No.103395

ミラーズウィザーズ第四章「今と未来との狭間で」03

魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。
その第四章の3

2009-10-27 01:20:24 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:356   閲覧ユーザー数:356

「そのローズとやらとは、どこで会ったのです? 何と言ってあなたに近付いてきたのですか?」

「近付いたって、元々友達だし、ローズがスパイなわけないでしょ!」

 どうしてこんなに神経逆撫でにされないといけないのだろう。勘違いで襲われて、それで今度は友人がスパイの烙印を押されて、エディは苛立ちを通り過ぎて気分が悪い。本当に気分が悪い。森の不快な幽星気(エーテル)も相まって、エディを無性に苛立たせる。

「元から友人ですって? ブリテンのスパイと文通でもしていたというのですか?」

「何よ、いくら寮が違うからって、ローズのこと知らないなんて、ちょっと酷い」

 ジェルは序列上位者が多く住む第一女子寮の住人だ。エディ達が住む第二女子寮は寮長をしているクランは例外で、基本的に序列に入れない女生徒が住まう施設である。そうして住む場所すら分けられている辺りが、学園の序列主義の象徴といえる。

「エディさん。あなたこそ何を言っているのです?」

 ジェルは未だにローズが学園生徒だとわかっていない。もはやエディは諦め心地だ。彼女に何を言っても無駄だと感じた。

〔くくく、あまりそやつを困らすでない。間違えておるのは主なのじゃから〕

(は?、どういうことよ?)

 どこからともなく聞こえたユーシーズの指摘に、エディは空を仰ぎ見る。別にそちらに幽体の魔女がいるわけではないのだが、姿を現さない相手と話をするというのはどこか居心地が悪かった。

(ねぇ、私が間違ってるって、どういうことなの?)

 しかし、ユーシーズからの返事はない。エディの思考に僅かな引っかかりが生まれる。何が間違いで何が正しいのか。渾然一体となって真偽がはっきりしない。

 一つ思い当たったことは、ローズの容姿。魔法学園の教育機関としての側面から、未成人の多い学舎(なまびや)ではあるが、その中でもローズ・マリーフィッシュという少女は幼い容姿をしていた。自分でも童顔だと自覚のあるエディにそう思わせるのだ。ローズという少女は居るだけで目を引く存在のはず。それに加え、ローズのフリルをあしらった改造魔道衣も相成って、かなり目立つものだったはずだ。相手が序列二位のジェル・レインだったとしても、あのローズを知らないだなんてあるのだろうか。

(ローズをジェルは知らなかった。それがどうしたっていうのよ。私がローズと友達だったってことに変わりないじゃない。そうよ、ローズは私の友達なのよ)

 エディは結果の出ない思案と止めて、目の前のジェルに視線を戻した。彼女も何か考え事をしていたらしく、難しい表情をしていたが、エディに見られているのに気付いて表情を改めた。

「ここでとやかく言っても埒(らち)があきませんわ。エディさん。とりあえず学園長の所までご一緒して頂きますわよ」

「……はい」

 エディに断る理由は思い付かなかった。あまり親族としての付き合いが深くないとはゆえ、学園長はエディの身内、エディへの容疑が勘違いだとわかれば、それなりに取りなしてくれるという望みがある。と、そう思いたい願望が、エディの反抗心を鈍らしていた。心のどこかでは、未だに容疑をかけてきた学園側に反抗したい衝動を抱えているのに。

「全く、さっきの追いかけっこはなんでしたの……」

 小さく呟いたジェルの独り言はしっかりエディに聞こえていた。それを言いたいのはエディの方だ。エディの方が魔法砲撃を受け、今も足を引きずるぐらいに体も傷付いているのだ。

 エディを伴って帰途につこうと歩み出すジェル・レイン。しかし、その一歩は踏み出されなかった。

「ジェルさん?」

 立ち止まったままの女魔法使いに疑問を感じ、エディは声をかけた。無意識にそっぽを向いているジェルの視線を追う。

 視界に明るい暖色が映る。それは服だ。こんな深淵の森の中には似つかわしくない愛らしい服装の少女が、じっとこちらを見ていた。なぜ黙ってそんなところの突っ立っているのか。なぜ、エディ達を静かに、あんな感情のない目で見詰めているのか。

「ローズ?」

 なぜ、そんなにも自信なさげな声だったのか。先程の話題にあがった当人のローズ・マリーフィッシュが、なぜかそこにいた。共にこの森に逃げ込んで来たのだから、ローズがいてもおかしくはないのだが、あまりに唐突で、あまりにタイミングがよすぎだった。

「エディ。怪我はない?」

 友人を心配する返事が返ってきて、エディは安心した。なんだ。いつものローズだ。そう思ったのに、彼女の顔は表情一つなく凍っていた。

 ジェル・レインの攻撃魔法によって、幽星体(アストラル)は傷付いてはいるが、エディに大きな怪我はない。「うん」と、大きく頷き返事をしてみせたのだか、ローズは立ち尽くしたまま、エディ達のいる方には近づいてこなかった。そしてエディは気付く。エディの側にいるジェル・レインが臨戦態勢をとっているのを。その指には既に魔力が集まり、いつでも魔法が放てる状態が整っていた。

「その子を返して」

 静かに言った。いつものローズと同じ口調だ。あの幼げな少女の、いつも通りにぞんざいな言葉なのに、妙に力強かった。

「あなた……。どうしてここに……?」

 対するジェル・レインは弱々しい声だった。あのジェルにしてはあまりに自信なさげに聞こえた。

「ええ、エディを迎えに」

「くっ、ブリテンの魔法使いが、こうもいいように。カルノはどうしたのです!」

「あら、気になる? あなたと彼はいい仲と噂ですもんね」

「違っ! そういう問題ではありません!」

 気の早いジェルは、瞬時に契印を結ぶ。指で幾つもの印を形作ると、その指先は宙に軌跡を描く。

「ちょっ、待ってジェルさん!」

 エディの制止など、聞き入られるはずもなく。ジェル・レインの指先から『魔弾』が放たれる。それもエディに使われたのよりも、尖った魔力が込められている攻撃性を増した『魔弾』だった。

 その時、ローズの口元が僅かに動いた。

 問答無用で砲撃するジェルに気を揉んだエディだったが、拍子抜けたことに、微動だにしないローズから『魔弾』は逸れて、遙か遠くの空へと消えていった。

「ちょっ、当たらなかったからよかったけど、ジェルさん。そんないきなり」

「当たらなかった、ですって!」

 ジェルが怒声を上げた。エディの所まで聞こえるほどの歯噛み。憤怒の目つきがローズを襲う。

「ちょっと、ジェルさん。話を聞いてよ。ローズは私から説明するから。ね、ここは一つ穏便に」

「学園の対敵を庇(かば)うというのですか、エディ・カプリコット!」

「いや、そうじゃなくてね。誤解だってちゃんとね。言えばさ――」


 
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