No.1092586

堅城攻略戦 第一章 出師 3

野良さん

式姫の庭の二次創作小説になります。

「堅城攻略戦」でタグを付けていきますので、今後シリーズの過去作に関してはタグにて辿って下さい。

イヅナチャン可愛いやったー

2022-05-25 21:56:47 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:566   閲覧ユーザー数:551

「取りつく島がありませんわ」

 偵察から戻って来た天狗が顔をしかめる横で、飯綱も御同様、という顔で頷く。

「上空からの偵察すら駄目だったのかい」

 難儀だね、こりゃ。

 そう呟く紅葉御前に、天狗は白湯をゆっくりと口にしながら、話しにならないと言わんばかりに手を振った。

「駄目ですわね、とにかく対応が早くて、城内の様子どころか、敵の配置状況を大まかに調べる事すら出来ませんでしたわ」

 矢の届かない距離なら……そう思い、かなりの上空から接近したのだが、すぐさま敵の鳥妖が全速力で上がって来た。

 一体一体に後れを取る気はないが、あの数相手では、天狗といえど逃げるしかない。

 それにしても、何をどう察知すれば、あれほど早い対応が出来るのか。

「地上のこちらも似た感じだよ、ある線を超えると、途端にあのほねほね軍団がうわーーーって湧いて出て来るんだよね」

 持ち前のすばしっこさで逃げて来たが、組織化された守備隊が、拠点から次々と出て警戒を始める様は、流石の飯綱も可愛い尻尾を巻いて全力で逃げ出さざるを得ない物。

「飯綱ちゃんおつかれさまー、って、うわ、尻尾が大変な事になってるよ」

 常には綺麗に艶やかに保たれている飯綱ご自慢の尻尾に、葉っぱや草が絡み付いて、あちこちに毛玉も出来ている。

「ありがとー白兎ちゃん、物陰や藪に隠れながら逃げてきたからねー、もうぼさぼさだよー」

 ぷー、と膨れる様は愛らしいが、彼女ほどにすばしこい式姫がここまでして逃げてこなければならなかった事が、地上の警戒の厳しさを伺わせる。

「ほんとだー、でも、この位ならちょっとごみを取って、綺麗に梳(と)かせば大丈夫だよ」

 飯綱ちゃんの尻尾は元が良いからねー。

 そう言いながら、白兎はさっそく飯綱の尻尾に絡んだ葉などを取り除いてから、取り出した細い歯を持つ柘植の櫛を、飯綱の艶やかな金色の尾に入れた。

 毛玉をほぐしながら、ゆっくりゆっくり。

「はふー、白兎ちゃんに梳かして貰うと気持ちいいな」

「飯綱ちゃんの尻尾はふわふわすべすべで気持ちいいから、私も楽しいよー」

 心地よさげな飯綱と、楽しそうにその艶やかな尾を梳(くしけず)る白兎の、何とも睦まじくほほえましい様子に目を細めていた織姫が、その表情を若干鋭い物に変える。

「現状偵察すら難しい……だけど、判った事もある」

 何度か場所、方向を変えて、接近してみた結果が、ある程度纏まり、形を成してきた。

 この辺りの地理や要衝を書き入れた簡単な絵図面の上に、今回の天狗と飯綱がそれ以上先に進む事を阻まれた箇所に印を入れる。

 元々が、この近辺の銅鉱山で、鉱夫の元締めのような事をやっていた織姫である、山の連なりや、地理に関しては脳裏にありありと描く事が出来る。

「奴らは現状、この先には出てこない、だが、この線を超えようとする動きに対しては即応して来る」

 北は廃坑の巨大な跡地を砦として利用していた場所から、南は仙人峠と呼ばれる峻険な山々に繋がる一筋の線。

 大きく絵図で見ると、堅城の外にもう一つ廓を設定しているような領域。

「やれやれ、軍隊の真似事とはねぇ、そりゃ、あのホネ共は生前はああやって戦ってただろうけど、何もバケモノにされてからも、律儀に兵隊勤めするこた無いだろうに」

 酒も給金も出ないだろうにねぇ。

 紅葉が、堅城を攻めた時に、無言で彼女たちをひたひたと押し包んできた骸骨の軍団を思い出しながら、顔をしかめる。

「ええ……とはいえ、人だった頃の記憶が残っているとは思えないし、あれだけの数の躯が全て、自らの恨みや憎しみで妖と化した、何てのもあり得ないわ」

「そもそも、意思持つ妖なら、逆にああまで統一された動きは出来ないと思いますわ」

 妖は、その多くが自尊心が強く、個の力を恃む事が多い、大妖の配下の場合、その辺りを押さえて集団で行動する事例もあるが、稀と言わざるを得ない。

 天狗の言葉に、甘瓜を口にしながら、飯綱が同意を示すように、うんうんと頷く。

 恐らく誰か、死人を操る存在が居る。

 その認識を共有した一同の顔が、暗さを増す。

「やだやだ、けったくそ悪い話だね」

「そうね、本当に酷い話よ」

 織姫が紅葉のぼやきに頷きながら、絵図を睨む。

 ただ、その術や意図の邪悪さは兎も角、少なくとも、あの骸骨の軍団は、呑まず食わずの不眠不休で警戒に当たる事が出来る。そして、敵が攻め寄せた際は、あれらが数に任せて防衛している間に、城から妖の本体が打って出てくる。

 元より、あの骸骨の兵団は、あの堅城を防衛していた兵の躯。

 妖共にしてみれば、人間に同士討ちをさせた上で、自身の損耗や警戒範囲は最小限で済む、一石二鳥どころの話では無い。

「厄介な話ですわね……」

 険しい顔で地図を睨む天狗の隣で、織姫が小さくため息をついた。

 あの痛みも恐怖も感じない死者の軍団は、いかに式姫といえど、とてもではないが、正面切って突破できる数では無いし、飯綱でもすり抜けられない警戒網となると、上手くすり抜けて城に取りつくというのも望み薄であろう。

 挙句、空から相手の状況を探るのも駄目となると……さて、これはどうすれば良いのか。

「難攻不落、誉れ高き堅城とはよく言った物ね」

 現状を把握すればするほど、打開策が逆に潰されていくような、閉塞感と絶望を感じる。

「止め止め、一旦お茶にしましょ」

 うーっと伸びながら、織姫は絵図を巻き取って、それ以上話は終わりというように、席を立った。

「あたし酒ー」

 無事な方の手で、木の椀を掲げた紅葉に、織姫は苦笑を返した。

「怪我人が何言ってるのよ、白湯にしておきなさい。天狗ちゃんと飯綱ちゃんには、何か甘い物と、そうね、麦湯でも用意して来るわ」

 そう言いながら席を立った織姫に、紅葉から恨みがましい声が上がる。

「酒は百薬の長だぜー」

「薬って毒を薄めた物よ、山姫の貴女には釈迦に説法だと思うけど」

 ハシリドコロに狐の手袋……山野に生える有用な薬でもあり、毒とも変じる。

 全てはさじ加減一つ。

「ぐ……まぁ良いや、大将が軍師連れて帰ってきたら、歓迎会やるよね」

 その時に備えて少しだけ控えとくか。

「そりゃ勿論やるでしょうけど、虫の良い算段立ててるわね」

 紅葉の言い種に、くすくすと笑い声を上げながら廊下に出た織姫の顔から、笑みが消える。

「軍師……ね」

 本当に、来てくれるのか。

 そも、軍師が来て……これは、どうにかなる状況なのか。

「君自身は、この戦の果てに何を望んでいるのかね?」

 葛切りに黒蜜を和えた物で喉を楽しませ、上等の煎茶をゆっくり口にしていた男に、不意に、静かな問いが投げられた。

「望み?」

 どこか不思議そうな響きを伴う反問が、男の口から小さく漏れる。

 何を聞かれているのか把握しかねる様子は、知性の問題というより、彼の性格故か。

 ことりと、茶碗を床に置いてから、男は自分の説明の瑕疵を検討する様子で暫く考えに沈んでいたが、ややあって、口を開いた。

「説明しなかったかな……最終的には黄龍の封印を完全な物にし、建御雷の力なくとも、あの庭だけでその封印を人の手で守り続けられるようになる事」

「それは、君たちの集団の最終目的だろう……私が聞いているのは、君個人の望みだ」

「俺個人……」

 言われてみれば、という顔で虚空を睨む男を、彼女はどこか呆れを込めて見つめた。

 清貧や無欲恬淡を装う様子は無い、恐らく本当に、これだけの難事に取り組んでいるというのに、彼はその先に、自身の望みを、少なくとも明確なそれを持っていなかったのだ。

「君のやっている事が成就したと仮定しよう、その時点で君はかなりの領土、富、地位、名声を得ているだろう」

 必然的に、だ。

「そうだな」

 その言葉に大した喜びは無い、寧ろ煩わしいと言いたげな表情。

「そこに喜びは感じないのかね?」

「難しい所だ」

 ふぅ、と大きく息を吐いて、男は彼女に正対した。

「世の中動かすには金も食料もあった方が良い、俺が今やっている事にとっても、それらは必須になっていく」

 それは自明の事。

 妖と式姫の戦いと言っても、人の世から遊離した世界で無関係に行われている訳では無い……人の世が乱れれば、妖の力は増し、人の世が治まれば相対的に式姫の力は増す。

 いわば、戦場を整える意味でも、人の世界は安定させねばならない。

「そして、人の世を望む方向に持って行くには、結局それらが必要になる、好き嫌いの問題じゃない」

 俺は嫌いなんだが、と言外に判る表情が隠し切れないのは、若さの故か。

「なるほど、君にとっては、それらは道具という事か」

「道具か……なるほどな、そうか」

 そうかもしれない、と小さく呟きながら、彼は少しだけ顔をしかめた。

「道具と思い、努めれば、そいつらを使いこなせもしようが、望みにしてしまった時、俺は多分それらに振り回されるだろう」

 領土持てば周辺全ての存在が怖くなるだろう、周辺を排除しようと武を蓄え攻め入りもするだろう、そうして広大になった領地では、数多の領民の統治に神経と時間をすり減らすだろう。

 富もそう、名声も地位もそう、ほどほどの規模で止まる事を許してくれるほど、あれらの持つ魔性は甘い物では無い。

 もっと広く、もっと多数の、もっと上質な、もっと、もっと、もっと。

「結局、道具に振り回され、駆り立てられて生を終える事になる……器量に過ぎた物を求めれば、何れそうなるし、人は己の器量と釣りあう富や地位や領土を量れる程に賢明でも長命でもない」

 違うかな?

「然り」

 彼女がそう呟いた時に、一瞬だが何ともほろ苦い表情を浮かべた。

 この超然とした人には珍しい……だが、その表情もすぐに消え、静かな目が彼に向いた。

「若いのに、面白い見識をお持ちだな、普通、無数のそれら浮世の空しさを経験しながら老境に至ってすら、そこに辿りつく人は稀だ、まして、君のようにそれらを掴み取る機会を得ながら、それを実践する人は更に少ない」

 彼女の目が細く凝った光を湛える。

「失礼ながら、身近にそういう方が居られたかな?」

 頭で捏ねくった結論で、得た境地では無い、そんな気がする。

 彼女の言葉に、男がそれと判る程に苦い表情で、短い返事を返した。

「ああ」

 俺がそれを知ったのは、つい最近ではあるけど。

 あの庭の力を悪用し、富と兵を集め、野心に狂った祖父。

 周辺の人に不幸をもたらしたのみならず、こうめの祖父の命を奪う遠因となった。

「……俺の、祖父」

 この世界に癒しがたい傷を残した。

「そうか、どうにも失礼な事を伺ってしまったな、申し訳ない」

「いや」

 目を伏せるように、残った煎茶に口を付ける青年の姿を見ながら、彼女は内心で僅かに首を振った。

 この青年は何だ……。

 彼のような結論に至れる人はそれなりに居る、だがそれは、多くの人を俗世から離れる事を選ばせたり、小さく纏まり、穏やかに生きる人を生み出す事の方が多い。

 彼らは善良で賢明……だが、世界を動かす力は無い。

 だが、この青年はそれでも……その世界の空しさを悟った上で尚、世界を相手に戦い、その在り様を変えようというのか。

 私が挫折した、その先の世界が、君の目には見えているのか。

「ああ、そうだ」

「何かな?」

 青年が茶碗を置き、居ずまいを正す。

「俺の望み、有ったな、と」

「……伺えるかな」

 一体何だ、この青年を過酷な戦場へと駆り立てる物は。

 その魂に、いかなる炎を宿しているのだ、君は。

「望みというか、願いか」

 苦笑して、彼は指を繰り出した。

「働いただけ、何か収穫が期待出来て」

 ……何。

「気が向いたら好きな所に行ったり、たまさかには、ちょいと楽しい事があったり」

 それが、君の望み?

「天気のいい日は、気分よく昼寝して暮らせる世界」

 それを求めて、君は、我が身をこれ程の困難と危険に晒しているのか?

「中々、大それた願いだとは思うが……」

 大それた願い?

 こんな、ささやかな願いが。

「この戦いの終結が、そんな世界をもたらすと良いと」

 俺は、願っている。

 

 その言葉に対し、彼女は自分の頭が僅かではあるが、混乱した事を自覚した。

 幾久しく忘れていた、自分の頭が理解しきれない生き物が目の前に居る、このざわつく感触。

 何なのだ、この夢想家は。

 その甘さに、現実主義者である彼女としては、罵声の一つも浴びせたくなる。

 だが、そうではない。

 この青年が、単なる甘い男では無い事は、最前までの問答で判る。

 ただ、少しばかり社会の闇や悪を知り、汚濁や怠惰に呑まれ、その上を漂うだけの己を否定できず、「現実なんてのはそんなもんだ」と嘯いている、現実を知っていると称する凡愚とは違う。

 透徹した理性で世界を解剖し、人とそれが構築した世界をその思考の刃で切り刻み、己を含む、その克服しがたい愚かさと賢明さの双方を知っている男。

 そして……人の世界において、最後には愚かさが勝つのだと、恐らくそこに思考が至っている……。

 だが、君はその世界で、妖相手の絶望的で地獄のような戦いに身を投じ……その結末に、その世界を望むというのか。

 この男は何だ、世界すらその裡に納める大王の器か、世界を癒す聖者の卵か、それとも……ただの狂人か。

 おつの君、君は一体、私の前に、何を連れて来た。

飯綱:飯綱ちゃんは可愛い、これはオンミョジの共通認識


 
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