No.1072005

君のいる日々 2

つばなさん

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=11754378 の続きです。
 きっと織田くんは誤解されやすいタイプじゃないかなあ。でも誤解→「ホントはいい子だった!」っていうほうがね、ほら、より好きになっちゃうでしょ。知らんけど。

 前回よりは二人の距離が縮まったはず! 有魂書についての独自設定あります。

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2021-09-13 22:34:40 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:214   閲覧ユーザー数:214

「あの人はいい加減なんスよ!」

 三好の怒気をはらんだ声が、司書室に大きく響く。その横で朔太郎は、ぼうっと突っ立っていた。

「朔、大丈夫か」

 犀星が声をかけると、はじめて犀星に気づいたようにゆっくりまばたきして、朔太郎は「うん、僕は大丈夫だよ」と答えた。

 

 朔太郎は今日、有魂書に潜書する当番だった。この図書館では、朝の十時に潜書して、三時間以上かかるなら調速機を使うことになっている。今日も朔太郎は十時に司書室へ向かい、有魂書に潜った。

 十二時ごろ、犀星は昼食を共に取ろうと朔太郎の部屋に行ったが、彼はまだ帰ってきていなかった。今日は三時間ほどかかる潜書なのだろうと、その時犀星はあまり気にしなかった。しかし午後一時を過ぎても朔太郎は帰ってこない。三好と手分けして図書館中を探したが、やはり戻ってきていないようだった。さすがに心配になって二人で司書室を覗きに行けば、本来ならそこに詰めているはずの助手の文豪の姿はなく、カウントがゼロになったまま放置された潜書時計があった。

 有魂書に潜った文豪は、潜書が終わっても自力では帰ってこれない。図書館側から引き上げる作業をして、はじめてこちらに戻ってこられる。この図書館ではその作業を助手が行うことになっているのだが、今日の助手である織田作之助はどこに行ったのか、姿が見えなかった。朔太郎はおよそ一時間、無意味に有魂書の中に閉じ込められていたことになる。

 三好は激怒した。

「信じられない! 朔先生は一時間以上も閉じ込められてたんスよ!」

 しかし有魂書から引き上げられた当の本人は、驚くほどのほほんとしていた。

「大丈夫だよ、三好くん。今日見つけたのはね、白秋先生の魂だったんだ。いつもなら二時間でお別れしないといけないけれど、今回はたくさんお話できたよ。だから織田君には感謝したいくらい」

 そう言う朔太郎の手には北原白秋の魂のかけらが大事そうに握られていた。

 この図書館にはすでに北原白秋がいる。新たにその魂を見つけてもこちらに連れて帰ることはできない。朔太郎は消える運命の白秋と、つかの間の逢瀬を楽しんだらしい。

「そうか。良かったな朔」

「良くないッスよ!」

 三好の怒りは収まらなかった。

「こんないい加減なことでは困るッス!」

「織田君にも何か事情があったのかもしれない」

 犀星は無意識のうちに織田を庇うような発言をしていた。

「俺が織田君を探してこよう」

 二人を司書室に残して、犀星は作之助を探しに出た。

 作之助はすぐに見つかった。

 犀星が手始めに作之助の部屋のドアをノックすると、しばらくしてのっそりと本人が顔を出したのだ。

「……あ、犀星先生!?」

 犀星の顔を見て、作之助は驚いた様子で時計を見た。

「あかん。寝てしもうた」

「……君、困るよ。朔は一時間も有魂書に閉じ込められてたんだぞ」

「えらいすみません」

 首をすくめて、織田は恐縮して見せた。

「仕事をほっぽり出して寝に行くなんて、一体どういうつもりだい」

「ちょっとだけ休憩しよかなと思たんですけど、いつの間にか寝てしもうたみたいですわ。ケッケッ」

 織田は茶化すように笑った。犀星はなんだか勝手に、信頼を裏切られたような気分になって憤慨した。

「君、すぐ司書室に戻りなさい。こんなことでは困るよ」

「すみません……」

 犀星の剣幕に織田はしょんぼりとしてついてきた。司書室に戻って、彼が寝ていたことを告げると、三好の怒りは頂点に達した。

「アンタ本当に何やってんスか! 助手の仕事だってこんなに山積みで! 午前中一体何をやってたんスか? ずっとサボってたんでしょ!」

「まあまあ、三好クン、そんな怒らんとってや。今から巻き返すから」

 へらへら笑って言う作之助に犀星は呆れた。

「ほんとに今からやって間に合うのかい。司書の仕事に影響するようだと困る」

「大丈夫ですって。今日の仕事は今日中にはちゃんと終わらせますから」

 犀星はまだ何か言ってやりたかったが、「犀、お腹が空いたよ」と朔太郎が言い出したので、織田を司書室に置いて出てきたのだった。

「え、オダサクさん寝ていたんですか、仕事ほっぽり出して」

「そうだよ。全く信じられないだろ」

 場所は変わって犀星の部屋。昼食の後、たまたま部屋に遊びに来た中野重治と堀辰雄を相手に、犀星はつい愚痴っぽく先ほどの出来事を話してしまった。それを聞いて重治はずいぶんと驚いていたが、堀の反応は少し違って、心配そうにつぶやいた。

「オダサクさん、体調が悪いのかも」

「え?」

「オダサクさん、あんまり体が強くないんです。でもそれを人に知られたくないみたいで、体調を崩しても誰にも言わないから。僕はたまたま、彼の症状に心当たりがあるから何度か気づいたことがあるけれど、いつも隠して普通に仕事してるんです。仕事がおぼつかないほどひどいときは、こっそりサボって休憩してるみたいで……」

 犀星は驚愕した。

「それはつまり、君や彼が生前かかっていた病が、まだ彼をさいなんでいるってことか」

「よく分かりません。今では不治の病ではないと聞きますし。僕はもう、あの病にはかかっていないのに、オダサクさんはそれに似た症状があるみたいです」

 犀星は部屋で織田を見つけたときのことを思い出していた。彼はずいぶんだるそうに見えた。それは寝起きだからだと思っていたが、そうではなかったのかもしれない。

「ちょっと様子を見てくる」

 犀星は二人をほっぽり出して、司書室に向かった。

「織田君!」

 ドアをノックして、返事も待たずに犀星は部屋の中に飛び込んだ。

「え、犀星先生?」

 びっくりしている織田にずいと近寄って、犀星はその顔をのぞきこんだ。

「え? な、なんですか?」

 慌てて身を引く織田の問いには答えず、しげしげと顔を観察する。織田の目は少しうるんでいるようだったし、いつもは透き通るように白い肌が、今日は青白くくすんでみえた。

「君、体調が悪いのか」

「え!」

 犀星はだしぬけに手を上げて、織田の額に手を当てた。

「ひゃ!」

 びっくりした織田は目をつむって縮こまる。

「熱があるじゃないか!」

 言われて織田はちょっとまごついた。

「いや、ちょっと風邪を引いただけで、大したことはないんです」

「額に手を当てただけで分かるほど発熱していて、大したことなくはないだろう。いいから、君、部屋に戻って休みなさい」

「でも、仕事が……」

「俺がやっておくよ」

「そんなわけにはいきません!」

 織田は必死で抵抗した。

「さっきちょっと寝させてもろたし、もう大丈夫ですから。ちゃんと仕事できます」

 この子はなかなか強情な性格なんだな、と犀星は思った。これは言い合っていても埒があかない、実力行使に出よう、と犀星は決意した。しかし抵抗する織田を部屋まで送り届けて、無理やりベッドに寝かせるのは、あまりに骨が折れる。

 犀星は小さく息を吐いて、「織田くん、こっちに来なさい」と言いながら、一人掛けのソファに座った。織田は少し首を傾げながら、向かいの三人掛けの大きなソファの方に腰を掛けた。

「よし!」

 がばっと立ち上がった犀星は織田の肩をつかんでソファに押し倒した。

「え、え?」

「そのまま!」

 犀星はそう叫ぶと、司書が仮眠用に置いている毛布をバサッと広げ、器用に織田の体をくるみ込んでしまった。

「そこでしばらく寝ていなさい」

「そやけど、先生」

「その毛布から出てきたら怒るからな」

「えっ」

 言い終わると、犀星は机に向かって、織田が残した仕事をしはじめた。

「先生、それめっちゃ量多いから、ワシがやりますわ……」

 上半身を起こそうとした織田を目線で制して、犀星はため息をついた。

「……織田君。こんな量の仕事、体調が悪くて出来るわけないだろう。なんで誰にも助けを求めなかったんだ」

「……すみません」

「いや、謝らせたかったわけじゃないんだが。むしろすまん。気付かずにひどい態度を取ってしまったな」

「いや、ワシが仕事サボってたんはホンマやし。萩原先生にも悪いことしました」

「あぁ、朔はむしろ喜んでいたからほうっておけばいいぞ。有魂書で見つけたのが白さんの魂だったらしい。有魂書の中で誰にも邪魔されずに白さんと二人きりで楽しかったようだよ」

「そうですか……。ほな北原先生に感謝せなあきませんね……」

 織田の話し方が少しずつゆっくりと、ふわふわしたものになってきたので、犀星は織田に声を掛けるのをやめた。しばらくすると、毛布の中から小さく寝息が聞こえはじめた。

「やれやれ」

 やっとおとなしくなった織田を眺めながら、犀星はため息をついた。

「意外と手のかかる子だ」

 これからはちゃんと気を付けてやらないといけないな、と犀星は思った。


 
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