No.1032925

プレイボールまであと少し。

薄荷芋さん

G庵真。付き合ってないふたり、もしかしたら両片想い?な二人が一緒に野球を観に行く話を明日ペナント開幕なので初投稿です。

2020-06-18 18:16:42 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:481   閲覧ユーザー数:481

紅丸さんから、野球のチケットを貰ってしまった。

何でも今日の試合は紅丸さんのご実家の関係企業がスポンサードしてるらしくて、要するに関係者用に抑えてあった席ってことらしい。

元は紅丸さんがマネージャーさんに誰かと息抜きでもしてきなよって渡したんだけど、急にリョウさんの焼肉屋さんの手が足りなくなってマネージャーさんはそっちの手伝いをしなくちゃならなくなった。

と、まあ、そういうことで、紅丸さんの許可を得た上で、マネージャーさんからおれのところにこのチケットが回ってきたというわけである。

野球観戦なんて小学校の頃以来かもしれない。だから結構マジで嬉しかったんだけど、問題はこれがペアシートのチケットだってことだ。

当の紅丸さんは夜ロケでモデルの仕事があるって言うし、まだ道場にいた草薙さんにも声を掛けたんだけど、返事は「俺に一旦聞く手間要るか?最初からアイツ誘えよ」で終わってしまった。草薙さんにそんなこと言われたら、もう退路がないんですけど、おれ。

もちろん誘いたいし、一緒に行けたらって気持ちはあった。だけど普段のイメージからして野球って感じが微塵もしないし、スポーツ観戦とかするのかなって疑問に思うところもあるし、二の足を踏んでしまっていた。

でも、このままチケット片手に悩んでいても仕方がない、一応誘うだけ誘ってみようとLINEに連絡を入れてみた。前回LINEしたのっていつだっけって確認したらもう何か月も前だった。久しぶりの連絡が野球観戦のお誘いって、距離感がわけわかんないな。

送ったメッセージには、そう時間も掛からずに既読が付いた。あとは試合開始までに返事がくるかどうかだ、来なければ妹でも誘って……

「……って、うわ速ッ!もうきた!!」

既読が付いたと思ったらすぐに返事が来たので思わず茶の間で仰け反ってしまった。これだけスパッと返事をくれるってことは、どうせお断りなんだろうなあ、と半ば諦めて画面に視線を戻して、またおれは仰け反ってしまった。

『いつ』

『今日か』

『何時だ』

す、すごい食い付いてきた……!!というか一回に纏めて送ってもらえませんか!?

というかここまで反応されたら、もうお誘いオッケーってこと、だよな?いいんだよな?浮かれたい気持ちを抑えつつ、おれは試合の詳細を送った。

またすぐに既読が付いて、余分を省いた短い返事が送られてくる。

『17時半には着く』

じわっと嬉しさが込み上げてきた。うわ、八神さんとふたりでナイター観戦だって。

おれは『球場の前で待ってます』と送って既読が付いたのを見届けたら、スマホを置いて深呼吸して、自然に緩んでくる口元をチケットで覆い隠した。

 

***

 

外苑前で地下鉄を降りたら、同じ試合を見るんだろうなっていう野球ファンの人たちがたくさんいたから嬉しくなる。

KOFのお客さんもみんなすごい熱気だけど、プロ野球のファンの人たちもすごいもんな。揃いのユニフォームに応援してる選手の背番号を背負ってるだけでみんな楽しそうだ。

時間を確認したら、まだ開門したばかりの16時半だったからちょっと笑ってしまった。どんだけ楽しみにしてんだよ、おれ。浮足立って出てきたけど、いくら何でも早過ぎたなー、と思って門をくぐったら。

「……うわあ!」

当日券売り場の前で、浮かれるファンを鬱陶しそうに眺めながら立っている赤髪の人を見つけたので大きな声が出てしまった。

見間違えるはずがない、というか、早過ぎませんか!?約束の時間の一時間も前ですけど!?

予想外の出来事にひとりで慌てていたら、八神さんもこちらに気付いたようでおれの慌てぶりを見て皺の寄った眉間をそのままにして近付いてくる。

目の前にやってきた八神さんに、おれは居住いを正して頭を下げた。

「今日はありがとうございますっ!!」

「別に、暇だったから来てやっただけだ」

ぶっきらぼうに言って目線を伏せる。それにしては返事も早かったし来るのも早いじゃないですか、と突っ込んだことを聞くのも憚られたのでおれは何も聞かずに笑って頭を掻いた。

そうだ、八神さんがおれの誘いに乗ってくれて、こうやって一緒に野球が観られるってだけで今はいいじゃないか。

きっといつかはおれの気持ちを彼に伝えて、ちゃんと答えを出さないといけない。だけどそれを誤魔化すことで一緒にいられるなら、今はその方がいいって思う。小心者だって思われるかもしれないけど、やっぱり……怖いんだ。彼のことが、じゃなくて、彼をどんどん好きになっていって、彼に受け入れて欲しいって自分勝手な想いをこじらせてる自分を知られてしまうことが。

「どうした、入らないのか」

「えっ、あっ、ハイ!行きます!」

いつの間にか正面入り口の方へ歩き出していた八神さんに小走りで追い付くと、彼の分のチケットを渡す。ペアシートなんですけど、と今更言ったら、構わん、とだけ答えてくれたのでホッとした。

「八神さんって野球とか観ます?」

「全く興味が無いな」

だろうな……バッサリと斬り捨てられたことに苦笑していたら、彼の掌が背中に触れて、彼の方へと引き寄せられる。雑然とした人々の声の中で、彼の声だけが浮かび上がるみたいにハッキリと聴こえた。

「貴様が相手でなければ断っていた」

「きょ、恐縮っス……」

そういうこと、サラッと言われると困る。何をどこまで本気にしていいのかわからないじゃないですか。彼の顔を見たら、涼しい顔をしているからマジで困るんだ。笑って欲しいとは言わないけど、怒ったり呆れたりしている方がまだわかりやすくていい。

 

チケットをもぎって貰って中に入る。まずは席の確認してきちゃいましょう、って八神さんを連れて階段を上がった。

「わ、すごい」

プロ野球の球場じゃあ狭い方だけど、階段を上がって見えた風景は広々としてて最高だった。グラウンドでは選手が打撃練習をしてて、快音とともに白球がぐーんと伸びて飛んでいくのが見える。すごい、これみんなプロ野球選手なんだよな?当たり前だけどすごいなあ。

「おい、いつまで突っ立っている、邪魔だぞ」

「あ、あっすみません今行きます!ごめんなさい!」

先に席を見つけていた八神さんに注意されて、おれは背後で立ち止まっていた売り子さんに頭を下げると席へと向かった。

ペアシートはボックスタイプで広々としてて、どちらかと言えば体格のデカいおれたちでも窮屈じゃなくて助かる。早速座ってグラウンドを眺めたら、すごく開放感があって気持ちが良い。屋外の球場って何かいいなあ、雨の日は大変だろうけど。

「んー!風が気持ちいいですねえ!」

今日は一日晴れていたから、夕方の風も湿度が低くて心地良い。大きく伸びをして八神さんの方を見たら、何故か八神さんもおれの方を見てたみたいでばっちりと目が合ってしまった。は、恥ずかしい、何だこれ。思わず笑って誤魔化したら、八神さんはおれに手を伸ばしてそっと頭を撫でてくれる。

「え」

一体何事かと思って、かといって止めて欲しいわけでもないから、おれは黙って彼の行動を受け入れるしかない。彼は何度かおれの髪を撫ぜて、それから他には何もせずに手を離して前に向き直った。そのまま黙って打撃練習を見ているから、居た堪れなくなったおれは席を立つ。

「か……唐揚げ食べます!?」

「好きにしろ」

「じゃあ買ってきますっ!!」

おれから誘ったっていうのに、何か八神さんにいいように翻弄されてる気がする。八神さん、おれに触れたあと何考えて打撃練習観てたんだろう。

 

席に戻ったら、八神さんは既に何か飲んでいた。売り子さんからレモンサワーを買ったらしい。

唐揚げを置いたおれも傍を通り掛かった売り子さんからコーラを買う。そしたら八神さんは自分のプラコップを差し出してきたから、おれは紙コップを控え目に添わせて「お疲れ様です」と言ってから口を付けた。

ああ、夏の初めに外で飲むコーラって何でこんな美味しいんだろ。八神さんのレモンサワーも、いい匂いしたな。まあお酒だから飲めないんだけど。

「いつか売り子さんからビールとか買ってみたいです」

「くだらん」

「くだらなくないですよ」

背伸びしたって届かないものをくだらないと言うのは、背伸びしたところにいる人だからだ。ファールボールが、おれたちの席をぐんと越えて上の席にガツンと当たる。何となくその行方を見送ったままでいたら、彼が「おい」と不意に呼び掛けてきた。

何ですか、と彼に向き直ったら。

「ん」

彼がつまようじに差した唐揚げをこっちに向けて差し出している。え、えっと、これは。

「……食わんなら俺が食うが」

「ああああ食べます!!頂きます!!」

まるで親鳥から餌を貰うつばめの雛みたいだ。うう、唐揚げおいしい……恥ずかしい……。八神さんはそんなおれを見て、眉を下げて笑ってた。そんな顔で笑わないでくださいよ、そんな、優しい顔で。

困り果てたおれはもう一本のつまようじを唐揚げに刺すと、お返しとばかりにずいっと八神さんに突き付ける。

「や、八神さんも、どうぞっ!」

「やかましい、自分で食える」

「だめです!!」

「なっ……」

まるでキスさせようとしてるみたいに唐揚げを押しつけるおれに根負けしたのか、八神さんは観念しておれの手から唐揚げを啄む。

「……美味しいですか」

「……ああ」

唐揚げのあとでレモンサワーを一口飲んだ彼は、ふう、と吐息するとつまようじを持ったままのおれの手を握ってきた。驚いてつまようじが下に落ちる。でもそれを拾い上げる隙なんか与えずに、彼はおれを一度だけ抱き締めてくれたんだ。

 

スタジアムDJの人がマスコットの鳥と一緒に前説を始める。試合が始まるまで、もう少し。抱き締められたあの感触が恋しくて、ちょっとだけ、と思って肩をくっつけるみたいに凭れてみたら、彼はまた、おれの頭を優しく撫でてくれた。

 

***

 

試合はド派手な乱打戦で、ホームランも見られたしすごく楽しかった。

彼との関係について悶々と考えたりもしたけど、試合に一喜一憂したりして八神さんも興味が無いと言った割には、やれあの采配はどうだとかあの投手がアレだとか言うから笑ってしまった。興味あるんじゃないですか、って思ったけど、もっと彼の話を聞いていたいから黙ってた。

帰りの人混みの中でなかなか進めずにいたら、八神さんが手を握ってくれる。おれは素直にその手を握り返す。

「楽しかったですね」

あれこれと試合の感想を言い合う人たちの中では素朴すぎる言葉を彼に告げる。彼は「ああ」と短い返事の後で答えてくれた。

「悪くはないな、貴様となら」

おれも、また八神さんと来たいです。

なんて言えなくて、でも胸に込み上げる想いがこの掌を伝って彼に届いてしまうんじゃないかって、下を向いていたら彼の手がおれの掌から離れて、今度は肩を自分の方へ引き寄せてくれる。

それは単に後ろからやってくる人を避けるために彼がしてくれたことだったんだけど、おれは抱き締められた感触を思い出してしまって、サインを拒否するピッチャーみたいに頭を振るばかりでやっぱり彼の顔なんて見られなかった。


 
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