No.1080572

tgcf 仮面と一目惚れ

ウタ栓さん

このお話は、MXTX先生の花城が初めて謝憐を目にした時のことについてのコメントを見て、花城の想いの始まりを知って居ても立っても居られず書いたものです。
私自身小説未読なので、本編のネタバレはないと思いますが、ネタバレを避けたい方はご注意ください。

2021-12-26 16:56:18 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:263   閲覧ユーザー数:263

「道長さん!!」

 

 春の風が気持ちのいい午後。扉を開け放した菩薺観に勢いよく一人の少女が駆け込んできた。

 彼女は白い道服の謝憐を見つけると目の前まで駆け寄ってきて、弾む息を整えることもせずに言った。

 

「ここの神様には縁結びのご利益はありますか!?」

 

 

 

 

 

 静かだった菩薺観に、騒がしいほどの声が引っ切り無しに生み出されていく。それはすべて頬を染めた少女のもので、まあ、要約するとこうだ。

 親戚の手伝いで菩薺村を訪れていた彼女は、畑仕事の際に知り合った男性に一目惚れをした……と。それからこの道観のことを聞いて、居ても立ってもいられずにやってきたのだとか。

(だからか、見かけない顔だと思った)

 少女が落ち着くまで、謝憐はただただ話を聞いていた。

「それで、こちらの神様には縁結びのご利益はあるんですか!?」

 そして最初の質問に戻ってきた。

 

 困ったことになってしまった。

 仙楽太子は普段、疫病神だとか、がらくたの神だなんて言われていて、縁結びなんて荷が重い。期待に満ちた様子の彼女に、どう伝えればいいのかと、謝憐が考えあぐねていると

「縁結びのご利益ならあるよ。特に一目惚れはね」

 と、少女が駆け込んできた時から掃除の手を止め、謝憐と共に話を聞いていた少年がさらっと答えてしまう。

 紅い衣を着た少年姿の花城だ。

 少女はぱっと花城の方を見て

「本当に!!」

 と、零れ落ちるほどに目を見開いて、喜んだ。

「もちろん、お祈りしていくといい」

 花城は手に持った箒をくるくると躍らせながら、にこやかに答える。

 謝憐は呆気にとられて、置いてきぼりにされたような気持ちで、なんとも微妙な顔で花城の方を見たが、視線に気付いた花城は、ただ笑顔を返すばかりだった。

 

 

「美味しそうだね。今日はこれを料理しようか」

 あの後少女は仙楽太子に祈りを捧げ、二人にも深々と頭を下げ、籠いっぱいの採れたてのそら豆を供えて、満足気に帰っていった。

 今日採ったばかりというそら豆は、艶々として張りがあり、青々としている。

 花城は壁に立て掛けていた長椅子を机の前に持ってくると、

「いいね、新鮮な内に食べてしまおう」

 と、さっそくそら豆を剥き始めた。

 大きなそら豆の鞘を両手で持って、濡れた布を絞るように捻ると、パキリ、と音を立てて鞘に小さな割れ目ができる。その割れた隙間に指を差し込んで、パキパキと手際よく開いていくと、ふわふわの白い綿の中から、ころん、と豆が出てくる。

 謝憐も向かい側に座り、そら豆を手に取ると、花城の動きを真似て剥き始める。

(なるほど、こうやって剥くのか)

 パキリ。

 鞘を割ると、戸口から吹き込む暖かい風が、土と緑の香りを鼻先に運んだ。鞘に指を差し込む時、指先がふわふわの綿に触れて、その感触が気持ちがよくて思わず笑顔になる。

 しかし謝憐は、緩んだ口の端をすぐに引き戻して、豆を剥く手は止めずに花城に話しかけた。

「三郎、さっきの事だけど、根拠のない事を言ってはいけないよ。彼女は信じてしまったじゃないか」

 上唇を少し尖らせて“私は不満に思っています”と言葉と顔で投げかけると、チラッと謝憐の方を見た花城は、気にする様子もなく薄く笑んだまま

「根拠ならあるよ」

 と、当たり前の事のように平然と返してきた。

 意外な返答に思わず手が止まる。

「どういうこと?」

「僕は一目惚れだった」

 そう言うと花城は、目をきゅぅっと細めて愛しげに、今度はしっかりと謝憐の瞳に視線を注いだ。

「それは……初耳だ」

「うん、今初めて言ったから」

「そう……その……えぇと」

「しかも仙楽太子本人に。僕の恋は叶ったかな?兄さん」

 頭では分かっていたが、一目惚れの相手が自分であると言葉にされて、謝憐は少しホッとした。それと同時に羞恥と好奇心が喉元にせり上がってきて、コホンッとひとつ咳払いをして紛らわす。

「か、叶ったと思います」

「ほら、これ以上の根拠なんてないでしょ」

 さっきからやけに静かだと思ったら、いつの間にか二人とも手を止めていた。謝憐の耳には花城の声だけが届いて、耳がじんじんとのぼせている。

 花城の声は楽しげだが、視線は変わらす熱をもって謝憐の瞳に向かっていて、謝憐は思わず目を伏せた。しかし、喉元の羞恥と好奇心はごっちゃになって上を目指し、とうとう口から出て行ってしまった。

「それは……一目惚れ、ということは、あの時?落ちてきた君を……」

――知りたい。

――彼がどんな風に自分に恋をしてくれたのかを。

「あの時君はまだほんの小さな子供だったろう?」

「歳なんて関係ないよ、兄さんの初恋はいくつの時だったの?」

 花城はからかうように質問に質問で返す。

 随分長く生きている謝憐は、その中で恋を知ったのがつい最近の事だったのを思い出して、言われてみればそうか、と、眉を下げて笑った。

「ね、そうでしょ?」

 花城もつられて笑う。

 笑いに乗せて息を吐き出すと、気持ちが落ち着いて、気恥ずかしさが和らいだ気がした。

――もっと知りたい。

 謝憐は、思い切ってもう少し踏み込んで聞いてみようか、と考える。相手に自分から自分の事を話させようとするのは、なんだか恥ずかしい事のような気がするので、こっそり回りくどく……

「私が小さい頃には、そんな事考えもしなかったけどなあ。ふふ、小さな三郎は私の顔がそんなに気に入ったのかい?」

 もっと教えて欲しいと思っているのを隠すため、わざと悪戯っぽく言ってみると、意外な答えが返ってきた。

「兄さんの顔を気に入ってるのは否定しないけど、さっきから少し勘違いをしてるみたいだ」

「勘違い?」

「僕が一目惚れをしたのは、殿下を最初に見たとき。つまり、受け止められたのよりほんの少し前」

「あれより前に?どこかから見ていたという事?」

 聞き返すと、花城は目線を下げ、手元のそら豆の鞘を親指の腹でキュッとひと撫でして、音もなく息をひとつ吐く。

「人で沸く神武通りで高楼に登って、そこで初めて殿下を目にしました」

 心なしか、声が少し低くなったような気がする。

 それから花城は目を閉じて、思い出すように語り始めた。

 

「遠くから殿下を初めて見た時、光が射したようでした」

  歓声と愛とを一身に浴びて、堂々と舞う姿が思い出される。

「殿下は何重にも衣を重ね、色とりどりの宝石を身に着けていましたが、真っ白に輝いているように見えて」

  それを目にした花城の小さな胸は、トクトクと懸命に熱を運んで、指先までじんわりと暖かくなる。

  ずっと寒いと思っていたのに。

「まるで人の形をした太陽のように感じました」

  その光をもっと浴びたくて、暖かさに近づきたくて、人ごみを掻き分け前へ前へと進む。

「もっと近くで見たいと思っていたら、次の瞬間には殿下の腕の中にいた」

  暖かくて、眩しくて、いい匂いがして、とてもやわらかい場所に落ちたと思った。

 

 そこまで語ると、花城は目を開けてゆっくりと謝憐と視線を合わせる。

 思い出話の類なのだろうが、まるで愛の告白のように語られて、謝憐は嬉しいようなむず痒いような気持ちになる。ぐぅーっと心臓が押し上げられている気がして、兎に角じっとしていられず、しかし両手は豆でふさがっていたので、靴の中の狭い空間で親指を小さくパタパタさせた。

「そう、あの舞を見ていてくれたんだね」

 また恥ずかしさが戻ってきて目を逸らしたくなったが、真っ白な謝憐を映す少し幼さの残る目に惹き付けられ、羞恥のままに見つめ合ってしまう。

 だがふと、疑問が湧き起こった。

「三郎、今の話は本当?あの時私は仮面を被っていただろう?」

 落ちてきた花城を受け止めて仮面が外れるまでは、舞の間ずっと仮面を被っていたのだ。

「そうだけど?」

 花城は、なにかおかしい?と首を傾げる。

「顔も見ずに、好きになったということ?本当に?」

 目と口をぽかっと開けて、純粋に不思議そうに問う謝憐に、そこが疑問なのかと、花城はその答えを口にする。

「姿形は関係ない。ねえ兄さん、忘れたの?」

 傾げていた首を、今度は反対に傾け口角をすっと上げながら花城は言う。

「兄さんは仮面の姿の僕に『どんな姿でも受け入れる』と言ってくれた」

 それは半月関から戻った夜に、確かに謝憐が花城に言った言葉だ。あの時、本当に彼が何者でも構わなかったし、姿形で関係が変わることはないと確信していたが、それは数日共に過ごしたからで……。

 そこまで考えて、ふと思い至る。

 少年姿の“三郎”に初めて会ったとき、鬼ではないかと疑ってはいたが、二三言葉を交わしたただけで、打てば響く会話に心が躍った。

 人付き合いは気が合うかどうか。

 その人の何を見て気が合うと感じるかはそれぞれだろうし、それなら、顔を見なくても好意を抱くのも有り得るんじゃないか。そう思うと、すっと腑に落ちて、

「そうか……」

 と、短く返事をして、笑いを含んだ息混じりに

「案外、私たちは似たもの同士なのかもね」

 と続けて、手元の豆の鞘に視線を戻して、また剥き始める。

 

 パキリ、と、採れたてのそら豆の瑞々しい鞘が弾けるように割れる。

 パキリ、パキリ、

 二人の手元で同じ音がする。

 それがなんだか、とても幸せだった。


 
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