No.111621

アリセミ 第六話

 ついに決戦の日を迎える女子剣道部。
 部長・山県有栖(やまがた ありす)vs今川ゆーな。どちらが勝つかで女子剣道部の恋愛解禁の是非が決まる。
 剣道部員は全員、恋愛に反対する有栖の敵側に。
 完全アウェーで、有栖の苦しい戦いが始まった。

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2009-12-11 14:22:33 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:1253   閲覧ユーザー数:1184

 

 

   第六話 決戦(上)

 

 

 約束の日は瞬く間にやってきた。

 本日は土曜日。修養館高校は私立のせいか、今になっても週休二日制になってない。土曜日は午前中だけだが しっかりと授業があり、午後からは自由。部活のある生徒は昼食を取ってから参加というのが大体のパターンだ。

 

 武田正軒は帰宅部で、授業さえ終われば校舎に残っている理由など これっぽっちもないのだが、しかし別に急いで帰宅する理由もないので学校で昼を食っている。

 学食で買ってきたジャムパンを開ける、が、心は どこか別の方向へ浮き上がっていた。

 

正軒「そろそろ始まるかな……?」

 

 時計の針は、もうすぐPM1:00を指そうとしている。

 それ こそが、山県有栖と他 女子剣道部全員が交わした決闘の時刻だった。

 有栖と、有栖の天敵ともいうべき天然剣士・今川ゆーなとの再戦日。

 この日が来るまでの一週間、正軒は有栖とともに一日も欠かさず稽古に励んだ。例の親バカ一家の協力もあったが、やはりその大半が社会人、なかなか有栖に合わせるだけの時間も作れないため、ほとんどの稽古相手は やっぱり正軒だった。

 対ゆーな用の作戦立案。

 それを元にした特別メニューでの猛特訓。

 やるべきことは すべてやったはずだ。

 その成否が、もうすぐ遠く離れた剣道場であらわになる………。

 

グレート「………ねえ、タケちゃんタケちゃん」

 

 久々登場、小山田暮人(おやまだ ぐれと)こと小山田グレート。

 友だちの正軒に話しかける。

 

正軒「んあー?」

 

 しかし正軒は上の空だ。

 

正軒「どした、グレート?」

 

グレート「ジャムパンに醤油かけるのって、おいしいの?」

 

正軒「え?……えええええええええええぇぇぇぇぇぇぇッッ!!?」

 

 その時ようやく気付いた、正軒は手元のジャムパンに、何故か携帯していた小瓶の醤油をドバドバかけていたのだ。パン生地に黒い醤油が染みこむ染みこむ。

 

正軒「おええええッ?いつの間にッ、俺いつの間にこんなことをッ?早く教えろよグレート、パンもう半分以上醤油色じゃん!」

 

グレート「いや、なんかそうゆう新しい味覚を開拓中なのかと思って」

 

正軒「開拓してねえよ!……ああ、なけなしの残り財産で買ったジャムパンが……、どうしよう昼飯」

 

グレート「こないだオレが上げたエビ天うどんの食券は?」

 

正軒「バカヤロウ!あんな豪華なモン怖くて毎日食えるか!ああいうのはたまに、嬉しいことがあった日なんかに景気づけに使うんだよ!」

 

グレート「ああ、そう……」

 

 特に、今日のように嬉しいことが起こるかどうか五分五分な日は なおさら使えない。

 くっそう どうなんだ、有栖は勝つのか、勝たないのか?

 

正軒「いかんダメだ、気になって何も手につかん」

 

 自分自身の印可試験のときですら ここまで緊張しなかった。

 赤の他人であるはずの有栖のために どうしてこんな…。正軒は困惑しきりだった。

 

正軒「ああ、もうっ、こうなったら行くしかねえ!」

 

 正軒は思い切ると、醤油まみれのジャムパンをグレートに押し付け立ち上がる。

 

正軒「グレート、俺もう行くわ、それやるから勝手に食ってくれ…!」

 

グレート「えぇーッ?こんなもの渡されてもッ?(ドキドキ)……、ぱくっ、……ッ!!!?おおおおおッ?なんだこれはッ?ドロリとふやけたパン生地の醤油味に、絶妙に絡みつくジャムの甘味ッ!これはッ!味の新世紀ッ!海原先生、海原先生ッ!新たな究極のメニューが生まれましたーーーーッ!」

 

 実際に試してみたとしても、作者は責任を取りかねます。

 

 

             *

 

 そうして教室を飛び出した正軒がたどり着いたのは、言うまでもなく剣道場。彼が一週間 共に努力してきた山県有栖の決闘場である。

 ここで有栖と今川ゆーなが激突する。

 が、到着してみて正軒がまず驚愕したのは、そこに たむろする人の多さだった。人、人、人。剣道場の入り口やら窓やら、鈴なりの人だかりが張り付き、その数は30や40では済まなそうだ。

 なんだか、熱狂するスポーツ会場の場外を連想させる。

 

正軒「コイツら…、明らかに剣道部じゃないよな、男もいれば女もいるし……」

 

 剣道部でもないヤツらが、何故剣道場に?

 

グレート「タケちゃーん…ッ!やっと追いついた。急に教室 出てったと思ったら、なーんだ、やっぱりタケちゃんも女子剣道部の試合が気になってたの?」

 

正軒「何?どういうこと?」

 

グレート「アレ知らないの?今 女子剣道部では、伝統の『男女交際遊禁止』規則の廃止を巡ってモメてるんだよ。それで、廃止するかどうかは勝負で決めようっつって、今日試合が行われるの」

 

 それは知ってる正軒であった。

 

グレート「で、今日の試合によっては、長年 不可侵領域だった女子剣道部が開国されるってことで、学校総勢大注目。あそこに群がってる連中の半分以上は、規則廃止されたら即座に部員に告白しようってスタンバッてるアタッカー集団なんだよ。見て見て、手にラブレターもってるヤツ結構いるっしょ」

 

正軒「た、たしかに……」

 

グレート「さらにその中の また大半が、女子剣道部部長、クールなサムライ美女・山県有栖 狙いのヤツ。でも実質的に廃止反対派は有栖部長一人らしいから複雑だよね。告白するために告白する相手が負けるのを期待するんだからさ」

 

正軒「むむぅ……」

 

 先輩、やっぱり人気あったんだな、と今さらながらに意識する正軒。まあ、あんなに美人で巨乳なら仕方ないかもしれんが。

 

正軒「ともかく、ここまで来たら覗かずに帰る手はないな。行くかグレート、お前なら絶好の観戦ポイント、既に割り出し済みだろ?」

 

グレート「イエス・ユア・ハイネス!ご案内しますので、眼前の有象無象どもを存分に正軒無双なさってください!」

 

 

                 *

 

 

 前述のとおり、剣道場周辺は人でごった返していたため、グレートが案内する観戦ポイントへ到達するためには、それら人海を掻き分けねばならなかった。

 そしてグレートの言葉のとおり、その役目を担うのは正軒であり、彼が隠しもつ古武術スキルによって、折り重なる人の壁を押し分け、掻き分け、引き剥がし、潰し、投げ、吹っ飛ばした末に到着したのは剣道場の裏手。そこにある窓越しから道場内を一望するのだ。

 

正軒「おお!よく見える、さすが変態王は覗き見にかけては一家言だな…!」

 

グレート「見て見て、中央で竹刀振ってるのが、試合をする二人だよ」

 

 剣道場内も、9m四方の白線で区切られた試合場の外には見物客でひしめき合っているのに対し、逆に白線の内側は、鋭気を高める二人がいるのみ。

 

 山県有栖と今川ゆーな。

 

正軒「へー、アレが……」

 

 と、有栖の対戦相手を確認する。

 名前は何度も聞いていたが、意外にも実物を見るのは これが初めての正軒だった。小柄な体にパーマのかかった茶髪、マスカラでも付けているのかアイラインがやけにクッキリしており、パッチリしたアーモンド形の瞳が余計に大きく見える。

 その様相から、剣道部というよりは渋谷辺りをうろついているJKという方が余程しっくりする少女だ。

 

グレート「部長は抜群だけど、ゆーなちゃんもなかなか可愛いでしょう?」

 

 まあ、たしかに。しかし正軒の好みは断然有栖の方……、いやいやいやいや……!

 

正軒「ギャル系って修養館では わりと貴重な属性だよな。…彼女にもアタッカー、多いんじゃないの?」

 

グレート「まあ、顔も可愛いし、そう考えるのも当然だよね。でもそれがけっこー少ないの」

 

正軒「なんで?」

 

グレート「なんか彼女、重度の少女マンガ好でさ、少女マンガあるいはケータイ小説に出てくるようなご都合主義全開、甘々の恋愛しかしたくないんだって。口癖が『心臓病で余命いくばくもないイケメンいないかなー』という話だよ?」

 

 それは……。

 たしかに彼女ゲットするために心臓に疾患作る猛者はそうそうおらんだろーよ。

 

正軒「皮肉だな、恋愛に反対する方が人気があって、賛成する方が逆に不人気とは……」

 

グレート「世の中ままならないものだよ。眠主党が政権とった日本のように……」

 

 さておき、正軒と今日まで稽古に打ち込んできた有栖もまた、試合場でウォーミングアップを始めている。黙々と、近寄りがたい雰囲気の有栖。これが剣道部部長の覇気ということか。

 

副部長「――有栖」

 

 そんな有栖に歩み寄る一人の女子部員、ショートカットで目元が鋭い、男性よりも女の子受けしそうな麗人だ。

 修養館女子剣道部 副主将・山本知恵。

 

有栖「山本か、…なんだ?」

 

副部長「試合ルールを確認しておこうと思って。…基本的に公式ルールに沿うことにするわ、試合時間は5分の、二本先取した方が勝者。審判は主審1名 副審2名の計3人、これらは部員の中から出すわ。主審は私が務める」

 

有栖「かまわん」

 

 有栖は柔軟体操を続けたまま、副主将の顔も見ようとしない。

 

副部長「それと、ここが一番大事なんだけど、敗者は勝者の主張に同意すること。つまり今川さんが勝ったら、『男女交際禁止』の廃止をアナタにも賛同してもらう、それを約束してほしいの」

 

有栖「無論だ、それは私から言い出したことだからな。私が負ければ私には何も言う資格はない、好きにするといい。……だが」

 

 ジロリ、有栖が副部長を直視した、その眼光に射抜かれ、No2はヘビに睨まれたカエルのように怯んでしまう。はじめ目を合わさず、ここぞというときに一睨みで相手の気骨を砕いて主導権を奪う、見事な威圧だった。

 

有栖「約束とは、結ぶ双方が誓いを立てて初めて成立するものだ。私が勝った際は、お前たちが私の主張に賛同する、イヤとは言わせんぞ」

 

副部長「わ、わかってるわ」

 

 副部長は口にたまった唾をゴクリと飲んだ。

 

副部長「でも誤解しないでね有栖。これでも私たちはアナタのこと頼りに思っているのよ。アナタ抜きで今年のインターハイや玉竜旗、闘い抜けるとは思えない。もし負けても、意固地になって部を辞めるとか言い出さないでね」

 

有栖「見縊るな山本」

 

 有栖が柔軟体操を止め、ユラリと直立する。戦闘準備は万端という おもむきだ。

 

有栖「私は今でも お前たちの頼りになる主将のつもりだ。今日、あの生意気な一年生を下して それを証明して見せよう、この部で私に勝てる者など一人もいないとな」

 

 おおおぉぉー!

 有栖の勝利宣言に会場が揺れる。

 

グレート「おお、スゲーよ部長、カッコいいよね凛々しいよね、男子だけじゃなく女子からも人気が出るわけだ」

 

正軒「むむ…」

 

 会場にいる全員が、有栖の豪胆な態度に魅せられているようだが、ただ一人 正軒だけは納得しかねている。

 

正軒「先輩って、ああいうキャラだったか……?」

 

 正軒の知る山県有栖は、子供のようにワガママで、家族から蝶よ花よと育てられた、さながら お姫様のような人、ではなかったっけ?

 正軒自身 今日まで散々振り回されてきたし。

 だとしたら あのゴ○ゴ13みたいにストイックな山県有栖は何者だ?部長としてキャラ作ってるのか?

 ……じゃあ、その下のナマ有栖を知っているのは、俺だけ?

 

正軒「………」

 

 意識すると、なんだかムズ痒い正軒だった。

 

 

                 *

 

 

 そうこうしているうちに選手たちは防具を着け終え。試合の準備を完了させる。

 試合場の中心点を挟み、睨みあう。

ゆーな「主将、今度もゆーなが絶対ヴィクトラーになるからね!」

 

 対戦相手へ竹刀の切っ先を向け、高らかに宣言する今川ゆーな。

 

正軒「………びくとらー?」

 

グレート「ヴィクトリーする人、という意味らしいよ?」

 

 窓の外から見ている正軒とグレート、他 場内に詰め掛ける観客たちも総ポカーン。

 

ゆーな「主将にはメンゴだけど、今日は主将がワルモナーなんだから!主将をやっつけて、皆の恋愛の自由を取り戻すの!」

 

 おおーっ、とゆーなの後方から歓声が巻き起こった。ゆーなや有栖以外の女子剣道部のメンバーたちである。全員がゆーなの側に回っている。

 

正軒「なんたる四面楚歌」

 

 そういう面での有栖の不利も浮き彫りになる。

 

有栖「……今川夕菜」

 

ゆーな「ゆーなのことは『ゆーな』って伸ばして呼んでよッ、そっちの方が可愛いんだから!」

 

有栖「試合前の立ち合いは、心を静め、これから対戦する相手への敬意を あらわすための儀式だ。プロレスのマイクパフォーマンスとは違うぞ」

 

 氷の刃で突き刺すような言葉が、今川ゆーなを押し黙らせる。

 

有栖「お前の心は浮つきすぎる。これからの稽古では、そこを重点的に矯正する必要があるな。でないと お前が三年になったとき、とても部を任せられん」

 

ゆーな「………もうッ!悪役!主将のアクヤカー!絶対正義が勝つんだもん!」

 

 一通り舌戦が過ぎ去ると、試合場の中央に 紅白の審判旗をもった副部長が出てくる。さらに試合場脇に副審2名、この試合の審判たちだ。

 

副部長「それでは、二人とも前へ」

 

 主審の指示に従い、指定位置へ出て蹲踞を行う。正眼に構えた竹刀の切っ先が互いに交差し、面金越しの二人の視線が中空でバチバチとぶつかり合う。

 

正軒「………………」

 

 今日まで正軒が有栖と重ねてきた稽古の日々。

 それが無駄であったかどうかが今決まる。

 作戦を練った、努力を重ねた、正軒の協力できることは何も思いつかなくなるまで すべてやり尽くした。

 その成果が、これから始まる試合の中でわかる。

 

有栖「………………」

 

ゆーな「……………」

 

 対して今川ゆーなは余裕だった。山県先輩の試合スタイルは知っている、相手に打たせて勝つタイプだ。

 相手を先に動かせることで隙を見出し、素早い反撃で仕留める、それが山県有栖の勝利の方程式。

 しかし ゆーなは逆に先制攻撃を得意とするインファイター、有栖が反撃の隙を見出すより『速く』必殺を叩き込むことができる。

 一週間前も、そうして勝ったのだ。

 ゆーなと有栖の相性は絶大、負ける気がしないと ゆーなは面金の下で ほくそ笑んだ。

 

 そんな各人の思惑を一まとめにして、戦いの火蓋は切って落とされる。

 

 

 

 

副部長「………………………………………はじめッッ!!」

 

 

 

 

 

有栖「イエァァァァァァァッッ!!」

 

 ダンッ!と床板を強く踏み抜く音。

 開始の合図とほぼ同時に、有栖は猛牛のごとく敵目掛けて突進した。

 

ゆーな「えっ?」

 

 なんで?

 なんで部長の方から先に仕掛けてくるのッ?

 部長はかかってくるのを待つタイプなのに、それでいつも ゆーなの方が勝つはずなのに。

 

 ネコの瞬発力で敵に飛びかかろうとしていた ゆーなは、混乱のために わずかに有栖に遅れる。

 そのゼロコンマの差が明暗を分けた。有栖の突進を喰らい、よろめいた ゆーなは得意の先制攻撃を潰される。

 

ゆーな「きゃあ!」

 ゆーなが体勢を崩す間も、有栖は決して手を緩めない。

 

有栖「面ッ、面ッ、胴、小手ェェェーーーッ!!」

 

 ひっきりなしに加えられる有栖の猛攻。

 それを目の当たりにして、本来彼女の仲間である女子部員たちもが目を剥いた。

 

副部長「…有栖が、先制ッ?」

 

 彼女たちにとっても、有栖の先制攻撃は多分に意外の感があっただろう。

 しかしこれこそが、有栖の対ゆーな用の秘策であったのだ。それを考え出したのは、あの頼もしき親バカ家族たちにある。

 

 

        *(以下、回想)*

 

 

兄2『ホイ、ビデオ停止、と。…この今川ちゃんて、スゴイ積極的なインファイターだねー』

 

父『そうだな、しかも基本を無視してるために動きが読みにくい、有栖にゃ一番苦手なタイプじゃあるめいか?』

 

正軒『やっぱ そう思うます?先輩って どっちかって言うと“後の先”が得意ですもんね』

 

祖父『先を取らせて後を制する。古流家らしい物言いですの』

 

正軒『対して この今川焼きは“先の先”を得意とします。開始と同時に先手を打って、相手に何もさせないまま倒す。…今川焼きは相手に先んじ、先輩は相手を待つタイプですから、必然的に今川焼きの一番得意な先制攻撃を許してしまう』

 

兄2『今川焼き言うなよ!食べたくなるじゃないか!』

 

父『それでも、有栖が相手の動きにちゃあんと対応できるならいい。“後の先”、“先の先”、双方得意な状況なわけだからな』

 

祖父『じゃが有栖のヤツァ見てのとおり石頭じゃからのう、この今川焼きの子のハチャメチャな動きには対応できるまい』

 

正軒『そうです、そうなれば先輩の“後の先”の優位は完全に消える。今川焼きの先手が思う様 暴れまわるだけです』

 

兄2『もーいい!僕 今川焼き買ってくる!』

 

正軒『こないだの先輩の負けは、それで完全に説明がつきます。問題は、そこからどう勝ちを考えるか……』

 

兄1『そこまでわかっていれば、簡単なことじゃないか』

 

正軒『?』

 

祖父『?』

 

父『修一?』

 

兄1『不利にしかならない“後の先”なら、捨てればいいだけのことだ』

 

兄2『ただいまー、今川焼きなかったからタイヤキ買ってきたー!』

 

 

        *(回想、終わり)*

 

 

 それらの結論が、今の有栖の猛攻につながる。

 相手の出方を待って負けるなら、相手を待たずに こちらから攻めかかればいい。

 “後の先”を捨て、みずから先手を打って飛び出した有栖は、敵ゆーなのもっとも得意なお株を奪った。

 

正軒「おっしゃ先輩 作戦通り…!」

 

 まくらを潰された今川ゆーなは必然的に受け太刀に回らざるを得ず、得意でない防御戦を強いられる。

 そもそも今川ゆーなの剣は、基礎を無視したランダム剣法だ。

 基本のない選手ほど防御に回れば弱い。そのセオリーは今川ゆーなにも当てはまるらしく、その表情に余裕がまったくない。

 

ゆーな「ひえっ、うひっ、きゃあ……!」

 

 逆に有栖の方は、これまでガッチリ固めてきた基礎の土台が、多少のスタイル変更も問題なく機能させる。彼女のアグレッシブさは、まるで何年も そのスタイルを貫き通してきたかのように堂に入っていた。

 

ゆーな「ズルイ!先輩ズルアー!……このッ」

 

 今川ゆーなが体勢を立て直そうと後ろに大きく飛びのく。しかしその動作が有栖にとって格好の隙となった。

 毎日5kmのランニングで鍛えた有栖の脚力は、苦し紛れの後退など すぐに追いついてしまう。

 射程距離に入った今川ゆーなの頭部目掛けて、絶好のチャンスに振り下ろされた この一撃―――、

 

 

 

 

有栖「――――――――――面ッッッ!」

 

 

 

 ビシャンッ!と相手の面を叩く有栖の竹刀。

 

ゆーな「うにゃあッ!」

 

 今川ゆーなが苦しげに呻く。

 

正軒「おっしゃ、入った!」

 

 窓から見守る正軒の目から見ても、気・剣・体すべてが合わさった理想的な面だった。

 これなら一本入る。

 三本勝負だから、残りは後一本だ。

 そう判断した正軒の期待通り、審判の手旗が上がる。

 そして、鋭い口調でこう言った。

 

 

副部長「―――山県有栖、反則ッ!」

 

 

 ――――――えっ?

 

                  to be continued


 
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