No.106400

アリセミ 第二話

 友人にムリヤリつき合わされ剣道部の女子更衣室に侵入してしまった主人公・武田正軒(たけだ せいけん)。
 案の定 女子部員に発見され、問答無用で粛清されそうになる。が、意外な高スキルで逆に女子部員を撃退する正軒であった。
 正軒の、この意外な戦闘力の高さの秘密は?そして敗れた女子部員、ヒロイン有栖の動向は?

2009-11-10 23:44:41 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:1480   閲覧ユーザー数:1381

 

 

   第二話 救援者は覗き魔

 

 

有栖「うぇ~~ん!負けたぁ、また負けたぁ~~ッ!」

 

 有栖は まだ泣き止まない。

 まるで限界まで張り詰めていた何かが一気に崩壊したかのように、幼児のごとく泣き咽ぶ。

 

正軒「あわわわ、あわわわわわわわわ…ッ!」

 

 それに一番慌てたのは正軒だった。

 なんか負かしたら泣かれた。

 彼は、その場から逃げ去るのも忘れて律儀に有栖のことを あやしている。

 

正軒「あの、な、泣くな?たかが一回 負けただけじゃん?よくある よくある」

 

有栖「私……、三年なのに、主将なのに…、新入生の負けて、その上 今度は素人にまで負けて……!うえ、うえええええええ…ッ!」

 

正軒「だーッ!」

 

 一体どうすれば……!

 

有栖「無駄だったんだ、私のやってきたこと全部無駄だったんだぁ……!」

 

正軒「んなことないって!そう!別に俺は、素人じゃないから!」

 

有栖「……そうなの?」

 

正軒「そうそう!実は俺は………」

 

 ………………。

 

正軒「前世が異世界の勇者で、つい最近 第二の覚醒を迎えて、魔将軍と互角に渡り合った剣術を思い出したところなのだ」

 

有栖「………」

 

正軒「………」

 

有栖「…………そうなのか?」

 

 

 信じたッ!?

 

 

 すげえなオイ、いくら素人に負けた事実を受け入れられないからって、こんなウソにもなっていない大ウソを……!

 

有栖「そうか……、それなら仕方ないな、いくら私でも伝説の勇者には勝てまいし……」

 

正軒「ちなみに、あと14年くらいすると新たな覚醒を迎えて魔法が使えるようになります」

 

 武田正軒、16歳の主張。

 

有栖「しかし、そんな勇者が何故こんなところに?」

 

正軒「小さなメダルを探していたんだ」

 

有栖「………?」

 

正軒「あと一枚で きせきのつるぎが貰えるんだ」

 

 そのためならば女子更衣室の棚だって漁るのが勇者です。

 

有栖「…まあ、そうか、そういうことなら仕方ないよな」

 

 何が仕方ないのか?

 色々と混乱している模様の有栖だったが、とんでもないメタ設定であっても敗北を正当化できる理由を与えられたためか多少落ち着きを取り戻したようだ。

 

正軒「でもさ、先輩こそ こんな遅くまで残って何してるんだ?」

 

有栖「ッ?」

 

正軒「アンタ、三年生の山県有栖だろ?有名人だから知ってるもん。剣道部キャプテンのアンタが、一年生よりも後に残って、たった一人で何やってるの?」

 

有栖「……………」

正軒「?」

 

有栖「うぇ~~~~………ッ!」

 

正軒「また泣いたァーーーーーーーーーーーーーッッ!?」

 

 折角落ち着きを取り戻したのに!俺 何言った?なんか地雷踏んだのかッ?上記の俺のセリフの中にNGワードがあったのかッ?と混乱しきりの正軒。

 

有栖「あーん!あーーーん!あぁーーーーーーーーんッ!」

 

正軒「やめろーッ!そんなに大声で泣いたら誰か来る!そしてこの状況を見たら100%俺が悪者にされる!頼む、泣き止んでくれ!何でもするから!」

 

有栖「…じゃあ謝れ」

 

正軒「は?」

 

有栖「土下座して謝れ」

 

 Why何故に?

 謝罪というのは、悪いことをしたから するんだよね?自分のしでかした過ちに対して、反省の意を表すためにするんだよね?俺何か悪いことしたっけ?しこたま した気もするけども。

 

 

 

有栖「ああぁーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!!!」

 

 

 

正軒「わかったーッ!謝る、今すぐ謝る!」

 

 さらば俺のプライド。

 正軒は ただちに膝をそろえ、両手を並べ、地に額をこすりつけて、言った。

正軒「このたびは、国民の皆様に多大なご心配とご迷惑をおかけしたことを、深くお詫び申し上げます」

 

 この体勢、すなわち土下座。

 自分の尊厳を地に投げ出した、最大限の屈辱の体勢。それを勝った正軒が、負けた有栖に何故しなければならないのか?疑問は尽きないが泣く子と地頭には勝てぬ。

 

有栖「…うむ、そういうことなら許してやる」

 

 有栖は手の甲で目蓋をぐしぐししながら言った。

 コイツ今すぐ押し倒したろか(by正軒)。

 

正軒「……で、なんでこんな遅くまで一人で残ってたの?」

 

有栖「うむ、それはだな………」

 

 しつこく聞くのも どうかと思われたが、土下座で溜飲を下げてくれたのか有栖は今度は泣き出さずに事情を一から説明してくれた。

 

 

 女子剣道部に『男女交際禁止』の規則があること。

 それを破った新入生を指導していたこと。

 すると今川ゆーな という特待生が割って入り、規則そのものに異議を唱えだしたこと。

 部長として ゆーなを粛清しようとしたら逆に返り討ちにあい、

 そしたら部員全員が ゆーなの側へ賛同してしまったこと。

 

 

 結果、『交際禁止』の撤廃に賛同しない有栖だけが、部内でハブられてしまった。

 

正軒「…………」

 

 なんつーか、怖いな女。正軒は苦りきった顔つきになってしまう。

 

正軒「それと、アナタが放課後一人残って練習してたことと どのような繋がりが?」

 

有栖「わからんのか?頭の回転の鈍いヤツだな」

 

 コイツ本当に押し倒したろか。

 

有栖「たとえ部の全員が反対したとしても、部の規則は何十年も前から先輩方が守り通してきたものだ。それを私が主将となった代で撤廃させてしまっては、申し訳がたたん」

 

正軒「はあ…」

 

有栖「しかし、現状は私以外の全員が撤廃派、数においては覆しようがない。そこで私はある提案を出した、一週間後に再び私と今川で試合を行い、そこで私が負ければ、私も規則の撤廃を認めると」

 

正軒「……逆に勝ったら、規則はそのまま存続、と?」

 

有栖「そうだ、男のクセに少しは考える脳があるようだな」

 

正軒「でも今日ボロ負けしたんだよね、その子に?」

 

 ベチンッ!

 

正軒「いたいッ!」

 

 殴られた、しかもグーで。

 

有栖「『ボロ』なんて付けるな!私は そこまで盛大に負けてない!……それに、規則うんぬんを別にしても一年生に負けたままでは主将としての威厳が保たれん。一週間後には必ずや雪辱を果たす。そうすれば部の規律も高まり、おかしなことを言い出す者もいなくなるはずだ」

 

正軒「それで、遅くまで一人残って練習していたと」

 

有栖「仕方あるまい、この件に関しては部員全員が敵だ、打ち込み稽古の相手は無論、練習に付き合ってくれる者すら一人もいない。だから、みんなが帰った後で一人で練習するしか……」

 

 …なんて惨めなキャプテンなんだ。

 ほろり涙を誘われた。

 

有栖「だが!私は必ず勝ってみせる!規則は、必要だから存在するのだ。卒業していった先輩方が守ってきた伝統を、在校生の気まぐれで潰してしまうなどあってはならない!」

 

 …若々しいなー、と正軒は思った。

 部外者である彼としては、別に男と付き合おうがどうしようが各人の自由でいんじゃね?とも思うが、有栖としては許しがたいのだろう。いかにも頭固そうだしな、女の子みたいに可愛く泣くが。

 

正軒「でもさ、ぶっちゃけ自信あるの?」

 

有栖「え?」

 

正軒「イヤだって、一回負けてるんでしょ、その今川焼きとかゆー子に、今度やったら勝つ自信はあるの?」

 

 有栖は途端に押し黙った。……ないのか、自信。

 

有栖「あったら こんな遅くに一人で残って練習するかッ!」

 

 逆ギレされた。

 

有栖「なんと言うかだな、……あの今川とは相性が悪いんだ。動きがメチャクチャというか、思ってもみないような攻め方をされて、隙を突かれるというか。ヤツの動きに対応できるように こうして特訓してはいるが、やはり一人だと どうにも限界が……」

 

正軒「要するに勝つ自信ないんだな」

 

有栖「そ、そんなことはない!ちゃんと対策を練れれば…、あと一週間あるんだから、せめて稽古相手がいて、今川との勝負を仮想して練習をつめば……」

 

正軒「でも、練習相手いないんだろ?」

 

有栖「うぐっ」

 

 再び沈黙する有栖。他の部員全員と意見を別けている以上、彼女の練習に協力する者などいない。

 

有栖「…………いや」

 

正軒「…?」

 

有栖「…………」

 

正軒「……何、俺のことガン見してんの?」

 

 有栖は、希貨を見つけたと言わんばかりに、正軒の肩をガシリと掴んだ。

 

有栖「お前……、勇者なのだろう?剣の腕は確かなのだろう?ちょっと私に付き合えッ!」

 

正軒「わーっ!まだ覚えてたのか その設定ッ?イヤだ、俺はもう剣道とかには関わりたくないんだ!」

 

有栖「いいではないか!勇者だったら必殺技の一つぐらいあるんだろう?刀身に炎をまとって敵を焼き尽くすとか!」

 

正軒「どんだけ殺傷力なんだよ!後輩を消し炭にして どーする気だッ?」

 

 正軒は全力で、すがりつく有栖の手を振り払う。

 そーいや どうして自分は悠長に身の上話など聞いているんだ?と自分の置かれている状況の珍妙さを再確認、ここに留まって得るものなど何一つないと判断し、改めて脱出に踏み切る。

正軒「俺は逃げる!アバヨとっつぁん!」

 

 ル○ンに始まり○パンに終わる侵入だった。

 そうして彼が、出口目掛けて猛然ダッシュをしようとしたところ―――、

 

 

 

有栖「―――二年B組、武田正軒」

 

 

 ピタリ、と正軒の逃げ足が止まった。

 

正軒「……何故、俺の名を」

 

 正軒は、剣道場に入って一度も名乗った覚えはない。彼は有栖ほど有名人でもないので、前もって知っていたということもないだろうし。

 その疑問は、振り返ることですぐに氷解した。

 

正軒「その手に持っているものは!」

 

 有栖はいつの間にか、正軒の生徒手帳をその手に持っていた。いつの間に?

 

有栖「これを職員室に届けたら……、どういうことになるかな」

 

正軒「はわわわわわわ……」

 

 完全な脅迫ではないか。覗き犯として検挙されたくなくば、稽古の相手をしろと。

 

有栖「失礼な、司法取引と言って欲しいものだな」

 

正軒「法を司ってないじゃんアンタ!」

 

 イカン、この女 石頭な上に相当ワガママだ。

 目的のためなら手段を選ぶ気すらない。

 

 さあ、どうする?

 

 いつの間にやら正軒は とてつもない二択を突きつけられたようだ。

 

 1.覗き犯としてのレッテルを免れる代わりに山県有栖の剣道の練習に付き合う。

 2.覗き犯としての逃亡生活。

 

 さあ、選ぶならドッチ?

 

正軒「あーもー!わかったよ!特訓でも何でも付き合ってやらーッ!」

 

有栖「よし、では期日までの一週間、みっちり稽古するぞ。生半可なつもりでやるなら すぐ辞めてもらうからな!」

 

正軒「やっぱりコイツ押し倒してやらぁー!」

 

 こうして正軒は、一週間 部長・山県有栖に振り回されることとなったのだった。

 

 

 おまけ

 

正軒「ところでさあ、部外者の俺に頼むぐらいだったら男子剣道部にでも相手してもらう方が良いんじゃね?あっちの方がよっぽど経験者だろ?」

 

有栖「それはダメだ」

 

正軒「なんで?」

 

有栖「アイツらは、弱い」

 

正軒「……」

 

有栖「何故かウチの男子剣道部は伝統的に最弱でな。ウチ(女子)が全国大会常連なのに対し、アイツらは地区予選を突破したこともない」

 

正軒「……スイマセン、ちょっと泣いてきます」

 

 

       to be continued


 
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