No.1034958

フレームアームズ・ガール外伝~その大きな手で私を抱いて~ ep28

コマネチさん

ep28『その大きな手で私を抱いて』(転)
お待たせしました。最終章続き行きます。

2020-07-08 21:51:11 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:621   閲覧ユーザー数:616

 あの後、結局ヒカルとスティレットは一緒に帰った。スティレットが飛べるとはいえ、ヒカルとしてはあんな落ち込んだ精神状態では心配だったからだ。

 

「スティレット……その、さ。大丈夫か?」

 

 自室に入ると。充電君に繋がれてふて寝していたスティレットに話しかける。帰ってきてからはスティレットが落ち着く様に自室は彼女ひとりにしていた。

 

「……マスター……悪かったわね。変にとりみだしちゃって……」

 

 勉強机の上に置かれた充電君に寝ているスティレット。それに椅子で座ったヒカルが話しかける。

 

「……気にすんな。今日はもう休んでいていいから」

 

「そういうわけにもいかないわ。お昼御飯の準備があるでしょ?」

 

 気丈に笑顔を見せて振る舞うスティレットだが、これが本心で無い事はヒカルにも明らかだった。

 

「駄目だ。無理すんじゃない」

 

 ヒカルが止めた時だった。『ピンポーン』と家のインターホンが鳴る。

 

「?ちょっと待て。誰か来たみたいだ」

 

「轟雷かしら」

 

 二人は誰だろうと思って玄関を移動。ドアを開けると、そこにいたのは……。

 

「フセット?!と……月夜さん!」

 

 スティレットが叫んだ。フセットと月夜、そして黄一と轟雷の四人だった。

 

「その……フセットが心配だと言っていたので……」

 

 怪訝そうに見るヒカルに気付いたのか、遠慮をしながら月夜が説明する。

 

「まぁ俺の方も気にはなっていたからさ。付き合いで来たわ」

 

 と黄一が言った。

 

「良く言いますよ。心配してたのはマスターもでしょう?」

 

 轟雷がつけたす。黄一は言うなよ。と慌てて止めた。

 

「あの!お姉様!お昼ご飯はまだですか?!今日は私にご飯を作らせてください!!」

 

 フセットは自分が力になりたいとスティレットに迫った。

 

 

「で、これで完成よ。チーズ入れるんだったら好みでね」

 

 そしてその後、フセットはスティレットの代わりに調理を……とまではいかず。目に見えて未熟だったという事で、結局何時もの様にスティレットに料理のレクチャーを受ける形となっていた。エプロンをつけたスティレットとフセット。轟雷の三人の視線の先の電気コンロには三人分のトマト鍋がグツグツと煮えていた。

 

「すいません……結局お姉様に頼る形になってしまって……」

 

「いいのよ。いい気分転換になったわ」

 

「あ、出来たのか……」

 

 恐る恐る、ヒカルがキッチンにやってきて聞いてくる。何かスティレットと話せる話題が欲しいのだろう。

 

「マスター……。うん。運んでくれる?」

 

「あぁ。……その、フセットと仲良さげじゃないか」

 

 スティレットの見せる態度は先程より明るく感じられた。少しは持ち直す事が出来たかな。とヒカルは気が楽になる。

 

「そうね。掛け替えのない友達だから」

 

 信用するな。そう言ったヒカルではあったが、今のスティレットがフセットのおかげで気分転換になったのは、感謝すべきだなと思っていた。

 

――

 

「どうですか?ご主人様」

 

 そして三人共に食卓のテーブルにて、トマト鍋を受け皿に取りながらの昼食となる。FAGでは飲食が出来ないので野郎三人での昼食となる。

 

「うん。うまいよ」

 

 笑顔を見せながら答える月夜に感激しながらのフセット。

 

「有難うございます!と、いってもほとんどお姉様のレクチャーなんですけどね」

 

「何言ってんの。手を動かしたのはあんたでしょ」

 

「……いつもと違う味だけど、また違う形のうまさだよ。フセットだからこそのうまさだ」とヒカルがフセットを褒める。

 

 謙遜するフセットに、ヒカルが後押しとしての一言を添えた。頭を深々と垂れるフセット。

 

「ヒカル様……有難うございます」

 

「筋がいいからねこいつ。FAGだけど料理の才能あるわよ」

 

「そ!そんな事ありません!お姉様の方がずっと料理上手です!……あの!ヒカル様えっと……お!お姉様は家事の全ては完璧にマスターしていて!その上バトルまで強くてカッコよくて綺麗で!」

 

 必死になってフセットはスティレットのアピールをヒカルにする。朱音よりもスティレットを選んで欲しいと言う気持ちだろう。

 

「フセット?」

 

「だ、だからヒカル様!人間の女の子よりもお姉様の方が「フセット!」

 

 そんなフセットの叫びをスティレット自身が遮った。余計な事はするな。と言いたげな表情だった。

 

「お姉様……でも!」

 

 バツが悪そうな顔になるフセット。嫌な沈黙の空気に変わってしまった。それを見かねたヒカルがフセットに話しかける。

 

「……その……さ。フセット。最近こんな風にスティレットに会っていたんだよな……」

 

「え?あ……気づいてたんですか」

 

「何かカレーの味、感じ違ってたからさ。でもうまかったよ」

 

「あ……有難うございます」

 

 優しく笑うヒカルに安堵するフセット。そのフォローで少しだけ空気が和らいだ気がした。

 

 

 それから程無くして、月夜とフセット、黄一と轟雷は帰っていった。……その後はまた静かになった。あまり会話もないまま夜になる。晩御飯もそのトマト鍋の残りを食べ、そして就寝の時間になる。

 

「マスター……。今日は私、ママとパパの部屋で寝るね」

 

 背中にブースターを装備したスティレットはそう言った。充電君は既に別の部屋に移動させた様だ。

 

「え?でも……」

 

「明日は玄白さんとのデートじゃない。私頑張るから、一緒に玄白さんにカッコいいとこ見せましょ!」

 

 無理に笑顔を見せるスティレット。

 

「でもお前」

 

「……勘違いしないでよ。マスター……。嘘だから、マスターの事好きなのって嘘だから……」

 

 笑顔は続くが、悲しみと混ざり合った様な声のトーン。

 

「私はFAGで、マスターは人間なんだから当たり前でしょ?……でもねちょっと考えたい事があるから、今日は違う部屋で寝るね」

 

「スティレット……でも」

 

「前みたいにどっか行ったりはしないから大丈夫。だから……今晩は一人でいさせてよ」

 

 スティレットとしては、気持ちの整理をつけようとしていた。マスターの事が、人間のヒカルが好き。でも所詮人間と機械。いい加減現実を直視しなければいけない時が来た。そう悟ったスティレットは部屋から逃げる様に出ていく。

 

「そうじゃないと、心がゴチャゴチャしすぎて、明日耐えられそうにないから、さ……」

 

 そう言って少女は廊下に出ていった。

 

「……どうすりゃいいんだよ」

 

 考え込みながらヒカルはベッドに寝ころんだ。寝ようにもこんな状況では寝られるはずもない。スティレットの事が頭から離れない。静まり返った部屋の中を壁掛け時計の針の音だけが音を刻む。しかし明日朱音と会う事を考えると寝ないわけにもいかない。考えは程々にヒカルは寝ようと目を閉じる。……しかし目が冴えてるために中々寝付けない。

 

――……スティレット……俺はスティレットの事……どう思ってるんだろう――

 

 考えを巡らせれば更に目が冴えると言う悪循環だ。……それが暫くして……

 

「ヒカル君……起きて、ヒカル君」

 

 聞き覚えのある声がする。

 

「……んぅ?」

 

 ずっと目を閉じていた所為か。眠っていたのか、起きていたのかイマイチ判断がつき辛い。

 

「こんばんは」

 

 常夜灯のついた夜の部屋でだんだん声の主の姿がハッキリする。眼の前にいたのは……、

 

「玄白さん?!なんでこんな所に……」

 

「?変なの。だって私はヒカル君の彼女、恋人なんだよ?」

 

「だからって……」

 

「恋人だからさ……」

 

 誘惑しそうな目つきで言いながら、朱音は着ていた学校の制服を脱ぎ始めた。突然の行為にヒカルは慌てる。

 

「!?何をするんだよ!!」

 

「だって恋人ならこれ位するでしょ?」

 

 スカートを、ブレザーを平然と脱ぎ、朱音はワイシャツのボタンを外していく、白いブラとパンツがチラチラと除く。

 

「やめてくれ!!!」

 

 顔を真っ赤にしながらヒカルは立ち上がると朱音の両腕を掴み、広げた。

 

「やめてくれよ!こんなの間違ってる!俺はそんな事!」

 

 別に朱音を嫌ってるわけではない。しかし朱音とこんな事をする気にはどうしてもなれなかった。

 

「マスターらしくないね。何時ものあなたなら喜んで飛びついてくると思ったのに」

 

 横側から別の声。聞き慣れたその声はスティレットだった。人間等身大になった素体姿での。

 

「え?……スティレット?」

 

「だったら、私はマスターの事が好きなんだから、私を選んでくれるよね?」

 

「それは……」

 

 今日白虎に言われた事が頭によぎる。言われてヒカルは狼狽える。

 

「残念だけどそれは不可能よ。あなたはFAGなんだから」

 

 勝ち誇った様に言う朱音は信じられない力でヒカルを押し返す。そして組み付いたままベッドに押し倒した。

 

「こういった事は人間とでなければ出来ないでしょう?」

 

「玄白さん!やめてくれ!!」

 

 抵抗して振りほどこうとするヒカル、しかし朱音の力は想像出来ない程であり振りほどけない。

 

「ウフフ。男なら憧れていた事でしょう?二人で大人になりましょう」

 

 妖艶な笑みを浮かべて舌なめずりする朱音。明るい彼女の印象とはかけ離れていた。

 

「い……嫌だ!俺は!」

 

 煮え切らないヒカルに、朱音がヒカルに問いかける。

 

「……嫌だったらどうしたいの?貴方の意志はどうなの?」

 

 朱音の表情は真顔になっていた。また雰囲気が変わった。

 

「え?」

 

「仮に、私を選んだとして、マスターを満足させる事は出来ないよ」

 

 朱音の後ろにいたスティレットが同調する様に言う。同じく真顔でだ。人間大だったスティレットは15㎝サイズに戻っていた。

 

「俺の……意志」

 

 スティレットと今までの生活を思い浮かべる。雨の日に抱き抱えて助けた事。初めて自分をマスターと認めてくれた事。風邪ひいた時の看病に遊園地のデート。文化祭のメイド喫茶。それ以外の様々な思い出が自分を通り抜けていく。

 

「俺は……」

 

 そんな中、ヒカルの心に一番刻まれてるのは、スティレットの拗ねたり、怒ったり、泣いたり、そして笑ったりする彼女の心だった。彼女と暮らしていてヒカルは楽しかった。……もっと一緒にいたい。

 そして、ヒカルの心に、思い浮かんだフレーズが突き刺さる。そして……気づいた。

 

「俺は……!スティレットが!」

 

 朱音の腕を振りほどいたヒカルは。すぐさまスティレットを両手で掴んだ。さっきの力は一切感じられない。

 

「好きだ!……え?!」

 

 自分で自分の言った事にヒカルはハッとしていた。愕然としていた。スティレットが好き。自分だって望んでいた事、でも同時に人間とFAGが結ばれるのは不可能と無意識に諦めていた事。

 

「……白虎に言われた事、忘れたの?その子を、FAGを選んでしまえば、人間の恋人と出来る事は出来なくなる。思春期の男なら誰だって憧れる様な事を。それだけではないわ。それが社会的に認められるとでも?あなたが選ぼうとしてるのは禁忌なのよ」

 

 朱音は淡々と現実を突き付ける。それにスティレットも便乗。

 

「本当は気づいていたのでしょう?私がマスターを好きだって事」

 

『でも不可能だって諦めていた。人間とFAGが結ばれることを。だから気付かないフリをした』

 

 朱音とスティレットは冷静にいい続ける。少し考えるヒカル。

 

「そりゃ……解ってるよ。そんなの最初っから……きっと。でなけりゃ悩んでないよ。……でもさ、楽しかったんだよ。俺、アイツと一緒にいて……だからずっと一緒にいたい」

 

「身体より心を取るって事?スケベな貴方が言うとは皮肉な物ね」

 

「……仕方ないだろ。考えるのは苦手なんだよ」

 

「だったら……、やるべき事は解るよね?」

 

 そう言った朱音、いや、ヒカルのイメージの朱音は、全身から光を放ちながら消えていく。

 

「!あぁ……」

 

 スティレットを選ぶという事は、朱音を振るという事だ。ヒカルは頷いて肯定。

 

「キッチリ本物の私と話をつけて泣かせて、幻滅させて、みっともなく振られちゃいなさいな」

 

 そう言った朱音は満足げな顔をして消滅。直後に部屋もまるで虫食いの様に穴だらけになっていき、崩壊していく。

 

「……やっぱ夢かこりゃ」

 

 スティレットが好きとはいえ、朱音に誘惑された事を考えたら男としては嬉しい。ほんのちょっとだけ残念ではあった。

 

「……本物の私は、あなたの好きなスティレットは、こんな簡単にはいかないわよ」

 

 そしてスティレットの方も、光となり球状へと形を変えていく。以前の夢で見たスティレットも、これら全てがヒカルの想い。無意識の葛藤によって生み出されたものだった。思春期だからこその男が持つイメージ。

 

「解ってるよ。ひねくれていて、口うるさくて、意地っ張りで、……誰よりも純粋で、気が弱くて乙女で、最高に可愛い奴。きっとそんなアイツだったからこそ好きになったんだ」

 

「ま、精々頑張んなさいな」

 

 そしてスティレットも、部屋も光の粒子となって全てがヒカルの胸に吸い込まれていった。そしてヒカルの視界はブラックアウト。

 

 

『マスター……朝よ。マスター……』

 

「ん……」

 

 目を開けると、目の前にエプロンをつけたスティレットがいた。彼女が開けたカーテンから差し込む朝日、いつもの見慣れた部屋と光景。でもいつも起こしてくれる少女の表情は少し暗かった。

 

「スティレット……おはよう」

 

 対してヒカルの方は優しい笑顔で朝の挨拶を返した。

 

 ……この日の事を、ヒカル達は一生忘れることは無いだろう。

 

 

 その頃……FA社の地下、一室にて……。

 

「充電君を経由しての彼女のデータは十分に採用に足るものです。やはりあのスティレット型の彼女に決まるかと……」

 

「後はマスターがどう答えるかだな。アーキテクトウーマン、現場に向かってくれないか。直接会って確かめてほしい」

 

「了解しました」

 

 白衣を着た上司に対して、アーキテクトウーマンは頭を下げると、カプセルが光源の薄暗い部屋を出ていった。

 

――

 

「そして妖精に人間にしてもらったピノキオは、ゼペットおじいさん達といつまでも幸せに暮らしましたとさ。メデタシメデタシ……」

 

 まだ午前中の時間、子供部屋で床に座った六歳の少女、トモコは手に持って開いた絵本を、マリはトモコのお腹を背もたれの様にして座りながら絵本を読んであげていた。ページをめくるのはトモコの役目の為、マリは朗読をするだけだ。

 

「面白かったー」

 

 満足げな表情でトモコはピノキオの絵本を閉じた。人形と言う共通点にFAGとシンパシーを感じるのか、しょっちゅうマリにトモコはピノキオを呼んでもらっている。

 

――人間になって幸せ……か。でも私達は……――

 

 満足げなトモコに反して、昨日のスティレットの言われた事を思い出す。

 

「マリちゃん?ねぇマリちゃんてば」

 

「ん?あぁゴメンねトモちゃん。ちょっと考え事してたの」

 

 トモコのマリを呼ぶ声にマリはハッと気づいた。マスターである彼女の前では優しいお姉さんであり、友達であり、従者で人形だった。

 

「今日出かける用事があるって言ってたけど、そろそろ時間じゃない?」

 

 見ると壁掛け時計はもうすぐ午前九時を指していた。今日はマリとテアは出掛ける予定があったのだ。

 

「マリお姉様。そろそろ時間ですわぁ。ユウちゃんの方はお母様にお願いしたのでお姉様の方も一言言っておいた方が」

 

 妹のテアがエアバイクのブリッツガンナーに乗りながらマリを呼びに来た。彼女の方は既に出掛ける準備は済ませたらしい。

 

「あらあらいけない。行ってくるわねトモちゃん」

 

「お友達に会いに行くって言ってたね。気を付けてねマリちゃん」

 

 そう言って姉妹はそれぞれ自分用のブリッツガンナーに乗りこむ。軽快な機動で家を出た。

 

「行ってきまーす!」

 

 そう言って飛び出した空は雲がまばらに浮かんでいる。今日は風のない穏やかな天気だ。

 

「飛ぶにはいい天気だわぁ。それにしても……あのスティレットをお姉様が気にかけるとはねぇ」

 

「ウッフフ。そんなんじゃないわ。あの子が失恋でどんな泣き顔をするか気になっただけよ。試作型からの遺伝ね」

 

「そう言って、お姉様ったらトモちゃんが、『良い子にしてたら妖精さんがお姉様を人間にしてくれる』って信じてるのを悩んでいて、それに親近感でも沸いたのではなくてぇ?」

 

「……ウッフフ」

 

 マリは邪悪な笑顔で、並行して飛んでるテアのブリッツガンナーを故意に小突く程度にぶつけようと接近。洒落にならないので必死に避けるテア。

 

「わぁ!ちょ!やめてお姉様!!飛んでるから!!」

 

「妹の泣き顔も悪くないわね」

 

「あぁもう!お姉様もトモちゃんに自分達は人間になれないと言えばいいでしょぉ?いくらトモちゃんの泣き顔だけは見たくないって言ったって!!」

 

 普段は年長者を装ってはいるが、面倒事はしょっちゅうはぐらかす。そんな姉にテアは不満を感じずにはいられない。

 

――私達はピノキオであってはいけない。私達はマスターのジェミニィでなければならないのよ……スティレット……――

 

 ジェミニィ……妖精がピノキオの良心兼指導役として遣わせた小さなコオロギの名前だ。マスターがピノキオとして、FAGはマスターの思い出となって成長の糧になればそれでいいというのが、マリの持論だった。

 

「また都合の悪い事は聞かないんだからぁ……」

 

 早速先述した悪癖だ。と、そんなやり取りをしながら、姉妹は目的地へと飛んでいく。その場所はヒカル達の利用している模型店。ヒカルと朱音の参加する対戦大会会場だった。

 それと同時に、地上でも会場へと向かうFAGとマスター達がいた。健とフレズ。大輔とアーキテクト。フセットと月夜。そしてバーゼラルドや迅雷にレーフにライ、レティシアとイノセンティア。皆、スティレットとヒカルがどうなったか気になっていたらしい。

 

 

 少し時間を巻き戻して……

 予定時間より30分速くつくようにヒカルとスティレットは、大通りの歩道を歩いていく。この先にあるいつもの模型店の出入り口が待ち合わせ場所だった。

 

「早く早く、女の子を待たせちゃ駄目なんだからね」

 

 朝日に照らされ、自分のすぐ横を飛びながら急かすスティレット。スティレットは明るく振る舞ってはいるがどこかよそよそしい。デートだと解ってる以上、わざと明るく振る舞ってるのは簡単に予想出来た。

 

「予定より早く向かってるから大丈夫だよ」

 

 かく言うヒカル自身もこれから朱音に言う事を考えると憂鬱だった。自分から女の子を泣かせるわけだから。そうこうしてる内にいつもの模型店が見えてくる。

 

「あ、見て。もう玄白さん来てるじゃない」

 

 ふと、スティレットの方が店の入り口で待っている朱音を見つけた。

 

「え?もう?」

 

 朱音が見回すとヒカルに気付いたようだ。すぐさま手を上げて声を出す。

 

「あ、ヒカルくーん」

 

 そして軽快に走りながらヒカルに近づいてくる。学校の制服とは違う。カジュアルな私服だった。揺れるツインテールだけがいつもと同じだった。

 

「おはよう!いい天気だね!」

 

「あ!玄白さんおはよう。は、早いね……」

 

 自分の予想より早く来た朱音に気まずくなる。

 

「今日が楽しみだったから早起きしちゃった!」

 

 朱音の屈託のない笑顔。これを今から踏みにじるとなると自分が嫌になる。しかしやらないわけにはいかない。

 

「……あのさ、玄白さん。大事な話があるんだ」

 

 早い内に答えを出さないで、ここまでズルズル来てしまったのだから、ある意味報いではあった。ヒカルの表情が真剣になる。

 

「ん?何?」

 

「……この間の告白の返事。言わせてください」

 

 ……自分が第三者の立場だったら間違いなくクズだ最低だと罵るだろう。それを今からやる。

 

「あ……。あはは……私先にお店に入ってるから、お邪魔虫は退散するね……」

 

 スティレットはこの後の予想をすると逃げる様に下がっていく。ヒカルが告白に了承する事に耐えられないと言った所か。

 

「……玄白さん。その、告白の答えなんだけど……」

 

 心臓がバクバク鳴る。汗が噴き出る。言葉に思考がイマイチ回せない。足に力が入らない。ふわふわしてる様な感覚。バスケの試合よりよっぽど緊張する。

 

「玄白さん……。その……御免なさい!!玄白さんとは付き合えません!!」

 

 ヒカルはせめて朱音に対して出来る精一杯の誠意を込め、深々と頭を下げながら言った。

 

「今日このタイミングでこんな事言って……御免なさい。……元々、他に好きな人がいたんだ。……どうしてもそいつの事が諦めきれなくて……だから」

 

 朱音の目をしっかり見ながら理由を言う。これからデートというタイミングで女の子を振るなど人道に反すると言っていいだろう。だからせめて精一杯の誠意をここで見せるつもりだった。平手打ちが来ることは覚悟していた。罵詈雑言は全て受け止める覚悟だった。

 

「……ふぅ。そっか……あーやっぱりかぁ……」

 

 反面朱音の方は、落ち着いていた。ヒカルが振るのを解っていた様に、

 

「え?」

 

「なんか……そんな気がしていたんだよね。……スティレットちゃんでしょ?ヒカル君が好きなの」

 

「それは……「ヒカルッッ!!!」

 

 どう答えるべきかと考えるヒカル。……その時だった。後方から大声が飛んできた。聞き慣れた声がする方を振り向くとそこにいたのは……。

 

「黄一……」

 

「え?!諭吉君?!」

 

 怒りの形相の黄一が早歩きでヒカルに向かう。予想外の人物に朱音は驚いていた。告白の返事が気になって先回り、そして様子を見ていたのだ。

 そして……少年、黄一は親友、ヒカルの頬を握り拳で思いっきり殴りつけた……。『ゴスッ』という鈍い音が響いた。

 

「っ!」

 

 ある程度身構えていたヒカルはよろける程度で済んだ。黄一はヒカルの胸倉を両手で掴んでまくし立てる。

 

「何やってんだよ!!!何やってんだよお前はっ!!!」

 

「黄一……すまん……」

 

「なんで俺に謝るんだ!玄白さんに謝れよ!!」

 

「解ってる……」

 

 殴られた頬が赤く脹れ上がる。ヒカルはそれを痛がらずに、申し訳なさそうな顔で黄一に対応する。

 

「諭吉君!やめて!」

 

「やめないよ!玄白さんがどれだけヒカルが好きなのか!知ってるんだから!!」

 

 止めようとする朱音を黄一突っぱねる。この間一緒に帰った黄一だから言える事だった。そしてヒカルの煮え切らない態度が、親友だからこそ腹だたしくて仕方ない。

 

「それに対しての仕打ちがこれか!!告白をダラダラ先延ばしにした挙句この場で断った!怒らない方がおかしいだろうが!!」

 

「黄一、解ってる……」

 

 耳が痛い。でも聞かないわけにはいかない。

 

「誰なんだよ!お前が好きだって奴は!」

 

「……スティレットだ」

 

 ここだけは、しっかりと意志を以て伝えた。

 

「……馬鹿だ馬鹿だと思っていたがここまでとはな!スティレットはFAGだろうが!!」

 

 今まででも妙に仲の良い時はあった。しかしまさか本気でこう言うとは思わなかった。

 

「そんなの……「そんなの関係ないよ!!」

 

『!?』

 

 それに意義を申したのは、ヒカルではなく、朱音の方だった。必死な、そして意外な朱音の叫びに、ヒカルも黄一も驚きの反応を見せた。

 

「玄白さん。どうして……」

 

 黄一としては、朱音が振られてなおヒカルを庇おうとする気持ちに納得がいかなかった。

 

「FAGはロボットじゃないから、黄一君なら解るでしょ?」

 

 朱音は悲しそうではあったが真剣な表情だった。黄一と轟雷の関係を知っていた朱音はそう言う。

 

「そりゃ、そうだけど……。だけど!なんで玄白さんはそうやって耐えられるんだ!なんでこんな目にあってまで!!」

 

 普通だったら泣くなり怒るなりするはずだ。明らかにこの反応はおかしいとヒカルも黄一も思っていた。

 

「……マスターはな、後悔したくなかったんだよ……」

 

「?」

 

 それに答えるかのように、朱音の肩かけ鞄から、一人のFAGが、ヒカル達のよく知ってる少女が出てきた.

 

「お前は……!」

 

 

 一方の店内。いつものコミュニケーション用スペースのバーにて、

 

「……」

 

「スティレット……元気を出してください……」

 

 バーのカウンターに突っ伏したスティレット、それを隣に座った轟雷が慰めていた。黄一とは別行動でスティレットを追いかけていたわけだ。

 

「有難う……轟雷。解ってたのに……こんな日が来るって……、覚悟は出来ていた筈なのに、なにやってんだろう私……」

 

 気持ちの整理はつけたはずだった。でも辛い。

 

「駄目だよね私……これから玄白さんのFAGと組まなきゃいけないのに……」

 

「……」

 

 親友の弱気な姿に轟雷は見てて辛い。かける言葉が見つからない。

 

「スティレット。ここにいたのか……」

 

 ヒカルが来る。背中を見せていたスティレットは目を拭うとヒカルに向き直る。後ろに黄一と朱音も並んでいた。

 

「あ、マスター。……?どうしたのよそのホッペ」

 

 黄一に殴られた頬をいち早くスティレットは気づいた。

 

「あぁ、さっきちょっとぶつけた」

 

「玄白さんの前なんだから、もうちょっと格好良くしなさいよ」

 

「……それだったらさ……もう……」

 

「?何よその反応」

 

「いや、……振った」

 

 真後ろに振った本人がいる手前、バツが悪そうにヒカルは言う。反面スティレットと轟雷は目を白黒させて驚愕する。

 

「え?!!えぇぇぇっっ!!!!!ふ!振っちゃったの!?なんでぇぇっ!!!」

 

 喜びとかの感情は一切出さずに、スティレットはただドでかく驚愕する。

 

「……気づいたんだ。他に好きな奴がいるって」

 

「……え?」

 

「スティレット……聞いてくれ……俺、お前が好きだ!」

 

「え?!えぇぇっ!!」

 

 驚愕の、しかし嬉しげな声を上げたのは轟雷の方だった。

 

「……」

 

 対するスティレットの方は無反応。余りの事に頭はフリーズを起こしており、固まっていた。

 

「……スティレット?」

 

「……ば……ば……」

 

 次第にぶるぶる震え、顔を真っ赤にしながらスティレットの方は口をパクパクと開け閉めする。そして、大声で叫んだ。

 

「バァッッ!!!!!ッッカじゃないの!!!???ななななにやってんのよ玄白さんの前でッッッ!!!」

 

 泣きそうな顔でスティレットは怒っていた。嬉しいというより感情がぐちゃぐちゃだった。いきなりこんな事言われて信じられなかった。

 

「バ!バカってなんだよ!俺だって決死の告白だったのに!」

 

「タチの悪い冗談はやめてよ!!玄白さんの前で!」

 

「じょ!冗談じゃねぇよ!俺はただ自分の気持ちをだな!!」

 

「嘘!嘘よ!ぜぇっったい嘘!信じないんだからっ!!!!」

 

 頑なにスティレットは信じようとしない。かくなる上はと、ヒカルはある行動を思いつく。と、スティレットを手で掴む。

 

「嘘じゃねぇって……言ってんでしょうがぁっ!!!」

 

 そして自分の唇とスティレットの唇を、強引に重ねた。早い話がキスである。

 

「んぅっ?!!!!!!」

 

――あ、ショック療法――

 

 お互いが顔を真っ赤にしながらのキスだった。スティレットの方は、呻きながら手足をバタつかせ抵抗するが、じきにクタッと糸の切れた人形の様に力が抜けた。

 

「これが俺の気持ちだよ……」

 

 唇を離してスティレットを自分と同じ目線に持っていくヒカル。スティレットの方はポーッと放心状態だった。

 

「ふにゃ……。ッ……バ、バカ……」

 

 我にかえると、今度は恥ずかしそうにポカポカとヒカルの顔を両手で叩く。

 

「バカ!バカ!!バカバカバカバカバカ!!」

 

「な!なんだよ落ち着け!」

 

 そう言いながらもヒカルはスティレットとの距離は離さない。スティレットの方は泣きながら殴り続ける。

 

「バカバカバカバカバカ!!!マスターのバカ!折角覚悟してたのに!!自分の失恋受け入れようってしてたのに!なんでこんな事すんのよ!!」

 

「さっき言ったでしょうが!お前の事が好きだって!!一緒にいたいんだよ!!」

 

「私人形なのに!!人間じゃないのに!!!」

 

「でもお前の気持ちはお前だろう!人間じゃなくったって!ひねくれていて!口うるさくて!意地っ張りで!」

 

「何よその評価!!」

 

「誰よりも純粋で!本当は気が弱くて乙女で!!最高に可愛いお前が!!そんなお前だからこそ!俺はお前が好きなんだよ!!」

 

「!!」

 

 真剣な表情のヒカル、そして真摯な想いにスティレットは受け取らざるを得なかった。

 

「……バカ……。お互い馬鹿よこんなの……玄白さんの前だってのに」

 

 今日はもうどう反応していいか解らない事のオンパレードだ。ずっと赤面しながらスティレットは朱音に申し訳ない気持ちを呟く。

 

「あいにくだなスティレット型。オレのマスターはこうなる事を望んでいたんだからよ」

 

「!?」

 

 軽やかな動作で朱音の肩にツインテールの白いFAGが乗った。スティレットと轟雷は愕然とした。忘れもしないその姿は……。

 

「白虎!?なんであんたが!!」

 

 散々こっちの神経を逆なでした白虎本人だった。朱音は悲しそうではあった物の、ヒカルとスティレットを祝福するかの様な表情。反面白虎の方は面白くなさそうな表情だった。

 

「この人が、オレのマスターだからだよ……」

 

「!!?」

 

 その発言にFAG二人は身構える。まさか黒幕は朱音か?!と。しかしその反応は白虎も予想してたらしい。

 

「勘違いすんな、別にマスターが腹黒い事考えてたわけじゃねぇ。お前らへの嫌がらせはオレの独断だ」

 

「何故そんな事を?」

 

「……知りたきゃオレと戦え」

 

「?百虎(モモコ)ちゃん?どういう事?嫌がらせって?」

 

 キョトンとする朱音、百虎、そう呼ばれた白虎がスティレット達に暴言を吐いていたのは知らなかったらしい。

 

「う……なんでもねぇよマスター。でも今日のイベントやるかどうかは別として、個別であの2人をシメてぇだけだ」

 

「……モモコちゃん。ダメだよそんな言い方、ちゃんとバトルして下さいってお願いしなきゃ」

 

「ぐ……。二人とも、バトルお願いします……」

 

 朱音の指摘に渋々と百虎は頭を下げる。敵対心をむき出しにする百虎に反して、朱音の方は落ち着いたまま、朱音には強気に出られない様だ。

 

――……アイツ、マスターには頭が上がらないのね……――

 

 この前と比べて態度も言い方も若干ソフト気味である。

 

――玄白さん、この間白虎の事話してましたけど……これが答えですか……どうしよう。小悪党みたいって言っちゃった……――

 

 そして百虎の要望のバトルへと移行する。店内の大型バトルフィールド生成用の機械。ヒカルと黄一が並び、反対側に朱音がセッションベースを手に持っていた。ヒカルと黄一、そしてスティレットと轟雷のチームが、朱音と百虎へ挑む。

 

「店の人には許可は取ったけど、そんなに時間はかけられないな」

 

「あぁ、しかしまさか玄白さんに特訓の成果を見せる事になるとはな。しかも二対一、いいのかこれって」

 

 百虎の実力は黄一達もよく知っていた。しかし朱音がマスターとなるとやり辛い。なんだか朱音の腹の内がハッキリしない。

 

「あの白虎が相手だからな、……ヒカル、殴っといてあれだけどフォローはするから」

 

「あぁ、頼む」

 

「……殴って悪かったな」

 

「いいって」

 

 申し訳なさそうな黄一に対して、ヒカルはカラッと気にしてない感じで答えた。

 三人の持つ見慣れた六角形のセッションベース。FAGのナノマシンと反撥し、FAGの触れるホログラフを発生、更に装備の転送、プラスチックの武器に攻撃力を与えるといった効果を生み出す。三人は目の前のくぼみにセッションベースを同時にはめ込んだ。

 これによりセッションベースの効果は何倍にも増幅。何人ものFAGが参加できるフィールドを作り出す。

 

『フレームアームズガール!セッション!』

 

 その場にいた全員が叫んだ。そして生成されたバトルフィールドにスティレットらFAGが降り立つ。今回のフィールドは『月面プラント最深部』月面基地内部を模してはいるが、障害物は一切なく、だだっ広いサイバー風な景色が広がっていた。決闘としては申し分ないだろう。

「いくわよ轟雷!皆!」

 

「はい!(あぁ!)(OK!)」

 

 対する百虎は準備とばかりにヘルメットを被る。表情は影になり、覗く瞳からは怒りとも闘志ともとれる感情が窺えた。

 

――来な。マスター振ったんだ。……よくもアカネちゃんを振ったな……――

 

『battle start』

 

 バトル開始のアナウンスと共に百虎は剣を抜き、正に虎の様に走り出す。ツインテールが大きくなびいた。朱音とお揃いのツインテールが……。

当初の予定ではフセットと月夜は改心しておらず。悪役として使う予定でした。が、それじゃあんまりという事でこうなりました。

 


 
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