は冷えているけど、負けじと背伸びをして睡魔を飛ばそうとする。

「さぁっ―――ぶっぃぃいいいっ」

 シンと冷えている寝室。

今度からカーペットの敷いてある、床の間にでも寝ようかと思ってしまう。

「寝不足・・・お昼寝したいわ」

 せめて、あと三時間は寝たいわと呟きながらベッドから降りて着替えることにする。

 服も氷のような冷たさに成っていて、着替えに悪戦苦闘。終えた頃にはスッカリ目が覚めてしまっていた。

(うぅ・・・さぶい。ご飯食べて、仕込みしないと)

 自分で自分の肩を抱いて、おずおずと台所に向かう。

 穂畝綾の仕事は自営のカフェ。

 今は無き、育て親の老夫婦に代わって店の経営を続けている。店と自宅が同じなので、店を継ぐのと同時に家も相続している。

 小さな店ではあるものの、ここ浮遊島ができて間もない頃から建ち並ぶ軒の一つであり、近くに大きな学園があるので、そこから大学生達が幾人か通ってきていたので、今の今まで安定して経営を成り立たせてきた。

 無論、彼女もこの店を潰す気はさらさらない。それは彼女が老夫婦に対しての精一杯の感謝であり、贖罪(しょくざい)なのだ。

 血の繋がりがない。綾は元々孤児だった訳でもないが、ある日に拾われたのだ。

 厚顔でいい人柄の夫婦は子供がいなかったので、より綾はかわいがられると同時に、綾もそのお返しとして、カフェの仕事を手伝う。

そうして数年立つと、彼女も二十歳を越えて大人になり、店の経営、飲食物の扱い、調理、お客への配慮と色々身についていた。

若い跡取りが出来たことは、老夫婦にとっても喜ばしく、誇りであった。勿論、彼女自身もそうなれた事に嬉しく思った。

けれど、喜びを分かち合う時間は長くなく。

老夫婦は買出しの途中に交通事故に遭い、不運に二人とも助からなかったのだ。当時の綾が成人式を終えて間もない頃に―――。

そして今は二十三歳になり、ひとりで喫茶店も順調な軌道に乗せている。

それと共に今ではもう一つ仕事をこなしている。それが夜の仕事である。

国際特別任務機関。略名S.I.S.O.

 不可解な事件、通常の法では取り締まることの出来ない事や裏世界の蠢動(しゅんどう)を治める世界機密の巨大組織。その支部があるこの浮遊島の一動員として、不定期に活動している。

 彼女の仕事内容は主に処理で、密輸の取り押えや、凶悪犯の抹殺など。最も危険で最も残忍な仕事を任されている。しかしそれは彼女が望んでやっていることでもある。

 それは自身の復讐の為―――。

 

 ドアを開けると乾いた鐘の音が発(た)つ。

 店を開ける前に扉と窓を開いて、換気をしながら掃除をするのが、朝の準備の一つだからだ。

 床に掃除機をかけて、バケツに水を汲(く)んで雑巾で窓枠やテーブルと椅子の脚を拭く。

「うぅ・・・冷たいぃい」

 冬場なので水も絶対零度になっているように思うほど、痛い位に冷たい。0℃よりは摂氏(せっし)があるのだけれども、雑巾(ぞうきん)を一回絞るだけでも相当手にダメージが来る。

 でも、我慢してそれを行って店内の至る所を水拭きしていく。

 何度かしているうちに、冷たさに慣れていくけども、赤くなった両手の指を見ると痛々しさが募る。

 皸(あかぎれ)に成らない様にハンドクリームを後で塗ろうと思いながら坦々と掃除をこなす。

 テーブルも、ここは清潔な台拭きで、水拭きして一つ一つ綺麗にしていく。

「ふうっ・・・。これでよし」

 一通り掃除が終わる頃には換気も十分に、三十分ほどしているので店内も外と同じ寒さになっている。

 それだと冬場に客を招くことは難しいので、扉と窓を閉めて暖房を入れる。そうして冷えた空気が徐々に暖かくしていく。

 でも、綾の手は冷たく赤いままなので手を擦り、息を吐きかけてはを繰り返しをしながら、少量のハンドクリームを掌に馴染ませていく。

 貧乏臭いと自分で思いながらも、誰も見ていないので気にせず。

 今度は仕込みを有る程度しておく。

 喫茶店である故に、その代名詞たるコーヒーの豆を焙煎しておく。とは言っても機械が自動で煎(い)ってくれるので適量豆をぶち込むだけなんだけど。

 あとは日替わりサンドの中身をザックリ切り分けて、数個のサンドイッチを拵えておく。たりなくなって来た時はその都度作るとするので、大まかに数を作っておく。

「準備はこれで終わりかな」

 豆も煎り終わり、後は開店を待つだけ。少々時間が余っているので、寝不足を解消したいところな彼女だが、無駄に寝つきはいいと自負しているので寝過ごす確立が大きかったりする。

 開店は十時で今はまだ八時半過ぎ位で。

「一時間半は寝れる。けどね・・・」

 残念ながら、綾は寝過ごす自信がやっぱりあるので、しぶしぶ諦めることにした。その代りに、今日は早めに寝ようと思ってたりする。

 それも、今日の夜に特務の仕事が入らなければだが。

 不定期な仕事なので、毎度毎度暗躍する訳ではないけれども、事の進み方によっては働きっぱなしって事もしばしばある。綾も一度、一週間ほど殺人鬼の捜索をさせられた事があった。

勘弁してほしい所だったけれど、放置する訳にも行かないので、目尻に隈をつけて夜の街を徘徊していた。

 そうなるかは指令の指示次第で、昨日に一仕事やっているので、ゆっくりできると期待することろだ。

 けど、それ以上に寝ていないのは指令だったりするのかもしれないと、彼女は思う。

 特に今回のヤマは大きくて、彼是と表からも裏からも手回しをしないといけないらしい。夜の密輸を邪魔したのもその一つで、綾はこれにかり出されたわけである。

 さて、時間が有る分有効に活用したい。

 どうにもやる事がありそうでないので、思いつく事を言ってみる事にする。

「寝る、だめね。散歩、外は寒いし・・・。洗濯もの、もうしてる。読書、寝ちゃいそう。家の掃除、一番これがいいかな。クリスマスの準備、・・・・何か虚しいかも・・・」

 色々と考えた結果、家の掃除をする事にした。丁度掃除機も手近にあるので、一階の廊下とキッチンを掃く。

 一階はカフェとキッチンと風呂場で、二階は寝室と居間、他物置と穂畝家はなっている。一人で住むには広い感じではあるけれども、便利に何でもあるので気にしてはいない。ちょっと掃除が面倒ではあるけれども、ちょくちょくこうやって掃除しているので、彼女はあまり気にしていなかったりする。

 一階の廊下に掃除機をかける。短い廊下なので直ぐに終わってしまう。続いて、階段を下から上に掛けていく。

効率的に掃除をするなら、順序を逆にするべきなのだが、面倒臭いと思ってしていない。

階段を上りきると二階の廊下も序に掃いてしまう。居間のコンセントからコードを伸ばしてやっているので、一通り廊下の掃除が終わったら、継続して居間の方にも掃除機をかける。

「結構掃除したかな?」

 それでも未だに九時に至るまで、居間の壁に架かった時計の針は二分の三周ほどある。

「やっぱり、寝たほうが良かったかな・・・」

 活動しはじめて大分時間が経ってはいるものの、睡眠欲を思い起こすとやはり眠くはなるのが人間らしい。

「よし!」

 睡眠不足を若さで乗り切ろうと意気込む。

 何もしないと、本当に寝てしまいそうなのだが、食器がそろそろ乾いてそうなので、一階のキッチンに掃除機をもって行くことにする。

 シンクに置かれた食器乾燥機はすでに停止していて、中の物は全く濡れてはいなかった。

 並べられている食器と調理器具の量は朝食に使ったものだけで、さほど入ってはいない。調理器具は調理器具の、食器は食器の収納場所たる棚や引き出しにしまうと、これだけで終わり。

 勿論そんなに時間が掛かっている訳ではない。精々三分程度の作業なので、持ってきた掃除機のプラグをコンセントに刺し込んで掃除を開始。

 障害物のない廊下や居間に対して、ここは椅子と食卓たるテーブルがあるので、割かし時間を食うかもしれない。

 椅子を一つ一つ退かしては掃き、戻しては次の椅子を―――。少々面倒な事をしながら、確実に時間を消費していく。

 そして終わった頃には。

「やっと四十六分か・・・」

 カフェの開店は十時からだけど、やることも色々やったので。

「早いけど開店にしよう」

 カフェ用の出入り口に行き、外に出ると冬の寒さが蔓延していた。

 冷え切った[close]の木札を裏返し、

「ちょっと早いけど」

 

 Café Clown Jewel

[Open]

 

開店前から並んで待っている客は、こんなたいそうな時間帯にはそうそういるものではない。

 高校生は授業の最中であり、学生の大半も講義講習の席に着いて、社会人は名に有るとおり会社にて精を出しているものだ。

 特にこの街をなしている島。浮遊島(フローティア)は東京湾に浮かぶ人工島であり、無論東京の都心からそれほど離れてはいないので、それなりに企業の建ち並ぶ都会ではある。ただし、地価は理由があって、日本の首都に近いにも関わらず割安ではある。

 この島の創設は三十年ほど前、関東大震災が大きく懸念されていた時代に発案された。首都自然災害防衛の大掛かりなプロジェクトでできたものである。

 関東大震災は、その時代に予測された日本に最も大打撃を与えるとされていた地震で、その比は先の阪神淡路大震災、新潟地震、福岡西府沖地震を合わせても同等には収まらないとされている。

 東京都心壊滅

 よもやその被害は創造を絶するといえる。東京都を地震が襲い、そればかりではなく大津波の発生にて、日本の中枢が根こそぎ流されてしまう。

人口密集地である為に死傷者の数も災害被害額も桁外れ。故にその後の復興は難しく、日本の国際的立場も危ぶまれる。余りにも多くのもが密集した土地であるが為に、壊れ始めたらドミノ倒しになる事は、あのビル群で思い描けることだろう。

 全ての建築物を耐震構造にしようとも、地震の後に来る大津波はどう対処すべきだろうか。ビル二十階以上の高さの津波が東京湾を走って来るのは防ぎようがない。

 故に、浮遊島がここで担(にな)う役割は、津波を受け止める役割があるのだ。

 ただ単に受け止めるのでは到底役には立たないが、この島には津波を逆振動で起こす大きな装置が設置されている。それによって、来る津波の威力を減少させる事が出来る。

 とは言え、国家資産を莫大に投じるだけでは、国籍を増やすばかりで芳しくない。

 そこで、島自体を新たな日本の土地として使用すること考えられたのだが、如何(いかん)せん売れる見込みはあるとは思えない。

 津波を受ける島であるが故に、そこに住むことは、何時か津波を体験する事になり、それは考えるに島が沈む事でもある。つまり、浮遊島に住むことは死ぬことに代わりはない。と思われるのが、世論の考えであった。実際は浮いているのでこの島が沈むことは有り得なく、地震津波被災地候補の中で最も安全なのだが。

 当時は売却の目処が立たなかったが、いざ大地震の襲撃が日本を揺るがすまで―――。

 浮遊島の創設数年後。予期された事が現実となり、都心のビルとそこに集う人々を尽く薙ぎ払った。

 救助活動に国の自衛隊及び医療団体が総出で、事態の処理に当たるも、地震のすぐ後に来る大津波の為に、些か対応が遅れ気味であった。

 しかし、東京に津波が押し寄せることは無かった。

 浮遊島のシステムが津波に作用し、巨大な波はほとんど打ち消されていたからだ。

 津波による被害は最小で、港の破堤に潮が乗り出すくらいに留まった。

 その報せが入る後の対応は早く、予想されていた負傷死者の数よりも少なくて済んだ。

 経済の打撃は大きかったものの、津波による都心崩壊を免れたことにより復旧は早急に行われ、国の持ち直しは後数年で完了した。

 そして、地価の下がった浮遊島に売却の目処が立ち、政府は買い取り主に島の利用権を完全に委託することにした。

 それから今に至るまで、多くの開発と発展をこの島は遂げて、日本の領土の中でも独立したような新たな土地を形成していった。

 ここには、住宅地、企業、貿易、教育機関、病院、研究機関などその他進展的な設備が整った、日本でも有数の都市となったのである。

One day 1

 

 何時もの様に、そして、当たり前のように午前中はあまり人が来ることは見込めない。

 特にオープン間際から並んで待つ客が居るほどまでに巷の噂が高いのならともかく、広くて大きな店舗でもないこの店にはそれ相応の人数が来てくれるだけ。

 四人掛けのテーブルが五台とカウンター席が七席。収容人数二十七人とアルファ。

 昼間には大学生と社会人が幾分か詰め掛けるので満席にはなるが、朝のオープンから一時間は疎らにしか客は来ない。

 一応、このカフェを実質一人で切り盛りしているのだが、流石に昼だけは人手が足りないと思う穂畝綾だったりするので、ここに来る大学生を勧誘してバイトにしている。

 そんなこんなで、経営を維持しているのだが、今はその忙しさが恋しい時分。

「お客さん早く来ないかな・・・。眠い・・・」

 掃除などして動いていたものの、冷たい水で顔を洗ったものの、休日趣味の昼寝モードが発動しているのか睡魔が否応無(いやおうな)しに付きまとう。

 カウンターテーブルに頭を擡(もた)げて座り、朦朧(もうろう)とする意識と負け気味な状態である。

 十五分ほど早い開店なので、十五分はこうしていられる。と言う、甘い考えの下に睡眠欲からの気怠(けだ)るさを悉く体現する。

「このまま寝たいなぁ・・・・」

 自ら惰眠を貪る綾には、睡魔の誘惑にあまりにも耐性がなさ過ぎる。

「せめて、三時間だけ・・・」

 半分寝言を零しながら来客を、待っているとは言えない態度で待つのだった。

 とは言え、そんなに現実は甘くないのが常。でもって、早くもお客さんは来てしまうのであった。

 カラカラと音を鳴らし本日初めてのお客様の来店なのだが・・・。

「おはよう。あぁらぁ、今は就寝時間だったかなぁ?」

 通常開店の三分前。いくらなんでも早すぎ。

「眠いの。あんたは何時も来ているから、わかると思うし・・・。自分でお冷注いで頂戴(ちょうだい)」

「ひどいな。まあいい」

 と言って、背広を脱いで椅子に掛け、二人用の席に座る。

「一時間したら担当が来る。それまでには起きてくれよ」

 少しは寝る事が出来るらしい綾だが、リミットは一時間もないようだ。

 常連の客人は持っていたバックの中から筆箱と分厚い紙の束を取り出して、捲っては捲ってはを繰り返し、所々で赤いペンで何かを書き込んでいく。

 いかにもここに慣れているらしく、店長の寝ぼけにも全くもって気にも止めずに、ひたすら仕事に没頭(ぼっとう)する。

 まどろみでゆっくりと眠気が和らいできた綾の方も、紙の束が捲り終えられる頃には、コーヒーの準備に取り掛かっていた。

 来客後三十分は経っているけど。

「こんなものかな。さて、ブレンドコーヒー頼むよ」

「まだお湯沸いてないから、暫く待って」

 焜炉(こんろ)にヤカンを掛けて火をつける。コーヒーを入れる準備はしているけど、肝心のお湯の方は等閑(なおざり)だった。

「暫くこれで、我慢して」

 そう言って、お冷の入ったコップをテーブルに置くと、向かいの席に彼女は座る。

「相変わらず暇で良いわね。小説家っての」

「そうでもないけどね・・・これでも忙殺ぎみだよ」

 ふうんと聞き流して、自分の分のお冷を口に運ぶ。

 小説家である由(ゆ)比(い)島(しま)洋(よう)一(いち)はこのカフェで、執筆と編集の打ち合わせをしている常連である。  

だが、他にもここに来る目的がある。

綾はコップを置き、鋭い眼つきで言を発した。

「で、私のやった件は?もうデータは持ってきているんでしょう?」

 洋一は怖気づく事無く、しかし、言われたとおりの物を提示して見せた。

「これだ。取引内容と居合わせた人物のリスト」

 そこに載っている名前の全ては既に故人であり、穂畝綾が屠(ほふ)った者の名前である。

 由比島洋一も彼女と同様にS.I.S.O.のフリーエイジェントに属している。やる事は主にバックアップで情報を綾などの人に持ってくること。

 Secret International special Organization

略称S(シ).I(ー).S(ソ).O(ー).

 世界各国に秘密裏に置かれる治安の組織とでも言おうか。多様化する犯罪と解決と法的断罪の効かない事件を処理するために有る組織である。その為、多少手荒な手段もとられてはいるが、例えそれが人を殺すことでも、この組織に所属する者なら当たり前の事である。

主に処理されるのは何らかの能力を使う犯罪者だが、今回のように表沙汰にし難い事も手掛ける。

「臓器の密輸取引・・・今回もってところだけど、何を計画しているのこいつら」

 出された資料を人差し指で突付く。

「わからないね。密輸の売人はヤクザ絡みで、受取人は総合医療研究所の所員とそのPSさ。

平沼(ひらぬま)幹夫(みきお)。君が撃ちまくった白衣だけど、あれは遣り過ぎじゃないか?」

「いいの。私にはあいつ等にやらないといけない事があるから。あれは仕返ししたかったから苦しませただけ」

 そう言って、綾はまた口に水を含む。

「いいけど、余り先走りするな。君の復讐は確かにこれで出来ると思う。だけどあくまで処理の一環に過ぎない」

 わかってると吐き捨てる綾に対して、洋一は更に話を進める。

「総合医療研究所。略称、医研の研究内容については未だに調べている途中だけど、この所頻繁に臓器を密輸しているのは確かだ」

 医研とは、表向きにはだが、医学の進歩の為に医師の資格を持った者達が集まり、医療科学に関するあらゆる研究を行っている所であり、この浮遊島に今は拠点がある。

 その功績は近年目覚しく、創設者たる人物は、脳外科の分野において世界的に有名になる名誉があるほどだ。

 しかし、その世間体に関わらず、臓器密輸は愚か、誘拐した人間を実験に使っているらしいとの情報もある。暗部は限りなく黒だ。

 もし、最先端の医療を研究する医師集団が、重犯罪を繰り返している事が露呈すれば、世間の混乱は避けられない。だからこそ、綾たちが医研を秘密裏に潰す必要があるのだ。

 綾から資料を戻してもらい、又読みながら話を続ける。

「平沼は恐らく、臓器関連の研究でも移植手術に関する研究でもしているのだろうね。有る程度はこいつの情報が上がっているけど、大学時代に循環器官の医学を専行していたらしい」

「つまり、それらの移植があれの専門てこと?」

 死んで人ではないモノは、綾にとってはどうでもいいのだろう。

 洋一もその点に関心は無く、死んだモノよりも死んだモノの詳細を述べていく。

「未明の取引だけど、中身は内臓。小腸、肝臓、腎臓、この三つ。臓器の中では比較的に移植がしやすいし、保存もそれなりにできる。食道器官である小腸については平沼の専門ではないにしろ、肝と腎の方はその中に含まれる」

「ふうん。人のでモツ鍋でもするつもりだったのかしら?」

「素敵だな。人食主義(カニバリズム)。でも、俺は願い下げだ」

 モツ鍋は好きじゃないと言う、九州生まれの洋一だった。

「悪趣味な事ね。医研・・・、臓器なんて集めて何する気なの・・・」

 曇る表情に顔が陰るならまだしも、彼女の影の指し方は明らかに憎しみから来るもの。強い憤怒と憎悪が滲み出ている。

 医研の事になると何時もこんなのは、もう見慣れた洋一にはどうってことはない。彼もまた非情であるべき物の一人なのだからだ。

「概要は判らない。けど、臓器目当てに密輸取引や殺人に誘拐。調べで絡んでくるのは医研。

日保ちしない心臓や移植の難しい肺は、施設内で生きたままの人間から、採取している可能性も大きい」

 テーブルの上にある綾の手が強く絞まる。それでも彼は続けた。

「医学会に多くの功績があそこから揚げられているけど、手段を選んではいない。前から憑き物が多いのも変わらない。これだけぼろを出してきたんだ。何か有るのかも知れないが」

「そうね。そしたら、もう直ぐ・・・潰しにいける」

 負の光を放つ瞳を怯む事無く受ける。

「そうだ。手段はこっちも選ばない。ただ」

 忠告は必要。でないと、彼女がどう出るか判ったものではない。

「今は待て(・・・・)、直に調べがつく。それまでは独断で走れはしない。それが掟だ」

 力と息を抜いて、

「わかってる・・・」

綾は何時もの彼女に戻った。

 

 カラカラとヤカンからお湯の沸いた音がする。

 サラサラに挽かれたコーヒー豆にお湯を注ぐ。

 立ち込める蒸気に、焙煎された豆の香りが芳しく立ち込める。

 お湯は粉状のコーヒー豆の中を通って、一滴一滴、下のビーカーに注がれていく。

 綾にとってこの時が一番落ち着く。

 ふわりと鼻を撫でる、入れたてのコーヒーの香り。ゆっくりと染み込んで行くお湯。ビーカーに抽出されたコーヒーが徐々に溜まっていく様子。

 仕事としてこの作業をしているけど、これだけはゆったりとリラックスしているように思えて、そこが素敵だ。どんなに忙しくても、これで安らぐ。

「今日もいいできね」

 美味しいコーヒーの入れ方は、養父に学んで何年も実践している。

 カップにコーヒーを注いで、受け皿に。シュガーとミルクも添える。

「お待たせ」

「ありがとう。後で担当の分も用意してくれ」

「わかったわ。追加があったら言ってね」

 綾はキッチンに向かい、次に来るお客様への準備をすることにした。

 洋一は相変わらず、分厚い紙の束に目を通していた。

 まだ売れ始めの小説家である彼の手には原稿。

 自分の書いた小説を見直して、誤字脱字、及び文章として引っ掛かりのある所を見つけ、訂正、書き足し、削除、改行などをしていく。

 公に出すものなのだから、ちゃんとした物を出さなければ認めてもらえないし、その前に編集会社に受け取ってもらえない。

 小説家はゆったりしている気もするが、そんな事は無い。

 毎日締め切りに追われて、多忙な生活を送る。

 そうそうサクサクと文章が書けるようになるにも、色々調べ物をして情報を集め、ちょっとした移動や休みの間も、話を作るためのネタを考えては探してはを自然と行う。

 パソコンの前でタイピングと格闘したり、原稿用紙のマスを埋めて行ったりの作業も、書く量が半端じゃなく多いので結構辛い。

 でもって、今彼が持っているワード出力の原稿も百枚を有余に越す量だったりする。

「ねぇ」

 キッチンスペースから綾が呼びかけてきた。

「ん?」

「それ、書くのにどれだけかかるの?」

 分厚い紙の束を指し、ちょっとつまらそうに聞いてみる。

「これ?そうだな・・・一枚三十分として、二枚で一時間・・・。これが約百二十枚だから、六十時間。と、資料集め、プロット作成、設定とかも色々しないといけないから、九十時間いじょうかな・・・」

「大体、何日くらい?」

「たしか・・・二十日かかったかな。他も平行だから結構忙しい」

 ちょっと驚いた表情を綾がする。

「暇そうに見えるけど、そうなの?」

「そうだ。これに足して裏仕事だから、そんなに暇じゃないぞ」

 洋一は不満な顔色をチラリと見せる。それだけで直ぐに元の顔つきに戻る。

 カラカラと入り口から音がなる。次の来客が来たようだ。

「いらっしゃいませ」

 洋一が手を上げて、こっちですと誘導する。

 どうやら編集の担当らしい。

 彼は綾に先注文していた、コーヒーを出すように促し、それに答えて準備していたものを直ぐに出した。

 飾りの時計を見ると、もう十一時過ぎていた。

 これからカフェに少しずつ人が増えてくる。

 ランチタイムに向かうにつれて、綾も忙しくなっていく。

 

 クリスマス近くとは言え、働く人がいなくなることは無い。無論、そうなると食事時に、食事所に人が集まるのは当たり前である。

 このカフェでも人が多く集まり、昼食を取る社会人、主に若い女性客が多い。

 カフェの特徴として軽食なので、体重を気にしやすい女性に支持されるのもあるが、コーヒーの成分に含まれるカフェインで、この後の午後の仕事で眠くなるのを防いでくれる。

 その他にも胃液分泌の促進による消化補助やら、脳内の血流を良くする。ボケやパーキソン病の予防。血中コレステロール値を下げて動脈硬化を防ぐ。などなど。

 健康にやさしい飲み物であるではある。

 けど、飲みすぎには注意。何事もやり過ぎるのは毒だ。

 そういった理由で、周辺で働いている人々に、この喫茶店は利用されている。

 また、浮遊島で唯一の教育機関たる恒明(こうめい)学園にも近いため、そこの大学生も昼時に利用する。

 高校生なども来るけど、昼間には滅多にくる事は無く、主に夕方あたりだ。

 そんな利用する学生を何人かひっ捕まえて、昼の忙しい時間、十一時から二時までを主にして、バイトをさせている。

 綾曰く、それは強制じゃないので悪しからずらしい。

 昼飯抜きに働かされる挙句、空腹に耐えながら働いている側には、むしゃむしゃと胃を満たす音で苛(さいな)まされる。腹ペコ学生には精神的にダメージの大きい職場かもしれない。

 そんな腹ペコ学生の一人と共に、今日も忙しいランチタイムの労役に勤しむ綾だった。

「エクス一つ、ブレンド二つ、カフェオレ二つ追加」

「了解」

 バイトの子が注文を受けて、勘定に廻(めぐ)っている間に、綾はひたすら湯を沸かしては、コーヒーを作っていた。

 入れ方の違うものを三種三様にしなければならない、こういった注文は面倒臭いらしく、

「こんな注文しないでよね・・・」

 とか愚痴を零しながらも、両手でヤカンを操ったりしながら、量産的にコーヒーを製造していく。

 こういった忙しい時には、ゆっくりと香りを楽しむことはちょっと無理だ。

「ありがとうございました」

 とお客様を送り出した矢先、

「いらっしゃいませ」

 次のお客様をテーブルへご案内。

 この状況が十二時から一時過ぎまでリピートする。

 一番の稼ぎ時であるこの時間は、皮肉にもそして当たり前に一番疲れる時間である。

 綾は勘定とコーヒーを作るなどのキッチンスタッフ担当。

 バイトの子は片付け、注文取りなどのホールスタッフ担当。

 忙殺の名の下に、今回は二人で店内を奔走する、昼食時であった。

 二時近くまでこれを続けていると、注文も疎らになって、大分楽になった。

「大分減ってきたわね」

「そうですね。そろそろ大学に戻ります」

 昼からの講義があるらしく、バイトの子は作業着を休憩室に着替えに行った。

 ここからはそんなに客足は伸びる事は無いので、綾もそれ程忙しくはならない。

 二人分の仕事量を先ほどからやっているので、この後は一人でも全く問題ない。

 

 ジリジリジリジリジリジリジリジリ

 

 店内に置いている電話が鳴る。

 別に宅配を受けるためにある訳ではないけど、仕入れ先からの連絡や、バイトの子との連絡などもあるからだ。

他にも常連さんが待ち合わせの為に席を予約する事も稀にある。主に由比島洋一とその編集担当なのだが。

「はい。Café Clown Jewel です」

 職場なので、こう答えることにしているものの、綾はこの店名が相手にちゃんと聞き取れているか、少々不安になる。

「最上(さいじょう)だ」

 夜中に聞いた、いがつい声が聞こえた。

 この地区のS.I.S.O.の支部で指令官を勤める男の声。

 故にこれはあるはずの無い宅配注文ではなく、次の暗躍命令だろう。

「かしこまりました。何時ごろにお越しになられますか?」

 この注文内容を予約内容の話で誤魔化し、裏仕事の依頼を確認する。

 こう言った時に、自分の鋭くなる眼光を抑えるのに苦心する。周りに悟られなくするのは義務なのだけれど。

「今夜0000時。商業区にある建設途中のビルにてE・・・。詳細と場所はメールで携帯に送っておく」

「かしこまりました。お待ちしております」

「健闘を祈る」

 ブチッ・・・・

 ガチャリと受話器を戻して、溜息を漏らしてしまう。

 今日も今日とて、裏仕事。寝不足になりそうな予感は明日も続くだろうかと、思ってしまう綾なのだった。

「仕事ですか?」

「残業が長くなりそう・・・」

「・・・ご苦労様です」

 実は今日のバイトの子も同業だったりするのだった。

 この電話で一気に疲れが押し寄せた気がした。

 連日寝不足になるような依頼をする指令に対し、恨めしく思う綾なのだった。

 

 夜十時、明日の下準備と軽い掃除を終え、寝室にてメールを確認する。

 任務E

 

 12/23/0000

 添付された地図に印された場所にて遂行。

 密輸を取り押さえ、処理。及び、標的の確保。

 標的/取引のブツ 

 今回回収は其方に任せ、遺体は放置し、相手の出方を見ることに決定。尋問できるならば、可能な限り情報を回収すること。

 押さえたブツは支部に持ってくる用に。

 銃器の使用及び殺人を許可。

以上

 

 こうも易々と殺人権を執行させていいものなのか、と思うところだが、裏の世界に一般も常識も有ったものじゃないので、こうでもしていないとどうなるか分かったものではない。

 油断すれば、死ぬかもしれない。死んだ方がマシなことにも成りかねない。

非情にて残酷な話ではある。

「時間はまだ有るかな・・・」

 ある程度早めに場所に行って待機をするべきなのだが、綾は風呂に入ることにした。

 でないと、何時はいる事になるか判ったものではない。

「朝に余裕あったらシャワー浴びよう」

 今日一日の汗と任務の不安を流しにいく。

 


 
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