No.1108059

第13話「抱き寄せる」(シリーズもの)

楓花さん

ファンタジー小説シリーズ「魔法道具発明家ジュナチ・サイダルカ」
【最強魔女✕ネガティブ発明家✕冒険】

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2022-12-02 18:13:40 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:327   閲覧ユーザー数:327

 

 ジュナチとパースが宰相カレバの相手をしている間、ルチアは離れた場所にある作業場の奥へと向かっていた。静かに部屋に浮かぶ扉たちのもとへ行き、扉の先へ逃げようとしている。

(また、落ちるのかしら? ドラゴンにも会える?)

 ジュナチと一緒に島へ渡った日を思い出した。ずいぶんと前に感じたが、ほんの数日前の出来事だ。前は彼女の案内があったのに、今は1人で動かなければいけない。寂しさと不安を覚えながら、口を強く紡ぐ。

 作業場に入り、一歩足を踏み出すと、コツンとかかとが鳴った。びくりとルチアの体は大きく揺れた。

(静かにしないと!)

 その場で靴を脱いで、足を擦るように慎重に進む。知らない植物や生き物ばかりいる作業場で、何に触れたら音が鳴るのかルチアは把握できていなかった。

(ここは何事もなく歩いたわ…ゆっくり、ゆっくり…)

 前に訪れたときの記憶を頼りに進む。すると、肩に乗っていたキイが突然羽ばたき、ぱたぱたとルチアの近くを円を描くように飛びはじめた。

(動かないでキイ!)

 目が合って願うように心で叫ぶと、キイは鼻で何か嗅ぎ分ける仕草をする。

「?」

 見守ろうかと思ったが、一瞬地面に黄色い物体が横切るのが見えた。

(あれは…?)

 この場所でジュナチが言っていた言葉を思い出す。

 

 ―――ああ、ビビリダンゴ虫だよ。触ると威嚇するために電気を発して、ぱちぱち音を出すの

 

 そして、その虫はキイの好物だと言った。

 

 ―――近くに来たらすぐ近づいて、大きい音にビックリしてから食べちゃうんだよ

 

「大きい音」という言葉に、さあっと血が引く感覚に陥る。床の虫へ狙いを定めたキイが勢いよく下降していく。ルチアは必死に、手を伸ばした。

 

 

 一方、カレバと向き合うジュナチの目は泳ぎまくっていた。

「あ、あの、えっと、えっと~!」

 拘束したパースを宙に浮かして、城に連れて行こうとするカレバへ、声をかける。なんの言葉にもなっていなかったが。

(行かないで!)

 様々な情報を持っていそうなパースをこのまま手放したくない一心だった。涙目になる。そんな彼女を、混乱している状態だと判断したカレバは、優しく声をかける。

「心細いのですね。ダントンさんが目を覚ますまで、もう少し一緒におりましょうかッ?」

「いや、それは大丈夫なんで…」

 ジュナチは萎縮して言う。ダントンの深い傷は、短時間でほとんど治っている。その異常な体の体質を人に見せたくはなかった。カレバはその返事にうなずき理解する様子を見せ、パースに目線を移動した。

「ならば、パースの処罰を優先しますッ。それでは失礼しま…」

「待ってください、カレバさん」

 ジュナチの後ろから声が聞こえた。伸びてきた腕に柔らかく腰を抱かれ、

「ただの行き過ぎたケンカでも犯罪になりますか?」

 横を向けば、目を覚ましたダントンがいた。傷は何もなく顔の腫れも引いている。ジュナチは慌ててカレバを見たが、体の回復力を気にしている様子はない。ただ、信じられないと怪訝な表情をしている。

「ダントンさん、ご無事で何よりです」

 首をひねり、暴れた跡だらけの庭を見る。

「ですがこのようなすさまじい魔法を使っておいて、ただのケンカだって言うんですか? そんなわけないですよねッ?」

「…俺らはいつも格闘技の練習をしてます。今回は、お互いヒートアップして暴言吐きました。俺は生みの親がいないことを差別されて、自分でもビックリするくらい腹が立ったんです…」

 人を傷つける言葉は、この世にごまんとある。その言葉をひどく憎む人間が存在する。カレバはその一人だということを昔公共の場で発言していた。それを、ダントンは知っていたのだった。

「差別を…」

 カレバは悔しそうにつぶやく。

 カレバは「平等」をモットーに掲げているマホウビトだった。身分が低くなりやすいナシノビトの雇用を斡旋し、マホウビトばかり働く城の従者に対して、ナシノビトを受け入れるように働きかけたことは有名だ。

「パースの言葉に、目の前が怒りで真っ白になりました」

「…そうか」

 カレバが切なく言う。ダントンの怒りが理解できると物語っていた。

「今回のケンカはやりすぎました。でも、友達なんです。パースがいい奴なのはカレバさんも知ってますよね」

「もちろんですよ、納品係の方もよくお話ししてくださいます」

 友人をかばうふりをしているダントンの言葉に、カレバはゆっくりと首を縦に振った。

「そいつが今日この島に来たのは、ダントン・サイダルカの友人として招待されたってことにしてくれませんか? そして、くだらないことでケンカしました…」

「彼の罪を消してほしいということですかッ」

「俺も、悪いんで…」

 ダントンは地面を見たまま言った。心のどこかで「なんでこんな奴を庇わないといけねぇんだ」という心が暴れている。そのせいで、カレバと目を合わせれば自分の本心がバレる気がした。

(我慢しろ、我慢我慢我慢だクソが!)

 オオカミになった理由はダントン本人さえわからない。パースは知っているだろう。なにせ、オオカミの姿になるまで誘導したのは彼なのだから。どうにかカレバを説得し、今回のことを水に流すようにしてもらわないといけなかった。

「ふむ」

 カレバは少しの沈黙の後、

 ガチャン…ッ

 パースを地面に下ろし、拘束具を解いた。再度、オーブを取り出して確認する。ちらちらと動くそれを見続ける。

「サイダルカを巻き込んだ死闘に、サイダルカご本人の意思があったとなると、話は変わります。ダントンさんにも殺意があったなら…ダントンさん、貴方自身も処罰を受ける必要があります」

「え!?」

 ジュナチが驚きで声を上げて、ダントンの服を掴んだ。パースだけでなく、ダントンも連れて行かれるなんてありえなかった。カレバはジュナチの不安そうな顔を見て、安心するように笑顔を返した。

「ですが、ダントンさんを裁くための準備が私たちはできておりません。サイダルカを裁くことは、国の大きな損失につながります。これはどうしたものか、一度持ち帰らせていただいてもよろしいでしょうか」

「…はい、」

 ダントンが静かに同意すると、ふうとカレバは息を吐いた。空を見上げ、今回のことを頭の中で整理しているようだった。

「今後、同じ事態が起きた場合は必ず貴方は何らかの罪に問われることになります。忘れないでくださいね」

 カレバの言葉をかみ砕くと、「今回は大目に見る」というニュアンスが含まれていた。

 それにほっとしたのはジュナチだけじゃない。ダントンとパースも同様に息をついた。その様子をカレバは一通り眺めてから、オーブをもう一度覗き見た。まだそれは八の字を描いていた。

「ただ、気になることがありますッ」

 3人に向き合う。

「貴方がたのケンカに魔法が使われたからと言って、ここまで「残り香」があるなんておかしいのですッ。強力な魔法に反応する国宝具が、今も動き続けています。もしかしてこの島では今、魔法を使っているのですか?」

「…?」

 ダントンとパースは心当たりがなく首をかしげ、ジュナチはカレバの言葉から現状の予想を立てる。

(魔法を誰も使ってないのに、国宝具が反応してる…?)

 カレバが持つオーブは、サイダルカが作った魔法道具ではない。

 国宝具と呼ばれ、強力なマホウビトの魔力が封じ込められている代物とされる。制作年は不明で、王族と一部の人物しか、城から持ち出すことはできない特別な物だ。サイダルカ一族はその存在にかなり興味を持っていた。だが、誰もひと目も見ることは叶わなかった。

(国宝具って、どんな物だっけ?)

 国宝具について書かれた文献をジュナチは思い出す。その中には「強力な攻撃魔法を遠くから感知する。または、上級な魔法———普通ならありえないほどに強力な———に近づくと反応する」とあった。その内容はカレバが持つ国宝具を指していると、ジュナチは推測した。

(国宝具が動いている理由は何? …攻撃魔法は誰も使ってないってことは、「上級」の魔法がこの島で使用されている?)

 ジュナチはパースとダントンを見やってから、ちらりと離れを見た。

(ルチアは魔法を使えない…いや、違うっけ?)

 前に、ルチアから最後に魔法を使った瞬間の話を聞いていた。ゴールドリップは魔法を使った瞬間に国王の追手に気づかれる。だから、彼は本来の姿から今の姿に変身し、知らない土地へランダムに飛んでいく魔法を使った。それが追手から逃げられる唯一の方法だと、ゴールドリップたちの過去の記憶が教えてくれたと言う。そして、今までずっとナシノビトのふりをしている。

(もしかして…)

 カーニバルで出会ったとき、ジュナチはルチアの本当の姿を見た。黄金の唇をした長髪の少女だった。

(ルチアの姿を変える魔法は「上級」のものなんだ…!)

 国宝具が反応する原因はルチアが変装する魔法であると予想した。魔法を使っているルチアの存在を、気付かせるわけにはいかない。ジュナチはまたも険しい顔になって、

「じ、実は言いにくくって…でも、動くのは仕方ないって言うか…」

 なにかしらウソよ私の中から出て来い、とジュナチは念じていた。ウソが下手な彼女は、咄嗟に何か言うことはできなかった。

「!」

 そのとき、何かの音を拾ったダントンがピクリと肩を震わせてから、静かに言う。

「俺が魔法道具作りのために、魔法を使っていました」

「ほう? 魔法道具を魔法で作るとッ?」

 ダントンの発言にカレバは興味深そうにキラリと目を光らせた。

「この情報は、絶対に外に漏らさないでください」

 ダントンは淡々と続ける。

「今、魔法を止めました。まだ動いてますかソレ」

 もう一度、カレバは国法具を見る。八の字の動きはしていなかった。

「おや、止まったようですね」

 ジュナチは驚いた表情をして、落ち着いた様子のダントンを見上げた。

 

 

 ルチアは暑い太陽が照り付ける砂浜で、息を整えようと必死になっていた。目が座り、だいぶ疲れている様子だ。

 ヤシの木がごきげんに揺れる景色は、今の気分には合わなかった。

(間一髪、だったわ…)

 先ほど、必死になってキイを掴み、ビビダンゴムシがいた場所を飛び越え、近くに浮いていた扉のノブを掴んだ。扉が開き、キイとともにその先へ放り出されたのだった。

 ルチアが開けた扉は太陽が3つ描かれた「灼熱の島」だった。今吐いた息は暑さによるものなのか、ただの息切れなのか判断はできない。胸元で抱きしめているキイも暑さでぐったりとしている。移動できたことに安心しながら、ルチアは砂浜へ全身で倒れ込んだ。

「もう…心臓痛い…」

 爽やかな青空を見ながら、恨めしそうにつぶやいた。

 

 

 カレバはじっとダントンを見ていた。彼は平然としていたが、隣りにいるジュナチの目は揺れていた。

(秘密の情報を漏らされるのではないか、不安なのか…?)

 それは見当違いの考えだったが、これ以上は詳しい話を聞かないと彼は決めた。

「ダントンさんは強い魔力の持ち主なのですね。それもサイダルカの秘密でしょうか」

「はい」

 堂々とダントンが答えると、カレバは決して秘密は洩らさないと約束をした。ジュナチはうまくごまかせたと思い、何度も嬉しそうにうなずく。カレバはやっとジュナチに笑顔が戻り、満足そうにほほえみ返した。

「では用件は済みましたので、失礼します。これ以上、ご友人をこの島に連れてきてはいけませんよッ」

 釘を刺すように言って、オーブをしまう。

「パース、貴方はこれにサインをしなさいッ」

 空中に登場した契約書にはこの島の秘密を口外しないことを約束し、反故した場合の処罰内容も書かれていた。それを一文も読まずに、

「了解で~す」

 とパースは軽く言って、サインをさらりと書いた。それを確認すると、カレバはジュナチとダントンに向かって深くお辞儀をする。

「それではまた。次は平和な用件でお会いできる日を楽しみにしておりますッ」

 ドアを開け去っていった。ジュナチは大きくため息を吐いてから、弱々しく島に伝えた。

「お願い、島の扉を閉めて」

 ドアは消えて、沖には1つの浮き輪がぷかりと浮かぶ。誰も島に入ることはできない状態に戻った。ジュナチは安心から、もう一度ハ~と長い息を吐き、ダントンを覗き見る。

「すごいねダントン。なんでタイミングよく魔法を止めたって言えたの?」

「作業場からドアが閉まる音が聞こえて、ルチアがこの島から消えたのがわかった。だから、国宝具は動かなくなるって思ったんだ」

 感心しながらも、ダントンの勘のよさに驚いていた。

「国宝具とルチアを、よく結び付けたね?」

「お前が必死になってるときは、どうせあいつのためだからな」

「そ、そっか」

 不機嫌なダントンの言葉に、図星をつかれてジュナチの口元が緩む。彼女は緊張から解き放たれ、体中の力が抜けそうになった。ふらっと足元が揺れると、腰を強く引かれた。

「わっ!」

 その勢いの強さにジュナチがダントンへ抗議するように睨むと、彼は口角を上げて満足そうに微笑んでいた。それに彼女は違和感を持った。

(いつもよりすっごく近くない…? あれ、ダントンとの距離感てどんな風だっけ?)

 カレバと向き合っている間もずっと腰を抱かれていたが、今もダントンはジュナチの体を支え、隣から離れようとはしなかった。

 

 

 カレバはふわりと宙に浮いて海の上を移動する。城まで飛んでいく間、今日会った3人を思い返していた。

(何かある)

 パースの自信満々な様子や、あまりに不安そうにしているジュナチの様子が心に引っかかったままだった。

(オーブの動きも気になる)

 魔法道具を作るために魔法が使われている、というダントンの説明はどこか説得力に欠けていた。オーブが反応しつづける理由は「強い攻撃魔法の残り香を感じ取る」か、もしくは「上級魔法に反応するとき」だけだった。あの島にいる間、ずっとオーブは動いていた。

(彼の魔法で、反応するとは思えない)

 ダントンは、パースとの戦いで攻撃魔法を使いながらも、魔法道具を作るための上級魔法も同時に使っていたと言う。子供の頃から見てきた彼にそこまで魔力がある気はしなかった。

(今まで爪を隠していたのか? もしくは、ダントンさんの話が嘘だとしたら、なぜそんな嘘をつく必要があるのだろう…?)

 あの島になにかを隠しているのかもしれない、とカレバは考えた。

(この違和感は覚えておこう)

 何かがある、と確信した。それを探る方法はもう少し先に考える。

 とりあえず今は、「サイダルカを裁く方法」を考えなければならない。それを少し残念に思っていた。

(むしろ、今までサイダルカが事件を起こさなかったのが奇跡なのかもしてない…)

 ナシノビトの生活を一変させた一族は、決して悪だくみをせず、国に貢献し、とても温厚だった。それがカレバがサイダルカを敬愛する理由のひとつでもあった。

 

 

 

つづく…

 

 

 

閲覧いただき、ありがとうございました。

次回は1月6日(来月の第1金曜日)の夜に更新します。

良いお年をお過ごしくださいませ。


 
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