No.1089414

九番目の熾天使・外伝 蒼の章 短編・前

Blazさん

久しぶりの投稿です。
気晴らしの投稿なので気軽に。でも、ちょっと自分のとこのキャラ設定の整理も兼ねてます。
……そろそろちゃんと設定しないと

2022-04-18 08:14:15 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:894   閲覧ユーザー数:875

 

 九番目の熾天使・外伝 蒼の章

 

 ショートストーリー 「時には昔を思い出して」

 

 

 

 

 

 記憶とは知識であり、記録であり、経験であり、過去であり、道であり、今である。

 記憶を思い返すことができるのは主に人間だけ。他の動物種も思い返すということはできなくもないが、人間ほど過去を鮮明に思い返し、復元し記録しようとする種はいないだろう。

 だが、時にはそれが人間の重荷にも、影にもなる。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

―――楽園、サロンにて

 

 

 「―――俺の過去ぉ?」

 

 嫌そうな顔でBlazが言葉を反復させる。

 彼の周りでそれぞれのことをしているサポートメンバーも、その声が耳に入ったようで目を向け、顔を振り向かせ彼に視線を合わせる。声だけでも目を向けるというのはあるが、彼女らはそれとは別に純粋に彼の発した言葉に興味をも居っていた。

 周りからの目線を感じるBlazはそれでも態度や表情を変えず、嫌な顔をしたままに目の前にいる相手、旅団の編集長に向けて聞き返す。

 

 「なんでまた、んなこと知りたいんだよ」

 

 「個人的な興味と取材でね。貴方の経歴ってわかってないことが多いし」

 

 事実、旅団メンバーの一人であるBlazは元ジオン公国のMSパイロットで後にクロガネ隊に所属して、旅団へと加わったという経歴しか判明しておらず、それ以外のこと従軍時期のことやクロガネ隊での行動など、明かされていないことが多い。

 あくまでも旅団の他のスタッフや後から入ってきた面々がそうであるということもあるが、Blaz本人が中々話そうとはしないことも理由である。

 彼の経歴、真実(・・)を知るのは旅団内でも団長のクライシスを除けば、竜神丸、ディアーリーズくらいだ。

 

 「貴方の人脈、経歴、戦歴。旅団での活動としては他に比べて少なく、判明していることも多くはない。貴方がどうやってその人物を知り、どんなことをして、どんな戦いを経験したのか。

 ……別に少しぐらい教えてくれてもいいんじゃにゃい?」

 

 ……とはいえ、編集長は彼の真実を知る気はない。

 あくまでも彼の歩んだ道に興味があるだけだ。ジオンとしての戦歴、クロガネ隊での行動。そして旅団での戦い。

 そこからとっつけば何か面白いことにつながるだろう。

 ……いや、繋がってもらわないと困る。

 

 「ゴシップのネタにされるほど面白い話なんぞねぇぞ」

 

 「別にいいわよ。貴方のことを知りたい団員、スタッフは多いはずよ。そんな人たちに自分という存在を知ってもらうのは、悪いことじゃないでしょ。

 それとも、自分が知られるのがそんなにイヤ?」

 

 「………。」

 

 編集長の全身を舐めるように見る目線。瞳の向こうから伸ばされる手に全身を触られる感覚にBlazの顔はさらに険しく、眉を寄せた。

 

 「安心してって。守秘義務はあるから」

 

 「okakaからお前、そんなの微塵もねぇって聞いたぞ」

 

 「チッ、あのインテリ暗殺者め……」

 

 「俺、しらねぇからな。この後ぶちのめされても」

 

 編集長の爆弾発言にすぐさま自分は関係ないと言い、この後の追及から逃れようとするBlaz。だが目の前の当人にとってはさほど問題でもないようで、すぐに「別にいいわよ」と軽く返すものなので、これにはBlazも耳を疑う。

 とはいえ、そんなことを言われようが彼が過去を明かすことを承諾したわけではない。

 食い下がる編集長にBlazも嫌さを募らせる。

 

 「ねぇいいでしょぉ話してくれたってさー」

 

 「いいわけあるか。お前が書くとロクなことにならねぇだろうが!」

 

 「大丈夫よー2、3脚色入れるだけだし」

 

 「その脚色がダメだっつてんだろうがぁ!!」

 

 諦めないどころか前と同じことをやろうとしている編集長にBlazもテーブルを叩きながら怒鳴り声をあげる。

 これには周りの面々も驚くが、彼をよく知る人物、ミィナだけはそこに苦笑いが混ざっていた。

 

 「お前が脚色したせいで、こちとら前にひどい目見たんだぞ!」

 

 「あ。ゴメン」

 

 「軽すぎんだろうか!!」

 

 ちなみに、前の出来事というのは彼がMSパイロット時代、白い悪魔と言われたMSに一矢報いた……という内容を編集長が書いたせいで彼のパイロット技量を誤って知ったスタッフらに無謀ともいえるMSシミュレーターを受けさせられた、というもの。

 しかもこの後、本当に白い悪魔……と同じ名のMSと戦闘したわけだが、今回は割愛させていただく。

 かくにも、そんな出来事を経験したBlazは二度と編集長の取材を受けないと誓った、というわけである。

 

 「とにかく! ぜってぇお前になんぞ答えるか!」

 

 「えー……んじゃあること無いこと書いてやるぞ」

 

 「やめんか! お前がそういうとマジで面倒なことになるんだぞ! ディアの涙を忘れたとは言わせんぞ!」

 

 「んじゃ、一つでも話しを提供しなさいよ。そうすれば私も真実の三割を書かなくもなくもないようでないから」

 

 「書く気ねぇじゃねぇか!!」

 

 からかうような言い方で執拗に迫り、弄ぶ編集長の態度に怒りのテンションが収まらないBlazは拳を握り暴力に訴えようとする。が、周りの目やそもそも相手が(・・・)編集長である(・・・・・・)という時点で彼の中の怒りに対しての理性が働きかけており、拳を振りかざす手前で抑え込まれていた。

 この状況にやれやれと呆れるサポートメンバーの面々。そんな中で彼に向け助け船が出される。

 

 「話してあげなよ。一つや二つ、減るもんじゃないでしょ」

 

 「こいつが書くと文字通りの半真半偽(・・・・)の記事になるんだよ。誰が言うか」

 

 助け船を出したのは、ニューとアーチャーの勉強を見ていたミィナで、ソファの向こう側から整った顔とプラチナブロンドの髪を揺らしてBlazの方へ振り向く。だが、Blazはそれでも首を縦に振ることはなく、断固として話そうとしない。

 

 「そう言わずに。私がなんとかするからさ」

 

 「……お前が?」

 

 いよいよ人間不信にもなりそうな顔でBlazが問うので、すぐに「うるさい」と苦い顔で返すミィナはソファの背もたれに体を預けると、編集長にひとつの提案を出す。

 

 「編集長。私でよければ話そうか?」

 

 「お。いいねぇ、確かアナタはこの中で最古参だっけ」

 

 「ええ。こいつとの付き合いは一番長いし、色々知ってるよ。ニューが入る前のこととか」

 

 実際、ミィナはサポートメンバーの中ではもっともBlazとの付き合いが長い。彼がジオンを抜けてからはほとんど行動を共にしており、事件に首を突っ込んだり、解決したりをした間柄だ。彼女ほどにBlazを知る人間、となればそれは吸血鬼の姫であるレイチェルぐらいだろう。

 そんな人物が自ら取材に応じてくれる。これほど幸運なことはないと編集長も上機嫌になる。しいて言えばBlaz本人から聞きたいが、彼をよく知る人物であれば事足りるはずだ。

 だが、人差し指をピンと立てるミィナが編集長の言葉を遮り

 

 「ただし。条件は「面白く書くこと」よ」

 

 「……これは参った。私の負けね」

 

 次の瞬間。編集長の顔は固まり、一秒ほど間を開けたのに大きく見開いた目で両手を大きく広げる。

 まさに降参だ、というその反応に一番驚いたのは無論Blazだ。

 

 「おま……」

 

 「文屋の仕事は相手から話を聞いて、それをあるがままに、時には独自の解釈と誇張を混ぜて送り届けるものだ。でも、それを言われちゃあ……できないってもんね」

 

 「んだよそりゃ……」

 

 こんなにもアッサリと敗北を認める編集長にBlazの目は未だ現実を受け入れられず、それをさらに確かめるためにミィナの方へ顔を振り向かせるが、そこには勝利したとVサインを掲げるミィナの笑みがあり、これには彼も絶句するしかなかった。

 

 「どんなもんよ♪」

 

 「……なんか納得いかねぇ」

 

 言葉一つで済むのなら苦労はしないのだが、それをいともたやすく行ったミィナの話術にBlazも編集長も納得できず目を細める。

 

 「えー……でもやっぱ話を聞きたいわぁ……」

 

 「執念深いね、編集長も」

 

 「そりゃあね。こんな面白そうなネタ、みすみす逃したくはないし」

 

 我がままを言う編集長に勝ちを見ていたミィナも苦笑いを浮かべる。

 別に後日でもいいのでは、と思うがそれはそれで無理というもの。編集長が次に機会を望むのはいいが、その時にはBlazがなにかに理由をつけて逃げるのは目に見えていた。

 編集長もそこは分かっており、この機を逃したくないのだ。

 

 「ねー面白く書く保障は微塵もできないけどさー、教えてちょうだーい」

 

 「さっそく約束守る気ねぇなお前」

 

 「そりゃあね。面白く書けるかどうかなんて全部書き上げた時にしかわからないし、面白く書くって努力はできるけど、それが果たして面白いかなんて読み手次第でしょ?」

 

 ミィナの提案に正論で返す編集長は言い負かしたと言わんばかりに得意げな顔をしており、その勝ち誇った顔はBlazですら呆れ返させる。

 言うことは間違ってもないが、それを盾にするのかと言いたくもなるBlazは編集長の執拗な要求についには大きな溜息を吐きだす。

 

 「―――――。」

 

 「というわけで、記事を面白くしたいのでなんか面白いネタを提供して頂戴な」

 

 「だーれーがー言うか!」

 

 もはや開き直りにも近い態度でBlazへの取材協力を申し出る編集長に、Blazは最初の時と同じく嫌だというのを顔と行動で示し、部屋を後にする。途中でサポートメンバーからの声が聞こえていたが、編集長の声が混じっていたせいで返すに返せず、そのまま怒りを態度で示すという安っぽい表現を出したままに自動ドアの向こう側へと消えた。

 

 「くそっ、ガードが堅いわね……」

 

 「おめーがしつこすぎるからだろ」

 

 去っていくBlazの後ろ姿に編集長は未練たっぷりの言葉を吐くが、その場にいた彼のサポートメンバー全員が思うことをアルトが代弁し、突っ込みを入れられるのだった。結局Blazへの取材は失敗に終わってしまい、編集長はむくれた顔で文句を言うのでそれにサポートメンバーらは呆れながらも聞き流す。

 が、その中でミィナだけはもう一つのことを考え、目を宙へ泳がせていた。

 

 「……ミィナさん?」

 

 (そういえば、今頃どうしてるかな……)

 

 その時のミィナの脳裏には過去の記憶が蘇り、目の前で訪ねてくるアーチャーの声は届いていなかった。

 

 

 

 「―――ったく、編集長のやつ……」

 

 一方で楽園の無機質で広大な廊下をBlazは編集長への悪態をつきながら当てもなく歩く。勢いよく部屋を出たはいいが今日は任務もないため一味そろって暇を持て余していたので、サロンで暇をつぶしていたのだが、編集長のせいでゆっくりできなくなった彼は放浪者となっていた。

 

 「あーあー……暇だなぁ」

 

 他にやることもない。任務も今は他のメンバーがやっているので手も足りている。機体の整備はとうに済ませた。

 だからといって、何か仕事がないかと訊くのもどこか違う。むしろかえって怪しがられるのが関の山だ。

 ゆえに他のこともできないBlazはさてどうするか、と考えていたが

 

 「……ん?」

 

 ふとズボンのポケットに手を突っ込むと小さな鉄の板……ではなく、携帯電話がポケットから引き上げられ、スタート画面を彼の前に曝け出す。携帯の画面を見ると、少し前、具体的には編集長とのやり取りをしている時あたりに、誰かから着信が入っていた。

 基本、連絡は別の端末や念話などで行っているので携帯は滅多に触らないこともあるが、何より彼が携帯を使用するのは限られた世界で使用するときの非常用という意味が強かった。

 そのため周りのサポートメンバーや彼に関係する人間も基本は別の端末に連絡するはずだ。

 

 「珍しいな。こいつに連絡なん……」

 

 誰からの着信なのか、と久しぶりに携帯のロックを外して確認すると、電話の着信履歴には彼にとって懐かしい名前が表示されていた。

 その名前になつかしさを感じたBlazだが、その感傷はすぐに消え去る。

 

 

 

 

 

 

 ―――それから一時間後。ミィナの姿は楽園内の廊下にあった。

 ニューらの勉強を見終えて暇を持て余した彼女は、去っていったBlazのことが気になり彼のことを探していた。特に理由もないのだが、やはり一味のリーダー的存在だからか、気にはなってしまうようで、自然とその足は彼の後を追っていた。

 

 「どーこにいった……」

 

 術式を使い、痕跡をたどるミィナはふらふらと廊下を歩いて辺りを見回しているので、周りから何かあったのかと心配されたほどだ。実際、今に至るまでに2、3名から大丈夫かと気遣われたが、当然ミィナは何も問題はない。

 これは急いで探し出すか、見切りをつけた方がいいな。そう思い始めた時だ。

 

 「お。やっとみつけ―――」

 

 廊下を曲がり、次の廊下へを目を向けた刹那、適当に壁に背を預けたBlazを目にする。

 いったいこんなところで何をしているのかと思って近づくと、耳元には久しぶりに見る彼の携帯が握られており、どこかへ電話をかけている様子だった。

 だが、その体勢もつかの間。すぐにBlazは耳元から携帯を離すと呼び出しをやめて画面を見ながら訝しむ。

 

 「―――――?」

 

 「あれ。Blazどうかしたの?」

 

 「いや……さっきはやてのヤツから電話来てたみたいでよ、かけなおしてるんだが……」

 

 「仕事中とかじゃないの?」

 

 「かけてきたの昼前だぞ。仕事中ならかけてこねぇだろ」

 

 久しぶりに聞いた人名にミィナも声を弾ませる。

 はやてとは、ある魔法世界に住む少女【八神はやて】のことだが、彼らの言うはやては実は他の旅団ナンバーズの言う同名人物とは異なる、いわゆる並行世界の同一人物だ。

 旅団が関わる世界では彼女とは敵対関係であるが、一方でBlazらが過去に関わったもう一つの世界、転生者のいた世界では旅団とは協力関係を持つ。現在は組織などの都合から距離を置いているが、個人では今も連絡を取ったり、情報を交換するなど良好な関係を維持している。

 

 「はやて結構サボり魔なとこあったから、シグナムかフェイトあたりにバレて机に縛られてるんじゃない?」

 

 「……か、ねぇ。まぁアイツだからな」

 

 最近は互いの立ち場と事情から連絡もできなかったが、それが今回久しく行われたということで、せめて間違い電話でもとかけなおしたのだが、ミィナの言う通りなのかはやてが出ることはなかった。

 

 「ったく。久しぶりに電話かけてきたと思ったら……しかも携帯でよ」

 

 結局呼び出したはやてが出ないままに終わり、Blazが携帯をスリープにしてズボンのポケットへと滑り落とす。次に使われるのはいつかは分からないが、当分はもう使わないと電源を切りたかったが、便利な通信機器であることに変わりはなく、また楽園内なので充電も容易であることから、電源を落とすことはしなかった。……もっとも、ナンバーズに向けての呼び出しがこれで行われているというのが最大の理由だが。

 

 「……そうだね。Blazが珍しく携帯使ってたけど、そうだよね」

 

 ここにはいない人物への文句を言うBlazを見て、笑って同調を示したミィナだが、それも刹那にやがて笑うのをやめると、ぽつりとつぶやく。

 その表情は何かを察したか、考えていたのか。適当な相槌ともとれる表情は、ふいに顔を向けたBlazでもすぐに分かり彼女が何か察したのだと理解する。

 

 「……なんかあったか? そりゃ携帯にかけてくるのは珍しいけどよ。それでなんか……」

 

 「だって、こういうの滅多にないし。携帯にかけてくるってことは……」

 

 刹那。二人の間で携帯の着信音が響く。

 今度はBlazのではなく、ミィナの携帯だ。

 

 「……ホラ」

 

 いった通りでしょ、と携帯を取り出すミィナは携帯の着信画面をBlazに見せる。着信画面には「フェイト(味方)」と表示されていた。

 わざわざ味方と書く必要があるのか、と言いたくなるが喉元までに達したころには既にミィナがかかってきた電話に応答していた。

 

 「……もしもし?」

 

 『あ。ミィナ? フェイトです。って言っても……』

 

 「大丈夫。あの世界のアナタだってわかってるから」

 

 わざわざ味方だって書いているからな、と言いたくなるBlazだが口をはさむ真似はせずに二人の会話に耳を傾ける。

 

 「で、どうしたの?」

 

 『うん、実ははやてのことでね。そっちに行ってないかなって……』

 

 「コッチに? まぁ来ても問題にはならないけど……でも、残念だけどこっちにはやては来てないよ」

 

 『……そっか……やっぱり……』

 

 ミィナの不安げな表情がBlazへと向けられる。どうやらフェイトもはやてのことで何かトラブルが起きているようで、それを見かねたBlazがミィナから携帯を取り上げ強引に電話を替わる。

 

 「おい。そっちで何があった?」

 

 『ッ…………ぶ、Blaz……』

 

 一瞬、上ずった声になったフェイトだがすぐに落ち着きを取り戻し、問への返答を返す。

 

 『……実は、はやて昨日から帰ってきてないの』

 

 「昨日……?」

 

 『うん。任務で管理外世界世界の調査をしてたんだけど、終わってすぐに行方が……』

 

 その後、彼女が指揮していた隊の局員らがいなくなったことに気づき捜索をするも見つからず、かといって離れるわけにもいかなかったことから現地での捜索を続けながら本部であるミッド、つまりフェイトらへ連絡を入れた。

 だが、はやてが無断で帰ってくるわけもなく、かといって召還されたわけでもないのでフェイトらも「戻ってきてない」と返したという。ここで騒ぎが少しだが大きくなり、現在へと至る。……が

 

 「…………。」

 

 『も、もしもし?』

 

 「……おい」

 

 少々ただ事ではない気がし始めてきたBlazは低い声色で言葉を返す。

 

 「任務ってのはどこでだ。なんの調査なんだ」

 

 『ええっと……』

 

 携帯の向こう側からでもわかる鋭く圧のある声に気圧されフェイトは言葉を濁す。声だけでここまで恐ろしく思えるのはBlazの特色か。それだけでなく声だけでも彼がこの話にどれだけ本気なのかがわかる。この男はいつになく……いや、あえて久方ぶりにと言うべきほどに真剣だ。実際、向こう側のBlazの表情も彼女が思っている以上に真剣なもので、いつにないその眼差しは二人と携帯越しのフェイトの間に漂う空気を張りつめさせていく。

 

 『…………ううん……』

 

 彼が本気なのが、真剣であることはわかった。だが、だからと言ってすぐにすべてを打ち明けるほどフェイトも臆病ではない。むしろ彼らとの間に漂う空気を察し、話すべきことがのどのあたりまで登ってきてはいるのだが、それを彼女の理性が抑え込んでいた。

 理由は単純。互いに組織が絡んでいるからだ。

 

 『話したい、けど……これ、機密で……しかも、内容の大半は実行したはやてたちにしか開示されてないの』

 

 「お前執務官だろ。それくらい―――」

 

 『ごめん。でも無理だった。これミッド政府が絡んでるから』

 

 返ってきた返事にBlazは眉間にしわを寄せて「ああ?」と唸った。

 ミッド政府というのは彼女らの世界に存在する政治機関。地球の政府と機能的にも同じで、事実上の管理世界の支配者であった旧時空管理局とは異なり法務と政務で分担し各地の統治、自治管理などを行っている。

 そして、この分担が現在の管理局の行動に良くも悪くも影響が及ぶのは言うまでもなく、特に彼女らの時空では別世界の次元世界管理組織が存在するため、高度な政治的問題というのが多く出てくる。

 が、実のところは畑違いな分野とフェイトが政府に対するコネを持ってないからというのが実状だ。

 

 「政府がなんで調査でしゃしゃり出てくるんだよ。アイツらがはやて使ってまで調べるもんなんざ、たかが知れてるだろ」

 

 『わからない。でもここまでひた隠しにしてまで政府が手に入れたいものをはやては探してたっていうのは確か』

 

 「で、それがビンゴしたと」

 

 どちらにしてもこのタイミングで行方が分からないのは不自然すぎる。この時点で三人の脳裏には最悪の事態というのが過り、生み出されようとしておりあり得るかもしれない程度の想像は彼らに不安と焦燥感を与える。

 

 「政府が探すほどのもの……ね。ねぇフェイト。そっちの情勢ってどうなってるの?」

 

 『あまり芳しくないかな。例の組織……騎士団が旅団と同じかそれ以上に危険な組織だって言われてて、今その牽制と交渉でどこもピリピリしてる。ただでさえコッチは政変して間もないからゴタついてるのに……』

 

 「ウチ以上……ねぇ?」

 

 「……んだよ」

 

 細めた目で見つめてくるミィナに文句でもあるのか、と返すがBlazの表情は思いのほかその反応には彼女への同感の念が見えている。

 とはいえ、今はそこが問題ではないのでミィナは自分なりの推理を話す。

 

 「―――ロストロギアとか聖遺物探してたり?」

 

 「ありえねぇ話でもねぇがそれむしろ本局の連中がしそうなことだろ」

 

 『い、今はそんなことしてないよぉ!』

 

 などとフェイトがやや悲し気に返すので二人は思わずため息を吐き出す。

 

 「ったく……こりゃ実際に行って確かめるしかねぇな」

 

 「だね。それにこの一件、なーんかやな予感がするのよねぇ……」

 

 「ってことでだ。フェイト、はやてが向かった場所ってのは分かるか?」

 

 こうなれば行って確かめるほかないとBlazとミィナははやてが向かったとされる次元世界をフェイトへダメ元で聞いてみる。機密事項ということで詳細はわからないだろうと、最初からわかるとは思ってなかった二人だが、その返答は意外なものだった。

 

 『今はなんとも……でも通信先を逆探知して解析すればわかるかも』

 

 フェイトも気持ちは同じらしく、彼らが探すこと、場所を聞いてきたことになんの抵抗も戸惑いもなかった。ただわかるまでに時間がかかるという事実を即答で返したのには言い出しっぺのBlazですら目を丸くしていた。

 

 「……いいのかよ、お前」

 

 『いいって……そりゃあ機密扱いを探るのはご法度だけど、でもはやてだけがいなくなるのはおかしいし、これには絶対何かある。それに…………もう』

 

 電話越しのフェイトの声が沈む。不安げな声にBlazが返す。

 

 「もう、なんだよ?」

 

 『……ううん。なんでもないよ。とにかく、場所がわかったらコレに連絡するね。……あ、リョウ! ちょっとレイ借りてもいい?』

 

 『あー!?』

 

 すぐに動き出したフェイトは近くにいた人物に声をかけて、誰かを借りたいと頼む。どうやらその手のことに強い局員の協力を得たいのだろう。電話越しの向こう側では、彼女のそんな頼みに偶然近くにいたのだろう青年の声が聞こえてくる。

 行動を起こしたフェイトの様子にBlazらも話を切り上げる。

 

 「んじゃ、あとでこの携帯にだぞ」

 

 そう言い残すと電話を切り、借りていた携帯をミィナへと投げ返す。

とっさのことなので慌てたがなんとか胸のあたりで受け止めて両手の上に携帯を墜とした。危なげはあったが携帯は無事に両手両腕の間に収まり、ミィナはホッと息をつく。

 

 「ちょっ……危ないなぁ!」

 

 「別に落ちてもフローリングだろうが。それより行くぞ!」

 

 携帯の無事を確かめたミィナの苦情を聞き流しながらBlazはやや急ぎ足で廊下を駆けだす。

 その後ろ姿を見てミィナも歩く速度を速めて、その後をついて行く。

 今までの焦燥感、不安、そしてこの一件における疑問への苛立ちが彼らの足を急かせる。

 それゆえに彼らを見る視線があることを、この時二人は察知することができなかった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ―――数時間後。

 

 ―――現地。第78管理外世界にて

 

 

 

 「……で。――――――なんでお前いんの?」

 

 

 

 降り立った世界は見渡せばそこそこに豊かな緑の生い茂る自然と土肌がさらけ出された山のある大地だ。木々の生い茂った森というのが見当たらないので環境的には少しもの悲しさを感じるが、自然の量で言えば十分すぎるだろう。

 山も大地が露出しているとはいえところどころには草やコケが生えている。不毛の地というわけではないようで、それだけでもこの山がまだ生き物が住める地であると示してくれる。

 

 「…………。」

 

 さて。そんな世界へと降り立ったBlaz、ミィナ、そして合流したフェイト……だったが、そこにはもう一人

 

 「―――――悪いか」

 

 「悪いというかおかしいわ! なんでてめぇがいんだよ二百式ッ!!」

 

 現地の山、調査部隊がベースキャンプを設営した場所で落ち合うと約束した三人だったが、そこには旅団のご意見番を務める二百式の姿がなぜか先にあった。

 まるで先回りされていたかのようで初見では三人とも驚きを隠せず、特にBlazはしばらく絶句するレベルで驚いていた。なにせこの場所に、この時間に集まることを知っているのは彼ら三人だけ。二百式には一切伝えていないはずだというのに彼の姿があったのだ。

 

 「え、ほ、ホントになんで居るの二百式……追ってきたの?」

 

 「…………。」

 

 恐る恐る尋ねるミィナの問いに、二百式は答えることをせずに沈黙する。

 これには三人も目を合わせてどうするべきかと迷い、同時に彼の出す雰囲気で話すこともできなかった。

 

 「えっと……ミィナ、この人……味方なんだよね?」

 

 「味方……なんですよ。うん。一応…………たぶん」

 

 もはやホラーであるこの状況にフェイトは三人の中で物理的にも距離をとり、ミィナの後ろに隠れて彼の姿を目にしていた。当人は腕を組んだまま座しているが、それでも彼の出す威圧感には息をのむ。

 

 「って、フェイトは二百式とは初めてだっけ?」

 

 「うん……会ったのは支配人さんとキリヤ……さん? かな」

 

 後ろで隠れるように立っているフェイトに合わせ、顔を振り向かせて小声で話すミィナは、うろ覚えな記憶を頼りに話題を作り気を紛らわせようとする。ミィナもこの重い空気に耐えかねてフェイトと少し話をしようとしていたが、それを知ってなのか二百式が口を開き二人の会話を遮る。

 

 「それで? なぜこんな場所に来たんだ。それも、別世界のフェイト・T・ハラオウンを連れて」

 

 「別にいいだろうが……いちいちお前の許可が必要か?」

 

 「いや。だが、最近のお前の行動は目に余るものが多い。そろそろこういった目にあってもおかしくはないと思わなかったか」

 

 「いや……まぁ……」

 

 実際、Blazや彼のメンバーの行動は独断、単独が多く、その大体が何かしらのトラブルを巻き起こしたり、巻き込まれていたりしている。他のナンバーズやメンバーもトラブルや問題を起こすこともあるが、それに比べてもBlaz一味の場合は被害が大きいという特徴という短所があった。

 そのせいで最近では彼らが揃って厄ネタを持ち込むなどという印象が植え付けられてしまい、変な噂へと繋がってもいる。

 

 「今回、お前たちがこそこそと何かを調べていると団長が仰っていたから、私がお前の様子を見に来た」

 

 「こそこそって……っていうかコレ団長の指示かよ! okakaじゃなくて!? あの陰険じゃなくて!?」

 

 この事件後、okakaがどこでこの話を聞いたのか、「お前、そう言ってたんだってな?」と言って折檻するのは後の話。

 

 (ってことは、今も観測()てるってことかよ……)

 

 かくにも団長の指示とあっては、Blazも迂闊なことはできない。ただでさえ今回のお目付け役に二百式が抜擢されたというだけでも行動に制限がかかるというのに、団長に観測されているともなれば行動はさらに制限される。

 もっとも、これはBlazらが普段から自分らのペースややり方で行動していたからであって、他のメンバーとの協調性があまり高くないのも一因となっている。

 

 「ったく……それでお前かよ。団長も嫌な人選するなぁ……」

 

 「団長の判断だ。それにさっきも言ったが、そろそろお前も手綱を引っ張られるころだとわかっているだろう。単独での行動はあまり咎めないが、それにも限度がある」

 

 その限度を超えたことで二百式が派遣された、というのが彼が同行した理由であり建前であるのはBlazとミィナの目からも明らかだ。彼は並行世界のはやてと切っても切れない縁を持っているので、それが別世界であろうとも黙っていられなかったのだろう。

一応、二百式も分かってはいるが、それでも放っておくことというのはできないのは、彼の過去が大きな理由となっている。だが、Blazら間では憶測しか考えることができないし、何よりそれを聞くことは野暮であり藪蛇だとわかっていた。

 

 「加えて、今回はお前に関わりのある並行世界の管理局の者が関わっている。いくら対立してないとはいえ、組織そのものが々であるとは限らんだろう」

 

 「へーへー」

 

 小言を並べていく二百式の言葉に溜息が出るBlazは聞くことが嫌になりその場で、その場でしゃがみ込む。

 

 「ツケが回ったってか?」

 

 「そういうことだ。散々勝手にしてきたんだ。今回のようなことでそれが回って来ただけでもありがたく思え」

 

 「…………ったく。わーりましたよ」

 

 二百式も長く話す気はないのだろう。適当なところで説教を切り上げ、三人がここへ来た目的を行わせようと口を閉ざした。

 まるで親同伴であるような居心地の悪さに溜息をまた一つ出すBlazは立ち上がり、三人の方へと振り返る。

 

 「つっても、状況はほぼ手がかり無しだからな。だから、まずは初歩的なやり方で手がかり集めるぞ」

 

 現状、Blazたちがわかっているのははやてがいなくなる前に来たのがこの世界であること、そして今彼らがいる場から中心に彼女の部隊が調査を行っていたことだ。昨日に行方不明となり、その後日昼前にはやてから連絡が来た。

 昼前の連絡についてはまだ二百式とフェイトには話していない。あの後、二人でかけなおしたが結局電話はかからず向こうからのかけ直しもなかったのだ。この時点ではやてが何か厄介な状況に置かれているのは確実で、その最中に隙を見て連絡をしてきたのだろうというのが二人の推理だ。

 

 「フェイト、はやての部隊が撤退したのはいつのこと?」

 

 「時間で言えば昨日の23時。日付変更前だよ。指揮官不在で撤退っていうのも問題だけど何より、その指揮官が行方不明だったからね。皆ギリギリまで探してたみたいだけど……」

 

 「最終は諦めざるえなかったと」

 

 それでも部隊の局員らもかなり粘って探しはしたのだろう。指揮官の不在ではなく、行方不明という緊急事態。つい先ほどまで当たり前のように職務をこなす少女がなんの前触れも言伝もなく消えてしまったのだ。これには局員らも焦り、戸惑い、不安にかられはしただろう。

だからこそ、安堵のために彼らは探した。彼女が嫌われる人物、無能と言われようなら適当な理由を出して諦めてしまうだろうが、彼女が有能であるからこそ、慕われる人間だからこそ彼らは必死に彼女の、はやての姿を探したのだ。

 

「帰還したのは夜明け前だったらしいよ。最後はクロノの部隊が皆を回収したみたい」

 

「彼から事情は聞けたの?」

 

「それが、クロノのほうも口留めされてて……」

 

「随分と徹底的な……」

 

 フェイト曰く分かったのは誰が参加したか、どこに向かったか。いつ出撃して、いつ帰還したのか。だけで、詳細な情報については何一つ明かされなかった。どうやら政府の権限で情報開示を拒否しているらしく、四方から手を尽くしても暴くことはできなかった。

 

「とはいえ、場所が明かされているということは、場所そのものはさして重要ではないということだろう」

 

「だな。なら後はしらみつぶしだろ」

 

 はやてを探す手がかりは彼女が最後に向かったここしかない。やることを再認識した四人は互いの目を合わせる。

 

「ってなわけでだ、こっからは……」

 

「男女で別れてこの辺をさがそっか」

 

「そう、男女でわかれてねー…………て」

 

 男女に別れてだと、という前に既にミィナはフェイトの肩を掴んで数歩後ろへと下がっていた。まるでこの組み合わせでいこうとでも言いたいかのような行動にBlazは制止を呼び掛けるが時すでに遅く、ミィナは一目散にその場から逃げ出し、フェイトもその後をついて行った。もちろん、ミィナ同様に逃げ足でだ。

 

「おいマテコラこの阿保ミィナ!! なに勝手に決めてるんじゃぁ!!」

 

「いや、流石に二百式とは協調性皆無な私たちだから、ここは同じナンバーズであるBlazが適任ってねーそういうことでじゃーねー!!」

 

「マテやあああああああああ!!! お前それ単に押し付けで―――」

 

 が。結局二人は止まらずに走り去り、岩陰の向こうへと消えていく。その場にはBlazと二百式だけが残り、先ほどの発言のせいでかなり気まずい空気だけが漂っていた。

 

「…………。」

 

 姿が見えなくなり、足音だけが遠くなるのを耳にするBlazは動くことのできない金縛りにでもあっていたのか、ようやく体を動かして顔を二百式の方へ向ける。

 首を動かす際に何やらさび付いた鉄が軋むような音が聞こえてくる気がするが、そんなことを呑気に考えられるほど彼の精神は余裕はなく、鉄仮面の二百式と顔を合わせた時には滝の汗が全身からあふれ出ていた。

 

「……行くぞ」

 

「………………ふぁい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山肌がむき出しの地面に足を取られないように歩くミィナは、時折足に力みを入れて自分の体を支える。

下りであることと山の土が思ったよりも固く、ブーツでは足を滑らせてしまいそうであることが彼女の体に全身への力みを継続させる原因にもなっており、歩いて三十分と経たずに彼女の顔を険しくさせる。

 

「大丈夫?」

 

「なんとか。でももう少ししたら魔力で補強かな……」

 

 先頭を歩くフェイトは時折振り返り、ついてくるミィナの様子を窺う。流石に体力はミィナよりもあるので息切れは一切なく、開拓されていない悪路を気を付けながら歩いているので、続くミィナにとっては追うだけでも精一杯だ。

 

「こりゃ帰ったら、なんか歩きやすい服装と魔術考えないと……」

 

「運動をするって選択肢はないんだ……」

 

「そういうのは肉体労働組(Blazとその他のサポメン)のやることだから」

 

 体力の改善を考えないのは科学者、魔術師故か。かくにもミィナの動きが鈍いので思うように前に進めないフェイトはなんとかこの速度でも調査を進めることを考えつつ、辺りを見回すが周りの景色はわずかに緑が生えてきた程度で肝心の手がかりや違和感の類は一切見当たらない。

 

「それにしても、はやてたちはここに何を探しに……」

 

「ま、こんな辺鄙な場所に来るなんて絶対ロクでもない理由よね」

 

 この管理外世界は知的生命体、人間の類が存在せず環境もさほど豊かとは言えない。緑がないわけではないが、大半が荒れた大地で岩盤も硬く、それゆえに鉱物資源にも期待ができない。無論、それは化石燃料なども該当するだろう。

 

「はやてが聞かされた極秘任務……この世界になにかあるとは思えないし」

 

「ってことは……外的要因?」

 

「かもね。部隊までってことは相当のだろうし」

 

 もちろん、この世界に何かあるというのは間違いない。この世界由来のものも探せば出るかもしれないが、そんなことのために極秘任務という名目でここに来るだろうか。資源調査であれば別に隠す必要もない。拠点建設も別組織とのいざこざもあるだろうが隠してまでするようなことでもないだろう……無論、施設の目的によっては、だが。

 

「なんかを探してはやてはこの世界にきた。いや、来させられたか。でも、それは見つからなかった……帰還するギリギリまでは」

 

「……はやては、何かを見つけた。いいえ」

 

 

 

 

 

「―――誰かを見つけた。だな」

 

「それが人であればな。他の生物であれば何か……になるやもしれんが、この世界でそれはあり得ないだろう。それだけの生命体がいるとは考えにくい」

 

 Blazへの言葉に二百式が返す。

 深く分かれた溝の道は人ひとりしか歩くことができないほどに狭く、道も彼らが想像していた以上に複雑になっている。人間二人分の高さで左右の傾いた土の壁が時折小石や砂を振るい落とすなど、歩けば歩くほどに誇りが舞う。

 二人がなぜその道を歩いているのかは非常に単純で、調査に降り立った部隊の局員の足跡や痕跡が溝の近辺に多く残っていたからだ。

 

「okakaが前に言ってた【次元生命体】ってやつか?」

 

「居れば、そしてここにいたのだとしたらの話だ。だが、旅団ですら調査段階の生物を管理局が見つけているとは思えない」

 

 彼らがなぜこの世界に来たのかを彼ら二人なりに推理するが、そのどれもが憶測の域を出ない。当然だが、今回の捜索では情報があまりにも少なすぎて仮説ですら立つことが難しいのだ。

 何を、何のために。肝心な部分がひた隠しにされているので彼らの口からは仮説にもならない可能性だけが出てくる。

 

「……okakaに頼んで向こうにも枝つけてもらえばよかったねぇ」

 

「お前が断った話だ。自業自得だろうに」

 

「……返す言葉もございません」

 

 後ろからの痛烈な言葉に、他に言うこともできないBlazは逃げ足ほどではないが歩く速度を速めて二百式との距離を離す。耳の痛いセリフというのもあるが、単純に二百式の冷たい言葉がBlazの背に刺さり、彼の足を速めたのだ。

 とはいえ、これがBlazの自業自得かと言われればそうとも言い切れないのもまた事実で、旅団が思っていたよりもはやてのいる世界の政府が根を張り、深い(・・)組織となっていたことも理由の一つだ。Blazの話では政府が創設されて十年も経過しておらず、その歴史は極めて新しい。土台となる組織が既に百年も前から存在していたとはいえ、そこから分離して僅か十年たらずでここまでのことができるのは、分裂前からの深みが理由か。

 

(政府が主導で行ったこの作戦。狙いは……まさか?)

 

 ここまでのことをする理由を掴めない二百式は無言のまま目を細めて眉を寄せる。怒りの表情ともとれる顔をしているが、それを誰も見てないのは幸いか、彼の表情は今までにないほどに険しいものだ。それだけ思考に耽っているというのもあるが、何より彼の中に浮かぶ仮説が正しかったらという可能性が不愉快さとなり顔に出ていた。

 

「っと。溝はここまでか……やっと終わりだな」

 

 Blazの声に二百式の俯いた顔が持ち上げられ、溝の切れ目とともに光が差し込んでくる。青空は常に上に見えていたが日差しが防がれていたので、その明るさの差で少し目を細めた。

 溝を抜けると目の前には広大な大地に虫食いの穴や堀があり、わずかに残った緑が風に揺られているのが見える。

 二百式もそよぐ風に当てられ、少し表情を柔らかくするが彼の仏頂面がほどけるまでにはいかなかった。

 

「峡谷……というには深さが浅いな。せいぜい10メートル前後か」

 

「だが、よく見りゃ谷底に川が流れてる。この世界で数少ない水源なんだろうな」

 

 先頭を歩くBlazが溝から出ると、近くの開けた場所でしゃがみ込み地面を凝視する。足跡を探して局員がどこへ行ったかを調べて、その行先をたどろうとしている。

 

「足跡は……ここで途切れてんな。地面もここで終わってるし、飛んでどっか行ったのか」

 

 顔を上げて広い峡谷へと向ける。足跡は二人のいる崖でぷっつりと途切れており、そこから先へ進んだり、戻った様子は見受けられない。普通ならここでどこへ行ったのかと考えるのだろうが、彼らが魔導師であるという前提が別の答えを上げさせる。

 空戦の魔導師であれば飛行魔法を覚えるのは必須なので飛ぶことができる。つまり、この場で足跡が途切れていても飛んで行ったとするなら筋が通る。

 

「……そうだろうな。あとはどこへ行ったかだが」

 

「こうもだだっ広いとなぁ……」

 

 問題はその後。飛んでどこへ行ったのか、何を探したのか。そしておそらく、何を見つけたのか。これが二人の前に文字通りの崖となって立ちはだかっている。

 なにを探しているのかは二の次にしても、場所がわからなければ探すこともできない。

 飛行魔法を使用したということは痕跡の一切は空中の中へ霧散し、魔力をたどろうにも道筋すらも残っていないので、たどることもできない。

 

「アイツらどこまで行ったんだよ」

 

「飛行魔法を使ったということは長距離を移動したということになるな。となれば、この

近辺でないことは確かだ」

 

「飛んで探せってか?」

 

「お前が飛べればの話だがな」

 

 当然のことだがBlazは魔導師ではないので飛行魔法を使うことはできない。

 飛行魔法は能力こそ単純だが、それを扱うための素養や技術が必要で扱う人間も限られる。誰もが飛べるというわけではなく、飛べない魔導師も多いので空戦というだけで優遇される原因の一つだ。

 

「……フェイトに頼むかね」

 

「アイツは向こうを探している。こちらは足で探すしかない」

 

「……だよな」

 

 冷たく言い放つ二百式の言葉を聞き、はぁ、っと溜息をつくBlaz。結局はまた歩いて稼ぐしかないというのもあるが、この何もない大地とそこにぽっかりと開いた小さな谷の景色が彼のこのあとの苦労を想像させ、首をがくんと落とさせる。

 

「くっそ………これで見つからないならディアのヤツに竜神丸製の媚薬送りつけたる」

 

「どんな八つ当たりだ。そんなことはどうでもいい。行くぞ」

 

 先に続く道がないので踵を返した二百式は辺りを見回して迂回ルートを探す。

 目の前にある峡谷を降りても彼ら二人は問題ないが、上から探す方が楽で襲われた時も応戦しやすい。なにより、そもそも現実的な選択ではないので降りるという選択肢は最初から二人の脳内には存在しない。

 

「へーい……ったく」

 

 もはやどっちが主導なのかわかったものではないと悪態をつきながら立ち上がったBlazは同じく来た道を戻ろうとする。

 しかし、彼の目だけは行き止まりの峡谷と荒野を見続けており、顔が振り向かないせいで体は一歩も動けなくなる。足は半歩動いただけで腰回りを中心にねじれ、上半身は元の道に向いているのに、下半身は半分回っただけで同じ方向へと向こうともしない。

 動けないわけではない、ただもう少しと彼の目がその光景を眺めていたのだ。

 

「…………。」

 

 乾いた風が吹き、頬をなでて透き通る。風と一緒に僅かだが砂埃が混じっているが気にするほどでもない。それ以上にBlazの眼前に広がる荒野が、彼の目を釘付けにしている。

 何もない荒れ果てた大地とわずかに生い茂る緑。生命の活動をこれほど拒むものは極限の大地でもない限りそうそうないだろう。もっとも、それと比べればこの環境はまだマシと言える。極地へと赴けばこういった植物はほとんど存在しないのだ。

 自然に勝てるのは自然のみだ。

 

 (そういや……アイツと出会ったのも……)

 

 だが、そんな自然の営みも時には人の傲慢で壊されることもある。開拓、開発、整備、汚染。そして人為的災害や戦争による大量破壊。人の営みを豊かにするために自然の営みを壊すことははるか昔から行われてきたことだ。それゆえに現在、地球では環境汚染とその保護活動に躍起になっている。

とはいえ、人の手であればその破壊速度はたかが知れている。今こうして環境問題が騒がれているのは、単に過去の負債が今になってやってきただけのこと。実際、過去に人による破壊はあっただろうがそれは自然がゆっくりと、それでも確実に、広大に行い破壊による消滅を補ってきた。

 

 

 

 ……だが、人の手で一瞬にして世界を壊せるほどの破壊であれば?

 自然の修復などが微々たるものと感じられるほどに世界が壊されてしまえば?

 

 (―――オーストラリア、こんなんだったっけか)

 

 人の歴史とは破壊と再生の歴史。

 Blazの脳裏にはその瞬間の、|凄惨な出来事《ブリティッシュ作戦》と|その結果《一年戦争》が鮮明に浮かび上がっていた。

 落下する巨大なスペースコロニーは大気圏の層で燃えていき、巨体を半分に割り地球へと引き込まれる。燃え尽きなかった鉄塊はやがて南米から大きく逸れていき、オーストラリア最大の都市シドニーへ直撃。物理的破壊、それによる余波、さらに環境への変化をも起こし、人類史上最悪の出来事となった。

 

 「……ったく。やなもん思い出したぜ」

 

  目的は未だ果たせてないこの状況で呑気に昔を思い出すのはあまりに適当だ。不意とはいえ思い出したくもないことを思い出したBlazは自分の脳に忘れろと言い聞かせ、はやての捜索に集中するように意識を逸らす。

 今考えるべきは過去とのデジャブではない。自分への叱責を行いつつBlazは踵を返し、二百式の後を追った。

 

 

 

 

 

 ……続く

 

 

 
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