No.105884

花火の音

某ブログの三題噺でいただいたお題で作りました。

お題は、雲、ガス灯、轍(わだち)でした。

2009-11-08 01:00:57 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:719   閲覧ユーザー数:714

 

  ……気温は恐らく30度を優に超えているのだろう。

  今夜も酷く蒸し暑かった。

 

  なによりこの凄まじいまでの人の群れが、雲一つ無い夜空に莫大な熱量を放出し、大気を更に暖めている――その情景が目に見えるようで、何もかもがひたすら不快だった。

 

  正直花火なんてどうでもいい。

  人ごみは面倒だし煩わしいだけなのだが、わざわざ会社を休んでまで東京に出て来たリカが、どうしても、と言って聞かなかったのだ。

 

「あ、見えた! あそこ!」

 

  思わず声の示す方に目を向けると、それまで音だけだった花火が、ビルの谷間に、確かに連続して確認できた。

 

「サクちゃん、やっぱり東京の花火は凄いねぇ!」

 

  しきりに感嘆の声をあげるリカに適当な返事を返して、ほとんど動きの止まってしまった人の流れに溜め息を漏らす。

 

  ずるずると足を引き摺るように歩く人の流れは、動いたり止まったり、奇妙に統制がとれて見え、いっそ轍か線路が無いのが不思議なくらいだった。

 

  このまま晴海通りを進めば勝どき、あと少し、橋まで行けば多少は涼しくなるだろうし、もっと良く見えるはずだったが、この調子では辿り着いた頃には花火は終わってしまうだろう。

 

「やっぱり違うわ! 花火が途切れないもの! 綺麗!」

 

  花火を図案化した,、淡い色合いの浴衣を着たのリカ。

 

  薄く汗を滲ませた額に柔らかい髪が数本――。

 

「うん、綺麗だな」

 

  手にしたペットボトルの水を、瞳を閉じて飲み干し再び花火を見つめるリカ。

 

  そういえば、付き合いはじめて何年だったかな?

 

  不意にそれまで腹のどこかにわだかまっていた何かが失せた。

 

  気の済む様にしてやろう。

 

  少し傲慢かもしれないが、とにかく素直にそう思えた。

 

「もう少し行けばもっと良く見えるよ?」

 

「……ううん、大丈夫、ここで十分」

 

「本当に?」

 

  微かに頷き、花火を見つめるリカの横顔が堪らなく愛しい。

 

  可愛らしいピアスが目に留まり、それが半年も前に行ったドンキで、戯れに買った安物だった事を思い出す。

 

「何?」

 

  知らず知らずにリカのピアスに触れていたのだ。

 

「気に入ってるんだ、これ……」

 

  恥ずかしげに言うリカの手を引いて、流れを無視して歩き出す。

 

「――サクちゃん? なに? どうしたの?」

 

「まだデパート開いてるから」

 

「え? なに?」

 

「ピアスを――買おう」

 

「サクちゃん! ちょっと待ってってば! ……いきなりどうしたの?」

 

  かなり強引だったのは間違いないが、どうしても欲しかったのだ。

  別にピアスでも何でも良かった。

 

  何が、ではなく、何か、が欲しかった。

 

  散々文句を言いながらも、上気した頬を更に染めつつ、買ったばかりのピアスを付けてくれたリカ。

 

「どう? 似合う?」

 

  似合うとか似合わないではない。

 

  ガス灯に模した銀座の街灯に浮かぶ、浴衣姿のリカ。

 

「とっても綺麗だ。よく似合う」

 

  嬉しそうに笑い再び手をつないでくる。

 

 

  そうか、自分が東京に出て来てもう二年だから――。

 

「ね、次は何時会えるのかな?」

 

  ……それはとっくに決めていた答えだった。

 

「来週。久しぶりに宇都宮にかえるよ」

 

  歩き始めたリカの足がとまる。

 

「え? 来てくれるの?」

 

「リカの両親にも挨拶したいし、ウチの親にも会って欲しい」

 

  一瞬訝しげになったリカが俯いて、呟くように答える。

 

「……それ、普通は指輪を買ってから言うセリフなんだよ?」

 

「あ、そうか、今から買おう――」

 

「――ばか。冗談。でも……嬉しい」

 

「そしたら良いかな?」

 

「うん」

 

  ざわめきの中に一際激しい、遠雷のような花火の音が聞こえてきた。

 

「そろそろ終わっちゃうね……」

 

「ごめん、花火、もっと見たかったよな?」

 

「――そうじゃなくて、また、見に来たいな」

 

「来年も一緒に。その次も、その次もずっと。な?」

 

「……うん」

 

「何か食べて帰ろう」

 

「うん」

 

  付き合いはじめて五年。

 

  遅いってほどじゃない。

 

  ……よな?

 

  リカの手をとり、有楽町に足を向ける。

 

  久しぶりに、リカの手を、しっかりと握った気がした。

 

 

 

 

おしまい

 

 

 
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