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真・恋姫無双外史 ~昇龍伝、人(ジン)~ 第六章 荊州騒乱、儚き夢

テスさん

この作品は、真・恋姫無双のSSです。

漢中を下り、長江へと出た二人。荊州一の人口を誇る南陽郡を目指します。

注意:

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2009-11-08 11:55:52 投稿 / 全18ページ    総閲覧数:32698   閲覧ユーザー数:24075

真・恋姫無双外史 ~昇龍伝、人(ジン)~

 

第六章 荊州騒乱、儚き夢

 

(一)

 

漢中から漢水を下ると本流である長江へと流れ出て、俺達が乗った船は荊州に入る。

 

珍しく晴れ渡り、雲一つない空が広がる。川面はその青さと天高く切り立った山々を映しだし、途切れることなくただ淡々と伸びて行く。光の宝石を散りばめた蒼い絨毯の上を、俺達が乗った舟はゆっくりと進んでいく。

 

「あれが三峡の入り口か!」

 

切り立った双璧の門が、じわりじわりと迫る不思議な感覚。大自然の凄さに口を開けて天を仰ぐ。

 

どの時代の人々も、この瞿塘峡(くとうきょう)、巫峡(ふきょう)、西陵峡(せいりょうきょう)の三峡に心奪われるのではないだろうか? それは学生だった俺も例外ではない。漢詩の授業で習った李白や杜甫など、漢詩に代表される詩人たちも、この三峡の詩を数多く残しているのだ。

 

勿論、俺は特等席である船首に陣取ろうと考えていた、のだが……

 

そこには趙雲が座っている。俺はその後ろに腰を下ろして、じとりと趙雲を睨んでいた。何食わぬ顔で口笛を吹きながら、こちらを流し目にちらりと見ると、艶やかな唇がニヤリと釣り上がる。

 

「……」

 

俺はこの縦長の船に乗った直後、真っ先に船首を目指した。趙雲も同じ考えだったようで俺達二人は肩を並べて黙々と船首を目指した。

 

先手を取って速足で前に出る。勝利を確信したその瞬間、趙雲は俺の襟首を掴んで、軽く捩じ伏せてからその場所にゆっくりと陣取った。

 

起き上がろうともがき苦しむ俺に、してやったりと笑みを浮かべていた。

 

「何すんだよ!」

 

「ふふっ、船が揺れて転覆してはと思ってな? 転ばぬ先のなんとやらっ……っとと♪」

 

趙雲は嬉しそうに勝利の酒を飲み始めた。

 

そんな遣り取りが俺達の間にあって、しばらくは不機嫌だったものの、船が動きだせばそんな気持ちは消えてしまっていた。

 

でもせめて瞿塘峡の入り口だけは、船首でその凄さを一身に味わいたいと、趙雲に熱いメッセージを送り続けている。

 

くそっ! 趙雲が嬉しそうにニヤニヤしているっ!……もしかして逆効果か!?

 

これはもう駄目だ。俺は諦めて携帯で写真を撮り始める。趙雲はこちらをちらりと見てから、この雄大な情景を心に留めようと遠くをじっと眺めている。

 

彼女の髪が風で乱れ、頬にかかる横髪を掻き上げる。頬は朱に染まり、美しく整った彼女の横顔に胸が高鳴る。壮麗で、大胆で、また可愛らしいとさえ思える彼女に。

 

――その瞬間、俺は心奪われていた

 

耳元で髪を押さえる彼女をフレームに収めて、携帯のボタンを押した。

 

ピコッ♪

 

液晶の左上に赤いマークが表示され、少女の横顔が映し出される。

 

遠くを見続けてピクリとも動かない。その姿が物足りず、俺は彼女の名を呼ぶ。

 

「趙雲」

 

「ん?」

 

彼女は俺の呼びかけに、少しだけこちらに顔を向けてくれる。俺を見詰める彼女の瞳と気持ちはとても純粋なもので……

 

もう一度彼女の名前を呼ぶと、こちらに微笑みを浮かべてくれる。

 

「どれ、私にも貸してみろ」

 

何やら面白そうなことをしているではないかと俺に手を伸ばす。携帯を手渡した瞬間、突然船が揺れて趙雲は俺の方へと倒れ込む。予期せぬ揺れに体勢が崩れ、それを支えきれずに背中を打つ。

 

「あぁっ、お客さん、すいやせん!」

 

「だ、大丈夫です!」

 

そう言った俺の上には、趙雲が被さったままでぴくりとも動かず、俺の胸に顔を埋めている。

 

「……大丈夫か?」

 

少しだけ彼女が動き、服の擦れる音が聞こえる。

 

趙雲の重みと、触れ合った感覚が心地良く、良い天気でもあり――目を閉じる。できるなら、しばらくこのままでいたいと思っていたが……

 

「北郷の鼓動が……トクン、トクン」

 

うぉぉぉ!何してんだよっ!

 

俺が慌てて抜け出そうとしたその時、胸の上から俺を覗く趙雲と目が合う。彼女はゆっくりと動き始める。

 

彼女の片手が俺の胸から腕へと伸びて行き、俺の指に絡ませる。彼女が俺の股下に片膝を立てると、俺を押し倒した様な格好になり、彼女の赤い瞳が俺を映し出す。

 

俺の耳元に頭を寄せると、彼女の髪が頬を擽る。ふわりと香り、順に胸、腹、足と全身が密着していく。

 

船は川幅が狭く、流れの速い場所へと進む。船は徐々に揺れ始め、時折跳ね始める。

 

一際大きく跳ねた時、宙に浮いた彼女の腰に腕を回し、欲望のままに強く抱き寄せる。

 

「ふふっ、川の流れが激しいな。こうして共に寝転がっている方が楽で良い……それにしても。ふむ」

 

趙雲の太股が、その感触を楽しむかのように動く。

 

「アッー!」

 

服を擦りながら俺の上を移動しては、俺の胸に耳を押し付ける。

 

「ふふっ。速い速い」

 

「あ、当り前だ!」

 

しばらくすると彼女は顔を持ち上げ、再び俺の胸に顔を埋めて小さな声で囁いた。周囲は囂々と流れる川の音に埋め尽くされていても、消えてしまいそうな彼女の囁きだけがハッキリと聞こえる。

 

「なぁ北郷?……もし私が主となる人物を見つけたとき、どうする気だ?」

 

その真剣な問いに、すべての感覚が無に消えた。その問いに俺は答えることができない。考えない様にしていたから……

 

「私のすべてを、託そうと思える主に出会ったら……」

 

狼狽える俺が映った赤い瞳を揺しながら、彼女は俺が答えるのを待っている。

 

「俺は……どうすれば良いんだろう」

 

「……この虚け」

 

趙雲が再び俺の胸に耳を当てる。俺は真っ青な空を見上げて考える。

 

彼女が劉備と出会って、もしそいつが男で……趙雲がベタ惚れだったら、やっぱり一緒にいられないよな。

 

「……なら、俺が趙雲の主に」

 

彼女の握る手に力が込められ、掠れた声で呟く。

 

「調子に乗るな……この程度の理由で、私の主が務まるものか」

 

「……だよな」

 

彼女は俺から離れて行ってしまう。何だろうか、胸にぽっかりと空いたこの感じは……

 

「お客さーん!大丈夫ですかいの~?」

 

「心配ご無用、大丈夫だ!」

 

「へい~」

 

一緒にいられる時間は少ない……とても少ないんだと、彼女の口からそう告げられたのだ。

 

趙雲と離れ離れになる時の事を、いつか来るその時までに俺の答えを見つけておかなきゃ……もう現実から目を背けることはできない。

 

俺は起き上がれずに、ただずっと真っ青な空を見上げていた。

 

 

(二)

 

「北郷」

 

呼ばれた方に顔を向けると、趙雲が少し気まずそうにしながら近付き、携帯を手渡してくれる。

 

「あぁ。そう言えば携帯忘れてたな」

 

そう言って、撮影した動画を流してみる。

 

「……うん。綺麗に撮れてる」

 

「……」

 

いつまでも落ち込んではいられない。蓋を閉め、気合を入れて起き上がる。

 

「よし!南陽へ急ごう!」

 

 

 

 

俺達二人は南陽を目指す途中、賊に襲われた村を通り過ぎる。

 

家を焼け出され、傷ついた人たちが道の横に座りながら、こちらを見詰めていた。糧は賊に持って行かれ、腹を空かせた子供たちが泣き叫ぶ。若い娘は俺の姿を見ると震え始めた。

 

誰もが無気力で、ずっと見ていられるものじゃない。

 

「……官軍は?」

 

若い男に趙雲が尋ねると、男は首を振る。

 

「孫堅様が南陽を去って、しばらくしてから賊が一斉に蜂起したんだ。今はその対応に追われているそうだ」

 

「孫堅?」

 

「長沙の太守様だよ。荊州の反乱を武力で鎮めているんだ」

 

「長沙の太守がどうして南陽に?」

 

「俺に聞かれてもな。ただ他の郡にも出向いて、反乱を鎮圧してるって噂だ」

 

 

 

 

南陽に近づくに連れ、傷ついて倒れた兵士達の亡骸と、賊の死骸が増え始める。ここが激しい殺し合いの場に、戦場になったことが嫌でも分かった。

 

突然前から若者がこちらに向かって走って来る。その中には血を流し、怪我をした者たちもいる。

 

「南陽の兵士たちが敗走している!?」

 

趙雲がこちらに走って来る兵士の一人を捕まえ、事情を説明させる。

 

「将がやられた所を、一気に攻められてしまって!……見た目は賊なんだが、明らかに今までの賊の動きじゃないんだ。将がいない俺達に、奴らは止められない!」

 

「将がいないだと? 待てっ!北郷!」

 

――助けてくれっ!

 

そう微かに聞こえた。俺は助けを求める声が聞こえた方向へと走る。

 

彼らを助けねばとその先にある戦場へと向かう。向かわなきゃいけない気がした。

 

それに……助けを求める声を聞こえない振りをするなんて、見捨てることなんて俺にはできない!

 

敗走する兵士達と何人もすれ違って行く最中、傷つき、血を流して走る兵士達の背後で、笑いながら剣を振り上げようとしている男に叫ぶ。

 

「やめろぉぉぉ!」

 

胡蝶ノ舞を抜いて、振りかぶった男の胸目掛けて体当たりする。

 

「はぁっ……はぁ、大丈夫か?」

 

「す、すまない!」

 

「よくも仲間をっ!……おいっ!こいつをさっさと殺せっ!」

 

俺は襲い掛って来た男達の太刀を避けて籠手を切り捨てる。

 

「ぐあぁぁ!」

 

勢い良く血が噴き出し、止血するために賊は武器を落とす。

 

「馬鹿野郎!自分達より強い相手は数で攻めろと何回言えば分かるんだよっ!」

 

「お前が将かっ!」

 

俺は勢いでその男に襲いかかるが……

 

「ひよっこがぁぁ!」

 

金属と金属がぶつかり合い、胡蝶ノ舞が凛と響く。

 

……やばいっ!

 

「賊だと思って舐めるなよ!」

 

「死ねぇっ!」

 

周りにいた賊が俺目掛けて剣を振り下ろした瞬間、白い影が俺の懐に飛び込み、手に持った赤い槍で数本の太刀を受け止める。

 

「ふむ。数本でも力任せに振り下ろされた太刀を、真正面で受け止めるのは……少々堪えるな」

 

呟いた瞬間、槍を斜めにして相手の刃先を滑らせて体勢を崩したと同時に、彼女は回転し、その勢いで男達を斬り飛ばす。一瞬にして三人の男が首から血を噴き出して倒れて行く。

 

「仲間がいやがっただとっ!」

 

相手が怯んだ隙を俺は狙う。すり抜けざまに相手の体に刃を当てると、すっと肉を切り裂く感覚が伝わってくる。この最悪の手ごたえを捨て去るために、俺は振り向いて男の背中を一気に切り捨てて絶命させる。

 

息を切らした俺に、何を考えているんだと趙雲が叱咤する。

 

「ただ闇雲に敵中に飛び込むとは……少し頭を冷やせ、北郷!」

 

「それでも、一人の命を救うことはできた」

 

「……」

 

俺は刀に付いた血を払い、鞘に納めた瞬間……

 

彼女の手の平が俺の頬に飛び、戦場には似付かぬ音が響く。

 

「……何すっ!」

 

趙雲が俺を抱きしめる。最後まで言うことはできずに俺はただ立ち尽くす。

 

「そんな綱渡りのような生き方だけは……してくれるな」

 

「でも……」

 

「そしていつか。この子龍を……置いて逝くというのか!?」

 

感情の籠った、彼女の震える声に俺は動けなくなる。俺の頬に手をやると、優しい口調で俺を諭すように囁く。

 

「良いな?」

 

「……」

 

趙雲は前を向いて走って行く。

 

でも目の前で助けを求める人がいて、俺の力で助けられるなら……助けたいんだよ。

 

俺は彼女とは別方向へ走りだすと、頭から血を流した兵士が後ろから追いかけて来る。

 

「ちょ……何でこっちに来るんだよ。皆と速く逃げるんだ!」

 

「お供致します!この命、貴方様に助けて頂いたのです!」

 

「まいったな……」

 

「賊将はかなりの武の使い手。我が軍の将を挑発しては一騎打ちを挑み、賊将が危なくなれば周りの賊が邪魔に入り、捉えられての繰り返し。将のほとんどが捕獲されてしまい、我々は敗走する羽目に……」

 

「目的は分からないけど、捕獲したってことはまだ掴まった人達は生きているってことか」

 

男が頷くと、血が流れる頭に布を捲き始め、そして俺に助けを乞う。

 

「どうか!我が軍の将をお助け下さいませ!」

 

その男は膝を折って叫ぶ。

 

「どうかっ!……どうかっ!」

 

「わ、分かった。俺のできる範囲で頑張るからさ! 立ってくれ!」

 

その姿を見た兵士達が俺の元へと集まって来る。

 

「賊に負けて敗走だなんて……荊州軍の名が廃れます!どうかお力をっ!」

 

そう言って数人の男たちが俺に跪く。

 

俺はどう収集すれば良いのか分からず、おろおろしているとその姿を見た兵士達が続々と集まり、いつの間にか結構な数に膨れ上がっていた。

 

「反撃の狼煙を上げろっ!」

 

向こうでは趙雲が槍を高く突き上げて、荊州兵を鼓舞して走り始めた。趙雲、適応するの速すぎ!

 

「ええと、彼女たちが切り開いた道から街へ突入。俺達は別働隊として将の捜索!救出を目的とする!」

 

「応!!!」

 

「行くぞ!」

 

趙子龍という将を得た荊州兵達は、怒涛の勢いで賊の壁を削りながら前に突き進んでいく。俺達はその後ろを走り、街の中へと突入した。

 

 

(三)

 

一件の小さな家から、男達の笑い声が漏れる。

 

「あぁ、やっとだ……やっと念願の女を手に入れたぞ」

 

多くの男たちがたった一人の女を囲む中、女に相対した男は期待と興奮の入り混じった声を上げて手を伸ばす。

 

「お前をここに連れて来るのに、いったいどれだけの仲間が朽ち果てて逝ったことだろうか!」

 

天井に括りつけられた縄が擦れて音を立てる。宙に舞った塵が、射し込んだ光に反射して、静かに、ゆっくりと女に落ちていく。

 

「私に触れないでちょうだい!……汚らわしいっ!」

 

声を荒らげた女性が、その存在に反吐が出ると、近づこうとする獣たちを真っ向から否定する。その細い手首には何重にも縄が巻かれ、手先はすでに赤紫色に変色していた。

 

飢えた獣共を射殺さんと睨みつけながら、全身を使って何度も縄を引き千切ろうと試みる。その度に腰よりも伸びた艶やかな薄紫の髪が乱れ、大きく突出したその淫らな部位が揺れると、周りの男たちから歓喜の声が上がる。

 

「女一人を犯すのに、寄ってたかって動きを封じて……犬や猫でもそんなことはしないでしょうにっ。獣以下になり果てて、恥ずかしいとは思わないのかしらっ!」

 

「威勢が良いじゃねぇか、よぉっ!」

 

女は顔を打たれ、乾いた音が小さな部屋に響く。

 

頬を赤く腫らしながら歯を食い縛り顔を俯ける。その美しく整った女の顔を舐めまわすように見定め、汚い声を上から被せる。

 

「ずっと目を付けてたんだ。やっとこの瞬間が俺に転がり込んで来た!さぁ……どんな顔で泣いて、嘆いてっ、鳴いて!喘いでぇっ……くれるんだろうなぁ!」

 

男が顎で命令すると、その豊満な胸を揉み下そうと、後ろから女の体に纏わりつこうと別の男が近づく。

 

女は突き放すために身を捩り、激しくもがいてそれを遠ざける。だが身を束縛され体の軸を崩されては、いくら身体能力が超越しているとしても、飢えた獣共の攻めを凌ぎ切るのは不可能に近い。

 

その抵抗も徐々に弱々しくなっていく。汚らしい手が女の後ろから回り込んで服の上から強引に揉み下す。それを引き離すこともできず、釣られた体が為すがままに揺れる。

 

「くっ!」

 

「くはっ!たまらん身体しやがってっ!あはあは、あははははっ!」

 

「うへへへへっ!上玉、上玉!」

 

肩をさらけ出した肌の露出が多い衣服が汗で湿り、その妖艶な体からほのかに湯気が浮かび上がる。

 

「良い女ってのは匂いで男を誘うように本能に刻み込まれてるんだよっ。……近くで見ているだけで、血が滾って来るぜ。ぶちこんじまったら、どうなっちまうんだろうなっ!」

 

男の手と汗が全身を這う。理性とは別に、吸いつくように女の肌が男を誘い始める。

 

女は思う。目の前には……外の景色が見えるというのに。

 

開け広げられた扉の向こうには、生き延びようと必死に逃げ惑う人々が見える。……まるでこの空間だけが現実から切り離された別世界のようだと。

 

どんなに叫んだとしても誰も助けに来ない現実を、目の前で見せ付けられて、突き付けられる。

 

―――逃げ場のない精神状況

 

―――蝋燭のように、ただ体力だけが奪われていくだけの身体的状況

 

将の誇りにかけて、女の誇りと意地にかけて。……命の灯は、自ら消えゆく決断を迫られていく。だが、夫に先立たれ、自らも果てれば……誰が愛する我が子をこの乱世から守ってくれるのか!

 

女として、武人として。その迷いすら恥じるべき事であろう。それでも母としての想いが募り弾ける。

 

「助けてっ!!!誰かぁっ、誰かぁぁぁああああ!」

 

最後の力を振り絞り、女は暴れる。

 

だがその光景に満足したのか、主犯格の男が立ちあがり下半身の紐を緩める。

 

周りの男達は我先にと女の足を肩に担ぎ、太股に体を擦りつける。

 

「……璃々。お母さん……許してねっ」

 

娘は許してくれるだろうか。

 

―――将として生き、敗残の将として生を選ぶより、死を選ぶことを。

 

―――女として生き、野獣に体を弄ばれるよりも、死を選ぶことを。

 

愛する男の種を宿し、貴女を生んで、乳をやって、貴女が自らの足でこの大地を踏みしめたこと……今でも鮮明に覚えているわ。でもこれからは、一緒にご飯を食べることも、一緒に遊んでやることも、一緒に寝てやることもっ、一緒におはようを言う事も!一緒にお買い物へ行くこともっ!もう一緒に……一緒にいてやれないことをっ!

 

「―――お母さんをっ!……璃々、許してちょうだいっ!」

 

目を閉じて舌を噛み切ろうとした瞬間。私を優しく包み込む風を感じる。再び目を開けたその瞬間。おびただしい量の鮮やかな深紅の液体が私の体を赤く染めた。

 

「許すはずないだろっ! 母親なんだろっ!? 母親なら生きて……生きて子供に会うことだけを考えろっ!」

 

一人の青年が、声を荒げて女を叱咤する。ピンと貼った縄がその男に切られると、どさりと音を立てて女は尻もちをついた。

 

 

(四)

 

「あぁっ、届いた……届いた」

 

そう呟いて、その女性は涙を流していた。これが乱世……趙雲が鎮めたい願う、乱世。

 

彼女をじっと見詰めていると俺の視線に気付いたのか、凌辱され続けた身体を隠すように、縛られた腕で胸を隠し、足を閉じて小さく体を縮込ませる。

 

やばっ!かなり失礼だった!……しかし意識してしまった途端、恐るべし人妻の魔力!

 

その淫らで魅惑的な体を隠すために、俺は着ていた服を脱ぎ、彼女に掛けてから手首に巻かれた縄を断ち切る。

 

自分の身に起こった出来事に女は驚きの表情を一瞬浮かべると、青年に掛けられた服を引っ張り、頬を朱に染めて見上げ、笑みを浮かべる。

 

「とても……暖かいわ」

 

「まぁ、俺が着てたからね」

 

「えっと……他の意味も含めて、言っているのだけれど?」

 

何かを期待する子供の様に、顔を傾けて彼の瞳を覗き込む。

 

「?」

 

がくっとその女性が項垂れた後、一人の兵士が走って来る。

 

「北郷様!はぁ、はぁ、突然走りだしては……御一人では危険です!」

 

「すまない!誰かこの人を保護してやってくれ!……次へ急ごう!」

 

「はっ!」

 

 

 

 

そう言って北郷と呼ばれた青年は、その女性に手を振って走り去ってしまう。

 

「北郷……様」

 

女はその後ろ姿が見えなくなると、男の服を細い指で絡めて自らの唇をなぞる。その甘く虚ろな表情に兵士はごくりと唾を飲み込む。だがその人物に気付き、欲情したことに青褪める。

 

「こ、こ、黄忠将軍ではありませんか!?御無事でしたか!」

 

「あ、あら……こほん。えっと状況を説明してくれるかしら?」

 

指の感覚を確かめながら立ち上がると、落ちていた賊の弓と矢を手に取る。

 

「わかったわ。彼の後を追いましょう!」

 

 

(五)

 

荊州兵の皆が将を助けだしていく中、俺はこちらに必死に逃げて来る少女を見つける。

 

「なんで小さな女の子がこんな戦場のど真ん中にいるんだよ!」

 

俺は彼女の方向へ向かって走る。

 

「こっちだ!」

 

俺の声に気付いた少女が、黒いつばの付いた縦長帽子を押さえながら、こちらに進路を変える。こけそうになりながらも、なんとか持ちこたえ必死になって走って来る。

 

だが再び躓き、その勢いのまま滑り込んで転んでしまう。無情にも嬉しそうに息を切らした賊に追い着かれてしまう。

 

「近づくんじゃねぇ!」

 

女の子に刃物を突き付けて大きな声を上げる。

 

「小さな子供を人質にするなんて、馬鹿なことは止めるんだ!」

 

「う、うるせぇ!貴様の差図なんて受けるかっ……馬鹿めっ!」

 

女の子を担いで、首筋に剣を突き付けながら、徐々に俺達との距離を離していく。

 

「はっ……はは、あーはははっ!……甘いな坊主ぅ!ガキは貰って行く……ぜ?」

 

だが次の瞬間、俺達は目を疑った。

 

剣を落として自らの頭に突き刺さった矢に触れ、そのままゆっくり後ろへと倒れてしまう。

 

男の腕から必死になって抜け出した女の子は、俺の胸に飛び込んでくる。死の恐怖を一身に受け、体を震わせ声を殺して涙を流す。

 

「声を出して泣いても良いんだよ?」

 

そう言っても俺の胸の中で少女は首を振り、歯を噛みしめて涙を流すのだった。

 

矢が飛んできた方角に目をやると、そこには先程助けた女性が立っていた。目が合った瞬間、口元に手をやり微笑むと、こちらに向かって歩いてきた。

 

落ち着きを取り戻した少女は、傾いた紺色の縦長帽子を慌てて元の位置に戻す。手を放すと、斜めにズレてしまい、それに気付かないまま口を開く。

 

「たた、助けて頂だて!ああぁぁぁりがとうごじゃいましぅ!」

 

物凄い早口で捲し立てる。

 

「ちょっ、落ち着いて。助けたのは俺じゃないよ。御礼はこちらの女性に言うこと」

 

「わわっ……申し訳ありません……」

 

しゅんと落ち込んでから目的を思い出し、慌てて命の恩人に向かって御礼を言う。

 

「わ、私は単福と申します!た、助けて頂いて、ありがとうございます!」

 

「あら。その制服は……水鏡女学院の?」

 

「わわっ、速攻で身元が……」

 

縦長帽子に括りつけられた大きな緑のリボンが揺れ、彼女がその言葉に動揺する。

 

藍色の服をぺたぺたと触りながら、首辺りで結んだ明るい栗色の髪が左右に揺れる。

 

「えっと、あの……そのっ!」

 

もごもごとした素振り、涙で潤んだ紺碧の瞳が揺れる。

 

俺は腰を下ろして、可愛らしい顔をした少女に目線に合わせてから、斜めになったその帽子を真っ直ぐ立ててやる。

 

はっ!っと帽子がずっと傾いていたことに気付いた少女は、ぼっ!と顔が赤くなって煙が立ち上り……

 

「わわわっ……きゅーっ」

 

突然気を失い、俺に倒れてくる。

 

「えぇっ! ちょっ、大丈夫か!?」

 

「もう……北郷様、お痛が過ぎますわ」

 

「いや、なんか気になって」

 

しばらくして、俺の腕の中でゆっくりと目を開くと、小動物の様な鳴き声で鳴いた途端、再び気を失う。

 

「もぅ」

 

「えっ!俺が悪いのか!? ちょっと!しっかりー!」

 

俺は少女を起こすために何回も揺する。

 

「この大変な時に、お前は何をやっているんだ!?」

 

呆れた顔をして、趙雲がやってきた。

 

「助けて趙雲!」

 

いったい何を助けろと首をかしげて、俺の腕の中で眠る少女を見詰める。すると突然、少女の被る帽子をぱっっこ、ぱっっこと取ったり被せたりして遊び出す。

 

「ちょっ!」

 

「この帽子の空気の抜け具合と、吸いつき具合が……またなんとも絶妙な」

 

「ふぇっ?」

 

目覚めた少女が慌てて立ちあがり、趙雲は少し名残惜しそうに両手を上下に動かしている。

 

「北郷様? そちらの女性は?」

 

「あぁ、ってあれ?どうして俺の名前を?」

 

「気になる殿方がいれば、その名を知りたいと思うのは当然のことですわ」

 

何故かニコニコと話す凄腕の弓師が、俺のすぐ真横に立って交互に視線をやる。

 

「紹介するよ。俺の友達で――」

 

俺の肩に手を置いて、私からしようと自己紹介を始める。

 

「我が名は趙雲、字は子龍。この乱世を鎮めるために、この大陸のどこかにいるであろう、まだ見ぬ主を探すため旅を続けている」

 

「あのっ……た、単福とお呼びください。水鏡先生の元で軍師の勉強をしておりまして、そのっ!軍師を目指してます!」

 

「姓は黄、名は忠。字は漢升……?」

 

「北郷、どうした?」

 

五虎将軍の二人が揃い、水鏡の元で勉強している単福という人物。劉備に軍師を志願する、徐庶の偽名で間違いなさそうだけど、凄い事になってきたな。

 

きっと顔が引きつっているに違いない。

 

「せ、姓は北郷、名は一刀と言います。字がない国から来ました」

 

「字が……無い国?」

 

「とても素敵な名前ですわ」

 

それにしても、老黄忠と称される黄忠が若い人妻とか……どこまで驚かされる世界なのかと常々思う。この調子だと、関羽も、張飛も女の子かもしれないな。

 

「では、か……!?」

 

「!?」

 

「わわっ!」

 

何故か趙雲が黄忠さんの顔近くに、龍牙を振るう。

 

二人の間に緊迫が走る。実力はほぼ同等と見極めた二人の額には汗が、口元には笑みが浮かんでいた。

 

「あら……貴女のお友達の名を呼ぶことで、何か気に障る事でも? いくら何でも、少し見苦しいのではなくて?」

 

「さて、何の話やら……黄忠殿が北郷の名を呼びたいのなら、呼んでみると宜しい」

 

そう言った途端、趙雲はどの瞬間でも繰り出せると、槍を構える。

 

「ま、真名でも無いのに、どうしてそこまで?」

 

「あっ!そういうことか。別に構わないんだけど、趙雲に気を使わせちゃったみたいだね……」

 

ごめんねと、趙雲に謝罪すると彼女は満足し、黄忠さんは俺の顔を不満げに見詰めている。

 

「黄忠さん。実は俺がいた国には、真名という習慣が無いんだ」

 

「真名が……無い?」

 

考えられないと二人は顔を見合わせる。

 

「あぁ、だから俺の名前の一刀ってのが、真名に当たるものなんだよ。俺としては呼びやすい方で構わないんだけど、趙雲はその辺きっちり考えているみたいで」

 

「!?……そうでしたの。ではもうしばらく北郷様と、そう呼ばせて頂きますわ。でも……」

 

そう言って趙雲をクスクスと笑いながら見詰める。

 

「でも本当にそれだけかしら?」

 

趙雲は片目を開いて少しとぼけた瞬間、その隣にぽとりと単福の帽子が地に落ちる。

 

「わわわった、わわた、私っ!」

 

小刻みに震え、挙動不審な単福が固まってしまった。俺は彼女の頭を撫でてやる。

 

「文化の違いさ。俺は気にしてないし、大丈夫。君がそこまで気を使う必要は無いよ」

 

「……」

 

しばらく頭を撫でていると、俺をじっと見詰めながら徐々に落ち着きを取り戻していく。

 

何だかすべてを見透かされてしまいそうな、そんな視線に耐えられなくなり、俺は落ちた帽子を拾って彼女の頭に乗せてやる。

 

頬を染めて感謝の言葉を伝えようと口を開いた瞬間。

 

「わわっ」

 

突然趙雲が彼女の帽子を叩いたため、勢い良く縦長帽子が飛ぶ。

 

「趙雲!?」

 

「いや、その縦長帽子が余りにも魅惑的で、耐えることができませなんだ」

 

「確かに、可愛い帽子ですものね」

 

そう言って、黄忠さんは拾って彼女の頭に被せてやると、単福は位置を整えながら俺を追求する。

 

「あの……北郷さん、いったいどうして?」

 

「えっと」

 

どこまで言うべきか考えていると、再び彼女の帽子が飛んでいく。

 

「わわっ」

 

再び転がった帽子を趙雲が嬉しそうに取りに行くと、単福にかっぽ、かっぽと取ったり、被せたりして遊び始める。

 

「わわっ、やめてくださいっ!」

 

「それにしても、先程からいったい何を二人で盛り上がっておいでかな?」

 

「そうですわ、置いて行かれては寂しいですわ……」

 

「それはっ!……うぅっ!」

 

趙雲と単福が帽子の奪い合いを始め、俺と黄忠さんはそれを見守る。

 

のほほんとした雰囲気が漂う中、走ってきた兵士がそれを掻き消す。

 

「伝令!南陽の近くで賊の本隊が行軍している模様!その数、約千五百!」

 

 

(六)

 

俺達の前には、助け出された荊州の将達が顔を連ね、その上座に何故か俺が座っていた。

 

「あれ?この場所ってまずくないか?」

 

趙雲は俺の疑問に答えず、どうして?と嬉しそうに俺を見詰める。

 

「我ら荊州の兵と将の想いでございます。刺史は殺され、太守は姿を暗ましました。その場に立つ者は今おりませぬ。ご安心を……」

 

俺の横には趙雲と単福が居り、黄忠さんは少し遠い場所で俺に目配せする。

 

「えっと……趙雲どうすれば良いの?」

 

「何、簡単なことよ。彼らを圧倒的勝利で導けば良い」

 

趙雲が余裕綽々と言い放ったために、他の将達が反発する。

 

「簡単に言ってくれるではないか!我々はここしばらくあの賊共に手を煩わされておるというのに」

 

「左様。それに我が兵は先の戦いで敗走しておる。いまやその数は七百程!」

 

「賊とは思えん動きをし、将もおるのだ!迂闊には飛び込めんぞ?」

 

「戯けっ!一騎打ちで負かされそうになった途端、仲間の命を身代わりにする者など将ではないわ!」

 

俺にはこの人達を納得させる気の利いた策を提示できそうにない。ここは本職である軍師の単福に案を求める。

 

「単福、この状況を打開したいんだけど、何か策はあるかな?」

 

彼女は慌てることなく、軍師として堂々と俺の問いに答えてくれる。

 

「この南陽は南陽盆地に囲まれ、私達が戦う戦場は広い平地。数で劣る我々が真正面から挑むのは愚策です。しかし相手は賊。多少統率が取れたとしても所詮は賊。財や糧を目の前で落としてやれば欲に走り、暴走して統制などできるはずがありません」

 

「釣り野伏せか!」

 

「軍師の発言中に口を挟むな馬鹿者!」

 

趙雲に頭を叩かれて、怒られてしまった……

 

「わわっ、”つりのふせ”とはいったいどのような策なのでしょうか?」

 

「全くだ……どれ」

 

趙雲が俺の肩を突いて、答え合わせだと俺に耳を向ける。

 

「全軍を三隊に分け、そのうち一部隊を囮にして敗走した振りをするんだ。残り二部隊を左右に伏兵として置き、機を見て囮が戻ってきて攻撃すれば」

 

「ふむ。なるほど……三面方位の完成か。単福殿、失礼した。続きをよろしく頼む」

 

少し府に落ちない表情をしながら、彼女はその説明を続ける。

 

「ですが、少ない部隊を三つに分けて、中央は糧を置いて敗走するように後退せねばいけません……」

 

「危険じゃが、数に劣る我らの現状ではやるしかあるまい!」

 

「ふむ。ならば中央には士気、練度共に高い兵と、冷静に状況分析ができ、高い信頼関係にある指揮官が必要だぞ?」

 

誰もが躊躇する中、沈黙を破り手を上げて立ち上がった女性がいた。

 

「その役目、この黄漢升が引き受けますわ!」

 

周りの将から動揺が走る。

 

「待たれよ、黄忠殿。いくらなんでも危険すぎる。それにいくら水鏡女学院の肩書があるとしても、今すぐその少女を軍師として認めるのは如何なことか? 我々は兵の命を預かる将。安易な決断は止されよ」

 

「っ!では、いったい誰がっ!」

 

そう、一体誰が務めるのだと単福は思う。実績と実戦、信頼と信用。すべてが皆無である軍師の策。その最も危険とされる中央を一体誰が引き受ける。

 

ぎりっと歯を噛みしめ、単福は拳を握り俯きながら肩を振るわせる。

 

俺は彼女に軍師として意見を求めた。ならば俺が危険な中央を引き受けるのが筋と言うもの。祖父ちゃんも言ってたしな。何事にも筋は通せって。

 

「――俺が行く!」

 

それに彼女は孔明や龐統に並ぶ凄さを持っているはずだ。何を迷う必要があるだろうか。

 

彼女の肩に手を置く。

 

「彼女が信頼たる名軍師だと言うことを証明するために!そして皆を信じている証拠に! 中央は俺が引き受ける。……それに危険な役目を皆に押し付けるわけにはいかないからね」

 

「……北郷さん」

 

「そうだな。黄忠さんは、伏兵の指揮をお願いするよ。」

 

「っ……承知致しましたわ」

 

誰もが先程とは違う無言を続ける中、隣で肩を振るせていた趙雲が口を開く。

 

「あーはっはっは!……大将自ら死地へと出向くか。面白いっ!」

 

趙雲の赤い瞳に、鋭い光が宿る。

 

「単福殿が用意してくれたこの見せ場。この趙子龍も引き受けた!それに北郷一人良い思いをさせる訳にもいかぬ。我が実力がいかほどのものか、皆に示せる機会もそうそうあるまい」

 

単福は思う。この二人は常識の域を超えていると。出会ったばかりの私を信じ、仮にも太守という立場の者がそのような危険を冒すものだろうか。そして出会ったばかりの軍師の言葉を信用し、その死地に喜んで身を投げ出す将がいるのかと。

 

――私は、この人達を……もっと知りたい!

 

「わわわっ、私も行きます!」

 

そして、他者は思う。前戦に向かおうとする軍師がどこにいるのかと……

 

「この黄漢升……あの場所に立てないこと――本当に無念ですわ!」

 

中央が決まった!三人を目の前に、将たちの士気が一気に高まる。

 

「己らぁぁぁ!……出陣じゃーーーっ!」

 

「応!!!」

 

 

(七)

 

各自が出陣の準備を整えていた最中、

 

「北郷!」

 

俺の名を呼んだ趙雲が、制服の入った荷を投げつける。

 

「これって……制服じゃないか」

 

「左様。どれ、着るのを手伝ってやろう」

 

ぺろりと唇を舐めながら近付くと、突然俺の服を脱がそうと紐を緩めて行く。

 

「ちょっ!勝手に脱がすな!」

 

趙雲を引き離そうと格闘していると、黄忠さんが何事かと様子を見に来てくれた。

 

「出陣前に、いったいどうしたのかしら?」

 

「……ただの着替えだ。このっ、観念しろっ!」

 

「ちょっ、一人でできるから放してくれ!」

 

「ふふっ、遠慮するな!」

 

気付けば、すべての紐が緩められ、俺の後ろにスッと回り込んだ趙雲の手が、開かれた服の隙間から下着の中に入ってくる。冷たい手がどさくさにまぎれて俺の肌を撫でる。

 

「冷っ!趙雲!」

 

「失敬失敬、後ろからでは良く見えぬのでな」

 

「……」

 

黄忠さんがしばらく羨ましそうに指を噛んでこちらを見ている。だが彼女も俺に近付き、目の前で屈んでズボンの紐を緩めて行く。

 

「ちょっ、大人の貴女はこの状況を止めるべきじゃないのかっ!」

 

目の色が変わった彼女に俺の言葉は届かない。

 

この状況を傍観していた単福から、ごくりと唾を飲む音が聞こえる。

 

「やめー!」

 

俺は寒い中あっと言う間に下着一枚にされ、単福までが冷たい手で恐る恐る俺の肌に触れ始める。

 

「ちょ!単福まで何してんだよ!お願いだから、二人を止めてくれ!」

 

だが趙雲は単福まで仲間に引き込んでしまう。

 

「その袋に入っている北郷の服を取ってやってくれ」

 

俺と趙雲を見比べた後、単福は趙雲に味方したようだった……

 

慌ててその荷物を拾い、中から制服を取りだした瞬間。

 

その後ろ姿が固まる。

 

「単福ちゃん、どうしたの?」

 

彼女は後ろを振り向いて趙雲をじっと見詰る。趙雲は頷いて彼女を急かす。

 

この寒空の中、俺は抵抗するのは虚しいだけと諦め、趙雲のしたいようにさせる。

 

「お、大人しくなったな」

 

「風邪引くっての。もう潔くお願いするよ……」

 

「それで良い。ほら、腕を上げて」

 

黒のシャツを手に持ち、趙雲は嬉しそうに俺に着せると、次は制服のズボンを丁寧に穿かしてくれる。

 

初めてファスナーを持ち上げると、その表情が驚愕する。上げたり下げたりして遊び始める。

 

勢い良くファスナーを下げて、その隙間を覗き始めたので、俺は趙雲の頭に手刀を落とす。

 

「遊ぶな!」

 

「北郷さん?それはいったい……」

 

「これはファスナーと言って……機能は見たまんまだよ」

 

趙雲の後ろに控える二人が目を点にしながら、それを物珍しそうに覗きこむ。決して俺の股間を注目しているわけではない!

 

趙雲は上着のファスナーがどのような仕組みなのかと、しばらく金具を見詰め、手こずりながらもオスとメスを嵌め込んでゆっくりと引き上げて行く。

 

これで良いのだろうか?そんな表情で見上げてくるので、俺は彼女に頷く。

 

制服すべてを着せてくれ、さらに俺の髪まで整え始めた。なんだか照れくさい。

 

少し離れた趙雲に感謝を告げた途端、後ろに回り込んで俺の両肩に手を置くと、そこから二人の顔を覗く。

 

「どうだ?」

 

趙雲が問うても彼女達は固まったまま、ピクリとも動かない。反応が返ってきたのはしばらくしてからだった。

 

「太陽の光を反射して……輝いてます」

 

黄忠さんは何も話さず、制服の生地を確かめる。

 

「あぁ、ポリエステルって生地なんだ。俺の国じゃ普通に市場に出回ってるんだけどね」

 

ぶかぶかだった制服が昔ほどでは無いにしろ、それなりに着れるようになったみたいだ。

 

「では、行こうか」

 

趙雲が促すと、皆が集まる場所へと歩いて行く。

 

 

(八)

 

誰もが俺の姿に驚きを隠せずにいた。

 

何人かの兵士が膝を折ると、徐々に皆が膝を屈して行く。それを見た将達も自らの武器を目の前に掲げる。

 

「わ、我ら一同、出撃準備、整っております!」

 

「我ら三人は中央!中央で勝利を味わいたいものは立て!」

 

趙雲が叫ぶと、俺と共に走り回った者達が、そして趙雲の武に魅入られた者達が次々と立ち上がって行く。

 

「これでは、我ら将の面目が丸潰れじゃわい」

 

「無理もありませんわ。私もあちらに行きたいぐらいですのに……」

 

「黄忠!将であるお主が、何を言う!……まったく、勘弁してくれ」

 

「現在の兵糧はいかほどでしょうか?」

 

単福が問うと、兵糧を担当している者が答える。

 

「我々が三日ほど耐えられる程度でございます」

 

単福は頷く。

 

「この戦いで決着をつけましょう!そのすべてを運びながら、部隊中央は輜重隊に扮し、両側に伏せた皆が居る場所まで兵糧を運んで撤退します!」

 

少女とは思えない大胆かつ無謀な作戦が発表される。

 

「銅鑼の合図で伏兵強襲!囮は反転して突撃!三面方位で賊を完膚なきまでに叩き潰します!」

 

策が伝え終わり、単福は俺を見詰める。出陣の合図だろう。

 

これから戦場へと向かう、勇気ある荊州の兵士達が俺に注目する。

 

「皆、死なないでくれっ!俺の願いは皆が生きて勝利を掴むこと!だからこんな所で死んでくれるな!危なくなったら無理しなくても良い! 逃げろ!そして必ず生き残ってくれ!」

 

「え?」

 

そんな表情が俺に突き刺さる。

 

「……あれ?」

 

趙雲は肩を震わせながら笑いを堪え、単福も俺をきょとんと見詰めていた。

 

「あーはっはっは!……勝機は軍師単福が前戦ですべてを見据え、我らが部隊は荊州を愛する精兵!決して誰も死ぬことなど無い! 皆、そうであろう!?」

 

趙雲が俺の激に反論し、同意を得ようと問い掛ければ、皆が思い思いの一言を俺に飛ばす。一生懸命考えたのに他人事だと思って言ってくれるじゃないか!

 

俺は胡蝶ノ舞を抜き、その刀身を空へと掲げる。

 

「落ち着いたら宴会するぞ!だから何としても、生き残れーっ!」

 

「応!!!」

 

誰もが思う。何とも引きしまらない舌であろうかと、だが我らは必ず勝利し、宴会は必ず盛り上がるだろうと。

 

――そのために必ず生きて帰ろうと!

 

 

(九)

 

俺達は賊の本隊千五百と相対していた。

 

軽重隊に扮した中央軍三百と賊千五百。飲み込まれればすべてが終わる。

 

「では、釣るとしよう!」

 

果物を一つ手に取り、かじりながら賊に近づく。

 

残った部分を賊共に投げつけると、敵本隊はすぐに動き始めた。

 

「さすが賊だ。あの頭には己の欲望しか詰まっておらんな」

 

そう言って早くも、俺達は逃げ始める。

 

重い荷物で速度が出ず、一つ、また一つと積み荷を落としていく。

 

その中身を見た賊共は歓喜し、さらに速度を上げてこちらに向かってくる。

 

徐々にその距離が縮まって行く。

 

「予想以上に賊の速度が速い!単福、まだか!?」

 

「まだです!もっと引き付けなければ!」

 

先頭を走ってきた数人に追い付かれ、趙雲が交戦する。その賊たちをあっさりと切り捨てる。

 

「殿は私に任せて速く行けっ!」

 

「趙雲!」

 

「立ち止まるな!北郷!行けっ!」

 

趙雲は新たに走ってきた賊数人を軽くいなすと、振りかえって全速力で野を駆ける。賊に追い付かれ防戦する荊州兵を助けて行く。

 

「走れっ!」

 

後ろを振り返り、再び野を掛けて行く。

 

趙雲なら大丈夫!……きっと大丈夫!

 

「撤退!撤退だー!速く逃げろーっ!」

 

賊に聞こえるように俺は叫ぶ。

 

俺達はただ走り続ける!

 

――趙雲!

 

皆が必死になって草原を走り抜けていく。

 

「もうすぐだっ!……走れっ!」

 

「北郷さん!趙雲さんを呼び戻してください!」

 

「分かった!単福、転ぶなよっ!」

 

「わわっ!転んだら、助けてくださいね?」

 

俺は逆方向へ走る。物凄い速度で皆と擦れ違って行く中、趙雲は最後尾で追い付いた賊を蹴散らしていた。

 

「次から次へと鬱陶しい!」

 

趙雲と共に後方を走っていた部隊長が追い付かれ、防戦を余儀無くされる。

 

「死んでたまるかぁぁぁ!」

 

立ち止まっていた部隊長が賊を切り捨てて、再び走り始める。

 

賊共は趙雲を数で攻め立てる。数人の賊達と力と力が均衡する。

 

「へへっ、捉えたぜ。だが安心しろ。良い女だからなっ!男ってのをたっぷりと味あわせてやる!」

 

「っ……!」

 

俺はその後方へ、横から走り込んで賊の足を切り裂いて走り抜ける。血が噴き出し、賊共は悲鳴を上げて体勢を崩す。

 

「趙雲!走れぇぇぇ!」

 

「北郷!?」

 

俺の姿を見て驚いては、地を蹴って駆け出す。

 

「なっ、何だあの男は!」

 

「あの男を捕まえろぉ!」

 

だが俺は追い付かれることは無かった。さすが現代の靴。クッションも利いていて走りやすさが違う!だけど、趙雲はあの履物で俺より速いんだけど、どうなってるんだ?

 

いつの間にか横に並ばれ、隣を見ると俺に笑みを浮かべながら前方を指差す。そこには置き去りにされた積荷があり、趙雲は宙に舞ってその積荷を結んだ縄を切り捨てる。

 

ガタリと平原に兵糧が散らばめられる。

 

それを見た賊は一斉に兵糧に群がる。積荷によじ登って歓喜の声を上げる。

 

俺達の姿を確認した単福は手を振って、銅鑼を鳴らす合図を送る。平原に銅鑼の音が鳴り響く。

 

「はぁ……はぁ……、全速力で逃げてきて……疲れているとは思うけどっ!」

 

「息を上げているのは、北郷だけだが?」

 

趙雲が飽きれて、皆が俺を笑い飛ばす中、俺は走ってきた方向へ刀を向ける。

 

「反撃開始だ!」

 

 

(十)

 

「……屑共がっ!何でこんなところに後方支援の輜重隊がいるんだよっ!考えりゃ罠って分かるだろうが!」

 

「駄目だ。もう手に負えん!」

 

「くそっ!なんて奴らだ!このまま目的が達成できないと、もう故郷は拝めねぇ……始末されちまう!」

 

「銅鑼!?や、やっぱり罠だっ!ふ、伏兵だぁぁぁ!」

 

両側から攻められ、追いかけていたはずの部隊に前方から突撃され、逃げ場を失った賊達がパニックに陥る。

 

「もう限界だ!逃げるぞ!」

 

「ぷはっ、こいつ等が邪魔で逃げれねぇ!」

 

「くそったれぇぇぇ!」

 

「がぁぁ!前、両側!くぞっ、軍師がいる?なら後ろだ!逃げ道は必ず用意されている!後ろへ逃げるんだ!」

 

「何だって!?聞こえない!」

 

 

 

 

趙雲達は前戦で賊を蹴散らしている。俺は後方でこの戦いを目に焼き付けていたのだが、

 

「なんだろう……賊達の中に不自然な動きをする奴等がいるな」

 

戦うこともせず、逃げ出すこともできずにただ揉まれているだけの男達。何やら会話している様だけど。

 

良く見るとその男たちの腕には、黄色の布が巻かれていた。

 

黄巾党!?でも他の奴らは黄色い布を付けていない……どういうことだ?

 

あいつらを生け捕りにできないだろうか?

 

「伝令!」

 

「ここに!」

 

「各将に黄色い布を腕に捲いた賊を、生け捕りにしろと伝えてくれ!」

 

「はっ!」

 

「黄色い布に……どうかしたのですか?」

 

「ん?少しばかり。ただ奴等がきっと賊将だと思うんだ」

 

「わわっ!本当にいます!布を腕に捲いた男達が数人逃げて行きます!」

 

「北郷!」

 

「趙雲!詳しくは分からない!黄色い布を捲いた男達だ!逃げて行く!」

 

「任せろ!」

 

趙雲は地を蹴って物凄い速度で追いかけて行く。

 

 

 

 

「くそっ!この混乱の中で、気付かれただとぉぉぉ!」

 

「あの白いのがこっちに来るぞ!逃げろ!」

 

「くそっ!くそぉぉぉ!」

 

男達は叫びながら必死に逃げて行くも、目を付けられた運の悪い男が趙雲に追い付かれる。

 

「舐めるなぁ!」

 

「その程度の武で、この趙子龍が倒せるとでも思ったか!」

 

あっと言う間に剣を弾き飛ばせれ、二人の距離がじりじりと縮まる。

 

「その黄色い布について、いろいろと聞かせて貰うぞ?」

 

男は腕に捲かれた黄色い布を隠しながら、不気味にほくそ笑む。

 

「黄色い布?さて何のことだかな!」

 

男の短剣を避け、擦れ違いざまに足を蹴り飛ばして地面に這いつくばらせる。

 

「くそっ、もはやこれまで!」

 

「なっ!……馬鹿なことをっ」

 

男は自らの首を掻き切り、絶命してしまった。

 

 

 

 

「勝鬨を上げろぉぉぉ!」

 

誰もが勝利を喜び、生きていることを天に示すために雄叫びを上げる。

 

「黄色い布を捲いた男達の捕獲には失敗。趙雲さんが捕えようとした男は、首を掻き切って絶命したとのことです」

 

「そうか……ありがとう。それより皆は無事か?」

 

「負傷者はいますが、皆無事です。荊州軍の圧倒的勝利です!」

 

良かった、皆無事で!

 

「我々とぜひ南陽の城まで御同行くださいませ」

 

「えっと、趙雲どうする?」

 

俺は趙雲に向かって問う。

 

「どうするとは?」

 

「どうするって、主探しの旅だよ。南陽には太守も刺史もいないんだぞ?」

 

少し考えた後、ぽん手を叩く。

 

「言われてみれば確かに。だが折角の誘いを無下にするのも悪い。城へ向かうぞ」

 

 

(十一)

 

俺達は事の発端となった南陽の地へと足を踏み入れる。

 

刺史も太守も居らず混乱したこの場所で、多くの文官が我ならば太守の代理が務まると、こぞって論じ合いをしていたのだ。

 

武官たちは戦で出払っていたために軍部の反乱は無かったものの、彼らが帰ってきた途端その可能性が出始めた。

 

「き、貴様ら文官は、今の今まで何をしていたかっ!」

 

「時期に次の太守がやってくればすぐに交替じゃ!三日天下に意味は無かろうがっ!」

 

「あらあら、こうなったら、北郷様に太守を務めていただくしかありませんわね」

 

「黄忠!それは良い考えじゃ!」

 

黄忠は俺に目配せすると、皆が俺を見詰める。

 

「……へ?」

 

「ふむ。ならば今の状況に必要なものは何だと思う?」

 

趙雲が文官達に問えば、欲に駆られた文官の一人が高々と宣言する。

 

「皆を一つ纏めて導く太守に決まっておろうが! どこぞの馬の骨とも知らぬ者が、この荊州一の人口を誇る南陽を治めると言うか!ふざけるなっ!」

 

その台詞に頭を痛める数人の文官たちが見える中、単福が反論する。

 

「そ、それはこちらの台詞です!今必要なのは被災した民への救済!貴方達は何のためにこの荊州の文官をしているのですか!」

 

「そうじゃ!儂らは命を掛けて戦い、民を守ろうと戦ったのに、貴様らはっなんじゃーっ!」

 

ここは北郷殿にお任せするしかあるまいと、武官達は口を揃えて言う。

 

「単福様は我らに策を授けて勝利を導いて下さり、趙雲様は殿を務め、兵を助けながら共に勝利へと導かれた。北郷様も前戦で命を晒し、我々を導いてくださった!……戦場にすら立たぬ貴様らが太守なんぞになれるか!」

 

その言葉に、これ以上は危険だと文官たちが反論を飲み込む。

 

「そこまで言うなら、北郷とやらに任せようではないか。だが失策でもしてみろ。そのときは貴様ら武官共々責任を取って貰うぞ!」

 

数人の文官がこの場を後にすると、残った文官たちがこちらにやってきて頭を下げる。

 

「早急に対策が必要かと。太守の間に御案内致します」

 

結局、俺は新たな太守がこの地にやって来るまで、荊州南陽の太守という職に就くことになった。

 

 

 

 

「どうぞ、太守の椅子にお座りください」

 

俺は長い階段の先にある椅子に座れと促される。だが俺は断ることにした。

 

「俺は官職を持っていない。それに皆が納得できる人物こそ、この南陽の太守に相応しいと思うんだ」

 

そうだなっと俺は考える。皆と同じ立場に立って、この荊州のことを立て直そう!

 

「立場もある。円卓の方が良さそうだな。円になるよう席を設けてくれ。あと意見を書き出す黒板の変わりのような物があればいいんだけど……木の板とそこに書く道具を用意してくれ」

 

何が始まるのかと、俺以外の人間はさっぱり分からないようで、言われたことを淡々とこなす。

 

準備が終わり、俺が座ると右側には趙雲が、左側には単福が座る。

 

主要な人物が入り口から入ってくると、その異様な光景に誰もが立ち止まる。

 

既に太守が座って待っている時点であり得ない。さらに円に沿って椅子が配置された太守の間。常識では考えられない出来事が続き、皆が混乱し始める。

 

「こ、この配置は……」

 

俺の顔を見ながら、誰もが恐る恐る席に着く。

 

趙雲側には武官が、単福側には文官が自然と別れて行く。

 

「円卓の騎士って有名な話があってね。まぁそんな事はどうでもいいな」

 

揃ったようなので、俺は立ち上がる。

 

「俺は未熟だ。太守なんて勿論経験したことはない。俺一人では荊州を良くすることはできない!だからこそ、皆に頼む」

 

俺は頭を下げる。

 

「どうか、この南陽から涙を流す人を無くす為に……力を貸してください!お願いします!」

 

文官たちがざわめき、一人の年配の文官が俺に告げる。

 

「南陽の為ならば助言致しましょう。我等文官一同、南陽の民の為、北郷様の智となりましょう」

 

「ありがとう!」

 

一人の文官が叫ぶ。

 

「この円卓。文官と武官が同じ立場などと、ふざけるのもいい加減にしてもらいたい!……と思いましたが、武官共が声を荒げるのが分かる気が致しますな」

 

「左様!太守が我等と同じ席に座られるなど、考えらられぬ出来事よ。さぁ、始めようではないか!」

 

 

(十二)

 

「この板にこの南陽に必要な事を書き込んでいく。最後に皆でまとめるから……趙雲、意見を書き写してくれるかい?」

 

「御意」

 

嬉しそうに趙雲が答えると、俺は皆に意見を求める。

 

「今のこと、将来こと、この南陽に必要なものをすべて書き出す。何か無いかな?」

 

誰もが口を閉ざす。

 

「まぁ、最初は俺からかな。んー、将来、皆が入れる大きな風呂があればいいなって思う」

 

趙雲は飽きれながら、突っ込みを入れる。

 

「急を要するのに、なんだ其の私利欲欲な意見は……」

 

「例えばだよ。この南陽に必要だと思ったら何を発言しても構わない。……ほら書いて! でも皆で広い風呂に入れるようになったら良いと思わないか?」

 

「それはそうですけど……」

 

でもそれは例えでもどうかと、単福が答える。

 

木板に大きな風呂と書かれる。

 

「ふむ。では私も……」

 

そこにはメンマ御膳が食べられるメンマの館と書かれていた。

 

その書かれた内容に、円卓を囲む皆が不安を抱く。

 

「わわっ!真面目に考えてください!」

 

「まぁ、例えばだよ」

 

「私は大真面目だが?」

 

私は本気だと、そんな顔をしているが俺はそれを流して意見を求める。

 

皆が俺たちに任せてられないと判断したのか、発言数が増えて行く。次々に意見が書き込まれていく。

 

木板の前に立った趙雲が皆の意見を聞き取っては、水墨を含ませた筆を走らせて行く。

 

しばらくすると、そこには目一杯に書かれた意見が並ぶ。どれも必要と思うものばかりだ。

 

「意見も沢山でたし、そろそろ良い時間だね」

 

木板を睨みながら、単福が俺に確認を取る。

 

「この中から急を要するもの探すわけですね?」

 

俺は頷く。

 

「やはり民の救済ができなくては国ではありません」

 

「左様。だが再び賊に南陽を攻められてはかなわん。城壁の修理も必要だ」

 

「金はどうするんだ?国庫は潤っておらんぞ?やはり富豪層からの資金援助を」

 

早急の事案が絞り出されていく。

 

家を追い出された人達への天幕の造営。

 

腹を空かせた民たちへの食事。

 

街の治安回復。

 

外敵からの守備。城壁の修理など。

 

皆がその案件を片付けるために散って行き、太守の間には誰もいなくなった。

 

 

 

金銀財宝の類はないが、食料に関しては兵糧庫を開く。俺たちは民達への炊き出しと、天幕の造営を指揮しながら、非常時ということで民へ協力を頼む。

 

「皆!聞いてくれ! 賊がいつ他の村を襲うか分からない、とても危険な状況なんだ!……街の警備に回すほど南陽に兵士がいない! 街の治安の維持のために、この街が復興するまでの期限付きで自警団を組織したい! 給与に関しては、財政が安定してから支給という形になるけど、よろしく頼めないだろうか!」

 

南陽の人達はこぞって協力してくれた。今の状況では田畑を耕してはおれぬと、力ある若者たちが集まってくれる。

 

長い棒を持った簡単な鎧を着た警備兵達を前に、趙雲と俺は注意点を説明していく。必ず複数人で行動すること。何かあったら仲間を呼ぶこと。卑怯とは思うかもしれないが、街を守るために複数人で取り押さえることを伝えた。

 

時は驚くべき速度で過ぎ、困窮である課題が一つ、また一つと数を減らしていく。そして、南陽の新しい太守がもうすぐここに到着することが伝えられた。

 

戦場で約束した宴会は俺達の送別会になってしまったけど、楽しく皆が酒を飲む姿を見て俺は思う。俺一人では決して見ることはできなかったと。

 

目の前にいる人達の笑顔を心に刻む。

 

皆が騒ぐ宴会場から距離を取り、俺は一人で酒を飲んでいた。

 

「北郷さん」

 

単福がこちらにやって来て、俺の隣に座ると酌をしてくる。

 

「趙雲さんと、旅発たれるのですか?」

 

盃を空にして、俺は単福の問いに答える。

 

「あぁ、そのつもりだよ」

 

「そうですか……」

 

話題を変えようと、落ち込んでしまった単福の帽子を取って、被せてみる。

 

「?」

 

「いや、本当に吸いつくんだ」

 

趙雲が癖になるって言ってたけど、本当に癖になりそうだな。

 

「えへへ」

 

嫌がる素振りも無かったので、かっっぽ、かっっぽと単福で遊んでいると、黄忠が酒を持ってやってくる。

 

「何を遊んでいるんですか?遊ぶなら私で遊んで下さればいいのに……」

 

その大胆発言に、顔を赤くして単福が慌てふためく。その姿を見て彼女はニコッと微笑みを浮かべる。彼女も俺の隣に腰を下ろして酌をしてくれる。

 

「荊州を発った後はどちらに?」

 

「さぁ、趙雲からは何も聞いてないからなぁ」

 

俺に凭れ掛った黄忠は、酒の匂いがする。相当飲んだ様で、頬を染めて色っぽく俺に迫る。

 

「なんでしたら……私をモノにしてみませんか?」

 

すっと俺の胸に人差し指を押し付けて滑らせる。すると単福がその人差し指を摘まんで、黄忠を睨みつける。

 

「あら、この私と勝負しようというのかしら?」

 

「望むところです!」

 

二人はぐいぐいっと酒を飲み始める。

 

「はは!二人とも仲が良いな!……さて趙雲の様子でも見て来るよ。最近、俺から誘わなきゃ絶対一緒に飲んでくれないからな」

 

そう言って俺は趙雲の元へと向かった。

 

 

 

 

「北郷さんと趙雲さんって、どこまで進んでいるんでしょうか?」

 

「あの調子じゃ、接吻もまだね。初々しいわ」

 

「わわっ!そ、そんな筈はっ!」

 

黄忠は首を横に振る。

 

「私には分かるわ。例え二人の想いが同じだとしても、主が見つかればきっと一緒には居られない。この時代と彼女の心が、自らの意思で突き放すことになるでしょうね」

 

単福は盃をちびりと飲んで言う。

 

「北郷さんは太守の枠では収まりません。必ず一角の人物となりましょう」

 

「水鏡女学院の生徒さんに、そこまで言わす北郷様は本物ってことかしら?」

 

単福はこくりと頷くと、鼻を啜る。

 

「そうね。時間があればきっと。でも待ってはくれないでしょうね」

 

「私は、北郷さんの軍師なのに……私を認めてくれたあの人!……あの人の軍師なのにっ!」

 

自分は無力だと涙を流す単福に、黄忠は自らを重ねて抱きしめる。

 

「本当に……。でも生きていれば、必ずまた会えるわ。諦めてしまってはそこでお終いよ?良いわね?」

 

単福はこくりと頷く。

 

「私、水鏡先生の元へ戻ることにしました」

 

「そう……」

 

彼女の頭を胸に抱き寄せながら、空を見上げる。

 

冷たい夜空に煌々たる光の粒が散りばめられて、その中を月が強く輝いていた。

 

 

(十三)

 

月明かりの下、一人の少女が夜空を見上げて呟く。

 

「私は……夢を見ているようだ」

 

北郷が仮にも太守となって民を導き、驚くべき速度で南陽とその周辺の村々を復興させてしまった。

 

今までの出来事を何も知らぬ新たな太守に、見す見すその座を明け渡してしまうと?……そうだ!新たな太守を追い出し、このまま南陽の太守にっ!

 

「……己の欲望の為に……何と汚らしい。この子龍の心よ」

 

酒を一気に煽り、膝を抱きかかえる。

 

「一人で煽って、酒の飲み過ぎは良くないぞ?」

 

「ほ、北郷か。……驚かせるな」

 

「最近は俺から誘わないと一緒に飲んでくれないなんて、少し素っ気無くないか?」

 

「ふふっ、この趙子龍、そう安い女ではない。付き合ってやるだけでもありがいと思え」

 

本音を言えない私は嘘を吐く。彼が隣に座った途端、私の身体は見えない力に引き寄せられる。

 

「なぁ、北郷? 私は夢を見ているようだ」

 

正直に今の気持ちを伝える。

 

「夢じゃないさ。俺は生きているし、趙雲も生きている」

 

私の頬を軽く引っ張っる。北郷はかなり酔ってるようだ。

 

「太守の座、見す見す後任の者に譲り渡すのか?」

 

「当り前じゃないか。そういう約束なんだ。ただ、後任の人が俺より素晴らしい人物だったら良いなって思う」

 

酔っている癖に否定の言葉を吐くか。本当に欲の無い男だ……いったい誰の所為で汚れた心を抱くことになったと思っているのだ。

 

「少し冷えるな」

 

ならばと私は立ち上がって、北郷の前に座る。

 

「湯たんぽの変わりをしてやろう」

 

「あははっ!ありがとう。……暖かいな」

 

――暖かい。

 

北郷が主だったら、身も心もすべてを預けて包まれて。そしてこのまま激しく、この命を天まで焦がす勢いで燃え上がらせるまで……

 

――胸の鼓動が高鳴る

 

今宵、儚き夢が潰えてしまう前に……強く、もっと強く私を!

 

がさがさと草むらが揺れ、何者かの気配が伝わる。

 

――癖者!?

 

私が立ち上がろうとした途端、北郷に頭をぶつける。くっ、……痛いが我慢して叫ぶ。

 

「誰だ!」

 

私が叫ぶと、一際大きな音を立てて草むらから一人の女が出て来る。

 

「あははっ!ごっめーん!良いところなのに、邪魔しちゃったわね!……続けて、続けてっ」

 

不審な女が酒を持ちながら、お構いなくと手の平をこちらに向けて胸の前でバタバタと振る。

 

「こ、この馬鹿娘!何を見つかっている!」

 

がさりともう一人、酒を持った母親らしき人物が草むらから出てきて立ち上がる。まさか二人いたとはっ……

 

「ば、馬鹿娘とは何よ!酒をくすねるぞって、こっそり宴会場に侵入して、こんな場所を通るから悪いんでしょ!」

 

「……どっ、同罪の分際でよく言うわねっ!」

 

私が槍を持とうとしたとき、北郷が声をかける。

 

「趙雲、構わないよ」

 

「!?」

 

信じられない顔をした目の前の二人が、一気に気を緩める。

 

「こりゃ参った。坊やに借り一つだ。そうだ、婿に来るかい?」

 

「突然何を言い出すかと思えば、この馬鹿母は……」

 

「良い男じゃないか。度量もある。父さんみたいな婿、お前もほしいだろ!?」

 

「え、父様ってこんな感じの人なの?」

 

「恰好はもっと良かったけどね!」

 

あははっ!っとその女性は大声で笑い出す。もうどうでも良くなってしまった。私は北郷の前に座り直しながら、彼の腕を前に回して隙間を埋めるようにくっつく。

 

「残念だが、この男は私が婿に貰うと成約済みだ……」

 

「なら、娘二人……いや、三人付けるわ!三人と犯れるんだ。姉妹丼も夢じゃない!男なら来いっ!」

 

「ちょっ!娘の前で犯るとか、丼とか、言わないでよっ!恥しいじゃないのよっ!あははっ、気にしないでね!」

 

「動かないか?なら私もつけよう!娘三人生み落しても尚この曲線美と、溢れんばかりの柔肌。親子丼も夢じゃない!男なら来いっ!」

 

北郷はその勢いに呆気に取られていた。その問いかけに北郷は口を開く。

 

「この国って、一夫多妻制だったの?」

 

「おや、北郷の国は一夫一妻制だったのか?だが、乱世で一夫多妻など、どこぞの豪族か、貴族しか……」

 

「私と犯れるってのに、ぴくりとも動かんとは……後悔させてやるぞ!坊や!」

 

突然怒り出して、腰にある剣を引き抜く。北郷が言い訳を始める。

 

「いやいやいや!やりた……ごふっ!」

 

肘を腹に入れて、何やら吐こうとした北郷を黙らせる。

 

「はっはっは!これはこれは、やっかいな強敵がいるぞ?どうする娘よ?」

 

「どうするって、なんか知らないけど、こうなったら勝負よ!」

 

「ほぅ?武人に勝負を挑むとは、良い度胸だ」

 

「祝いの席で殺し合いなんで嫌よ?酒よ、酒♪」

 

「良いだろう、返り討ちにしてくれる!」

 

「負けるな娘!勝って婿を手に入れろ!」

 

そう簡単にくれてやるものかっ!私は立ち上がった。

 

 

(十四)

 

……趙雲とその女性はぐったりしていた。

 

「引き分けか。私達の負けね。娘が邪魔しちゃって、本当にごめんなさいね」

 

「こちらこそ、迷惑掛けたみたいです。すいません」

 

「迷惑だなんて言ったら、彼女に失礼よ」

 

「あはは……」

 

俺は趙雲を担ぐと、その女性は娘を軽々と肩に担いでしまう。

 

「そうね、呉に遊びに来なさいな。歓迎するわよ。北郷一刀」

 

「呉?もしかして孫文台か? どうして俺の名前を?」

 

「はっはっは!私も有名になったもんだ。なら娘の名前、坊やは知っているかい?」

 

「確か孫伯符だっけ?」

 

「ふっ……本当に唯者ではなさそうね。まぁ、私の娘だけあって良い女よ?気が変わるのを楽しみにしているわ!」

 

そう言って、孫文台は手を振って去って行った。

 

 

 

 

俺は趙雲を台に寝かせて、服を着替える。またそこらにある服を着て、明日から趙雲との旅が始まる。

 

「今宵だけは、北郷は……私の……」

 

「ん?起しちゃったか?」

 

「……」

 

「寝言か?……さて、俺も寝るとするよ。おやすみ、趙雲」

 

もう一度振り向くと、赤い瞳が俺を見詰めていた。

 

「おやすみ」

 

俺はそう言って扉を閉めた。

 

 

(十五)

 

荊州刺史、王叡(おうえい)が孫堅に殺害され、謀反ではないかと取り調べた南陽太守、張咨(ちょうし)が、彼女から恨みを買ったと家財一色持ち出して、南陽から逃げ去ってから、落ち着きを取り戻すまでに三週間が立った頃。

 

「ほんのちょっぴり遅れましたけど、荊州の南陽郡に到着ですよ、美羽様!」

 

「うむうむ。とうとうわらわも太守となる日が……これで蜂蜜水が飲み放題なのじゃ!」

 

「駄目ですよぅ。飲み過ぎると虫歯になっちゃうんですから。おやつの時間の一回だけです!」

 

不服なのか、少女は頬を大きく膨らませる。

 

「それにしても変ですねぇ」

 

「ん?何がじゃ、七乃? 平和で、活気に満ちた良き街ではないか」

 

「それですよ~孫堅さんが刺史の王叡を殺しちゃって、疑う太守の張咨さんも孫堅さんにびびって逃げ出したんですよ?孫堅さんが帰った後に賊が攻めてきたそうですけど……少々平和すぎだとは思いませんか?」

 

「確かに、怒った孫堅のばっぁむ、むぐ……」

 

「もん♪美羽様、例えそれが本当のことだとしても禁句なんですから、言っちゃ駄目です!うっかり殺されちゃいますよ?」

 

「ぷはっ。うぅぅぅ、うっかりは恐ろしいのじゃー!」

 

長沙で反乱を起こさせて、孫堅さんたちを南陽から遠退けるって伝えておいたんですけどねぇ。もぅ、使えませんねぇ……美羽様の汚点になりかねませんので、後で始末しておかないと♪

 

「う~ん。偉大な美羽様!袁術公路の到着で、反乱はピタリと静まるはずだったんですよぅ! その凄さに誰もが美羽様の前にひれ伏すはず……だったんですけど~」

 

「おぉ、皆がわらわにひれ伏すじゃと!? 素晴らしい作戦ではないかぇ?褒めて使わすぞ、七乃」

 

「いや、それが作戦通りに行ってなくてですねぇ」

 

「な、なんじゃとー!では、わらわは南陽の太守にはなれんのか!?」

 

「いえいえ~何やら新しい太守(仮)てのが頑張ってるそうですよ? でも無官。実績を上げても太守にはなれませんよ。悲しいものですねぇ~」

 

「ぷぷっ、無官で太守じゃと? 何の冗談じゃ?七乃、笑わせてくれるな!」

 

「ですよね~ 無官で太守が許される訳ありませんもんね~」

 

二人でこそこそと肩を震わせる。

 

「では、七乃? どうするのじゃ?」

 

「美羽様が、”荊州南陽郡の太守が逃げ出して民が困っているので、袁家の名の元に、この袁交路が頑張ります”っと、中央に包みを持たせて使者を立てれば、人手不足の世の中ですから、そのまま南陽郡の太守ですよぅ! もん♪美味しいところばっかり食べちゃってっ! いよっ、袁家の鑑!出世上手!金だ、賄賂だ、美羽様だ~!」

 

「うはははは!七乃、そう褒めるでない♪じゃが、美味しい所は食べなくては失礼じゃぞ?」

 

「はい~♪ さすが美羽様! その調子で野菜も残さず食べちゃってくださいね~」

 

「……」

 

 

(十六)

 

太守の間に皆が集い、俺を中心にして両側に皆が並ぶ。ただ、趙雲は体調不良とのことで欠席していた。

 

「袁術様、袁公路様ご到着!」

 

「袁術?公路と言ったら、袁紹さんの従姉妹か?」

 

赤いミニスカートを小刻みに揺らしながら、白い衣装を身を包み、帯刀した一人の女性が堂々と俺の前に歩いて来る。

 

そして、すらりと伸びた金色の髪先がくるりと巻かれ、黄色い服を来た少女が、彼女の後ろ近くを付き添いながら歩いて来る。まるで従者のように……

 

一人の文官が、堂々と立つ青い髪をした女性の前で屈もうとする。

 

「待った!」

 

俺の一言に、誰もが俺を見据える。

 

「……俺が最初に挨拶しよう」

 

俺は目の前に立つ帯刀した女性の前を横切り、後ろにいる小さな女の子の前で屈んで挨拶する。

 

「袁術様、お初目に掛ります」

 

誰もがその瞬間、驚愕の表情に揺れる。

 

「北郷様!?」

 

帯刀した女性から、俺の背中を睨みつける感覚が伝わって来る。

 

だが少女は俺と相対した女性より、気品ある仕草で、堂々とした声で名を告げる。

 

「左様。わらわが袁術じゃ。お前が無官でありながら南陽太守を務めておるという男かぇ?」

 

「はい。非常時が為に。北郷と申します。袁紹様に洛陽で大変お世話になりまして」

 

「なるほどの……」

 

その少女は、隣の従者に耳打ちをする。

 

「七乃!あのバカ麗羽の知り合いとか、話が違うぞぇ!」

 

「す、すみません!わ、私も初耳でして……ここは様子を見た方が良いかと」

 

こくりと頷いた少女の口調が一転する。

 

「れ、麗羽お姉さまと、お知り合いでしたの?お姉さまはどういったことで貴方に?」

 

「はい、洛陽で店を出すのに困っていた所、お声を掛けて頂き、出店する手筈を整えて頂きました。袁紹様には感謝致しております」

 

「!? 七乃、七乃! あの麗羽がっ感謝されておるぞっ!……これは何の冗談じゃ!」

 

「わかりませんよう!出鼻を挫くつもりが挫かれてしまいましたし、もう下手に動けませんよぅ。此処はもう淡々と引き継ぎをこなして、さっさとあの男には退場して貰っちゃいましょう!」

 

再びこくりと頷く。

 

「も、申し訳ありませんけど、さ、さっそく引き継ぎの儀式を致したいのですけど?」

 

「あぁ、どうすれば良い?」

 

俺の横に控えていた文官の一人が、紙と筆と印を持ってくる。

 

「これを、袁術様にお渡しください」

 

「わかった。最後まで世話を掛けるね。ありがとう」

 

「っ! いえっ……」

 

男は下がり、俺はその少女に太守の印が入った道具箱を手渡す。

 

「袁術様、南陽をよろしくお願いします」

 

「わ、分かりましたわ。袁家の名の元に、南陽太守として務めさせて頂きますわ」

 

「あぁ、袁紹さんの親戚の方なら安心して任せられるな!」

 

隣の従者にそれを手渡すと、誰もが沈黙を守る中、彼女は階段をゆっくりと昇り太守の椅子に腰掛ける。

 

「これにて、太守引き継ぎの儀を終了致します!」

 

一同が、彼女に臣下の礼をする。

 

俺は一足先に外に出て、肩の荷が下りたと背伸びをすると、柱の陰から趙雲が姿を見せる。

 

「……終わったか?」

 

「あぁ、最後の最後で冷っとしたよ」

 

趙雲が俺に背を向け、何か呟いたような気がした。

 

「何か言ったか?」

 

くるりと反転すると、嬉しそうに口元を隠して、流し目で俺を見る。

 

「秘密だ♪」

 

再び反転して歩きだす。そう言えば、次はどこへ行くか聞いていなかったな……

 

「趙雲!次はどこへ行くんだ?」

 

立ち止まって、再びくるりと反転して嬉しそうに叫ぶ。

 

「秘密だ♪」

 

俺は趙雲の後を追いかけ、彼女の横に並ぶ。

 

次はどこへと向かうのか。それは趙子龍のみぞ知る……

 

 

あとがき

 

 ”第六章 荊州騒乱、儚き夢” 如何でしたか? 注意書きにもある様に、よろしくないシーン。激流下りのシーンとか、紫苑の凌辱シーンやら……結構ギリギリだった気がします。服はちゃんと着てますよ。ぽろりもありません。少年誌でも良くあることですし、年齢制限のレベルは”2”だとテスは判断しております。

 

ちなみに酔った勢いで激流シーンを書いたためか、当初趙雲が北郷を跨いで、最後こてりと北郷に凭れ掛ってしまいました。……これは訂正訂正。

 

 さて、今回は題名通り、儚き夢でございます。惹かれあう二人。だが時代は乱世……彼女は主を求めて旅を続ける。武人である趙雲は自らの気持ちを抑えつけるが、想いは零れ、溢れてしまう。

 

志を曲げることは許されず、探すは身も心も捧げようと思える主。無官である北郷はその地位に辿りつくことはない。見つかれば最後。旅は半分を終え、終盤を迎えようとしていた。

 

だがここで、溢れんばかりのカリスマで、南陽太守に昇りつめてしまった北郷一刀。彼の傍で働く趙雲は喜びを覚える。夢のようなひと時。だが新たな太守が到着すれば、儚くも夢は潰える……その最後の夜。

 

デレ?いやいや、揺れる趙雲をお届け致しました。

 

明らかに優遇されてます。てか、優遇され過ぎ?……紫苑とか、単福(徐庶の偽名)が霞んでしまいました。

 

と言いますか、オリキャラ元直ちゃん。がんばってみました。水鏡女学院に通うあの二人のお友達ですね。朱里は、はわわでベレー帽、雛里は、あわわで魔女帽。……はわわ、あわわに次ぐ台詞が思い浮かびません。仕方が無いので、わわわで鼓笛隊帽子を乗っけてみました。かなり嫉妬深い模様です。

 

おぉ、そういえば美羽と七乃を忘れていました。彼女はこの作品では南陽太守になります。本編では、荊州太守。荊州牧だったのですね。劉表いませんから安泰でしたが、さてさて。

 

あ、ちなみに昇龍伝の七乃はかなり黒いです。孫堅を軽く使いこなす程度の能力を持ち、あらゆる謀で袁術を助ける忠臣。作中では、堂々と真ん中を歩いて自らを袁術と思い込ませ、間違えた者すべてを切り捨てて、袁家の家臣と入れ替える算段を踏んでいました。さすが張勲。美羽様以外は鬼ですね。

 

孫堅、孫策親子も最後の最後で登場です。今はまだ袁術に使われる不幸な人達。

 

今回は恋姫のキャラが沢山登場したのに、趙雲の章だったために、彼女に全部持って行かれた感じがします。まぁ仕方ありません。

 

最後はいつもどこそこへと向かうと書いていたのですが、今回は珍しい終わり方になってます。ただ次回作を作者が何も考えていないだけなんですけど……なんか綺麗に纏まって、打ち切りっぽい終わり方。……まだだ!まだ終わらんよ!

 

最後に、更新が遅くなりました事、お許しくださいませ。11月になりまして、急に寒くなってきました。インフルも流行っております。皆様も体調管理に気を付けてくださいませ。沢山のコメント、応援メッセージ、本当にありがとうございました!

 

それでは、失礼します。

 

 

五章のコメント返し

 

ヒトヤ様 > この人達はどこからともなく武器を取り出しますしねw 二人が真名で呼び合える日は来るか! 

 

moki68k様 > 全くもってその通りです。でもまぁ、皆魅力的だし大丈夫なはず!

 

cielo spada様 > 華陀は反則です!でもこの段階ではまだ修行中のようです。

 

田仁志様 > デレが足りないようで……六章も少しデレさせたつもりですが、どうでしょう?

 

shu-hou様 > 皆さんに言われるまで気付きませんでした。パソコンの変換機能って恐ろしいです。

 

とらいえっじ様 > 漢女ですから!

 

tknet様 > 面白いと言って頂けるだけで、頑張って書いて良かったと思います。嬉しい限りです!ありがとうございます!

 

st205gt4様 > 読み応えありますよ~

 

キラ・リョウ様 > 皆さんに言われて気付きました。蓮華ファンに怒られてしまう!

 

amagasa様 > ありがとうございます!皆さんもレンファって読んでるそうです。

 

クォーツ様 > カタナカを使うべきか悩んだ末に、漢字にしたら大変なことにw

 

トーヤ様 > 蓮華とレンゲネタは厳禁ということで。

 

munimuni様 > 叫んで貰える作品だったようで~良かった!

 

kayui様 > 星の魅力は凄いですよ!人の心が荒むと疫病のように広がって、人一倍優しい一刀も例外ではありません。大事な人を失ってしまう、その恐ろしさを知り、彼は成長したことでしょう。

 

自由人様 > 星のデレの垣間見える時、第六章で判明しましたね。デレちゃダメだ!デレちゃダメだ!

 

jackry様 > 流れだけは見失わない様にしたいとは思ってますが……WEBで調べられる環境があってこそです。あっ!読み間違えた人は、蓮華好きな人かな?

 

andou kiyohiko様 > 星のデレをもっと期待ですか!? えっと、あの~、六章の後では良い辛い。おこぼれでお許しを!

 

ブックマン様 > 弱っている星なんて、滅多に見れませんよ~貴重なのです。

 

rikuto様 > 漢女道は意中の相手を落とすための、男を手の平で転がすための手引きのようなものだと思って頂ければ。三国一の武将、呂布も見事に転がされたわけです(違

 

ジョン五郎様 > 人(ジン)の編と言った意味合いで使っております。目標は黄巾党です。まだ折り返し地点なのです。

 

四章のコメント返し!

 

とらいえっじ様 > まさに人たらし。さらに進化して、女泣かせになりました。拠点が無いと女泣かせですw

 

sg様 > 董卓も最初から悪役では無かったとは思います。皆と歩調を合わせようとした所もあるそうですよ?ただ、政治も上手く行かず、信じていた人達に裏切られて、さらに命を狙われ、董卓の中で何かが弾けたのかもしれません。正史に書かかれるまでに至ったその経緯が気になる所ではあります。


 
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