No.1046746

唐柿に付いた虫 14

野良さん

式姫の庭の二次創作小説になります。

「唐柿に付いた虫」でタグ付けしておりますので、過去作に関してはそちらからご覧下さい。

状況は否応なく動き出す。

2020-11-22 09:07:35 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:97   閲覧ユーザー数:91

 

 割れていた破片が、ぴたりぴたりと元の位置に戻っていく。

 戦局がどう動く、というより、最初からあるべき形が定まっていたかのように、多少の相違はあっても、あの式姫の言葉通りに状況が組み上がっていく。

(恐ろしい奴……)

 先発隊が構築していった陣の中に立ち、戦局を見渡し、逐次もたらされる部下からの報告を聞く中で、領主はその思いを強くしていた。

 彼女個人としての武の力の片鱗は昨晩嫌という程見せて貰った。

 そして今、自分の眼前で繰り広げられている戦の様は、彼女の軍師としての力量をいかんなく見せつける物だった。

 その時、近侍の誰何の声があがり、合言葉の確認の問答が続く。

 伝令の姿を借りた刺客や、偽情報の伝達を防止するために自分で決めた事だが、迂遠に感じてしまうのは、まぁ仕方ない事ではある、安全とは手間暇が掛かるのだ。

 程なく、伝令が息を整えながら彼の前に現れ片膝を付いた。

「申せ」

「申し上げます、中腹の陣、制圧完了しました、我が方の損害は軽微」

「ご苦労、暫しあちらで休んでおれ」

 駆け寄って来た伝令の言葉に一つ頷き、傍らに控えた別の伝令に下知をする。

「事前に申し付けたように、そこを堅守し後続を迎え入れ防備を固めよ、印字打ち(投石)隊が揃い次第、守備隊を残し二隊で前進開始」

 このような狭い山道で密集した戦いになると、弓矢の取り回しも難しい、このような折には、投石部隊が力を振るう。

「そこから進んだ先には、敵伏兵と道塞ぎの石がある、敵が逃げる構えを取っても、それに乗せられずに隊列を乱さず慎重に進むよう、改めて申し伝えるのを忘れるな、ゆけ!」

「はっ!」

 駆け出していく伝令を見送るように、床几から立ち上がる。

「前回より、些か脆く見えまするな?」

 近侍の侍が、戦場を見やりながらそう口にするのに、領主は頷いた。

「そうじゃな、儂らの不意打ちが上手く行ったのならば良いのだが……」

 戦場からさらに見上げた、その視線の先に映る空の色が、徐々に明るさを失っていく。

 夏の日は長く、まだ太陽はその姿を空に晒している。

 ……頼む、今少しその日輪の加護を我ら人に。

 大将が不安を表出する訳にはいかない、外見には平然とした様子を崩さぬまま、領主は甲冑を鳴らしながら床几に戻った。

 それから程なくして、別の伝令が駆けて来る。

「申し上げます、敵方の麓の陣、突破」

「よし、隊を二つに分け、一隊は敵の再使用を防ぐため陣の破壊を実行、終了後は本隊に合流、一隊は中腹の陣に合流せよ」

 麓は制圧した、という事は敵盗賊団の封じ込めにはほぼこれで成功した事になる。

 戦としての大勢は決したと言っても良い。

 油断して良い状況ではないが、常ならば、この辺りで兵を一休みさせる所ではある。 だが、今回に限っては、これからが……彼らの勝利がほぼ確実となったこれからが本番なのだ。

(頼むぞ、鞍馬とやら……)

 今は彼女たちを信じるほかは無い。

「大勢は決した」

 樹上で、ほぼ彼女の献策通りに進んだ戦局を見ていた鞍馬が、小さな呟きを漏らす。

 その呟きに、傍らの戦乙女も軽く頷く。

 戦慣れした目からすると、共有できる感覚があるのだろう、鞍馬は余り嬉しそうでも無い目を空に向けた。

「日はまだ辛うじて出ている……か」

 山の端に落ちようとする日輪を睨む鞍馬に、戦乙女は後ろから声を掛けた。

「昼に活動する妖も多いですが、何故夜に拘ります?」

 怪訝そうな戦乙女に、鞍馬はどこかまだ自身も迷っている事が垣間見える表情を返した。

「夜にしか目撃例が無いというのもあるんだが……」

 考えを纏めるように、鞍馬が視線を落としながら言葉を継ぐ。

「私達が相手をしている奴は慎重だ、このような大規模な盗賊団を組織して裏に隠れる手際が水際立っている」

 これだけの規模の盗賊団を動かし、人の耳目を集める事は、裏に居る連中の存在を隠す何よりの帳。

 この周到さを見るに、恐らく、こういう真似をするのも初めてでは無いのだろう。

 人だけでは無い、妖怪や彼女たち式姫からも認識されないように闇に潜み、僅かずつ力や金を蓄えていく。

 力を誇示するような奴は、いかに強大な相手であれ対処しやすい、大妖怪と呼ばれる連中ですら、その弊を逃れられる事は稀。

 そもそも妖怪は人の感情を喰らう者、恐怖や憎悪を糧とするモノが多い性質上、力や残忍さを誇示するのは本性に立脚した性質でもある。

 だが、この敵はそうでは無い……慎重に振舞う事が出来るというのは、それらの本性をねじ伏せられるだけの力と理性を供えているという事であろう。

 それら、鞍馬の想定から見るに、奴がやむを得ず動くというなら、その時は夜だろう。

「なるほど、では何故、今回は事が露見したのです?」

「あの領主殿が、相手の想像を超えて少々有能過ぎた、という事だろうね」

 敵本拠地を探り当て、手勢を用意し、事を大きくせず、盗賊団に動きを気取らせない内に、自身が指揮して一気に手下の兵だけで攻め寄せて重要な防衛拠点を落とす、その速さが尋常では無かっただろう事は、今眼前で展開されている軍の動きを見て居れば何となく察する事が出来る。

「そして、領主殿が直接指揮して軍が敵の首領の居ただろう館に迫ろうとした所で、妖はようやく妨害に入った、だがそれも最小限だ、姿をほぼ見せず、敵を追い払うだけに留めた」

 一方的に兵を大量に殺傷し駆逐すれば、強大な力の存在を広く世間に晒す事となる、相手はそれを非常に神経質に回避したのだ。

 彼らの誤算の二つ目は、寄せ手の大将があの切れ者の領主殿自身だった事だろう、彼は相手が妖と見切った段階で、事の重要性を示すように、直々に彼女たちの主ー妖怪退治の専門家ーの元に助けを求めに来た。

 あれが無ければ、彼女達とて、容易には動かなかっただろう。

「軍師殿が仰ることは判りましたが、では何故、妖は最小限とはいえ妨害に入ったのです?」

 手下を大事にしたとは思えませんが。

 戦乙女が尤もな疑問を口にする、それに対して、鞍馬は悩ましげな顔を返した。

「そこだな……この先は多少、私の推測の部分が大きくなってしまうし、そもそも、私の考えも昨晩から二転三転していて纏まり切ってはいないんだが」

 

 -あの館はもぬけの殻じゃったー

 

「昨晩吸血姫に偵察して貰った時、あの山頂付近の館は、誰も居ない状態だったそうだ、主も使用人も、詰めているだろう警備の者も、その痕跡すら感じない程に無人」

 鞍馬の言葉で何となく言いたい事を察したのだろう、戦乙女の顔が強張る。

「つまり、その時はその館に、妖としての姿を晒し、力を使ってでも人の侵入を妨害をしたい誰かが居た?」

「『何かが有った』、かもしれないがね、いずれにせよそういう事だ」

 険しい顔を見交わした二人の顔を赤い光が包む。

 二人の立つ巨木が、どこか不気味さを感じさせる長い影を地上に落とす。

「成程、妥当な推論ですが……現在のあの館が空である事も、吸血姫殿の偵察で判明しているのですよね? つまり妖が護る価値は無いのでは?」

「だとしたら、妖は出現せず、領主殿は自力で盗賊団を駆逐し、鮮やかに汚名を返上する事になる」

 一方の私達は苦労する事も無く、地方の有力者に人知れず大きな貸しを一つ作った事になるね。

「売名をしたい訳じゃない我らとしては、実にめでたい結果じゃないかね?」

 あまり自分で自分の言った事を信じていない顔で鞍馬が肩を竦める、それを戦乙女が何処か非難を帯びた目で見つめて来るのを感じながら、彼女は言葉を続けた。

「だがね、それなら盗賊団を引き上げさせて良い筈なんだ」

 使い捨ての駒かもしれないが、駒とて集めて使えるようにするには時間も金も掛かる、無駄にして良い物では無い。

「その、肝心な存在を逃がす間、この山に耳目を集めたいという事では?」

「私も最前まではそう考えていた……だが、あの山に既に重要な物が何も無いなら、耳目を他に集めたい場合、全く別の場所で襲撃事件でも起こした方が効果的なんだ」

 こんな逃げ場のない山に籠もらせるより、流動的に、こちらで主導権を取りつつ襲撃、逃走が可能な状態の方が、相手を引っ張りまわし、自分たちの損害は最小に抑えられる。

 違うかい?

 向けられた鞍馬の視線に、戦乙女が同意を示すように無言で頷く。

「一方、あの山を空にした場合、盗賊が立てこもっていたあの場所を、あの領主殿が放置するとは思えない。 他の良からぬ存在に利用されない為に破壊するか、自国の防御拠点として使うなりするだろう事は想像に難くない」

「つまり、あの山を放棄した場合、確実に人の手があの山、ひいてはあの館に入る、彼らはそれを嫌った?」

「そういう事だと、私は思っている」

 

 -上手く言えぬのじゃがな、館に近づいた折に、懐かしい何かを感じたのじゃー

 

「では、まだ何かがあそこには、ある……と?」

「そう、あの緊急時に持ち出し切れなかった、優先順位は若干低い、肝心な物ではないが、出来たら折を見て持ち出したい何か」

 吸血姫が館に近付いた時に、懐かしいと感じさせた何か。

 それを持ち出す為に時間を稼ぐ必要があった……何かが。

 実際、鞍馬が後押しせねば、領主殿は今しばらくあの山の攻略を遅らせていただろう。

 領主殿の事だ、あの山の監視の目は絶やさずに居ただろうが、夜陰に紛れてしまえば隙は幾らでもある。

 奴らの目論見は成功しかかっていたのだ。

「つまり、奴らがまだあそこに居るという事は、その『何か』を護る存在も……」

「軍師殿、あれを!」

 その時、戦乙女が緊張した声と共に、青白い炎を宿す槍の穂先を戦場に向けた。

 彼女たちの反対方向にある森の中から、何か巨大な物が飛び出し、真っ直ぐに戦場に向け飛来する。

「……出たか!」

 二人は木を蹴って日が没し掛けた夕暮れの空に飛び立った。

 

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