No.1035134

真・恋姫無双~魏・外史伝~ 再編集完全版28

こんばんわ、アンドレカンドレです。

また例のウイルスが猛威を振るっているというニュースが報道され、
不安な日々が続く最近・・・。みなさんは如何にお過ごしでしょうか。

続きを表示

2020-07-10 23:25:23 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:1411   閲覧ユーザー数:1362

第二十八章~ここに存在する理由を求めて~

 

 

 

涼州の一件から二週間。

あれから五胡の勢力が魏領内に侵攻したという報告は無く、翠と蒲公英は恋を連れて蜀へ帰還した。

魏と呉、二国で繰り広げられた、外史存亡を掛けた決戦を乗り越え、大陸に一時の平穏が訪れていた。

そんな中、華琳達は来るべき最終決戦に向けて、戦力の増強を図っていた。

外史喰らいに繋がっているとされる道。有力な情報は未だに無く、彼女達の間に焦りが見え始めていた。

そんな中、肝心の一刀はというと・・・。

「それじゃあ、一刀様はまだ目を覚まさないのね」

「えぇ、あれからずっとね」

場所は洛陽の城、玉座のある大広間。

その玉座に華琳が座り、玉座より数段下には従姉妹の撫子がいた。

最初は魏領南方の村々で展開されていた一事業で問題が発生し、涼州より戻っていた撫子に

その解決に向かわせるための簡易な任命式だった。

任を受けた撫子がその場を離れる前に、一刀の様子を華琳に訪ねていたところであった。

「大丈夫なの?」

「どうかしらね・・・」

涼州で無かった事にされた戦いの後から昏睡状態の一刀。

貂蝉は副作用による影響だと言っていた。

眠ることで全てが無かった事になれば良いのだが、現実は非常なものだった。

今もなお、一刀の身体は蝕み続けているからだ。

華琳は一刀の部屋がある方向を見ている。そんな姿を見せられ、撫子は呆れ気味に溜息をはいた。

「私は、あなたに言ったのよ」

「私に?」

そうだ、と頷く撫子。

「えぇ、私にはあなたが何を考えているのか分からない。・・・いつも分からないのだけれど」

「あなたね・・・」

「でも、いつものあなたなら先の先まで見据えているのに、今のあなたは目下のところしか見ていない。

いくら下を見たからって、一刀様が元気になるわけではないでしょう」

「そんな事は言われなくても分かっているわ」

「あら、そうだったの?それじゃあ、どうして下ばかり見ているのかしら。今更、胸が小さい事を気にしておいで?」

華琳の眉がピクッと反応する。

撫子の厭味も、歯に衣着せぬ物言いも、今に始まった事ではない。

あの腐敗した朝廷の中を上手くすり抜けてやってきただけの事はあるのだろう。

撫子は別の意味で華琳よりも経験豊富だ。

今の彼女は春蘭や桂花達とは異なる視点から華琳を見ているのだ。

一歩引いた場所にいるからこそ、自分の迷いが見抜かれてしまったのだろう、と華琳は思ったのである。

「・・・あなた、本当に自由な人間ね」

そう、自由なのだ。この曹洪子廉はこれまで多くのしがらみの中にいたにも関わらず、

しがらみの外にいたはずの華琳よりも自由の身なのだ。

「私はあなたと違って、自分の気持ちに素直だから」

「あら、言ってくれるわね。・・・でも」

華琳の表情は憂いていた。その目はどこか遠くを見ているかのようで。

「もし・・・、私もあなたの様にもっと自分に素直になれたのなら。

二年前、私は・・・あんな過ちを犯す事は無かったかもしれない」

「一刀様の事・・・?」

二年前という単語に、華琳は一刀の事を言っているのだと察した撫子。

「・・・・・・」

華琳は何も答えない。だが、その沈黙は撫子に正解だと言っていた。

「けれど、その過ちがあったからこそ、『今』があるのではないかしら?」

返答はなくも華琳に語り続ける撫子。そこでようやく華琳は口を開いた。

「・・・物は言いようよね」

「あら、もしかして今、後ろ向きな思考になっていないかしら?」

撫子の後ろ向きという言葉に反応する華琳。

「・・・私から言わせれば、あなたが前向きに物事を考えすぎなのよ」

華琳のその発言に、撫子は笑顔ながらに鬼気迫る雰囲気を醸し出す。

「ほう・・・、それはつまり私は能天気で、頭が足りない女だと、遠回しに言っているのかしら?」

そんな雰囲気を当ててくる撫子に、動じるわけでもなく華琳は軽く溜息を吐いた。

「どうしてそういう結論に至るのよ?」

「・・・まぁ、そんな事はどうでも良いわね」

「ちょっと」

先程までの鬼気迫る雰囲気は何処へやら、一変して撫子は穏やかな雰囲気に戻る。

「一刀様のために、自分はどうしたらいいのか。それで悩んでいる、とか?」

今度は母親が子供に語りかけるように、華琳に微笑みかける撫子。

「・・・その通りよ」

自分に微笑みかけてくる撫子に、華琳は渋々と答えた。

「まぁ、今日は随分と素直なこと。普段からそれくらい素直なら良いのに」

「一言余計よ。それにこんな事、あなたでなければ言えないわよ」

「あと、一刀様の前でも、ね?」

「本っ当に一言余計なのよね、あなたは!」

声を荒げると同時に、華琳は玉座より立ち上がる。

「でも、事実でしょう?」

「・・・・・・知らないわよ」

撫子から顔を背け、ぼそっと喋る華琳。

「あぁん♪もぅ、華琳ったら」

そんな不貞腐れた従妹が愛しく感じたのだろう。撫子は今にも華琳を抱き締めに行きたい衝動に駆られる。

しかし、ここは抑える。華琳に伝えるべき事がまだあったからだ。

「一刀様のために、と思う一方で、この国の『王』として、この大陸の『覇王』として、

一刀様一人のために、他大勢の人間をこれからの戦いに巻き込む事は出来ない、と考えている?」

華琳は玉座に座り直す事なく、そのまま階段を降りる。

「えぇ、・・・皮肉なものよね」

華琳は話を続けながら、撫子の横を過ぎ、外に繋がる方へと足を進める。

撫子も華琳の数歩後よりついて行く。足を止めず、華琳は語り続ける。

「他ならぬ自分がそうである事を望み、その道を進んでここまで来たというのに、それが今となって私自身を苦しめている。

私がそうしたいと望んでいる事をしようとすると、私の中の『王』達がそれは間違っていると否定するように、

私の前に立ちはだかるのよ」

そしてようやく華琳は足を止める。場所は洛陽の街並みが一面に見える外壁。

外は晴れていたが、空には沢山の雲が漂い、太陽を遮っていた。

外に出た二人の横から風が吹き抜けていく。

「・・・ねぇ、華琳」

「なに?」

風でなびく長い髪を押さえつつ、撫子は華琳に声をかけると、短い言葉で返す華琳。

「いっそのこと、捨ててしまえばいいのではなくて?」

「何ですって?」

撫子の言葉が一瞬理解できず、華琳は反射的に撫子に聞き返す。

「『王』も『覇王』も所詮はただ肩書き。

あなたのしたい事を邪魔すると言うのなら、そんなもの全て捨ててしまいなさいな」

「そんな事・・・!」

「出来ない、と言うのでしょう?

いいわ・・・ここから先は臣下としてではなく、あなたの従姉として今からお説教をするわ」

「お説教ですって?」

撫子は一息をつき、少しの間を置いてから言葉を紡いだ。

「あなたは『王』としての在り方に随分と拘りを持っている。

覇王を目指したのだって、その拘りから、一種の憧れのようなものがあったのでしょう。

そこにあなたの理想とするものがあったからなのでしょうね。

けれど、そんなものは結局のところ理想に過ぎない。

これこそが『王』のあるべき姿だと信じて、そうであろうと振舞ったしても、

そんなものは昔の偉人の真似事でしかないわ。だから、本当の自分との間にずれが生じてしまう」

撫子の言葉に華琳は反論しない。ただ、黙って耳を傾ける。

「『他人』を演じることは出来ても、『他人』になることは出来ない。

『自分』という存在は、どこまでいっても『自分』。華琳、あなたも例外ではないはずよ。

だったら、他人の『王』なんて捨てて、あなただけの『王』になりなさいな」

「私だけの『王』・・・ねぇ」

従姉の説教に、華林は最後まで反論はしなかった。それは、彼女の考えには一理あったからだ。

古き在り方を否定し、新しき在り方をこの大陸に唱えた、そんな自分が古い在り方に囚われていた。

本当に、なんて皮肉な事だろうか。

曹孟徳という、唯一無二の『王』。

しかし、それは自分が今まで築き上げてきた王の姿から大きくかけ離れてしまわないだろうか。

皆がどう思うだろうか。そんな葛藤が華琳を更に迷わせる。

「私も、春蘭も、秋蘭も、一刀様も・・・皆が慕っているのは曹孟徳という人間、華琳自身でしょう」

「撫子・・・、ぁ」

華琳は不意に撫子に手を引っ張られ、そのまま彼女の胸元に倒れ込む。

撫子は何も言わず、ただ華琳を抱きしめ、頭を優しく撫でた。

「・・・私が思うに、一刀様を助けたいと思っているのはあなた一人ではないわ。

春蘭達もそうだし、兵の皆様も、街の皆様も・・・沢山の人達が一刀様を助けたいと思っている。

だから、大丈夫。大丈夫よ、華琳。もっと自分に素直になって、皆もそれを望んでいるのだから」

その構図は泣いている子供とそれをあやす母親、そのものだった。

いつしか雲に隠れていた太陽が顔を出し、街に光を注いでいた。

「・・・ありがとう、撫子。私はもう、迷わないから」

華琳はただそれだけを言って、撫子にされるがままになる。

 

 

それから間もなくして魏領全域にある宣言が発せられる。

その内容を要約すれば、一刀のために命を懸けて戦え、というものであった。

華琳直々に発したその宣言は、私情が滲み出た、一国の王としてはあまりにも幼稚で杜撰な内容であった。

しかし、その内容に兵士達も、民達も馬鹿にする者は一人もいなかった。

天の御遣いである、一刀のために自分達も戦おう、と皆が一致団結していたのだ。

だが、それは決して不思議な事ではなかった。

一刀が天の国からの使者という事への畏怖心も当然にあったが、それ以上に一刀自身の人の良さというのもあった。

陳留に住む者達は街を守る警備隊の隊長としてその姿を知っている。

軍の兵士達は天の御遣いであることを鼻にかけない、その気さくな性格に好感を持ち、

また将でもなければ、兵士でもない、そんな彼が常に戦の前線に立って戦う姿に尊敬の念を抱いていた。

そんな兵士達が彼の勇姿を各地の民達に教え広める事で、陳留以外に住む民達は北郷一刀の人と成りを知っていた。

一刀を助けたいと願っていたのは、華琳達だけではなかったのだ。

 

 

―――おじいちゃん!

 

それはきっと、幼い頃の朧げな記憶。

俺はいわゆるお爺ちゃんっ子ってやつで、昔からよく祖父に可愛がってもらっていた。

小さかった俺の頭をごつごつとした大きな手で撫でてもらうのが好きだった。

その頃から、剣の道場をやっていた祖父の元で剣の修行を受けていた。

修行中の祖父はとても厳しく、逃げ出す事なんてしょっちゅうだった。

確かに修行は辛くて大変だった。けれど、不思議な事にやめたいとは思わなかった。

今思えば、俺はきっと祖父の事が好きだったからなんだろう。

もっとも、この歳になるとそんな事を考えるのも照れ臭くて、本人に言った事はないのだけれど。

・・・そう言えば昔、祖父から何か教わったような気がしたけど。

一体、何を言われたんだろう・・・。

 

「・・・どうして、今頃になってこんな」

まるで映画のワンシーンのように、

俺の目の前に何度も繰り返し映し出される俺の記憶。

良くも飽きずにこればかりを見ていると、自分にある意味感心してしまう。

「随分と懐かしい記憶(もの)を見ているんじゃな」

いつからそこにいたのだろう、俺の右手前の場所に誰かが立っていた。

そこに立っていたのは・・・。

「露仁・・・?」

死んだはずの露仁、もとい南華老仙だった。

この位置からだと顔は見えないが、後ろ姿と声からすぐに分かった。

「爺ちゃんはとても厳しい人じゃったけど、小さい頃はよく頭を撫でてくれたものじゃ」

「え?」

何だ、一体何を言っているんだ。

俺の古い記憶を見ながら、南華老仙は自分の事のように語っている。

「じゃが、それも北郷一刀を構成する情報の一部にすぎない。爺ちゃんはこの外史に実在しておらん。

・・・ここにあるのは事実という虚像でしかないのさ」

露仁の口調が変わった。いや、声も変わった。何というか、若返った感じ。

ここに露仁がいるってだけで驚いているのに、これ以上ややこしくされるのは勘弁して欲しい。

「混乱しているな。まぁ、当然だな。

本来はこんな形で登場することなんて有り得ないんだからな」

「露仁・・・南華老仙。あんたは、一体何者なんだ?」

南華老仙、于吉からは並行外史の管理者であり、外史喰らいの創造主と聞いていた。

だけど、果たしてそれだけなのだろうか。まだ何かあるような気がする、そう俺には思えたんだ。

勘というか、確信めいたものがあった。

「私は外史の管理者・・・、南華老仙」

少しの間を置いて、南華老仙は語りだす。

そして、ゆっくりと俺の方に振り返った。

「・・・そして、かつてはお前と同じ。俺は『北郷一刀』だ」

「っ!?」

ただ驚くしかなかった。そこにいたのは、他の誰でもない、俺自身だったんだ。

「北郷、一刀?・・・お前が!?」

「・・・いや、それは正確じゃないな。俺は言わば、燃え滓のようなものだ」

燃え滓。いったい何を言っているのかまるで分からない。

だけど、そう言った南華老仙は俺から目をそらす。

その横顔に、悲しげな表情を浮かべて。 

「北郷一刀はこの平行外史において、外史が発生するために必要な概念。

その概念が人の想念、そして外史の情報と組み合わさる事で外史は発生する。

その時に初めて北郷一刀は形を得る。そして、その際に生じた残骸。

そのまま燃え尽きて失くなってしまえば良かったのに・・・。

けど、それが出来ずに北郷一刀ではない、別の何かになって生まれたのが・・・この俺だ」

「・・・・・・」

「最初は絶望したよ、特に貂蝉に燃え滓だなんて言われた時はさ。

だけど、それが事実だったのさ」

俺は自分以外にも北郷一刀が存在する事を今回の一件で知った。

だけど、まさか北郷一刀になれなかったっていう奴がいるとはな。

「貂蝉から平行外史を管理する必要があると言われて、俺は自分の存在意義を見出すことが出来た。

外史を守る・・・北郷一刀になれない、そんな俺の心の拠り所となったのが、その使命だった」

そして、外史喰らいを生み出した。使命を全うするために、か。

「・・・だが、今となってようやく分かったよ。

使命なんて立派なお題目を掲げていたが、実際は俺が北郷一刀ではない、という事実から目を背けるためのただの言い訳。

結局、俺がやっていたことは可哀想な自分を慰め、

過去の思い出に浸って自慰をしていだけ。

あぁそうさ。俺に使命感なんて、最初からなかったんだ!」

完全な自己否定。

そんな事はない、ともう一人の俺に言いたかった。

だけど、この俺が下手に慰めの言葉をかければ、全てを失ったあいつの唯一の自尊心すら奪いかねない。

自分のことだから分かる。たがら俺は何も言えなかった。

「だから、なんだろうな・・・。

俺は自分が作ったモノが暴走した時も俺は自分のことしか考えていなかった、見ていなかった。

気がついた時にはすでに手遅れだったんだ。

その結果がこのザマってことさ。笑っちまうだろう、ハハハハハハ!!」

あまりに惨めな自分が滑稽だと言わんばかりに、まるで狂ったかのように高笑いする。

ただ笑うしかなかった、もう一人の俺。

同じ存在のはずなのに、どうしてこうも違う運命を辿ってしまったのだろう。

一通り笑って、少しは気が晴れたのだろうか。もう一人の俺は引き攣った顔で話を続ける。

「あぁもうほんとに、今なら左慈の気持ちが分かる。

自分の存在意義を失うことが、どれだけ惨めで哀れなのか。

最後の最後で身をもって知ることが出来た。

抵抗も虚しく、呆気なく殺されちまったからな。役立たずもいいところだ」

「そんなことない!お前は外史を守るために、最後まで頑張っていたじゃないか!」

実際、俺を守るために伏羲と戦った。

戦う力なんて残っていなかったのに、それでも命を懸けて守ってくれたんだ。

「お前に死なれては全てお終いだからな。それは躍起にもなるさ。

だから、お前に無双玉を埋め込んだし、お前をサポートするために側にいて守ったりもした。

・・・全てはお前に俺の尻拭いをさせるためにな」

「それは・・・」

「幻滅したか?

まぁ、無理もないさ。もう一人の自分がこんなどうしようもない屑野郎じゃあな」

「そんなこと!」

「そんな事はあるさ。だからこれ以上、屑な俺は何も言わない。

この外史も、外史喰らいも、全て・・・後のことはお前に任せるよ」

「はぁ!?なに勝手なことを言ってるんだよ!

全部俺に丸投げか!お前の思いに応えようって、こっちは命懸けでここまでやって来たのに!

そんな無責任なことを言うなよ!?」

自分で言うのも何だが、俺はあまり怒ったりはしない。

だが、目の前にいるもう一人の自分の身勝手な発言に、俺は怒らずにはいられなかった。

「仕方がないだろう。

今お前が話しているのは、お前の中にある俺の情報を元にお前の深層心理が勝手に組み立てた幻だ。

俺の言動が身勝手で無責任だと感じるのは、お前自身が俺にそういう感情を元々抱いていたからだ」

「何わけの分からないことを!?」

「だが、これだけははっきり言っておく。

お前に力を与えたのは、お前を不幸にするためじゃない。選択肢を増やすためだ。

そして、増えた選択肢の中から選ぶのは他の誰でもない、・・・お前だ」

「・・・ッ!」

随分と強引に話をまとめられたような気がしたが、こいつの言う事はある意味間違っていない。

今まで俺は色々な選択を迫られ、そして選んできた。周りにいた人間の影響もあっただろう。

けれど、その選択は他の誰でもない、俺自身が選んだ事だったんだ。

そんな当たり前の事実を、俺は今になって気づいたんだ。

そんな俺を見て、もう一人の俺はほくそ笑んだ。

「だから、後はお前次第なのさ。

俺とお前は元々は同じ存在だが、だからと言ってお前は俺の操り人形ではないだろう?

お前にも意思があるはずだ。俺に言われようとも、華琳に言われようとも、最後に決めるのはお前自身だ。

だったら、これからも自分が望むことを選択すればいいはずだ」

「南華老仙、お前は・・・」

「もうじき最後の選択を迫られる。精々後悔のないようにな」

そう言って、もう一人の俺は離れていく。

「お、おい待てよ!言いたいことはまだあるんだぞ」

そう言って、追いかけようとするも足が思うように動かない。あいつはどんどん離れていく。

手を伸ばそうにも届くはずもなく、俺の視界は次第に白く塗り潰されていった・・・。

「・・・はッ!」

・・・夢、か?

俺は一体どれくらい眠っていたんだろう?

目を覚ました俺は、見覚えのある自分の部屋の寝台で寝ていた。

いつの間に洛陽に戻ってきていたのだろう。

盤古と戦ってからの記憶が全くない。早く状況を確認しよう。

俺は寝台から飛び出ると、壁に掛けられていた制服を着た。

少し身だしなみを整えてから華琳達がいるであろう玉座の間に向かった。

「・・・あとは、俺次第か」

 

 

一刀はある人物の元に向かっていた。

話を聞こうと玉座の間に行ったが、そこには誰もいなかった。

華琳達もそうだが、兵士達も城を守備するための最低限の人数を残すだけで城内にいなかったのだ。

玉座の間を出た時、ちょうど見つけた侍女に一刀は事情を聞いた。

「泰山に出兵した?」

侍女の話によれば、三日前に泰山に向けて大軍を連れて出兵したという事であった。

蜀との決戦の時以来の大出兵だったそうだ。果たして、泰山に何があるというのだろうと考えるも答えは出なかった。

詳細を聞こうにも侍女は知るはずもなく、代わりに詳細を知っている人物の居場所を教えられたのであった。

「・・・いた」

一刀が城壁の階段を登っていると、ようやくその人物を見つける事が出来た。

城壁の上には城の守りを任されていた桂花が華琳達が向かっただろう泰山がある方角を眺めていた。

「・・・大丈夫かな、皆」

桂花の後ろより声をかける一刀。

「大丈夫よ・・・って、何であんたがここにいるのよ!?」

「いや、何でって言われても。ここに桂花いるって聞いたから」

「・・・というか、やっと目が覚めたのね。大丈夫なの、動いたりして?」

「心配、してくれているのか?」

「はっ、誰があんたの事なんか。そのまま死んでしまえばよかったのに、って思っているわよ」

相も変わらずの男嫌いな性分を露わにする桂花。

しかし、一刀はその相変わらずさに内心、安心感を抱いていた。同時にそんな自分に対して苦笑していた。

「華琳達が泰山に向かったそうだけど、一体に何があったんだ?」

「・・・・・・」

途端、桂花は黙る。そんな桂花の様子から、一刀はただ事ではないと確信する。

「桂花」

「・・・・・・一週間前のことよ」

長い沈黙の後、ようやく桂花が口を開く。

「私達の前に、于吉と名乗る男が現れたの。あんたは知っているでしょうけど」

「ああ」

「そいつから、敵は泰山の頂上の先にいる、という情報を得たのよ」

「・・・・・・」

「それで私は偵察部隊を編成して泰山に向かったわ。そこで見たのは・・・」

そこで桂花は区切る。桂花の顔を見ると、顔色は悪く、額より汗が流れ落ちていた。

余程恐ろしいものを見たのだろうか。よく見れば、桂花の口元が震えていた。

「泰山は元々、始皇帝を始めとする歴代の皇帝が国家統一を天に報告する『封禅の儀』を行う神聖な場所。

一説によれば、泰山は死者の魂が集う場所、この世における輪廻転生の起点ともされているわ」

「輪廻転生・・・?」

桂花が一体何を言おうとしているのか、一刀には理解しかねていた。

「そこで、私が見たのは・・・、あの世だった・・・」

一刀は驚いた。桂花はどちらかと言えば現実主義者だと思っていた。

そんな彼女の口からあの世、輪廻転生といった、死後の世界に関する単語が出て来るとは思わなかったのだ。

「ふん、死後の世界があるなんてこれっぽちも信じていないけど、他に例えようがないからそういうしかないのよ!」

せめての強がりなのだろうが、そんな顔で言われたところで虚勢にしか映らなかった。

「そうよ。私が見たのは、この世のものじゃなかった。神聖な場所と言っても、泰山はただの山よ。

けれど、ただの山の頂上はこの世界の向こう、『外側』が見えていたの。麓からでもはっきりと見えたわ!」

桂花は思い出す。その光景は目に焼き付き、今でも鮮明に覚えていた。

偵察のために向かった桂花であったが、その非現実の光景を目の当たりにし、

恐ろしさも相まって、それ以上先へ進む事が出来なかった。

「城に戻った私は、見たことをそのまま華琳様に報告したわ。

そして、華琳様は国内全域に宣言を発した。あの泰山にいる、敵を倒すためにね」

「そして、三日前に軍を率いて泰山に向かったのか・・・」

ここでようやく話が繋がった。一刀はこの空白の三週間の出来事を埋める事が出来たのだ。

華琳は国内にいる全ての兵士をかき集め、総力戦で外史喰らいに臨むつもりだろう。

ここを発って、他の地域の兵士達と合流し、部隊を編成するための時間を考慮しても、今頃は泰山に到着している頃だろう。

「皆・・・」

不吉な予感が脳裏をよぎり、一刀は泰山がある方角を見る。

「何よ、あんた。華琳様達では当てにならないっていうの?」

「そうじゃない・・・、そうじゃない、けど・・・」

華琳達が強いという事は一刀も十分に理解していた。

しかし、彼女達が戦おうとしているのは蜀と呉でも、ましてや五胡でも無い。

あの伏義や女渦、祝融を使ってこの世界を、外史を消そうとしているような存在なのだ。

「敵は・・・強大過ぎるんだ。この世界の常識に当てはまらないくらいに」

「へぇ~、経験者は語るってところかしら?随分と生意気に言ってくれるじゃない。

そんな得体の知れない力を手に入れて強くなった途端、自分より弱い私達を憐れんでいるのかしら?」

「そ、そんなつもりじゃ・・・!」

「そんな事は百も承知なのよ」

「・・・え?」

一刀は桂花を見る。

「正和党の反乱を裏から操って、蜀を滅ぼそうとした伏義。

 巨大な鋼の船を作って、この大陸を焦土に変えようとした女渦。

 盤古という兵器を使って、この大陸を犯そうとした祝融。

この世界を滅ぼすのが連中の目的のようだけれど、こんな事あり得ないわよ。歴史上類を見ない、前代未聞の一大事よ。 

それを平然とやってのけようとした連中を束ねていた相手と戦うなんて・・・」

「・・・・・・」

視線を下にずらすと、桂花の握られた左手がぶるぶると震えていた。

「私は反対したわ。そんな相手と戦うのは無謀だって、華琳様に言ったわ。でも、その言葉は聞き入れてはくれなかったわ。

今の華琳様は、この世界のためではなく、あんたを守るためだけに、戦おうとしているのよ」

そして桂花はぶるぶると震える左手を自分の胸の前に持っていくと、右手で包み込む。

「どうして、私がここにいるか。あんたに分かるかしら?」

「それは、・・・この城の守備のために?」

「それだけじゃないわよ」

どういう事だ、一刀がそう言う前に先に桂花が回答した。

「あんたに、これまでの経緯を説明するためよ」

「俺に?」

「そうよ。目を覚ましたあんたは必ず眠っていた間の事を知りたがる。

だけど、他の子達じゃ、あんたに説明することを土壇場で躊躇う可能性がある。

全てを話せば、あんたは華琳様のために戦おうとする。でも、そうなればあんたは力を使い過ぎて死ぬかもしれない。

だから、私が選ばれたのよ。

私なら、あんたがどうなろうと気にも留めないから。躊躇せず説明が出来ると、華琳様はお考えになったのよ」

「そう、だったのか」

一刀はなるほどと納得した。

確かに、桂花以外の娘達では一刀の身を案じて、説明をしないという可能性があった。

だからこそ、説明役として桂花が適任だと判断した華琳を、一刀はさすがだと感心した。

「・・・あんた、本当に何も分かっていないのね」

「分かっていないって、何が?」

一刀を横目に見ていた桂花は溜息を一つ吐き、一刀から目を逸らした。

「全て話せば、あんたは死ぬと分かっていても戦いに身を投じるって、

最初から分かっているのに、どうして華琳様はわざわざ私を説明役に任じたと思う?」

「えっと、それは・・・あ」

ここで一刀は桂花が言いたい事を察知した。

「そうよ。華琳様も理解しているのよ。この戦、あんたなしでは勝てないって事をね。

・・・勝てないと分かっていながらも、最後はあんたに頼らざるを得ないって分かっていながらも、

それでも・・・あの人は行ったのよ!!」

語尾を強く言った桂花。それは一刀に対する怒りからではない。

その事実が揺るがないものであり、華琳も、そして自分も重々に承知していた事への憤りからであった。

「悔しいけど、認めてあげるわ。

・・・あんたがいなかったら、私達は、この国はとうの昔に滅びていたわ」

男嫌いの桂花が、男である一刀にここまで素直な気持ちを言ったのは恐らく初めてであろう。

「・・・あの日、あんたがこの街に戻って来た時の華琳様は嬉しそうだったわ」

「桂花?」

「私が仕事で良い結果を取ろうと必死になって、それでやっとの思いで見ることが出来る華琳様の笑顔。

あんたはただそこにいるだけで、それをやってのけてしまう。

えぇ、そうよ・・・嫉妬よ!私は、あんたが華琳様を笑顔にする度に、あんたに嫉妬した!」

そう言う桂花は一刀を見ていない。

これは一刀ではなく、桂花自身に向けて発したものだった。

「悔しい!忌々しい程に悔しい・・・けど、私はあんたの代わりにはなれない!

それが分かっているから余計に腹立たしいっ!!」

その小さな体を震わせながら、桂花は腹の底に貯め込んできたものを吐き出すように喋り続ける。

その目から大粒の涙を、子供のようにぼろぼろと流しながら。

「私にもあんたみたいな力があれば・・・、今すぐにでも、華琳様の元へと行って・・・、お守りしたい!

でも・・・、そんな力なんて私には無くて・・・だからせめて華琳様の言いつけだけは守って、

華琳様が無事に帰ってくるのを信じて待つ・・・それが、今の私に出来る唯一のことなのよ!」

「・・・・・・」

一刀は目の前の光景に唖然としていた。

あの桂花のこんな姿を見る日が来るとは思いもよらなかったのだ。

「・・・そうか」

しかし、そんな桂花の本音を聞いた事で一刀はようやく理解する。

どうして南華老仙が一刀に無双玉を託したのか。

ただの尻拭いだろうか、確かにそれはあるだろう。

誰もがそうでありたいと望んでいる。しかし、全ての人間が望み通りに出来る事ではない。

かつての一刀もそうであった。戦う力などほぼ皆無であり、戦場では守られてばかりだった。

だが、今は違う。

そうだ。あの男が一刀に託したのは、誰かのための希望なのだ。

その希望を守るために、自分は今ここにいる。

 

―――後はお前次第だ

 

「迷う必要はない・・・、答えはもう出ているんだ」

こんな所で燻ぶっているわけにはいかない。一刀は重大な選択を、決断を今、下したのだ。

「ちょっと、あんたねぇ!人の話を・・・!」

頬を伝う涙を裾で拭い、桂花は充血した目で一刀を睨んだ。

「すまない、桂花」

一刀は桂花に頭を下げた。

「はぁ!?何を言うのかと思えば、謝罪するべき相手を間違えていない!全く、あんたって本当に馬鹿なん・・・」

「そうじゃない」

「え?」

一刀は桂花の台詞を遮る。一刀は気付いていたが、桂花はまだ気付いていなかった。

「華琳のところに行くのは、少しだけ・・・後になりそうなんだ」

「それって・・・」

そして、一刀の背後に彼が迫った。

 

 

ガギィイ―――ッ!!!

桂花が次に一刀を見た瞬間、鋭い金属音が周囲に響く。

彼女の目の前で広がっていた光景。

蹴りを放った左慈とその蹴りを刃で受ける一刀、二人が対峙していた。

互いに視線で相手を牽制する。二人の殺伐とした雰囲気がその場の空気を一変させた。

「何だ、病み上がりだと聞いていたが」

「・・・ッ!」

左慈の蹴りを払いのけ、一刀は刃で斬りかかった。

左慈は後方へと飛び、一刀の攻撃を回避すると同時に距離を取る。

「左慈!」

「ふん」

二人は体勢を整え、そして構える。

語るための言葉は既に持ち合わせず、互いに残っていたのは戦うだけだった。

その傍らで呆気に取られていた桂花はようやく我に返った。

「ちょっと!こんな所で戦おうとするんじゃないわよ!」

ここは洛陽の城の城壁。

無双玉を有する二人が本気で戦えば、間違いなくこの辺りは廃墟と化す。

城の守りを任されていた桂花は当然そんな事を許すわけにはいかなかった。

しかし、肝心の二人の耳には桂花の言葉は届かず、もう互いの事しか見えていなかった。

 

 

ここに来る途中で、俺は于吉に出会った。

「北郷殿」

「于吉、ちょうど良かった。お前に聞きたい事があったんだ」

「曹操殿の行先であれば、私ではなく、荀彧殿にお聞きになると良いでしょう。

全てを知っているからと言って、いたずらに他の人間の役割を取ってしまうのは無粋ですからね」

「・・・そうか」

「その代わり、私からは左慈についてお話をしようと思うのですが、如何でしょうか?」

「あいつについて?」

俺は、于吉から左慈の話を聞いた。

ただの興味本心だけではなく、あいつが俺を憎む理由を知らなくてはいけない、と俺の中の何かが叫んでいる気がした。

「彼は、左慈はあの時果たせなかった事を今果たそうとしているのです。

全てはあの外史、この外史が生まれる発端となった、今は無きあの外史において我々の存在理由でもあった、

外史の『否定』を」

それは以前、成都の城で聞いた、全ての始まりであるという一つの外史。

その外史で、于吉と左慈は外史を否定する側の存在であったのだ。

「私達は正史で生まれた外史を否定・破壊するという『運命』・・・、プロットを与えられました。

私達が最初に担当する事となった外史は、あなたがいた元の世界、聖フランチェスカ学園を舞台とした世界でした。

左慈は当時、手始めとしてあの世界における不変存在を見つけ出す為、学園の生徒として潜入していました」

「不変存在ってなんだ?」

俺が元いた場所、あの世界も外史のひとつだったのか。

しかし、俺がそれ以上に気になったのは、不変存在という単語だった。

「不変存在とは、一外史に必ず存在するその外史の要となるもの。

それは、外史に存在する万物の中に紛れており、それを探し出すのは極めて困難です。

しかし、それを手に入れれば、正史の人間の想念を断ち切り、外史を消滅させる事も、

逆に正史で発生した想念と外史を結びつける事で、新たな外史を発生させる事も出来るのです」

いわゆる、破壊と創造ってやつか。

中二病に罹った連中が好きそうな設定だな。

「そしてあの日、学園内に建てられていた歴史資料館で左慈は不変存在を見つけました。

不変存在は、資料館に飾られていた銅鏡の中に存在していたのです」

なるほど、確かに聖フランチェスカ学園が舞台の外史なのに、学園に所縁のあるとはとても思えない代物、

銅鏡が不変存在だったのか。・・・待てよ、そういえば、あの時も確か。

「あの時、俺がこの世界に来る直前に出会った、白装束のあいつも銅鏡を持っていた。

あの銅鏡が原因で、俺はこの世界に戻って来れた?」

「そうでしょうね。その白装束の、恐らく外史喰らいの一末端でしょうが、その者は『再現』をしたのでしょう」

「再現?」

「えぇ、話を戻しましょう。

その夜、銅鏡を資料館から盗み出した彼は、帰る道中である人物と遭遇しました。そう、北郷一刀その人です。

左慈と北郷一刀はその場で一悶着を起こしました。その結果、銅鏡は割れてしまい、不変存在がその場に出現しました。

外史を再構築するために、新たな突端として選んだのが、その場に居合わせた北郷一刀だったのです。

そうして生まれたのが、登場する武将達は全員女性という設定の上で新たに再構築された三国志の世界でした。

同時に、その世界が私達の担当する新たな外史へと自動的に切り替わりました」

「そうか。再現っていうのは、そういう意味か。銅鏡を使って、俺を突端にすることで外史を発生させる。

けど、今回はその時と違って、わざわざ新しい外史を発生させる必要はなかった。

肝心の外史はすでに存在していたから」

「外史喰らいとしては、あなたとこの外史を再び結びつけるだけで良かったのですからね」

「なるほどな。・・・悪い、話を脱線させて、それでその後どうなったんだっけ?」

「以前にもお話した通り、あの外史は終端の迎えましたが、正史の人間達によってその存在は肯定されました。

その結果、外史の終端から新たな平行外史が発生したのです。

そして、私達は何処へと向かう事もなく、外史と外史の狭間を漂うだけの存在へとなりました。

否定するという役割を果たせなかった、その罰と言わんばかりに。

私は別にどうともなかったのですが、左慈はそうではなかったのでしょう。

あの頃、彼は次々に発生する外史をずっと眺め続けていました。

あの時の左慈の心境は、私には到底推して図れるものではありませんでした。

そんな中、南華老仙は平行外史を管理するために外史喰らいを創りました。

ですが、そんな事は左慈にとってはどうでも良かったのでしょう。

そして、外史喰らいが暴走したという話を南華老仙から聞いた私達は、同じく聞かされた貂蝉と共にその暴走を

食い止めるべく行動を起こしました。・・・その一方で、左慈は絶好の機会を得たと思ったのでしょう」

「俺を殺す、っていう?」

于吉は無言で頷いた。

「今一度、外史を否定する。正史の人間の意思とは関係なく、自分自身の意思で貴方を殺す。

そうする事で外史を、あそこから始まった全ての外史を否定する。

かつてのプロットを果たした瞬間、彼は自身の存在意義を取り戻す事が出来る。

そう考えているのだと、私は思うのです」

そう言い終えると、于吉は明後日の方向を見る。

「実際、そんな事をした所で今更どうにもならないというのに・・・。

ですが、今の左慈にはそれにすがるしかなかったのです。自分がここに存在する理由を欲するが故に」

「ここに存在する、理由か・・・」

ようやくあいつが、左慈が俺を憎む理由が分かった気がする。

分かった上で、俺は・・・、あいつとどう向き合えばいいのだろう・・・。

 

 

「はぁッ!!」

先に仕掛けた一刀の放った攻撃を、左慈は横に避ける。

一刀は空を切った刃をすかさず横薙ぎに変え、横に避けた左慈に斬撃を放った。

だが、左慈はその横薙ぎも容易く避ける。そして一歩二歩と距離を取ると、

今度はこちらの番だと言わんばかりの飛び蹴りを一刀に放った。

「うおッ!?」

一刀は咄嗟に刃で防御する。靴の爪先が刃の刀身にぶつかる。

一刀は体勢を崩されないよう、重心を落としてその一撃を受け止めるも、

その渾身の飛び蹴りを一刀は受け止めきれず、防御を崩されてしまった。

そこに容赦なく、左慈の追撃が、蹴りが一刀に放たれる。

「ぐ・・・、やらせるか!」

一刀は左慈の蹴りを素手で掴んだ。

「ちぃッ!?」

左慈は足を掴む手を振り解こうとするが一刀は放さない。

「おおお―――ッ!!!」

左慈の足を掴んだまま、一刀は身体を一回転させ、自分とほぼ同じ体格の左慈を片腕だけで投げ飛ばした。

「う、うぉおおおッ!?」

宙に投げ飛ばされた左慈は体勢を立て直す事が出来ず、庭園へと落ちていった。

ズドォオオオン―――ッ!!!

庭園の方より、爆発にも似た轟音と共に砂塵の柱が上がった。

一刀は助走をつけ、城壁から庭園へと一気に跳んだ。

砂塵の中に左慈の姿が見える。

「―――ふんッ!!!」

左慈から放たれた青い炎が周囲の砂塵を一掃する。

そこに一刀が空より現れる。

そして、互いに距離を取り、様子を窺う。

戦がない日は皆で集まっては、時に他愛もない話で盛り上がり、時に花を愛でたり、時に肴を片手に酒を呑み交わす。

そんな憩いの場であるはずの庭園は今やどこにもなく、

左慈が落下した場所は大きく抉れ、さらにその衝撃で地面が裂けていた。

更に左慈が放った青い炎によって周囲の木々、花壇に植えられた花々も無惨に燃え、砂塵に埋もれていた。

「はぁ・・・ッ!」

先に動いたのは一刀。

刃を両手で持ち構えると、刃の刀身から青い炎が出現。炎は空に向かって柱状に伸びていく。

一刀は炎の柱を左慈に落とした。

一刀の攻撃を避ける事も出来たが、左慈は両腕に炎を纏わせ、頭より上で腕を交差させると、

空より落ちてくる炎の柱を正面より受け止めた。

「ぐ・・・、はぁああああああ―――ッ!!!」

炎の衝撃に一瞬、身が縮こまるも、左慈は全身の力を以て押し返す。

それに負けまいと、一刀も左慈を押し潰さんと力を込めていく。

一見すると追い詰められているように見える左慈。しかし、その男の顔は笑っていた。

炎の柱を受け止めたまま、左慈は両腕を滑らせるように駆け出した。

駆ける左慈の先にいるのは一刀、その俊足で一気に距離を詰めると、左慈は一刀に炎を纏った右拳で打撃を放った。

「がは・・・ッ!?」

防御する事も出来ず、一刀は左頬に打撃を喰らってしまった。

意識が一瞬飛び、刃の刀身から放たれていた炎の柱は消滅する。

一瞬の隙は、左慈に攻勢の機会を与える。

蹴技が主な攻撃手段である左慈が珍しく打撃技を繰り出す。

青い炎を纏った両拳で連続攻撃を一刀に浴びせる。

「ぐッ、はぁッ・・・、く、くそ!」

左慈の容赦ない攻撃を、一刀は必死に受け止める。

幸い、致命傷は避けていた。

しかし、このまま左慈の攻撃を受け続けていればこの先どうなるか分からない。

一刀は左慈に強引に斬りかかった。

「おっと!」

わざわざ斬られる理由もない。

左慈は攻撃を止め、一刀から離れる。

「ふッ!」

左慈は更に距離を取るべく、バク宙を繰り出す。

「はぁッ!!」

バク宙から問題なく着地すると、左慈は前方に向かって再び跳ぶ。

空中で捻りを加えつつ、一刀に回し蹴りを放った。

「ぐ、・・・はぁッ!」

左慈の捻りを加えた回し蹴りを一刀は刃で受け止める。

左慈の蹴りと刃の刀身がぶつかる。

そして互いに放った青い炎もぶつかり合い、二人の周囲に拡散する。

再び、庭園は炎の海に飲み込まれる。

二人の放った青い炎で燃える庭園はどこか現実味がなく、見ようによっては幻想的にも映る。

「こ、のぉっ!!」

一刀は左慈を払いのける。

しかし、左慈は一刀の力を利用して再び上方へ跳んだ。

右足を自身の頭よりを上げ、地上にいる一刀に狙いを定めると踵落しを放った。

「死ねぇ!!」

左慈の踵は一刀の頭部を捉えた、かに見えた。

「何!?」

左慈の技は一刀を捉えなかった。

目の前にいたと思った一刀は青い炎が発生させた残像でしかなかったのだ。

攻撃を止める事が出来ず、左慈の踵はそのまま地面を砕いた。

砕けた地面の割れ目に沿って青い炎が奔る。炎を纏った衝撃波は庭園を突き抜けて城壁まで達する。

城壁で止まるかと思えば、その勢いは衰えず、衝撃波はそのまま城壁を切り裂いた。

 

「きゃぁああああああっ!!!」

城壁に残っていた桂花が堪らず悲鳴を上げた。

幸い、左慈の放った衝撃波は桂花が立っている場所より離れた場所を切り裂いた。

しかし、その衝撃は離れた場所にいた桂花にも届き、更に城壁の破片までも飛んでいく。

ひとまず物陰に隠れ、身を屈め、頭を守るしかなかった。

「馬鹿ぁ!ほんとに馬鹿ぁ!嫌いよ!あんたなんか!北郷なんか・・・大っ嫌ぃいいいっ!!」

無茶苦茶な戦いを繰り広げる一刀に対して暴言で叫ぶ桂花。

しかし、肝心の人物の耳にその叫びが届くはずもなかった。

 

 

攻撃を外した左慈は急ぎ一刀を捜す。

一刀は左慈の背後にいた。

体に炎を纏い、刃を両手で握り締めると、右袈裟切りを左慈の背中に向かって放った。

「甘いっ!!」

「ぐッ!」

だが、一刀が刃を振り下ろす前に左慈が放った肘鉄が一刀の顔面に入り、一刀の攻撃は不発に終わる。 

自分の鼻を押さえながら、後ろへと下がる一刀。

左慈は後ろを振り返ると、すぐさま一刀を追いかける。

「はぁあああッ!!」

「・・・くそッ!」

流れる鼻血を手で拭う一刀。、

近づいてきた左慈を迎え撃つ形で、一刀は体の回転を加えた横薙ぎを左慈に繰り出す。

だが、その一撃は左慈の左足の裏で受け止めると、そのまま刃を踏みつけた。

刃を握っていたため、一刀は地面に膝をついた。

「はぁッ!!」

左慈は体勢を大きく崩した一刀の横顔を狙って右足から蹴りを放った。

「くッ!?」

左慈が放った蹴りを一刀は咄嗟に左腕で受け止める。

一刀は先程と同じように、左慈の足を掴みに掛かる。

しかし、左慈もそれは予見していたのだろう。左慈は左足を上げて、そのまま一刀に蹴りを放った。

一刀は左慈が放った蹴りを回避するため、地面に沿って後転する。

そして、後転した直後、屈んだ体勢から刃を切り上げた。

刃の刀身には青い炎が纏っていた。

刃の刀身のみでは左慈に届かなかったが、纏った炎は刃を振る度に伸長する。

故に、炎を纏った刃を切り上げた瞬間、青い炎の刃(やいば)が左慈を襲い掛かった。

「ちぃッ!」

左慈は突然伸びた間合いに対して、咄嗟に身体を仰け反る事で寸でのところで躱した。

一刀はそのまま左慈に攻撃を続ける。左慈は一刀の炎の刃を紙一重で躱していく。

一刀の放った突きが左慈の白装束の脇腹部分を掠める。

「くっ!?」

掠った程度であったが、そこから一刀の炎が左慈の白装束を燃やしていく。

燃え広がる炎に左慈は思わず動きを止めた。

「もらったぁッ!!!」

動きを止めた左慈に、一刀は渾身の一撃を放つ。

そして、左慈の白装束がバッサリと切り裂かれた。

だが、そこに左慈の姿は無く、気付いたい時には一刀の足元に滑り込んでいた。

左慈は白装束を身代りにして一刀の注意を逸らしたのだ。

白装束を脱いだ左慈は半袖の前掛けのついた深緑色の一枚着を身に付け、

腹部にはひし形の穴があり、そこから臍の部分が見えていた。、

その部分から一刀と同様の症状が、その身体にも起きている事が見て分かった。

仰向けの体勢から左慈は一刀に向かって上に蹴りを放つ。

一刀はその思わぬ場所から攻撃に対応できず、そのまま攻撃を受けてしまう。

左慈が放った蹴り上げが刃の柄尻を捉え、刃は一刀の手から離れてしまう。

「はぁあああッ!!」

「っ!」

攻撃と防御の要であった刃を失い、丸裸同然となった一刀に左慈は容赦なく蹴り技を叩きこんでいく。

「ぐぅッ!!」

一刀は左慈の猛撃を受け続ける。

両腕で必死に防御するも、それがいつまで保つか分からない。

「今度こそ、死ねぇえええッ!!」

左慈は一刀の防御の隙間にとどめの一撃を滑り込ませるように放った。

ドガァッ!!!

「ごは・・・ッ!」  

とどめを放ったのは左慈だった。

しかし、先に攻撃が通ったのは一刀の方であった。

防御に徹していた一刀は、左慈のとどめの一撃に合わせてカウンタ―を放ったのだった。

一刀が放った右拳は左慈の顔面を捉えた。

思わぬ反撃に、左慈は倒れはしなかったものの、後ろへと遠のいた。

その隙を逃すまいと、刃を拾う暇も捨てて、一刀は左慈に距離を詰めた。

「うぉおおおッ!!」

一刀は右拳を振りかざし、そして左慈に飛び掛かる。

ガシィッ!!!

重なる二つの拳。

一刀の右拳と左慈の右拳。

衝突する二人の力。

拳同士がぶつかった瞬間に発生した衝撃は青い炎と共に拡散される。

「う、うぉおおおおおおおおお―――ッ!!!」

「でぃやああああああああああ―――ッ!!!」

二人の間で展開する拳と拳の乱打戦。

互いの拳がぶつかり合い、その度に青い炎が衝撃に乗って拡散する。

乱打戦が続けば、続くほど、拳同士がぶつかる際に生じる衝撃波は段々と大きくなり、

それは庭園の中で納まらず、城内全域を揺らす程に至る。

その衝撃によって、観賞用の陶器が割れ、窓が割れ、柱や壁にひびが入る。

城内にいた者達は訳が分からぬまま逃げ惑う。

二人の戦いに巻き込まれた事で負傷した者もいたが、奇跡的にも死者は出ていなかった。

「ちッ、これではいつまでたってもきりがない!」

先にこの乱打戦から引いたのは左慈の方であった。

左慈は拳を引くと、その場から離れる。

そして、十数段の石段を登った先にある望楼の上に飛び移った。

「・・・お互い、時間は残されていない!」

左慈は望楼の上より一刀を睨むと、一刀も下から左慈を睨み返す。

「確かに、だったら・・・!」

一刀は地面に突き刺さった愛刀を手に取ると、

付着した砂などを落とすために手で軽く刀身を撫でる。

そして、改めて刃を両手で握り、剣道でいうところの中段の構えをとった。

一刀にとって最も馴染みがある基本の構え。

その間、左慈は動かなかった。

「ふぅ・・・ッ!!」

静かに、しかし、確実に力を籠めていく。

その身体からは青い炎が闘気のように燃え上がる。

「はぁ・・・ッ!!」

そして、それは一刀の身体にも同様の現象が起きていた。

互いに自分の奥底にある力を解放していく。

解放されていく力と共に高揚感に似た感覚も高まっていく。

「于吉から話は聞いているだろう。俺達がどういう存在であるか?」

「あぁ、聞いた。俺を憎んでいる理由もな」

「なら、話は早い。俺は今こそ、貴様達に奪われたものを取り戻す!!

・・・そのために、貴様はここで殺すッ―――!!」

「そうはいかないッ!!

俺は・・・、まだやらなきゃならないことがあるんだ!!

託されたこの希望(おもい)を守るためにッ!俺は、ここにいるんだッ!!!」

刃の刀身に青い炎が集まる。

しかし、先程とは異なり、炎は密度の高い、青白色の光に昇華されていく。

刀身を中心として、爆発したくて堪らないと言わんばかりに、光は激しく蠢いている。

蠢く光は気流を発生させ、一刀の周囲に風を生み出す。

「はっはははははははははは―――ッ!!!

あの時と違って、大見栄を張ったな!!

ならばその希望も、この一撃で・・・打ち砕いてやるッ!!」

左慈の右足に青い炎が集まる。

そして、右足の底から青白色の光が放たれる。

拡散した光は衝撃波と化し、望楼の屋根の瓦は一瞬で砕け散り、その破片は宙に舞った。

 

 

一瞬、左慈は膝を曲げ、その反動を利用して望楼から跳んだ。

空中で一回転する。そして一刀に向かって、光を放つ右足にて飛び蹴りを放った。

 

 

―――下らん幻想に抱かれて・・・死ねよ、ほんごおおおおおおおおお―――ッ!!!

 

 

光は左慈を包み込み、それはまるで光る弾丸の如く。

光は螺旋を描き、一刀を撃ち抜かんとする―――。

 

 

一刀は刃を大きく振りかぶる。それは斬るためではなく、撃つための動作。

その体勢から、自分に跳び蹴りを放った左慈の姿を見据える。

 

 

―――砕かせはしない!だから・・・いくぞ、さぁじいいいいいいいい―――ッ!!!

 

後の事は一切考えず、全ての力を以て刃を振り切った。

迫り来る左慈に青白色の光の衝撃波を放った―――。

 

 

城内の庭園から目が霞む程の光が放たれる。そこに小さな太陽が生まれたのだろうか。

否、二つの同色の光がぶつかり合っていた。

「おおおおおおおおお―――ッ!!!」

「はああああああああ―――ッ!!!」

その希望と共に、一刀を蹴り砕かんとする左慈。

その憎悪と共に、左慈を撃ち落とさんとする一刀。

二人の叫びが庭園、城内、街にまでこだまする。

二人が放った渾身の一撃が衝突し、青白色の光はうねりを上げて、広範囲に拡散する。

今までのそれとは比較にならない程の大規模であり、城も、城壁も、そして街すらも巻き込んだ。

飛び散った光が雷のように落ちる。耳の鼓膜を破る程の轟音とともに落ちた光は容赦なく物質を破壊する。

桂花は物陰に隠れ、早く戦いが終わる事を、自身に雷と化した光が落ちない事をただ祈るしかなかった。

この状況が続くのであれば、城は廃墟と化すだろう。

もしかすれば、洛陽の街そのものが見るも無残な光景と化すかもしれない。

先の傀儡兵達の襲撃からようやく復興したばかりだというのに。

しかし、その心配はなかった。

何故ならば、二人の決着は、その因縁は今ようやく着いたのだ。

ぶつかり合っていた光は消滅し、周囲に拡散していた光もあわせて消滅していたのだ。

二人の放った光が対消滅を起こしたのだ。

そして、その場に残るは二人の影。

「はぁ・・・、はぁ・・・、はぁ・・・」

呼吸は乱れ、肩で息をするも、二本の足で立ち続ける一刀と

地割れを起こし、砕けた地面の上で、仰向けで倒れている左慈。

この戦いの勝者は、一刀であった。

 

 

「・・・が、がは、ごほッ!」

血反吐が気管に入ったために反射的に咳き込む左慈。

先程の衝突で競り負け、一刀の放った一撃を全身で受けた影響で、

生きてはいたが、指先一本すら動かす事も出来ずに倒れていた。

左慈が生きている事が分かったのか、呼吸を整えた一刀はその場を離れようとする。

「・・・とどめを、ささないのか?」

息継ぎもままならない状態で、左慈は掠れた声で一刀を呼び止める。

呼び止められた一刀はその歩みを止め、そして言った。

「理由がないからな」

「なん、だと・・・」

「お前には俺を殺す理由があっても、俺にはお前を殺す理由がない。

お前に恨みがあるわけでも、憎んでいるわけでもないんだ」

そう言って、一刀はようやく左慈の方を振り返る。

「何より、俺は・・・お前が憎んでいる、『北郷一刀』じゃ、ない」

「・・・・・・ッ!」

「確かにお前は『北郷一刀』と因縁があるだろうけど、俺個人には関係のない話だ。

だからこれまでも、そして今も・・・俺は自分に降りかかる火の粉を払うために戦っていた。

ただそれだけなんだ」

言いたい事は言ったのだろう、一刀は止めていた足を再び動かし、その場を離れていく。

「ま、まて・・・!」

左慈はもう一度、一刀を呼び止めようとするも今度は止まらなかった。

「言っただろう、俺にはやるべきことがあるって。

・・・その後だったら、また相手になってやるからさ」

そう言い残し、一刀は二度と振り返る事はなかった。

その場に残ったのは、左慈のみとなった。

「うぅ、うぐ・・・うぅ、うおおおおおおおおおおお―――!!!」

泣いた。

ただ、泣くしかなかった。

自己の存在を証明出来なかったからか。

一刀に負けたからか。

それとも、生かされたからか。

はたまた、自身がしてきた事に対する真実を指摘されたからか。

その理由は、本人のみが知りうる事であった。

「もう、本当に・・・無茶苦茶なんだから、あんた達は・・・」

その形は保っていたが、至る場所が崩壊した城壁から身を乗り出し、二人の様子を見ていた桂花。

もはや怒る気力もなく、ただぐったりと寝そべっていた。

 

 

一刀と左慈の激闘により、変わり果ててしまった庭園。

そんな庭園の花壇、炎で消し飛んだはずの花々。

しかし、よく見ると、一輪・・・たった一輪だけ、あの戦いの中で生き残っていた。

少し青みがかった、一輪の白い花は今も土に根を張り、空に向かって真っ直ぐに咲いていた。


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
1
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択