No.1059463

艦隊 真・恋姫無双 156話目 《北郷 回想編 その21》

いたさん

遂に黒幕(笑)登場。

2021-04-17 09:16:43 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:526   閲覧ユーザー数:507

 

【 頭痛 の件 】

 

〖 南方海域 連合艦隊側 にて 〗

 

 

長門やネルソンが苦戦している頃、連合艦隊の提督である一刀の周辺もまた、荒れに荒れていた。

 

 

『Don’t bother me! (邪魔デース!!)  Fire!!』

 

『夜戦で動きまくってぇ、久々に気持ち良く寝てたのにッ!! もう! 絶対に許してやらないからッッ!!』

 

『幾ら、この可愛~い那珂ちゃんの寝顔が見たいからって、こんなドッキリはNGなんだよ! まずは、ジャーマネに話を通してもらわないと……ネ!! きゃは☆』

 

 

周辺を高速で舞う、数十の敵艦載機。

 

対するは、一刀の護衛として待機していた金剛。 そして、船中での仮眠中に異変を知り、駆け付けた川内と那珂。

 

数多くの敵を相手取り、絶賛奮戦の真っ最中であった。

 

………だが、川内、那珂とくれば、その間に名前が入る神通の姿が、この戦いでは見当たらない。 

 

勿論、神通も居るのだが、彼女の居場所は此処ではなく、別の場所を守備していた。 

 

 

『あの……提督、ここは私……神通に任せて下さい。 必ず、必ず……お護りしますので……』

 

『……………あ、ああ……すまない……』

 

 

一刀との短い会話をした後、柔和だった表情が途端に鋭い顔つきになり、見敵必殺とばかりに艤装を展開、油断なく辺りを警戒し始める。

 

 

────現在、一刀の体調はハッキリ言って、芳(かんば)しくない。 南方棲戦姫の襲撃を受け、皆が持ち場を受け持ち出撃した際、急に目眩を起こし倒れたからだ。 

 

丁度、護衛の任務を受けていた金剛が受け止めたことにより、床に衝突する二次被害は無かったものの、この惨く苦痛を伴う頭痛には悩まされるはめになった。

 

慌てた金剛より皆に連絡べきか打診を受けるが、自分の体調不良で動揺され、万が一にも作戦失敗となる愚を冒せまいと、これを断る。

 

そして、船室で休むようにも言われたが、指揮官が皆に見える場所で居なければ士気が下がると、これも拒否。 

 

そのまま金剛に傍で護衛を任せ、直立不動な姿勢を取りながら戦場の様子を窺っていた。 

 

────川内達が駆けつける、束の間であったが。

 

 

その際、一刀の護衛を神通と交代。 

 

理由は《 護衛任務で自由に動けず、そろそろ堪忍袋が切れそうデース!》とのこと。

 

しかし、本当は……戦艦の砲撃より生じる反動が凄まじい為、その反動で一刀を傷つける恐れがあり、反動が少ない神通へと交代したのは、誰の目にも明らか。

 

因みに蛇足だが、隠した理由も《それを理由にすれば提督に嫌われる》と心配する、臆病なまでの乙女心から出た原因ゆえに、あえて指摘する者は誰も居なかったのである。

 

これも蛇足だが、川内達が船内で仮眠をとっていたのは、三本橋拘束に関する慰労。 ただでさえ、その後の襲撃にも休む間もなく参加したので、強制的に取らせていた訳だ。

 

だが、これもまた、一刀とネルソンが示し合わせて準備した作戦の一環でもある。   

 

戦力の集中という、ネルソンの考えを支持した一刀の護衛は金剛ただ一隻と決定済み。 だが、提督という要を狙われる事も考慮し、三隻を残し万が一の護衛として置いていた。 

 

何もなければ予備戦力と考えていたのだが、やはり戦場ゆえ絶対はなく、当初の予定とは違い此方の不利は明確。 一刀の護衛に戦力が割けれないのは当然の話。

 

だが、こうして万が一を考慮しての采配のお陰で、一刀の守備が早急に厚みが増したのは、実に僥倖であった。

 

あったのだが……………

 

 

『ネルソンの作戦が……簡単に読まれた? まさか……此方の作戦を知る者が───うっ! また、かあぁぁぁ………こんな、大事な時……に……限って………くそッ!』

 

『───提督!?』

 

『心配……するな! だ、大丈夫だ!!』

 

 

一刀は唐突に始まった、強く痛み発する頭痛に耐えながら、この窮地を挽回する方法を模索していた。

 

苦悶する様子を察し、我が身を案じてくれる神通に怒鳴るような言い方でしか返せない一刀は、自責の念にかられるものの痛みの方は絶え間なく押し寄せ自戒する間もない。

 

この頭痛には、何時から予兆はあった。 

だが、ハッキリとは記憶がない。

 

一つだけ確実に言えるのは、演習とは名ばかりの……この鬼畜な行為を繰り返す作業場……に来る前は、痛みが無かったのは間違えないのだ。 

 

だとすれば、逆説的に考えると、この地域内での出来事が頭痛の原因だと理解。 

 

 

───だとすれば、何か?

 

 

『ち、違う! 今、必要なのは……この窮地を救う為の作戦、的確な状況確認による指揮……なんだ!! 頭痛の……原因を探るんじゃなく………!!』

 

 

周辺からきこえるのは嫌悪感を抱かせる飛行音、鼓膜を震わす砲弾の発射音、そして……破壊されたナニカの爆発音。 

 

即座に過る───《 敗北 》の二文字。

 

もし、そうなれば………此処に居る艦娘は……《 いともたやすく行われるえげつない行為 》へ───

 

ふと、その時に脳内に描かれた複数の写実絵。 

 

そして同時に、いずこから聞こえてくるのは、とある乙女達の声であった。

 

 

◆◇◆

 

【 記憶 の件 】

 

〖 南方海域 連合艦隊側 にて 〗

 

 

頭痛がする中でも、不思議と頭に響く声。

 

声は女性、しかも複数の喜怒哀楽が籠った独白、いや《誰か》に語り掛けていると言った方がいい内容。

 

 

 

───「一刀ったら、相変わらず面白い考えするわね! うん、それ採用! 予算とか難しいのは冥琳に全部丸投げしてぇ………め、冥琳!? 何時から、側に───」

 

───「私は貴方と共に、この国を、民を、戦の無い平和な世に導くと誓う。 だから、一緒に……支えて欲しいの」

 

───「私の命も……ここまでだ。 蓮華さまと二人で……雪蓮の愛した……この孫呉を……頼む………」

 

 

 

『───何だこれは!?』

 

 

 

───「ご主人さま! あれほど桃香様を甘えさせないでとお願いしたいのに! と、桃香さまばかりで狡いです。 お暇な時で結構ですので、今度は……私を甘えさせて下さい」

 

───「うむ、今宵もメンマの味がいい。 おっと、主よ。 そんなに見られても、私のメンマは差し上げれませぬ。 ふむ、ならば……《ぽっきーげーむ》とやらで私と──」

 

───「力のない人を苛める世の中を、私はぜーったいに変えてみせるんだから! だから、ね………ご主人さま、私に力を貸して!!」

 

 

 

『いや……何処かで………聞いた……?』

 

 

 

───「下に居る民の視線は、何時も私達へ向けられている。 だからこそ、私達は皆の模範になるよう心掛けて動いているのよ。 何よ………その含み笑いは?」

 

───「た、隊長! こ、このような衣装……私のような無骨者には……そ、その……似合わないのでは……と」

 

───「ほんごぉ~う! 貴様ぁ、まぁた~私を差し置いてぇ華琳しゃまに可愛がって貰ったなぁ!! 実に実にぃけしからん! よって速やかにぃ私の頭を撫でろぉぉぉ!!」

 

 

『───華琳か!? 今のは……三人組の!』

 

 

最初こそ、この聞き覚えがない呼び掛けに戸惑い、幻聴の可能性があると理性で判断した。 外因性の精神圧迫によるストレスから生じた、自分の弱さだ考えたのだ。

 

だが、声が増える度に耳を傾ければ、心底が締め付け目からは涙が溢れ、心底の感情を大きく揺れ動かされる。 何故、此処まで感情を揺さぶられるのか、一刀自身も分からない。 

ただ、言い方こそ各々で、どういう状況での言葉かは判断できなかったが、共通する物がある。

 

 

────全てに、親愛の情を感じられた。 まるで《 私達を思い出して欲しい 》と願っているように。

 

 

『………こ、このままじゃ……痛みで狂い……そう、だ。 ならば、この声の企みにぃ……乗るの……も………』

 

 

もともとと言うか、当然と言えばいいのかは別として、女性に弱いのが北郷一刀という男。 否定する考えを一転し、己の感じた場所に意識を集中し始める。

 

 

『………集中……集ちゅ……』

 

 

意識を集中すると言っても、生半可な事では出来ない。 現状では痛みで阻害され、差し迫った危険は川内達の活躍があるとはいえ、敵の凶弾に何時被弾するか分からない。

 

だが、一刀も提督という肩書きを持つ軍人。 しかも《 板子一枚下は地獄 》を知る海軍の一員だ。 しかも、今まで何回も壊滅の危機から逃れてきたので、胆力も練られていた。

 

一刀は自分を護衛する神通に理由を話し、暫く護衛に専念して貰い、その後に姿勢を正すと正座。

 

そして、息を吸い込むと規則正しい呼吸を行い始めた。

 

 

『ぜん……集中………水の……呼吸………ヒュゥゥゥゥ………』

 

 

これは《とある漫画》の影響を受けた一刀が、試行錯誤の上で形だけ再現し取り組んだ呼吸法……である。 

 

何故、一刀が知っているのかというと、鎮守府内において最初にハマった雷と電が、玩具の刀を振り回して天龍へ挑み掛かり、その天龍から思いっきり叱られた事件があった。

 

これにより、雷と電は大泣きし長門が庇って怒り、それに対し躾に厳しい加賀、食事中で埃が立つ事を嫌った赤城が天龍側に参戦。 のち一刀と金剛が仲裁したのが縁で広まった。

 

因みに、提督諸兄の憶測に合うか知らないが、二隻の配役は雷が兄役、電が妹役の鬼滅隊士と設定だったそうな。

 

 

更に蛇足だが───

 

 

『(ふ、ふざけんなよッ!!) 』 

 

『 (はいはい ) 』

 

『 (何で、オレが鬼なんだよ! オレだって、オレだってな! 水の呼吸十一の型って、やりたかったんだよッ!!)』

 

『 (そうよねぇ。 きっと、天龍ちゃんも似合っていたわよぉ。 だから、明日から皆と仲良くしましょうね~) 』

 

 

その日の夜、部屋の中で龍田の胸に飛び込み、例の漫画本を片手に掴みながら、不平不満をぶちまけ泣き叫ぶ天龍の姿があったのは……公然の秘密であったという。

 

 

閑話休題。

 

 

あれから少し経過すると、偽りでも流石は全集中の呼吸か。

 

朧気ながらも、それらしき記憶を掴み引き上げようと悪戦苦闘するも、まるで邪魔をするかのように頭痛が酷くなる。

 

 

『い、痛みで……頭が割れそうだ。 だけ、ど……もう少しで何か………忘れていた事が………ぐうぅ!! はぁ、ははは……こ、こんな時に……何で………何で思い出さなきゃ──』

 

 

さすがに何度も襲い掛かる痛みに閉口し、意識を手放し楽になろうと考えた時、ある言葉が耳に届く。

 

遥か昔、月下で行った少年と少女の別離。

 

天に還った御遣いの少年に対し、寂しがりやの少女が口にした悔恨の言葉。

 

 

 

───「ホントに消えるなんて………何で私の側に居てくれないの……………っ!?」

 

 

───「ずっと居るって………言ったじゃない!」

 

 

───「ばか…………ぁ………………!」

 

 

 

『………か、華琳………?』

 

 

 

────この言葉により、あれほど酷かった頭痛が消えた。

 

それどころか、今まで思い出せなかった記憶が、一つ一つ色鮮やかな画像となり脳裏へと浮かび上がる。 

 

身体が精神が往時の記憶を留めていなくても、身体の奥にある魂は忘れてはいない。 星霜の時を越え声の主達を確定できた魂は喜悦し躍動を始めた。

 

 

だが、一刀の記憶を思い出すのを阻むがごとく、朝日に照らされ煌めく艦爆が、他機と共に一刀の頭上を飛行していた。

 

 

 

◆◇◆

 

【 窮境 の件 】

 

〖 南方海域 連合艦隊側 にて 〗

 

 

 

『あ、甘いですよ! これしきの、攻撃で……私が轟沈するとでも! 撃ちます、当たって……くださいッ!!』

 

 

敵機からの攻撃に気付き、神通は的確な反撃を与え敵機を撃退。 一時的ながら、南方棲戦姫側の攻撃を撥ね除けた。

 

だが、既に彼女の被害も甚大。

 

一言で表せば───大破、である。

 

手足は小刻みに震え、絶え間ない痛みが神通の身体を貫き、油断して膝を突けば二度と立ち上がれないのを確信する。

 

そんな中でも断固と持ち場を離れないのは、数々の戦場にあって艦娘達を鼓舞し最後まで諦めさせず、後に摩訶不思議な状況を現出させた提督……北郷一刀からの命令あればこそ。

 

 

『………提督………貴方は……私達の……希望です。 だから……必ず護り……抜きますから。 この身に……代えても!』

 

 

神通は半壊した艤装を直ぐに動作確認し、尚も眼光鋭く上空を飛び回る敵機を睨み付ける。 そして、ほんの少しの猶予がある事を知ると、今も苦しむ一刀へ視線を移す。

 

その一刀は、苦痛で絶叫を上げないよう上着の袖に噛み付き、脂汗を流しつつ耐えている。 皆に心配を掛けないよう配慮すると同時に、敵へ弱点を覚らせない軍人の意地。

 

激痛の中でも仲間を気遣い配慮する一刀に、その身体の心配と新たに燃える闘志を心に秘めながら、神通は構える。

 

新たな敵機の登場に全力で排除するべき砲を向けるのが、現状の神通が出来る役目であった。

 

 

『だから……安心して下さ───キャァッ!!』

 

 

だが、そんな状態の神通に、敵機は手を抜くどころか更に執拗な攻撃を仕掛ける。 神通を轟沈させ、提督である一刀を排除すれば………完全に詰みなのだから。

 

 

しかし、何故………敵機である艦攻が、艦娘相手にダメージを与えられたのか、一応説明せねばなるまい。

 

本来、艦攻には対艦攻撃力など無い機体。 制空権確保のため、敵艦載機を撃破するのが役目。 例え、攻撃が艦娘に被弾しても、結果としては微々たる損傷である。 

 

切り札として用意された神風攻撃もあるが、これは本当に最終の攻撃手段であり、容易くは出来ないものだ。

 

たが、艦娘側も度重なる戦闘で行動も鈍く、耐久も低下、補給も言うまでもない。 だからこそ、攻撃されれば通常のダメージへ更に上乗せされて加算されるだろう。

 

だからと言って、中破の艦娘を大破に追い込む程の力は、流石に無い。 それに、言うなれば艦娘は動く標的。 危なければ避けるし反撃もする。 思い通りになる訳が無いのだ。

 

 

────だが、それを今回は可能とさせた。 

 

動く標的を動かぬ案山子、いや更に悪い状況に追い込ませ、加算を倍以上に盛り上げる事に成功させてしまう。

 

 

神通の護衛対象である、一刀へ集中砲火するという手段で。

 

 

『アイツら、提督を狙い撃ちしてきたの!? 提督を狙えば神通が必ず回り込むのを知ってて! もう、この忙しい時に、全く、ほんっと腹立たしい真似するんだからぁ!!』

 

『どうしよう!? 那加ちゃん達が持ち場を離れると、提督の乗ってる漁船に穴開けられちゃう! だけど、神通ちゃんも限界なんだよ! 提督を庇って大破しちゃってるし!!』

 

『Stop dawdling!( グズグズしてる暇はないネ! ) 私が助けに行くから、穴埋めは貴女達に任せマース! OK!?』

 

 

川内達の協議を快刀乱麻でスッパと決めた金剛だが、時は既に遅かった。

 

そもそも、この攻撃は───陽動。 

 

もし、失敗しても何も支障が無いのだから。 

 

 

 

そして、本命は──天空より来たれり。

 

 

『………………あれはッ!?』

 

 

天空より急降下してくる艦爆を察知したのは、皮肉な事に艦娘達ではない。 頭痛から解放され、華琳達の記憶が思い出した一刀が、寝ていた甲板より目を開け上空を見たからだ。

 

 

『て、敵艦爆発見! 総員、漁船より退避ッ!!』

 

 

一刀が上げた大音声の空襲警報と同じ時、上空より接近した爆撃が漁船に向け無慈悲なる鉄槌を撃ち込んだ。

 

 

 

◆◇◆

 

【 急転 の件 】

 

〖 南方海域 連合艦隊側 にて 〗

 

 

後方より起きた爆発により、艦娘達の意識が空白と化した。 

 

 

────聞こえしは海面に響く大音響の絶望。

 

────見えるのは海上より昇る巨大な墓標。

 

────吹き荒ぶは海原で逝く者への鎮魂曲。

 

 

 

艦攻の猛攻により目を向かせ、その裏で秘密裏に事を運ばせた艦爆からの爆撃。 

 

これが、南方棲戦姫が狙っていた作戦の全容である。

 

そして、結果は………南方棲戦姫側に利をもたらした。

 

一刀が乗船していた漁船も

一刀を護ると決意を固めていた神通も

一刀達の危機を救わんと奮戦した川内達も

 

存在していたという欠片も無く、綺麗に消え去った。

 

それと同時に、この爆撃は……艦隊を編成してい彼女達の精神的支えさえも、粉々に吹き飛ばす事にも繋がる。

 

 

 

 

『嘘……だよね。 提督さん達が乗船してる船……失くなっちゃた。 全然……見当たらない……見当たらないよ』

 

『……………………大丈夫だ、瑞雲。 あの提督が、だぞ。 高があれくらいの爆発で……死ぬものか……』

 

『日向さん………私の名前……瑞鶴だよ………』

 

 

 

 

『おい……龍田。 これって、夢オチじゃ……ないんだよな? マジで……提督達は……吹き飛んだのか……?』

 

『…………………』

 

『そうか、そうかよッ! 何か言えばオレを揶揄(からか)うのに……狡いぜッ!! こんな時に限って、何で黙りこくりながら……泣いていやがるんだよッ!!』

 

 

 

 

『生あるものは必ず滅し、 形あるものは必ず壊れる……頭…では分かってはいる、分かっているんだ。 だかな、提督よ! この長門より……早く逝く奴がぁあるかッ!!!』

 

 

 

 

『余は……余の義務を果たせぬまま……終わるとは。 北郷……皆……許せ………』

 

 

 

この有り様を眺めた南方棲戦姫は、口角が上げつつも慎重に辺りを見渡す。 もしかしたら、何処かで運良く漂流している可能性もあり、その時は確実に止めを刺すためである。

 

だが、幾ら付近の海面を見ても漂流物の一つさえも見当たらず、生き残りの艦攻に命じ辺りを捜索しても、やはり同じ結果だった。

 

 

『クッ……ククククッ………』

 

 

思わず、口元より声が漏れる。

 

 

揺るぎ無き勝利。

 

完全に消え去った不穏分子。

 

越えることを許さぬ圧倒的な力の差。

 

 

ここまで完璧ならば、結果を覆すことなど不可。

 

だから、南方棲戦姫は敢えて優雅に、そして嬉しそうに哄笑する。 今までの《 敗北 》という辛苦に耐えた、可哀想な己を報いんがために。

 

 

『アハッ、アハハ、アハハハハハッ!! 遂ニ……遂ニ………消エタ! アノ……忌々シイ……邪魔ナ……北郷ガッ! 漸ク……漸ク……コノ世カラ……消滅シタァァァァァァ!!』

 

 

明らかに意識が高揚し、腹の底からザマミロ&スカッと爽やかな笑いが出てしまうほど。 彼女にとって、こんな痛快な思いをするのも、実に久しぶりだと感じていたからだ。

 

そんな南方棲戦姫を見る艦娘達の様子は、残念ながら変わらない。 寧ろ、悪化している始末である。

 

 

『ヒック……ヒック……か、一刀さ……ん……!!』

 

『な、泣かないでよぉ! 泣かれると……雷まで泣けて……うわぁぁぁん、司令官の馬鹿ぁぁぁぁ!!』

 

『……………うん。 悲しいよね、辛いよね。 ごめんね、私も……あの赤い艦娘さんみたいに……強かったら………』

 

 

本隊の中で、一刀の鎮守府に所属する雷と電は、先程まで気丈に生存を訴えていたが、南方棲戦姫の宣言を聞きつけ、悲痛のあまり号泣する。

 

それを慰めるは、何度か一刀と接する機会があり、自然と雷や電と仲良くなった潮。 二隻を抱きしめながらも諦めた表情で、己の非力を嘆くしかなかったのだ。

 

実は、艦娘側も南方棲戦姫の宣言する前までは、万が一の生存に期待を寄せていた。

 

何故なら、南方棲戦姫の何かを窺う様子に気づいていた。 というか、明らかに挙動不審だったからである。

 

 

その異常な状態とは───

 

何度も何度も漁船のあった場所を確認。

周辺を目を皿のようにして捜す。 

更に艦攻を攻撃へ向かわせず、周辺を飛び回せるのだ。 

 

まるで、闇夜のトイレを嫌がる幼子のような振る舞いに見え、実に奇妙と感じる一連の行動であった。

 

こんな緊迫する状態とはいえ、《その謎めいた行動は何か?》と考える者が出てくるのは自然と言えよう。 

 

現状を踏まえれば、今の南方棲戦姫が恐怖に怯える要素など、殆んど無いに等しい。 さっきまで敵対していた艦娘側は、罠で頭を潰され牙を抜かれ、死に体を晒している始末。

 

このまま直ぐに攻撃を受ければ、今の自分達に対抗する術は無く、敗北は確定。 後は、海の藻屑と消えるか、それとも深海棲艦化し仲間達と敵対するかの、二者択一。

 

とすると、何を警戒するのかと考えれば、答えは一つ。 

 

あの時、北郷一刀の救援という大義名分を掲げて現れ、広大な海原を埋め尽くす深海棲艦を容易く撃退し、敗色濃厚な艦娘側を救い出した、摩訶不思議な軍勢。

 

中華で一時代を飾った、三国の将を名乗る麗人と配下達。

 

 

《 今なら訪れるかもしれない! 提督の仇を討つ為に、南方棲戦姫達を撃破しに、再度この場所へ! 》

 

 

あの地獄より生還した艦娘達は一縷の望みを抱き、南方棲戦姫の一挙一動を見つめ、待ち人が訪れれば即座に動けるよう、心待ちにしていた。

 

だが、一部の艦娘は知る。

 

華琳から一刀に伝えられた《消滅する》という言葉を。 援軍など幾ら待てども、来る筈が無いということを。

 

案の定、南方棲戦姫が放った哄笑と宣言により、心の片隅で期待していた援軍の望みも最悪な結果となり、艦娘達の最後の決意も途絶えるしかなかった。

 

 

『……サテ……私ヲ阻ム者ガ……全テ……消エタ。 後ハ……コレデ……終ワリ………』

 

 

そんな中、南方棲戦姫は鷹揚に構えると、艦娘達を一瞥して最後の処理に取り掛かろうと動き出す。

 

自分を阻む者は居ないと確信した彼女は、最後の後始末を行うと、配下にも目配せし準備を始めた。

 

────艦娘達の処刑。 

 

いや、深海棲艦のレベリングと言った方がいいのだろう。

 

過去に三本橋が実行した、不要な艦娘を轟沈させ対象の艦娘の練度を上げた鬼畜な訓練法。 それを今度は、深海棲艦が実行しようと準備を始めたのだ。

 

そんな非道な方法に一刀は立ち上がり、今の艦隊を引き連れ逃走していたのだが、実に救われない。

 

だが、導き手と自分達を先導してくれた北郷一刀、共に戦った戦友達も少なからず天に帰った。 

 

戦にも負け、指導者を失い、反抗する精神さえも折られた彼女達に、抵抗する意思は無い。 無様でも黙って運命を受け入れるのみと、覚悟を定めていた。

 

 

『………いいでしょう、やってみなさい。 しかし、私達のNoble soul(高貴なる魂)は天へ向かうわ。 道を示し何者にも屈しなかった、北郷と戦友達の魂と共にあるから!』

 

 

深海棲艦に囲まれたウォースパイトが、毅然とした様子で南方棲戦姫に聞こえるよう、大声で語る。

 

その声を聞き、大多数の艦娘達が大きく頷く。 

 

頷かなかったのは、酔いが回ってリバースする艦娘と文句を言いながら介抱する艦娘だけである。 一応、淑女ゆえ名は伏せた。 あくまで一応だが。

 

 

『愚カナ。 信ジレバ……裏切ラレルト……知ッテ……ナオモ……カ。 ナラバ……幻想ヲ……噛ミシメテ……オチナサイ!』

 

 

南方棲戦姫は両手を前に出して、艤装から突出する砲を前方へ向ける。 いつの間にか付き従っていた他の深海棲艦も、其々が艤装を展開し、南方棲戦姫の後へと続く。

 

青ざめた表情で皆で固まる本隊、既に包囲されて身動きが出来ない別動隊の艦娘達は、これから起こる蹂躙劇の悲惨さを思い巡らせ、緊張感が走った。

 

 

 

 

 

『────ったく、バッカじゃない? 一刀が倒れた証拠も確認しないで、勝手に喜んだり落ち込んだり。 これだから千年経っても、相変わらず私の掌中で遊ばれるのよ』

 

 

 

 

突如と聞こえた少女の声に、南方棲戦姫と艦娘の動きが固まる。 互いに見合って納得したが、その声の主は優勢な深海棲艦側でも、劣勢な艦娘側でもなかった。

 

 

つまり───関係の無い、第三者。

 

 

双方共に声が聞こえた方向へ顔を向ければ、猫耳頭巾の少女が不敵な笑みを浮かべ、腕を組んで海面上へと立っていた。

 

 

 

彼女は………姓は荀、名は彧、字が文若。 

 

真名は桂花。

 

 

かの世界で《 王佐の才 》と謳われし名軍師である。

 

 

 

 

 

 

 

 

★☆★

 

余談

 

こんなセリフも入れようかなと考えましたが、ありきたりなので、却下しました。

 

 

『サテ……コノママ……蹂躙スルノハ……簡単。 シカシ……私ハ今……気分ガ良イ。 ソコデ……提案シヨウ……』

 

『オ前達モ……深海棲艦ニ……ナラナイカ? モシ……断レバ……水底ヘ……沈メ!』

 

 


 
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