No.110673

Princess of Thiengran 第五章ー外の世界4

まめごさん

ティエンランシリーズ第一巻。
過酷な運命を背負った王女リウヒが王座に上るまでの物語。

「ごめんね」

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2009-12-05 20:59:05 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:488   閲覧ユーザー数:476

「港につくのは明後日だってよ」

橙頭の男が教えてくれた。この船のことを色々トモキに教えてくれた親切な男だ。

「よかったなあ。コレが待っているんだろう」

歯が三本抜けている男が小指を立てると、あちらこちらからヒューヒューと野次が飛んだ。そしてなぜかそのまま大宴会へ。

船の底にある大部屋は至る所に吊床(ハンモック)が下げられており、酒が飛び交い、野次が飛び交い、酔ったオヤジも飛び交った。でたらめな歌を合唱して瓶に口をつけて酒を飲んでいる。

この船に乗ってどれくらい経ったか分からないが、恩人の為精一杯の事はやった。頭領は気持のいい男だったし、その頭領に心酔しきっている荒くれ共も一様に賑やかで酒好きで面白い男たちだった。

「どんな女なんだよ」

「美人か」

どうも探し人がいるというのが勘違いされて伝わり、いくら訂正しても同じ間違いに行きつく。面倒くさくなって否定もしなくなった。

リウヒが恋人と言われるのは何か違う気がする。なんだろう、大切なのは間違いないのだけど。

いきなり背中を叩かれた。酒を吹いてむせる。

「照れんなよーぅ!」

「おらもっと飲めー!」

乱暴に頭を撫でられ、小突かれ揺さぶられた。みな一様に酔っぱらって大笑いしている。こんな酒の席はもちろん経験したことがなかった。今まで酒といえば、宮廷の自室でカガミやシラギとひっそり静かに飲んでいたくらいである。

ところが目の前の男たちは、毎晩「この世の終わりがきても後悔しない」と豪語するほど、酒を浴びるように飲み歌い笑い踊るのであった。そしてあくる日はきちんと起きて頭領のもとに集う。

その頭領も不思議な男だった。どこかで見たことがある気がする。

「頭領ってどういう人なんですか」

と聞いても、ほとんどのものが素性を知らない。気が付いたら頭領に納まっていた、と口を揃えていう。

「元々は旅の一座にいたと聞いた」

「おれは先代の隠し子って」

「貴族の息子じゃなかったか」

みなはっきりしたことは分からない。名前すら知らない。でも、いいじゃないか。そんな事は。おれたちはあの人だからついて行くんだ。

「そうだろうおめーら!」

「おうー!」

「イヤッサイイヤッサイ!」

「ゴジョウ!ゴジョウ!」

独特の掛け声を発して再び始まる大宴会。

トモキはそっと抜け出して甲板にでた。

下の騒ぎが嘘のように静まり返っている。波の音だけがひっそりと響いた。あの雰囲気は好きだけれど、なんとなく交われないでいる。

遠くに陸地が見えて、灯りがポツポツと灯っていた。

あの灯りが集中しているところが港だろうか。あのどこかにリウヒがいるのだろうか。ぼくはいつまでリウヒを追いかけていればいいのか。

波も夜空に煌々と浮かぶ丸い月も、何も答えずにただ音と光でトモキを包むだけだ。

****

 

 

酒場の煌々とした灯りの中、大人組の四人カガミ、シラギ、カグラ、マイムは酒とつまみを注文しつつ席に着いた。港の大きな酒場だけあって活気がある。

隅の方に小さな舞台があり、年老いた女が一人月琴の音をお供に歌っていた。

「下手くそ」

マイムがつまらなそうに呟く。

この女はそういえば宮廷の踊り子だったとシラギは思った。その頃はもっと愛想があって、堂々としていた。自信がみなぎっていた。今はなぜこんなに投げやりな態度なのだろう。

「自分の方がうまいと思っているのでしょう」

カグラがニヤニヤ笑いながら酒を注ぐ。

「当たり前じゃない」

マイムが腕を組んで鼻を鳴らす。

「ヒヒハヒヒンハハヘエ」

カガミが口をせわしなく動かす。

「カガミさん、せめて飲み込んでから話してください」

シラギが呆れた。

「それならあそこに出て歌ったらどうです」

「やあよ。一銭にもならないもの」

「ああ自信がないのですね」

マイムが隣の男をギッと睨んだ。

どうやらカグラはマイムを焚きつけて遊んでいるらしい。二人はなんだかんだと言い合いを小声でしていたが、シラギもマイムの声を聞いてみたいと思った。

「聞いてみたいな」

「ぼくも聞きたーい」

「わたくしもあなたの舞しか見たことがないので」

あんたら。

マイムが目の前の男らを睨みつけた。そして何かを思い付いたらしく、にっこりと笑う。

「じゃあ、賭けをしましょう」

「賭け」

「そう、賭け。あたしがお客から歓声なり拍手なりもらったら」

金をよこせと言い放った。

「でも、もし何の反応がなかったら?」

「その時は、あなたたちの言う事を何でも聞くわ」

艶然とほほ笑むとマイムはゆっくりと席をたった。そのまま舞台の方へ歩いて行くのを男三人は口を開けて見送った。

「何でも言う事を聞くんだって」

「あの女がそんな事を言うなんて珍しいですね」

「よほど自信があるのだな」

マイムは月琴を抱えた女と二言三言話すと、笑顔で席と楽器を譲った女に軽く頭を下げつつ、椅子に座った。確かめるように、音を鳴らしている。

「お手並み拝見」

カグラが腕を組み後ろの壁にもたれた。

歌声が響き始める。酒場の喧騒はその歌声に反応したように揺れ、波が引くように静まっていった。その静寂の中をただ月琴の音とマイムの歌だけがゆったりと支配する。

声はまるで楽器の音のようであった。女の唇は言葉を紡いでいるが、言の葉はもう一つの音と絡まるように踊るように空間を漂う。

民話を基にした有名な歌だ。

 

あるところに男と女がいた。

二人はお互いを想いあい、中睦まじく暮らしていた。

ある日、突然男が消えた。

女は泣いた。泣いて泣いて涙が枯れてもまだ泣いた。

あの人はここに必ず帰ってくる。

あの人の帰る場所はここだけだから。

そう信じた女は待った。

ただひたすら待った。

待って待って、年をとっても老女になっても待ち続けた。

いつしか女は松の木になってしまった。

それでも待ち続けた。

この身が松になろうともあの人はここに帰ってくる。

月日が幾度となく巡ったある日、松は燃えた。

炎は天高く舞い空の星となった。

星になっても男を待つ女の気持ちは変わらなかった。

その星は夜のとばりがおりると真っ先に輝く。

男が帰ってくるのを今でも待っている。

永遠に待っている。

 

月琴の音を従えて舞い踊る歌声に、シラギは不思議な感覚が足の先から這い上がってくるのを感じた。

女の奏でる音以外には咳ひとつ聞こえない。酒場中のすべてが停止していた。

月琴の音が途絶えると、数秒間の空白のあと引いた波が返すように戻ってきた。それは次第に高まっていき、割れるような歓声と拍手に変わる。涙を流している者もいた。興奮して腕を振り回す者もいた。飛び跳ねている者までいた。

その歓声を一心に浴びたマイムは優雅なお辞儀をすると、シラギたちのもとへ戻ってきた。

そして誇らしげに宣言する。

「あたしの勝ちね」

****

 

 

先に泣いた方が勝ち。

それがキャラの常識だった。

泣けば母は兄を叱り謝らせ、友達は動揺し、すぐに謝罪した。謝った方が負けなのだ。

それを見るのは気持ちのよいことだった。勝った。いつもそう思った。

でも、今自分は泣いて目の前の少女は謝っているというのに、なぜこんなにみじめな気持ちになるのだろう。涙が出れば出るほどみじめさは増長してゆく。

大人たちが夜の町へと繰り出した後、リウヒと部屋に戻った。なんとなく二人で話している内に諍いになった。原因は下らないことだったが、キャラの今までたまっていた不満が爆発したのだろう。

「何よ、いつでもどこでも心配してくれる人がいて、それに甘えて」

「甘えてなんかいない」

「甘えているじゃない。それが当り前なんでしょ、あんたの中ではっ」

「キャラは何か勘違いをしているんじゃないか」

勘違い。勘違いと言うか。

あたしが味わったような疎外感など今まで経験したことないくせに。王女と言うだけでちやほやされて。ただ生まれが違うだけで。

涙は止まらない。くやしくて腹がたってしょうがない。

「いいわよね、王女さまって!偉そうにしていればそれでいいんでしょ!」

「みんな、わたしを心配しているわけじゃない。わたし自身を見ているわけじゃない。わたしが王女だからそうしているだけだ。そうじゃなかったのは」

リウヒの顔が一瞬変わった。柔らかい笑顔。

「トモキだけだった」

でも、キャラに不快な思いをさせたのはすまなかった。とうつむく。

腹の底から怒りが沸いた。頭が痛い。割れそうだ。

「あんたなんか大っ嫌い!」

感情のまま手を挙げる。リウヒが素早くよけた。

この少女が体に触られるのも、人に触ることも嫌がるのは分かっている。寝るときは寝台の隅と隅にわかれて寝たし、実をいえばどうでもよかった。

だけど今は殴らせろ。

しかし、リウヒはそれを避けつつ逃げる。しばらく狭い部屋で二人暴れていたら、階下からドンドンと音が響いた。うるさい静かにしろという注意なのだろう。

少女たちは、息を弾ませて睨み合っていた。

「下々の者には触らせないってか。さすが王女さまよね」

皮肉をこめていうと、リウヒが顔色を変えた。

「違う」

「なにがどう違うのよ。何か原因があるなら言いなさいよ。どうせないんだろうけど」

キャラはチンピラのごとく顎を突き出した。

リウヒは真っ青になって、口を開けたり閉じたりしている。何か言いたいけど言いにくい、そんな感じだ。

見ているとますます嗜虐心が煽られる。

「ごめんなさいねぇ。こんな下の者には言えないわよねぇ。ずっと一緒にいて友達だと思っていたのに」

そんなことはちらりとも思っていないけど。

リウヒが意を決したように息を吸い込んだ。そして話し始めた。

「…昔、気が付いたら全然知らないところに連れて行かれた」

母や兄たちのいない、変にきれいな所。

美しい衣を着せられて見たことがない広い部屋を与えられて嬉しかった。当然母や兄たちも来るものだと思っていたら、もう会えないという。何を言っているのだろう。早く帰りたい。にいちゃんたちがいるあの家に帰りたい。お願いと泣いても、回りの大人たちは仕方なそうに笑うだけで何もしてくれなかった。

不思議な女の人に会わせられた。人形を自分の子供だと思い込んでいる美しい人だった。自分の母だといわれた。

全然違う。母はいつも陽のあたる台所にいる。いつも忙しそうでリウヒがいたずらをしたら、ものすごい顔をして尻をぶった。

やさしそうなお爺さんにも会わせられた。お爺さんは喜んでリウヒを膝の上にのせて離さなかった。この人なら頼りになれそうと思った。ところが。

「寝ていたら、そのお爺さんが来て寝着を脱がせられた」

キャラが息をのむ。

リウヒの顔は青を通り越して白くなっていた。小さく震えている。

「何をしているのか分からなかったけど、すごく気持ちが悪くて怖かった」

やめて、お願いやめて。泣いても暴れても懇願しても老人はやめてくれなかった。

にいちゃん、助けてお願い誰か。兄は来てくれなかった。誰も来てくれなかった。

老人は毎晩来る。夜が恐ろしかった。後宮が恐ろしかった。

誰も助けてくれない。ただ仕方なさそうな顔をして笑っているだけだ。

まず人が怖くなった。触られると悪寒がして気持ちが悪くなる。

そうだ、悪い子になれば、みんな呆れてわたしを嫌いになって、ここから出してくれるかもしれない。そしてあの家の帰してくれるかもしれない。かあさんとにいちゃんのいるあの家。

それだけがリウヒの希望になった。だが、それすらも叶わなかった。

老人はいつしか来なくなったが、周りの態度は変わらなかった。仕方なさそうに笑って、見て見ない振り。

いつかここを自力で出ようとしょっちゅう部屋を抜け出した。ただし、体力をつけるために食事だけはしっかりとった。かあさんが言ってたもの、ご飯は大切だって。

 

「ごめん」

 

目の前のリウヒは、小さく震えながら膝に頭を埋めていた。まるで自分の身を守るように。

「もう言わなくていいから。ごめんね」

キャラは同い年の少女の肩を引きよせそうとして、手をひっこめた。

触れない。

ああ、触ることで伝えられる事もあるのに、言葉で表せないから抱きしめて慰めたいのに、それができない。なんてもどかしいのだろう。

ごめんという言葉もそうだ。すべてが帳消しにできる言葉だと思っていた。帳消しになんて無理だ。あたしはこの少女の闇を掘り起こしてしまった。

でも今はそれしか言う事が出来ない。

「ごめんね」

膝を抱えて震えるリウヒと、ただ立ちすくむしかできないキャラを、窓から差し込む月の光が照らした。

****

 

 

月明かりを受けて黙って歩く。

カガミはもう少しここにいるから、と言い、カグラはいつの間にか消えていた。大方女でもひっかけに行ったのだろう。シラギと二人、宿に戻る途中だった。

目の前には陰気な男の背中がある。最近は表情が出るようになったのかもしれない、とマイムはクスリと笑った。

「いい歌だった」

突然、シラギが振り返りもせずポツリと言った。

考え事をしていたマイムは一瞬、何を言われたか分からなくて止まった。

「今何て?」

「きれいな声だったと言った」

その声に若干の照れが混じっている様な気がして、つい動揺してしまう。

「あ、ありがとう」

ひっくり返った自分の返事に内心舌打ちをしながら

「まあ、宮廷一の踊り子なめんなって感じかしらね」

と軽口でごまかした。しっかりしろ、あたし。と心の中で叱咤する。

初な小娘じゃあるまいし、歌を褒められたくらいでなにをうろたえているのだ。

「陛下が気に入っていたのも分かる気がする」

「何それ」

そんな話、聞いたことがない。

「どういう事」

目の前の男の腕をとると、男は振り返った。その目には「しまった」と後悔の色が浮かんでいたが、知ったこっちゃあない。

「言いなさいよ」

掴んでいた腕を揺さぶると、シラギはため息をついて白状した。

「宴で踊るあなたを見て、陛下が側に召そうとしたことがある。ショウギ側にこっそり密告して事なきを得たが…」

「ちょっと待ってよ、それはあんたの一存で?」

シラギは頷いた。王女の時もそうすればよかったのだ、とため息混じりにブツブツいっていたが、そんな事はどうでもいい。

「何を、何を…」

怒りで手に力がはいる。

「何を余計な事をしてくれたのよっ!」

怒鳴りつけると、シラギは目を見開いて身じろぎした。

「たんまり金が入ったのに、余計な事を、もう」

「わたしはあなたの為を思って」

「それが余計な事だって言っているのっ」

ああ、どれだけの金になったのだろう。頂ける宝珠なんかも国宝級に違いない。何ておしいことを。

頭の中を色んな欲望が回っている。すべて幻になってしまった欲望。

「先ほども金を要求していたな」

目を上げると、嘲るような男の顔があった。

「そんなに金が大事か」

マイムの中の怒りの炎がさらに燃え上がった。何を言っているのだこの馬鹿は。

「当たり前じゃない」

低い声がでた。

「名家のお坊ちゃんには分からないでしょうね。今流行りの精神的外傷よ。家には金がないばっかりに、弟は死んでいったわ。医者に見せることもできないで、この腕の中で死んでいったのよ。だから、世の中お金が一番大事なの!」

一気にいうと、掴んでいたシラギの腕を払うように離した。

呆然としている男を尻目にずかずかと立ち去る。

しばらくは怒りが収まらなかったが、それが静まってくると今度は顔が緩み始めた。

阻んでくれた。

あのしわがれた老人の手から、仏面顔の愛想のかけらもない男が守ってくれた。

「わたしはあなたの為を思って」

「いい歌だった」

「きれいな声だったと言った」

シラギの声が頭の中をクルクル回る。

もう、本当に初な小娘じゃあるまいし、宮廷の荒波をかいくぐってきたこのあたしが、あんな男に、あんな台詞に喜んでしまうなんて。

顔を引き締めようとしても、どうしても緩んできてしまう。なんだか胸が温かい。

マイムは頬を手に当てると、一人笑いながら宿を目指した。

 

 

 


 
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