No.111141

Pincess of Thiengran 第六章ー王座へ1

まめごさん

ティエンランシリーズ第一巻。
過酷な運命を背負った王女リウヒが王座に上るまでの物語。

「国王崩御までなんて待ってられない。わたしは今すぐ王に立ちたい」

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2009-12-08 10:02:31 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:453   閲覧ユーザー数:445

「詳しく聞かせてもらおうか」

リウヒがカガミの顔を覗き込んだ。

「今言ったことが全てだよ」

少女の眼光にオヤジが後すざりをしながら答える。

シラギとカグラは固唾をのんでそのやりとりを聞いていたが、トモキはまだ混乱していた。カガミがそんな事を思っていたなんて。信用していた。信頼していた。それがすべて崩壊する音が聞こえた。しかし、何となく分かる気もした。

カガミは歴史学者だ。そして宮廷にいた。混乱があって、ずっと王女の近くにいた。その王女を守るために同行している内に、道を作りたくなったのだろうか。歴史に残る道を。

「お前はわたしを傀儡の王にするつもりだったのか」

「そうならない為にも、色々な所を見せてきたつもりだったけどね」

リウヒは鼻を鳴らして無視すると、何か考えるように一点を見つめ爪を噛んでいる。

「今君が一人で都へ行っても、誰もついてきやしないよ。せいぜい今まで一緒にいた仲間くらいだ」

カガミが開き直ったように言う。その言葉にトモキはムッとしたが正論だった。

「確かにな」

リウヒもため息をつく。

「だからぼくの言うとおりに…」

カガミの声を無視して、リウヒは椅子をたった。

「兄さまに協力を仰ぐ。邪魔したな。ゆっくりしていけ」

一気に言うと、そのまま酒場を出る。トモキが追った。シラギとカグラも席を立つ。カガミはしばらくその後ろ姿を見ていたが、腰を上げて一行の後を追いかけた。

 

アナンは幸いな事に隠れ家にいた。リウヒたちの一行を覚えていた、海賊たちが歓迎の声を上げる。その一人が頭領の部屋に通してくれた。

「こんな夜更けにどうしたんだ」

リウヒが説明した。トモキとシラギ、カグラも補足した。カガミが反論する。

それをアナンは真面目な顔で聞いていた。

「なるほどね。筋書きは実に大衆向けだ。世間は喜んで王女を担ぎあげるだろう」

「わたしは不服だ」

リウヒは憮然とした。

「でも今の君にはなんの力もない」

少女はうなだれた。

その通りだ。港の外れで何の力もない少女が、どうやって都の王座にたどり着けるというのか。

「だから、わたしが協力しよう」

視線がアナンに集中する。

「王女には貸しがあるしね」

にこやかに笑う元王子にカガミが皮肉を放つ。

「海賊って言うのは海にいるものだと思っていたけどね。都は陸の上にあるんだよ」

「残念ながら、わたしの船は飛ぶこともできるんだ」

全員が目を剥いた。

「なんてね」

肩をすくめて笑うアナンにリウヒが何だ違うのかと肩を落とした。

「冗談はともかく陸の上でも、我々は強いよ。なんたってわたしが育てた部下たちだから」

戸の向こうで「イヤッサーイ」と掛け声が聞こえた。また戸に張り付いて聞き耳を立てていたのだろう。

「さて、リウヒ」

アナンは膝をおって、リウヒと目線を合わせた。こんな光景を見た事があるとトモキは思い出す。ああ、そうだ。昔宮廷で初めて声をかけてきてくれた時。

「君の気持ちは分かるが、あえて彼らの作った勢いに乗ってみないか」

「でも、騙しているみたいで…」

「騙している?違うね、今こそ民の協力は必要だ」

「リウヒはなぜ王に立ちたいと思ったんだ」

トモキが聞いた。以前この場所で、同じ所で、少女は王に立つと宣言した。

「最初は無関心だった。外の世界に出ても、宮廷には帰りたくない、このまま外で暮らしたいと思った。でもそれは逃げているんじゃないかと思った」

淡々とした声が響く。

「ここに来た時、兄さまは自分の居場所はここだとおっしゃった。それではわたしの居場所はどこだろうと考えた。それは」

リウヒは息を吸い込む。

「みんなのいる所がわたしの居場所だ。トモキ、シラギ、カグラ、マイム、キャラ、カガミ。みんながいてくれる所がわたしの居場所だと思った。だからそれが外でも宮廷でも王座でも、どこでも良かった。その時は」

全員が身動きせずに聞いていた。戸の後ろの男たちも聞いているのだろう。

「その内税が上がって、あっという間に町が苦しくなった。仕事も、貰える賃金も少ないし、物価はあがるし、宮廷に疑問をもった。わたしが上に立った方がまだマシな政治をするとも思った。さびれた漁村に行っただろう。人っ子一人いない村。恐怖だった。この国にこんな村があるなんて思ってもいなかった。自分がみんなに甘えて守られてのんびりしている間に、こんな村や町が増えて行くと思うと怖かった」

この子はいつの間にこんなことを考えるようになったんだろう、とトモキは思う。

「国王崩御までなんて待ってられない。わたしは今すぐ、王に立ちたい」

部屋に沈黙が降りた。

「お供します」

トモキがリウヒに跪礼をとった。この少女の為に、王座だろうが地の果てだろうがどこまでもついてってやる。恋とか愛とか好きとか関係ない。一種の執念だった。

シラギもカグラも同じ礼をとった。そうしてくれた事に心から嬉しいと思う。

カガミは何を考えているか分からない顔で、それを見ている。

「分かった。よく分かった」

アナンが陽気な声をだした。

「すぐに動こう。準備に取り掛かる。愛する妹の為に一肌でも二肌でも脱いでやる」

そのままリウヒの肩を抱き、ずかずかと入口へと向かう。扉を開けて外にいた男たちに声を張り上げた。

「者ども聞け!我が妹を王位に送り届ける。武器を集めろ。言を流せ。このスザクの港に王女が立つと!」

「うおおう!」

男どもは歓声を上げた。

「イヤッサイイヤッサイ!」

「ゴジョウ!ゴジョウ!」

その勢いにリウヒが足を踏ん張り、息を吐いたのが分かった。

****

 

 

分からない。民は喘ぎながら言う。

わたしたちが何をしたというのか。なぜこんなにも苦しまなければいけないのか。

穂は豊かに実ったというのに、税は上がり、物価も上昇、賃金は減少、役人は容赦なく取り立てる。必死になって働けば働くほど、暮らしは苦しくなった。

国王は、宮廷は沈黙したままだ。

あの女が悪い。と誰からともなく言い出した。あの女が王を誑かして国を傾けた。

その昔は、色町上がりで貴族を跪かせた天晴れな女と褒め称えたことも忘れて、民は怒りの目を宮廷に向けた。

国王は死んでいるのではないか、と誰かが言う。いや、幽閉されているそうだ、と別の声が上がる。どちらにせよ絞られた税はすべて、女の頭を飾る簪や宝玉や衣に化けるのだ。

民のいら立ちが頂点に達した時、南のスザクに王女が立ったという噂が流れた。宮廷からあの女に追い出された王家の少女だという。民は同情した、そしていきり立った。

その王女を助けてやろう。下賤の女じゃない、我々の王だ。民は声を上げる。

噂は港から町へ、町から村へ、そして都へと突風の如く流れた。

民は次々と武器を持って、スザクの港に集いだした。

宮廷に歯向かうために。立ち上がる王女を助けるために。何よりも自分たちの未来のために。

****

 

 

リウヒたちは、次々に集まる群衆の対応に大わらわになった。スザクの港は混乱状態が続いている。宿はすべて無料開放となり、酒場やアナンの船にまで泊まり込むもの、野宿をするものまで出た。武器や宿の金は、リウヒとマイムの隠し持っている金で補った。

「いい?これは貸してあげるだけよ。王になったら倍返しで返して頂戴」

マイムはしつこいほど念を押して、金を預けた。

キャラは、海賊らの武器の買い付けに同行し、見事な手腕で値切っていた。カグラはその武器や防具を確認している。シラギは宮廷へ馬を飛ばし、リウヒは民たちの声を聞いている。トモキはそのリウヒを守り、カガミはあれからすっかり寝込んでしまった。医者は、無理をすると命に関わるという。マイムはカガミをつきっきりで看病していた。

リウヒが声を上げてから二日目の夜、シラギが帰ってきた。

「どうだった」

息せき切って尋ねるリウヒにシラギは首を振る。

夜、宿の一室。

「戦になる」

「詳しく」

アナンが身を乗り出す。他、リウヒらと各村町の代表者らしき男たちが集まっており、室内は異様な熱気に包まれていた。

宮廷側として王はいる訳である。寝台に臥せって表に出なくても。それに盾突くものはもちろん謀反になる、兵をだして討伐しなければならない。

「その王が出てこないから、色町上がりの女が牛耳っているんじゃねえか」

そうだそうだと声が上がる。

「宮廷側の兵はどれぐらいいるのだ」

「約四千」

シラギが苦りきった顔で答えた。それはそうだろうとトモキは思う。昔の部下たちとこの人は対峙しなければならないのだ。ほくだってそうだ。宮廷を警備していた兵とは顔見知りの者が多数いる。

「こちら側は約一千…」

兵力も多く異なる。かき集められた武器はすべてに行き渡らず、参加する民の多くは鍬や鋤を武器として抱えている。上回るのは気概ぐらいだ。

「いや、こちらには大砲がある。わたしの船から出そう」

アナンがほほ笑みながら提案した。楽しそうな笑顔。その瞬間、扉の向こうから大勢の人が立ち去る音が聞こえた。聞き耳を立てていた海賊たちが準備に取り掛かったのだろう。

「市街には傷をつけたくないという事で、セイリュウヶ原で向こうと一戦交える」

スザクと都の中間に広がる原だった。

「現国王がさっさと逝ってしまえば、事は円滑に進むのですけどね」

カグラが不謹慎な発言をした。

「どうする、リウヒ。時期を待つかい」

「待たない」

リウヒが即答した。

「明日、夜明けと共にスザクを立つ」

部屋中が沸いた。みな異様な興奮状態にある。

「そういう訳で、今日は十分な休息をとってくれ。もう夜は遅いけどね」

元王子が立ちあがって声をかけると、現王女も立ち上がった。

「飲み明かすんじゃないぞ、二日酔いの奴は海に叩きこむ」

本気で言っているらしいリウヒに人々は声を上げて笑うと、ぞろぞろと部屋を出て行った。

 

「初めて宮廷に歯向かいました」

シラギが低い声を出した。すまない、とリウヒが言う。

「みんなの言うとおり、崩御後に都に入る方が円滑にいくのは分かっている。でもそれがいつになるか分からない中、手をこまねいて見ているのはどうしても嫌だったんだ」

「存じております。わたしたちは、あなたについて行くと決めましたから」

みな、頷いた。

「踊らされている事は腹立たしいが、今更引き返せないしな」

「結果、セイリュウヶ原の戦です。軍を看破すれば、宮廷は王女に従うと。負ければ」

「殺されるのか」

「いえ、そこまでは。しかしアナンが存命だったことは、宰相には知られていました」

と言う事は借りにリウヒが死んでも、宮廷は元王子という保険があるのだ。

「カガミとマイム、キャラは安全な所で待機するように」

「分かったわ」

二人が頷く。

「カガミさんも連れて行かれるのですか」

「後生だから、一緒に連れて行けと言われた。死んでも構わないからと」

諦めたようにいうリウヒにシラギが言った。

「あなたもそこにいておいてください」

「いや、シラギたちとでる」

全員が息をのんだ。

何をいっているんだ。この馬鹿王女。トモキは狂おしいほどの思いで息が止まりそうだった。

大切な少女が死ぬ事は絶望を意味している。

「もしもリウヒが死んだら、それこそ終わりなのを分かっているのか」

「分かっているからこそでる」

リウヒは冷静だった。一度言い出したら聞き入れない我儘な王女。

「シラギとカグラは先陣を切って攻撃しろ。宮廷軍で黒将軍、白将軍の名と実力を知らぬ者はないからな」

それに、と続ける声は静かなままだ。

「黒将軍は部下に大層慕われていたらしいな。そんな男に攻撃されてみろ。心理的にも相手に影響を及ぼすかも知れん」

ほー、と間抜けな声が聞こえた。カグラが感心したように頷いている。

「自分の身ぐらい自分で守る。ただ一つ、命令だ。絶対に死ぬな」

シラギはしばらく黙っていたが、仕方なさそうに深い息を吐いた。

「あなたは…本当に我儘な方だ」

 


 
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