No.1072145

唐柿に付いた虫 37

野良さん

式姫の庭の二次創作小説になります。

「唐柿に付いた虫」でタグ付けしておりますので、過去作に関してはそちらからご覧下さい。

2021-09-15 20:26:06 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:103   閲覧ユーザー数:93

 手の先に心臓がもう一つ出来たような感覚。

 細剣に貫かれた腕が、ずきり、どくりと拍動するような痛みを伝えて来る。

 どくりと痛みが脈打つたびに、腕から鮮血が吹きこぼれる。

 骨まで、行かれたか。

 ずるり。

 鮮血を引きながら、白まんじゅうと男の手から、細剣の刃が抜けて行く。

「あ……あぁ」

 彼女の喉から洩れたそれは、何という声だったのか、絶望と高揚感の入り混じった、奇妙な喘鳴。

 力なく後退る、彼女の動きに従い、刃が抜ける。

 垂れさがる刃の先から、二つの血が絡み合い、地に滴った。

「ぐ……あ」

 声を押さえようとするが、耐えきれぬ痛みに食いしばった歯の間から苦鳴が漏れる。

 痛みが頭の中を叩く、目がくらみ、吐き気がする。

 だが、腕は自由になった。

「まんじゅう……」

 男は荒い息をつきながら、。ぐったりした小さな体を傷ついた動かすだけでも痛い右手で包み、胸元に抱きかかえた。

 奴が居る以上、無傷な左手を塞げない……。

 真っ白な体が、自身と男の血に濡れて暗い紅の色に染まる。

「馬鹿野郎……隠れてろって言っただろうが」

 男の言葉に、微かな息の下、白まんじゅうが口を動かす。

「……ぶじー?」

「俺はな……」

 抱えた手には、白まんじゅうから血が流れ続けているのを感じる。

 暖かいそれは……その小さな体から奪われていく命の熱か。

 男の言葉に、白まんじゅうは綺麗な緑の目を優しく瞬かせながら、小さく笑った。

「いたいでしょ、むりしないほうがいいよー」

「……この程度じゃ死にゃしねぇよ、それよりお前が」

 この傷は、この小さな命では……。

 男の声が掠れる、それが激痛をこらえている事よりも、自分の命が尽きようとしている事を悲しんでの事だと、白まんじゅうには良く判っていた。

「ごめんね、守ってくれようとして……わたしは、よかったのに」

「良い訳ねぇだろうが」

 男の言葉に、小さな頭が微かに振られる。

「……ううん、いいんだよ」

 この仮に纏った虚弱な体には、我が封土より遠く離れ、祖神の土を失い、真紅の宝冠を奪われ……揚句、海流が幾重にも取り囲むこの日の本の国、そう、彼女が私の封じの地に選んだ、流水に幾重にも囲まれたこの地では、我が不死の力も及ばないか。

 見事な反乱だったわ。

 この虚弱な体の滅びと共に、これを器とした我が魂も滅ぶか。

 長き生の中で一度も無かった、命が自分の中から失われていくのを感じる。

 身に迫る滅びを感じるが、大した感慨がある訳でも無い。

 目覚めぬ眠りに就くだけ……。

 永劫の時が終わるだけ。

 でも、眠りに就いてしまう前に、ちょっとだけ気に掛かる事があった。

 最後に解決したい、ささやかな疑問。

「……どうして?」

 貴方は私を守ってくれようとしたの?

 今、命が果てようとする私の事を悲しんでくれるの?

 ここに来て数日の……この変ないきものの生死なんて、どうでも良い事を。

 自分の命が危ない、この中で。

 私なんか投げ捨てて、逃げ出したっておかしくないのに。

 貴方は、どうして?

「俺は……」

 

「なんで……どうしてここに?」

 

 男が何か答えようとした、その時、力ない声が、虚ろに響いた。

 その声に、男が険しい顔を、声の方に向けた。

「てめぇ……」

 怒気に満ちた眼が、蒼白な彼女の顔を射貫く。

「お前の狙いは俺だろ……なんでこいつを手に掛けた!」

 こんなちっこい生き物を……何でだよ。

 何で殺す必要があった。

 敵ではあるが、もう少しマシな奴かと思ってたのに。

「ちっこい生き物ですって……何を愚かな事を」

 男が胸に抱いた小さな白い姿に、象牙のような指が向けられる。

 その指し示そうとする指先が微かに震える。

 あのお方を指さすなどという、不遜な行為を為す事も畏れ多い。

 その体に刻まれた畏怖が、今自分が為した行為に震える。

「貴方がその手の中に抱いているのは……」

 その名を出そうとした喉が詰まる。

 それは、恐怖の故か……それとも。

 大きく息を吐き、ざわめく心を落ち着かせる。

 落ち着け。

 既に私は反逆者の道を選んだのだ……あのお方を時の果てに封じるも、その神体に刃を突き入れるのも、同じことではないか。

 今はただ、力を得る事を……。

「俺が抱いてるこいつが……一体何だってんだよ?」

 その言葉に、彼女は真紅の瞳を彼に向けた。

「……貴方が知る必要は無いわ」

 それ以上の問答を拒否するように、彼女の手にした細剣の刃が上がる。

 その剣尖に震えも迷いも無い。

 殺意が、自分の心臓を刺し貫くのを感じる。

 このザマでは、万に一つの勝ち目もねぇか。

 それでも……男は、身裡に宿る力を呼び覚まし、無傷な方の左手を握り、それを彼女に向けて掲げた。

 痛みと寒気に震える膝を叱咤しながら、右手に抱いた白まんじゅうを庇うように、半身の構えを取る。

「詫びて済む話じゃねぇが……巻き込んじまってごめんな、まんじゅう」

 右手の感覚が既に怪しい。

 痺れる手の中で、白まんじゅうの呼吸や命の気が浅くなって行き、嫌な重みが掛かってくる、その感覚だけが伝わってくる。

「呑み友達くれぇ、守ってやりたかったんだが」

 すまん、俺の力が足りなかった。

「……のみ……ともだち?」

 わたしが、ともだち……?

 くぐもった、弱々しい小さな声が胸元から聞こえる。

「ああ、お前は俺の大事な呑み友達だ、白まんじゅう」

 外見や出会ってからの時間は問題では無い、ただ、あの刹那の豊かな時を共有できた、短い生の中、滅多に出会えぬ大事な友達。

 たとえ自分が此処で倒れても、生きて、幸せでいて欲しかった、大事な友人。

「そっか……」

 あなたは、そういうひとなんだね。

 意識を失った戦乙女の背から、白鳥の翼が消える。

 その身を軽やかに空に舞わせていた力を喪った体が落下を始める。

「戦乙女!」

 叫んだ鞍馬が、彼女を追うか一瞬逡巡した。

 今自分の手の中にある棺は、彼女が身を賭して奪取し、こちらに託してくれたもの。

 これを放り出すというのは、彼女の苦闘自体を無に帰してしまう。

「ええ、全く、私も大概三流だな!」

 吸血姫の言うような、途方も無い存在の入った棺なら、ここから地面に落としても何とかなるか?

(馬鹿な事をするな!戦場で味方が死ぬ位、幾らでも見て来ただろう)

 大局より味方一人を優先しようとする自分を、軍師の自分が罵る。

 馬鹿な事……か。

「……煩いな、主に似たんだよ」

 一つ呟いて、鞍馬は戦乙女を追おうと下を見た。

「あれは?」

「止まりなさい、妖!」

 堅城の方から発せられた、天狗声の術による大音声が上空の鞍馬の所に届く。

 その声と共に、幾つかの姿が堅城からこちらに向かって飛来するのを鞍馬は見て取った。

 そうか……あれだけの大妖が結界に引っかかれば堅城に警戒で詰めていた式姫達が気付くに決まっている。

 天祐。

 今、あの城に駐留している中で、空の守りを担当しているのは……確か。

「烏天狗、織姫、鳳凰! 戦乙女を助けてくれ、そこだ!」

 天狗声で怒鳴り返しながら、鞍馬は指をぱちりと鳴らした。

 その音と共に、戦乙女の鎧に、ぼうと赤く灯が灯った。

 天狗の提灯などと杣人の間で呼ばれる事もある、熱無き魔術の光。

「え、妖怪じゃ無くて鞍馬さん?それに戦乙女を助けてって……」

 烏天狗が当惑した様子で呟く隣で、鳳凰が即座に巡らせた視界の中にそれを認めた。

「あそこでフ……確かにフぁるきりーさんでフ!」

 鳳凰の可愛らしい手が空の一点を指さす。

 赤い光を引いて、上空から真っ直ぐに落ちてくる姿。

 弓使いとして優れた力持つ鳳凰の目が、確かにそれが戦乙女である事を認めた。

「鳳凰ちゃんが言うなら、あれで間違いないわね」

 そう呟いた織姫が、間髪を入れずにそちらに向かう。

 慌てて後を付いて来た二人に、織姫は顔を向けた。

「烏天狗ちゃんは下に回って大風で彼女の落下速度を緩めて、鳳凰ちゃんは敵を警戒……戦乙女は私が捕まえるわ」

 流石にかつては鉱山一つを取り仕切り、堅城落城の折にも、鉱夫達を先導しながら手際よく彼らを脱出させ、更には屈強な彼らを妖怪に対する抵抗勢力の中核として組織し、近隣住民を保護しつつ妖怪達への抵抗活動を続けた彼女である、慣れた様子で二人に指示を出しながら、自身は真っ直ぐに赤い光の元に飛び去る。

「りょ、りょーかーい!」

「お任せでフ!」

 織姫と烏天狗が速度を上げながら上下に別れ、そして鳳凰は大きく周囲を遊弋しながら、幼い外見に似ぬ鋭い視線を周囲の闇に投げる。

 一方の烏天狗は、大地を背にするように上を向いて飛行しながら、空を睨んだ。

「あそこが戦乙女さんで、織姫さんがああ飛んでるから……」

 何やらの算段が自分の中で立ったのだろう。

 よーし、と綺麗に切りそろえられた、さながら姫君のような綺麗な黒髪を強い風に揺らしながら、烏天狗のつぶらな目が夜の一点を睨んだ。

「旋風(つむじ)!」

 華奢な手が握った羽団扇が一閃した時、その腕に巻かれた洒落た瑠璃色の数珠が一瞬月光を弾く。

 豪と唸りを上げ、下から上空に向かい、時ならぬ突風が吹き抜けた。

「流石」

 図らずも、それを見ていた鞍馬と織姫の口から、同じ賞賛が零れた。

 戦乙女の落下速度を押さえるのに十分な強さの風を、織姫の接近を邪魔しない程度の時間と強さで吹かせる、咄嗟の判断と位置取りの正確さと術の制御は、彼女の力量を示す物。

 その戦乙女の体を、その隙に一気に近寄って、織姫が抱き取った。

 ぐったりと力ない頭が織姫の肩にもたれかかる、だがその呼吸音を聞いて、彼女は安堵に顔を緩めた。

「呼吸は正常、それと判る大怪我もなし、取り敢えず大丈夫そうね」

 甲冑を隙なく纏った戦乙女の体を支えて小動(こゆるぎ)もしないのは、流石に採掘に鍛えられた彼女というべきか……外見には華奢なその腕のどこに、と聞きたくなる膂力である。

 ゆっくり高度を下げる、その彼女の傍らに、棺を抱えながら降りて来た鞍馬が、戦乙女の姿を見て、安堵の息を吐く。

「助かったよ、織姫」

「仲間を助けるのは当り前よ、それにしても……似合わない大荷物を抱えて」

 そこで言葉を切った織姫が、心配そうに近寄って来た鳳凰に小さく、無事よ、と微笑み掛けてから鞍馬に向き直った。

 激戦の跡をまざまざと示す服の様子を見て、織姫が小さく頷いた。

「なるほど、堅城の結界に引っかかった敵との交戦で、彼女はこうなった、という事かしら?」

 七夕の女神でもあり、多くの人の願い ー悪く言えば欲望ー を数多見る生を送って来た彼女は、相変わらず事象の察しが良い、

「ああ、君の見立て通りだ、敵は倒せたんだが、彼女はその一撃で力を使い果たした」

「成程、それで気絶したのね……無茶するんだから」

 地面に降り立ち、戦乙女を繁茂する夏草の上に横たえて、織姫は彼女の頭を膝の上に乗せ、失われた活力を回復するべく慈愛の光を注ぎ始めた。

「そうせざるを得なかった、という位の強敵が相手だったんだよ……ああ、鳳凰君済まない、そっちを持ってもらえるか?」

「こうでフか?」

 その傍らに、鞍馬が鳳凰の手を借りながら、抱えた巨大な棺を地面に降ろした。

 鞍馬の手が空いたと見た織姫が、待ちかねたように口を開いた。

「もう一つ聞いて良い?」

 その表情から、質問の内容を察したのだろう、鞍馬の眉宇にも暗い影が宿る。

「……主君の事か?」

 鞍馬の言葉に、織姫と鳳凰、そして上空を一回り哨戒してから舞い降りて来た烏天狗が表情を硬くする。

 彼女たちもまた、主の身に何かが有った事には気が付いては居た……だが、迂闊に持ち場を離れる訳には行かず、不安な思いを抱えていた。

 軍師である彼女なら、そう期待する目を向けて来る一同に、鞍馬が目を伏せる。

「すまないが、私も君らと似たり寄ったりだ」

 三人の顔を落胆が彩る、それを見ながら鞍馬がこちらに飛来する影に軽く目をくれた。

「だがね、吸血姫は私達よりは何か知っているらしい」

「吸血姫さんが?」

「ああ、この棺は、中で眠る存在が主君を捜す助けになる筈だという彼女の言葉があって、妖から奪い返したのさ」

 後は彼女次第……。

 鞍馬は皮の翼の羽音を聞き取り、顔を上げた。

「予想以上に手間取ってしもうた、戦乙女は無事か?!」

 珍しく慌てた様子で、吸血姫が地に降りたち、鞍馬の方に駆け寄ってくる。

「織姫たちのお蔭もあって無事だ、安心したまえ」

 鞍馬の言葉に、吸血姫の顔が僅かに緩む。

 戦乙女の介抱をしながら、安心させるようにこちらに微笑みかける織姫に、感謝を示すように一礼してから、吸血姫は棺に手を掛けた。

「良く取り戻してくれた、礼を言う……大口を叩いたに、お主らにばかり苦労を掛けてしまったの」

 済まぬ、と珍しく高貴なその頭を下げた彼女に、鞍馬は笑みを返した。

「いや、最後に奴の動きが不自然に停止した瞬間が有った、あれは君の力だろ」

「まぁ……の」

「あれなくば戦乙女の力を以てしても、奴を纏めて貫く事は出来なかった筈だ」

 結果として良い方に動いてくれた、こちらに天運が有ったという事さ。

「そう言って貰えると助かる……しかしまぁ、ダークウィンドの奴めも、とんだとばっちりじゃったな」

 吸血姫は未だに棺を掴んだままの大蝙蝠の足を無造作に外して、傍らの草むらに置いた。

「奴が再生できぬとは……噂には聞いて居ったが流石に北の戦神達の切り札よ……」

 恐るべき威力じゃな。

 低い吸血姫の呟きに、鞍馬は僅かに眉を上げたが、それに関しては特に何も言わず、棺を調べ出した吸血姫の邪魔にならぬよう、後ろに下がった。

「……ねぇ、鞍馬さん、吸血姫さんが知ってるって事はあれなの、相手も異国の妖怪って事?」

 普段は若干賑やかに感じる声を潜めながら、烏天狗が話しかけて来るのに、鞍馬は肩を竦めた。

「私が最前相手していた奴、そしてそれを操っていた存在は、どうもそうらしいね……」

 吸血姫の旧知の存在のようだ、という自分の推測は口の中に納め、鞍馬は一つ肩を竦めた。

「とはいえ、それ以上の事はさっぱりだ、後は彼女の調査待ちだな」

「そっか」

 頭の回転の速い烏天狗にしてみれば、色々と思う事はあるのだろうが、特にそれ以上は何も言わずに、鞍馬の傍らで吸血姫が棺の文様をなぞったり、何やら小さく呟く様子を見守る。

 ややあって、一つ頷いた吸血姫が立ち上がり二人の方を向いた。

「うむ……やはり逆呪以外に特に封や呪いの類を施した様子は無い、このまま開けて大事無さそうじゃ」

「そうか、それで……この中に封じられているという……ええと真祖だったか」

 ……本当に開けて大丈夫か?

 そう目で問いかけて来た鞍馬に、吸血姫は一つ頭を振った。

「妾の知る真祖ならば、問題なく手を貸してくれようさ」

 妾の知る……か。

 思い出の中の人など、皆、現実には違う誰かであろうにな。

 そう、そもそも妾の知るあやつなら、このような騒動を起こしはしなかっただろう。

 真祖は……どうなんじゃろうな。

「……そうか」

「済まぬな、妾にはそれ以上の保証はできぬ」

「いや、当然の事さ、下らぬ事を聞いた」

 それだけ言って、鞍馬が棺の端に立った。

「烏天狗、鳳凰、一応だが君たちは中に居る存在を警戒していてくれ」

 声も無く頷く二人を見てから、鞍馬は吸血姫に目を転じた。

 それに頷き返した吸血姫も棺の蓋に手を掛ける。

「では開けるぞ」

 重厚な棺の蓋だが、式姫二人の膂力からすれば大した重量では無い。

 すい、と呆気なく持ち上げられた蓋を二人が地に降ろし、暫し警戒の構えを取る。

「な、何にも無かった……でフね」

「そ、そうね」

 得物を構え、警戒していた二人に、吸血姫が苦笑を向ける。

「一応は警戒したが、それで当然じゃよ、妾達とて寝所はなるべく寝心地よく設えたい、というのは自然の情じゃ」

 余計な仕掛けは作らんよ。

 そう言いながら、吸血姫は棺の中に視線を落とし、ふぅと一つ安堵の息を吐いた。

 

 彼女だ、間違いない、真祖だ。

 

「うっそ、すっっっごい綺麗、異国のお姫さまじゃん!」

 ヤバいよこれ、邪鬼さんの作った着物とか着て欲しい、絶対に似合うよ。

「フわー、綺麗な人、スー姉ちゃんとは全然違う美人さんでフね」

 彼女に続き、棺の中を覗き込んだ烏天狗と鳳凰が、目を輝かせながら嘆声を上げる。

 感嘆しきりの烏天狗や鳳凰だが、彼女達自身の容姿の麗しさや可憐さも、また極めて優れた物。

 式姫はその大半が容姿優れた存在であり、右を見ても左を見ても、佳人や美姫には事欠かない。

 だが、その彼女達にしてこの反応、何と言うか、静かに横たわっているだけだというのに、身に纏う気配が尋常では無い。

 こちらも棺の中を一瞥した鞍馬が、ふむ、と口の中だけで呟く。

 烏天狗は姫君だと形容したが、鞍馬にはむしろ、人を従えその頂点に自然と君臨する女王の風が見えた。

 白い練り絹を張った内装の中に、静かに眠るように横たわる白銀の女王。

(なるほど……これが吸血姫達の王か)

「真祖よ、封は解いた、早う起きぬか」

 相変わらずのねぼすけじゃな。

 真祖の棺には近寄らないようにはしていたが、普通の寝台での仮の眠りの時などは、よくこうして彼女を起こしに行ったものだ。

 こうしていると、あの城の家宰だった時の事を思い出す、苦笑しながら真祖に顔を近づけた吸血姫の顔が強張る。

 なんじゃ……これは。

「どうした、吸血姫?」

 様子のおかしい吸血姫に顔を向けた鞍馬は、そこに、小さく震える吸血姫の強張った顔を見た。

「馬鹿な……そんな馬鹿な」

 吸血姫の手が真祖の頬に伸びる、その手が口元、胸元に動き……わなわなと震えだす。

「ど……どらフりあさん?」

 きゃーきゃー騒いでいた鳳凰と烏天狗も、息を飲んで吸血姫と棺を見やった。

「……抜け殻じゃ」

「ど、どういう事、何それ、抜け殻って?」

 虚ろな吸血姫の声に、烏天狗が叫ぶ。

「吸血姫、ちゃんと言葉にしてくれ、彼女は……真祖は一体」

 私達を主君に導いてくれるという、彼女は。

 鞍馬の言葉に、吸血姫が虚脱したようにその場に膝を付いた。

「文字通りじゃ、この真祖の体には……魂が宿って居らぬ」

 世界で最も美しき……空の器じゃ。

 

■織姫

■烏天狗

■鳳凰


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