No.1092997

行け!ハイドリオン

籠目さん

※2020/08/15にPixivへ投稿した作品をTINAMIへ移行したものです

イデアが巨大ロボで戦う話。

・名無し男監督生が出ます

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2022-05-29 17:40:32 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:215   閲覧ユーザー数:215

253 名無しのイグニ寮生 

でもどうせなら巨大ロボにのってみたいよな

 

 始まりはそんなひとつの書き込みからだった。何がでもなのか、何がどうせならなのか、発端は分からないがとにかく話はあれよあれよと進み、イグニハイド寮生のおおよそ三分の一を巻き込んだ、大規模な計画に発展したのである。

 必要な材料や技術をリストアップし、寮長たるイデア・シュラウドへ提出。ほぼ常にイグニ寮生スレを監視しているイデアは当然のようにその話を知っていたし、今までにない早さで承認をした。教職員へのお伺いは他の寮生に付き添ってもらい、しどろもどろながらになんとか了承を取り付ければ、あとはもう走り出すだけである。こういう時のイグニハイド寮生の動きは素早い。

 まず参加者を技術面でいくつかの班に分け、班長を指名した。動きは逐一寮内チャットで共有し、週に一度はミーティングすら開いた。そもそも巨大ロボとはどの大きさからを指すのかという基本的な面での議論が紛糾したりもしたが、学内ということもあり十メートルで落ち着いた。

 出来上がったのはわずかに三か月後。各自課題や自分たちの研究も同時並行して進めながら作ったのだから、製作期間としては充分すぎるほどに早い。技術面や、デザイン面で、イデアの協力を仰げたのが大きかった。

 黒のボディに発光する青のライン。デザイン元は寮服だ。なにせ、あの服はイグニハイド寮生からの人気がすこぶる高いので。名付けの権利はイデアに渡された。我らが異端の天才、少なくとも工学分野では一心に尊敬を集めている寮長殿に名付けられたロボットも鼻が高いであろう、という謎の発言からだった。最後の一週間は、皆睡眠をギリギリまで削っていたため発言もほにゃほにゃだったのである。

 ぶっ倒れるように談話室で眠り、自我を取り戻したものから自室へ帰る。そうして、ようやっと正気を取り戻した頃に気が付いた。

 

 これ、どこで乗ればいいんだ?

 

 気付いたものから正気度チェックだ。寮裏にそびえる巨大なロボ。巨大なロボは敵を倒さねばならないので、操作席に座りボタンを押せば魔法も撃てる。完全に兵器だった。なぜこれが教職員側の承認を得られたのか、もはや誰もわからない。

 そういう訳で、イグニハイド寮生の叡智の結晶たる巨大ロボは、水仙咲き乱れる寮の裏に、堂々たる体躯で仁王立ちすることになったのである。

 

 *

 

 時は流れ、ボードゲーム部。部員でもない監督生がなぜか混ざり込む、放課後のことだ。

 

「そういえばイグニハイド寮にガンダムがあるって聞いたんですけど」

「ガン……?」

 

 きょとりと目を開いて首を傾げるイデアとアズールに、監督生は慌てて言葉をつづけた。

 

「あっごめんなさい。ロボットです、ロボット」

「あーはいはい、あるね。あります」

「あれってオブジェなんですか?」

「まさか。ちゃんと動くよ」

「えっ」

「えっ?」

 

 アズールがぎょっとしたように声を上げた。

 

「動くんですか?!」

「動く動く。だって作ったの拙者たちだもん。ビームも撃てる」

「ビームも撃てるんですか?!」

「それもう兵器じゃ」

 

 ビーム、という言葉に食いついたのは監督生だ。普段から今一何を考えているのか分からない目が、妙にきらきらと輝いている。身を乗り出し、イデアとの距離を十センチは詰めた。

 

「おっ監督生氏もしかしてビームがお好きで?」

「いいですよね、ビーム……巨大なロボット好きですよ、強そうで」

「全然わからない……」

「男の子の、いやロボットが好きな人々のロマンが詰め込まれてるんですよ、ビームには!」

 

 おもむろに立ち上がり、目の前で無言で握手をし出したイデアと監督生を見ながら、アズールは心底めんどくさそうにため息をついた。男のロマン、と呼ばれるものは分からないでもないが、ロボットは分からない。アズールはどちらかと言えば、洒落たものを追求する傾向にあった。

 

「まあ作るだけ作って乗ってないんですけどね」

「えええ勿体ない。ああいうの好きな人絶対イグニハイドの人たち以外にもいますって。少なくともエースとデュースは好きです」

「あああの爆速退学コンビ」

「卒業まで一生弄られるんだろうなあ」

 

 すん、と遠い目をした監督生を横目に、アズールはイデアの肩を突いた。

 

「拙者たち、ということは他にも製作者が?」

「ああ、イグニハイド生共同制作ってことになってるね。実際参加したのは三分の一くらいだと思いますぞ」

「そんなに……?」

 

 レンズ越しの瞳が、きらりと光った。アズールが、マドルの匂いを嗅ぎつけた瞬間である。

 もとよりイグニハイド寮は、ナイトレイブンカレッジ内でも独自進化を遂げている生徒が多い寮だ。魔法に限らず、工学や科学の分野でも活躍は目覚ましく、どこそこの雑誌に論文が乗っただの、この商品が高値で売れただの、話題には事欠かない。

 そのイグニハイド生が、三分の一も集まって作り上げた巨大ロボである。商売にならないわけがなかった。

 イデアに付き合ってイグニハイドへ訪れることもあるアズールにとって、寮の裏にそびえるロボットは遠目にしか見たことがないものだ。霧深い景観の中ではぼんやりとしかその姿を捉えることはできず、てっきり何かのオブジェかと思っていたが、まさかそんな大変なものだったとは。

 

「イデアさん」

「はい?」

「ちょっと僕の話を聞いていただけませんか」

「……あれ、」

 

 ついさっきまでイデアと熱くロボット談義をしていた監督生が、不穏な空気を察知して立ち上がろうとしたのを、腕を掴んで阻止。ぎち、と音がしそうなほど強く握られた腕には、きっと手の跡がしっかりとついていることだろう。

 

「もしかしてアズール氏」

「そのもしかしてです」

 

 空いた方の手を自身の顎先にそえ、アズールは自信満々に笑って見せた。VIPルームで“お願いごと”を聞くときの、あの顔である。その壮絶な笑顔を見てしまった監督生の脳裏には、様々な出来事が走馬灯のように流れていた。

 

「僕と一儲けしませんか」

 

 イデアの口元が、やっぱりな、とでも言いたげにひくりと動いたので、監督生は内心でそっと手を合わせておいた。多分、この男からは逃げられないので。

 

 *

 

 学園側に話を通すところから企画運営まで、なにからなにまでアズールがやってくれたことだけが、イデアが感謝するところである。そもそも人前でロボットを乗り回すなど、イデアにとっては失神ものである。大体、この巨大ロボは対巨大ロボを想定しているので、戦闘能力も半端ではない。アズールの前では適当に流してみせたが、まごうことなき兵器である。

 

「バトるの?」

「その方が見せ場が大きくないですか?対人間でもいいかと思うんですが」

「下手すると死んじゃうけど……」

「……魔法でどうにか、水中バトルにしてみるとか。それならあの二人に相手させられます」

「あー……ああ……んー……それだと水圧がなあ……」

「水中呼吸薬を改良して、塗布することで水圧に負けないようにするとか」

 

 結局、水中バトルは無しになった。数人の生徒の協力のもと、召喚した魔獣との対戦を行うとのことだ。そんなことのために呼び出していいのかとか、魔獣さん怒らないかなとか、イデアの懸念はいくつもあったけれど、あのアズールがそういうのなら、恐らくは大丈夫なのだろう、とぼんやり納得したころだった。

 イデアは生身でとぼとぼと運動場を訪れていた。召喚術の実技試験である。

 いくら得意科目とはいえ、生身で集団の中にいるのは大変つらいものがあった。特に、得意だからこそ注目が集まるのが確定している召喚術は、どうしったて冷や汗が出る。それにさっきから、どうも敵意のようなものをひしひしと感じているのだ。斜め後ろから背中右側辺りに、刺すような視線がある。ああこれ、多分嫉妬だな、と思いながら、イデアは長い手足をできるだけ小さく折りたたんだ。

 

「次、デューラー」

「はい」

 

 斜め後ろから声が上がったので、イデアはひょうと息を呑んだ。あの視線の主に間違いない。横目で眺めると、すっくと立ちあがった男の運動着はポムフィオーレの色をしていた。

 召喚術は三年以降では選択授業になる。向き不向きが出やすい学問だからだ。アズールのような商人よりも、イデアのような一種博打的というか、運要素を好む性格をしている生徒の方が向いていると言われているし、体感としても間違っていない。

 一年次、二年次は理論と、簡単な実技を。三年以降に選択するものは大がかりな召喚に挑むことになる。向いていない生徒に大がかりな召喚を行わせると、呼び出したものに食い殺されてしまったり、こちらが向こうに呼ばれてしまったりもするので、三年以降は選択制、そして教師からの許可が下りなければ授業を受けることができなくなるのだ。

 ちなみに、イデアがいままで聞いた中で一番怖かった失敗談は、座標指定を間違えたうえなぜか召喚対象の精神しか呼ぶことができず、生徒の内側に魔物の精神だけを呼び込んでしまったという話だ。教員総出でどうにかしようとしたが、あっという間に脳を壊されてしまいどうにもならなかったらしい。

 さて、先のポムフィオーレ生である。召喚のための魔法陣を書き終え、触媒も用意した。この段階になると、見ている側の生徒の空気もぴんと張り詰めだす。

 滔々と、デューラーと呼ばれた生徒の口から呪文が流れ出した。人によっては歌にも聞こえる、長い長い呪文だ。その長さ、複雑さからして随分と大がかりな召喚を行うらしい。そこまで推測したイデアは、どこか聞き覚えのある音階に首をひねった。じわじわと足元を這う熱気。途切れない集中の中、その生徒がイデアを見た様な気がした。それをおや、と思う間もなく、魔法陣は紫色に輝きだした。

 ぶわん、と魔力の光が辺りを照らす。炎のようにも見える光がぱちん、と弾けた瞬間、生徒も、教師もどよめいた。

 現れたのは、四つ足の獣だった。

 一見するとライオンにも見える。けれど足には蹄が付いており、恐らくは胴が偶蹄目なのだろう。極めつけに、遠くにゆらりと揺れる尾は、どう見たって蛇だった。それも、尖った牙も鱗の模様も、どこからどう見ても毒のありそうな蛇だ。

 

「いやキマイラじゃん?」

 

 そんな怪物召喚をするとは、どうやら教師も聞いていなかったらしい。慌てて防御結界を張り、生徒の方に詰め寄っている。

 召喚術の授業ではあらかじめ申請が必要だ。どの呪法を使い、どれを触媒とし、なにを召喚するのか。それらすべてを教師に申告しておく。教師の動転具合から察するに、このキマイラを召喚した生徒は申請の時点では、全く違うものを召喚する予定であったに違いなかった。

 ごうん、とキマイラが吠えた。結界の向こう、教師が蒼白な顔をしている。イデアも、この状況のまずさに気が付いていた。キマイラは、主たる生徒に服従していないのだ。

 

「校舎へ!防衛魔術を使え!」

 

 マジカルペンを振った教師が、わっと叫んだ。途端に生徒たちは立ち上がり、駆け出していく。手にはそれぞれのマジカルペンが握られている。イデアもマジカルペンを握り直し、立ち上がった。なにか途方もなく嫌な予感がしたからだ。防御の簡易結界を張り駆け出そうとした、そのときだった。

 

「シュラウド!」

 

 嫌な予感の敵中である。一旦は背を向けた教師相手に向き直る。心底悔しそうな、召喚主の生徒の顔。

 

「生徒の君に申し訳ないのだが、還すのを手伝ってもらいたい」

「ううう」

「……どうしてお前が」

「はああ?っくそだから生身の授業なんて出たくないんだ……面倒ごとにすぐ巻き込まれる……」

「シュラウド」

「わかりましたよ、要は倒せばいいんだよね?」

 

 教師がこっくりと首を縦に振ったのを見て、それから険しい顔をしてイデアをにらみつけている生徒を一瞥した。どうせイデアの成績を上回ってやろうと、身の丈に合わない怪物の召喚に手を出したのだろう。ざまあみろ、と内心で舌を出し、対処法を考える。

 倒すといったって、生身ではまず無理だ。こちらも何か召喚するべきだろうが、イデアが申請していた召喚対象では時間がかかりすぎる。

 

「あ、」

 

 イデアの脳内に、青い閃光が奔った。あれなら召喚ではなく転移で行けるはずだ。アズールの企画に巻き込まれて、できるだけすばやく呼び出すことができるよう魔法自体も独自に組んである。つまり、今この場に呼び出すのに最もふさわしいものだ。

 

「でも目立つよなあ……」

 

 空を仰いで、三秒。やるしかないなと腹を括るのには充分な時間だった。腐っても寮長だ。なにより、あれの操縦をしたい。科学の力というやつを、この生徒に分からせてやりたかった。

 そうと決まれば話は早い。ドクロ型のデバイスを駆使し、魔法陣を呼び出す。特注で組んだ、あれを呼び出すためだけの転移陣だ。ぶおん、と青く光り輝きだした陣の中にイデアも飛び込んでいく。瞬間、目を焼く光。熱のない、青い炎が体を包む。

 まだ運動場にいた誰もが、息を呑んだ。校舎に何とか逃げおおせた生徒も、窓からそっと状況を伺っている。その中に何人かいるイグニハイド生だけがこの状況を正確に理解し、興奮に手を握っていた。

 炎の向こう側に、シルエットが見える。黒く、大きな影だ。炎が散るにつれ、それはだんだんと姿を露わにしていく。

 黒く艶のある足が日の光を反射したあたりで、大半の生徒は皆首を傾げた。日中でもなお輝く、イグニハイドブルーのライン。それは悪魔でもなく、魔人でもなく、ロボットだった。まごうことなきロボット、しかも、巨大だ。なぜか運動場に、高らかな音楽が流れ始めた。

 

「寮長……!」

 

 感動のあまり、一人のイグニハイド生が拳を天に突き上げた。名をジャン・ベルナールという三年生だ。魔法による楽器演奏や、音楽による魔法的効果について研究している。

 彼はこの巨大ロボが開発されるにあたり、テーマ曲を作るチームの班長を務めていた。なぜなら、巨大ロボの登場には相応のテーマ曲が必要だからだ。相手によっては闘争心の減退も見込める素晴らしいテーマ曲であったが、残念ながら興奮状態のキマイラには効果のほどは見られなかった。

 その横でもう一人、はらはらと機体を見守る生徒もいた。こちらもイグニハイド生、デヴィン・シュミット三年生だ。彼は巨大ロボの機体設計や、その後の整備まで担当している、いわゆるメカニック的な立場である。果たしてあの巨大ロボが本当に動くのか、戦えるのか、自分の整備は完璧か。緊張と興奮で、そろそろ頭がおかしくなりそうだった。

 炎の中に飛び込んだイデアがどこにいるのかと言えば、当然コックピットである。彼はこの巨大ロボの操縦もまた、任されているのだ。ざああとノイズが響き、イデアの声が運動場に響き渡った。

 

「ああーテステス。オッケーぽい?はーい、さて、ちょっとみんなどいててね、こいつ本当に今日が初陣だから……」

 

 がうん、がうんと駆動音を響かせながら、巨大ロボは滑らかに手足を動かした。デヴィンが感動の眼差しで、両手を握りしめながら機体を見つめている。どうん、と振動を伴って、右足が地面に着く。ぐ、と踏み込むような体勢で、機械の拳が振りかぶられた。

 その巨体からは想像もできないような速度で振りぬかれた拳を、けれどキマイラは俊敏な動きで避けた。バランスを崩し、よろめく機体に生徒からは悲鳴が上がる。

 

「いや、っいやなんのこれしき」

 

 ぐおん、と立ち直り、その勢いで今度は左足が持ち上がる。キマイラを踏みつぶそうというのだ。それもなんなく避けられ、イデアは操縦席で舌打ちをした。

 

「何のためにバランス制御装置いれたと思ってんのさ……!やっぱ動きもう少し早くしないとダメか……」

 

 なにかしら、相手を足止めする方法がない限り、避けられ続けるだけだろう。イデアは、操縦席の右端についたボタンを押し、肩に装備した追尾型ミサイルを発射した。ぐおん、と駆けるキマイラに、ミサイルが接近した、その瞬間だった。ミサイルは唐突に炎に包まれた。キマイラの吐く炎の息で、近づく前に撃ち落とされたのだ。

 

「ああくそ」

 

 いやに得意げに見えるキマイラに、イデアの苛立ちがつのる。

 

「キマイラごときにこのハイドリオンが負けるわけないだろ……!」

 

 ハイドリオン、巨大ロボの名前だ。絶妙にださいが、いかにもそれっぽい名前は、イグニハイド寮生から強い支持を受けていた。

 イデアが、もう一度ミサイルを打つ。追尾システムは切った。距離をとり、キマイラに向かって直線になるように照準を合わせる。ごう、と機体が揺れ、ミサイルが放たれた。

 空気を切り裂く鋭い音と共に、ミサイルはキマイラに迫る。それを迎え撃つように、再び炎の息が吐き出された。

 

「イヒッ」

 

 先ほどのミサイルの二の舞か、と思われたその時、ミサイルは目の痛むような光を放った。白い閃光に、観戦者たちも目を閉じる。ハイドリオンから放たれたのは、閃光弾だった。どんな怪物でも目を眩ませる、魔法由来の光が破裂する閃光弾だ。この技術単体で特許が取得されている、イグニハイド自慢の発明品だ。

 間髪入れずに再び、今度は追尾システム付のミサイルが放たれた。キマイラに迫り、破裂する。爆発音は無かった。代わりに、蛍光色の青い粘液がキマイラの胴に浴びせかけられた。数秒も経たないうちに端から白く変色していく。空気に触れると瞬時に硬化する、対ロボット用兵器だ。怪物に有効かは検証を行っていなかったが、どうやら動きを止めることには成功したらしい。時折みし、と軋む音がするが、キマイラは今のところ、その場から動く様子はない。

 いまやほとんど全校生徒の見守る戦いは、佳境を迎えていた。すう、と空気が張り詰める。

 

「やっぱ最後はさあ、」

 

 操縦席、イデアの目の前に浮かぶホログラムキーボードを、長い指が叩く。複雑なコードを叩き終え、どこからともなく現れたボタンを、があんと拳で押し込んだ。

 すっかり動けなくなったキマイラに、悠然とした動きでハイドリオンの右手がかざされた。怪物の凶暴な表情の中に、どこか諦めが混じっているようにも見える。

 手のひらにつけられた発射口に、青い光が集まる。機械音声のカウントダウン。生徒たちは、固唾を飲んで見守っている。

 

「ビームでしょ」

 

 イデアの、心底楽しそうな声を合図に、それは放たれた。青い光は一直線にキマイラに向かい、その姿を一瞬でかき消した。運動場の地面を抉り、怪物を燃やし、やがて光が収まったあとにはキマイラの影も形も残されていなかった。

 高らかに響くテーマ曲。わあ、と観戦していた生徒達が歓声を上げるなかハイドリオンはポーズをとり、そうして再び発動した魔法陣の中に飲み込まれるようにして消えていった。

 

 *

 

「アズール氏ごめん」

「なにがです」

 

 ボードゲーム部の部室の扉を開いたイデアの第一声が謝罪だったことに、アズールは目を見開いた。

 

「いや企画台無しに……」

「ああ!そのことでしたらお構いなく」

 

 アズールは両手を組み、その上に顎をのせた。ほくほくとした笑顔は、彼が満足しているときにしかお目にかかれないものだ。

 

「あの戦いそれはもう素晴らしい人気でして、途中でどちらが勝つか少々賭け事を」

「胴元だ……」

「幸い僕の教室は運動場が良く見渡せるところでして、撮影した一部始終はデータでの販売を行っております」

「それは拙者に許可を取るべきでは?」

 

 ふんふんと満足げに鼻歌など歌っているあたり、よっぽど収益を上げているのだろう。ハイドリオンによって発生した利益のうち、何割かはイデアにも分配されるはずなので、あまり強く反論する気にもなれないのだった。

 がら、と部室の扉が再び動く。

 

「イデア先輩!」

 

 監督生が、息を切らして飛び込んできたかと思えば、恭しく両手を差し出した。

 

「ハイドリオン、素晴らしかったです……!」

「そう言っていただけると寮生一同、開発した甲斐があったというものですな」

「あの、今後はまたイグニハイド寮に置かれるんでしょうか」

「そのつもりでござる。今はちょっとメンテナンス中だけど、今月中にはまた寮の裏手で仁王立ちしてもらう予定だよ」

「そ、その、見に行ったりとかは」

「……とくべつですぞ」

「うわー!」

 

 普段から飄々としている印象の監督生が、子供のように飛び跳ねた。両手で握手をしたままなので、イデアのほうも監督生が飛び跳ねるのに合わせて微妙に上下している。

 その会話の一部始終を見ていたアズールは、やっぱりロボットは分からないなと思いつつ眼鏡の位置をなおし、口を開いた。これだけは言わねばと、商人の血が疼くのだ。

 

「イデアさん、せめて観覧料はとりましょう」

「ほんと懲りないね君」

「よっ守銭奴」

「監督生さん?」

「すみませんでした」

 

 即座に最敬礼をした監督生に、アズールは満足気にほほ笑んだ。あの人見知りのイグニハイド寮生たちをどう丸め込んでハイドリオンの観覧料をむしり取るか。その計画で、頭はすっかりいっぱいになっていた。

 


 
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