No.1091632

唐柿に付いた虫 後日譚 2

野良さん

式姫の庭の二次創作小説になります。

「唐柿に付いた虫」でタグ付けしておりますので、過去作に関してはそちらからご覧下さい。
これにて、唐柿に付いた虫にまつわるお話は全部終了です、お付き合い頂いた皆様に、心から感謝申し上げます

2022-05-13 21:41:48 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:117   閲覧ユーザー数:104

 月明かりの下、庭に置かれた棺から真祖の体がゆっくり起き上がり、軽く伸びをする。

「んー、やっぱりこっちの方が色々楽だねー」

 そう言いながら、彼女は魂を真の体に移し、動かなくなった白まんじゅうの体を、大事そうに抱えた。

「……ありがとうね、白まんじゅう」

 この仮初に作った弱い体がくれた、沢山の大事な物……ちゃんと私が受け継ぐからね。

 その光景をどこか寂しげな目で見ていた男が声を掛ける。

「どうだ、棺桶に長い事放り込まれてた訳だが、どこか異常は無いか?」

「随分と力を抜かれちゃったから、本調子に戻るのには時間掛かりそうだけどねー」

 異常は……無いかなー。

「そりゃ何よりだ」

「体は無事なんだけど―、お気に入りの棺が使えなくなっちゃった方が痛いねー」

 流石に彼女の力を奪うべく逆呪をこれでもかと施された封印の棺で、すよすよ休める程、真祖といえど図太くは無い。

 これ新調できる人なんているかなー、困ったね。

 ふぅ、と一つため息を吐いた真祖が男に顔を向ける。

「お兄さん、この棺は処分しておいてもらえるかなー?」

 流石に自分を封じられる道具を残しておくのは気分が良くないし、何よりこんな物の存在を知られたら、真祖の位を窺う他の魔物達が騒ぐのは必定だろう。

「判った、こちらで処分しておくよ」

 さて、勿体ないが風呂の焚き付けにでもするか……。

 気楽な事を呟く男の横に、吸血姫がすっと立って、その腕を軽く叩いた。

「主殿よ、安請け合いするで無い、真祖の棺は唯の木棺ではない、何せ数千年の時を真祖と共に在り、その闇の気を浴び続けた魔術道具の最高峰じゃ、その辺の炎や刃など一切受け付けんぞ」

その頑強さは、ダークウィンドがその強靭な足で掴んで振り回したにも関わらず、傷一つ付いていない様からも伺える。

「そして首尾よく破壊したとしてじゃ、その木っ端一片、内貼り一布でも、かなりの闇の魔術を可能にする触媒になる、魔術師や魔物どもからすれば、この棺は宝の山じゃ」

 こんな物の存在が広まれば、この庭の門前で化け物共が大宴会を始めるぞ。

「何だそりゃ……とんでもねぇな」

 うそ寒そうな顔で、男が重厚な棺の表面を撫でながら、首を竦めた。

「まぁ、それは妾の方で何とかする、確かにこんな物騒な代物は処分するなら早い方が良い……ただ式姫の人手を数人は貸して貰った上での数日仕事になる」

「そうか、そっちは手配しよう……しかし、知らん事とはいえ、すまん吸血姫」

 頼む、と頭を下げる主に、吸血姫も申し訳なさそうな顔を向ける。

「いや、そう言われると恐縮じゃ……そもそもが妾達の側が発端の厄介事よ、むしろ主殿にはこちらが詫びねばならん」

 すまぬ、と頭を一つ下げてから、吸血姫は真祖を軽く睨んだ。

「お主もお主じゃ!気楽にこんな面倒事を人に頼むでないわ、全く」

 眉間に皺を寄せた吸血姫に、真祖は可愛らしい笑顔を向けた。

「どらちゃんがー、私にお説教する顔を見るのも久しぶりだねー」

 悪びれた様子も無く、そう返した真祖が、僅かに身を起こしていた姿勢から、どこに手を付く事も無く、ひょいと棺の外に立つ。

「……何という身のこなしじゃ」

 猫の式姫として、その身軽で、柔軟な身ごなしで定評のある仙狸すら、彼女がどうやって身を起こし、棺を揺らす事も無くその外に立ったのか、彼女の一連の動作を見ていたのに全く理解できなかった。

「ああ見えても、妾達、吸血種全てを統べる、原初の女神の力を継承する夜闇の女王じゃからな」

 途方も無い力を秘めた、世界最強の魔王の一人であるには違いない。

「ああ見えてって、どう見ればそうなるのよー、どらちゃーん」

 ぷん、と拗ねた顔を見せる真祖の頬を吸血姫が軽く突く。

「人から白まんじゅうなどと呼ばれる可愛い魔王がおるかよ」

 くっくと笑う吸血姫の顔に、真祖が微苦笑を返す。

「うちの家宰は、みんな主をないがしろにし過ぎなのー」

 真祖の何気ない言葉に、吸血姫の顔に、僅かな陰が落ちる。

「確かに、碌な家宰が居らんな」

 妾も大概じゃが……あの、馬鹿めが。

「……ごめんね、どらちゃん。でもね、自分を責めちゃ駄目だよー、あの子はあの子の生を生きたの、私もどらちゃんも、そしてあの子も誰も悪くは無いの」

「ああ、判っておるよ……」

 判っとるんじゃが……な。

「そうだね……」

「横からすまないな、真祖君、君は一度お国に帰ると聞いたんだが?」

 雰囲気が重くなりそうな所で、鞍馬がひょいと口を挟んだ。

「そうなのー、時のメダルも私のお城に封じて置かないといけないしー、何より私の不在が長かったせいでー、結構周囲が荒れてるみたいだからねー」

 ちょっと諸々の事に始末を付けてこないとね。

「妾もこちらの始末を付けたら、一度城に戻るか? 百年近く不在にしていた後始末、一人では大変じゃろう」

 あの周辺で真祖の不在を良い事に悪さをしていそうな連中は、ちょっと思い出しただけでも両手に余る……さしもの真祖でも、あちらの厄介事を片付けるには、不在にしていた期間と同じくらいの時間が掛かりかねない。

「頼れる家宰のどらちゃんが居てくれれば、確かにすごく助かるんだけどねー」

「では」

 くすっと笑いながら、真祖は何か言いかけた吸血姫の唇を人差し指で塞ぎながら、僅かに彼女に顔を寄せた。

「どらちゃんは、引き続きお兄さんの手助けをしてあげてー」

 それに、ここを離れたく無いでしょ?

 吸血姫だけに届いた囁きに、彼女の些か白すぎる肌が、僅かに朱に染まる。

 だが、動揺を押し殺し、吸血姫は静かに頷いた。

「……判った、今後はお主の名代という事にもなる、その名に恥じぬよう、ここで務めるとしよう」

「よろしくねー」

 仲の良い姉妹のような二人のやり取りを見ていた鞍馬が、細い指を頤に添えた。

「ふむ……しかし真祖君、帰ると言って手段の当ては有るのかね?現在、日の本の国からは、恥ずかしながらろくに船も出せぬ有様だが」

「そういやそうだな……何でも噂じゃ海での妖の活動が最近頓に酷いらしくて、異国船どころか、近海に漁船出すのも難儀だと聞くが」

「んー、私元々水は苦手だからー、一応空から帰ろうかなーとは思ってるんだけどねー」

 彼女の背中で、どちらかと言うと可愛く見える大きさの蝙蝠の翼がパタパタと動く。

「飛んで行くの?確か天竺の更に遥か向こうよね」

「凄いでフ、スー姉ちゃんもびっくりでフ!」

 堅城から棺を運んできた烏天狗と鳳凰が、感嘆の声を上げる、空を自在に舞う式姫二人だけに、彼女の故国までの、その距離の遼遠さも何となく判るのだろう。

「感心して貰って悪いんだけど―、もうちょっと楽しようかとは思ってるのー」

 あんまり私の翼、長距離飛ぶのに向いてないしねー、そう呟きながら真祖は吸血姫の方に顔を向けた。

「どらちゃん、あの子、私のペットからダークウィンドを連れ出していった筈なんだけどー、知らない?」

 ヘルファングはあの子の影の中に居たから、もう保護してるんだけどー、ダークウィンドが全然呼びかけに応えないのー。

「……あー、その事なんじゃがな」

 吸血姫と鞍馬が、バツが悪そうにあらぬ方を見る後ろで、戦乙女が何処かに足を向ける。

 それを見て、何かを察した真祖が苦笑した。

「もしかして、あの子ってば、どらちゃん達にダークウィンドけしかけたの?」

 そして、返り討ちにしちゃった……って所かな?

「まぁ何だね、成り行きという奴でね……」

 鞍馬が小鬢の辺りを掻きながら、微妙な顔を真祖に向ける。

「今となっては申し訳ないが……とても手加減できるような相手じゃ無かった」

「それはそうだと思うよ、不幸な巡り合わせだったよねー……それにしても困ったね、死体とかも残って無いー?」

「あの大蝙蝠でしたら……その、こちらになります」

 戦乙女が、唯一の残った、ダークウィンドの強靭な脚を手に戻ってくる。

 あれから数日が経過しているにも関わらず、その足の筋肉は未だに張りつめ、弛緩から腐敗に至る気配はまるでない。

 それを受け取った真祖が、一つため息をついた。

「変わり果てた姿になっちゃったねー」

 でも不思議ねー、これだけにされちゃったとは言え、ダークウィンドが再生しないなんて。

 そう呟きながら傷口を撫でた真祖が、一瞬だけその瞳に鋭い光を宿した。

「終焉の炎(レーヴァテイン)」

 一切の再生を許さぬ、世界を焼き尽くし終わらせると言われる、氷の巨人の操る滅びの炎。

 真祖が深緑の瞳を、戦乙女の方に目を向ける。

「貴女かな、北方を統べる嵐の大神の神使」

「……そうです」

 流石によくご存じですね、始原の闇に住まいし女神の一柱よ。

 堅い表情でそう返した戦乙女に、真祖は、白まんじゅう然としたほにゃりとした顔を向けた。

「すごいねー、氷雪の国の戦神達の切り札とは聞いていたけど、こんな物騒な技、フレイさん位しか使いこなせないかと思ってたよー」

「フレイ様をご存知なのですか?」

「昔ちょっとねー」

 そう軽く呟きながら、真祖は自らの指に歯を立てた。

 蒼白な指の先に血の珠が浮かんだと見る間に、その血が蔦のように指を這い下りる。

「ちょっとみんな離れててねー」

 真祖は、その指を、無造作にダークウィンドの足に突き入れた。

(あの時と同じじゃな)

 ダークウィンドを彼女の眷属にした時と同じ、血の儀式。

 だが、あの時は、ダークウィンド自身の命の炎がまだ尽きて居なかった故に、再生も容易じゃったが。

「流石に心臓も頭もレーヴァテインで焼き払われた状態からだと、心無き僕での復活が限界になってしまうけど……仕方ないかな」

 小さく呟いた真祖が何かをつぶつぶと口中で唱える。

「ほう……」

 その術を見守る式姫達の、特に術を操る事に長けた鞍馬や烏天狗の視線が鋭いそれになる。

「凄いね、血の一滴一滴が生きてあの足に絡み付いてくみたい」

 彼女の持つ圧倒的な血の力を、呪術の力で異なる体に絡み付かせて行く。

「ああ、尋常ならざる力と、その力を悠々と御する凄まじき術」

 戦慄の混じる呟きと共に、その光景を見やる鞍馬の眼前で、その足が、ゆっくりと変化を見せ始めた。

 レーヴァテインで焼かれた傷口の周囲から血が滲みだし、その表を覆うように拡がっていく。

(……成程、レーヴァテイン程の術の傷は流石に消せぬが、それを真祖の血で覆い補助してやるという事か)

 吸血姫の呟きが口中だけで消える……真祖の力を幾度も目の当たりにしてきた彼女だが、見飽きるという事は当分なさそうではある。

 傷口が完全に覆われたと見るや、その体が再生を開始した。

 白い骨が、その体を形作っていくと見るや、そこに血と肉と腱が絡み付き、体毛と表皮がそれを覆っていく。

「もう敵では無い事は理解しているが、あれほどやり合った相手が再び目の前に出てくると、穏やかな気分では無いね」

「昨日の敵は今日の友とは言いますが……」

 鞍馬と戦乙女が、二人を散々苦しめてくれた強敵が、あの禍々しくも美しい巨大な姿を徐々に取り戻していく様を、何ともいえない表情で見やる。

「……あれー?」

 完全に元の姿を取り戻した大蝙蝠の前で、真祖が可愛らしく首を傾げたのに、吸血姫が怪訝そうな顔を向けた。

「どうした真祖?」

「んー、何か繋がりがしっくりこないなって……」

 なんでー、と呟きながら、暫く大蝙蝠の鼻面や脚をぺたぺた触っていた真祖が、何かに得心が行った様子で頷いた。

「あ、そういう事ねー」

 真祖は表情を改めて、大蝙蝠を見上げた。

「改めて汝に我が血を与え、我が僕として迎えよう……そなたの名は」

 日の本の国の夜闇に、式姫と猛々しく戦舞したる禍つ風。

 

「闇風」

 

「真祖、その名は」

 あやつがダークウィンドを支配するために名付けた、偽りの。

「あの子が遺した名前だからね」

 この世に散った彼女の欠片、それを愛しむように、ふわりと笑って。

「それも、良いんじゃないかな、って」

「……そうか」

 

 闇風の背に、真祖がその優美な体をゆったりと預ける。

「ごめんねー、本当は私もお兄さんの戦いに手を貸すべきなんでしょうけど」

「気にしなさんな、あの時、俺の命を助けてくれただけで釣りが出らぁ」

 それじゃ、達者でな。

 そう言いながら手を振る男に、真祖は嫣然と笑み掛けた。

「ふふ、まぁ、あっちが片付いたら、また来るからー、楽しみに待っててねー」

 お兄さんの血の味は、そうそう忘れられる物じゃないしー。

 物騒な呟きをかき消すように、闇風が巻き起こす羽ばたきが、時ならぬ突風となって吹き付ける。

「それじゃ、またねー」

 気楽そうな真祖の声を残して、夜空に舞い上がった闇風の体が、凄まじい速度で、西の方に飛び去って行った。

「色々と賑やかな客人(まれびと)だったな、主君」

「そうだな」

 わずか数日の、だが関わった人全てに、忘れがたき記憶を残した、吸血姫の女王を巡って繰り広げられた戦い。

 その騒動が今終わった……そんな実感がある。

 俺の大事な、呑み友達よ。

 お前が、向こうでやらないと駄目な仕事の量と、俺の寿命を考えると、二度と杯を交わす事は無いのかもしれんが。

「……ありがとな、白まんじゅう」

 随分と痛い思いもしたが、お前に会えて、良かったよ。

「……という、昨晩のしみじみした俺の気持ちを返してくれんかな」

 翌日の早朝、見ごろになったという事で、かやのひめが五行の畑から何鉢かに植え替え、庭の方に持って来ていた唐柿に水をやりに来た男は、幾つかしおれた唐柿の実と、艶やかに丸々と見事に育った唐柿にへばりつく、白い重ね餅のような代物を前に、天を仰いだ。

「何やってんだ、白まんじゅう」

「おはよーお兄さん、私の事は―、おかまいなくなのー」

「そんな訳に行くか」

 男は白まんじゅうの首根っこをつまむと、その身を軽く引いた。

「うー!」

 ぷちりと、唐柿がもげ、それにしがみ付いたままの白まんじゅうの体が、唐柿もろとも男の手の中に納まる。

「異国の訳判らん大食い虫を野放しにして置いたら、大事な作物が全滅しちまうだろ、俺がかやのひめに怒られる」

 はぁ……と一つわざとらしいため息を吐いてから男は白まんじゅうを顔の前に持って来た。

「帰ったんじゃ無かったのか?」

 帰らなくて……大丈夫なのか?

 真剣に心配する様子の男に、白まんじゅうはくすりと可愛い笑い声を上げた。

「ちゃんと帰ったよー、でも昨晩帰ったのは『真祖』なの」

 何かえらそーでつよそーな、吸血姫の祖にして闇の王とかいうのは自分の王国に帰ったけど。

 真祖の分霊を封じ、白まんじゅうをこの地に残した。

「真祖は帰って、貴方の式姫で呑み友達の『白まんじゅう』は、ここにいるの」

 だって、それは貴方に預けた、私の小さな心だから……。

 完璧な証明を説明し終えた学究宜しく、得意げな顔の白まんじゅうの顔を見て、男は軽く首を振った。

「……判ったような判らんような、珍妙な理屈だな」

「細かい事はー、気にしなくていーの」

 白まんじゅうの言い種に、男が何かを飲み込むように苦笑してから、彼女を懐に収めた。

 全くだ、人知の及ばない連中と付き合うのに、細かい事考えてても仕方ないわな。

 第一、こいつは実際ここに居るんだ。

「判った、気にしない事にする」

「そうそう、気にしない気にしない、ところで今晩辺りー、私の歓迎会という事でどらちゃんと葡萄酒で一杯やらない―」

「……それを自分で言うかね、おい」

 だが、そいつは実に魅力的な提案だ。

「酒盛りは常に歓迎する所だがよ、なんかいい肴知らんか? どうも葡萄酒の肴に丁度良い奴が、あんまりこの辺には無くてな」

「それなんだけどー、ちょっと良い事思いついたの―、えっとね、完熟した唐柿に、バジルとチーズを合せて、塩胡椒を振ってオリーブから絞った油をー」

「いや、ちょいとまて、ばじるだのちーずだのおりーぶだの、何だその南蛮のマジナイは、俺の所じゃ唐柿と塩胡椒位しか用意出来ねぇよ!」

「えー、何とか調達してよー、食べてみたいのー!」

 そう言いながら、ぷーっと膨れる白まんじゅうの顔を見ながら、男は小さく笑った。

 ま、俺の家は、無駄に広くて変な連中がたむろしてるのが売りの庭だしな……。

「何よー、私の顔見てにやにや笑って」

「いや……また変なのが増えたと思ってな」

 唐柿に付いてやって来た変な虫がその辺のたくってても、別に気にする事でもねぇよ……な。

 

 

                        式姫の庭 二次創作小説「唐柿に付いた虫」 了


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