No.107770

恋姫✝無双 偽√ 第13話

IKEKOUさん

 まず初めに申し訳ありませんでした。これほどまで投稿が遅れてしまって謝罪のしようがありません。
 
 次回の投稿を予告していながらこのざまは自分としましても人としてどうかと思います。
 
 そして今回投稿した13話も途中の書きかけという始末です。本当は投稿しようかしないか迷っていたのですが生存報告を兼ねまして投稿しました。

続きを表示

2009-11-19 01:05:48 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:33382   閲覧ユーザー数:20231

 

 先の事件の後、夏侯淵はことの詳細を説明する為に曹操の執務室を訪れていた。

 

 

「話は聞いているわ。事の詳細を報告してもらいましょうか?」

 

 

 曹操は不敵な笑みを浮かべながら質問した。この笑みの理由はもちろんこの魏国において着々と足場を固めつつある北郷一刀を陥れる千載一遇の好機だと考えているからだった。

 

 

 ここで曹操の望む最高の報告は北郷一刀が霞を煽動し謀反を企てたという“事実”を自らの忠臣である夏侯淵の口から言わせるだけ。その報告は全てが真実で無くともいい。ただそのような報告があるだけで文字通り北郷一刀の首は飛ぶ。

 

 

 一方の霞の方なのだが、そちらは北郷一刀を処分した後でどうにでもなる。先の戦の功績に免じて今回の件は不問にし、その後、閨で自分の虜にすれば今後の事も考えれば盤石の体制が整う。精々北郷にはこの魏陣営の足場固めになってもらおう、そう考えていた。

 

 

「ご報告いたします。今回の騒ぎの全容なのですが姉者が北郷一刀に対し貶すような発言をしたことに対し霞が憤慨し衝突に―――」

 

 

「ちょっと待ちなさい」

 

 

 曹操は夏侯淵の発言を途中で止めた。その表情は先ほどまでの笑みはない。無表情の中に明らかな怒りが見える。それも当然、自分が望んでいた報告の内容ではなかったからだ。夏侯淵は武はもちろんのこと頭も相当にきれるということは承知している。だからこそ曹操は止めたのだった。

 

 

「貴女、自分の言ったことの内容がわかって?」

 

 

 この時、曹操は言外に先ほどの報告を訂正しろといっているのだ。

 

 

「はい、先ほどの報告は私が実際にその場で見たことの全てです」

 

 

「聡いあなたのことだから私が何を望んでいるか分かっているでしょう?その通りに報告しないのはなぜなのかしら?」

 

 

 そう言いながらも曹操の頭の中には秋蘭の報告に対しいくつかの懸念があった。

 

 

一つ目は秋蘭までが北郷一刀に堕とされてしまったのではないかということ。だがこれはあり得ないだろう。断言できるほどの自信が曹操にはあった。なぜならそう調教したのは彼女自身であったからだ。

 

 

二つ目はそう報告するしかないような状況に“された”ということ。秋蘭が私の命を聞けない程のなにかがあったとしか考えられない。もし、そうだったするならば北郷一刀は相当な策士であるということだ。頭は悪くないとは思っていたがここまでやるとは思っていなかった。曹操自身、自分人を見る目はあると思っている。だからこそここまでやってこれたのは確かだった。だからこそそれを誇るわけでもないし卑下する気もなかった。

 

 

「霞が言ったのです。自分の北郷一刀に対する想いは我ら姉妹が華琳様を想うことと同じだと。そしてその想いは未来永劫に続き変わることはないと」

 

 

 夏侯淵からそこまで聞いて曹操は苦虫を噛み潰したような表情になった。これまで自分がしてきた忠誠を誓わせるための調教が明らかに裏目に出たのだ。それも聞く限りでは北郷一刀は今回の件に直接的な意味ではなにも関与していない。

 

 

つまり北郷一刀は霞を自らの力だけで落としたということだ。これが由々しき事態だという明確だ。これ以降、北郷一刀に理由なく手を出せば霞は本当に反旗を翻すだろう。もしそうなれば魏は大きな戦力損失となるのだ。

 

 

「本当に読めない男ね・・・。それでその場に北郷はいたのでしょう?なにか言っていなかったかしら?」

 

 

「特にはなにも・・・・いえ一つだけ。自分には華琳様に危害を加えるつもりはない、と」

 

 

「・・・・・・」

 

 

 本当に分からなくなってきた。北郷一刀と言う男が。

 

 

「秋蘭下がっていいわ」

 

 

「はっ!」

 

 

 夏侯淵は一礼して執務室を出て行った。

 

 

 誰も居なくなった室内で曹操は思案に耽る。

 

 

“北郷一刀”

 

 

 天の御遣いの別名を持つ。その実態は未来からやってきたこの乱世の行く末を知るただ一人の人間。そしてなによりこの曹孟徳を読み誤らせた男。

 

 

 思案に耽れば耽るほどあの男の実態を掴むことができない。本当になにもかもが分からなくなっていくようだった。

 

 

 ただ一つ分かっていることは自分の中に言いようのない苛立ちが蓄積しているということだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 先の戦から少し経った。この日も一刀は警邏に参加していた。尚、午前中は楽進と西地区を廻ることになっていた。

 

 

「楽進、この前配備された発煙筒と常備隊の成果はどうなんだ?」

 

 

「着実に成果を上げているようです。特に深夜帯の検挙数は以前の比ではありません。発煙筒に関しましては私も出動したことがあります」

 

 

 李典に頼んでいた発煙筒だが色つきにして欲しいという要望はちゃんと叶えられてるようだった。

 

 

「そっか、良かった」

 

 

「はい!全ては副丞相様のお陰です」

 

 

 楽進は笑みを浮かべて頭を下げた。

 

 

「ちょ、ちょっと頭なんて下げないでくれよ。副丞相は止めてって言っただろ?」

 

 

「しかし・・・ではどうお呼びすればいいのですか?」

 

 

 楽進は叱られた子犬のような表情になってしまう。

 

 

・・・俺の所為?

 

 

「普通に一刀でいいよ。俺官位とかあんま気にしないし」

 

 

「ですが!」

 

 

「俺がいいって言ってるんだからいいよ」

 

 

「では一刀様、でよろしいでしょうか?」

 

 

「かまわないよ。長話もなんだから警邏の続きをしようか」

 

 

 そう言って俺は歩き出したのだが、楽進はその場から動こうとしなかった。

 

 

「あの・・・」

 

 

 楽進は伏し目がちに話しかけてきた。

 

 

「どうしたんだ?」

 

 

「・・・先日は失礼なことをしてしまい本当にすいませんでした!!」

 

 

 叫ぶようにそう言って楽進は深々と頭を下げた。

 

 

 フゥっと息を吐いてから楽進の方に近づいていく。そして目の前に立ったが、楽進は頭を下げたままで上げようとしない。

 

 

「気にしなくてもいいよ。俺もあの時は頭に血が昇ってたからさ」

 

 

 そう言って頭を撫でてやる。

 

 

「だからさ、頭をあげて」

 

 

 楽進の頭がゆっくりと持ちあがる。そして目と目が合ったのと同時に撫でていた手でお終いの意味を込めて楽進の頭を軽くポンと叩く。

 

 

「じゃ行こうか」

 

 

「はい!」

 

 

 楽進は元気よく答えたのを聞いてから警邏を再開した。

 

 

 なぜかはよくわからないが他の隊員たちの目が生温かかった。

 

 

 

 

 

警邏を再開した俺と楽進は新しい体制になってからの警邏隊の様子を話していた。

 

 

「実際に俺が陣頭指揮をとってるわけじゃないからさ、現場の方の話が聞きたいんだけど」

 

 

報告書自体は上がってきてるわけだが警邏は部隊を二つに分けているから全てを把握することはできない。それに西地区での新しい警邏体制は三交替制で丸一日張り付いている状態だ。

 

 

「西地区での新たな警邏体制や発煙筒などにより犯罪者の検挙数は確実に上がっています。流石は一刀様です!警邏隊を代表して感謝申し上げます!」

 

 

楽進は深々と頭を下げた。

 

 

「そこまでしなくていいって。俺はただ考えを出しただけで実際に成果をあげたのは楽進達、警邏隊の皆だろ?」

 

 

「確かにそれは…。ですが一刀様のお考えがあればこその成果です!」

 

 

俺の言ったことが心外だと言わんばかりの楽進の反応に思わずたじろいでしまう。

 

 

「あ、ありがと。喜んでもらえたんだったらよかったよ」

 

 

少しばかり顔が引き攣りそうになりながらも笑みを返す。

 

 

「はい!」

 

 

「報告書読んだ限りじゃさっき楽進が言ったみたいに検挙数の増加とか良いことばっかり書いてあったんだけどさ、なにか問題が起きてたりはしないの?」

 

 

 これは前々から気になっていたことだった。思いつきとはいえ自分が出した改善案だったわけだし、施策後のちょっとした違いでも知りたかった。もしかしたら施策前より悪い状況になっているということもありえるからだ。

 

 

「問題ですか?あ、そう言えば西地区に三交代制を導入してから少し経ってからでしょうか、西地区以外の今まで犯罪件数が少なかった所で若干ですが件数が増えたようです」

 

 

「そっか、西地区では悪さしにくくなったから他の場所に移ったか・・・」

 

 

よくよく考えてみればこういう事態になることはわかったはずだ、そう思うと自分の思慮の足りなさに思わず溜息が出た。

 

 

「確かにそうかもしれませんが」

 

 

「え?」

 

 

 ちょっとした自己嫌悪に陥っていると横から楽進が声をかけてきた。

 

 

「一刀様、なぜそう気落ちなされるのですか?一刀様が出して下さった案は我々警邏隊にとって素晴らしいもので実際にその効果は検挙数という形で表れているではありませんか。我らがどんなに知恵を絞っても出てこなかったものを出して下さった、それだけで我々は感謝してもしきれないぐらいなのです。だから・・・」

 

 

 楽進は捲し立てるようにそう言って恥ずかしそうに俯いた。うわ、耳まで赤くなってるし。そんな楽進の姿を見ていると思わず笑みが浮かぶ。

 

 

「そうだな、こんなところでウジウジしててもしょうがないか・・・。問題があるならそれで新しい案を出せば良いだけだしな。ありがとう、楽進。おかげて元気が出たよ」

 

 

 立ち止まってしまった楽進を促すようにポンポンを肩を叩く。顔をあげた楽進は、

 

 

「で、出すぎた真似を・・・」

 

 

「気にしないでいいよ。勝手に落ち込んでた俺が悪いんだからさ。それはそうと早く行かないと李典と于禁にどやされる、行くぞ」

 

 

「はい!!」

 

 

 そんなこんながありつつも午前中の警邏は恙無く終了した。

 

 

 

 

 

 午後の警邏も終わり、各部隊に報告書を出すように指示を出してから帰ろうとしていると警邏隊の小隊長三人娘に呼び止められた。

 

 

「どうしたんだ?」

 

 

「あんな、ウチら三人で話おうたんよ、兄さんやったらええかなって」

 

 

 李典が言ったことの意味がわからなかった。それもそうだろう何が良いのか分からないのだから。

 

 

「えっと・・・何が良いのかわからないんだけど。俺にもわかるように説明してくれないかな?」

 

 

「だから一刀さんになら預けても良いかなって」

 

 

「全く何の事だかわからないんだが、楽進教えてくれないか?」

 

 

「わかりました。私たち楽進・李典・于禁、三人は一刀様に真名を預けたいと思いまして」

 

 

「ぶっ!!」

 

 

 思わず噴き出してしまった。

 

 

「ちょ!!汚いな~。あ~兄さんに汚されてもうた~責任とってもらわな♪」

 

 

「わ、悪い。ていうか責任ってなんだよ!?」

 

 

「こら真桜悪乗りするな」

 

 

「真桜ちゃんずるいの~」

 

 

 全く展開についていけない。すでに話に入ることさえままならない状況に眩暈がしてきた。まるで女子高生みたいなノリだ。

 

 

「ちょっと聞いていいか、なんで俺に真名を預けようと思ったんだ?」

 

 

 三人曰く、先日の戦で曹操を助けたことで俺に対する嫌疑や嫌悪感が無くなって、それどころか好感度が急上昇したらしい。

 

 

 そうは言ってくれるのは嬉しいのだが俺としては罪悪感が拭えない。俺は三人が思っているほど善人ではないし、曹操に危害を加えることはないと言っても彼女に対する憎悪の感情がないわけではない。そもそも曹操を助けることになったのは桃香達を助けるためだった訳だし。

 

 

「兄さん、どしたん?」

 

 

「え?」

 

 

「すごくつらそうな顔してたの」

 

 

「ご迷惑だったでしょうか?」

 

 

「そ、そんなことないよ、ちょっと考え事してただけ。・・・でも本当に俺に真名預けてもいいのか?周りから変な目で見られるかも知れないぞ。それに迷惑をかけるかもしれない」

 

 

「それはなぜですか?この魏国において一刀様の評価は相当に高いですし、先の戦に参加していた兵士の一部からは一刀様を英雄視する者も出るほどです」

 

 

 楽進は自信満々に告げる。でもその言葉に込められた純粋な思いを俺は素直に受け取れそうもなかった。

 

 

 痛かった。

 

 

 俺を見つめる瞳が俺の心臓を貫く刃のようで。

 

 

「俺はそんな人間じゃない!!」

 

 

 思いっきりそう叫びたかった。

 

 

 喉元まで出かかった声を必死で抑えつける。感情を露わにする、それは今の俺にとって甘美で官能的な誘惑だった。例えるなら、そう、射精する寸前で止められるような、開放されたくて、でもそれは許されない、そんな感覚。

 

 

「・・・そっか、じゃあ今度から三人の事は真名で呼ぶことにするよ。三人の真名を教えてくれるかな」

 

 

 絞り出すように出た声は多分、目の前の三人の望んだものだったと思う。湧き上がり氾濫しそうな欲求を抑えきることができたのはたった一つの願望だった。

 

 

 もう裏切りたくない。

 

 

 そんな万人に解されることはない極々個人的な理由だった。

 

 

「私の真名は沙和なの」

 

 

「ウチは真桜」

 

 

「私は凪です」

 

 

「沙和に真桜に凪か・・・覚えたよ。じゃあ明日からまた頼むな!」

 

 

「はい!」「了解や!」「わかったの!」

 

 

 そう言って三人は笑顔でその場を離れて行った。本当に嬉しそうに笑う三人はとても綺麗で女の子らしくてまっすぐで眩しく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 否、俺には眩しすぎて見ることができなかった。

 

 

 

 

 警邏隊の三人の事を真名で呼ぶようになってからも日々は恙無く流れて行く。三人と警邏に勤しみ、霞と酒を嗜むこともある。そんな日々の中でも俺は一時も離れ離れになった仲間の事を忘れることはなかった。

 

 

 この魏での生活に慣れてきていることが恨めしくもあり、反面嬉しくもある。そんな現状を受け入れてしまっているのがどうしようもなくもどかしかった。

 

 

 そしてまた俺は一歩、遅々とだが確実に歩を進める。誰ひとりとして時間に逆らうことはできないのだから。ただ進むか、その場に何もせずに止まるか決めるのは自分だ。ただ、それが全て自分の自由意志であるかは否だと、俺はそう思う。

 

 

 俺は今、玉座の間に向かっている。自室で部下からの報告書に目を通していると侍女が訪ねてきて玉座の間に来るようにと伝えてきた。ただ用件を伝えイソイソと去っていくその侍女の態度は褒められたものではなかったが俺にとってはそれが普通だった。

 

 

 先の戦から北郷一刀という名は魏の大多数から好意的に見られることが多くなってきたのは確かだ。だが、ここ本城の内部のそれも曹操の居住区に入るここでは俺が初めてこの城の来た時と対応のされ方は左程変化ない。

 

 

 その理由は幾つでも考えられるが、大きなものとしては曹操に程近くそれも身の回りの世話をする者にとって俺は決して気を許すことはできない存在であることに変わりはないからだろう。また俺をあからさまに敵視している重臣が居ることも影響しているのは間違いない。武官の最上位にいる夏侯惇は敵意をぶつけてくることもあるし、その妹で抑え役に回っている夏侯淵でさえも姉が直接的な行為に出ようとしない限り諌めようとしない。また、文官の纏め役で魏の三軍師筆頭に挙げられる荀彧は背筋がぞくりとするような殺意の込もった視線を不躾に向けることもしばしばだ。

 

 

 ほどなく玉座の間に続く扉の前に到着すると警護についていたであろう兵士二人が巨大で重厚な扉を開く。この扉が開閉する音は何時聞いても慣れることはない。ギギギという木のこすれ合う音が不愉快な気分にさせ、沸々と湧き上がるようなどす黒くドロドロした何かを煽るのだ。

 

 

 扉が完全に開ききってから中に足を進める。広すぎるとさえ思えるぐらいある玉座の間には二人の人物の影があった。

 

 

一人は言うまでもなく魏国の国主、曹孟徳。泰然と玉座に腰を下ろし、たたずむ様は当に覇王というべきだろう。俺以外からすればの話ではあるが、北郷一刀の主観では好意的だとは到底思うことはできない。まるで下界を見下ろす神などというくだらない存在のようではないか、と思う。最近になって気付いたことなのだが“神”という言葉に非常に嫌悪感を感じたのだ。神という存在に対してどのような意見を持つかは各人それぞれだと思うが一般的な日本人である北郷一刀からすれば全知全能という言葉が一番適当だろう。そんな今の俺が欲してやまない力を簡単に凌駕出来得るモノを持ちながらその手を差し伸べることもなく眺めるだけの存在をどうして好意的の捉える事が出来るだろうか。そんな姿が目の前にいる曹操と重なって無意識に恨みがましい視線を向けていた。それに対し、曹操は微笑を浮かべるだけ。自分に好意的に接してくれる彼女らの為に彼女に刃を向けないと決めているものの彼女に対する負の感情は拭うことはできないし、相容れることはないと思う。多分…いや、曹操自身も俺に対しそう思っているだろうという不思議な確信があった。

 

 

そんなことを考えつつその場にいるもう一人の人物に目を向けた。背を向けている為に顔を窺うことはできない。体格からしても小柄といってもいいだろう少女がここに勤めていないことはわかる。服装からして見慣れないものだった。ここの重臣たちは割と自由な服装をしていると言ってもそれだけに特徴があるもので一目見れば覚えてしまう程である。にも拘わらず、俺が見たことがないということは外部から呼ばれたであろうことが窺える。

 

 

 

 

 

 

 

「そんなに女性をじろじろ見るのは失礼ではないかしら?」

 

 

 ふとかけられた声に窘めるような響きは無くあるのは揶揄するような声音だった。

 

 

「それは悪かった。でも見慣れない人物がここにいたら警戒するのは当然だろう?一家臣として」

 

 

 抑揚のない声で答える。“家臣”の所を強調したのは言うまでもない。

 

 

「そうね、じゃあ一主君としてここは副丞相の主張を認めることにするわ。それはそうともう少し早く来れないものかしら?」

 

 

「なにぶん遠いんでね」

 

 

 少しばかり批難を込めた俺の言葉に曹操は不敵に口の端を吊り上げるのみ。

 

 

「それを如何にかするのが忠臣というものでしょう?」

 

 

 曹操の声を境に奇妙な沈黙がその場を包む。会話に加わらなかった女性を横目で見ると居心地が悪そうに身じろぎしていた。

 

 

 しばし間が空いて沈黙を破ったのは俺の声だった。

 

 

「それで俺をここに呼んだ用件は?仕事が残ってるんで手早くしてくれると助かるんだけど」 

 

 

 明らかに主君に向けるような言葉でないのはわかっているがこんな言葉づかいが妙にしっくりくるのもまた確かだった。

 

 

「その前にこの娘を紹介するわ。貴女も気になっていたでしょう?」

 

 

「そうだな、見慣れない娘だけど」

 

 

 “見慣れない”という言葉に少女はピクリをとさせたように見えた。

 

 

「人和、この男は貴女達が地方巡業に行っている間に他国から家臣に加わったから貴女達の事を知らないのもしょうがないわ」

 

 

 曹操は少女を窘めるように声をかけているところを見ると見間違いではなかったのだろう。

 

 

「はい」

 

 

 俺がここに来て初めて出しただろう少女の声は透き通る様な綺麗な声だった。

 

 

「北郷一刀、それじゃあ紹介するわ。この娘の名は張梁、彼女と彼女の姉たちは魏の協力者よ」

 

 

「協力者?」

 

 

「とはいっても彼女達は戦場に出ることもなければ間諜でもないわ。ただ彼女達は慰問の名目で地方を巡業するだけ、私達の保護の元ね」

 

 

「慰問か…。確かにこの乱世で疲弊した民に癒しは必要ではあるけど。巡業ってことはその娘達は芸を?」

 

 

「彼女達は歌を唄って巡業しているわ。彼女達はこの魏国では凄まじい人気を誇っているの、熱狂的な信者が付いて廻るほどね」

 

 

 そこまで言って曹操はニヤリと笑みを浮かべる、挑発的に。まるで「私が何を言いたいのかわかるかしら」とでも言っているようだ。

 

 

 ここまでに出てきたヒントは

 

 

・彼女達は各地を巡業している。

 

 

・魏国の保護下で。

 

 

・熱狂的な信者

 

 

 挙げるならばこれくらいだろうか。

 

 

 

 

「もう一つ情報をあげましょう。彼女の二人の姉の名前は上から張角、張宝よ」

 

 

「はぁ!?」

 

 

 曹操の言った内容が信じられなかった。それもそのはずなぜならばその二人、いや三人は死んでいるはずだからだ。

 

 

 黄巾党。

 

 

 その首領たちの名前は上から天公将軍・張角、地公将軍・張宝、人公将軍・張梁。偶然にしては出来過ぎている。だが、魏国の台頭は黄巾の乱の後だったはず。それに俺の元の世界での記憶が正しければ曹操軍の強大化の最大の要因は青州黄巾党の残党を投降させ吸収したこと。非戦闘民を加えて百万という途轍もない数、もし全てが史実通りではないとしてもそれに準じる人的財源を手に入れている。

 

 

ただ、わかるのは黄巾党の首領たちの生死に関わらず曹操は大きな力を手に入れるということだ。些細な違いは大きな流れに飲み込まれるように歴史という流れは変わらない。そう歴史にとっては些細なことではあるが、三人が生きていて曹操に協力、否服従させられているならば人的資源は湯水のように手に入れられるということだ。

 

 

布教という名のプロパガンダによって。

 

 

 

 

 

 

 

「プロパガンダ…」

 

 

 プロパガンダと聞いて思い浮かぶのは戦争状態における自国民の戦意高揚、世論誘導などだろうか。第二次世界大戦時の日本でもそれは行われていた。

 

 

「ぷろぱがんだ?…聞きなれない言葉ね。天の国の言葉なのかしら?」

 

 

「あぁ…」

 

 

「意味を教えてもらえないかしら?」

 

 

 流石に言わない訳にいかず先ほど思ったプロパガンダについて説明する。

 

 

「クスクス…やっぱり貴方面白いわ。でも勘違いしないでちょうだい、私は協力者と言ったわ。条件が対等だったとは言わないけれど協力するかしないかは彼女達が自らの意思で決めたことよ」

 

 

 曹操が言い終わった後に間髪いれずに。

 

 

「曹操様が仰ったことは本当です。私達には夢があります。それを叶える為には曹操様の協力者になることが近道だと判断しました。そこには強制などという他人の介入行為はありません」

 

 

 そこまで言われては俺も閉口するしかなかった。

 

 

「そうだな。俺が口を挟んでいい内容でもないみたいだしな」

 

 

「随分物わかりが良いのね、理解が早くて助かるわ。それで用件を言いたいのだけどその前に人和に自己紹介でもしてちょうだい」

 

 

「わかった」

 

 

 そう言って既に此方を向いていた張梁に向き直る。

 

 

「俺の名前は北郷一刀。役職は副丞相をやっている。よろしく頼む」

 

 

 軽く頭を下げる。

 

 

「え!?」

 

 

 目の前にいる張梁がひどく驚いたような声を出す。不審に思っていると上から声がかかった。

 

 

「北郷一刀、そう軽々しく頭を下げるものではないわ。仮にも私に次ぐ副丞相の官位を持っているのだから」

 

 

「悪いな、まだ慣れないんだよ」

 

 

「天の国の癖なの?」

 

 

「あぁ、人生の大半を過ごした所での習慣だからな」

 

 

「あの…その、曹操様」

 

 

 驚いた表情のまま固まっていた張梁がおずおずと曹操に話しかける。

 

 

「なにかしら?」

 

 

「天の国って…ホントに」

 

 

「ええ、説明したでしょう。貴女が信じられないのもわかるわ。私ですら初めは信じられなかったもの」

 

 

 二人の会話からすると俺の正体を曹操はこの娘にばらしているようだ。このことは軍上層部しか知らない機密ではなかったのだろうか?確かに明らかにそう言ったわけではなかったが暗黙の了解のようになっていたはずだが。

 

 

「曹操」

 

 

「わかっているわ。それについては今から説明するから。それと一つ聞くわ、貴方の居た天の国にも歌はあった?」

 

 

「あった」

 

 

「そう、それならばいいわ。それじゃあ用件を言うわ。さっき、人和達が歌を唄いながら巡業しているのは聞いたわね?そこで貴方にこの娘達に天の国での知識を以て魏国側の正式な協力者として支援することを命じる。予算等の相談は張梁を通じて私がするから、貴方は歌や演出についての相談にのること」

 

 

 そこまで言って復唱も待たず曹操は玉座から腰を上げ、奥に下がって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 
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